「おーいにーさん、ええ加減起きーやー」
「このお坊さんなんで髪生えてるの―? かっこいーからいいけどー」
「コラッ、頭を叩くな沙和! 失礼だぞ」
……なんだ。
頭上で交わされる声に意識が呼ばれてゆく。
パチリと瞼を開くと、目の前には三つの顔が。
「……あぁ?」
なんだこの状況は。
俺は寝転がっているのか?
「おっ、目―冷めたかにーさん」
「こんなところで寝転がってるからびっくりしちゃったのー」
「……こんなところ?」
言われて辺りを見回してみる。
辺り一面広大な地面が広がっていた。
見おぼえは……全くない。
「……どこだここは、というかなんで俺はこんなとこに居るんだ」
訳が分からず頭を傾げる。
可能性を考えるなら寝ている間にアイツらが裏切って俺を捨てて行ったってくらいか……まぁさすがにないか。
頭を叩き事前の記憶を思い起こさせる。
あー、なにがあったか……―――そうだ、思い出した。
妖怪の投げた銅鏡をぶっ壊したら白い風に包まれて……あの後どうなったんだか。
「……なんやこのにーさん、随分混乱しとるよーやな」
「賊に絡まれでもしたのでしょうか……それにしては服装も乱れて無いご様子ですし、よく分かりませんね」
「生き倒れてたんじゃないのー? お腹が空きすぎたとかー」
「……勝手なこと言ってんじゃねぇぞガキども」
あまりに喧しいので言葉を遮って立ち上がる。
大の字に寝転がっていたようで、身体は砂まみれだ。
服に着いた砂を手で払い落としながら、改めて三人を観察する。
(……なんだこの服、変な奴らだな)
眼鏡にそばかすを着けた女はヒラヒラとした薄い服を身につけており、今までに見たことのないセンスをしていた。
しかしコイツはまだいい、問題は残り二人だ。
片方は大きな胸を水着の様な薄い布だけで覆うという奇抜なファッション。
もう片方は手甲をつけているのだがそれだけで、あとは肌の露出が激しい防御したいのかしたくないのか分からない服装をしている。
(色々とセンスがない)
自分の事は棚に上げず好き勝手思う三蔵。
三人は顔を顰める男の顔からなにか察したのか、銘々に口を開いた。
「あー、なんか失礼なこと考えてる顔してるのー」
「いかんでにーさん、せっかく私らが介抱してやったっちゅーんやからもっと感謝してもらわんと」
「言いたいことがあるのなら率直に仰ってください、そうでないとこちらもどう対応したらよいのか困ります」
(めんどくせぇ……)
三蔵は元々喧しいのは苦手である。
とはいっても賑やかな三人組と一年は旅をしたのでそれなりに慣れてはいるのだが、苦手なものは苦手である。
そしてその中でも、若い女ほど煩いものもない。
高い声でキーキー喚く生き物と考えているので、女性というものを得意としていない。
「チッ……あー、ここはどこか教えろ」
「こ、このお坊さんいきなり舌打ちかましてきたのっ!」
「こらーえらいド腐れ坊主やなぁ、この性格で寺から追い出されたんやないん?」
ヒソヒソと二人は顔を寄せ合って三蔵の陰口を叩いた。
三蔵は耳が良いのでその会話を聞きこめかみに血管を浮き上がらせたのだが、なんとか堪える。
三人の中でも一番まともそうな性格をしている傷だらけの女が前に出た。
「ここは司州にある小さな農村の近くの荒野です、貴方様は一体どこから「司州だと!?」っ……」
思わず大声をあげてしまう。
それもそのはず、司州と言えば三蔵の旅だった地である長安のある場所だ。
一年もの旅により司州を完全に抜けていたはずの三蔵は怒り狂う。
(まさかあの鏡、転移の方術でも仕掛けてあってそれでこんなところまで飛ばされたのか。……クソッ、またやり直しか。しかも俺だけ……あぁクソムカつく)
イライラを隠しもせず右手で頭をガシガシと掻く。
(とりあえずいったん長安に戻るか……これからどうしろってんだ全く)
「ど、どうかなされたのですか?」
「ああ? ……ちょっと面倒事に巻き込まれたみたいで混乱してたんだ、気にするな」
「は、はぁ」
怪訝そうな顔を浮かべる女。
いきなり変な所に飛ばされたと言っても信じては貰えないと思ったのであえて真実は告げない。
説明するのも面倒だし、コイツらになにか出来る訳でもない。
諦めという名の悟りを開いた三蔵は無駄な説明を省き、とりあえず村まで案内してくれと頼んだ。
「村までですか? ……とはいっても、なにもない村ですが宜しいですか?」
「構わん、とにかく飯と宿と地図だけあればそれでいい。早く長安に帰りたい」
「にーさん長安出身なんか、そらーえらいとこから来たなー。ウチの村からだと結構距離あるで」
「……マジかよ」
道程は長いようだ。
俺が追いつくのとアイツらが天竺に到達するの……果たしてどちらが早いのか。
(考えても仕方がない……か)
「にーさんにーさん、そういえばにーさんの名前なんていうんや?」
「……玄奘三蔵」
「三蔵様ですか。でしたら三蔵法師様と」
「勝手にしろ……そう言うお前らの名前はなんだ」
問うと横を歩いていた女がピタリと足を止めて向き直った。
続くようにして残りの二人も足を止めた。
「申し遅れました。私は姓は楽、名は進、字は文謙と申します」
「ウチは李典、字は曼成や」
「私は于禁っていうのー。字は文則ね」
「……ああ?」
三人の名乗りを聞いて三蔵は戸惑う。
どこかで聞いたような……そう、どこかで見かけた記憶のある名前がずらりと並んでいたからだ。
(楽進、李典、于禁…………―――思いだした、三国時代の書記だ)
三国時代、魏、呉、蜀の三国が同盟を結び生まれた時代。
漢による朝廷の腐敗が進み、人民の蜂起、黄巾の乱を皮きりにして起こる戦乱の時代だ。
その時に活躍した魏の武将としてその三人の名が確か刻まれていた。
三人とも有力な武将であり、魏の時代の礎となった柱の一人だ。
(……親が武将のファンなのか?)
そう考える他ない。
数百年前の偉人から名前を取ることはさほど珍しくはないが、三人全員とは正直考え難い。
「お前たちは兄弟かなにかなのか?」
道中暇なので興味本位で聞いてみる。
「んー? なんでそう思ったん?」
「楽進、李典、于禁といえば曹操の配下として有名だ。そう考えない方がおかしいだろ」
「えぇ!? なんで私たちが曹操様の配下になってるのー!?」
「私たちは曹操様の所に仕官してなどいませんよ……なにかの聞き間違えではありませんか?」
「せやせや……変な冗談でびっくりさせんといてやー」
「……………………は?」
三蔵は会話をしていて違和感を感じた。
曹操様? 昔の偉人に対して様をつけて呼ぶ奴なぞいない。
手記を読んで心酔したとかなら話はわかるが、見てくれからしてそうは見えない。
―――まるで、今現在曹操が生きているかのような……
背筋に嫌な予感が駆け巡る。
全身に鳥肌が浮き上がった。
「お、……おい」
若干声は震えていたかもしれない。
振るえる声を隠すように、なんとか小さい声で尋ねる。
「今の王朝は…………どこだ?」
「嫌やなー、にーさん。寝ぼけてはんのー? 漢王朝に決まってるやーん」
「――――――嘘だろおい」
掠れるほど小さな声で呟く。
玄奘三蔵は、こうして異世界へと舞い降りた。
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