「……この三年間、何をしていらしたのですか?」
「何って……何だろうな」
ここに来たら沢山話をしようと思っていたのに、いざとなると、なにも出てこない。
「ここに来たら皆といっぱい話をしようと思ってたんだけどね。
いざ帰ってこれたんだと思うとさ」
震える声で言葉を続ける。
「うれしくてさ。頭真っ白になっちゃって……」
なるべく普通に話そうとするも、次から次に涙が出てきて声が震えてしまう。
嬉し泣きなのか、それとも戻ってこれた事で、今までの辛さが一気に吹き出してしまったのかはわからない。
「これは夢じゃないんだよな?
夢だとしたら……こんなに嬉しくて……残酷なことってないよな」
何度も同じ夢を見た。
俺が華琳のもとへ戻ってきて、それを皆が笑顔で迎えてくれて。
本当に嬉しくて、心の底から暖かいものが溢れてくる。
俺は俯きながら顔を覆って涙を流していて。
涙を拭いて、ただいまって顔を上げるとそこには誰も居ないんだ。
そんな心を砕かれるような夢を何度も見た。
本当に死にたくなるくらい悲しくなった時もあった。
抱きしめられた状態で、風はそのまま俺の頭を撫でながら、
「夢なわけ、ないじゃないですか」
その言葉がどこまでも暖か感じられる。
小さいはずの手が、いろんなものを与えてくれる大きなものに思えた。
「ねぇ、お兄さん」
優しく声を掛けながら、お互いに見つめ合い、
「改めまして、お帰りですよ。お兄さん」
満面の笑顔で、そう言ってくれた。
「ああ……ただいま、風……!」
その言葉だけで、今までの寂しさや悲しさが全部吹き飛んでいくような気がした。
「さてさて、ここでお兄さんとちちくりあっているのも風としてはとても喜ばしいことなのですがー」
「ああ……ああ!そうだな!皆に会いに行かなきゃな!」
そうして風は半泣き状態の俺の手を引いて森を抜け、宴の会場に戻ってきた。
その宴の会場を木の陰から見て、やはり俺はそこでも感極まってしまう。
皆が居る。
俺の求めた声が聞こえてくる。
風に引かれている方とは逆の手で、目を覆い、泣いた。
「お兄さん涙もろくなりましたねー。歳ですか?」
「はは……風だってさっき泣いてたじゃないか」
「はてー?何のことでしょう?」
「全く、こいつぁとんでもない風評被害だぜ。風だけに」
「おいやめろ。懐かしい芸を見せるな、もっと泣くだろ」
「……全く仕方のないお兄さんですね~」
そういうと風は仕方なさそうに少し笑い、泣いている俺を急かすこと無く、落ち着くまで待ってくれた。
ようやく落ち着いて冷静になってきた頃にその宴の状況に少し驚いた。
「へぇ、結構仲良くやってるんだな」
「それはそうですよー。やり方が違っていただけで皆望んでいたことは同じなのですから。
乱世や暴乱を望んでいる人なんていないのですよ~」
風がそう言った直後、我等が覇王様の怒声が聞こえてきた。
「さぁ!ご教授願おうじゃないの!この心もとない私の胸をどうしてくれるのかしら!!」
華琳にしては珍しく結構な酔い方をしている気がする。
半ば本気で殺そうとしているような殺気を放っているのは気のせいだろうか。
「……仲良いんだよね?」
「えぇ、皆さん仲良しですよ~」
別の方へ目を向ければ、
「いや~おい凪ぃ!何ちびちび飲んでんねん今日は無礼講やで!!」
「し、霞さま!ちょ、まっゴボ!」
「うわ!ちょ凪汚なぁ!」
「ひゃああ!?これ今日下ろしたばっかりの新作服なのにぃ!凪ちゃんひどいの~!」
霞が酒を無理やり凪に飲ませて、それを見て笑っている沙和と真桜がいて。
更に別の方は
「ちょっと春蘭!くっつきすぎよ!離れなさい!華琳様に貴方の脳筋が移ったらどうするの!」
「華琳しゃま~」
「まったくかわいいなぁ、姉者は」
「流琉!もっといっぱい持ってきて!!」
「も~~!少しは自分で動いてよ!」
いつもの毒舌を吐きながら華琳には全てを捧げている我らが猫耳軍師。
そして春蘭、秋蘭も以前のように周りからは若干引かれてしまうような姉妹愛を振りまき、
同村で生まれ育った親友同士のほほえましいやりとりを見て
いつもと変わらない皆の姿に、やっぱり感極まってしまう。
風の言う通り、歳をとって涙もろくなってしまったのだろうか。
帰ってきたことを実感すればするほど、ずっと抑えてきた感情は涙として出てしまう。
そんな俺を見て風は嬉しそうに笑いながら、繋いだ手をさらにしっかりと握ってくれる。
すぐにでも皆のもとへ行こうとするが、風がそれを阻止した。
「おい、風?」
「お兄さんお兄さん、どうせなら皆の事驚かせたくありませんか?」
「普通にここで出て行っても皆驚くんじゃないかな……」
「そういう事じゃないですよ~もっとこう、パーンと」
「……パーン?」
「お兄さんここで普通に戻ったら春蘭ちゃんに殺されちゃいますよ?パーンと頭割られちゃうかもしれませんね~」
「……パーン」
殺される事はない、それはわかるが春蘭だから本当に頭パーンとなってしまう可能性が捨てきれないだけに少し躊躇した。
華琳様のもとを勝手に離れおって!とか言って普通に殴りかかってきそうではある。
なんならそれに桂花あたりが変な入れ知恵をすれば普通に怪我くらいはしそう……。
「凪ちゃんもお兄さんが居なくなってからかなり参ってましたし、下手すればお兄さんの偽物には死を、という展開になりかねないですね~。
実際に天の御使いを騙る人は何人も居ましたし、その時の凪ちゃんたるや、あの華琳様が少し引くくらい怒ってましたからね~」
そしてその自称御使い様は凪の気弾によって蒸発したのだろう。
「……そこは風が説明してくれるんじゃないの?」
「風はほら、口下手ですし」
「誰が口下手だって?」
「……いやらしいですねぇお兄さん」
「発想の飛躍!」
「軍師には必要なものですね~。
そういえば思ったのですが、お兄さん、だいぶ体型がゴツくなりましたね~」
「え、そう?」
「はい~鍛え上げた筋肉で風のような小さい女の子に泣き縋ってる姿は軽く事案ですよ~?」
「俺の感動が伝わりませんでしたかねぇ!」
「で?どうなんだい?兄ちゃんよ」
風にそう聞かれ、俺は爺ちゃんとの思い出したくもない修行の日々を思い出した。
あれは本当に修行だったのだろうかと思うほどに地獄だったように思う。
「どうしました?死んだ魚のような目をしてますよ?」
「うん……いろいろあったんだよ、俺にも……」
「もしやお兄さん、腕を上げましたね?」
「まぁ、前よりは強くなれたんじゃないかと思う」
「それは床の中で?これは風も楽しみにせざるを得ないですね~」
「おっと、あまりの話の方向転換に流れについていけない」
「歳を取った証ですね~」
「……そうなんですかねぇ」
この独特のペースは誰が会話しても俺のようになるのではないだろうか。
そんな会話をしながら風はペタペタと俺の胸に手を当て、
「ふむ~、やっぱりすごいですね~」
そう言いながらついには胸に顔を埋めながら抱きついてきた。
風なりに何か理由をつけて甘えてくれているのだろうと思うと思わず笑顔になる。
「いやらしい顔しないでください」
「慈愛で満ち溢れた顔だよ!」
「下半身こんなにして慈愛って言われましても」
「どうもなってないけど!?」
誤解を与える言い方をしないでくれ。
「幼児体型に人権はねぇってか?」
「そろそろいきなりそれ入れてくるのやめてくれる?ちょっとびっくりするから」
「んー仕方ないですねー。普通に戻りましょうー面白く無いですけど」
……別に再会することに面白味は求めてないんだけどなぁ。
「お兄さん」
「ん?」
「見つかっちゃいました」
「え?」
風の視線をたどると、そこにはいつの間にか輪をはずれ、こちらを見て固まっている華琳が居た。
「……よし、行って来いや兄ちゃん。ここは男らしく抱きしめてやるんだぜ」
「……行ってくるよ、宝慧」
宴の席、華琳は桃香が酔い潰れ、絡まれていたところをようやく抜けだしたところだった。
体中を弄られたような気がしたがこの場は無礼講、この場は忘れることにしよう。
一方的に絡まれる事に慣れていないせいもあって、少しだけ疲れた。
嫌な疲労ではないが、このまま少し休ませてもらおう、そう思い、宴の輪から少し離れ眺めていると、風がいない事に気づく。
「……今日も行ってるのかしら、危ないから一人では行ってほしくないのだけど」
華琳は毎年、この日になると風があの場所へ一人でこっそり行っているのを知っている。
誰にも言わないのは、誰にも知られたくないからなのだろう。
ああ見えてあの子は他人にあまり弱さを見せないし、のんびりしているようで負けず嫌いなところがある。
それに周りにもよく気を配る子だから、自分が沈んでいるところを見られたくないのだろう。
思えば周りが怒ったり泣いたりする中で、風はいつもどおりに振舞っていた。
華琳の目から見れば全然いつもの風ではなかったが、風は誰よりも感情を押し殺していたのではないだろうか。
いつもの自分を保てなくなると判断ずると、風は一人でこうしてふらりとどこかへ行くのだ。
どこかで感情を爆発させてしまわないか心配ではあるが、何をしたとしても風には逆効果になってしまう。
春蘭や霞のように普段から発散していれば心配はないのだが、彼女の性格的にそれは難しいのだろう。
そんな事を考えながら宴を見ていると、ふと、皆の居る場所とは違う方から声が聞こえた気がした。
それもすごく懐かしい、聞き覚えのある声が。
風の事を考えた事で自分も感傷的になり、ついに幻聴でも聞こえ始めたかと冗談半分で考えながら、
声が聞こえた気がした方へ視線をやった。
そこには風がいた。
そしてもう一人、居るはずのない人が居た。
華琳と目が合うと、風と何か短く言葉を交わし、気まずそうに頭を掻きながらこちらへ歩み寄ってくる。
持っていた盃が手から滑り落ち、中に注がれていた酒が地面に染みていく。
しかし、それを気にすることも出来ないほど、歩いてくる男から目を離せずにいた。
手は盃を持っていた状態で固まり、視線は外せず、何をすればいいのかわからなくなる。
混乱していた。
あまりに想定外で、突拍子もない出来事に、頭が追いつかない。
座りながら固まっている華琳のもとへやってくると、彼は少し考えた後、その場で両膝をつき目線をあわせ、固まった華琳の両手を取り、言った。
「……ただいま、華琳」
何度も思い返した声だった。
何度も思い返した顔だった。
何度も何度も、願った暖かさが、彼の触れている手から伝わってくる。
その熱を確かめるように、彼と繋いだ手を何度も握り返す。
彼の存在を確かめるように、何度も。
そうしていると、困ったように笑っていた彼の表情が歪み、繋いだ手をぐっと引き寄せられ、抱きしめられた。
記憶に残る彼の匂いが全身を包んだ時、涙があふれた。
啜り泣いたり、声を上げて泣いたりするでもなく、只静かに涙があふれた。
どれだけ待ち望んだだろう。
どれだけ想い焦がれただろう。
もう会えないかもしれない、そんな考えが頭を過るたびに、必ず戻ってくると自分に言い聞かせてきた。
──そんな毎日を、あとどれだけ続ければ良いのだろうと、半ば絶望に飲まれるように考えていた。
でも今、彼は目の前にいる。
自分と触れ合っている。
いつかと願った日が、今日、訪れた。
毎年の記念日は、彼が消えた日でもあった。
今日を含め、過去三度、今日という日がこんなに嬉しく感じたことはない。
彼の背中に手を回し、抱きしめ返すと、彼はより一層キツく抱きしめてきた。
「……遅いのよ、馬鹿」
「ごめん……ごめんな、華琳」
「情けないわね……男が泣くものではないわ」
自分も泣いているのに、それを棚に上げて彼に言う。
そして彼もそれを知っていながら、
「……今はどこまでも情けなくなっちまうよ」
そう言う彼の声は、やはり震えていた。
「おかえり、一刀」
やっと、言いたくても言えなかったその言葉を言えた日が来たのだった。
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2016.1/23 修正完了。