夜のショッピングモールで、千早はよく見知った人影を見つけた。
いつも千早の前に立っている時のスーツ姿とは違いラフな格好ではあるが、きっと彼に違いない。
ジーンズショップのディスプレイを見ている彼の袖口をそっと引っ張り、千早は彼に声を掛けた。
「……誰?」
まるで初めて見るような表情で驚く彼。
「私です、プロデューサー」
変装用の伊達眼鏡をずらし、ベレー帽を外してみせると、
長い黒髪が流れるようにこぼれ落ち、ようやく彼は納得したようだ。
世間に顔と名前を知られるようになったメジャーアイドルという立場では、
変装でもしないと、おちおちオフタイムに外を出歩けない。
「うまく化けたもんだな。で、どうした?」
「せっかくのオフのところお邪魔かとも思ったのですが、プロデューサーの姿をお見かけたので……。
ところで何を見ていたのですか?」
「いやぁね、長年履き古したジーンズに穴が空いてしまったから、
新しいのを買うべきか、それともこんな風にアレンジしようか悩んでいたところ」
彼が見ていたディスプレイには、今時流行のユーズドルックのラフカットシーンズ。
一見ただの古着と思しきジーンズだが、一万数千円と結構なプライスが付いていた。
「……こういうオシャレもあるのは分かるのですが、新しいのを買われては。
古着ならともかく、わざわざ使い古した風に見せかけた新品を買うのもナンセンスかと」
「千早もそう思うか。やっぱり自分で実際に長い間履いているもの方が愛着が湧くしな」
「それに、仮にもメジャーアイドルのプロデューサーなら、オフの時の身だしなみにも気を遣って頂かないと……」
「ハハハ、なかなか手厳しいな千早は。身だしなみがだらしない男と一緒には居たくない、と」
「い、一般論での話です……」
千早は照れながら、店の中に入った。
「済まないな、買い物に付き合わせてしまって」
「いいえ、私の方こそ、お役に立てたかどうか」
「いやいや、充分役に立ったよ。自分の見立てだと、どうしても似たようなモノばかり選んでしまうし。
そうだ、せっかくだから、お礼に何か奢ろうか?」
「いいえ、そんなつもりじゃ……」
彼の申し出を断ろうとする千早の目の前には、仲睦まじく手を繋いで歩くカップルの姿が。
「……少し、歩きませんか?」
千早が遠慮がちに差し出した手を、彼は指を絡め包み込むように繋いだ。
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2008年にUpした千早お誕生日SSです。
仕事帰りにRight-○n(伏せ字になってないw)でお買い物をしている時にティンと来て、帰宅後小一時間で書いた。
反省はしていない(笑)