~聖side~
「そうか……聞いて悪かったな。」
「ううん。何だか兄ちゃん達、そんなに悪い人じゃないみたいだし良いよ。でも、何でそんな事を聞くの? 兄ちゃん達は役人でしょ? 自分達でやったことなんだから知ってるはずじゃ……。」
少女はその幼い顔に疑問の表情を浮かべる。
そう言えば、そこの誤解をまだ解いていなかったけ…。
「あぁ~それなんだが、俺たちは役人といえば役人なんだが、ここら辺の役人じゃないんだよ。」
「えっ??」
「俺は広陵で役人をしているんだ。」
俺がそこまで告げると、少女はその目を大きく見開いた。
「ボク知ってるよ!! 広陵の街って凄いんでしょ!? 最近ここに引っ越してきた人たちが噂してたから。」
「噂…??」
なんだろうか…。やな予感が…。
「広陵に新しくやってきた太守は、王としての器量、政治力、武力、統率力を持つに納まらず、人間とは到底考えれない能力を持ち、ぼろぼろだった広陵の街を直ぐに建て直して、いまや大陸の中でも指折りの都市に気付きあげた。それでいて気前良く、優しく人々に接する姿は神仏の映し身ではないかと言われてるって…。」
……まぁ、色々と突っ込みたいところはあるが、大方良い噂の類だろう。
「後、夜は狼だとか。」
「ちょぉぉぉぉおおおおおおお~~~~~~!!!!!!!!!!」
……何故…そんな噂が流れてるんだ…。
いやっ、待て…噂だ。あくまで噂だ…。
噂の類を全員が全員信じるわけ…。
「しかも、最後のは信憑性が高いとか。」
「何故だ~~~~~~!!!!!!!!!!!」
信憑性が高い?? 何故そんな噂が出ている…。そうなると、これは噂というより密告だぞ…。
まさか、城の者から密告者が…おのれ…。
「……可笑しいね。普通だったら、太守のそんな噂が流れてたら即刻口封じさせられるのに…でも、広陵だとそれが普通で、だからこそ楽しんだって。」
少女は影のある笑いを浮かべながらそう言った。
きっと、少女は自分の村のことと広陵を比べて思ったのだろう。
太守と市民、皆が一つとなって作る街への羨望を…。
「だからボク、広陵の太守さんに一度会ってみたいんだ!! 兄ちゃんは太守さんに会ったことがある?」
なんだか騙しているような気がするので、素直に話すことにする。
「あぁ~っと…。実はな、太守って俺なんだわ…。」
辺りを包む静寂。
その時間は数秒にも数分にも感じるほど長かった…。
そんな静寂を突き破ったのは、
「えええええぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!」
と言う少女の絶叫だった。
「……落ち着いたか?」
「はい…何とか…。」
しばらく驚愕で狼狽していた少女だったが、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。
「ごめんなさい!!」
急に頭を振って謝る少女に呆気に取られる…。
「えっと…なんで謝ってるの??」
「ボクの勘違いで攻撃しちゃって!! それで、良い太主様を傷つけようとしちゃって!!」
「あぁ…そのこと…。」
正直言って怪我もなんもしてないし、謝られる様な事もないんだが…。
「本当に、ごめんなさい。」
まぁ、これだけ少女が真剣に謝っているんだ…。これが彼女なりのけじめなのかもしれない。
「気にしないで。俺は大丈夫だから…。」
どうにか顔を上げてもらい、申し訳無さそうにする彼女に笑顔を向ける。
「あの……名前を教えてください!!」
「名前って……俺の……??」
「はい。」
正直教えるかどうか迷う…。
この少女に自分の身分を明かすのは、些か危険なように感じる。何となくだけどそう思えた。
「……駄目?」
ぐっ……。そんな悲しそうな顔をして聞かれたら教えるしかないじゃないか……。
「駄目じゃないよ…。俺の名前は徳種聖。君は?」
「ボクは許緒。あの…聖兄ちゃんって呼んで良いですか?」
「勿論。好きなように呼んでくれ…。後、敬語なんて要らないからな? 普通に話せば良いよ。」
「えっ!? でも、広陵の太守様に……。」
「さっき許緒も言っていただろ? 俺は普通の太守とは違うんだ。立場なんて気にせずに話してくれ。」
「じゃ…じゃあ、そうするよ…。」
「うん、それで良い。」
許緒は見た感じや言葉遣いから、何とも元気な女の子という印象を受ける。
こんな世じゃなければ……もっと平和な世なら……この子はきっと普通の女の子だったろう……一人でこの村を守るなんてことには、決してなっていないはずだ……。
この世の無情さが生んだ結果がこの村のような惨状だと言うなら……この世なんか……くそくらえだ…。
「どうしたの……聖兄ちゃん…。」
「っ!?」
どうやら、険しい顔をしていたようだ。少女は心配そうな顔で見つめている。
「なんでもないよ。大丈夫だから。」
「……そうなんだ。」
少女に微笑みかけてあげると、彼女もその顔に微笑みを浮かべてくれた。
「あのね…。聞きたいことがあるんだけど……。」
「ん?? なんだい?」
聞きたいことは山ほどあるのだろう…。だったらそれに答えてあげないとな…。
「狼ってどういう意味なの?」
「ぶっ!!!!」
………何……だと…………。
「そ……それは………。」
「ねぇ、聖兄ちゃんって………狼なの…??」
「いやっ……俺は……。」
その問題は既に終わったはず。しかし彼女の質問に答えてあげないのもどうかと思う。しかし、こんないたいけな少女に教えるべき話ではないし、何よりも俺は狼……などではないと思っているし、と言うことはここはどうにかしてはぐらかして答えるしかないわけで、でも具体的になんて答えれば言いかというと難しいところで、この子を納得させてあげれるだけの理由を今から作り出すのも難しいし、かと言って本当のことは言えないし…………………。
「むぅ~。じゃあ、お姉ちゃん!! 聖兄ちゃんって狼なの!?」
「えっ!!?? わっ…私なのですか!?」
俺が悶々と考え込んでいると、待ちきれなくなった許緒は今度は橙里に聞いた。
「ねぇ、どうなのお姉ちゃん!? 聖兄ちゃんって狼なの!?」
「先生は………。」
「ねぇそれと、狼ってどういう意味なの?」
許緒の質問攻めにタジタジになりテンぱる橙里。
こうなると、橙里がボロを出しそうだが……何だか、嫌な予感がする。
「どうなの? お姉ちゃん。」
大きな目をきらきらと輝かせて、橙里に聞く許緒。その純粋なまでの圧力に橙里が口を割る。
「せっ……先生は……確かに狼のように激しい時もありますが……でも……普段は優しく……。」
「ちょっと待てぇぇぇぇえええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
予想通りだよ!! そして、橙里。お前は残念な娘だよ!!
「にゃ?? 一体何のこと?」
「知らなくて良いから!!」
「えぇ~!! ……じゃあ、そっちのお姉ちゃん教えて!!」
「……うち?」
ここまでのやり取りを静かに見ていた音流に、許緒は質問の矛先を変える。
音流は……子供にそんな事を教えてはいけないと分かっているはず。上手いかわし方をしてくれよ…。
「う~ん……。そーやね~…。」
「お姉ちゃんも教えてくれないの?」
許緒の顔には寂しげな色が伺える。
音流は膝を折って、そんな許緒の目線の高さに合わせると、
「よかよかばい…。そげん急のなくとも、好いとぉ人の出来よるら分かるけん。」
「好きな人……??」
「そーばい。」
音流は優しく微笑み、許緒の頭を撫でる。
「……お姉ちゃんは……好きな人が居るの?」
「うん♪」
何やら、俺に聞こえない声で話している音流と許緒だったが、
「ね? あんちゃん♪」
音流がそう言って振り返ると、四つの瞳に見つめられる形となって、少し怖気づく。
「え~っと……何??」
「何でもなか♪」
何やら機嫌が良い音流だったが、俺にはその理由が分からない……。一体どうしたんだろうな??
でも、二人してくすくす笑っているところを見ると、上手くやってくれたのだろう。
「ところで、聖兄ちゃんたちは何しに村に来たの?」
本来の目的を忘れかけていた俺らに、許緒がそう尋ねてきた。
「そうだった!! 許緒、この村の村長さんに会えるかな?」
「村長さんに?」
「あぁ、実はかくかくしかじかで…。」
「ふ~ん、分かったよ。じゃあ、案内するね!!」
そう言って180度向きを変えると、少女は意気揚々と歩き出した。
村は小さいながらも活気のある村に見えた。しかし、居るのは年老いた男女だけ…。
許緒の言っていた通り、若い男女の姿は見かけることがなかった。
俺たちは、許緒に遅れないように、後ろに沿って歩いていく。
すると、村の一番奥にある家に連れて行ってくれた。
「おじいちゃん!! お客さんだよ!!」
「うん? 季衣、どなたさんかな?」
家の中から、風格のある老年男性が顔を出した。
「初めまして、私は徳種と言います。」
「はぁ……。どうも、ワシはこの村の村長です。」
「おじいちゃん。聖兄ちゃんは広陵の太守様なんだよ!!」
「なんじゃと!!? 広陵とは、あの広陵のことか!?」
「そうだよ。そこの太守様だよ。」
「どうも、広陵の太守です…。」
開いた口が塞がらない様子の村長さんを尻目に、許緒は楽しそうに説明を続ける。
「それでね。聖兄ちゃんが、おじいちゃんに会いたいって言うから連れてきたんだ。」
「それはそれは……。では、ここではなんですし中でお話いたしましょう。」
「ありがとうございます。許緒もありがとう。ここまでで大丈夫だよ。」
「うん、じゃあね聖兄ちゃん!!」
許緒は大きく手を振りながら、自分の家があるのであろう方向へ走っていった。
俺たちはその後姿を目で追い、見えなくなったところで村長さんの家に入った。
「どうぞ、何もお出しできなくてすいませんね…。」
「いえいえ、お構いなく…。」
「それで…本日はどういったご用件でしょうか?」
「実はかくかくしかじかで…。」
「成程…。分かりました。村の外でならご自由に天幕をお張りください。」
「ありがとうございます。助かります。 橙里、音流。二人でこのことを残りの皆に伝えてきてくれ。」
「「はい!!」」
俺たちの願いは、たやすく受け入れられ、俺はほっと息を付く。
その後橙里と音流を使いに出して、村長さんの家には俺一人となる。
「いやはや、それにしても広陵の太守様が、こんな所にいらっしゃるとは…。」
「偶然ではあるんですがね…。」
「……これも何かの縁ですかな…。」
村長さんは俺の方を見ながらも、その目は遠いどこかを見ていた。
「そういえば、この村には青年男性がいないとか…。」
「……許緒から聞きましたか?」
「……はい。」
「お恥ずかしい限りです…。この村の守備を、あの子に全て任せてしまっている…。本来ならば、私共がしなくてはいけないのですが…。」
「……許緒の両親は……??」
「…………亡くなりました。」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓が独りでに跳ねる。
「……原因は…?」
「……兵として戦場で戦死した…と聞いております…。」
何だよそれ……。
「……許緒はそのことを……。」
「……知ってます…。」
それじゃああの子は、その小さな体で両親が亡くなったという悲しみを全て受け止めたと言うのか…。
それどころか、これ以上被害が出ないように…この村を一人で守っているというのか……。
「っ!?」
手に痛みを感じ、見てみると血が出ている。気付かぬ内に握る手に力が篭っていたようだ…。
「それもこれも……ここの太守がしっかりしないばかりに……。」
村長さんの言うことは当然のように思えるが……それを俺は納得できない…。
「徳種さん…物は相談なんですが…。」
出来るなら、その先のことは聞きたくない。
「私たちの村を、守ってく『天幕の許可ありがとうございました。明日の朝には出て行きますので…。』」
口早にそれだけ告げ、村長さんの家から出る。
村長さんの声を背中に受けるが、俺はそれを無視する。
村の姿は、初めに感じたような活気に満ちたものではなく、何かに期待することでしかその存在を保つことの出来ない、そんな儚げで脆げで危うげなものの様に見えた。
「くそっ!! ……こんなにも、無力なのか……。」
歯を噛み締め、やり場の無い怒りをどうにか発散させることでしか、天幕に移動すること以外に今の俺に出来ることは無かった。
後書きです。
とりあえず、今年一発目の投稿が終了しました。
また今日から投稿を始めて行きたいと思うのでよろしくお願いします。
前話で話題に上げていた少女ですが………許緒でした。
皆さんなら既に分かっていたかもしれませんが、このような形で季衣を登場させることにしました。
時期的には季衣が華琳様に出会う少し前って所ですかね……。
次話の投稿は来週の日曜日になります。
それではお楽しみに……。
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どうも、作者のkikkomanです。
新年始まってこれが初投稿ですね。
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