Scene12:月葉根神社境内 PM11:30
月明かりの下、英次と呼ばれた男――ジルバと、恵美の二人が見つめ合う。
「英次さん」
呼ぶ声は艶を帯び、見つめる瞳は潤み、頬は薄闇でもそれとわかるほど朱に染まり……しかし、歩みはゆらり、ゆらりと。闇が凝固したような殺気は微塵も薄まる気配を見せず。
「探しました。ずっとずっと……」
うわごとのような呟きは、恋心か怨嗟か。
対する男の口元は相も変わらぬ笑みを浮かべつつ、月光を照り返す眼鏡の下の表情は見えない。
「貴女の探している男は、もういませんよ」
淡々と。感情の表れない口調は、ただ、それを事実として告げていた。
「何故、出て行かれたのですか?あれほどお慕い申し上げていましたのに」
ゆるゆると持ち上げられる腕は、恋する男へ差し伸べられているというよりも、獲物を狙う構えの如く。
「……破門されました故」
眼鏡を押し上げる指。あくまで滑らかに。内心の動揺があったとしても、おくびにも出さず。
「あなたに破門を申し渡した祖父はもういません」
恵美の表情が落ちる。貌から熱が引く。それは、亡き祖父への哀惜か……
「今は、私が当主です」
花のように、ふわりと笑う。
だが。
「亡くなられましたか」
「ええ……私が、殺しました」
その目は、闇よりも尚暗く、氷よりも尚冷たく。
それでいて愉快そうに、くすくすと、いつもと変わらぬ調子で、笑う。
「え、マジで?」
「稽古中の事故だ」
そういうことになっている、と。
恐怖に引きつり気味のレミィに赤岩が答える。
確かに「事故」が起こった時の対手は恵美だったが、当時の力量差で意図して殺せるわけもなく。
先代も高齢であったし、当主を譲る話も出ていた矢先のことだった。
特に不審な点もなく処理されたそれが、彼女の企みであったとはにわかに信じがたい。
あるいは、自分の目の前で死んだ祖父への自責を、そういう形で落着させたのか。
しかしそれはそれで……哀しいと赤岩は思う。
「なぜ答えて下さらなかったの?」
自分の思いに。少女の恋に。
「師に戒められておりました」
気づかぬはずはない。憎かろうはずもない。
思い合っていることは誰の目にも明らかで、似合いの二人と揶揄も期待もされていたのに。
「出て行かれるなら、私も、連れて逃げて下されば良かったのに!」
ざわりと闇が揺れる。
ジルバは黙したまま、右手をゆっくりと水平に掲げる。
そこに握られるは一振りの刀。
青地に銀の流水が寒々しく光るその鞘を、そっと左手で抜き放つ。
恵美の左手に提げられた赤地の鞘が、久々の邂逅を悦ぶかのようにかたりと鳴った。
「あなたが……私の『鞘』となって下さると……そう信じてましたのに!」
血を吐くような絶叫とともに恵美の体が跳ぶ。
誰もが続く惨劇の予想に身をすくめた刹那。
くずおれた恵美の体を、ジルバが優しく抱きとめていた。
峰同士を絡め合うように巻き取られた刀に引かれた二人の右腕が差し伸べられ。
ジルバの左手は崩れる恵美を支えるために腰に巻かれ。
その目は意識を失いおとがいを上げた恵美の顔を見つめる。
静かに凍り付く二人の姿は、チークダンスの一刹那にも似て。
力を失った恵美の左手から落ちた赤の鞘が、乾いた音を立てた。
「英次兄ちゃん!」
恵美をそっと横たえるジルバに、赤岩が呼びかける。
昔のままの呼び方で。
「今の私は英次ではありません。ダルク=マグナの軍師、ジルバとしてここにいます」
背を向けてうずくまるジルバの顔は、赤岩からは見えない。
「なんで!」
恵美を置いて去ったのか。頑なに過去を拒むのか。
聞きたいことはたくさんあった。
「『刀』にしかなれなかったのですよ、私もね」
立ち上がりくくっと笑った、それは自嘲だったのだろう。
「……さて、レミィさん。データは取れましたか」
「へ?え?あ、はいでやんす!」
唐突に呼びかけられ、慌てて機材を確認するレミィ。
いまだよくわからないがデータ収集完了の文字が表示されるディスプレイを確認して頷く。
「では撤収します」
茫然とするレッドとブルーを置いて、ダルク=マグナの二人が消えた。
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