No.522215

インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#91

高郷葱さん

#91:西風の行方




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2012-12-24 00:49:23 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1371   閲覧ユーザー数:1317

[Side:マドカ]

 

「………っう、」

 

私が目を醒ました時、一番最初に感じたのは『生きている』安堵、そして全身への違和感だった。

 

現在位置は目の前に広がる木目調の天井からして、病院や研究所の類ではなく、どこかの民家らしい。

 

…撃墜されて、何処かに漂着したのだろうか?

 

そんな考察をぼやける頭でしつつ手足を動かしてみる。

 

右肩、左肩、右肘、左肘、右手首、左手首、右手、左手、指。

平行して膝、足首、足、足指。

 

―意識して動かそうとすれば動いたから、手足は無事なのだろう。

 

だが、その反応がやけに鈍い。

 

まるで、全身におもりでも入っているのではないかと疑いたくなる程に鈍い。

 

体を動かしていると少しずつながら全身を被う違和感が僅かながらにとれてゆくところを見ると、

長いこと意識を失っていたせいで全身の筋肉が固まっているらしいな。

 

 

「それにしても、よく助かったものだな…」

 

絶対防御を抜かれて脇腹を斬られ、高度100m以上の高さから自由落下をしたというのに。

 

まさに『奇跡』としか言いようがない。

 

「いや、ゼフィルスが助けて――――っ!」

ふと、筋肉痛とは別の違和感に気付いた。

 

その正体が杞憂であってくれと祈りながらゼフィルスに機体状態の表示を命じて――――出て、こない。

 

如何に機体のシールドエネルギーが尽きて機能停止しても、ステータスチェックや機体の強制解除は可能だというのに。

 

 

…まあ、ある意味当然か。

ISなんて、拘束した敵から真っ先に取り上げるべき代物だ。

それが、たとえ大破したスクラップ寸前であったとしても。

 

 

 

「これからどうしたものか…」

 

体はぼろぼろ、体力も心許なく現在位置もわからない。

どれだけの時間、意識を失っていたのかもわからない。

 

頼みの綱のISも(イギリスから強奪した私が言うのもアレだが)奪われている。

 

「万策、尽きたか…?」

 

少なくとも、体力と体の回復を待たないことには何も出来ないだろう。

 

 

 

 

くぅ……

 

不意に、腹が鳴った。

 

どこからともなく漂ってくる出汁の匂いに体が反応してしまう。

この匂いは――――鰹節の出汁っ!

 

一度意識してしまうと――ああ、一気に空腹感が!!

 

「うぅ……生殺しだなんて、なんて地味に効く拷問なんだ……」

 

これで目の前でずぞー、なんてやられた日には―――

 

「軽く発狂しかねないな、うん。」

 

兵糧攻めは確かに効率的だが…かなり非人道的だと思うんだ、うん。

あれこそABC兵器とかクラスター爆弾とか地雷とか、そういうのと同列に国際条約で禁止されるべきな非人道的なものであって、死刑の禁止とか拷問による自白の無効性とかと似た感じの問題であり、なおかつ基本的人権が無視されがちなテロリスト相手であってもやるべきでは無くて、―――」

 

「で、結論は?」

 

「おなかすいて死にそう。」

 

「うん、それは何よりだ。」

 

『なにより』だと?

くっ、この鬼め。

 

貴様の体には赤い血はながれていないのか!?

 

かちゃり。

 

そう音を立てて私が寝かされていた布団の横に何かが置かれた。

 

「さて、起きられそうかな?」

 

そこの所は秘密結社の実働部隊員(エージェント)を舐めないで欲しい処だ。

さっきからうにょうにょ手足をばたつかせたりしていたから全身の痛みは大分薄れている。

 

本格的な戦闘は無理でも動くくらいなら造作もない。

 

「ん、大丈夫そうだね。それじゃあここに卵粥を置いておくから。何かあったらそこのボタンを押してくれ。」

 

「あ、何から何までご丁寧に。」

すぐ傍らに居た『気配』が遠ざかってゆき、パタンと襖を閉じる音がする。

 

ちょっとばかり痛むのを無視して起き上るとちょうど枕のある辺りの横に小ぶりな土鍋と取り皿、あと漬物が入った小鉢が添えられたお盆があった。

 

箸じゃなくて木匙な処がなんとも有り難い限り。

 

土鍋のふたをあけるとふわりと香る鰹節の匂いがなんとも食欲をそそる。

 

早速取り皿によそって、添えられていたお茶を一口。

 

ふあー、生き返る。

 

「それじゃ、頂きます。」

 

立ち上る湯気。

ふー、ふー、と少し冷ましてから一口をそっと口の中へ。

 

「あふ、あふふ、」

 

口の中に広がる出汁の風味と淡いながらも物足りなくない程度の味がなんとも嬉しいのは死を覚悟したからだろうか。

 

それからしばらくの間、私は目の前に差し出された卵粥(ごちそう)に夢中になっていた。

―――これを用意したのが誰で、ここが何処で、私がどのような扱いになっているのかとかを一切忘れて。

 

 * * *

[side:   ]

 

文化祭から三日経ったその日、セシリアは唐突に職員室に呼び出された。

 

訳も判らないままに『機密保持』の誓約書を書かされ目隠しの上車椅子に座らされて何処かへと連れられてゆく状況に不安を覚えつつも千冬と真耶の二人の成すがままにされて行く。

 

 

そして、エレベーターでしばらく上がったか下がったかした後に、セシリアの目隠しは解かれた。

 

その目の前にあったのは、工作台の上に並べられた、蒼い―――

 

「あれは、あの色は…サイレント・ゼフィルスの!?」

 

自身の専用機の姉妹機の残骸を前に思わず声を上げるセシリア。

 

その反応を見て、千冬は溜め息をついた。

 

「その反応を見る限り、この残骸は『サイレント・ゼフィルス』の物の様だな。」

 

「えっ!?」

 

「三日前…ちょうど文化祭の日に、学園のレーダー圏外ギリギリ外で戦闘が行われていました。それを察知した我々と海上保安庁が現場に向かったところ、コアの無いISの残骸十三機分が発見されました。…その内の一機がこれです。」

 

『機密事項ですよ?』なんて笑顔で言い足す真耶(ふくたんにん)にセシリアは苦笑いをこぼす。

 

「今日は突然済まなかったな。―――他の専用機保有者にも伝えておいてくれ。…何かが起こっているから気をつけろ、と。」

 

逆に真面目な顔をした千冬にそう言われてセシリアは表情を引き締める。

 

「…はい。」

 

その答えに満足したのか千冬はニヤリ、とセシリアからすれば嫌な予感しかしない笑みを浮かべた。

 

「ああ、今度、私や千凪、それに山田先生…ええい面倒だ。教職員総出でお前らを鍛えてやるから覚悟をしておけよ。―――我々の慣らしの為にもな。」

 

「?」

 

「山田先生。上まで送ってやってくれ。当然―――」

 

「アイマスクと車椅子を忘れずに…ですよね?」

 

そんな『裏』丸出しな会話をする担任を副担任にセシリアは今度こそ苦々しい表情を隠せなかった。


 
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