玉座の間に流れる剣呑とした空気
呉の将達の処遇を決める事を後回しに、新たに手に入れた呉の土地を安定させる為、兵を派遣し
歯向かう豪族達を力で、または文官や約束を守ると自ら志願した黄蓋を派遣し言葉で懐柔しながら政策を進め
ようやく多少ではあるが落ち着いたという時に、孫策から出された自分の処遇に関する申し出に
華琳は面白いこを言うと顔を引き攣らせていた
「そうです姉様。幾ら呉と魏の繋がりを強くするためとは言ってもっ!」
「ううん、此れしか無いの。私も、穏が初めに言い出した時は驚いた
けど、確かに理にかなってるのよ」
穏を睨みつけ抗議する孫権と驚き眼を丸くする呉の将の面々に、どうやらこの事を知っているのは隣に居る周瑜のみであると
判断する華琳。確かに、孫策が言うとおりこの申し出は道理が通っている。孫呉と言われる言葉の通りに
民と孫家の繋がりが強すぎるのだ。お陰で、こうして王を捕えたと言うのに今だ兵を派遣せねばならぬほど抵抗が強い
こんな状況がいつまでも続けば、約束の三ヶ月などあっという間に過ぎ去り、呉の兵を魏に組み込むどころか
国内での紛争という事になりかねない
「華琳様~、宜しいでしょうか?」
「ええ、なにかしら穏」
今だ傷の癒えぬまま、顔に少々痣が残ったままの穏こと陸遜は、赤壁で戦が終了し新城に帰還した時点で昭からの推薦で
華琳の文官として従っていた。顔を合わせた時、ボロボロの躯であると言うのに華琳に対して最上の礼を取り、癒えぬ傷から
血を流しながら笑を絶やさぬ穏の気概に惚れたのだろう、直ぐに取り立て呉の地、担当の文官として側においていた
「確かに、昭様の側室にと言うのは突然すぎるとは思いますが~、戦までの期間を考えれば止む得ない事かと
昭様が披露した舞で柴桑の民はそれほど抵抗を見せませんが、だからと言って呉の全てに回って舞を披露させる事は出来ません」
「・・・貴女の案だったわね。何を考えているの?」
「いえいえ、なにも考えていませんよ~」
表情を崩さぬ穏に華琳は眉を動かし、穏が考えてい居る事が解ったのだろう口角を釣り上げた
彼女を登用する際に言われた昭の言葉「彼女は孫家に絶対の忠誠を誓っている」との言葉を思い出し理解したのだろう
華琳の見通した考えとはこうだ。魏で王の影とも言われるほど王の信頼厚く、不臣の礼まで取らせた人物と王が契れば
呉の地は容易に治められると言うのがまず一つ、だが狙いはもっと大きな狙い。穏は昭の権限である、臣下として扱わぬ
自由な立場と民と王の信頼を利用し、魏の中に呉を残そうとしているのだ。孫呉として
だが、そこまでの道筋をどう考え実行するのかが見えない華琳は、楽しそうに穏を見詰めていた
「魏で華琳様の影と呼ばれる昭様と契れば、呉の民は負けたのではない魏と家族になったと一様の納得を見せます。
あとは、蜀との戦が終わり次第なんとでもなりますからね~」
変わらず柔らかい雰囲気のままの穏。他の軍師はと言えば、桂花は呉の事は考えているが、昭のことであるしあまり興味が無い
それならそれで楽だし、勝手にしたら?と華琳の横顔ばかり見ていた。稟は穏に興味が有るのか、華琳と穏のやり取りを
じっくりと聞き、司馬徽は、穏やかに羽扇で仰ぎながら喜劇を見るように楽しんでいた
「冥琳、冥琳からも何か言ってくれっ!姉様を舞王にくれてやるなどっ!!」
「負けた所か、治療されこうして生かされている身で言える義理ではないが、雪蓮と蓮華様が曹操殿の妾になるよりはマシだ
まだ舞王殿の方が二人を大切にしてくれる」
「妾?何の話?」
孫権に促され、車椅子に座った周瑜が控えめに口を開けば飛び出すのは【妾】という言葉
意味が解らず首を傾げる華琳の様子に、周瑜は「そうか、詭弁だったのだな」と自嘲し
後ろで控えていた黄蓋は、やはり周瑜の病だけが原因では無かったのかと表情を少しだけ固くしていた
いかに病に侵され、余命が無いと自分で気がついて居ても、このような道理の通らぬ戦をするわけがない
義を捨てるまで追い込まれたのは、蜀の孔明に決して譲れぬ心の奥底を刺激されたからだと
周瑜の変化に気づく事が出来なかった自分を責めていた
「孔明に言われたのだよ、曹操殿は雪蓮と蓮華様が欲しいだけだと。何時でも呉など滅ぼせる、二人を差し出せば戦は回避できる
呉にはまだ一人、孫家の小蓮さまが残って居る。戦が嫌ならば、二人を差し出すだけで何も心配は無いとな」
「私はそんな事は言っていない。乗せられたわね」
「ああ。あの時、私の命が残り少ないのも見通されていたのだろう、上手く踊らされたというわけか」
赤壁の戦いで有名な、孔明が諳んじた銅雀台賦は、外史と言うこの世界にて二喬ではなく孫策と孫権に変わる
二人の美しさもさることながら、其の才気を愛していると言われれば何も疑うことはない
華琳は才を愛する者としても有名だ。どんな身分の者でも、才さえあれば気にすること無く登用するのだから
愛する孫策とその妹、次の世代であり成長を期待していた孫権のことであるから、周瑜は無謀であろうともこの戦に勝たねば
ならなかった。自分がいなくなった時、孫策が何も苦労すること無く、もう耐える事などしなくても良いように
孫呉の王として生き続ける事が出来るようにと
諦め、そして愚かな自分に対する非難と嘲りの入り交じった溜息を吐く周瑜に、華琳は一体自分がどのように言われたのか気になり
周瑜に聞けば、周泰が閨での行為を周瑜に伝えていたらしく、聞いた華琳は頭を抱え隣で稟は、鼻血を噴水のように出して倒れていた
「はぁ、もういいわ」
眉根を寄せる華琳は、静かに怒りを抑えこむ春蘭の手を握り、秋蘭の方へ視線を向ければ悲しく沈み込む愛らしい顔
秋蘭の珍しい表情に嗜虐意欲を唆られた華琳は、唇を舌で一舐めし、何か思いついたのか一つ咳払をしてみせた
「良いわ、認めます」
「ま、待てっ!」
先ほどまで不機嫌な表情を見せていた華琳の顔が一変、急に許可を出す華琳に孫権は驚いていた
勿論、呉の将達どころか魏の将達までも驚き、一体何を言い出すのかと一斉に華琳に視線が集中していた
視線を集めながら、秋蘭が少しだけ眉根を寄せて苦痛に絶えるような表情になると、華琳は悦に入り躯を震わせる
「華琳様、私は認める事は出来ません。昭は秋蘭の夫。他に妻を娶るなど」
「貴女も解っているはずよ、幾ら此方の備えが万全であるとしても兵数は向こうが上。呉の民の力が我等にはどうしても必要となる」
「ですがっ!!」
少し強い視線を向けられ春蘭は黙ってしまう。確かに、華琳が言っていることは間違いでは無いのだ
だが、春蘭が心配するのは秋蘭の事。姉妹であるから理解できてしまう。秋蘭がどういう答えを出すのか
悲しい表情など滅多に表に出すことがない秋蘭が、隠すことが出来ず表情を曇らせている
そんな秋蘭が考える事など昭の事だけだ。自分の心を必死に殺して昭の願いを叶える為に、自分を捨てようとしている
昭の願い、それは子の為の平穏な世界。民が殺しあわぬ、争いの無い世界。争いが続けば、必ず昭は傷つき続ける
先の戦でも十分すぎるほど理解している。ならば取る行動など一つしか無い
「どうかしら秋蘭?」
「・・・・・・はい、華琳様の御心のままに」
か細く、消え入りそうな声で答える秋蘭に、少しだけ顔を紅潮させる華琳
だが、春蘭は、やはりこんな事は許せんと華琳へ異議を申し立てようとした時、孫策の前に踊り出るのは真桜を先頭にした凪と沙和
三人はそれぞれに武器と拳を構えて孫策を威嚇していた
「そんなんアカンに決まっとるやろっ!阿呆かぁっ!!」
「そうなのーっ!負けたくせに図々しいのーっ!!」
「二人の言うとおりだ、自分達の立場が分かっていないのか?」
殺気を漲らせる三人に、孫策は自分の立場は十分に理解している。その上で魏に協力しようとしていると言い出す始末
だが、三人がそんな事に納得を示すはずもなく。握る武器には力が篭り、眼は鋭く戦場を思わせる気迫が辺を支配する
「穏の言うことも最もだし、私は彼を気に入っているから別に問題は無いわ。貴女達にとっても悪い話では無いと思うけど」
「悪いわぁっ!華琳様や秋蘭様が許しても、ウチらはぜーったいに嫌やっ!!」
「うーん、嫌だって言うのは解るけど、王は許可を出した。王の言葉を無視出来るの?」
「無視はしとらんっ!ウチ個人が気に食わんだけやボケェッ!!」
螺旋槍が壊された真桜は、鉄刀【桜】を手に孫策に向け、凪と沙和も同じように武器を向けていた
確かに華琳の言葉は絶対だが、許可を出しただけで妨害してはダメだとは言われていないと
凪は折れた腕に巻かれた包帯を破り捨て、当て木を叩き折り、無理やり拳を作り氣を集中し始めた
「正妻の夏侯淵が良いと言っていても、妨害するってことは貴女達は彼の側室?」
「違うっ!隊長は皆の隊長なんやっ!それに、秋蘭さまが良い言うたんは隊長の為や!そんな事もわからんと
勝手な事言うなぁっ!!」
叫び声を上げる真桜は益々殺気を研ぎ澄まし、殺気に当てられたのだろうか、目の前の孫策は瞳を鋭く細めて口角が亀裂のように開く
武器など持たぬ身で、孫策は腰を落とし拳を固めようと手を握り締めようとした瞬間、急に玉座の間の扉が開いた
現れたのは蒼天を切り裂いたような美しい外套をまとう昭。玉座の間に流れる剣呑とした雰囲気と垂れ流される殺気に
昭は少しだけ首をかしげるが、スタスタと武器を構える真桜の側に寄ると
「何、武器なんか出してるんだ?危ないだろう」
「た、隊長。聞いて、今、華琳様が」
「報告をしてからな。沙和も武器を仕舞え、氣弾もだ凪」
落ち着いた雰囲気で鉄刀を握る真桜の手に自分の手を乗せ、一気に殺気の殺がれた三人は顔を見合わせて武器を収め
同じように武器を構えていた魏と呉の将達までも武器を収めた
「孫策殿までなにしてるんだ?ウチの奴らが粗相でもしたか?」
と問えば、調子を崩されたのか、何でも無いと握りしめた拳を後ろに回して首を振っていた
「まあ良い。報告だ、俺たちが居ない時でも十分犯罪は抑えられていた。それよりも、飲食店の密集した場所で
火災が一軒あったようだ、店も増えてきたし配置も考えなおさないといけないな」
「人口の増加と共に、犯罪も増えるかと思ったけれど、貴方が鍛えた警備隊はよくやっているようね
火災については、城壁を取り壊して広く増設する事で解消出来るか」
報告が満足の行くものだったのだろうか、先ほどとは変わって笑を見せる華琳
昭は周りの雰囲気など気にすることもない、ただ秋蘭と眼が合った瞬間、秋蘭が何故か眼を逸らしたことに不思議な顔をし
春蘭から漏れる殺気に首をかしげていた
「うん、そういえばまだ褒美をあげていなかったわね」
「要らんよ。いつもの通り、孤児院の援助と無徒の邑に薬を届けてくれ」
「ダメよ。勿論それらはするけど、貴方自身も受け取らねば皆は納得しないし、貴方が法を乱す真似をするの?
孫子にも有るでしょう、賞罰はどちらが明確に実行されているか。私を蜀よりも劣っていると皆に言わせたいのかしら」
皆が揃っている場所で、法など出されてしまえば昭は断る事が出来無いと解っているのだろう
今までも、昭は褒美を受け取る事を嫌がっており、華琳にとってはこの場所は丁度良い機会だったのだろう
読み通り、王の威厳を下げる事になるだろうと断る事が出来ず「有難く頂戴いたします」と、その場に跪き頭を下げた
ようやく、試したかった事が出来ると華琳は微笑み、手を叩けば次女達が剣を三本用意して、昭の前に並べた
一つは豪勢な装飾が施され、ところどころに翡翠や紅玉が埋め込まれた剣
もう一つは特に装飾など無く、一般の兵もよく使うであろう普通の丈夫な鉄剣
三つ目は、鞘も少々ホコリを被っており、抜き身にすれば多少の刃こぼれが有る二束三文の剣
「さぁ、好きな剣を一つ取りなさい。それが貴方への褒美よ」
呉の将達も、魏の将たちも出された剣をみて、どう見ても彼の戦功に値するのは最初の美しい装飾の施された剣だと思うが
彼の無欲な性格を考えれば、最後に出された見窄らしい剣だろうとそれぞれに納得していたが
後ろで見ていた黄蓋は「違う」と一言。隣で見ていた呂蒙は、何が違うのですかと問えば黄蓋は呂蒙の頭を撫で
「王に仕えると言うことは、どういうことか奴から学べ」と昭の方へ視線を向ければ、昭は真ん中の剣
装飾のない、普通の剣を両手で取り深く頭を下げて「頂戴いたします」と礼を取った
その姿に皆は驚く。何故、真ん中の普通の剣を受け取ったのか、彼の性格も戦功も考えれば真ん中の剣は在り得ないと
見ていた孫権は納得が出来なかったのだろう「何故だ?」と口が勝手に問うていた
「何がだ?」
「貴様の戦功を考えれば最初の一振りが妥当。だが、最初の口ぶりから普通は最後の一振りを取ると考えるだろう
だが、お前が取ったのは二つ目の剣だ。意味が解らない」
よほど理解が出来なかったのだろう、少々無礼とも取れる孫権の行動だが、昭は何のことはないとゆっくり立ち上がり
「上等の品を選ぶと欲が深いと思われるし、下級の品を選ぶと嘘の倹約と思われる、だから中級の品を選んだ
俺のような不臣の礼を取った者は、特に自分の行動を慎み考えねばならない。俺の行動、全てが華琳の評価となるからな」
当然のように答える昭に、華琳は満足そうに微笑む。我が影を見よ、我が国の将を見よ、なんと聡明で慎み深いことか
我が国の者は、全てが高い教養と礼節を持つと無言の笑に呂蒙は黄蓋の言葉の意味を理解し、孫権は、背筋を伸ばし剣を腰に収める
一つ一つの動作までも美しく、余裕のある昭の姿をただ言葉なく見詰め、試した事が思う通りだった華琳は、嬉しかったのだろう
眼を細めて春蘭の手を玉座の肘掛けに置かせ撫でていた
「所で、話が有るのだけれど」
「何だ?真桜達が武器を構えていた事と関係が有るのか?」
「ええ、孫策を貴方の側室にと提案があったの」
玉座で頬杖を突きながら、楽しそうに昭を見る華琳。自分の考えを悟られぬようにか、直ぐに自分の頭の中で情報の激流を創りだす
稟に教えられた事を早速使って居ることに昭は少しだけ頷き、相変わらずだな、天才とはお前の為に有る言葉だと溜息を吐く
昭が竹間を華琳へと手渡せば、凪達は昭の側へと駆け寄った。いう言葉など決まっている、こんな馬鹿げた事を拒否して欲しい
との言葉。だが、昭は真桜の怒りで染まる顔を見て、頬を掌で優しく撫でて怒りまで殺いでしまう
「受ける訳が無い、気を使わせたな」
微笑む昭に凪達は、自分達の行為を恥じて顔を紅くする
要らぬ心配をしてしまった。隊長がこんな事を受けるはずがない、何よりも妻である秋蘭様の悲しむ顔を嫌う人だ
戦う理由だって、全ては愛する人の為。今更、何を心配する必要が有るのか、劉備の誘いとて断ったのだ
余計な真似をして王の御前で武器を持たぬ者に剣を向けてしまったと、昭に恥をかかせたと頭を下げていたが
昭は「嬉しいよ、有難う」と感謝の言葉を向けて、三人の頭を撫でていた
「ねえ、時間が無いのでしょう?別に悪い話じゃないと思うけど。それに、会陽は沢山、奥さんが居るわ
男の人って奥さんが大勢居るのは嬉しかったりするんじゃないの?」
「時間は無いな、だがそれと此れとは別だ」
程普が多くの妻を娶っていることを出し、昭に不思議そうに問えば穏やかな笑を返すだけ
華琳も予想通りだったのだろう、穏の方を見て微笑む
さて、ここからどうするつもりなの?断られて終わりでは無いでしょう?
このままでは、呉は武力で抑えこまれ私に従う事になると
あまり理解が出来なかったのだろうか、首をかしげる孫策。孫権はそんな姉に、向こうが望んでいないのだからと言えば
姉の顔には【拒否されると逆に燃える】と書いてある。どうやら、今まで男性にこのような対応を取られたことのない孫策は
自分では不服なのか?と初めて女性としての矜持を傷つけられたのか、変な闘争心に火を付けたようだ
「奥さんを泣かせるのが嫌?私じゃ夏侯淵のような妻になれない?それとも幸せにする自信が無いのかしら?」
少し挑発するような言葉を口にする孫策に、孫権は言葉を無くす。今までこんな事を聞いたことなど無い
まるで嫉妬しているかのような口ぶりに、戸惑っていたが、昭は平然と受け流していた
「天に有る、とある宗教は、一夫多妻を認めていた。だが、その際ある事を条件にしていた」
「宗教ね、貴方はその宗教に入っていたの?それはどんな条件?」
「いや、だが考えはとても共感できる。条件とは、夫は妻を保護し扶助を与える義務があり
またそれぞれの妻のあいだに差異を設けることは決して許されない。俺は差異を設けない事など出来無い。一人しか愛せない」
「ふーん。じゃあ、貴方は甲斐性が無いって事?多くの女性を同時に愛せない、器の狭い男という事なの?」
最早挑発などではない、自分に振り向かせたいが、振り向かせることの出来ない必死な女の姿
孫策などではない、呉の王などではない、自分を否定されたような感覚の唯の女の言葉は止まらなかった
「ああ、俺には秋蘭一人を愛せる器で十分。後は、娘を養える甲斐性だけで他は要らないな」
心の奥底からの言葉と笑顔を向けられ、孫策は一瞬心臓が大きく跳ね上がり、次に顔が耳まで真っ赤に染まり
顔を俯かせていた。恐らく、こんな表情もこんな言葉も聞いた事が無いのだろう、一人の女性のみを唯、純粋に愛する
男の清々しい姿に、孫策は五月蝿いほど響く胸の鼓動が治まらなかった
「ご・・・」
「ご?」
「ごめんなさい、今言った事は全部忘れて。なんか、変になっちゃってたって言うか、私らしく無いわ」
「ああ、別に構わない。秋蘭が泣かされたと言う訳じゃ無いからな」
有難うと呟き、背を向ける孫策は戸惑っていた。よくわからない感覚、初めての感情。意味の解らない
いつの間にか胸に出来てしまった焦りと気恥ずかしい気持ちにどういった顔をして良いのか解らず
後ろを向く孫策に周瑜までも驚いていた。何故なら、孫策は忙しなく視線を彼方此方に泳がせていたのだから
話が終わったかと穏が昭の側により態とらしく【困りましたねー。これじゃ呉は魏に上手く組み込めませんねー】
とニコニコと微笑みながら昭に目線を合わせていた
「どうしましょうかー?」
「・・・そういうことか、仕方が無いな。約束をしてしまったからな」
近くで自分の眼を向けて、読んで読んでとせがむように顔を向ける穏に、昭は頷いた
赤壁の前、柴桑で周瑜と話した時、龍佐の眼を避けるのではなく、逆に態と読ませて利用してみせるこの陸遜がいたら
面倒になっていたと心の中で溜息を吐きながら
「華琳、進言しても良いか?」
「ええ、構わないわ」
「孫家は、孫呉と言われるほど民との繋がりが大きい。だから、孫家に呉を任せてはどうだ?」
昭の提案にざわめく将達。だが、陸遜は変わらず笑顔でニコニコと昭に視線を送る
流石の桂花も、此れには口を挟まないわけには行かない、昭などどうにでもなるが、此れを認めれば呉と再び戦う事になる
そう考え、華琳のほうを見れば、手招きで自分の耳元へ呼んで桂花の言葉を聞き、理解を示し
「大丈夫よ、有難う桂花」と微笑み、桂花は顔を染め瞳を潤ませ華琳の美しい横顔に見とれていた
「フフッ、確かにそれで呉を纏める事は出来るでしょうけど、力を持たせてはまた私達に牙を向けるわよ」
「そうだな、だから孫策殿と周瑜殿を魏に住まわせる。名目は魏の政策を学び、呉に伝える約目で良いんじゃないか?」
「つまりは呉は魏の属国、魏の中に有る呉と言う国として成立させるのね。そして、呉が謀反を起こさぬように
孫策と周瑜は人質になる」
そう、昭のと言うよりも穏の提案は魏の中で呉を従属国として独立させるということ
其れによって、呉の王は変わらず孫家であり呉の民を統べるのは孫家で有るということ
だが、貨幣や主な政策などは宗主国である魏に従い、その他の政策については変わらず呉の政策で行うということ
そして、一番に重要なのは、この事を穏の口からではなく昭の口から言わせた事だ
もし、穏が言えば幾ら魏の文官になったからとはいえ、どう考えても呉の孫家の為に言い出しているようにしか聞こえない
だが、側室を断った昭の口から別の提案として出されるならば話は別だ。この事に関して、昭自身も責任を負わねばならないし
華琳も戦が迫る今、直ぐに呉の民を統率出来る案が出るかと言えば、そうそう簡単に出るはずもない
戦で敵地を取った時、取る行動など二つに一つ。与えるか、全て滅ぼすしか無いのだ
此れによって、王は孫策から孫権に変わり、都督である周瑜の代わりに呂蒙が収まる事になる
理解した孫権は「馬鹿を言うな」と咆え、呂蒙は顔を青くしていた。特に呂蒙は当然の反応といえるだろう
赤壁で見せたとおりにまだ未熟であると言うのに、都督という重役に付けられるどころか、周瑜は魏に住まい
穏は魏の文官と、知識で頼る相手が居ないのだ。例え黄蓋や程普であろうとも、政策の細かなところまで知識が有るわけがない
「此れならば、蜀との戦でも十分統率のとれた状態で加わってくれるはずだ。文句など出ることも無い」
「確かに、自分の国だった所であるのだから速やかに纏め上げるだろうし、人質が居るのなら扁風のように
裏切る事も無いでしょうね」
そういって孫権を見る華琳。姉を心から尊敬し、掛け替えの無い存在だと先ほどの様子から見て取れる行動を取る彼女に頷く
もう前のような裏切りは繰り返し出さない、許さないと心に決めていた華琳
あの裏切りによって、どれほど昭の心が傷ついた事かと、思い出しては何度も拳を握りしめて唇を噛み締めた
だが、今回はそうはならない。断言できる
何故ならば、自分の側には司馬徽がいつの間にか立ち、自分の考えを読み取ったであろう司馬徽は「好」と頷いていたのだから
「素晴らしい提案が出たのだけれども、貴女はどうするの?この話、受けるの?」
「なっ!?受ける訳が無いだろう、私に王など務まらない、姉様意外に呉の王など無理だっ!」
慌て、首を振り提案を拒否する孫権に、孫策は一度心を落ち着かせ深呼吸すると妹に振り返る
その姿は何時もの信頼出来る、落ち着いた母の様な雰囲気を漂わす孫策の姿
「良いの?この話を蹴れば、私は彼の所へ無理矢理にでも嫁がなきゃダメ」
「そ、そんなっ!あの男は姉様を拒んだではありませんか!!」
「うん。断られちゃったけど、頭を下げても、端女のようになってもそうしなきゃ呉の私達を想ってくれる皆が殺される
従わねばどうなるか、時間がない今、どういう事になるか。何より、この申し出を断れば孫家に未来はない。貴女にも解るはずよ蓮華」
自分に出来るわけがないと孫権は、預けられた南海覇王を握り締める
元々、口では姉の素行を注意したりはすれども、心から信頼し敬服している孫権に自信など無いのだ
姉の器を間近で見てきた、姉の王で有りながら民のような中間の姿勢を取れる姿が羨ましかった
柔軟性の無い自分は、完全な王になるか、完全な将になるか、完全な民になるかしか出来ない
【何度、姉と自分を比べたことか。何一つ姉より秀でた所など無い】
こんな凝り固まった思考しか持てぬ自分だから、姉が捕まった時も怒りに任せて前へ出る等と愚考を犯し
簡単に捉えられるなどしてしまうのだと、自分自身を責め顔を俯かせていた
「同じ過ちを二度繰り返さなければ良い。大丈夫、貴女ならやれるわ。私の妹なんだもの」
「姉様・・・しかし」
「舞王殿、貴方の評価をお聞かせ願えますか?」
車椅子に座り、姉妹のやり取りを見ていた周瑜は口を開く。自分に自信が無いならば、我等の口だけでなく
目の前の慧眼を持つ舞王に、我等の前であれ程の礼節を見せ、孫権の眼を釘付けにした魏のもう一人の王に評価を受ければ良い
敵であり我等を破った魏の人間に
周瑜の気持ちを汲み取った昭は頷き、目の前で自分自身を抱きしめるような仕草を取る孫権をまっすぐ自分の目で見つめた
「嫌忌多く、気性の荒さが目立つ。ただ、今の気性の粗さを正せば完成し、身を屈して、恥を忍び、計を重んる勾践の奇英あり」
身構える孫権に対し、昭の口から出たのは予想外の評価
臥薪嘗胆の故事で知られる覇王の越王、春秋五覇の一人に例えられは顔を赤くしていた
此れほど褒められるとは思っていなかったのだろう、何より柴桑であそこまで恥をかかされた相手に
今度はこのように褒められる。だが、その言葉が嘘では無いと言うのは、自分でも理解している気性の荒さを指摘され
其れが越王に例えられ克服出来ると言われたからだ
ただ単にほめられただけならば、孫権は鼻で笑い飛ばし、そんな言葉など戯言に過ぎないと言っただろう
だが、最初に欠点を正確に指摘することで、その後の言葉に真実味が宿る
口元を手で覆い、自分の顔が紅くなっていることを隠す孫権は呟くように「そんな事はない」と言うが
「いや、俺はそう感じた。あの時、柴桑で貴女を精神的に追い詰めたのも、戦でその大器が完成されるのを恐れたからだ」
「完成だと?ではあの時、言った言葉は」
「ああ、偽り無い。未完の大器とは、本当に貴女を見て感じたことだ。孫策殿よりも、王として相応しい人物になろう」
そう言うと、昭はずっと口を引き結んで孫権の側に立つ甘寧に、あの時はすまなかった深く頭を下げた
本来ならば勝った相手から謝罪をされるなど、甘寧であるなら余計に怒り、馬鹿にするなと激昂する所だろうが
孫策とのやり取りと、孫権の評価に何か思う所があったのだろう。自分の気性を今の評価に照らし合わせたのかもしれない
目を伏せて、軽く首をふるだけで何も言うことは無かった
「どう?どうしても嫌なら、構わないわ。貴女の好きにしなさい」
「・・・やります。それで民が救われるなら、私はやらねばならない。この剣を預かったのですから」
深呼吸を一つ、腰の剣を抜き取ると胸を張り自分の長い髪を切り落とし、呉の王として即位することを決めた
新たな王の誕生に、呉の将達は声を上げていた
「と、言うことらしい。どうだ華琳?」
「構わないわ、呉は孫家の者に統治させましょう。呉は魏の従属国として呉国内の軍備、政策等の権限を有する事を認めます
正し、基本となる政策は魏に準じ、魏の要請に従う事、また重要事項の最終決定は魏に委ねるものとする。良いわね、孫権」
華琳の言葉に美しく礼を取り、膝を地に付ける姿。そこには負けた者としての憤りや怨みなど存在せず
決意と共に、王としての風格が滲み出し始めていた
「敗残した我等に慈悲を与え、孫家を再び呉の王として認めて頂けることに感謝いたします
私、孫権は魏王、曹操様に仕え魏の従属国として呉の繁栄を約束いたします。其の証拠として、我が真名をお納め下さい」
主従の契りを交わす魏王と呉王の光景を見て、穏はうんうんと満足そうに頷き、後ろで並んでいる呂蒙の顔が蒼白になる
此れで自分が都督に任命されることが決定してしまったも同然。自分ごときに出来るはずはないと
歯をカチカチと鳴らし始める様子を見て、穏は再び昭に顔を向けて自分の心を読んでくれとせがむ
「・・・またか。そのかわり、俺の言うことを一つ聞いてもらうぞ」
「はい、勿論です。それに、呉はもう魏の一部なんですから心配ありませんよー」
やれやれと、昭は再び華琳に振り返り礼を取り、華琳は急に頭を下げる昭にこれから言うことが解ったのか
穏を見て笑っていた。なかなか楽しませてもらったと
「今、進言したことは、全て穏に言われたまま言っただけだ。俺が孫策を側室に迎えたくないと悩んだ時
彼女は俺に心を態と読ませた」
急に全てを暴露し、ざわつく呉と魏の将達。だが、穏は変わらず笑を浮かべ、華琳は平然と頷く
「ふむ、そうなると呉を孫家に渡すために考えた策略と言えるわね。どうなの、穏」
「はい、私は孫家に遜(へりくだ)る者。いかに魏に降ろうと、孫家の事を第一に考えるのが私です」
痣の残る顔で、美しく満面の笑を見せる穏の言葉に呉の将は言葉を無くし、周瑜は涙を流していた
まだ、孫家が呉の王であれるのも、負けたというのに力を持ち続ける事が出来るのも全ては彼女のおかげ
自分がしてきた事を、全て護り通してくれた弟子に、周瑜は頭を垂れていた
「責任を持ちなさいよ、昭」
「大丈夫だ。言質は取った」
「そう、ならもう貴女は要らないわ。このまま私の元に居ても、いずれ殺す事になるでしょうし
魏にとって有益にはならないからね」
「え~っ!それでは私は追放になるのですね。困りました、何処か拾ってくれる所は無いでしょうか」
態とらしく胸元を押さえて眼を丸くし驚き、肩を落として孫権の方を振り向いて、顔をニコニコと笑に変えた
勿論、自分を殺せば黄蓋との約束は破棄したと取られる。ならば、自分を殺すことなど出来ない
だからこそ、穏は余裕がある。全ては自分の創りだした道筋の通り
そして、最後の仕上げに慧眼の舞王からの言葉で全ては締めくくられる
「どうでしょう孫権殿、この陸遜という人物は、なかなか才気溢れる人物。呉の兵として雇ってみては?」
「舞王殿の推薦ならば、間違いは無いでしょう。陸遜とやら、呉に仕える気はないか?」
孫権も理解し、先ほどまでのやり取りは全て孫家の為にあったのだと目の前の素晴らしき勇将に涙を流した
「有難き幸せ。どうぞ、文官の末席に加えて下さいませ」
「承知した。早速、これから都督となる呂蒙の補佐を命じる」
御意と頭を下げると、スタスタと呂蒙の前に立ち「また会えましたね、ただいま」と一言。呂蒙は顔をくしゃくしゃにして
穏の名前を呼びながらきつく抱きしめていた
「穏、楽しみにしてるわ。貴女が私に、魏に挑む時を」
「はいー。蓮華様の代では叶わずとも、必ずや呉を孫家を大陸の覇者として見せます。例え其れが百年先であろうと」
大声で笑う華琳に、穏は痣の残る顔で笑い、華琳を見つめ返していた。回りで立つ魏の将達は、穏とはこんな将であったのか
なんという人物だ、先の先まで見越して孫家を考えるなどするとは、何故赤壁でこの人物が容易く捕らえられたのかと
驚いていたが、周瑜が其の問いに答えるように一人呟いていた「私が枷を付けたのだ」と
「悪いな、穏。それは無しだ、俺の言うことを聞いてくれるのだろう?」
「えっ!そ、そんな~。他のことじゃダメですか?」
「駄目だ、俺の孫やもっと先の子供たちが戦に巻き込まれるなど許せるものか」
「う~、なら私が昭様の側室になりますから。私はお買い得ですよ~従順だし」
「要らんな。俺にとって秋蘭以上の妻など居ない」
せっかく決めていたのに、全てを壊す昭の一言で魏の将達は呆れ、先ほどまで思っていたのは勘違いか
やはりこんなものだろうと顔を見合わせ、華琳は「言質を取った」との意味を理解し笑っていた
「なら、お肉とお野菜を毎月お送りします」
「要らん。野菜は何時も娘が採ってくるし、秋蘭は肉より魚の方が好きだ」
「じゃあ魚を。そうだ、お酒も付けちゃいますよ~」
「遠いし腐るだろ、塩漬けにしてもいいが、魚も酒も青州の地和が送ってくるしそんなに要らん」
結局、上手を行く昭に不穏な動きをする者がいれば自分を含めて報告するよう言いつけられてしまい
穏は残念だと肩を落とし、皆は笑っていた
「じゃあ、俺はもう行く。報告は済ませたし、他に用は無いだろう」
そう言って、去り際に視線を華琳に送り、一瞬だけ華琳は硬直すると、キョロキョロと辺を見回して急に全員に解散せよと言い放つ
解散の命を受けた秋蘭は走りだし、昭の元へと一直線に駆け寄るが、普段のように隣で手を握る事は出来ず
自責の念であと一歩、近づく事が出来なかった
前を歩く昭は、一度も振り向かず兵舎へと歩を進め、秋蘭は何度も昭の手を掴もうと手を伸ばすがその手は寸前で止まってしまう
何故あの時、私は華琳様のお言葉を拒否することが出来なかったのだろう。確かに、昭の想いを護るためだと言うのは偽りではない
だが、今手が伸ばせないのは、何処か自分に非があると認めているからではないか?心の何処かで、昭が必ず拒否してくれる
私の事を理解し、あの申出を断ってくれると甘えていたからではないか?
なんという卑怯者なのだろうか、なんという臆病者なのだろうか、心の何処かで昭の信頼の上に胡座をかいてたのだ
申し出を断る昭の言葉を聞いて、安心している自分が許せない。何故、もっと違う答えを導き出せなかった
昭に余計な心労を与える事無く、全てを収める事が出来なかったのか?そんなはずは無いだろう、愚か者め
何度か伸ばした手は止まり、いつの間にか足までも止まり、その場でボロボロと泣きだしてしまう
拭っても拭っても、自分の情けなさに涙が溢れ、悔しさに涙を止めることが出来ない
何故こんなにも弱くなった、何故こんなに情けなくなってしまった、此れではあの時、昭に言った言葉などとても出来はしない
私が昭の代わりをするなど、出来るわけがない
「手、繋がないのか?」
止めどなく溢れる涙で溺れてしまいそうになる秋蘭に差し出される、真っ白な包帯の巻かれた掌が差し伸べられた
だが、自分にはその手を取る資格は無いと、イヤイヤと首を振り一歩、二歩と下がった所で手を取られる
「聞いて無かったか?夫は妻を保護し扶助を与える義務がある」
俺は秋蘭を支える義務が有るんだと引き寄せて抱きしめれば、秋蘭は昭の胸の中で小さく声を殺して泣いていた
すまない、すまないと何度も謝罪の言葉を繰り返し、昭は馬鹿だなと優しく秋蘭の背中を何度も撫でていた
呉の将たちの処遇が決定した後、華琳は自室(夏侯邸)に足早に引きこもり、扉に衝立を立てて鍵をかけていた
回りの者達は、急に部屋に入り閉じこもる華琳に、何かあったのかと聞けば、特に無いが部屋に近寄るなと言われ
取り付く島もなく、仕方なしに桂花達は何かあったら大変だと近くの部屋に待機していた
孫策もまだ何か用事があったらしく、魏の将達と一緒に別室で待機していた
「何があったのかしら。こういう事ってよくあるの?」
「こんな事は今まで無いわよ。ねぇ春蘭、貴女何か知らないの?華琳様に誰か何かしたんじゃないの?」
付き合いだけは長いと認めてやると言わんばかりに、壁に寄りかかる春蘭に聞けば腕を組んで少し考え
何かを思い出したのか急にその場に蹲り、涙目でカタカタと震えながら這いずるように部屋から逃げ出そうとする姿
急にどうした事かと孫策は春蘭に駆け寄れば、響く破壊音。次に聞こえるのは重く、重圧感の有る声
声は部屋中に響き、屋敷を震えさせ、声を聞いた凪達は、何故か部屋の隅で固まりブツブツと何かを呟き始めていた
「ウチら悪ない、ウチら悪ない、なんも悪いことしとらん」
「大丈夫なのー、大丈夫なのー、大丈夫なのー」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
異様な光景に訳も解らず、振り向けば霞が何かから自分を守るように頭を抱えて蹲り
春蘭の後を這いずるように追って足にしがみつけば、春蘭は悲鳴を上げてその場で顔を地面に伏せて謝り続けていた
同様に、稟は顔を蒼白にして壁に背を・・・というよりも尻をピタリと押し当てて俯き、桂花はとにかく逃げようとしていたが
春蘭に足を捕まれその場に倒れ込んでいた
まるでこの世の終わりかのような光景に何が起きたのだと孫策は混乱し、とにかく声のした方向
華琳の部屋の方へ、声の正体を確かめようと駆けつければ、華琳の部屋の扉は破壊され
部屋の奥では脇に抱えられる華琳の姿
華琳を抱える昭と眼が合った孫策は、その場に尻もちを着いて「え?」と戸惑う
戦場では感じたことのない吐き気の混ざる恐怖が腹の底から湧き上がり、自分が腰を抜かしたと気付いた時には、身体が震えていた
次々に流れ落ちる冷や汗に、孫策は昔の記憶が蘇る。此れは、死んだ母さま。孫堅に怒られた時と同じだと
「ちょ、ちょっと待って。私が悪かったわ、だからちょっと待って」
「秋蘭の表情で楽しんで居ただろう、待つことなど出来ん」
「お願い、ちょっとっ!そ、孫策っ!今すぐこの屋敷から出なさいっ!!良いっ!?これは命令って、待って昭っ」
秋蘭の様子に全てを悟った昭の、屋敷に響き渡る轟音といえるほどの怒りの声と激しく尻を叩く音
責める事が好きな性格の為か、打たれ弱いのだろう華琳の喚き声が遠くまで届き
別の部屋で華琳の悲鳴に怯え、尻を叩く音に皆は泣き叫ぶ、まさに地獄絵図
逃げるように部屋に戻れば、助けてくれと皆にしがみつかれた孫策は「どうしたら良いの・・・」と顔を引き攣らせ途方にくれていた
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えー引き続き、拠点です
本来は、おっしゃるとおり~編となるのですが
個別の前のちょっとした話なので、何も着けてません
次は、多分【蜂王と小覇王】になりますので、お楽しみに
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