地面に転がった酒瓶を傾け、残った酒を大口を開けて飲み干す蒲元は、乱暴に口拭って大きく息を吐き出した
「あれは、曹操や曹昭、いや今は夏侯昭だったな。そいつらがガキだった頃の話だ・・・」
俺は、その頃、師の元で修行を積んでた半人前だった。よく頭を小突かれていたな
師はそこそこ名のある鍛冶師でな、よく曹騰の爺の命令で帝の望む武器を作っていた
毎日、毎日、俺は嫌ってほど鎚の使い方から錬鉄法、刃の研ぎ方何かを繰り返し習っていた
そんなある日だ・・・
【剣を一振り作って欲しい】
【此れは曹騰様、帝の命でございますか?】
【いや、此れは儂個人の依頼だ。頼まれてはくれんか】
豪雨の中、ずぶ濡れで俺たちの工房に来た曹騰の爺は、俺の師にあるものを手渡した
渡された物を見た師は、酷く動揺してその場に跪いて、まさしく恐れ慄いたって言葉そのままだった
「御使の髪だな」
「ああ、後から知ったんだが師は、曹騰の爺が自分の元に天の御遣いを囲ってやがるのを知ってたんだ」
手渡される髪が唯の髪じゃ無いってことは、直ぐにわかったんだろう。コイツを持ってきた意味もな
「意味?」
「天の御遣いは狙われてたからなぁ、色んな意味で」
俺が知っているのは、まだガキの天の御遣いを他の宦官が奪い去ろうとしたり、権力者の変態野郎が慰み物にしようとしたりしてたってことだ
さぞかし魅力的だろうよ、天の御遣いの躯はよ。変態共の格好の餌食さ
天の御遣いを手に入れたって話を聞いた後、直ぐに聞こえてきたのはガキの御使を嵌めて、有無を言わせず襲ったって話だ
曹騰の手出しが出来ないような、帝の親戚筋の行動だ。天の御遣い味はどうだってな
「・・・」
厳顔は怒りを隠さず、不快であると表情にだす。隣で厳顔の躯を心配する黄忠も同じく、顔を顰めながら
夏侯昭が自分の娘を無事に返してくれたこと、そしてあれほどの怒りを見せた事に納得をしていた
彼は、自分と重ねていたんだと。子の泣き声はあの時の自分の声、子の苦痛はあの時の自分の苦痛
他人ごとなどでは無い、そして救ってくれたのは周りの人間。だからこそ、彼は仲間を傷つけられる事に怒りを憶えるのだと
「下衆しか居らんのか、陛下の周りに居るものは」
「そうだな、血の繋がりなんか怪しいヤツラがゾロゾロ湧きだしてやがったぜ」
「宦官達と繋がりがある者たちでしょう。お金さえあれば、重役に就くことだって簡単な時だったから」
その通りだ、しかも夏侯昭は曹騰の立場が悪くなるとずっと黙ってやがったのさ
だが、それをどこからか知らんが曹操が耳にした。そして、武器を取ったんだ
「我が友をよくも傷つけたなってよ」
「曹操が・・・」
「ああ、そんで曹騰の爺は夏侯昭が襲われた事を耳にして怒り狂った」
「怒り狂った?自分の子でも無いのにか」
そうだ、なにより裏で手を引いてやがったのが張譲の野郎だ。曹操が武器をとりゃ、全ては張譲の思い通り
帝の親戚筋に手を出したと曹操も捕まえられるし、何より天の御遣いも手に入れられる
「そんでな、張譲の野郎も手を出してたみたいだぜ、夏侯昭によ」
「チッ、それでか。張譲と曹騰は仲が悪かったと聞く」
「いいや、曹騰の爺は其れ以外の特別な理由がある。まあ、それは後でだ・・・」
曹騰の爺が最初にしたことは、曹操を止めること。そして次に根回しを始めた
あん時は本当に恐ろしかったぜ、曹騰の一言で城内の人間が次々と動き出すんだ
【曹昭は、天の御使は儂の息子じゃ。この話を流せ、儂の財産を全て使ってもよい】
町人の子供まで動き出すんだぜ?信じられるか?街のヤツラは文字なんか読めねえからよ
口伝えで街全てに話を膨らませていきやがった。そんな事すりゃどうなるか解るだろう?
「何れ皇帝の耳に入る」
「そうだ、張譲は御使の存在が皇帝の耳に入らないようにしていた。何でだと思う?」
「天子と同等の者など要らない、居れば帝の地位を脅かす。本物の天の御遣いならば、自分の事を必ず破滅に導くはず」
「ああ、だから散々弄んで本当は殺そうとしたらしい。だがよ、怖かったんだろうな、天の御遣いを殺すことが」
土壇場でビビった張譲は、天の御遣いを汚すことで普通の人間だと証明してやろう
もしくは、天を冠する事が出来ぬようにしてやろうと思ったようだ。ガキみてえな理屈だ
「だから曹騰の爺は証明してやったんだよ。神刀を作ってな」
天の御遣いの話を聞いた皇帝は、御使を見たくなってしょうがなくなった。其れも、曹騰の息子だと言うんだぜ
宦官である曹騰に子など作れるはずがない、これは奇跡だ、正に天からの授かりものだ
「帝は、自分いがいに天を冠する者が居て何にも言わなかったの?」
「クククッ、馬鹿なんだよ劉宏、零帝は。曹騰の盟友、桓帝とは違う。血が繋がってないから当然か」
「盟友だと!?」
「まあ、そいつも纏めて後で話してやる。零帝だが、張譲に操られてるくらいの低能だからな、ガキみてぇに見たいと大騒ぎしてたぜ」
ボロボロの夏侯昭を抱きしめた曹騰の爺は、夏侯昭の髪を少しだけ切り取り、伝説の干将莫耶の宝剣に習い剣を制作した
夏侯昭の言に従い、反りをもち、片刃で、茎に銘を刻んで柄で包みこみ、細かい糸で編み込んだ刀
「そうか、剣なのにも関わらず神刀と呼ぶのは」
「元は刀だった。俺が打ち直し、剣に変えたんだ」
師は、曹騰の爺と一緒に剣を作り始めた。髪を投げ込み、青白い炎の中に近くの錆びた屑鉄を入れた
材料がそれだけしか無かったって言うのもあったが、御使の髪を証明したかったんだろう
三日三晩打ち込みをし、出来上がった剣は今まで見たどの剣よりも美しく、神々しささえ感じさせる光を放ってやがった
「たかが髪を入れただけだ、髪をだぞっ!ふざけんなっ!俺らの研鑽し続けた技を全部ぶっこわしやがったんだ!!」
「蒲元・・・」
忌々しい物を思い出すように、顔を歪ませてカラの酒瓶を地面に叩きつける蒲元の手は震え、掻きむしるようにして頭を抱えた
出来上がった刀を見て爺と師は喜んでやがったけどよ、直ぐに異変が起きた
近くで見てた兄弟子が、惹かれるように神刀を掴んでそこら辺の物を切りまくり始めた
「狂ったように剣を振るって斬りまくる。あぶねえってんで俺ら、槍やら鉄槌なんか持ちだして構えたがよ
全部だめだ。片っ端から斬られちまった。斬鉄なんざ出来やしねえ、優男の兄弟子が巨大な鉄槌を泥みてえに斬っちまうんだぜ?」
信じられるか?と首を傾げ、ゲラゲラと笑う蒲元は涙を流していた。自分達の技術をまるで馬鹿にするかのような刀に
蒲元は憤怒と恨みをもって居るのだろう。瞳は酷く濁った色をしていた
なんも斬るもんが無くなって、いよいよ俺らを斬るって時にだ
【儂を斬るが良い】
【曹騰様っ!?】
【良いか、儂が躯ごと捕まえる。動きが止まったら刀を奪え】
俺らの前に飛び出して、刀を向ける兄弟子に盾のように両手を広げたんだ
「これが噂に聞く盾の気迫かと、あの時おもったな。なんせ、そんな事を考えられるほど余裕がいきなりできちまったからな」
「背後には、全ての殺気を遮り通さん。盾の気迫はなかなか出せるものではない」
「へぇ、アンタにも無理か厳顔?」
「無理だ、儂には性に合わぬからな」
そんでよ、余裕ができたもんでシッカリ見てたぜ。兄弟子が爺に突撃してくるのをよ
だが・・・
【くっ、う、腕が重いっ!?】
【正気に戻ったか!】
【お逃げ下さい曹騰様っ!!】
刀は爺の目の前でピッタリ止まりやがった。兄弟子も何が起こったのか解って無かったようだ
【・・・】
【お、おやめ下さいっ!危のうございますっ!!】
ピッタリ腹の前で止まる刀を見て、爺は何を思ったか兄弟子から刀を取り上げやがった
そんで、周りの連中が今度は曹騰に狙われると息を飲んだ時だ
【ほう、儂を試したか。生意気なやつじゃのぉ、こやつめ】
【そ、曹騰様!?】
まるでガキを諌めるように笑って刀の峰を撫でてやがった。そんときだ、コイツは使い手を選ぶって解ったのはよ
自分で選んだ野郎にしか使われねぇ、使い手を見下す武器だってな
「武器が人をころすんじゃねえ、人が人を殺すのが普通だ。だがよ、あれは武器が人を殺す」
「だからか、お主が気に食わぬのは、神刀が鍛冶屋の矜持を汚す物だからだな」
「いらねぇんだよあんなもんは」
そんで、その後は零帝の前に剣を献上して、天の御遣いであると証明された。あの爺が向け目がねぇのはこの後だ
【我が息子が天の御遣いであることは確か。ですが、天子である帝の威光の前では塵芥と言えましょう、お聞きください民の声を】
宮殿で玉座に座る零帝に剣を献上した後、帝を外に連れ出せば宮殿を埋め尽くす民の帝を敬う声だ
曹騰の声で動いたヤツラは、皆それぞれに天の御遣いは曹騰の息子、帝の前ではその名は霞む、帝こそは王であり天の子であると大合唱だ
「そんなの聞いちまったら、あの馬鹿は気分良くなっちまう。ニンマリ笑って曹騰に褒美まで出しやがったな」
「刀はどうしたの、献上したのでしょう?」
使い手が曹騰しか居ねえってので返された。量産なんかは帝に認められちまったってことで手が出せなくなって無理
張譲は悔しがってたなぁ、笑えるぜあの顔はよ
「で、その後だ、爺がとんでもねぇ事やらかしたのは」
爺は、夏侯昭の髪がどんなもんかわかったってのと、相変わらず力がありすぎて狙われてる曹操、そんで夏侯惇、夏候淵、夏侯昭を護るために
二つの宝剣を創りだした。全ての業と魔を覆滅するための剣
「それが、夏侯昭と曹操の髪を使った【倚天の剣】夏侯昭と夏侯惇、夏候淵の髪を使った【青釭の剣】だ」
「なんと!?二つの宝剣には御使と王、そして側近の髪が使われているのかっ!!」
「知ってるだろう、倚天の剣は透き通るように輝く美しき剣、青釭の剣は赤と青が交じり合う炎と氷」
二人は思い出す、噂に聞く曹操の日輪に照らされ輝く美しき黄金色の髪を、そして赤と青の衣を纏う二人の夏侯を
まるで三人を表すかのように、剣は特徴を捉えその身にうつしている
何進は言ってたぜ、曹騰の爺の腰にある倚天の剣を見て
【それ、貴方はもってなかったじゃない。私は全てを手に入れるの、それもね】
なんて言ってやがった。何進は肉屋の出だからな、権力だけじゃなくて欲しかったんだろう、天の御遣いって力がよ
「貴方はもってなかった・・・武のことね」
「知力、徳、そして爺は武まで持ちやがった、お陰で手を出せる奴は死ぬまで居なかったな」
黄忠の言葉に再び下卑た笑い声を上げる蒲元
厳顔は思う、曹騰はまだ力がない子供達の為に剣を作り上げたのだと
だから二振り、神刀を合わせて三つ。それぞれが宝剣を持ち自分自身を、そして護りたいものを護れるようにと
ただ、力がない夏侯昭は戦えない。だから己の唯一にし絶対の武器である龍佐の眼を教えこんだのだろう
まさか宝剣二つを夏侯昭が持つとは考えなかったに違いない
「で、俺はずっと神刀が気に食わなかったからな、何時かぶっ壊してやろうって曹騰の爺が死んだときそっくりの刀を作ってすり替えた
墓の中に有るのは俺が作った偽物だ」
「まあ、なんて事を」
「カッ、其れのお陰で劉備は戦えてんだろうがよ、馬鹿じゃねぇのか糞女」
「・・・いい加減、糞女というのは辞めて頂けないかしら」
立ち上がり、笑っていない笑を浮かべる黄忠に再び腕を握られる蒲元は、噛みあわせた歯をガタガタと揺らしながら無理矢理、笑を作っていた
「で、何故桃香様が神刀を使えるの?」
「こ、コノヤロウっ!ありゃ剣が勘違いしてんだろうよ!」
「勘違いですって!?」
「劉備を、夏侯昭とだよっ!!」
そう、限りなく夏侯昭に近づき超えようと前を歩く者に対して、剣は劉備を昭だと認識していると言うのだ
何を馬鹿なことをと呆れる黄忠の肩に厳顔は立ち上がって軽く手を置いた
「紫苑よ、纏めて話すと言ったのを聞きたい」
「お願い出来るかしら」
「解ったから放せっ!」
にこやかな黄忠から溢れる殺気に気圧されつつ乱暴に手を振りほどく蒲元は、脂汗を流しながら呼吸も荒く痛々しい笑い声をあげていた
立ち上がり金槌を持つ蒲元は、何度か動きに問題が無いか確かめるように金槌を振る
「ったくよ・・・そいつは曹操が曹騰の実の孫だって事だ」
「えっ・・・・・・はぁっ!?」
「なっ・・・・・・」
突然の事実に素っ頓狂な声を上げる二人、其れをみてゲラゲラと洞窟に響く笑い声を上げる蒲元
どうだ、驚いたかと言わんばかりに笑い、眼を丸くして動きが止まる二人をまるで道化を見るかのように指をさして腹を抱えていた
「刀を盗んだ時だ、ちらっと曹騰の棺桶に入れられてる日記が見えてよ。興味本位で覗いたら書いてあった」
桓帝の側室の一人が曹騰の幼馴染でな、お互いに志を語り合っていた。だが、友人が召し抱えられて燻ってたらしいぜ曹騰の爺は
そんな時、爺の清廉された礼節、義に生きる志、そして膨大な人脈と其れを使いこなす知力を幼馴染から聞いた桓帝が召抱えようとした
【嫌だ、面倒だ】
けどよ、爺は面倒だって断ったらしい。でも、友人に説得されて出した条件が【下を切らない】【自由にやらせろ】だぜ
「か、宦官なのにかっ!?」
「あー、むちゃくちゃな爺だ。でもよ、桓帝はその条件を飲んだ。それほど魅力的だったんだよ爺は」
爺は次々に有能な人間を召抱えていった。打ち出す方策も新しく、どれもが大きな成功を収めた
そんな男が側に居たらわかんだろ、桓帝は爺から眼が離せなくなっていったみてぇだ
「まさか、まさかっ!そんな馬鹿なっ!!嘘だ、そんなはずは無いっ!!」
珍しく狼狽える厳顔を見て笑い声を更に大きくする蒲元。此処まで引っ張って良かった、思ったとおりだと
「曹操は、桓帝の孫だ。曹操は、漢帝国の正統後継者だ」
顔を真っ青にする厳顔と黄忠。こんな事が周りにしれたらどうなる、逆賊などという言葉で治まらない
今の帝に刃を向けておいて今更だろうと言うかもしれないが、今まで曹操を逆賊と罵り、自分達の正当性を掲げて来た事が
すべて崩れ去る。そして、自分達に着いてきた者の中には、未だ曹操の手から天子様を開放しようと思っている人間も居るはずだ
それらをすべて纏め、それぞれに任せる劉備の理想。中には、未だ天子様を崇めようと考える人間は少なくない
国の象徴として置きたいと思うものは、すべて魏に走ってしまう
「安心しろ、誰も信じやしねー。其れに、知ってるのは俺とお前ら二人だけだ。チビスケにもはなしてねえ」
「本当に、誰にも話してないのね」
「あたりめぇだ、話せば俺が殺されるに決まってんだからな」
「し、しかしどうやって子供を隠した」
「書いてあったのは、生まれてくる娘は側室の友人の子にして、医者に死産だと言わせて縁のある夏侯家に預けたらしい
んで、その娘が夏侯家の奴とくっついて産んだのが曹操ってわけだ」
突拍子もない話だが、聞けば納得してしまう。曹操が纏う独特の支配者たる雰囲気、風格
溢れんばかりの知性、才を持つ者を愛し身分を関係なく取り立てる姿勢、帝と曹騰を合わせた姿で有ると
「そんな人を相手に戦おうとしていたなんて」
「怖気づいたか紫苑」
「いいえ、楽しくなってきたわ。それらを全て打ち壊し、超えていくのがわたくし達の王よ」
先ほどまで顔を青くし驚いていた二人だが、気が付けば先ほどの蒲元のようにとまでは行かないが、口の端を釣り上げていた
これ程の戦場に出会えることなど無い。今、歴史を変える重要な戦に立ち会い、武器を持って戦う事が出来るのだと
武官である二人は、いかにも武官らしい喜びを感じていた
「いいなぁ、お前ら最高だケケケ」
「さて、では武器を作ってもらおうか」
「武器なら有る。厳顔、あんた向けにいいもんがあるぜ!!」
厳顔に蒲元は、洞窟の奥にある溶鉱炉の隣の岩をどかし、中から布にくるまれた長く大きな板を両腕で抱え引きずりながら厳顔の元へと持ってくる
そして、其れを地面に突き刺して布を剥がせば、厳顔の眼に映る見たことも無い文様を浮き立たせ、中央が繰り抜かれ鋼線が張られた巨大な剣
「これは、剣なのか?」
「俺の最高の剣をお前にやる。俺が神刀を超える為に創りだした、最高の剣だ。華氏城の技術、鍛鉄によって作られるウーツ鋼
そいつを更に昇華させた。7つの鉱石を混合させ、型取りして軽く叩いただけだ。だが、コイツは普通じゃ無いぜケケケ」
【平原に登る太陽の如く輝くまで熱し、次に皇帝の服の紫紅色となるまで筋骨たくましい奴隷の肉体に突きさし冷やす。奴隷の力が剣に乗り移り、金属を固くする】
と伝承されるウーツ鋼の作り方を解読し、さらに七種の鉱石を絶妙に配合することによって作らげられた剣
「そいつを曲げてみな」
蒲元に言われるまま柄を持ち剣を摘むように指先で挟んで曲げれば、まるで柳のように曲がり離すと軽い音と共に元に戻る
「これは本当に剣かっ!?」
「剣だぜ、見てなっ!」
今度は刃を上に向けて平行に持たせ、上に優しく布を乗せれば布自身の重さで真っ二つに切り裂かれ地面に舞い落ちる
「布が切れた、なんて切れ味なの・・・」
「すげぇだろう。だがよ、これでも神刀には勝てねぇ。だから、後はアンタの腕次第だ」
「これは、なんと言う鋼材なの?」
黄忠に問われた蒲元は、考えて居なかったのだろう。顎に手を当てて少し考えて、大声で笑い出す
「そうだな、偽の神刀でダマし墓の中を荒らしたカス野郎が作った鋼材。【ダマスカス鋼】てのでどうだ、最低で最高の名前だろう」
「呆れた、本当に酷い名前」
「クククッ、ならばコイツの名は何だ?無いなら、お前が着けてくれ」
酔狂なやつだと笑い、腰に手を当てる蒲元は当然とばかりに厳顔の持つ彼女の背ほど有る幅広の剣を指さし名を叫ぶ
「劉備の元で、狂ったように戦うんだろうっ!なら名前はきまってら【桃厳狂】だ!」
桃厳狂(とうげんきょう)と名付けられた剣を掲げ、厳顔の眼は細く鋭くなっていく
なんとも相応しい名ではないか、儂にこれほど合う剣は無い。しかもこの中に張られた鋼線
弓兵としての腕も存分に振るう事ができそうだ、焔耶に武器を譲り渡したのは間違いでは無かった
「此れは天啓であろうな」
そう呟くと、黄忠の眼を見て笑っていた
ー新城ー
「まあ、良くわからんがあの人が俺たちを護ろうとしてくれて居たのは確かだ」
「ふーん、じゃあその為に作ったってことかしら」
「かもな・・・食いながら喋るな」
うどんをモグモグと咀嚼しながら天ぷらを箸で掴む雪蓮の額を指先で弾く昭は、本当に王だったのか?と溜息を吐く
それを見ながら、対面で座る冥琳はお前の気持ちはよく分かるぞと頷いていた
「雪蓮よ、此れを食してみよ」
「んー?なにこれ、丸い天ぷら?」
「よく汁に着けてから食すのじゃぞ」
差し出された皿の上に乗る丸い天ぷら。他の天ぷらは、何となく中身が透けてるので具材がわかるが
これは丸くて白いだけ。だが、何処かで見たことの有る形
雪蓮は、とりあえず進められるままに汁に浸して口に運べば、馴染みのある味にトロリと広がる濃厚な味
「んっ!卵っ!!でもこれ失敗よ、中身が!」
「美味いであろ、半熟玉子じゃ。新鮮な卵を使い、鶏も清潔な養鶏場で育てておるから大丈夫じゃ」
「・・・むぐむぐ・・・むぐむぐ・・・・・・おいしぃ」
食べたことがない半熟玉子の旨さを味わった雪蓮は、顔を至福でいっぱいにするが、再び昭に指先で額を弾かれた
「飲み込んでから喋れ、まったく子供か?」
「痛たたっ。いいじゃない、街の人達は気にしないわよ」
「俺が気にする。美羽と涼風の教育に悪い」
「・・・怒っちゃだめ、私が悪かったわ」
額に青筋を立てる昭に、華琳の事を思い出して苦笑いになる雪蓮。其れを見ていた冥琳は、夏侯邸に居れば
矯正されて良いのかもしれないと、七乃に進められたカシワ天をもしゃもしゃと食べつつ、色々な意味の至福の笑を浮かべていた
「そうそう、さっきの話だけど」
「剣のことか?」
「ええ、それってやっぱり私の思っている通りだと思うわ。二つ共、貴方を護るため、そして貴方に託したんだと思う」
「託す?」
「だってその剣、まるで華琳と春蘭と秋蘭を表してる見たいだから、三人を宜しくって」
昭が腰に佩いた二つの剣に手を置けば、まるで麟桜のように乾いた鉄の音を響かせる二つの剣
雪蓮の声を肯定するかのように鳴り響く玲々たる音は、昭の心に亡き曹騰の姿を思い起こさせる
「父様?」
そして、昭は自然と美羽の頭を撫でていた。貴方の想いは、私が必ず護りますと
-武都-
宮の中庭で響く剣戟を聴きながら、華佗は自室で竹簡を眺めていた
「劉備と関羽か、随分と激しい稽古だ」
剣戟の音に耳を傾けながら、目を通す竹簡に書かれているのは扁風の容態
華佗がこの武都に来て一番初めに驚いた事は、医術が魏とは違う形で進化をしているということだ
医師団の一人に話を聞けば、元々は反董卓連合で衛生兵を見せられた諸葛亮が始めに医療団を組織したとのこと
そこから次第に医術は独自発展をし、途中で蜀に入った扁風からもたらされた華佗の医療術が新たな風を吹き込み
魏に近い高度な医療術を持つ組織にまで発展していたということらしい
「自分で自分を守ったか。そもそも、馬家の者で有る馬良は常人よりも氣の量が大きい。助かったのは奇跡だな」
帰って友にこのことを伝えればどう反応するだろうか、複雑な顔をするのだろうか
いや、きっと顔には出さないが喜ぶはずだ。経過が良好ならば、長居する必要は無い。早々に魏に帰る
竹簡を閉じ一息つこうかと思った時、華佗の部屋に一人の青年が入り込んできた
「何か用か」
「は、はいっ!華佗様でございますよね、神医華佗様!」
華佗は、またかと溜息を吐いてしまう。蜀についた時、扁風からもたらされた知識のせいか、華佗は様々な人間から
神医だと言われ知識を授けてくれと言い寄られていた。特に、医師団の連中は華佗が少しでも時間が開くと直ぐに
質問攻めを始めようとする。それに嫌気が差した華佗は、扁風の治療が終わると早々に与えられた自室へと引きこもっていた
「まさか、部屋まで押しかけてくるとは」
「申し訳ありません、どうしても一つだけ聞きたかったことが」
「なんだ、一つだけだぞ」
青年の必死な眼に華佗は、無理に追い返してもまた来るだろうと質問を一つだけ聞くことにした
だが、他のものが真似して此処に来ることがあるかもしれないから、今日話したことを誰かに話すならば
自分が蜀を出た後にしてくれと付け加えて
「はい、勿論です」
「それで?」
「華佗様は、医者と患者はどのような関係だと思われますか?神医と呼ばれる程の華佗様なら、高額な医療費を取り
治療に来る患者は、華佗様を崇めるように振舞わなければならなと考えますか?」
問を聴きながら華佗は少しだけ青年の顔を見ていた。それは、青年が何故か必死な顔をしていたからだ
まるで、自分に対する捌きを待つ罪人のような少々怯えた表情で
華佗は、青年に何かを感じたのか、立ち上がり真っ直ぐ青年の眼を見詰めた
「医者は、患者より偉いなどと言うことはない。医者は、ただ患者自信が治ろうとする手助けをしているに過ぎない」
「で、では医者と患者は対等であると!?」
「俺から言わせれば、患者もまた医者なんだ。患者自身が自分の躯を治療し、自分の躯を治す」
「患者も医者・・・」
「手当と言う言葉を知っているか?」
「はい」
頷く青年に近づき、華佗は喉に軽く指で触れて胸まで真っ直ぐ指を下ろす
「君が、此処から此処まで斬られ怪我をしていたらどうする?」
「医療器具は、包帯や針」
「何もない、裸のままの君だ」
青年は、諦めたように首を振って華佗が示した傷跡に自分の手を当てる
「・・・こうして手を当てるしかありません」
「そうだ、それが手当だ。だが、もし傷がこうだったらどうする?」
華佗は、少年が手を当てている更に下に傷跡を伸ばす
少年は、これ以上は傷跡を塞ぐことも、流れだす血を止めることも出来無いと首を振っていた
「無理です、手が足りません」
「ああそうだ、だから俺が居る。だから医者が居るんだ」
そう言うと、華佗は広がった傷跡、指で線を引いた場所に自分の手を当てて傷跡を塞ぐ
少年の手、そして華佗の手で少年に着いた傷跡をすっぽり隠すように
「共に手を取り合い、共に治す。これが治療、これが医療、これが手当だ」
「・・・はい、やっぱり医者を目指します。私はみなさんの手伝いがしたい」
「満足か?」
「・・・はい」
青年の顔をみた華佗は、ため息を一つ。どうしても、後一つだけ聞きたいと言った顔
だが、自分で言い出した事であるし、これ以上は失礼だと思っているのだろう。青年は、この場を去ろうとしたが
華佗は、青年を呼び止めていた
「ふぅ、駄目だ。どうも性に合わない。元々、こういった態度を皆に取るのは嫌なんだ。聞きたいなら答えてやるぞ」
「ほ、本当ですかっ!?」
「ああ、手早く頼む。誰が見ているかわからないからな」
「あ、あの、華佗様は死についてどうお考えですか?手を尽くし、それで死なせてしまう事もあるはずです」
少々遠慮がちに言い難いことを話す青年の話を、華佗は静かに聞いていた
そして、その内容が何時も自分で悩み、苦しんで居ることだと解った時、何故か華佗は微笑んでいた
「死ぬのは仕方がない、人で在る以上逃れる事は出来無い。ただ・・・」
「ただ?」
「望んだ場所で、望んだ死に方をさせてやる事が出来れば、医者として此れほど誇れることは無いんじゃないか?」
馬騰の死を何度も何度も思い返し、患者と触れ合う詠や月を見ながら、昭と語りたどり着いた答え
其れは、死に対しての答え。人は死から逃れられない、逃れることは出来ない
手を尽くしても、死なせたくない助けたいと思ってもすり抜けていく
救えるのなら諦めたりしない、だがその結果が死であるというのなら、それは悪いことではない
人が死ぬまでに、生の純度が高まれば良い。最高の人生であったと最後に笑えるならそれで良い
「死なせない方が、医者と言えるのでは無いのですか?」
「寿命の年寄りに、鍼を打って気を流して無理矢理生かすのか?それは幸せなのか?」
「そ、それは・・・」
「だったら、そこに行き着くまでに家族と過ごせる時間を増やしてやったり、好きなものを沢山食べられるように
してやった方がいいんじゃないか?」
「・・・」
「何も医者が救うのは躯だけじゃない、一番大事なのは心を救うことだ、魂を救うことだ」
青年の頭を、まるで自分の子供の頭をなでるように手を置く華佗は、とても優しい眼で青年の眼を見ていた
「それが良い医者ってものだ」
「華佗様は、素晴らしい方です。こんな、私の心も救って下さいました」
「お前はきっと良い医者になれる。俺よりもずっと素晴らしい医者に」
青年は、大きく返事をして頭を下げると顔をくしゃくしゃにしたまま部屋から飛び出して行った
必ず医者になる。もう迷ったりはしないと心に決めて
「・・・なあ友よ、お前と話したくなってきた」
俺の疲れた心を癒せる医者はお前だけだと、華佗は窓から遠く新城の方向を見詰め
凝り固まった肩をポキポキと音を立てて解していた
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神刀の話と曹騰おじーちゃんの話は終わりです
次回は劉備さんの話、そんでもって少し戻って韓遂さんの話です
そうそう、眼鏡✝無双が仕上げにはいってきました
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