No.533830

真・恋姫†無双 想伝 ~魏†残想~ 其ノ二

うい!
おはようございます。
こんにちは。こんばんは。

とにかく挨拶なんぞはなんでもいいです。

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2013-01-19 22:37:40 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:11768   閲覧ユーザー数:8102

 

 

 

 

荊州の北端に位置する小さな街。

 

普段であれば日常に殆ど変化も無い穏やかな街は今、人々の苦痛の呻きで満たされていた。

 

夕暮れのオレンジを背景に、建物が炎上、もしくは焼け落ちている。

 

そこまで大きい襲撃では無かったのだろうか、太守の住まう最奥の城に被害は無い。

 

城下には矢や剣を身体に受け苦しむ人間の他に、既に死体となっている人間も倒れている。

 

慌ただしく手当ての為に走り回る人々。

 

そんな中に一人、この凄惨な光景にはおよそ相応しくないであろう、紫色の髪の女性が座りこんでいた。

 

女性の名は、黄忠。元劉表配下で『曲張比肩』の異名を取る弓将である。

 

普段であれば涼やかに、穏やかな雰囲気を纏う彼女だが、その表情は曇っていた。

 

座りこむ彼女の目の前には民の死体。胸部に走る酷い刀傷。

その凄惨な傷から血の流れが止まっているということが、彼のことを生者では無いと定義づけていた。

 

それが目の前にあるのだ。表情が曇っているのも当たり前だろう。

 

しかし彼女の胸中にある憂いはそれだけでは無い。

 

この街へ共に来た愛娘の姿が、怪我人の手当てを行っている間に消えていたのだ。

 

小さな子どもというのは大人が思っている以上に素早い。

 

一瞬、目を離した隙に愛娘――璃々は姿を消していた。

 

 

(私があの時、もう少し周囲に気を配っていれば……)

 

 

そう後悔をしても、戻って来るものは無い。

 

たとえ自分がこの場を離れたところで救える人間は極少数だろう。

だが、だからと言って目の前で苦しんでいる人を見捨てることなど出来なかった。

 

今は璃々の無事を祈る以外に他は無い。

 

将軍と呼ばれていた自分。その肩書きが無くなった自分のなんと矮小な事か。

 

この街に訪れたばかりの黄忠は、普通の人より傷の手当てに関する知識を多く持つただの女性。

だが、そんな状況だからこそ――

 

 

「おかーさーん!」

 

 

――その声は救いに聞こえ、その姿は奇跡に見えただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「璃々!」

 

 

その強く、しかしどこか安心した声に隣を歩いていた璃々が一目散に駆けて行く。

 

その先にはこの光景に不釣り合いな美女。

 

あの外史での最後の夜。三国の宴で見掛けた黄忠その人だった。抱き合う母と娘。

 

それを見てホッと一息吐きつつ、周囲の様相に目を配る。

 

焼けた建物。傷ついた人々。既に死んでいる人々。

散らばる矢や剣。飛び散った血。汚れた黄色い布。

 

久しぶりに嗅ぐ死臭に顔を顰めつつも、改めてここがそういう世界であると再認識させられた。

そんな中でふと気付く。

 

 

(兵士の格好をした人間が殆どいない……?)

 

 

負傷していたり、既に死亡している人々の中には薄い皮鎧を着込んだ兵士の姿も見受けられた。

 

だがその数は極少数。警備の実情が魏の街ほど進んでいなかったとしても、街が襲撃されたのなら正規の軍が出ない筈は無い。

 

これは一体――

 

 

「あの……?」

 

「はい?」

 

 

掛けられた声に思考を中断する。

 

いつの間にやら目の前には黄忠、そしてその娘の璃々が立っていた。

 

男として一瞬その、豊満なところに目が行きそうになるがそういう雰囲気でもないのでグッと自重する。

 

子連れの女性をそういう風に見たくは無い。

 

というか、なんか璃々にはそういうとこを見せたくない、というのが本音だが。

 

 

「姓は黄、名は忠、字を漢升と申します。娘の璃々を助けていただいたようで……本当にありがとうございました」

 

「いや、たまたまその場に居合わせただけなので、そんな礼を言われるほどの事じゃ……」

 

 

頭を深く下げられ感謝されるも、そんな丁寧な物腰で礼を言われるのは初めてのこと。

 

戸惑い気味に、少し遠慮がちな言葉を返した。そんな一刀に黄忠は微笑む。

 

 

「今の私にはこの子が全て……ですから璃々を護ってくれた貴方は私の恩人でもあります。ですが私に出来るお礼は今のところ、何も……」

 

 

微笑みから一転、申し訳なさそうな表情になる黄忠を見て、なぜか感じる罪悪感。

 

そこでふと、今の自分にとって最も必要なものについて思い出す。それはもちろん、情報。

 

 

「それじゃお礼と言うか、この街について教えてもらえないか?あと、俺の質問に出来るだけ答えてくれれば有り難いんだけど」

 

「……?ええ、そんなことでよろしければ」

 

 

一刀の言っている言葉の意図が微妙に分からず、戸惑いながらも黄忠は返事を返した。

 

 

「ありがと。じゃあまず――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なるほど、ね」

 

 

黄忠から街の実情を聞き、一刀は納得の表情を見せた。

 

 

「この街を襲ったのは賊の一団だったようですが……普通の賊ではなかった気がする、というのが街の方々の見解のようです」

 

「普通の賊じゃ無い?」

 

「ええ。上手くは言えないらしいのですが、バラバラに動いていなかった気がする――とか」

 

「……統率が取れてたってことか。しかもこの布……」

 

「そういえばこの布は一体……?賊と思しき者の傍にいくつか落ちていますけど……」

 

「――黄巾党か」

 

「え?」

 

「いや、なんでもない」

 

 

この街を襲ったのは黄色い布を巻いた賊の一団。つまり――黄巾党。

 

だが黄巾党の呼称がされていないということは、まだそれほど知名度は高くないらしい。

 

それはつまり、漢の正規軍が主だって動き始めていないことを意味している。

 

怪我人の手当てをしつつ、いくつかの質問を黄忠さんに向かって投げ掛けていく。

 

 

「この街って兵士の数が極端に少ない気がするんだけど気のせい?」

 

「いえ……この街は確か最近になって太守が変わったと聞いています。ですから、そもそも正規軍が組織されていないのでは……?」

 

「なるほど。というか黄忠さん詳しいね」

 

「ほんの数日前まで荊州刺史、劉表殿に仕えておりましたから。最後に見た州の報告書の中にそんな記述があった気がする、という程度の知識ですけれど」

 

「荊州の刺史は劉表……と」

 

 

たまたまポケットに入っていたメモ帳とボールペンを使い、知り得た情報を書き込んでいく。

 

あの外史との答え合わせにしか過ぎないが、情報はあるだけ有り難い。

 

なんとなく、自分の書いた“刺史”という文字に懐かしさを感じた。

 

 

「それは……?」

 

「うん?おおっ!?」

 

 

耳元で囁かれた声に反射的に振り返る。と、そこにはドアップになった黄忠さんの顔。

 

一瞬、唇と唇が触れそうになったのを、その場からサイドステップで飛び退き、ギリギリでかわした。

 

驚きで少し乱れる呼吸。

黄忠さんは飛び退いた俺を見ながら、未だに不思議そうな顔をしていた。

 

 

「驚かせてしまってすみません。少し気になったものですから……」

 

「き、気になったって?」

 

 

声は裏返って無かっただろうか。

 

どうにもこういうタイプの女性は魏にいなかった気がするので対応に困る、というのが本心。

 

嫌いなのかって?……嫌いなわけあるか!

 

華琳にでも聞かれれば“お仕置き”を受けそうなカミングアウトを胸中でしつつ、黄忠さんが何に疑問を持っているのかを考える。

 

答えはすぐに見つかった。

 

 

「もしかして、これ?」

 

「はい。そちらは紙だと思うのですけれど、その細い筆のようなものは?」

 

「これはボールペンっていうんだ。こっちは紙に違いないけど、メモ帳」

 

「ぼーるぺん、にめもちょう……ですか」

 

「璃々にも見せて?」

 

「はいよ」

 

 

黄忠さんにメモ帳、璃々にボールペンを渡した。

二人とも物珍しそうに、手に持ったものを見つめる。

 

黄忠さんの持っているメモ帳の上に璃々がボールペンを走らせる。

 

驚く黄忠さん、楽しげな表情になる璃々。別のページを捲っといて良かった、と思った。

 

そして何事も無く、メモ帳とボールペンは返却された。

 

既にいくつかの情報を書き込んだページが無事なのを確認し、ホッと一息を吐く。

 

 

「ありがとうございました。珍しい物ですね、そのぼーるぺんという物は」

 

「うん!すごく字が書きやすかった!」

 

「一応、文明の利器だからなあ。ま、インクが切れるまでしか使えないけどね」

 

 

肩を竦めて、文明の利器様をポケットにしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば……」

 

「ん?」

 

 

黄忠さんが顎に軽く手を当てながら可愛く小首を傾げる。

 

何かを思い出した、的な仕草というか台詞が気になり、自然と出る疑問の声。

 

 

「私、まだ恩人であるあなたのお名前を窺がっておりませんでしたわ」

 

「あ」

 

失策というか礼を失した自分の行動に声を上げる。しかも本日、名前関係二回目。

 

「えーっとね、お兄ちゃんの名前は……ほん?」

 

「ほん?」

 

「ああいや、ええーっと……まずはごめん。黄忠さんは名乗ったのに俺が名乗って無かった。俺の名前は北郷一刀。一応、姓が北郷、名が一刀なんだけど……ここの文化に沿うと大切な名前も一刀に当たるのかな?ともかくごめん。それとよろしく」

 

罪悪感たっぷりに自己紹介をした一刀。

反面、その自己紹介を聞かされた黄忠はなぜか呆気に取られていた。

 

「……今日会ったばかりの人間に真名――大切な名前を預けていいのですか?」

 

「う~ん。俺の場合、自分の名前が真名っていう自覚の方が薄いからなあ……。実際は違うのかもしれないけど。まあでも構わないよ。璃々にももう教えちゃってるし――あ、というか璃々のこと呼び捨てで良いのかな、黄忠さん」

 

「え、ええ。璃々が構わないのであればそれは構いませんが」

 

「よし、じゃあこれからも璃々のことは璃々って呼ぶな?」

 

「……?璃々の名前は前から璃々だよ?」

 

話の内容が良く分かっていない故の返答に、一刀は苦笑しながら璃々の頭を撫でた。

そこでふと、思い当たった。

 

「ああ、それと俺が名乗ったからって黄忠さんが真名を明かすとか無しね」

 

「えっ?」

 

「いや、前にもそんな経験あったから一応ね。どうにも俺が考える真名への価値観は他の人との差異があるみたいだから。名乗られたから、とか璃々を助けたから、とかじゃなくて、本当に俺のことを真名を預けるに足る人間だと思ってからにしてほしいんだ」

 

 

黄忠さんもずっとここにいるわけじゃないだろうから何を言ってるんだかって感じだけどね――と付け足して笑う。

 

カッコつけているわけでもない。笑ってはいるが、眼は真剣そのものだった。

 

そんな中、黄忠は一刀を不思議そうな眼で見ていた。

 

今までにない価値観を持つ、出会ったばかりの不思議な青年を。

 

 

 

 

 

 

 

そういえば、と。

最初に言うべきことだったかもしれないが、ここは益州じゃなかった。

 

どうやら益州のお隣、荊州の北端らしい。

 

黄忠さんが劉表の話を口にした時点でなんとなく予想は着いていたのだが。

 

改めて黄忠さんに質問すると、戸惑いながらもここが荊州だと教えてくれた。

 

自分のいた外史とは微妙に座標がずれていることに違和感を覚えつつ、とりあえずその件は脇に置く。

 

実際、考えても分からないことはどうしようもないからな。

 

 

「……よし。これでとりあえず大丈夫かな」

 

『あ……ありがとうございます』

 

 

話を聞きつつ、怪我人の手当てを一通り終える。

 

手当と言っても現状では傷口に布を巻くくらいのことしか出来ないのだが。

 

呻きつつ礼を言う男性を手で制しながら、辺りを見回す。

 

元々、犠牲者もそこまでいなかったらしい。

 

ほぼ手当てが終わっているのを確認し、近くの建物の壁に寄り掛かって一息を吐いた。

 

 

「はい、どうぞ」

 

「あ、悪い。ありがと」

 

 

礼を言って黄忠さんから、差し出された水を受け取る。

 

その横では璃々がうつらうつらと船を漕いでいた。

 

 

「璃々?眠いの?」

 

「……」

 

 

返事は無い。殆ど寝ている状態だった。

黄忠の傍を離れ、壁に寄り掛かっている一刀に近付く。

 

それを見て何かを察した一刀はその場に胡坐を掻いた。

 

すると璃々は自然に胡坐の間に身体を滑り込ませ、一刀の胸板に背を預ける。

 

途端に小さい寝息が聞こえ始めた。

 

 

「あら……」

 

「寝ちゃったな」

 

「不思議ですわ……璃々がここまで懐くなんて」

 

「今更だけど、これいいのか?さっき会ったばかりの怪しい奴に娘を任せても」

 

「構いませんわ。そうやって遠慮がちに聞かれる辺り、怪しくはあっても悪い人ではないと思いますもの。なにより璃々が警戒心を抱かないのが何より、安心の証です」

 

「そう言ってもらえると有り難いけどね」

 

 

黄忠と会話をしつつ、目を細めて璃々の頭を撫でる一刀。

 

この光景を見れば、仲の良い家族と勘違いする者もいるかもしれない。

 

最も、街の状況や現状を把握することに手一杯な一刀の頭にそんな考えは無いのだが。

 

 

「というかええと……黄忠さん?」

 

「黄忠、で構いませんよ。一刀様」

 

「いや、様付けはちょっと……。せめて、さん付けにしとかないか?というか呼び捨てをするのもどうかと。明らかに俺より年上だし」

 

「……歳は関係ありませんわ。一刀さんだって見方によっては私と同じくらいに見えますよ?」

 

「マジ?」

 

 

少し聞き捨てならない言葉に頬を引き攣らせる。

 

いやまあ、確かに現代に戻ってから約一年。妙に大人びたとか言われることはあったけど。

でも黄忠さ……いや黄忠もそこまで年上って感じはしないんだよな。璃々連れてるのに。

 

 

「では様付けは止めて一刀さん、と。名については私が構わないと言っているのですからお気になさらずに。寧ろ私は一刀さん、と真名で呼んでいるのですから。話し方も砕けたもので構いませんよ?」

 

「う~ん……まあ言っても仕方ないか。了解、んじゃそういうふうに」

 

「ええ、是非そうして下さい。一刀さんは恩人。本来であればいくら感謝してもし足りないのですから」

 

「恩人ねえ……」

 

 

慣れない響きに少し気恥ずかしさを感じてしまい頬を掻く――と、気になったことがあった。

 

 

「そういや黄忠はどうしてこの街に?」

 

「私は……そうですね。益州の州牧、劉障殿のところで武官をしている知人の元へ行く途中です」

 

「知人?」

 

 

黄忠の知人……入蜀前だと誰だ?

確か前の外史の蜀勢力は劉備、関羽、張飛――

 

頭の中で、記憶に残っている情報を引き出していく。

 

覚えのある蜀勢力の面々の名を順に上げて行き、やがて一つの名前に思い当たった。

 

 

「……厳顔、か?」

 

「え?」

 

 

驚いたようなキョトンとした表情になる黄忠。その表情を見て、声が漏れていたことに気付いた。

 

 

「ああ、いやなんでもない」

 

「はあ……」

 

 

怪しまれたかな、なんて思ったが一応大丈夫らしい。

ていうか俺、なんでもないばっかだな……。

 

隣に座った黄忠は静かに微笑んでいる。その眼からは疑いの色は見て取れなかった。

 

 

既に辺りは暗く、怪我をしている人間の呻き声の他には風の音しか聞こえない。

 

見上げた先の空は曇り。月に掛かる切れ長の雲が、一刀の複雑な心情を表しているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 あとがきィ! 】

 

あとがきって言っても書くことそんなに無いですけどね。

作者自身が書いてて感じた違和感――「あれ?紫苑ってこんな話し方だったっけ?」

作者が知ってるのはご主人様である一刀に対して、の紫苑なのでめちゃくちゃ書き辛かった。

そしてこれからも書き辛いでしょう。

 

あれ?私はなんで紫苑を登場させたのでしょうか?……まあいいや。

 

まだ我らが華琳様は登場致しません。でもあんまり引っ張ってもあれなんでその内出てきます。

 

ていうか出します。

 

あ、あとご指摘はお気軽にどうぞ!

 

今回の四方山話はこれぐらいで。それでは~!

 

 

 


 
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