No.53209

北郷一刀の本気 ―想い、道、違えて―

altailさん

前回の作品の続編という形ではありますが、少し無理やりかもしれません。
ただ、私が伝えたかったのは、他国との戦いの中で、一刀の考えが揺らぐのは当然何じゃないかということです。

2009-01-20 20:50:35 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:21847   閲覧ユーザー数:14099

日々新しい領土を統治していった我等が主、華琳は、先日の定軍山の戦いを一件に、孫呉の攻略を決断した。

警戒している蜀を尻目に、俺たちは、孫呉攻略戦へと向かった。

 

 

「第一陣は、真桜と沙和が右翼、一刀と凪が左翼を率い、中央を春蘭に任せる」

 

「次に、第二陣、秋蘭、霞は第一陣を後方から援護」

 

桂花が今回の作戦事項を述べていく。

補給線の確保が今回の主な作戦ではあるが、斥候の話では敵将は甘寧・孫小香・周泰・陸遜の四人。

そのため、今回の戦いはどれだけ損害無くを勝てるかが重要になってくる。

 

果たして、この作戦が呉の攻略の足がかりとなるのか、それとも……。

 

「一刀、初めての最前線、しっかり頼むわよ」

 

「あ、あぁ…頑張るよ」

 

自分でも分かるくらい声が震えてしまった。

自分が今までに無いぐらい緊張していることを今更再確認した。

 

前回の大闘技大会において、その武が認められ、最前線にまで回されてしまったのだ。

現場の指揮は俺が優先していいと言われても、そんなことしている余裕があるかどうかも分からない…。

敵戦力は呉の全戦力の半数近くを占める大部隊である。

そこまでこの補給戦が貴重なのか、それとも何かあるのか。

斥候の調べでも深いことはわからなかった。

だったら、後は勝つだけだ。

 

 

敵陣は野戦をするつもりらしい。

篭城戦をされる可能性もあったが、それはそれで好都合だ。

最初の作戦通り、俺たちは鶴翼の陣を敷き、敵を迎え撃つ。

今回は相当数の兵が投入されるため、第一陣と第二陣の交換のタイミングが重要になってくる。

そのため、俺たちの仕事はその入れ替え時の擁護である。

前線がぶつかった場合は、左右より横撃。

教科書どおりだが、効果的な作戦だ。

 

 

「隊長!敵陣動きました!」

 

吹き荒れる砂塵が猛然と迫ってくる。

戦場に立っているという緊張感から、汗が滲み出てくる…。

 

「凪、号令を頼む」

 

「わかりました。…全軍!抜刀ッ!!敵を迎え撃つぞ!」

 

「おぉおおおおおおっ!!」

 

雄たけびと共に全軍前進。

俺も、小鳥丸を抜き、凪の後ろを追いかける。

 

戦場に飛び交う罵声、悲鳴、歓喜の声。

 

「うおぉおっ!」

 

襲い掛かってくる兵士に俺はあせった。

振り下ろされた剣を薙ぎ、相手に切りかかる。

 

 

一瞬のためらい―飛び散る鮮血。

 

 

ただ一人切っただけで、俺は猛烈な疲れに襲われた。

それでも、敵は攻撃の手を休めてはくれない。

何人も、数える事ができないほどの大群が向かってくる。

 

「恐れるな!勇気を奮え!武を示せ!仲間を守れ!!」

 

凪の鼓舞が俺の頭を駆け巡る。

 

仲間を助けたい―敵を殺せ

友を守りたい―敵を殺せ

死にたくない―敵を殺せ

 

頭の中に繰り返し流れる悲痛な言葉の羅列。

 

「うぉおおおッ!!」

 

迷いを振り払い、勇気を奮い立たせ、恐怖を振り払い、動かない足に叱咤しながら敵へと向かう。

 

(切りあうな。切って、足を止めずに駆け抜けろ。)

 

自分にそう言い聞かせ、味方の兵士と殺り合っている敵兵士の死角から、脇腹を一閃する。

 

ただ早く。一撃で。

 

何人殺したかわからない。わからないが、いつの間にか冷静さが戻ってきていた。

 

「凪、中央の…春蘭達の部隊はまだ持ってるか?」

 

「はい。もう少しは持つかと。」

 

「そうか…」

 

初めて『戦場』に立った緊張からか、周りに気を配ることを欠いていた。

そう。本当ならもっと早く気づけたのに…。

 

「お伝えします!3時の方向に砂塵を確認!」

 

「何っ、敵の援軍か!?旗は?」

 

「旗は…孫!孫策です!!」

 

「孫策だと!!?」

 

ありえない!こんな補給線の城一つの戦場に、敵の総大将自らが赴くだと!?

 

「兵の数はおよそ2万。いかがなさいますか?」

 

落ち着け…。なぜこんな場所に孫策を送ってきた?敵は天下に名高い周公瑾だ。策も無く孫策なんて大物を送ってくるはずが無い。

では、何故か。答えは一つしかない。

 

「誰か、左翼の状態がわかるものはいるか!」

 

「はっ、左翼にて同じく砂塵を確認。恐らく、孫権の部隊かと…」

 

間違いない。敵は本気だ。なりふりかまってないこの戦い方…

 

「凪っ!すぐに華琳に伝令を!『敵は決闘を仕掛けに来た』って伝えてくれ!

 同時に左翼にも伝令を。『そのまま孫権の相手をし、本陣からの命令を待て』って」

 

「了解!」

 

「全軍!陣を遊撃陣に組みなおせ。孫策を迎え撃つ!」

 

 

呉はこの戦いで、俺たちを倒しきるつもりだ。

理由はわからない。もっといいタイミングもあったはずだ。

いや、だからこそ今なのかも知れない。

まさかこんなところに全兵力を投入してくるとは思ってみなかったからだ。敵の隙を突くのには打ってつけだ。

現に俺たち、右翼と左翼は中央の戦線から分断され、孫権、孫策と交戦。

中央の春蘭たちがどう動くかによって勝敗が決するだろう。

 

 

凪を無理やり兵士の指揮を任せ、俺は孫策と対峙していた。

 

「久しぶりね、天の御使いさん」

 

「できれば、名前の北郷で呼んで欲しいんだけど」

 

「そう?なら、北郷。ここは通らせてもらうわよ」

 

「悪いけど、そうは行かない。ここを通られたら中央の部隊が横槍を喰らっちまう」

 

「あら、ちゃんとわかってるのね。だったら、押し通らせてもらうわよ」

 

「…ッ!」

 

ただ言葉を交わしただけ。それだけで、俺は逃げ出したい衝動に駆られていた。

これが、小覇王とまで謳われた孫策伯符なのか…。

 

「………来いっ」

 

小鳥丸を抜く。いつもと同じはずの武器が、異常に重く感じられた。

 

「行くわよ…っ!」

 

「…うっ!」

 

早い!剣を振りかざしてから振り下ろすまでの動作に一片の迷いも無い。

次に繰り出す攻撃を、頭ではなく本能で感じているかのような動き。

剣線を見極め受けるが、どれも紙一重。

こんなもの受けきるなんて無理だ…っ!

 

「おりゃぁ!」

 

「は!せやっ!」

 

「くぅッ!」

 

積極的に攻撃を繰り出すが、難なく防がれてしまう。

袈裟切り、凪払い、突き。―どれもこれも見切られている。

死角からの攻撃を、手首をひねって無理やり受け止める。

お互いに引かず、ただ前に、切りかかる。

鍔迫り合った時、孫策が問いかけてきた。

 

「何故、天の使いの貴方が、曹操についたの?」

 

「その場の成り行きで、あてが無かったから曹操について行った。始まりのきっかけはそれだけ」

 

「なら、貴方は本当に曹操が大陸を平和に出来ると思っているの?」

 

「それはわからない。だって、俺は孫策や劉備が何を理想としているか知らないから」

 

「私も劉備も、ただ平和を求めているだけよ」

 

「それは曹操だって同じさ。多分、考え方が…やり方が違うだけ…」

 

「私も桃香も、そのやり方が気に食わないのよ!」

 

叫ぶと同時に剣を振りきり、間合いを取る。

 

「力でねじ伏せ、覇を唱えるその先に、真の平和なんてあるの?」

 

「そんなの、誰にもわからない」

 

「ならっ」

 

「でも、孫策だってわかってるだろう。この世界じゃあ…力無き者が敗者だって」

 

「……じゃあッ!従えというの!?あの力に、膝をつき、頭を下げて!」

 

剣に怒りを、憎しみを込め振りかぶる。

振り下ろしたその剣には、一寸の迷いが見られた。

 

「そうじゃない。屈する必要も、従う必要も無いんだ」

 

俺も、思いを剣に込め、真っ直ぐに、孫策へと向ける。

 

「ただ、助け合えばいいと俺は思う。例えそれが理想でも…現実を見てない、甘い考えだとしても」

 

「…あなた、どこか桃香に似ているわ」

 

「劉備に?」

 

「あの子も、そうやって真っ直ぐな眼差しを私に向けてきたの。この子なら信じられると思ったわ」

 

「なら…っ」

 

「でも曹操は違う。あいつが何を考えて大陸を統一しようとしているかなんて知らない。けれど、その為に呉が危険に晒されるのなら、私は戦う!」

 

今度は迷いを振り払い、孫呉に賭ける思いを剣に乗せる。

どんな者からも守り通す、強かな剣、「南海覇王」。

 

「せいっ!はぁ、たあぁっ!!」

 

「くっ!」

 

孫策の高速の三連撃。すべてが俺の首元へと切りつけられる。

 

「いくら貴方が理想を掲げても、曹操は折れないでしょうよ。でなければ、この戦国の世に名を馳せたりはしない」

 

「……っ」

 

孫策の言うとおりだ。俺と曹操の考え方には、行き違いがあるように思えてしまう…。

 

 

俺は、何を信じればいい?

何の為に戦えばいいんだ?

曹操のため?忠義のため?

 

終わらない自問自答。そんな隙を、孫策が見逃してくれるはずが無かった。

 

「ふっ!」

 

「ぐあぁっ…」

 

一際重い一撃を受け、右腕を下ろしてしまった。

 

「ッ!」

 

「あなたが、迷った時点で、負けてるのよ」

 

振りかざされた剣。鋭い瞳…まるで燃え滾る業火のように赤い瞳。

 

 

―――――死ぬ。

 

 

「………ッ!」

 

「何っ!?」

 

右側へ転がり込み、一撃を交わし、転がりざまに孫策の右足を切りつける。

 

「ぐぅッ!はぁ!」

 

しゃがみこんでいる俺に、容赦ない連撃。

そのすべてを小鳥丸でいなす。

 

「……何、さっきまでと動きが違う……」

 

ヒラヒラと流れ、舞う葉のように、流れるように上から下へ。左から横へ切り払う。

膝を使い、体を振り、振り下ろす。その動きをただ早くすれば、重さと力になる。

 

「……それが本気ってわけ」

 

孫策が呟き、俺の一撃を数ミリというところで交わし、左腕を切りつける。

無理やり体勢を崩して避けようとしたが間に合わず、左腕の筋を持っていかれた。

 

「ぐわあぁああッ!」

 

今まで感じたことも無い壮絶な痛み。

その痛みに負け膝をついてしまった。

 

「……ううぅッ!」

 

「悪いけど、情けはかけないわよ」

 

「クソッ!」

 

死にたくないという衝動が俺の脚を動かす。

右腕一本で、振り下ろされた剣を防ぐ。

右足で孫策の膝を狙い、体勢を崩す。もちろん、後方に避けられたが、間合いを取るチャンスが出来た。

相手は猛々しい虎…こちらを食い殺すまで攻撃をやめない…。

 

疲労を回復するために、舌戦を仕掛ける。

 

「なんで、あんたみたいな大物がこんなところまで出向いてきたんだ…っ?」

 

「……まぁいいわ。どうせあなたもわかっているのでしょう」

 

その言葉が何よりの確信へとつながる。

 

「さすがは諸葛亮ね。予想通りの布陣だったわ。ただ、貴方がここに居たことが一番の予想外なのよ」

 

「…はぁ、はぁ……俺が?」

 

「そう。今まで後方での指揮しかしていなかった貴方が突然最前線にいるじゃない。本当なら、私がさっさとここを抜けて、蓮華達の道を作るはずだったのに」

 

…そういうことか。

 

「…なら、ここをっ、抜かれたら、その後方に待機してる、甘寧・周泰・黄蓋が飛び込んでくる…ってことか」

 

「さぁ?そこまで私も話すつもりはないわよ」

 

なおさら負けられない。この情報を伝えないと……

 

「私が退がらせると思う?」

 

「…ぁあ、退がらせてもらう」

 

そして…小鳥丸を鞘へと戻す。

 

「…っ!どういうつもり…」

 

「どうもこうもない。俺は、勝つための最善の手段を行使するだけさ」

 

「そう…武器を手にしていないものを殺しても、不名誉なだけなんだけど」

 

「…気にするな。俺は…死なないっ」

 

「えっらそうに…ならば、死ねッ!」

 

…殺気を放ち、猛進してくる孫策。

間違いなく、孫策は突きを放ってくる。

速さに乗った突きは、交わすことも、受けることも困難。

 

だからこその…抜刀。

 

腰を落とし、力の入らない左腕で無理やり鞘を支え、右手を添える。

………まだだ。まだ……。

孫策が突きを放つと同時に……っ。

 

――――――――――――――――ッ!

 

「はぁっ!!」

 

状態を右に傾ける。勢いがついた孫策の攻撃は、俺の左肩を貫いた。

それでも、俺の動きは止まらない。

 

「ハッ!!」

 

流れに逆らわず、腕を伸ばし、孫策の腹を……抉る!

走って距離を詰めてきた孫策は、その勢いも加わり、深く腹を切りつけられた。

 

「……がッはあ……」

 

吐血し、孫策が倒れこむ。

俺も、左半身がまったく使い物にならない。

 

「はははっ…やっちゃったなぁ…」

 

聞こえてきた呟きに、俺は耳を傾けた。

 

「なんで今まで後方指揮なんてやってたのよ…」

 

「…こっちにも都合があったんだよ」

 

「何よそれ……」

 

そう言い、傷つき倒れたはずの孫策は、笑っていた。

 

「でも、すっごく…興奮したわ。今までに感じたことの無いぐらい、ゴホッ!」

 

「俺は、初陣が孫策だなんて、名誉だよ」

 

 

――その時、中央から鈴の音が聞こえた気がした。

 

 

「…はぁ、はぁ…ようやく来たのね、思春。まったく、遅いのよ」

 

「……してやられたな。まさかあんたが囮だなんて……」

 

「これで、私たち孫呉の勝ちね…」

 

「あぁ、これはマズイな…」

 

砂塵が見えた左翼には、甘寧と周泰の旗が見えた。

こちらの第一陣は総崩れ。春蘭が一人で後退を指揮しているが、第二陣も押されている。

俺たちは、戦いながらいつの間にか戦場から大きく離れた場所に居た。

それこそ、周りに誰も居ないような場所に。

 

「これで、ゆっくり逝けるわ…」

 

「………っん」

 

俺は無言で立ち上がり、孫策の元へと寄る。

 

「……何、止めでも刺すつもり?放っておいてもどうせ……ってちょっと!?」

 

「今君に死なれたら…困るんだよ…」

 

孫策を背負い、呉の城へと向かう。

ここからだと、15分ぐらいで着くだろう。

 

「な、何でよ!?意味わかんないんだけど!」

 

「わからない……ただ、今君に死なれたら、呉の兵が死兵となって、襲ってくるだろうからね。そうなると後退もままならない」

 

本当は、孫策が死んだら、大陸に平和が訪れないという直感があった。

平和を求めるのに、他国の王を殺して、平和なんて来る筈も無い。

でも、それは言わない。

 

 

――脳裏を掠めるいつかの光景。

 

胸に刺さるような痛み。喉が焼けるような感覚。俺が見ているのは………孫策?

なんで、こんな……、

 

「……くッ!敵に生きながらわされたという、恥をさらせと言うのか!」

 

孫策の言葉に我に返り、俺はどうしようもない怒りを覚えた。

 

「恥?生きることの何が恥なんだよ!」

 

「…ッ!武人として、このまま無様に生きるわけには」

 

「あんたは武人の前に王だろう!王が民より誇りを優先するのか!?」

 

「…そんなことはない!それに、私の後は蓮華が…」

 

「後のことなんて考えるなよ!今!あんたが王なんだろうが!」

 

左腕の痛みを忘れるぐらい腹の内から叫んだ。

この王に、英雄に、言いたいことは山ほどある。

 

だから…

 

「だから死ぬなんて言うな!」

 

「……北郷」

 

「あんたは絶対死なせない……死なせる、もん…か……ッ!」

 

 

意識が朦朧としてきた。血を失いすぎたのか、孫策との戦いが終わり気が抜けたのか。

眩暈もするし、頭痛もしてきた。もう全身痛くてたまらない。

孫策も同じだ。俺が最後に切った腹部からの出血がひどい。

もうお互い、限界が近いのだ。

 

 

それでも、この重みだけは下ろしたくない…っ!

いつか、失ってしまったこの命の重みを、今度こそ…っ!

 

 

戦場を見てみると、魏が後退して行っている。

甘寧や周泰が追撃しているが、季衣と流琉が対応している。きっと大丈夫だろう。

 

 

「おれ……は、孫策に下るよ」

 

「はぁっ、はぁ…な、何をっ、言って…」

 

「俺は、孫策の元で、呉を知り、平和の道を…探すよ」

 

足がふらつく。体に力が入らない。

限界が近いからだろうか。こんなところに居るはずの無い人物が見える。

 

「……はぁ、はぁっ。間に合ったか!」

 

「お…まえ、…は」

 

「俺は華侘。流れの医者さ」

 

か…だ……?

あぁ、華侘…。あの名医の……。

だったら…、

 

「孫策を…たの、……」

 

「お、おいっ!しっかりしろ!!」

 

 

―そこで俺の意識は途切れた。

 

 

魏による呉攻略戦は、呉の策により、魏の敗退となった。

 

俺が目を覚ましたのは、それから、1週間が過ぎたころ。

 

 

――赤壁の戦いの、直前だった。


 

 
 
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