俺は間違っていなかっただろうか…
幼い彼女にあんなに辛い事をやらせてしまって…、心に深い傷をつけたのではないか
虚空に落ち行く中、俺は血を身体から流しつつも、自分が怒り憎しみを与えた少女の事を想いながら考えていた
…兄として、彼女の側で傍らに居るという事も出来ずに情けない
もう一度でいい、喜ぶ彼女の姿を見たい
そんな叶わぬ願望を胸に秘めながら彼は落ち行く…
そうして、彼は血を散らしながら、保っていた筈の意識を失った
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ここは何処だろう…
見た事の無い景色が意識を手放した筈のイタチの瞼の裏にスっと流れ込んでくる
辺りは色鮮やかな花が咲き開き、幻想的な雰囲気を醸し出す
その中央にそびえ立つは巨大な白の古びた神殿、しかし、それは神々しさを思わせる程の綺麗な光に包まれている
何故、この様な場所に自分が立って居るのか
イタチの頭はその事で埋め尽くされた、綺麗な風景に象られたこの場所はいわゆる天界というものか…
なにせ、重傷故に動かす事が出来なかった筈の自分の身体もここではその痛みに苦しむ事無く動かす事が出来る
「…俺は死んだのか…」
彼は虚しいその空間の中で一人呟く、血も致死量とは言わないまでもとどまる事無く、彼の横腹から流れ出ていた
急所である場所を雷の槍が突き刺さり、肉を焼く様に彼の身体を貫いた
ここまでのダメージを負って、寧ろ生きている方がおかしいのだ
イタチはとりあえず、その幻想的な花畑に囲まれ中央に位置する神殿にへと向かい足を進める
片目は、先程使用した万華鏡写輪眼のせいで潰れていたのにも関わらず、何事もなかった様に開く、
無論、万華鏡写輪眼も同じく使用可能だ
意味が分からない、一体自分の身体はどうなってしまっているのか…
頭の中を埋め尽くす疑問の中で彼は静かに中央の白い神殿にへと辿り着いた
その時、彼はその建物の前に立っていた人物に思わず眼を見開く
彼は震える声で神殿の前に立っていたその人物の名前…
いや、可憐な金色の髪をした彼女の名前を呟く様に呼ぶ
「…フェ…イト…」
そう、この場所にいる筈のないフェイトと同じ背丈でしかも瓜二つの女の子
イタチはこの神殿にいる彼女の姿に驚愕するしかなかった
しかし、彼のその呟きは眼の前に現れた少女によって否定される
「…残念、おっしぃけど違うよー、イタチお兄ちゃん!」
そうイタチに口走る金髪の少女、
神殿の前に立つ彼女はにっこりと可愛らしい笑顔を見せて、呟いていたイタチの側に駆け寄るとそう告げた
だが、考えてもフェイトにしか見えないその少女、
しかし、イタチは彼女の纏う雰囲気に直ぐに違和感を感じ取ると、何かに納得したように眼の前に立つ少女の正体に数秒と掛からずに気がついた
イタチは決して混乱する事無く、冷静な口調のままゆっくりと眼の前に現れた少女の名前を口にした
自分が死んだと考えれば思い当たる人物など一人しかいない
「…成る程…な、君はフェイトでは無く、アリシア テスタロッサか」
「ピンポーン!せいかーい! え! って何で分かったの!」
いきなり正解である自分の名前を呼ばれた事に眼の前の少女は驚いた様に声を上げた
その彼女の様子にイタチはクスリと笑みを溢しながらその理由を述べ始める
「フフ…、いやフェイトにしては元気過ぎると感じただけだ…」
「むぅ…それ理由になってないよう…」
自分の名前を簡単に言い当てられ、その単純すぎる理由に彼女は不満そうに頬をぷくりと膨らましてイタチに述べる
しかし、それだけが勿論、彼女の名前を言い当てた理由というわけではない
イタチはそんな可愛らしい彼女に微笑みかけながら、彼女の名前を言い当てたもう一つの理由について語り始める
「…そうだな…もう一つの理由としてはーーーー」
イタチは一旦間をおいて彼女の頭の上にポンと自身の手を軽く添える
思わずその自分の頭に手を添えるイタチの行動にビクっと身体を反応させるアリシア
そうして、イタチはそんな彼女にもう一つの理由を語り出す
「…大事な妹達の仕草や性格を兄の俺が見誤ってはいけない…という勝手な自負からだ」
「…ふぇ」
イタチに優しく頭を撫でられるアリシアは間の抜けた様な声を溢す
アリシアを優しく撫でる時の彼の瞳はとても温かみがあるものだった
頭を撫でられた彼女はキョトンとした様に眼を丸くする
妹達…とは自分の含めて言っているのか
フェイトは分かるが、先程のイタチをお兄ちゃんとアリシアが呼んだのは悪戯を含めた単なる冗談だったのだ
彼はそれを分かった上で自分の事を妹と呼んで撫でてくれた
その事にアリシアは驚きを隠せずにいたのだ
イタチはしばらく彼女の頭を優しく撫で終えるとその手を離す
「…あ、」
頭から手を離されて名残惜しかったのか、不意に声を思わず溢すアリシア
そんな彼女を他所に、ひとまずイタチは自分の今居る場所、状況について彼女に訪ねる事にした
イタチはひとしきり辺りを見渡したあと、口を開き彼女にへと問いかける
「…それで、ここは一体何処なんだ?」
「…んーとね、アルハザードっていう名前の場所なんだけど」
イタチはアリシアが話すその言葉に少しだけ、身体を反応させる
アリシアが口にしたアルハザードという言葉
何処かで耳にした事のある単語
確か、あれはクロノがフェイトの母、プレシアがジュエルシードを集めていた目的として口にしていた言葉ではなかっただろうか
どういう事か、イタチは何故かそのアルハザードという場所に足を踏み入れてしまっていたらしい
写輪眼が修復されているのも違和感を感じていたが、これは…
イタチは只々、非現実的な立場に立たされている自分の状況に驚愕するしかなかった
そんな呆気にとられている彼にアリシアは微笑みかけながら後ろにある神殿に視線を移す
彼女のその顔は何処か寂しげで…儚く見える
そんな彼女は後ろに聳え立つ神殿を見ながらイタチに話出した
「…私ね、見てたんだ貴方の事、貴方が居なくなってフェイトがすっごく悲しんでた」
「……そうか」
イタチは彼女のその言葉に静かに答えた
自分が居なくなりフェイトが悲しむ事ぐらい分かり切っていた
だが、彼女の罪を背負った以上、自分が彼女の側に一緒に居られなくなる事は必然
自らを犠牲にするしか、方法を見出せなかった
イタチは寂しげに語るアリシアに視線を下に落として答えるしかなかったのだ
そんな思い詰めた暗いイタチの様子に寂しげに語るアリシアは言葉を紡ぎ始める
「あんな死に方…私も悲しくて仕方ない、貴方は優しすぎるんだよ…」
アリシアは死ぬ事を前提に、そして、自らを犠牲にしたイタチの生き方を哀れんだ
イタチのやり方は彼自身が哀しみを産むだけ
間違っていると言えばそれまで、しかし…どうしようも無い事だってあるのは分かる
だから、この場でイタチの全てを見て来たアリシアは思った。
優しい筈の彼こそが本当にあるべき救いを掴むべきだと…
そうして、イタチの悲劇を眼にしていた彼女はイタチにこう提案する
それはイタチにとって驚愕に値する、内容のものであった
「…もう一度、貴方に生きて欲しい…
私はもう死んじゃったんだけど、貴方はまだ死んではいけないと思うんだ…だから、私が力を貸して上げるからもう一度だけ、フェイトの側にいてあげてイタチさん」
アリシアは懇願するようにイタチに真っ直ぐな視線を送る
自分のような人間が生きるべき彼女を他所に生き延びるなんて…
イタチは自分に生きてと願う彼女の心境を理解する事ができなかった
眼の前に立つアリシアも死んでしまった人間…、あのフェイトと自分がいた世界にはもう戻れない存在
この少女の懇願はイタチにはどうしようも無く重くそして、悲痛に感じられた
イタチは彼女のその願い、懇願にゆっくりと左右に首を振る
「…悪いが俺は沢山の人を殺した、業を背負い…彼女の側で笑う権利なんて俺には最初から出来ないおこがましい事だったんだ」
イタチは自嘲する様に笑みを溢し、真っ直ぐな視線を向けていたアリシアから視線を逸らし一人呟く様に答える
だが、アリシアはそれでも諦めるつもりは微塵も無かった
「…それは結果的にそうかもしれない…でもねイタチさん、貴方が生きている事に喜んでくれる人もいるんだよ?…それにね、殺した人の分まで生きて生きて生き延びて、貴方はきっと、償わないといけないと私は思うんだ…酷い言い方かもしれないけどね」
アリシアはゆっくりとイタチに近づきながらそう語る
殺した…人の分まで生きる?
イタチはアリシアのその言葉に静かにジッと自分の掌を見つめた、
生きて人を何度も殺して、何も見出せなかった人生
そんな生き方をしてきた自分にもう一度生きてと、この少女は懇願してきた
ならば、生きなくてはいけないのか、
死んだ筈の…本当なら幼い彼女が方が生き返りたいときっと望んでいる
もう一度、生き返って母親と人生を歩んでいきたいと望んでいる筈だというのにだ…
彼女はこんな自分を生かす為に尽力してくれると言っている
この少女の純粋で無垢な願いを無下にできようか? できる訳が無い
イタチはそう悟り、告げる自分の望んだその答えを…
「…そうだな、俺も会いたい…フェイトに…」
「それじゃ!決まりだね!」
そう答えるアリシアの表情は実に明るく晴れやかなものだった
彼女はイタチの右手をいきなり掴み神殿の中にへと入ってゆく
イタチはいきなり自分の手をつかみ駆け出すアリシアの行動が理解出来ずに、彼女に引かれ連れられながら問いかける
「…何処に向かうんだ?」
「いいからいいから!」
彼女は淡々と手を引くイタチにそう答えながらドンドン奥へと進んでゆく
そうして、しばらく歩き続けた彼女はその足を止めた
同じく、イタチもまた彼女同様、連れられてきたある場所の前で足をゆっくりと、止めた
「…これは…」
イタチは某然とその場で留まったまま、あるものを見上げ呟く
それは門、彼の視界に写ったのは神殿の中に聳え立つ、とてつもなく巨大な扉であった
「…これは一体…」
「…この先にね、貴方が生きる事を望んだ人達がいる世界があるの…」
彼女は掴んでいたイタチの手をゆっくりと離し、儚げな表情を浮かべてそう語る
その時のアリシアは決して哀しそうな顔は浮かべていない、寧ろ満面の笑みを浮かべてそうイタチに告げていた
だが、イタチにはアリシアのそれがどうしようもなく寂しげに見えてしまったのだ
それはそうだ、この門をイタチが潜れば彼はここにはもう、恐らく戻って来れない、
アリシアは、またたった一人でこの場所に居なくてはならなくなるのだ
イタチはそんな彼女が不憫で仕方がなかった
だが、彼女はそんなイタチの心情を察してか左右に首を振り、その笑みを崩さないまま彼にこう告げる
優しい瞳の彼は自分の事を放って置けないとそう肌で感じて…
「…心配いらないよ…私はずっとここでお母さんをここでまってるから、」
「…しかし、君は…」
笑みを崩さずそう告げるアリシアの言葉を遮り、イタチがそう言いかけたその時だった…
アルハザードの神殿奥、巨大な門が音を立てて開き始める
イタチとアリシアが共に居れる制限時間(タイムリミット)はそこに迫っていた
「私ね…貴方にこうして会えて嬉しかった…ちょっとだけだったけど、私の事を妹って呼んでくれるお兄ちゃんに会えて…ね」
彼女は自分とイタチの一緒に居られる時間が迫っている事を察してか瞳を閉じてそう、自分の隣に立つ彼に告げる
本当に…これでいいのか?
イタチは自分が許せなくなった、また孤独の身に成ろうとしている彼女を置いて、再び、生きてフェイトの顔を見る事のできる自分自身の事を…
そして、今またあれだけ酷い仕打ちをしたフェイトにまた会いたいと願うおこがましい自分自身の事が堪らなく腹立たしかった
しかし、アリシアはその開く門に視線を向けたまま、自分の事を心の内で責めるイタチにこう告げる
「ーーーそれじゃあ、最後に一つだけ私の我儘…、聞いてくれる?」
イタチは静かな口調で自分にそう求めてくるアリシアに視線を向けた
…最後の我儘?
イタチは思わずアリシアのその言葉に疑問を浮かべる
すると、彼女はイタチに手招きし自分の側にへと近寄らせる
ーーーーそうして、刹那
「……ん!?」
イタチの首元に飛びついた彼女は彼の口元に唇を一気に近づけて、それを重ねた
彼女は力強く、飛びついた彼から振り落とされない様にイタチの服を握りしめている
そこから、イタチとアリシアの間にある時間が止まった
長い時間のアリシアがイタチに強引に行った接吻、キス
だが、不意に彼女から唇を奪われたイタチは決して、アリシアを突き放そうとはしなかった
それは、やはりこれが彼女が望んだ最後の我儘という事をやはり察したからだろう
暫く、イタチとの接吻を交わしていた彼女はゆっくりとイタチの口元から唇を離して、トン と綺麗な着地をする
そうして、人差し指で自身の唇を抑え、恥ずかしさからか赤みかかった頬に満面の笑みを浮かべて彼にこう告げる
「えへへ…私のファーストキス、イタチさんにあげちゃった…」
「アリシア…」
イタチは頬を紅くして微笑みかけてくる彼女に哀しげな表情を浮かべる
イタチに重ねたアリシアの唇の意味…
それは、彼女の自身の中で既に踏ん切りがついている事…
そして、彼女自身がもうイタチの助けを求めていない事を差していた
巨大な門から光が差し込み、イタチを包み込んでゆく
彼女はイタチの身体をポン と光が差し込む扉に向かい両手で押す
「……バイバイ、イタチ兄さん少しだけだったけど、楽しかったよ…」
「…!アリシア!」
強引に扉にへと、アリシアに不意に身体を突き飛ばされたイタチは視界を扉から差し込む光に遮られる
アリシアの姿がイタチの前から消えてゆく
必死に彼女に手を伸ばそうとするが届かない
あれ程、あんなに近くに居た筈だったのに…
『…貴方と生きて会えてたら、きっと好きになって一緒にいられたのかなーーーー』
イタチの耳に彼女の哀しい言葉が光の中に反響する様に辺りに響き渡る
生きて欲しいと望む彼女の言葉が…重かった
目の前にいた少女すら救えないのか、またあの時の様に俺は
「…何故…俺はまた…」
イタチの頬に伝う様に透明な滴が流れ落ちる
彼女を救えなかった後悔といままで自分が犯してきた罪の負い目が光の空間に放られたイタチの心を握りつぶす様に締め付ける
彼の意識はこうして手放され、また闇の中にへと堕ちてゆく
罪を犯し、大切な人間を裏切り続けた忍
彼はこうして、また混沌渦巻く世界にへと放たれる
少女が託したその命を受けて彼が辿る運命とはいったいどういった結末を迎えるのか…
万華鏡と魔法少女第二章
ーーーー…夜天に煌く月読…ーーーー
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沢山の血を流し、同じ一族を手に掛けた一人の男
彼は唯一の弟と対峙して命を散らせた。
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