「――あ……っ!?」
「――おっ、と」
緊張の糸が切れたのか、よろけた少女を支える。
失礼かとは思ったが、背中をゆっくり
「さあ、ここから出ましょう。お、じゃなかった私が先導いたします」
うっかり素の口調になりかけたのを慌てて言い直す。
「あ、ありがとうございます。ええっと、か、一刀様っ、よ、宜しくお願いします……」
俯き加減にそう呟いた陛下に頷いて、元来た部屋の様子をそっと窺う。
……。
…………。
……………………足音がするな。
一人、かな? 士壱さんが戻ってきた、と思いたいけど……。
幸い、陛下が居た部屋は他に扉が無い為、誰かが後ろから現れる様な事が無いからその点は安心なんだけど。
――よし、ここは陛下に待っていてもらって、廊下の様子を見てみるか。
「廊下の安全を確保します。劉協様、ここでしばしお待ちを」
「は、はい」
か細い返事を背に、隠し部屋に繋がっていた部屋の廊下側の扉に足音を殺して忍び寄る。
ポケットから鏡を出して廊下の様子、を――。
「――久しいな。その様子では囚われの『玉』は救い出せたようじゃな」
――っ!!?
な、何……で。
何で、よりによってこの人が今ここに!?
――薄暗い廊下に浮かび上がる俺よりも頭一つ分は小さい痩躯。
――薄闇であってもはっきりと判る黒い覆面。
忘れようも無い、洛陽へ着いたその日に出会い――そして、その後はどれ程捜そうとも見つからなかった、あの不吉を感じさせる予言を残して姿を消した老人。
――その老人は今、鏡越しにこちらへしっかりと顔を向けて、廊下の真ん中に佇んで居る――!
「か、一刀様? そこに誰か居るのですか?」
――!
「ふむ、そこに居られるか」
背中に掛けられた微かな声は、しかし静まり返っていた空間にはやけに大きく響いた。
老人は一つ頷くと、こちらに向かって音も無く迫って来る。
その動作は老齢とは思えないほどに速く、はっ、と気が付いた時に老人はすでに部屋の入り口まで近付いて来ていた。
「――っ! 陛下! 部屋に――」
「――お久し振りですの、若君」
「ん? ――おお、その声は爺か? 随分と久しぶりではないか」
「――――は?」
部屋の入り口まで来ると、陛下に深々と頭を下げる老人。
大人びた口調でそれに応える陛下。
状況が全く把握出来ない俺。
「え、ええと陛下? こちらの老人は?」
「あ、はい。これの名は張譲。しばらく前まで私の教育係だった者です」
……………………。
え、えええええええーーーー!!?
「あー……私も吃驚したよ。隣の部屋に行ってみれば、このお爺さんが警備の人間を四人も絞め落としてるんだから」
「ふん、あの程度の者達であればこの老骨でも容易いものよ。どうやら儂の名を騙って居た者を含め他の十常侍共は随分と腑抜けていたようじゃな」
老人――張譲さん――の後に続いてやって来た士壱さんに、張譲さんは覆面の下で得意げに鼻を鳴らす。
あの後、固まってしまった俺を現実に戻してくれたのは、制服の裾を引っ張る劉協様と戻って来た士壱さんだった。
隣の部屋に行った士壱さんは張譲さんとばったり出会い、一応敵ではないことを確認し合ったらしい……が、ちょっと目を放した隙に張譲さん消失。
で、俺が居る部屋の方から声がしたので慌てて戻って来たのだとか。
ちなみに、張譲さんの話ではここに居た十常侍は張譲さんの偽者一人だけだったらしい。残りは既に逃げ出したのかな?
「……本当に心臓が止まるかと思いましたよ。まさか陛下のお知り合いだったとは」
「むう、儂を何だと思っておったのじゃ?」
「どこからどう見ても怪しい格好のお爺さん」
「……むむむ」
「一刀様の言う通りだぞ爺。お主はも少し自分の風体を自覚せい」
素直な感想を口にすると、張譲さんは少し肩を落とす。
……まあ、俺としては出会い頭にあんな事を言われ、その後骨を折って街中を探し回った手前、言い方が少しばかり恨みがましくなってしまったけど、そこは自業自得だと思ってもらおう。
「で……張譲さんは何時から潜入してたんですか?」
「……お主達が入って少ししてから入ったが?」
改めて質問すると、張譲さんはあっけらかんとそう答えた。
「――そこが解らないんだよね。あれだけ居た警備兵を呻き声すら上げさせずに意識を刈り取る位の腕前があって、尚且つ陛下とは既知の関係。……貴方一人でも陛下の救出は可能だったんじゃないの?」
士壱さんが張譲さんに疑問を投げ掛ける……正直、俺も同意見なんだけど。
「儂が若君をお助けしても今起こっておる戦は止められないからじゃ」
「それは、貴方が『十常侍の張譲』だから?」
士壱さんの問いに張譲さんは頷く。
「然り。儂の名を騙った者が董卓を引き入れ、此度の騒ぎの一因となった。故に儂が陛下をお助けする訳にはいかなかった」
「偽名を名乗れば――」
「――残念じゃが、宮中では偽者ではなく本物の張譲である儂の顔を知っているものは幾人も居る。そして、偽者はそれを知っていたからこそ宮中では活動せず、他の連中が専ら表に出ていたようじゃ」
あー……顔が知れすぎていたから覆面をした上で隠密活動をしていたのか。
で、張譲さんの偽者は顔を人前に出せばすぐにばれてしまうから、名前だけを(勝手に)借りていた、と。
「初めは董卓に陛下の居場所を知らせるつもりであったが……それでは連合が止まらぬ可能性が高かったのでな」
「連合軍は董卓さんが劉協様を傀儡にしていると考えているから、ですよね?」
「そう言う事じゃ。例え若君が停戦の勅を出したとしても、袁紹らはそれを偽勅と判断するであろうな」
……成る程ね。
「故に若君をお救いするのは董卓では無く、中立の立場の者でなくてはならないと考えたのじゃ」
「――それが、俺……ですか?」
その問いに、張譲さんはゆっくりと頷いた。
「部下から報告があってから主達については調べた。…………尤も、お主がその様な切り札を隠していたのまでは見抜けなんだがの」
「それはそうでしょうよ……私や風達も直前になって知ったんだから……」
俺の服を見て腕を組む張譲さん。士壱さんはややジト目で俺を見る。
「それと、董卓の元へ一人派遣したのは良い判断じゃった。あれ以降、劉焉の監視は董卓の周りに固まったようじゃからな」
お、星と士壱さんの読み通りになったのか。
「張譲さん、一つ質問が有るんですが……良いですか?」
「なんじゃ?」
「張譲さんの偽者が居る事と、貴方が今の十常侍と反目している理由を教えて欲しいのですが」
「爺、私も聞きたい。あの日、私の前から突然居なくなったのは何故じゃ?」
「…………今、それに答えるには時間が足りませぬ。後で必ずお話しします故」
その問いに、張譲さんは搾り出すような低い声で頭を下げた。
「むう、解った。必ずじゃぞ? …………ところで一刀様、一つお聞きしたいのですが」
「はい、何でしょうか?」
やや不満顔で張譲さんに頷いた劉協様は、何かに気付いたようにやや上目遣いにこちらを見る。
「え……と。『陛下』とは私の事ですか?」
え? …………あれ? 待てよ、ひょっとして……。
「はい。先帝が崩御され、宮中で宦官の虐殺が有った際に、洛陽の郊外で劉弁様が亡くなられました。その為、劉協様が今の天子となります」
確認の意味も篭めて事情を話す。
静かに耳を傾けていた劉協様は、俺が話し終えると一粒の涙を流した。
「――やはり、義母上と義兄上は……」
声を詰まらせ、俯く劉協様。
――やっぱり、そうなのか。
「北郷、これって……」
「はい士壱さん。多分ですけど、劉協様は宮中での事件が有ったその日から今まで、自分が即位された事を知らされずに居られたのでしょう」
「ふん、ここの輩共は若君に何の情報も与えておらんかったのじゃろうて」
張譲さんが短く頷く。
「一刀様、爺、それと……士壱、でしたか?」
「はっ! 黄太尉の客分で士壱と申します」
名乗る士壱さんに、劉協様はこくりと頷いて、
「――教えて下さい。今、都で何が起きているのですか?」
真剣な顔で俺達を見回した。
――一刻後(約十五分後)。
「…………事態は把握しました。どうやら急を要する事態のようですね」
俺の話の所々を士壱さんと張譲さんが補う形で説明すると、劉協様は重々しく頷く。
「では、すぐにでも宮中へ戻りましょう。何をさて置いても先ずは董卓を安心させてやらなければ」
「ええ。……盧植さんがそろそろこちらへ着く頃だと思います。到着を待って――」
「――もう来た様じゃが」
いつの間にか窓の近くに居た張譲さんが、外を指差してそう言った。
一刀達が劉協を救出してから一刻後。
――宮中、謁見の間にて。
「董卓殿、この有事にあって下々の者達の祭りを認められた事と言い、陛下が姿を御見せになられない事と言い……一体どのような存念なのか、お聞かせ願いたいものですな?」
然り、と白髪頭の老文官――王允――の後ろに続く数十人の朝服を来た文官達が声を合わせる。
「それは……先ず前者の事ですが、街の皆さんが新たに即位された陛下の為と、街に活気を取り戻す為と申し出が有ったからです。街に住まう方々の話し合いから出てきた陳情と聞き、私も良い考えだと思ったので許可を出しました」
「その陛下がお見えになっておられない上、中原の諸侯からは何故か攻められておるではないですか!」
「何故か、ではないですな。中原諸侯が兵を挙げたのは、陛下がお見えにならないにも係わらず相国に就かれたどなたかを疑っての事でしょうから」
落ち着いた口調で王允と目を合わせて話す月に、王允の後ろに控えた文官達が野次を飛ばした。
「――ちょっと! 言い掛かりも程々にしなさいよ!!」
「言い掛かり、ですか……。賈駆殿、下々の者達は騙せても、よもや我々までを騙し通せるとお思いにならないで頂きたい!」
あまりに無礼な物言いに月の横に控えていた詠が怒りを露にするが、王允は動じない。
「なっ――!?」
「我々は知って居るのですよ賈駆殿。貴女方に、あの悪名高い十常侍が接触しておったのを」
「あれは……確か、相国に就かれた当日でしたなぁ」
絶句した詠に、王允は重々しい口調で告げ、その傍らに進み出た別の文官が勿体ぶった口調で言葉を繋いだ。
「――率直に申し上げましょうか董卓殿。貴女は十常侍と組み、陛下を幽閉し、政を思いのままにせんとしておられる!!」
大きな声で月を指差しながら断言する王允に、またしても「然り!」と、取り巻き達の声が唱和する。
「思えば汚職に塗れた者達を処断されたのも、ただの人気取りか或いは十常侍にとって用済みになった者達を切り捨てただけの事だったのでしょうな……」
「――ち、違います!」
沈痛な面持ちで、いささか大袈裟に嘆く素振りを見せる王允に、月は思わず立ち上がって叫ぶ。
「まあ、あの粛清で汚吏が減った事も確か。我々も表向きは秩序を取り戻したように見えた都の姿に安堵しておったのですよ」
先程とは打って変わって大げさに胸を撫で下ろしながら語る王允は、そこで一旦言葉を切った。
「――しかし! 一月と経たず中原の主だった豪族、しかも漢の名族である袁紹殿や袁術殿に兵を挙げられ、このような文面をもって責められるは貴公が相国に相応しくない事の何よりの証拠でありましょう!!」
『然り!!!』
突然、あの檄文を月達に向かって広げながら、叩きつけるように喋る王允の姿に、後ろに控えた文官達は得意満面に大声を上げて追随した。
「あ、アンタ達――っ!!」
「下々の声を取り上げた、と申されたが! その実、貴公は民の寄せる信を裏切っておる!!」
怒りの声を上げかけた詠を遮り、王允はなおも熱弁をふるう。
「董卓殿! 貴公は――」
王允の、そのあまりの勢いに、気丈に振舞っていた月が目尻に涙を浮かべたその時、
「――随分と、騒がしいの」
静かな、しかし威厳を感じさせる声が謁見の間に響いた。
「――董卓よ、苦労を掛けたな」
小さな足音が聞こえる。一歩一歩、進む度に謁見の間に群れていた有象無象の波が割れていく。
――白く優しい光を伴い、宮殿の主が。
「許せ。――今、戻った」
――今、在るべき場へと戻る。
――一方、虎牢関では。
「おのれ馬騰! 連合へ兵を寄越しておきながら後方の都市を襲うとは――待っておれ、今すぐとって返して――」
「――待たんかい華雄!」
「ええい、離せ張遼! ここまでされて黙っておられるか!!」
「アホか! まだ目の前には敵がぎょうさんおるやろうが!!」
「ぐっ! ――くそおおおっ!!」
関の上で怒りの声を上げる華雄を霞は必死で抑えていた。
「公達殿、申し訳ないのです。事情が事情でしたので――」
「いえ公台殿。天水は董相国の本拠地。ご家族の安否も不明では動揺なさるのも致し方ないかと……」
先日、天水陥落の報を携えた伝令を汜水関に走らせた陳宮と、その報せを受けて撤退を速やかに行った荀攸は、関の前に陣を張る連合の兵を眼下に眺め、言葉少なに佇む。
「しかし、こうなると汜水関でやった奇襲は良くも悪くも今後に影響しますかね……」
「公達殿、もう一度、ですか?」
思案する荀攸に徐晃が敵陣を睨みながら問う。
「いえ、あの一回で向こうも警戒しているでしょうから同じ手は通用しないでしょうね」
「奇襲をせずとも…………成る程、いつ奇襲が来るかもしれないと思わせ、敵陣を常に緊張させておくのですな?」
「ええ公台殿。ある程度は敵を気疲れさせる事が出来るかもしれません。加えて用兵次第では、上手く相手を翻弄する事も可能かと」
口元に手を当てて、荀攸と陳宮は連合軍の陣に目を走らせていた。
(天水を奪ったのは馬騰殿か。劉焉は連合に与せず単独で事を図っていたことから察すると…………ふむ、これで劉焉からの脅威は無くなったのか?)
一人離れ、星は眼下に見える「馬」の旗を見つめる。
(ひょっとすると馬騰殿が威彦殿の協力者なのかも知れぬ。その場合、連合に居る馬超殿も白蓮殿達と同様に味方と言う事になるが……)
連合軍最後方にたなびく「公孫」と「劉」の旗をチラリと見て、星は再び「馬」の旗に視線を戻す。
(だが、連合軍が掲げる大義とやらは洛陽での事が成らねば覆せまい。急げよ一刀――あまり猶予は残されておらぬぞ)
瞑目し、星は静かに息を吐き出した。
(それまでの間、私は皆を信じてただ戦うだけだ。幸い、今度は白蓮殿も桃香殿も前曲には居ない)
見開いた目に剣呑な光を宿し、星は「曹」と、金と銀の二つの「袁」の旗を睨み付ける。
(――心置きなく、
――連合軍、最前線中央の袁紹軍にて。
「姫~、こんな真正面に出て来て良かったんですか~?」
「構いませんわ。ここでぐずぐずしている間に馬騰さんが洛陽まで攻め上がるようなことになれば、連合の、いえ、こ・の・わ・た・く・しの面子が丸潰れですわ! 文醜さん、顔良さん、どれだけの兵を使っても構いませんから、必ず虎牢関を落としなさい!!」
「はいはーい。んじゃ、ちょっくら行って来ますか。な? 斗詩」
「あ、う、うん文ちゃん」
(天水を馬騰さんが落として士気は上がってるから何とかなりそうだけど。……でも何だろう、何か嫌な予感がする)
顔良は滅多に見ないほどやる気を漲らせた主の声を背に、楽観的な友人と共に前線に赴く。
――胸の奥に、渦巻く不安を抱えたまま。
――連合軍、左翼の曹操軍にて。
「あの奇襲を指揮していた者の名は掴めたのかしら?」
「はい華琳様。袁紹軍を攻めた将は華雄、それと徐晃と言う者でした」
「華雄は既に知っているけれど……徐晃?」
淀みなく報告する秋蘭が出した名に華琳は形の良い眉を僅かに寄せた。
「…………思い出したわ。確か黄巾との最後の戦、官軍の中にその名が有ったわね」
しばしの逡巡の後、華琳はその名を思い出す。
「しかも、あの皇甫嵩の隊に居た将だったわね。成る程、盲点だったわ……董卓、人材を見る目は有る様ね」
(あの時点で皇甫嵩の隊で将と言えば
「華琳様、それと敵軍の中に軍師らしき者が居た事も掴めたのですが……」
忘れていた将の名と、その背後に見え隠れする将軍の存在を思い返していた華琳に、秋蘭が控え目に声を掛ける。
「――名は?」
「……荀攸、と」
「――っ!?」
秋蘭の口から出た名前を聞いて、桂花が顔色を変えた。
「心当たりが有る様ね、桂花?」
「は、はい。荀攸は私の姪です。しばらく前に何進から招きを受けたとは聞いていたのですが……」
「ふうん……察するに何進亡き後、董卓の招致に応えたと見るべきかしらね」
「よりにもよって董卓に与するなんて……
突然出てきた姪の名前と、彼女が身を置く陣営に桂花は頭を抱えるが、華琳は面白そうに笑う。
「立場、風聞共に連合に参加する諸侯の領地では悪評を得ている董卓に付いた時点でなかなかに骨の有る人物に思えるけれど。違うかしら、桂花?」
貴方の姪なのだから状況も判らずに董卓に付くような愚か者ではないのでしょう? と華琳は言葉を続けた。
「……はい。華琳様のおっしゃる通りです」
見た目にはとてもそうは見えないのですが、と桂花は言葉を濁す。
「ふふっ、なかなか興味深い人物じゃない。華雄、張遼に徐晃、関羽と互角に渡り合った趙雲、それに荀攸か……目移りしそうね。いっそ全員を配下に出来ないかしら?」
「……うぅ~、華琳様ぁ~」
「またですか華琳様……」
「むぅ……確かに月季なら軍師としても良過ぎる位だけど……ぶつぶつ」
主の人材収集癖に各々が反応する中、前線と敵軍との間には静かに緊張感が高まって来ていた。
――連合軍、右翼の孫策軍にて。
「いよいよ私達の出番ね。ふふ、腕が鳴るわ」
軍の先頭に立つ雪蓮は唇を笑みの形に歪め、凄絶な笑みを浮かべていた。
「しかし、あの孺子にしてはえらく積極的に前に出て来ておるが……軍議でなにがあったのじゃ冥琳?」
「天水を馬騰殿が落とした事が火付けとなったようです。このまま洛陽へ馬騰殿が一番乗りするのでは? と危惧したようですね」
自軍後方に見える銀色の「袁」の旗を見ながら眉根を寄せる祭に、冥琳は眼鏡の位置を直しながら答える。
「……天水を抜いたとて、洛陽まではまだ長安や
「袁紹や袁術は関一つに梃子摺っているこちらとは違い、あっさり一郡を落とした馬騰殿の手並みを知って焦りを感じたのでしょうな」
単純なものです、と冥琳は後方の旗を見遣りながらそっけなく口にした。
「…………呂布かぁ。そうだ、どんな相手かちょっと確かめて――」
「――どこへ行こうとしている雪蓮」
まだ戦も始まらぬ内から虎牢関の方へと歩を進めようとしていた雪蓮を、文字通りに首根っこを引っ掴んで止める冥琳。
「ちょ、冥琳、私は猫じゃ無いわよ!?」
「同じ様なものだろうが。孫家の旗頭が軽々しく動いてどうする……それと、呂布は駄目だ」
「えぇーーー!!」
「えー、じゃない。あれの逸話は知っているだろう、絶対に駄目だ」
子供っぽく駄々を捏ねる雪蓮に冥琳は断固とした口調で告げる。
「……しかし冥琳よ。もし呂布がこちらに来た場合はどうする? 相手は三万の兵を倒し得る化け物じゃぞ?」
「袁術の兵に当たらせましょう。…………最悪は、祭殿と興覇、幼平の三人がかりで止めて貰うしかないのですが……」
「だったらその時は私もその中に入るわよ。四人なら良いでしょ? ね? 冥琳?」
「――しかし」
「ここで肯いておかんと策殿は勝手に動きかねんぞ、冥琳」
「むう…………良いか雪蓮、一人では呂布と当たるな。絶対だぞ!」
「解ってるわよ……ふふっ、楽しみねー」
「…………不安だ」
美貌の軍師が胃を痛める中、虎牢関の門がゆっくりと開き始める――。
――虎牢関、董卓軍。
「文遠殿、子龍殿が左翼の曹操軍を」
「了解や!」
「承った」
「華雄殿、公明殿が右翼の袁術軍を」
「応!」
「はっ!」
「奉先殿、公台殿が中央の袁紹軍を」
「…………わかった」
「やってやりますぞ!」
「不肖、わたくし荀公達が関の防衛と部隊間の伝令役を努めさせて頂きます。皆様、苦しい戦いになると思われますが、先ずは初戦を勝って続く篭城戦を有利に運びましょう!」
荀攸の力強い声に全員が鬨の声を上げる。
(天水を取られた事で兵の士気は下がった。しかし、将の士気は下がるどころかむしろ上がっている……この一戦で兵の士気を再び取り戻すが肝要。そして――)
「………………」
荀攸は静かに佇んでいる、どこか捉えどころのない雰囲気の紅い髪の少女に視線を移す。
(――ここで飛将軍を関に篭らせるよりは、外で動かすのが上策――!)
視線の先には開いていく門へと、緋の少女が恐ろしく大きな矛を軽々と肩に担いで歩いていく姿があった。
「では行って参ります華琳様!」
「ええ、頑張ってらっしゃい春蘭。秋蘭も頼むわよ」
「御意」
「――出て来た! よし、行くわよ祭!」
「応!」
「雪蓮! くれぐれも突出し過ぎるなよ!」
「さあ、文醜さん! 顔良さん! やぁ~っておしまい!!」
「あらほらさっさー」
「うぅ、不安だよぅ……」
「ウチらの相手は曹操か……こいつは、ちと気張らなアカンな」
「ほう、文遠殿が警戒する程の相手か。……少しは楽しめそうですな」
「往くぞお前達! 徐晃も続け!」
「はっ! 徐晃隊、我に続け!」
「…………往く」
「――者共! 呂布殿の出陣なのです! 雄々しく旗を掲げるのですぞ!!」
――開戦。
あとがき
お待たせいたしました、天馬†行空 二十二話目の更新です。
前回予告での恋の戦闘とそれに続く形での「ある人物達」の登場は次回になりました。
(キリが良い所で区切った為、こうなりました。期待しておられた方、申し訳ありませぬ)
次回分は半分近く書いておりますので、何時もよりは早めに投稿出来るかと思います……多分。
次回二十三話目でまたお会いしましょう。
それでは皆様、よいお年を。
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真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
のんびりなペースで投稿しています。
一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。
皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。
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