No.442028

魔女の視覚

日宮理李さん

魔女化したら、こういう世界に見えるのかもという作品です。

2012-06-26 00:59:20 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:671   閲覧ユーザー数:671

この地を歩きはじめて何日が経ったのだろうか。

――空、海、川、大地。

歩いても目から見えるのは、たったのそれだけ。

その風景だけが切り替わるように、絶えず見えるばかり。

それ以外――何も変化はない。

「……ぁぅ?」

ここがどこなのかわからない。

それに――自分の名前はおろか、自分がなぜここにいて、なぜこんな身体をしているのか。――よくわからなかった。

昔は言葉を話せた気がするが、それを発することは出来なかった。

「ぁ……ぅ?」

 口に出そうとしてもそれは言葉とならず、ただの吐息となる。

色々わからないことが多かった。それでもよかった。不便に思ったことはないから。

この身体は私の望む通りに動いてくれる。手が届かないっていうなら、手が伸びるし、足も伸びる。それにジャンプも高く飛べるようになった。

便利な身体だった。――昔は違った気もするけど、やっぱり今のこと以外わからない。

エサは豊富だった。今もまたそのエサを追い詰めたところ。

エサを追い詰めること自体は、この身体があれば簡単なことだった。

「や、やめて!」

その拒否の声を無視して、私は手を振りかざした。大きな音とともに地面に大きな穴が空く。直撃コースは避けられたようで、振りかざした左の位置に花はいた。

「……ぁぇ」

避けられるとは思ってなかった。少し戸惑ったが考えを改めることにする。次は当てると――。

そして振りかざしていた手を花がいる左へと振る。今度は避けられないよう速度を上げ、範囲を広げた。

「あっがっ!」

今度こそ感触があり、その証拠として花が声を上げていた。その一撃によって、花を象徴するいくつもの花びらが空を舞い上がる。

「……ぁ」

花が空を舞う様子はきれいだった。私は『花の虹』とコレを呼んでいる。誰かに話すとかそんなことはない。ただのニックネームみたいなもの。花の虹の美しさを見るために、私はエサ取りを続けているのかもしれない。それくらい、目を奪われる光景だった。

花はうまく破壊できれば、時として虹のような水の流れを宙に作る。水の色は赤く、少し黒ずんでいた。それが花本来の花びらによって、色が変わる現象。――それが花の虹。

花が綺麗に宙を舞う状況を作り出すのはだいぶ骨が折れる。まず、力加減を考えなければならない。これは苦痛だった。なんでも出来る身体は破壊行為に向いていない。ちょうど良い強さというイメージが中々沸かない。

 長い時を過ごして理解したのは、この力加減だけかもしれない。

だから、花の虹を作り上げるには手加減をして、花が完全に壊れないようにする必要がある。だけど、思った以上に花が弱い場合が多々ある。いつもの調子で攻撃したはずなのに、ただ声を上げて花が砕け散るだけ。

砕け散らしたのは私なのだが、少し軟過ぎないだろうか? とはいっても、花をエサ以外に使っているのは私だけなのだから仕方ないのかもしれない。本来、エサというのは破壊して食すだけなのだから。当然、私も宙を舞うのを確認した後、花の残骸を吸収している。

 花から溢れ出るのは、赤い血。

花の虹の次に好きだったのは、声だった。普通花は喋らない。それだけは無意識的に感じる。何か思い出があるのかはわからない。

――マンドラゴラ。ふいにその言葉が頭の中に浮かんだ。でも、それが何者か何物なのかはわからない。

花の叫び声を聞きながら、それが舞う姿は空腹以外の何かが満たされる気がした。遠い昔になくした何かを思い出させてくれる。そんな印象でさえも与えてくれるようだった。

私以外の人間。

たまに花ではなく私と同じ人間の姿をしたものと出会うことがある。特にこれといって交流はなく、軽く会釈をする程度だった。

言葉がお互いに通じないのだから仕方がない。向こうもそう思っているに違いない。協力という考えもきっとどこかにはあるのだろうが私は、花の虹が見たいから無理だった。相手と意思疎通するのができないから諦めるしかない。協力したら、虹の花は絶対に作れないと思う。

それに――複数でいれば目立つことになるから。

エサとして、食す花が逆にその仲間を食らっているのをたまに目にする。それが理由として次に考えられること。一人でいれば、逃げることもできる。足手まといになることもない。

エサとなる花は、――人喰い花。

花は綺麗だけでなく時として牙を向けてきた。私自身も倒すのに一苦労したことがある。だからこそ、手加減が難しい。

そう思う。

避けれると思った一撃は粉砕し、避けれないと思った爪撃は華麗に回避される。花はどれも同じような形をしていて、見分け方がわからなかった。

ただ、赤色、青色と花の色だけは違うのだけはわかっていた。でも、それは何も役に立たなかった。同じ赤でも回避する、壊れる。だから、見た目だけの違い。

そう認識していた。

 

☓ ☓ ☓

 

いつも通りエサを求め歩いていると、

「ほむらちゃん!」

急に声をかけられ、後ろを振り返ればピンク色の綺麗な花。

それがこちらを見ていた。

「……ぃ?」

どこかで見たような気がする。懐かしくてどこか温かいような。

でも、エサに違いない。だから、私はいつもの様に手を振りかざした。わからないなら、わからないまま食欲を満たせばいい。

それがいつも通りのこと――。

 

☓ ☓ ☓

 

――苦戦した。苦戦していた。

いつもと同じ通りに、身体を動かしているのに狙いが反れる。花は、全く動かずそこにいるのに。

もう何分間このエサを破壊するのに、失敗しているのかわからない。花の周りの大地は剥がれ、デコボコになる一方。花にカスリすらしない。動きが読まれている? いや、動いていないのに読まれているもないか。

ならば、左右からつかみとってしまえば、

「ほむらちゃん!」

その声で――また、手が止まった。花まで数センチメートルだというのに。

「やめてよ、ほむらちゃん! こんなこと……もういいんだよ?」

どうやら、花の声に反応して手が停止しているようだ。

「ほむら!」

気がつけば、花たちに囲まれていた。

赤、黄、青、そして声をかけてくるピンク。それらが私を中心に囲っていた。

いつの間に現れた? そんな気配も音も何もなかったのに……。私がこのピンクの花に意識を奪われているうちに現れたのか……?

 ふいにいつか見た仲間の死に様が頭を過ぎった。花に食い殺されていく仲間たちの断末魔が響き渡るようで、

「……ぃ!」

そうなるわけにはいかなかった。もっと、花の声や花でつくり上げる虹を見たかった。

「ロッソ・ファンタズマ」

赤い花がそう声をだすのを目にすると、赤い花の数が増した。どこかに隠れていたのか? 隠れる場所もないはずなのに隠れていたのか?

わからない。赤い花は攻撃してもちょこまかと動く。今までの花に比べて段違いに回避行動が速い。数が増えた分、花自体が弱くなっているってことはないみたいだった。

――最悪な結果しか脳裏に現れない。

手が足りない。何本もの手があれば……、手が欲し――。

「……!」

いつのまにか手が増えていた。

確認してみれば、合計10個。――十分だった。

そうだった。この身体は望めば何でも叶う身体だった。

「ぁ……」

 手当たり次第、力加減せずに花へと攻撃を注ぐ。一つ、二つと確実に息の根を止めるよう素早く。

「ほむ……らちゃん!」

「ぅ……ぁ」

 くっ……! 手が増えても結局はピンクの言葉で動きが止まってしまう。黄、青を潰せるまであとちょっとの距離というところで。声が聞こえなければ、倒すことが出来たのに。

「マミさん!」

「えぇ」

 花が花びらを動けない私に向けて飛ばしてきた。

 所詮花、そう考えていた私の想いはすぐに消え去ることになった。私の増えたはずの手が地へと落下しつつあったから。

「……ぃ?」

 それを見た赤い花の大群が一斉に私へと迫る。好機と思われたのかもしれない。対応するために私はなくなっていない手を動かす。

「いい加減、目覚ませよ!」

 手が一つ、二つと削り取られていく。痛みはなぜかなかった。不思議に思ってる時間はなく、花の攻撃を防ぐためにまた一つ手をダメにした。

 あぁ……、ついには手だけでなく足までもなくなってしまった。後はエサに食われて死ぬだけなのか。あの仲間と同じように消えて行くのか。

「……」

 支えるものがなくなった私は仰向けに倒れこむことになった。

「ほむらちゃん……、ごめんね。こうすることしか私たちにはできないから」

 顔を横に向けると、ピンクの花が萎れながら俯いているように見えた。

「……ぁ……ぁ……ぁ……ぃ……ぇ」

 ピンクの花に泣いてほしくない。なぜかそう感じて、不思議と言葉にしていた。

「うん、ほむらちゃん。大丈夫!」

 花が輝きを増したように元気になったように見える。言葉が通じたのか? 仲間に通じないこの吐息のような声で? 

「まどか、止めをさしてやれよ。せめてお前の手で倒されるのが……」

 まどか……? 

「……!」

 一瞬だけ、花の表情が見れた気がする。

 どこか懐かしい――赤いリボンをした少女の姿を。

 

 花びらが私に飛んできた後、私の視界は何も映らなくなった。そして、何もわからなくなった。

 


 
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