No.446990 エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件42012-07-06 00:41:54 投稿 / 全6ページ 総閲覧数:3088 閲覧ユーザー数:2970 |
エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件4
登場人物紹介
エージェント佐天さん(佐天涙子):
本シリーズの主人公にしてラスボス。上琴になる為には美琴が乗り越えなくてはならない最強の敵。けれど、とあるシリーズにおいて主役を張るレベル0にレベル5は勝てない宿命を背負わされているので無茶苦茶に手強い最大の敵である。
本人はエージェント佐天さんとして学園都市の暗部に身を置いている。仕事内容は主に都市の掃除屋(スイーパー)。大体自給700円ぐらいでミッションをこなしている。
将来の夢は専業主婦として暮らしを保証してくれるお金持ちで格好良くて優しくて楽しい男性と結婚すること。最近知り合った上条当麻とはレベル0同士の友達として仲が良い。なお、その仲の良さにより佐天さんには無数の死亡フラグが立っていくことになる。
ずっと作品が続くなら……第4の事件で美琴と直接対決することになる。そこまでの道は果てしなく遠い。
御坂さん(御坂美琴):
本シリーズのメインヒロイン。ジャンルは上琴の筈だが、作者が歪んだ人間である為にそのルートは遥か遠い理想郷に存在している。原作よりは早くくっ付くと思いたい。
当麻を好きだと自覚したものの、その当麻には佐天さんという深い仲の恋人がいる。という勘違いを続けていくのがこのシリーズの彼女のポジションであり葛藤となる。従って御坂美琴が目指すのは佐天さんからの上条当麻の略奪愛になる。
作者のやる気がなくなると血の惨劇エンドに進みかねないので作品に適宜ブックマークを入れておくことをお勧めする。馬鹿なので割りと簡単に騙せる。
上条さん(上条当麻):
本シリーズの三角関係要員。ただし、恋心を本人が認めているのは 美琴→当麻 のラインだけで、当麻と佐天さんは互いをレベル0仲間の仲の良い友人と認識している。強いて言うならこのシリーズの恋愛パートは美琴の一人相撲が中核だが、それを指摘してしまうとラブコメは成立しないので目を瞑る勇気が必要である。ラブストーリーは擦れ違いと勘違いを抜くと3行でエンディングを迎えてしまうことを忘れてはならない。
上条当麻が不幸を騙る無自覚天然ジゴロであることは言うまでもない。だからいずれ刺される展開へと向かうのもまた歴史の必然か。
白井さん(白井黒子):
自ら記憶消去を施して本編火曜日以前の当麻に関する記憶を失っている。けれどそんな事実に関係なく、美琴は当麻に恋をしているので黒子の怒りは常にマックスで湧いてくれる。記憶をなくした意味は特にない。そして2人の仲を妨害しようとするので美琴に吹き飛ばされることを繰り返す。そんな役どころ。
今回の事件に関して言えば何度復活を果たしてもその度に病院に送り返されるので佐天さんに有益な情報が流れることはなく、従って類人猿に関する謎は引っ張られ続ける。状況次第で敵にも味方にもなる峰不二子的存在。
初春(初春飾利):
佐天さんの親友ポジションではあるが、佐天さん―当麻―美琴の三角関係がシリーズの中心軸になる為にあまり役回りがない。という訳で、お色気(パンツ)担当に据えてはいるものの、佐天さんは別にレズでも何でもないのでそっち方面でもあまり役割がない。いつの間にか空気ポジションになってしまいかねない最も危険な地位にいる少女。というか恋愛指数も低いので彼女のポジションに別人物が送り込まれるという噂が作者の脳内に溢れている。というか既に決定している。
頑張れ初春、それなりに。
類人猿:
黒子曰くは美琴をストーキングして苦しめている犯人であり、佐天さんの考える所の黒子と“ですのっ!”を電撃で病院送りにし、かつ当麻を追い回していた男の娘、又は男装の麗人。本事件において佐天さんが捕まえるべき人物。その正体は不明。この事件の最終話までに何らかの答えが出る。
佐天さんが捕まえた人物が類人猿であるとだけ述べておく。尚この一文の意味がよく分かる読者は拙作によく慣れ親しんだ人であると言える。分からない人は毒されていないので幸せである。
クライアント“ですのっ!”:
エージェント佐天さんに今回の美琴ストーキング事件の解決を依頼した謎の人物。髪型がツインテールで常盤台中学の制服を着ており口癖が“ですの”であること以外謎に包まれた人物。謎に包まれている。大事なことだから2回言った。佐天さんの推理に拠れば、類人猿に襲われて現在連絡が取れなくなってしまっている。
ちなみに依頼料は基本報酬が捜査4時間分で3千円。事件が長期化する場合には別途の報酬が支払われることになっている。しかし、“ですのっ!”と連絡が付かないのでそもそも基本報酬さえ払われるのかさえも怪しい。
10.初春飾利
『だから、今は、まだっ…その……ごめんなさいっ!! ごめんなさ~~いっ!!』
御坂さんは取り乱したまま公園を去り、私達を襲撃していた類人猿もいなくなって1時間が経過した。
ブランコ周囲の戦痕が見つかって公園は騒がしくなったので私は一旦自宅に戻ってきた。
「御坂さんは気が動転しちゃってるし、類人猿は容赦なく攻撃を仕掛けて来るし。本当に厄介極まりないわよね、今回の事件。はぁ」
冷たい麦茶を飲みながら今回の事件を整理してみる。
まず事件の被害者である御坂さんについて。
彼女の落ち込みぶり、動揺は私が予想していたより深刻だった。
御坂さんの先程の言葉を思い出してみる。
『違うのぉ~っ!! 私、佐天さんに嫉妬なんてしてないっ! 攻撃しようだなんて思ってないっ! 今だって、2人をお祝いしてあげようと思っただけなのぉ~~っ!!』
何が言いたいのか欠片も理解出来ない。レベル5の完璧お嬢様である御坂さんが私に嫉妬する理由なんて思い付かない。
仮に1つだけその可能性があるとすれば……。
「胸か? 胸なのか? 胸なのねっ!」
自分の胸を触りながら過去の出来事を思い出してみる。
モデルで水着になった時も一緒に銭湯に行った時も御坂さんは自分の胸の大きさを凄く気にしていた。年下である私に胸のサイズで負けていることがショックだとすれば嫉妬という単語の説明は付く。いや、それ以外に欠片も要因を思い付かない。
「つまり、御坂さんは私がレベルアッパーならぬバストアッパーでも使っているのではないかと猜疑心に囚われてしまっていると。もうそういうことにしよう。そう決めた!」
これで御坂さんの誤解を解ける糸口が見えた。私は何も不正な手段など使っていないと誠意を持って説明すればきっと分かってくれる筈。
「いや、真面目に説明するんじゃ佐天さんのキャラが泣いてしまう。ここはボーイフレンドの上条さんに揉まれて大きくなったと説明しよう(死亡フラグ)。にっひっひっひっひ」
男に対して潔癖性っぽい御坂さんがどんな反応を見せるか今から楽しみだ。まあ、どんな反応を見せても元気を取り戻してくれればそれで良いのだけど。
次に私達を攻撃して来た御坂さんのストーキング犯である類人猿について。
レベル4のテレポーター(エスパー魔美)である白井さんを2度も病院送りにしたのだから手強いことは分かっているつもりだった。
けれど、その強さの方向性というのが御坂さんを巻き込むことさえ辞さない無差別攻撃だとは思わなかった。恐らく白井さんは御坂さんや周囲の人が気になって全力で戦えなかったのではないかと思う。
「姿は表さないし本当に汚い奴よねえ。はぁ」
電撃はゴム手袋で十分弾けたことからも能力者としては大した使い手ではないのかも知れない。そう、類人猿はその名前に似合わずに頭を駆使して心理戦で相手を追い詰めるタイプの敵なのだ。
「となると……御坂さんの行方がやっぱり気になるなあ」
走り去っていく御坂さんの背中に拒絶を感じ取った私は彼女を追えなかった。
今、彼女はどこにいるのだろう?
類人猿の術中に嵌っているに違いない御坂さんはまた厳しい局面に立たされているのではないだろうか?
「こんな難事件、依頼料基本3千円じゃ割に合わないっての……はぁ」
そんな嫌な予感に駆られているその時だった。初春から電話が掛かって来たのは。
「はいは~い。どうしたの~?」
御坂さんを一刻も早く探しに行かないと思っているのでちょっと面倒だなと思いながら電話に出る。どうでも良い世間話だったらすぐに切ろうと思いながら。
『実は今、うちに御坂さんが来ているんですよ』
「えっ? ええぇえええええぇっ!?」
初春の言葉に驚かされた。私の探そうとしていた渦中の人物がまさか初春の家にいるだなんて。
「それで、今御坂さんはどうしてるの?」
緊張しながら尋ねる。
「それが……」
初春は本人に聞かれてはマズいとばかりに小声になった。
『御坂さん、何か様子がおかしいんです。うちに来た時から凄く落ち込んでいて何も話してくれなくて今にも泣き出しそうな感じで……って、今まさに泣いちゃってますよぉ』
小声で取り乱す初春。事情を知らないらしい初春にどこまで話すべきだろうか?
話せば初春が巻き込まれる可能性が高まる。…………って、しまったぁっ!
「初春っ! 今すぐ御坂さんを連れて逃げてぇええええぇっ!」
類人猿に初春が御坂さん共々襲われるかも知れないっ!
「へっ? 何で私が御坂さんと逃げないといけないんですか?」
頭にお花が咲いている初春に私の危機感が感じ取れる筈はなかった。いつも定温であったかい子だし仕方ない。
だから代わりに私が初春の元に駆けつけて2人を救おうと思った。けれど私の状況判断もまた遅過ぎたのだった……。
「あの、佐天さん? 何で私達が逃げないといけな……えっ? 何で、あなたがここに?ええぇ? きゃぁああああああああぁあああああああぁっ!!!」
バチバチッという電気の爆ぜる音が聞こえ、一瞬後に初春の断末魔の悲鳴が聞こえた。
「初春っ!! 初春ぅううううううううううううぅっ!」
親友の名を何度も大声で叫ぶ。けれど、受話器から親友の声が返ってくることはなかった。
当たり前だ。初春はもう……なのだから。先程の断末魔の悲鳴はそれを端的に物語るものだった。
「う~~い~~~~は~~~~~~る~~~~~~~~~っ!!」
目に涙を溜めながら窓の外を見上げる。白井さん、“ですのっ!”と並んで中央の初春が笑顔で私を優しく見守ってくれていた。
「初春は死んだ……もういない」
一番の親友が死んでしまった。でも、今の私にその悲しみに押し潰されて泣き明かしている暇はない。
「絶対捕まえてやるんだからね、類人猿っ!!」
犯人に対してかつてない怒りを感じる。自分が襲撃された時よりも激しい怒りを。
「なるほど。これが穏やかなる心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説のエージェント。スーパーエージェント佐天さん爆誕ということねっ!」
初春の死は私を一段高みへと上り詰めさせてくれた。この事件、彼女の仇討ちの為にも絶対に解決してみせる。
そして、スーパーエージェント佐天さんと化した私はそれ相応の行動を取ることにした。
「あっ、上条さんですか。どうも佐天さんです。あの、先程連絡もらいました会って話がしたいという件なんですけど、今から会えますでしょうか?」
即ち、他力本願を。
私は上条さんと待ち合わせて事件を解決することを決めた。
11.おとり捜査
「上条さ~ん。待ちましたか?」
「いや。俺も今来た所だから待ってないよ」
恋人っぽいやり取りをしながら上条さんの元へと駆け寄る。
今回の待ち合わせ場所は上条さんの家の近くの公園にした。うちの近くの公園は今アンチスキルがうろうろしているので待ち合わせ場所にするのはよろしくない。
「じゃあ、出会い頭のチューでもいっときますか?」
「いや、ナイーヴな上条さんには恋人ゴッコでそこまで付き合える神経の太さは持ち合わせてございません」
上条さんは首を横に振って私の提案を丁重に断った。
ちなみに待ち合わせ時の恋人っぽいやり取りを主張したのは私。一度で良いから漫画っぽいシチュを実際に味わってみたかった。
だけど漫画シチュを楽しむのもここまでだった。ここから先は過酷な事件との向き合いが待っていた。
「で、電話で聞く限りかなり状況がまずくなっているみたいだけど?」
上条さんの表情がキリッと引き締まった。頼りなさそうな表情が一転。目なんか戦士って感じがするほどに強い力を宿している。端的に言えば男らしくて凄く格好良い表情になった。
「はい。実は今から2時間ほど前、ストーキングの被害を受けている子と一緒にいた所を犯人から襲撃を受けました」
「襲撃だとっ!?」
上条さんが私の顔を覗き込みながら両肩を掴んで来た。
その初めての体験にビクッと身体が震える。
こういうスキンシップを平然としちゃうとは……上条さん、なかなかやりますね。
佐天さん、不覚にもちょっとドキドキしちゃいましたよ。
「それで、佐天さんは大丈夫だったのか? 怪我はないのか?」
「は、はい。襲撃の備えはしていたので怪我もなく追い払うことには成功しました」
口説かれているような錯覚に陥りながら必死に答える。
「そうか。佐天さんが無事で良かった」
爽やかな笑みを浮かべる上条さん。キラキラと顔全体が光って見える。
やっぱりこの人……天然ジゴロだ。
スーパーエージェントと化した佐天さんでなければコロッと勘違いしてしまっていたかも知れない。
「でも、敵は見えない位置から撹乱するように多数の電撃を撃って来たので襲撃犯の正体を掴むことは出来ませんでした」
「そうか。……でも、無事が一番大切だからな。犯人検挙は二の次だ」
上条さんは笑顔を重ねた。
「はっ、はい……っ」
上条さんの顔を見ているとどうしても頬が赤くなってしまう。
この人は女の子の心を掴む仕草に長けている。こんな爽やかスマイルを見せられたら、スーパーエージェントである私や御坂さんにしか興味がない白井さん、そしてゲコタが大好きで男の子には興味がなさそうな御坂さん以外はみんな落ちてしまいそうだ。
最初出会った時に感じた女っ気なしという認識は誤りだったと認めざるを得ない。この人には絶対にもう彼女がいる。下手すりゃ子供もいる!
けれど彼女持ちだと思うと変な勘違いをせずに済むので気軽に接することが出来る。
今の私にとって重要なのは初春の仇を検挙することだ。そう、今はもう空のお星様になってしまった初春の仇を……。
「類人猿は次のターゲットに私のクラスメイトの親友を狙ったんです。そして、類人猿の卑劣な奇襲を受けた親友はっ、親友は……うううっ」
喉が詰まり言葉にならない。
人に話すことで初春がもういなくなってしまったことを実感する。すると、先程までは流れなかった涙が両の目から溢れ出す。
「そうか。もう、話さなくて良いよ……そんな辛いことを話さなくて良いから」
上条さんが私を抱き寄せる。
「うっうっうっ……」
私は上条さんの胸に顔を埋め、スカートを捲って過ごした親友との楽しかったパンツ・デイズを思い出しながら泣いた。
「許せねえな。その類人猿って奴はよおっ!」
私がひとしきり泣いて顔を離すと上条さんは怒りに満ち満ちた表情をしていた。上条さんは他人の為に本気で怒れる人なんだと思った。
「そうなんです。絶対に、捕まえてやりたいんですっ!」
上条さんの怒りに同意する。
「その為の策を俺も用意したんだぜ」
上条さんは不敵な表情を浮かべながらニヤッと笑った。
「策、ですか?」
「そうだ。これが俺の準備した策の正体さ」
そう言って上条さんがスポーツバッグから取り出したもの。それは──
「これって、常盤台の制服じゃないですか?」
御坂さんや白井さんで見慣れた常盤台の制服だった。
「そうだ。これから佐天さんにやってもらいたいこと。それは……おとり捜査だ」
「えぇええええええええぇっ!?」
上条さんの提案はとても刺激的なものだった。
「あの、それはつまり、私がこの制服を着て犯人をおびき出すということでしょうか?」
上条さんから渡された制服を見ながら確認する。
「ああ、そうだよ」
上条さんは力強く頷いた。
「俺にこの制服を貸してくれた変態な友人の話によると、常盤台中学に通う子に対するストーキングの類の事件は残念ながら日常茶飯事的に起きているらしい」
「そうなんですか……」
むしろこの制服を貸してくれたという変態な友人さんもアウトだと思います。何で男子高校生が女子中学生の制服持ってるんですか?
「そいつによるとストーキング犯の形態や目的は様々なんだが、常盤台中学のブランドに惹かれたのが犯行動機であることはほぼ一致している。だから犯人はその象徴である制服に強い執着を示す場合が多い」
「常盤台中学のブランド……っ」
自分にも初春にもよく覚えがある話だった。
初春は常盤台を訪れる度にミーハー心丸出しだし、私は高位能力者のお嬢様の集まる学校ということで当初強い反発を抱いていた。常盤台という名前は私達の心の平衡をおかしくする魔力を持ったブランドなのだ。
「だから、佐天さんがその制服を着て歩けば犯人の執着心を煽って誘き寄せられる可能性が……高まると思う」
最後はちょっと自信なさそうに上条さんは締め括った。
「確かに類人猿は同じ子を2度襲ったりする執着心の強いタイプ。なので私がこの制服を着れば煽り効果は充分かも知れません。ただ…」
「ただ?」
上条さんの顔を覗き込む。
「常盤台の制服を着て煽るような行動を取っていると、類人猿以外のストーカーも招来しちゃうんじゃないかという不安が……」
常盤台ストーカーに類人猿が紛れられてしまうと事態が尚更混乱するような気が。
「それなら大丈夫。佐天さんに群がるストーカーは類人猿も他の奴もまとめてそげぶしてやるから心配すんなって」
上条さんは頼もしい表情で笑ってみせた。
“そげぶ”って一体何なのかよく分からない。けれど、上条さんが自信満々なのは確か。
レベル0と言っていたけど、黒妻さんみたいに肉弾戦に強い人なのかも知れない。
「個人的には、この制服を着て常盤台のお嬢様のフリをしていた時に嫌な思い出があるのであんまり着たくないんですけど……」
かつて常盤台の制服を着て喫茶店にいた所を重福さんにスタンガンで襲われて昏倒。気絶している間に消えないマジックで太眉毛にされたことがある。
重福さんとはその後仲良しになって和解した。けれど、あの時の思い出は苦過ぎる。私のあだ名はしばらく眉毛、または両さんになったぐらいだし……。
幾ら男の子との交際経験がある重福さんがリタイアした初春に代わってレギュラーメンバー入りするような予感(伏線)がしても、あの悲しい記憶自体は消せない。
「大丈夫。俺は佐天さんとその周りの世界を守るから」
上条さんは私の瞳を見つめ込みながら真顔で言った。とても真剣な表情だった。
「……上条さん。そんな女の子を勘違いさせるような言葉を真顔で吐いちゃ駄目ですよ」
溜め息を吐きながら答える。
「勘違いさせるって、俺は本当に佐天さんを命がけで守るつもりなんだが?」
上条さんは目を丸くしてキョトンとしてみせた。
「だからそういう台詞は一生を共にしたいと心に決めた女の子にだけ言ってあげないと駄目ですよ。プロポーズされたんだと勘違いしちゃう女の子が出ちゃいますよ」
「そうなのかぁ? う~ん。難しいなあ」
上条さんは腕を組みながら考え込んだ。
「じゃあ、とりあえず佐天さん以外にはもう言わない方向で」
上条さんはパッと顔を輝かせながら名案とばかりに言った。勿論、そんな回答が名案な訳がない。
「とりあえずって何ですか? 私はキープか何かですか? 上条さんは女の子を何だと思ってるんですか?」
「いや、決してそんなつもりじゃ……」
再び萎縮する上条さん。
「はぁ。上条さんは本当に女心ってもんが分かっていませんね」
「まあ、それはそうなんだけど……」
何となくだけどこの人のことが分かった気がする。
この人は時々凄く格好良い。その格好良さは女の子を勘違いさせる。自分のことを本気で好きなんだって錯覚を覚えさせてしまう。
でも上条さんは女の子の気持ちに鈍感で、おまけにデリカシーにも欠けている。結果だけ見れば恋愛感情なしでプロポーズ以上の破壊力を持つ言葉を素で投げ掛けてしまう。
そんな人物のことを世間一般では結婚詐欺師と呼ぶ。
「上条さんに惚れちゃった女の子は嫉妬と自己嫌悪に激しく悩まされて大変でしょうね」
「いや、だから俺に惚れてる女の子なんて1人もいないってばっ!」
上条さんは焦りながら必死に私の言葉を否定する。でも、きっと今までこの格好良さにコロッと騙された女の子は沢山いるに違いなかった。
「まあでも、しばらくは私も上条さんの結婚詐欺に引っ掛かったことにしておきます。何たってこれから類人猿との決戦で私を命がけで守ってくれるナイト様の言葉ですからね」
「おっ、おう。守ることなら任せておけ。学園都市第1位だってそげぶしたこの拳で君を守ってみせるよ」
上条さんが右腕で力こぶを作って誓ってみせてくれた。
「頼りにしてますよ、私のナイト様」
結婚詐欺師で情けない所もあるけれど上条さんの言葉は私にとても大きな勇気をくれた。
類人猿にも勝てそうな、そんな興奮が体の内側から溢れて来た。
幕間5.とある少女とテレビアニメ
頭から花を咲かせている少女は突然の来客に戸惑っていた。
正確にはその来客があまりにも暗く陰鬱な雰囲気を身に纏っていることに驚いていた。
その様子は花少女が知る少女の姿とはあまりにもかけ離れたものだった。
「あの……一体、何があったのでしょうか?」
部屋に上がって来た少女は一言も発しない。挨拶の声さえなかった。そんなこと、礼儀を十分に弁えている普段の少女からは考えられない無作法な態度だった。
少女は部屋の隅に体育座りの姿勢で自分の腿に顔を埋めて沈黙し続けている。花少女はそんな少女に対してどう接するべきなのか分からない。
何が起こったのか聞こうにも少女は口を割る気配がまるで見えない。仕方なく事情を聞くことを諦める。
「え~と。テレビでも見ますか?」
花少女はテレビでも見て気を紛らわせれば少女の気分が少しは持ち直すのではないかと考えた。
テレビのリモコンを握ってスイッチをオンにする。
『この物語はみなみ家三姉妹の平凡な日常を淡々と描く物です。過度な期待はしないで下さい。後、部屋を明るくしてテレビから3mは離れて見やがって下さい』
「あっ、みなみけ放送していますよ。私、吉野ちゃんが大好きなんですよ。声がとってもキュートで。春香さんもすっごい美声ですよね。お姉さんって感じがして」
必死に明るく話し掛ける。けれど、少女からは何の反応も返って来ない。
花少女は諦めてお茶の支度をすることにした。
「どうぞ。私が厳選してブレンドした特製のお茶なんですよ♪」
ニッコリと微笑み癒し系キャラの本領を発揮しながら特製茶を少女に差し出す。
陰鬱な心を吹き飛ばしてくれる効能を持つ花少女渾身の一品。しかし──
「………………っ」
少女は口にするどころか見ようともしない。少女が抱えてしまっている心の闇はとても深いものだった。
花少女は少女にお茶を飲んでもらうことを諦めた。
けれど、諦めた瞬間にやることがなくなった。というか、部屋の雰囲気がより一層重くなったように感じた。
それは花少女にとって堪えられるものではなかった。
台所の隅へと退避した花少女は泣きそうな表情で携帯を手に取った。
「佐天さ~ん。助けて下さ~いっ」
花少女は悲鳴にも似た声で友の名を呼んで電話を掛けた。
『はいは~い。どうしたの~?』
幸いにして電話はすぐに繋がった。休日にだらけていることに掛けては右に出る者はいないと言われるグータラな友だったが、今日は日曜日の午前中から目を覚ましていた。
とあるアニメで命を賭ける勝負をする為に早起きしていると言っていたことを思い出しながら用件を切り出す。
「実は今、うちに御坂さんが来ているんですよ」
『えっ? ええぇえええええぇっ!?』
友は少女の事情について色々知っていそうだった。だから色々聞こうと思った。
けれど、事態は花少女の予想よりも急速に、そして風雲急を告げる事態へと移行していった。
「御坂さん、何か様子がおかしいんです。うちに来た時から凄く落ち込んでいて何も話してくれなくて今にも泣き出しそうな感じで……って、今まさに泣いちゃってますよぉ」
先程まで俯いていた少女が顔を上げる。その瞳は涙で濡れていた。その瞳はテレビに向けられている気もするが、突然の事態に花少女はどうして良いのか分からない。
テレビ画面には礼儀正しくて、でも卑屈な眼鏡少年が映っている。
「…………私は冬樹と同じで要らない子、なんだ。いない方が……良いんだ」
少女が小さく何かを呟いた気がするが花少女にはよく聞こえない。少女への対応に困惑している所に受話器を通して更なる困惑情報がもたらされる。
『初春っ! 今すぐ御坂さんを連れて逃げてぇええええぇっ!』
友から切羽詰った声で少女を連れて逃げるように要請された。
「へっ? 何で私が御坂さんと逃げないといけないんですか?」
花少女には何が何だか分からない。事情を知っているらしい友からは何の具体的な説明もない。
逃げろと言われてもどこへ逃げれば良いのか、誰から逃げれば良いのかも分からない。
そして花少女が判断をこまねいている間に事態は最悪な方へと流れた。
「あの、佐天さん? 何で私達が逃げないといけな……えっ?」
花少女の前に突如ツインテール少女が現れたのだ。
「何で、あなたがここに?」
ツインテール少女はテレポート能力を有しており、鍵の掛かった室内にも入ってくることはできる。それはジャッジメントのパートナーである花少女もよく知っている。
けれど、それでも花少女はツインテール少女を見て驚かざるを得なかった。
「ええぇ?」
ツインテール少女の全身が包帯まみれだったのだから。彼女が半死半生の身で病院に運ばれたことは知っていたが、ここまで状態が悪いとは思わなかった。
というか、そんな重傷の身で病院を抜け出して来るなと心の中でツッコミを入れた。
そして、この時になってようやく合点がいった。
友が自分に逃げろと言ったその言葉の意味に。
けれどその意味を悟った時にはもう遅過ぎた。玄関の扉は花少女にとってあまりにも遠い所にある存在だった。
「お姉さまぁあああああぁっ!! お姉さまの失恋の痛み、わたくしがこの全身を使ってうっとりねっとりぬちょぬちょに癒して差し上げますわぁああああああああああぁっ!」
ツインテール少女が少女に向かってルパンダイヴを敢行する。花少女と少女を真っ直ぐに結ぶ中間線上で。
「誰が失恋したってのよっ!!」
花少女がどれだけ話し掛けても何の反応も示さなかった少女が眼を剥いて怒っていた。
そしてその全身からは直視出来ないほどの眩い電流が迸っていた。
その光景を見た瞬間に花少女は全てを理解した。これから自分を待ち受けている運命も全て。
「私は……断じて振られてなんかないんだからぁあああああああああぁっ!!」
部屋全体が真っ白な光に包まれ、花少女自身もまた光の中へと消えていく。
そんな中、花少女が考えたこと。
恋愛相談ならちゃんと言ってくれれば良いのに。でも、私、恋愛経験ないし、恋愛指数も低いから頼りにされていないのかなあ?
そんなことを考えながら白い光に含まれた電気に全身を貫かれる。
「きゃぁああああああああぁあああああああぁっ!!!」
少女の全身から力が抜けて崩れ落ちる。
まさかこれで私の出番は終わりじゃありませんよね? 私、レギュラーですよね?
そんな危惧を覚えながら花少女は意識を手放した。
『\アッカリ~ン/』
最後にとても不吉な幻聴を聞きながら……。
12.誘き寄せ
私は公園のトイレで常盤台の制服に着替え直し、類人猿を誘き寄せることにした。
「おお~。よく似合ってるな。本物の常盤台のお嬢様みたいだ」
トイレから出て来た私を上条さんは拍手で出迎えてくれた。
「私がお嬢様みたいなんじゃなくて、この服が人をお嬢様に見せてくれるんですよ」
誉められて悪い気はしない。けれど、相手は勘違いさせる天才結婚詐欺師上条さんだ。素直に受け取ることも出来ない。
「いやいや。上条さんは実直で知られる紳士ですから嘘は言いませんよ」
「それはど~もありがとうございます」
「うっわ。信用されてねえ。俺、傷付いちゃいますよ……」
おざなりの返事をする。
でも、重福さんの事件からも分かるようにこの制服はそれだけで人の想いを増幅させてしまう厄介な魔力を秘めているのは確か。
上条さんの私を見る目も変わっているのかも知れない。常盤台のお嬢様達は毎日この魔力と向き合わなければならないのだから大変だ。
「じゃあ、私はこの辺を適当にブラブラしてますから」
「ああっ、ストーカーが近付いてきたら全力でそげぶしてやるさ」
上条さんは茂みの中に隠れ、私は散歩しているかのように公園内を歩き出す。
で、おとり捜査が始まった訳なんだけど……
「全然っ、姿を見せて来ませんね……」
「随時佐天さんを見張っている訳でもなさそうだな」
30分間公園内をグルグルと回ったけれど類人猿は一切仕掛けて来ない。今はまた御坂さんや他のターゲットを狙っているようだった。
「一回捜査を中断して、昼飯にでもすっか」
茂みの中から出て来た上条さんが昼食を提案した。
「男性からの食事のお誘い。これは奢りと考えてよろしいでしょうか?」
フッフッフと笑いながら問い掛ける。
「上条さんに奢る様な金銭的余裕がないことは同じレベル0仲間の佐天さんが一番良くご存知なんじゃないでしょうか?」
上条さんは聖人君子のような悟りの境地の表情で述べた。澄んだ瞳澄んだ表情、煌めく白い歯。
でも、私には分かる。上条さんは心の中で泣いているのだと。男のプライドさえも発揮できない現状に心の中で泣いているのだと。
「冗談ですよ。事件解決の為に協力して頂いているのは私の方です。だから、今日の昼食代ぐらいは私が出しますよ」
クライアントに昼食代は必要経費として別途支払ってもらえるか後で聞いてみよう。
って、“ですのっ!”に聞くことはもう不可能か。っていうか、もしかするとこの件はただ働きなの!?
…………ハァ。まあ、一度口にしてしまったことだ。佐天さんの意地をみせてやる!
「いや、男子高校生が女子中学生に奢ってもらうのはさすがにプライドが…。しかも、相手が常盤台のお嬢様とかならともかく、同じく金欠に喘ぐ女の子からの奢りというのは…」
上条さんは男子高校生のプライドを口にした。でも、その程度の遠慮は当然想定済み。
「昼食はヤックでキュアハッピーセットに限定します。おまけのおもちゃは後で学園都市秘密ネットオークションに出品します」
「売れるのか、おまけ?」
「おまけが可愛いものだった場合、常盤台中学のID:ゲコタという方が高値で買ってくれることが多々あります。おまけ2つなら余裕で元が取れると思います」
「ID:ゲコタが誰なのか深入りするつもりはないがカラクリはよく分かった。素直に奢られることにしよう」
上条さんは冷や汗を垂らしながら私の話に納得した。私は損をしない。むしろ奢った方が得をする。そう提案すれば上条さんも断る筈がなかった。
後は御坂さ……おっと、ID:ゲコタさんが精神的に復活してくれればネットオークションで一儲け出来るのだけど……まあ、それは私と上条さんの働き次第に掛かっている。
「じゃあ、出掛けましょうか」
「そうだな」
という訳で私達はファーストフード店へと足を向けたのだった。
食事は無事に終了し、猫の可愛いおまけもゲットした。後は御坂さんの精神的回復を待ってオークションに出品すれば良いだけ。食費のことは何とかなるだろう。
で、残る大問題は……。
「昼食も終わったし、残るはどうやって類人猿を誘き出すかですよね」
「佐天さんがただ制服を着て歩いているだけじゃストーカーは釣れないっぽいしなあ」
2人して頭を捻る。けれど、幾ら考えても答えは出ない。
で、気分転換にちょっと店内をグルッと見回してみた。
沢山の学生達が私達を注目しているのが見えた。私と目が合うとみんなサッと視線を外していく。私達を注視していたのが丸分かりな態度だった。
「何か私達、すっごく注目を浴びてませんか?」
「そりゃあ、常盤台の制服を着たお嬢様が冴えない学校の男子学生と一緒に飯を食ってりゃ気になるんじゃねえのか」
上条さんはあまり興味なさそうに答えた。
「つまり、私達は釣り合いの悪いカップルに見えているからみんなの注目を集めてしまっていると」
「まあ、端的に言えばそうだろうな。俺が常盤台の子といるといっつもこんな視線が付きまとう。興味本位で見てる連中には面白ければ事実がどうとか関係ないんだろうな」
上条さんの言葉を聞いてパッと名案が浮かび上がった。
「そうかあ。そうですよっ! 答えはカップルですっ!」
「カップルぅ!?」
首を傾げる上条さんに対して私は力強く頷き返した。
「なあ、本当にやるのか?」
店を出た上条さんは酷く緊張した面持ちだった。額からは脂汗が流れ出ている。
「勿論です。類人猿を誘き寄せるのに最適な方法だと私は確信していますから」
自信満々に答える。頬をかなり赤く染めながら。
そして、上条さんの左腕をガッチリ両腕でホールドしながら。
「けど、カップルのふりをするというのはちょっと……」
「さっきの店内の様子を思い出して下さい。カップルだと思われると注目を浴びる割合がグっと増えるじゃないですか。それはつまり、類人猿の目に留まる確率もグンっと増えるってことですよっ!」
恥ずかしさを堪えて大声で作戦の趣旨を説明し直す。そう。私達はカップルのフリをして類人猿を誘き寄せようというのだ。
こちらからより目立つように動いていれば我慢出来ずに炙り出される筈だ。
「けど、佐天さんは恥ずかしくないのか? 男と腕組んで歩くんだぞっ」
「恥ずかしいに決まってます。でも、友人達がこうしている間にも類人猿の被害に遭っているかも知れないと思うと……こんな恥ずかしさぐらい何でもありません!」
“ですのっ!”、白井さん、初春と既に3人の犠牲者が出ているのだ。これ以上の犠牲者が出ない為には私が恥ずかしさに堪えるしかない。
「学校の友達に見られたらどうするんだ? 噂されっぞ」
「噂したいのならさせれば良いんです。高校生の彼氏がいるんだぞって居直ってやりますから。佐天さんを舐めないで下さいっ!」
はっはっはと強がって笑ってみせる。バレたら頭の痛い事態に陥るだろうけど、その時はその時だ。佐天さんは今やるべきことを全力で取り組むのみ!
「上条さんこそ良いんですか? 私と腕組んでいる所を彼女さんに見られたら本気でブスッて刺されますよ」
「だから上条さんにはそんな子いないって何度も言ってるでしょ」
「じゃあ、お互いに何の問題もありませんね。では、カップル作戦を始めますよっ!」
「おっ、おう……」
上条さんは小さく頷いた。最大限に顔を赤くしながら。
女は度胸っ!
上条さんの腕を引っ張りながら勇ましく歩き出す。
顔が真っ赤になっているとか、グイグイ引っ張り過ぎてちっともカップルらしくないとかこの際気にしない。
チグハグの方がより多くの人の注目を集められるのだから。アグレッシブな私と消極的で大人しい上条さんがまた良い対比になっている筈だ。
「……あの、佐天さん?」
上条さんは顔を真っ赤に染めながら話し掛けてきた。
「何ですか?」
「……その、そんなにグイグイ引っ張られますとですね……先程から左腕にですね……胸がギュッと当たってですね……いや、だから、セクハラじゃありませんよっ! 柔らかい感触に上条さん大感動なんて思ってませんからねっ!」
上条さんは目を瞑りながら大声で叫んだ。
「ラッキースケベだと思って諦めて下さい」
今この瞬間に立ち止まって仕切り直しに入ったら私は恥ずかしさで死ぬ。
スーパーエージェント佐天さんはその任務を達することも、初春達の仇を討つこともなく恥ずかしさで悶死してしまう。
「という訳で止まらずにいきますからね」
「……はい」
上条さんは諦めて付いて来るようになった。いや、でもこれ、より恥ずかしいのは私の方だよね?
上条さんとカップル歩きを始めてからおよそ1時間が経過した。
「私達……無茶苦茶注目を浴びてますよね」
「ああ。およそ考えれる限り、ほとんどの通行人が振り返っているからな」
私と上条さんの偽装カップルは街中で人々の注目を浴びることに成功していた。
途中、恥ずかしさが頂点を越えてしまい2人で組み体操なんか始めちゃったりもしたから余計人の目に触れた。
途中から大道芸人カップルという奇異な眼差しで見られてもいる気がするけれどもドンマイだ。
とにかく注目を浴びることにはこれ以上ないぐらいに成功した。でも、でもだ……。
「現れませんね、類人猿」
肝心の類人猿が私達に仕掛けて来ることはなかった。
「う~ん。既にマークされてて人前では手を出して来ないのか。それとも、純粋にまだ俺達を発見出来ていないのか……」
上条さんの腿の上に乗ってサボテンのポーズを取りながら現状を分析する。背筋をまっすぐに伸ばしながら、体全体を可能な限り前傾させるのが美しく見せるポイント。
無茶苦茶視線を浴びまくっているけれど、電撃を放とうとしている人はいない。代わりに携帯カメラのシャッター音がうるさい。
もうこの際、恥は一切忘れる。忘れないと生き残れない。
「後者だとした場合、類人猿は自宅やらどこか室内にいる可能性もあるんですよね」
上条さんの膝から降りる。
「家に篭っている奴に俺らの存在を知らせようとするならインターネット、或いは……」
上条さんは振り返りながら頭上の巨大スクリーンを見上げた。
『こちら学園都市TVです。本日は市の新たな人気スポット、女子学生に人気の姫路瑞希’s喫茶を訪れています。こちらのお店では今濃硫酸入りクリームソーダが空前の人気となっています』
巨大スクリーンにはここからすぐ近所の喫茶店の様子が映されている。画面の右上にはLIVEの文字。
上条さんの考えは説明されなくとも分かった。
「本当に良いんですか? 下手すれば上条さんの社会的生命は本気で終わりますよ?」
「ここまで派手にやらかして、今更何を怖がるってんだ?」
上条さんは戦士の瞳で語った。覚悟を決めた男の目だった。スーパーエージェントでなければ惚れてしまいそうな凛々しい表情。
「佐天さんこそ良いのか? 実行すれば……明日以降、学校でどんな扱いされるか分かったもんじゃないぞ」
「類人猿を倒さなければ私に明日などありません。ミッションを完遂し明日を迎えられたら明日のことはまた考えますよ」
私は上条さんと同じ戦士の瞳をしているだろうか?
それだけが気になった。
「よっしゃあっ! じゃあ行くぜ、佐天さんっ!!」
「アイアイサー。上条さんっ!」
妙にテンション上がった私達は腕を組んだ状態でテレビに映っている喫茶店に向かって全力ダッシュを開始した。
多分世間一般では私達のことを馬鹿とかアホって呼ぶのだと思う。でも、その時の私達はもうそんなことさえも関係なくなっていた。
そう、同じ馬鹿なら踊らにゃソンソンなのだ。
その行為が後にとても厄介な事態を引き起こすことになるのだが、テンパっていた私達にはそこまで考えが回らなかった。
幕間6.とある少女とテレビ報道
「あれ? 私まだ……生きてる?」
花少女は目を覚ました自分に驚いていた。
少女の高圧電流を受けて完璧に死んだと思っていた。
けれど、生きていた。
それは花少女にとってこの上ない喜びだった。
多分、鏡で自分の姿を見た瞬間にその喜びは消し飛ぶに違いなかったが。
とにかく花少女はせっかく生き延びたこの生を満喫しようと思った。
「そう言えばお二人はどうしたんでしょうかね?」
立ち上がり電撃を放った少女と電撃を浴びたツインテール少女がどうなったのかを確かめて見る。
「…………うっ。酷い……」
黒こげアフロヘアになって凄惨な状態で倒れているツインテール少女から目を逸らす。
この少女以外なら確実に死んでいる。けれどこの少女だからきっと生きているのだろうなあと密かに思いながら。
それよりも気になるのは電撃を放った少女の方だった。
広くない室内で少女を探す。少女は壁に寄り掛かりながら立っていた。目を瞑りブツブツと何かを唱えながら。
「……昨日、今日私が見たもの、聞いたものはきっと全部何かの間違いなのよ。きっとそうよ。そうに違いないわ。そうに決まってるのよ。そうじゃなきゃ……そうじゃなきゃ!」
花少女には少女に何が起きたのか分からない。声を掛けても全く無反応だった極度の落ち込み状態にいた少女が、今度は何か苛立った雰囲気を纏いながら呟いている。
そのどちらも花少女の知らない少女の姿だった。花少女の知る少女は自分と同年代とは思えないほど理知的で清楚で大人っぽい雰囲気に包まれた本物のお嬢様だったのだから。
「えっと……」
花少女は声を掛けようとした所で思い止まった。
以前とある事件の犯人に関して検索した時に得た情報を思い出したからだった。
その情報とは躁鬱の差が激しい者の場合には特に躁状態時に気を付けなければならないというもの。その理由は下手に刺激してしまうと内側に鬱屈した心を自傷、他傷を問わず傷害という形で発散しかねないからだった。
花少女の頭には今の少女の状態が上記のそれに該当するのではないかという不安が過ぎった。少女に声を掛けるべきか躊躇してその場に突っ立っていた。
声を掛けないこと自体は正解だった。けれど、それだけでは最善の回答とは言えなかった。もっと言えば赤点でしかなかった。
花少女は自分が何故気絶して長時間倒れることになったのか。その原因と対策をもっと真剣に練るべきだった。
花少女にとっての唯一の正解は、少女に気付かれないように屋外に退避することだった。
その選択肢が選べなかった時点で花少女の運命は既に決まってしまっていた……。
『こちら学園都市TVです。本日は市の新たな人気スポット、女子学生に人気の姫路瑞希’s喫茶を訪れています。こちらのお店では今濃硫酸入りクリームソーダが空前の人気となっています』
壊れていなかったテレビが花少女の自宅の近くにある喫茶店の映像を映し出している。
花少女は少女に声を掛けることも出来ず、さりとて何かする訳でもなくただ何となくテレビ画面を見ながら時間を消費していた。
そして……運命の瞬間は訪れてしまった。
「えっ?」
画面を見ていた花少女から思わず驚きの声が漏れ出た。
『このお店、濃硫酸と硝酸カリウムとクロロ酢酸入りの肉じゃがが大人気らしいですよ』
『へぇ。それは舌どころか色々なものがトロけちゃいそうな肉じゃがだな』
店内に入って来た腕を組んだ熱烈カップルを見て花少女の目は点になった。
「佐天……さん? そのツンツン頭の男の人は一体? ていうか、何で常盤台の制服?」
画面に映っていたのは間違いなく花少女の友だった。けれど、それ以外については訳が分からなかった。
友はいつの間に自分の知らない年上風の男性と付き合うようになったのか?
何故友が常盤台の制服を着ているのか?
テレビ撮影中であることが外からも分かるであろう店内にわざわざ入って来たのか?
全てが謎だった。
けれどこれが良くない展開。というか、死亡フラグになっていることだけは何となく分かった。
「私は……ここで死ぬんですね……」
小さな声で呟く。
そして自身に死をもたらすのであろう2人のやり取りを耳に入れておくことにした。
何故自分が死ななければならないのか。その理由ぐらいせめて知りたいと願った。それが人間としての最後の望みだった。
「おっ、お姉さまぁあああああああああああぁっ!!」
奇跡的というか案の定というかツインテール少女が生き返った。非常に便利な存在だった。きっと今後もそういう役回りなんだろうなあと花少女はちょっと羨ましく思った。
「今のテレビ映像をご覧になっておりますわねぇええええええええぇっ!」
少女の両肩を掴んでグワングワン揺らしながらやたら興奮している。対する少女はテレビ画面を見ながら何の反応も示さない。というか固まっている。
「佐天さんはあの上条当麻と男女交際なさっておるのですわぁああああああああぁっ!」
ツインテール少女は大絶叫している。
「2人はカップルっ!! それも腕を組んでテレビカメラの前に現れても恥ずかしくないぐらいの熱愛ぶりっ! これはもう、佐天さんのお腹には2人の愛の結晶がいるに違いありませんわっ! 妊娠3ヶ月目ですのぉおおおおおおぉっ!!」
愛の結晶と聞いて少女の全身がビクッと震え上がった。
「親友の幸せはわたくし達の幸せっ! さあ、わたくし達は佐天さんと上条当麻の男女交際を諸手を挙げてお祝いしましょうっ! わたくしはこの身命を懸けて2人の交際を応援いたしますわ~~っ!! 上条×佐天万歳ッ!!」
ツインテール少女の大興奮ぶりに何となく構図と自身の死の原因が見えた気がした。
「そう……」
俯いたままの少女がコインを空中に向かってトスするのが見えた。自分の考えは間違っていなかったと花少女は予測的中を誇らしく思った。人生の最後で大発見をした。
「これが冥土の土産ってやつなんですね」
上手いことを言ったと自分に笑みが毀れる。
一方、目の前の少女は右手の指付近を中心に発光を始めていた。
もう、時間はなかった。
「じゃあ、逝きなさいッ!!!!!」
少女の親指がコインを弾く様がスローモーションで見えた。
「私も……佐天さんみたいに素敵な恋が1度で良いからしてみたかったなあ」
一瞬後、花少女こと初春飾利はツインテール少女と共に光の中に呑まれていった。
つづく
初春飾利さんの今後の活躍はエージェント佐天さん外伝 『 とある空気の\ウイハル~ン/ 』 出演:初春飾利 赤座あかり タダクニ をご期待下さい。
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佐天さん地雷原を行く4話
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