毎年この時期は外がやたら騒がしいな。
浮かれている連中の過ぎた行為による取り締まりが恒例のように行われていた。
近くの警官だけでは足りなかったせいで、我々も向かってやや手荒に事を収める
ことになるのだが。
上司は後ろで煙草をふかしながらのんびりとその様子を眺めていた。
「なんでこうもはしゃげるのかね」
何も返しはしなかったが、上司の言うことには何となくわかる。
ただ普段の日常と同じだというのに、ロマンを上げての特別に仕立て上げた日に
どうしてこんな無駄に騒げるのだろう。
俺には捕まってるこいつらの気持ちはわからなかった。
一段落してから、パトカーにもっとも罰が必要な奴らを何人か押し込んでいると。
背後から聞いたことのある声が俺の名前を呼んでいた。
「柳川さん?」
「ん?」
振り返ると、小学生のようにちみったい子供が眩しくなるような笑顔で
俺を見つめていた。それは柏木家の四女の柏木初音だった。
「やっぱり柳川さんだ」
小さい体に大きめの箱を抱えて覗くような形で俺を見ているのが微笑ましい。
「こんな時間にどうした、早く帰らないとこういう奴らに狙われるぞ」
パトカーの中に詰め込んだ連中に指差して軽く脅すように言うと、苦笑いをしていた。
「ははっ・・・。実は友達のとこにお邪魔しててね。
帰る時に作ってたケーキもらってきちゃったんだ」
店売りのにしては質素な感じがしたのはそういうことか。
「そうか、だったら早く帰るといい」
「うん! あ、ねえ柳川さん」
「なんだ?」
「今日という特別な日を楽しんでね」
いつもより一段と明るい笑顔を見て何か企んでるように見えたが、
俺は初音の言葉を適当に聞き流して頷いておいた。
何を考えてるかわからないが、俺にはそんな大衆が大袈裟にはしゃいでいる
ものに感化されることはないと思い込んでいたから。
家に帰るまでの間はな。
「柳川さん、メリークリスマス!イブ!」
「思えばどうして当日じゃなくて、前日の方がお祭り騒ぎなんだろうな」
「えー、そんなの知らない」
俺の疑問を軽く払った後に楽しそうにどこか見覚えのある箱が目についた。
「じゃーん、柳川さん。これは何だと思う?」
「もしかして、ケーキか・・・?」
「おぉ、大正解~♪」
鼻歌混じりで嬉しそうに箱から不恰好なケーキを取り出して、別売りで買ったと
思われるケーキ用ろうそくを立てて火をつけていた。
「柳川さんのために俺が作ったんだよ~」
火をつけると、胸を張るようにして自慢気に言う貴之に水を差すようで気が引けたが。
「俺はそういうのあまり好きじゃないんだ」
「え、そうなの?」
俺はその言葉に頷くと、少し考える素振りを見せた貴之はその後に人差し指を立てて
不思議そうに話して来た。
「それは柳川さんが体験してないからじゃないかな。実際やってみると楽しいよ」
ニヘッと緩い表情を浮かべると、ローソクの火を吐息で消すことを急かされた
俺は電気が消されると思い切り火に向かって息を吹きかけた。
その瞬間、まるで走馬灯のように過去のことが思い出された。
小さい頃から一人でいることが多く、ほとんどの日を一人で過ごしてきたこと。
こんなイベントもやった覚えがほとんどなかった。
そんな子供じみた心を浮つかせる感覚が僅かながら、俺にもまだ残っていたようだ。
電気をつける貴之は俺の顔を覗き込むと楽しそうに笑っている。
「どう、楽しかった?」
「そんなことより、早く分けて食べるぞ」
俺は誤魔化すように火が消えたローソクを取りながら
今の表情を貴之に見られないように気をつけた。
普段見せない表情を見せて喜ばれるのはあんまり嬉しくない。
いつもの空気が好きだから、俺はそのいつもと違う状態になると過剰に隠したくなるのだ。
「もう、柳川さんたら。せっかちさんだなぁ」
呆れたように呟く貴之を無視して、俺は台所から包丁を取り出して綺麗に
4個分に切り分けて、貴之が持ってきてくれた皿に乗せて食べることにした。
「いただきます~」
俺も黙って心の中でそう呟くと目の前にいきなりフォークを向けられて驚いた。
いや、正確にはフォークに刺さったケーキの一部を・・・だが。
嫌な気配を察した俺は貴之に目を移すと、まるでさっき会った時の柏木初音のような
純粋な表情でこう一言俺に言ってきたのだ。
「はい、アーン」
「しないからな・・・」
「えー、なんで~」
「恥ずかしいからに決まってるだろ!」
本当にいつも俺は調子を狂わされてばかりいる。
だけど、そんな時間が何だか恥ずかしいながらも悪くはないと思えるんだ。
「抵抗あると思いますけど、少しずつ体験して。
いっぱい幸せな思い出作っていきましょう」
「あぁ・・・そうだな」
俺の手を握ってくる貴之の手を握り返す。暖かい貴之の手を感じながら俺は昔の、
一人きりの時の俺とは違うってことがわかった。
コタツで温まっていると、何となく外に視線を向けると、いつの間にか
白いものが降ってるかと思ったら。しんしんと雪が降っていた。
それが貴之にも伝わったのか、俺の腕を引いてコタツから出て窓の近くまで
行ってから部屋の中から勢いよく降っている雪を見てはしゃいでいた。
「積もりそうだね~」
「寒いし滑るからいいことないけどな」
「もう!ほんと夢がないんだから!」
貴之が隣で何だか五月蝿く喚いていたが、冷静にしているように見えて
実は俺も少し気分が明るくなっていた。
不思議なもんだな。一人でいた時には何も感じなかった雪が隣に大切なヤツがいる
だけで、どこかワクワクしていた。特に何かをしたいってわけじゃないが。
それとも、子供の頃に子供らしいことができなかった反動が来て、
そういう気持ちになっているのか。
どちらにせよ・・・。
貴之がいるだけでこんなにも見えるものが違うのか。俺はフッと笑いが漏れて
この時間を大切なものにしていこうと思えたのだった。
お終い
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痕からBL風の話です。今更感が半端ないですが、愛はまだあります。オチもないですが、少しでも楽しんでもらえたら幸いです。