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IS インフィニット・ストラトス ~転入生は女嫌い!?~ 第五十七話 ~クロウ、招待される~

Granteedさん

皆さん新年あけましておめでとうございます、Granteedです。

正月、皆さんはどの様に過ごしているでしょうか。作者はお気に入りのドラマ“JIN ―仁―”の再放送をを見て涙腺が崩壊寸前です。

それはそうとISが再び再開するとか何とか。さてはて、この小説はどうするべきか……まあ、気長に考えておきます。

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2013-01-02 12:13:51 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:7990   閲覧ユーザー数:7493

セシリアの頭の中は言い表せない混乱で一杯だった。その原因は言わずもなが、自分の目の前にいる人物が原因である。クロウは何か言いたそうに口を開きかけるが、それより前にセシリアがラウラの肘を掴んだ。

 

「む?」

 

「き、来てください!!」

 

返事も聞かずにセシリアがラウラの小さい体を引っ張りながら、その場を脱兎の如く駆け出していく。クロウたちから十分離れると、ぜぇぜぇと肩で息をしながら物陰にラウラと一緒に飛び込んだ。

 

「セシリア、どうした?」

 

「聞きたい、のは……こちら、ですわ……」

 

セシリアは荒い息の合間に何とか返答を返す。ラウラはいつもの通り泰然とした姿勢を崩さずにセシリアの言葉を待っていた。息を整えて顔を上げたセシリアの顔は林檎の如く真っ赤だった。それは決して全力疾走をした事が原因では無いだろう。

 

「な、な、何でクロウさんがここにいますの!?」

 

「ふむ、お前が疑問に思うのも当然だな。分かった。説明してやろう」

 

「お、お願いしますわ……」

 

「私がクロウを連れてきた。以上」

 

「全然説明が足りないですわ!!」

 

思わず食ってかかるセシリア、やれやれと言った風で髪を掻き上げるラウラ。セシリアがゆっくりと物陰から顔を出してみると、廊下の先に和やかにチェルシーと談笑しているクロウがいる。

 

「クロウさんはIS学園にいるはずですわ。一体何故ここに?」

 

「最初から話さなければダメか。事の発端は私がクロウに願い事をしたんだ」

 

そしてラウラがクロウに教練を頼んだ事をセシリアに話し始める。数分後、話はとうとうラウラたちが基地を出るところまで進んだ。

 

「ふと、本日のイグニッション・プランに関する会議に貴様も来る事を思い出してな。“クロウを連れて行って会わせてやったらいいのでは?”と思い部下に相談した所、大賛成されたのだ。そこで、急遽予定を変更してクロウについてきてもらったのだ。こんな所でいいか?」

 

「な、納得はまだ出来ませんが理解はしましたわ……」

 

「おい二人とも、どうかしたか?」

 

「ひゃっ!?」

 

驚きの余り飛び上がりそうになるのを何とか抑えながらセシリアが横を見ると、クロウが怪訝な顔をしながら立っていた。

 

「いえ、何でもありません。どうかしましたか?」

 

「ああ、クラリッサが呼んでるぞ。行ってやれ」

 

「ありがとうございます。では」

 

クロウの横を通り過ぎ、ラウラ一人が去っていく。クロウを前にしたセシリアは予想外の出来事に緊張していた。

 

「ク、クロウさん……本物ですの?」

 

「おいおい、人を偽者みたいに言わないでくれ」

 

「す、すみません!ですがいきなり会ったので、つい……」

 

「まあ、俺もそこそこ驚いてはいるさ」

 

口ではそんな事を言いながらも、飄々とした態度を崩さないクロウにセシリアは尊敬の眼差しを向ける。

 

「行こうぜ。あのメイドさんも紹介してくれよ」

 

「は、はい!!」

 

セシリアとクロウが一緒になって先程の場所まで戻るとラウラとクラリッサ、それにメイド姿の女性もいた。

 

「お戻りになられましたか」

 

「アンタも人が悪いな。セシリアに教えられたのなら言ってくれりゃいいのによ」

 

「それは失礼を。本人同士が出会ってお話する方が良いと考えましたので」

 

性格がなせる技なのか、初対面にも関わらず朗らかに会話を交わすクロウ。クロウの視界の端ではラウラとクラリッサが短く言葉を交わしていた。

 

「クロウさん。チェルシーと面識があるのですか?」

 

「いや?ついさっき会ったばっかだ」

 

「ええ。お嬢様の心配なされている様な事は全くないので、ご安心を」

 

「チェ、チェルシー!?」

 

セシリアは心の中を言い当てられて思わず金切り声を上げてしまう。クロウはと言えば、二人の関係を把握しきれていないので、怪訝な顔を浮かべていた。

 

「初めまして、クロウ・ブルースト様。私はチェルシー・ブランケット。先程も言いましたが、お嬢様にお仕えするメイドです」

 

「これはこれはご丁寧に。俺は──」

 

「よく存じております。お嬢様からよくお話を聞いておりますので」

 

「そ、それはともかくクロウさんはこれからどうするのですか!?」

 

クロウとチェルシーの会話にセシリアが割り込んでくる。会話の流れをぶった切ったセシリアに怪訝な顔をしつつも、クロウはセシリアの質問に答える。

 

「まあ、普通に考えて護衛の続きで基地に直行だろうな。今の俺は雇われの身だ。ラウラと一緒に──」

 

「クロウ、よろしいですか?」

 

今までクラリッサと会話していたラウラがクロウ達に振り向く。クラリッサはラウラ達に背を向けて走り去ってしまった。クロウはラウラにクラリッサの事を聞こうとするが、それより早くラウラに声をかけられる。

 

「これからの予定ですが……」

 

「おう、一緒に基地まで戻るのか?」

 

「いえ、ここでクロウの任は終わりにしたいと思います。いつまでもクロウを私の都合で連れ回す訳にも行きませんし」

 

「……まあ、雇い主のお前がそう言うなら従うとするか。学園に戻っても特にやる事は無いんだがな」

 

「隊長、持ってまいりました」

 

丁度クロウの言葉が途切れたタイミングで廊下の角からクラリッサが再び現れる。片手にはクロウのスーツケースを、もう片手には茶封筒を握っていた。ラウラは二つともクラリッサから受け取ってから、クロウに手渡す。

 

「クロウの荷物です。ご確認を」

 

「まあ、別に大したもんは入ってないさ。そんで、こっちは?」

 

クロウが茶封筒を手で弄びながら質問する。セシリアとチェルシーは完全に蚊帳の外で終始無言だった。

 

「航空券の引換チケットです。我が軍でも使用しているものですが、この国から発着する全ての航空便に使えます。空港で行き先を指定すればどこにでも行けるので、帰りに使ってください」

 

「何か悪いな、至れり尽せりで」

 

「いえ、クロウには一言では言い表せない物をしてもらいました」

 

「そうか、まあそう言うなら遠慮無く」

 

そう言って茶封筒を懐に仕舞い込み、先導切って廊下を歩き出す。

 

「行きかけの駄賃だ。道中の、せめてそこまで見送るぜ」

 

「ええ、行きましょうか」

 

一同がぞろぞろと廊下を進んでいく。場の流れに任せてセシリアとチェルシーもそのまま三人についていく。そして建物を出てクロウ達に太陽の光が降り注いだ時、セシリアの隣にラウラが並んだ。無言のままも気まずいので、セシリアから言葉を発する。

 

「それにしてもラウラさん。クロウさんが来てくださるなら教えてくれれば。それなりの対応もいたしましたのに」

 

「私の副官の提案でな。サプライズの方が物事は楽しめるらしい」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ様、一つ質問をよろしいでしょうか?」

 

「ふむ、何だ?」

 

「貴方様のクロウさんに対する行動の数々、その様な意味だと受け取ってよろしいのですか?」

 

チェルシーの言葉を聞くなり、ラウラは驚いた表情をする。眼帯に覆われていない方の目を見開いてチェルシーの顔をまじまじと見ると、表情を崩した。

 

「全く、貴様も中々だな。これから私から言うつもりだったのだが」

 

「お嬢様がその手の駆け引きに疎い分、私が助力をするべきかと」

 

「チェルシー、一体何の話を?」

 

「セシリア、クロウはこれからどうする?」

 

チェルシーではなく、ラウラから逆に問いかけられて呆けるセシリアだったが、特に考える事も無い質問だったので半ば条件反射の様に答える。

 

「それは勿論、IS学園に──」

 

「お嬢様、本当にそれでよろしいのですか?」

 

「何がですの?」

 

「折角の夏休み。まだ半分も過ぎてないとは言え、お嬢様は家の仕事と代表候補生の仕事に忙殺され一時の休息もありませんでした」

 

「え、ええ、その通りですわ。ですがこれから家に戻れば少しは──」

 

そこでいきなりチェルシーが蠱惑的な笑みを浮かべて人差し指をセシリアの眼前に突きつける。若干顔を仰け反らせるセシリアだったが、主に構わず従者は言葉を続けた。

 

「そんな一時の休日を、たった一人で過ごされて楽しめますか?高校一年生の夏は一回しかないのですよ?」

 

「そ、それが何か?」

 

「で、あれば──」

 

チェルシーが突きつけていた人差し指を虚空にスライドさせる。思わずセシリアの視線もそれに釣られて移動していた。

 

「思い人と一緒に過ごすのが、最良ではないかと」

 

「……ま、まさか──」

 

「そう。あの方を我が家にご招待しては如何でしょうか?」

 

チェルシーの指先は一つの人物を指していた。チェルシーの指先はセシリア達の前を歩きながらクラリッサとのんびり会話を交わしている、一人の男を指し示している。そんな未来を想像したのか、セシリアは顔を赤くしながら自慢の金髪が揺れる程激しく首を振った。

 

「そ、そんな事!!第一クロウさんにはクロウさんのご予定が──」

 

「彼は先程自分で仰っていました。“学園に戻っても特にやる事は無い”と。ならば問題無いのでは?」

 

「そ、そもそも!ラウラさんはこの様な考えを──」

 

「私はその様なつもりで言ったのだが。発案者は私ではなく、クラリッサだが」

 

否定する理由が消えてしまった所でセシリアはクロウの背中を見る。良く良く考ればこれから本国で休息を取った後再び仕事に追われ、IS学園に戻るのは月の終わり頃になるだろう。確かに夏休みの半分以上、クロウと会えなくなるのは痛いかもしれない。

 

(学園に戻ったら織斑先生と二人きり……それだけは避けなければ!!)

 

「まあ、友人としてささやかな心遣いだとでも思ってくれ。貴様が借りだと感じるのならば、学園に戻った時に私と嫁が二人きりで行動出来る様に動いてくれれば嬉しい」

 

ラウラのそんな言葉も、恋する乙女である今のセシリアには聞こえていなかった。心の中では、天使と悪魔がそれぞれセシリアに囁いている。

 

『この機に誘ってしまいなさい!丁度この間ネット通販で下着が届いたじゃありませんか、自宅でゆっくりと……』

 

『いけません!うら若き淑女が自宅に男性を招くなど!ふしだらだと勘違いされても良いのですか?』

 

『消極的なアプローチではいつまでたってもクロウさんの隣には立てませんわ!時には大胆なアプローチも必要ですのよ!!』

 

『クロウさんがその様な色香で惑わされると思っているのですか?彼はこの間まで女嫌いだと、自分で仰っていたではありませんか!』

 

『それは過去の事、今は違いますわ!それに織斑先生に負けないためには、この夏休みにできる限り距離を縮めておくことが必要不可欠!!ライバルが比較的少ない今が勝負所なのですよ!!』

 

ギャアギャアと心の中で天使と悪魔が勝手に騒ぐ中、先に門から出たクラリッサは停車していた車に乗り込んだ。ラウラも駆け足でセシリアの傍を離れていくが、最後に悪魔の甘言を残していくのを忘れなかった。

 

「自分の思いには正直になった方が良いぞ。私はそれを、クロウに教えてもらった」

 

「クロウさんが……」

 

「それでは、学園でな」

 

最後にセシリアの肩を叩くと、走り去って車に飛び乗ってしまった。ラウラは最後に窓から顔だけ出してクロウに別れの言葉を送ると、車は発進して道路には一人クロウだけが取り残された。一人だけにしておく訳にもいかないので、今だに自分の心の中で論議を繰り返している主人を引きずりながら、チェルシーがクロウに声をかける。

 

「ブルースト様は、これからどちらへ?」

 

「このまま空港に直行だ。街をぶらついてもいいんだが、勝手が分からないんでな」

 

「それでしたら、空港までご一緒しませんか?丁度私達様の送迎車も来たことですし」

 

チェルシーが指差す方向を見てみれば、ラウラの乗った車と同じ黒塗りの車がゆっくりとこちらに来る所だった。

 

「じゃあお言葉に甘えて、ご同伴させてもらうぜ」

 

音もなく三人の目の前に車が止まる。まずクロウが中に入り、次にチェルシーがセシリアを押し込め、最後にチェルシーが扉を閉める。

 

「どちらへ?」

 

「空港までお願いします」

 

チェルシーが運転手に指示を下すと、車は緩やかに走り始めた。運転手の腕か車の性能か定かではないが揺れがほとんど無く、とても乗り心地が良い。今までの疲れも溜まっていたのか、クロウは暖かい車内の空気とも相まって、ついうとうとと船を漕ぎかけてしまった。

 

「ブルースト様、お休みになられるのでしたらそのままどうぞ。目的地についたら私がお越して差し上げますので」

 

「あ、じゃあ遠慮無く」

 

クロウは懐からアイマスクを取り出すとそのまま背もたれに体を預けると、幾分も経たない内に静かな寝息をしながら眠りについてしまった。チェルシーが傍らを見れば、自分の主は今だにぶつぶつと呟きながら虚空を凝視している。

 

(先が思いやられますね……)

 

心の中だけで嘆息する。余計な事をあれこれとしてしまうのが自分の悪い癖だと分かっていても尚、止める事は出来ない。

 

(まあ、この男性だったら心配は無用かもしれませんが)

 

セシリアと出会う前、そして今までの会話からチェルシーは目の前の男がこれまで出会ってきたどの男とも違うという事を、直感的に感じていた。今は不必要に女に媚びへつらうか、無意味な意地を張って女と敵対する男が世の中の多数を占めている。

 

(でも、彼は珍しく少数派かもしれませんね)

 

飄々として掴みどころの無い話し方、女に対して媚びへつらう事も見下す事もせずに対等に扱う考え方。どこを取ってもチェルシーが今まで会ってきた男とはタイプが違う。

 

(私でさえそうなのですから、お嬢様はコロッといってしまったのでしょうね)

 

寝ているクロウの横では、全く体勢を変えずに顔を俯かせてセシリアが座っている。横にクロウがいることにすら気づかないのか、無表情のまま小さく口を動かしている。

 

(お膳立てはしてもらいましたよ、お嬢様。あとはあなた次第です……)

 

車は静かな走行音だけを車内に響かせながら走っていく。車内の三人は一言も会話を交わす事無く、思い思いに時を過ごしていった。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

空港に到着して、三人が乗っていた車は帰っていく。クロウは行き先を決めるために、先に空港へと入って受付をしている。

 

「……」

 

チェルシーの横に立ち尽くしているセシリアの心中では、目下議論の最中だった。彼女の心の答弁の内容が仮に外に漏れていたなら、きっとこの様な言葉が響いているだろう。

 

『異議あり!ここでクロウさんを逃してしまっては、次に会えるのは夏休みの終わりですのよ、それでよろしいんですの?』

 

『会えない時が育む愛と言うのも存在します!それが分からないなんて本当に淑女ですか!!』

 

さながら今のセシリアの状態は、弁護士と検事の言い合いを見つめている被告人だろう。その泥の掛け合いの決着をつける為のハンマーは、振り下ろされる気配が無かった。

 

「お嬢様、お嬢様」

 

「……はっ!な、何ですのチェルシー?」

 

「……お嬢様。彼の事を思うのは結構ですが、本人を目の前にしていつまでもだんまりを決め込んでいても進展はしませんよ?」

 

「いいいい一体何を言って──」

 

「屋敷で耳にタコが出来るほど聞かされれば、否応無しに知ってしまいます。彼がお嬢様の胸中にいる男性なのでしょう?」

 

クロウが離れているのを良い事に、ストレートに言い放つチェルシー。セシリアは顔を赤らめて俯くと、コクンと小さく頷いた。

 

「それでしたら、はっきりと言ったほうがよろしいのでは?」

 

「……あの人は私の様な子供とは不釣り合いな方なんです。とても、私なんかとは……」

 

「……それで本当によろしいんですか?」

 

「チェルシー?」

 

顔を上げたセシリアが見たのは、自分の瞳を真っ直ぐに見てくる従者だった。その言葉遣いは従者と言うより、姉のそれに近いかもしれない。

 

「私は彼の事を知りません、その意味ではあなたの方が彼の事を理解しているでしょう。彼と過ごした時間も圧倒的にあなたの方が長いです。私は彼の事を憶測のみでしか語れませんが、あなたは彼の内面を少しでも知っているのでしょう?」

 

「……」

 

「その上であなたは彼を好きになった。その気持ちは嘘なのですか?屋敷で私達相手に一時間も二時間も話した、彼への思いも嘘なのですか?」

 

「私は……」

 

「人と人との間にあるのは、友情や他者への労わり、打算や利害、色々な物があります。しかし男と女の間にあるのは、純粋な愛情ですよ?」

 

「チェルシー……」

 

「陳腐的な言葉ですが今のあなたに送りましょう……“自分の心に聞いてみなさい”」

 

その瞬間、セシリアの心に雷が落ちた。同時に、胸の中で繰り広げられていた論争にハンマーが振り下ろされる。最後までしっかりと二本の脚で立っていたのは──

 

『全く、素直じゃありませんね……ですがあなたなら大丈夫です、彼にはっきりと言ってきなさい!』

 

彼女の横では、もう一人の自分が雷に打たれ体から煙を燻らせながら床に突っ伏していた。勝った方は優雅に笑いながらもう一度セシリアを鼓舞する。

 

『さあ、行きなさい。あなたの成すべき事を成すために!』

 

(はい!!)

 

姉の様な従者、そして自分自身に励まされた今のセシリアに怖いものなど何もなかった。

 

「すみませんチェルシー、先に行っていますわ!!」

 

「ええ、どうぞ行ってらっしゃいませ」

 

綺麗なお辞儀を背に受けながら、セシリアは走り出した。途中で何人もの通行人とぶつかりもしたが、そんな物で今のセシリアの脚は止まらない。空港のロビーに無事到着して周りを見回してみるが、人混みが多すぎてすぐには分からなかった。だがそこは恋する乙女の成せる技、直感の下視線を走らせるとこの国では珍しい黒髪の長身が視界に映る。

 

(クロウさん!)

 

心の中で相手の名前を叫びながら、セシリアは再び走り出した。この胸に渦巻く思いを告げる為、彼女はひた走る。そしてとうとう耐え切れず、距離を空けたまま声を大にして叫んでしまう。

 

「はぁ、はぁ……クロウさん!!」

 

その声が最後の力だったのか、人混みに押され始めてしまう。何とかクロウの方までたどり着こうとするが精魂尽き果てた今のセシリアでは、立っている事が精一杯で両腕に回す力など無かった。

 

(結局私は……思いを告げる事も出来ないまま別れるのですね)

 

半ば諦めかける。叱咤してくれたチェルシーへの負い目が自分を責め立てる。両足に込められていた力もへなへなと抜け落ち、床へとへたり込んでいく──

 

「おいセシリア、どうかしたか?」

 

「……クロウさん?」

 

「おいおい、人を幽霊みたいに……ってこれ、今日で二度目だぞ?お前、大丈夫か?」

 

セシリアの目の前には、黒髪の青年が立っていた。脱力しているセシリアの片腕を優しく掴んでそのままロビーの一角にあるソファへと連れて行く。クロウもセシリアを座らせたあと、横の席に座った。

 

「待ってりゃよかったのによ。いくら何でも別れも言わずに立ち去りはしないさ」

 

「クロウさん……クロウさん!」

 

「うおっ!?」

 

いきなりセシリアが涙声でクロウにしなだれかかる。服を掴まれたクロウは何を言っていいのやら戸惑っていたが、セシリアから発せられる本気の感情を読み取ってか、優しく背中をさすり始めた。

 

「言いたい事があるなら言っちまえ。ここであったのも何かの縁だ、俺でよければ聞いてやる」

 

「……はい!!」

 

セシリアは目尻に溜まりつつあった涙を拭き取ってクロウと正対する。自分はこの言葉を言うためにここまで来たのだ。もはや自分を阻む物など何もない。深呼吸を繰り返すと、意を決してセシリアは口を開く。

 

(大丈夫……大丈夫ですわ!!)

 

「セシリア?」

 

「クロウさん。もし……もしよろしければ、是非……」

 

だがその後の言葉が続かない。口を開いたまま固まっていた刹那の瞬間、セシリアはクロウ越しにこちらを見つめる一人の影に気づいた。

 

「……」

 

メイド服の裾をぎゅっと握り締め、唇は引き締めているその者は主人の事を心底案じる視線を、セシリアに向けていた。

 

(チェルシー……ありがとうございます!!)

 

その視線からエネルギーを貰ったかの如く、再びセシリアの口が動き始める。脚が、腕が、喉が、体中が目の前の男に思いを伝えたいと叫んでいた。桜色の唇が動き、舌がセシリアの口の中で躍動する。

 

「是非……是非──」

 

人を視線で殺すという言葉があるが、今のセシリアは視線だけで相手に思いを伝えられそうだった。だが何事も言葉にしなければ伝わらない。オーラを体中から発しながら、遂にセシリアは一番言いたかったことを口にする。そして彼女は──

 

「私の家にいらひゃいませんか!!」

 

盛大に、噛んだ。

 


 
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