No.40902

不思議的乙女少女と現実的乙女少女の日常7 『良く晴れた空 2』

バグさん

前回の続きです。
リコとヤカの2人が、エリー宅へと向かいます。

2008-11-10 22:44:13 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:563   閲覧ユーザー数:546

「は、はぁ~…………」

 

 リコは声を出して感嘆した。あるいは呆れた。

 

今日の昼休み、学校で交わされた約束。

 

エリーの家へ赴くという目的。

 

迎えを出すというエリーの気遣いを丁重に断った。エリーの家は『超』が付くほどの大金持ちで有るが故に、映画でしか見たことが無い程の高級車が何台も有るらしい。せっかくのエリーの気遣いを断ったのは、そんな車で家の前まで来られるのは正直恥かしいという事と、エリーの家までの道筋を自分で把握しておきたかったためだ。そんなわけで、リコとヤカは2人で地図と住所を手がかりにエリー宅へ向かった。

 

電車に乗って2駅。

 

駅からは十数分歩くらしい。そこで、ヤカが意気揚々と道案内を申し出た。

 

ヤカは車に乗って、であるが、一度だけエリーの家へ行った事がある。そのため、リコも軽い気持ちでヤカに道案内を任せたのだった。

 

だが、ヤカの先導に任せていたら、日が暮れる頃には自宅へ戻っていそうな勢いだったため、慌ててリコが主導権を握り、永久迷路に陥りそうだった普通の路地をなんとか抜け出し、ここまで辿りついたのだった。

 ここまで。

 すなわち、エリー宅の玄関まで。いや、正確には門まで。

 

「お、大きいわね…………」

 

「大きいでしょぅ」

 

 何故か、ヤカが誇らしげに胸を張る。一度自宅に戻ってからここまで来たため、何時ものゴスロリファッションになっている。エリーはこのファッションを嫌がっていたが、ヤカに嫌がらせの意図があるわけでは無い。単に、ゴスロリ系以外の服を持っていないだけだ。腰の辺りから3段になって下に向かっている布に、それぞれフリルが付いている。

 

大きい、とリコが呟いたのは、エリーが住んでいるであろう住宅の事では無い。

 

塀だ。

 

 鉄で構成された門の両隣へ、3、4メートルの高さは有りそうな真っ白な塀が、侵入を頑なに拒んでいる。しかも、その塀は遥か彼方にまで続いているのだ。

 

ここに来る途中に、実はこの塀を何度か眼にしていた。

 

だが、もしかしてその巨大な塀がここに端を発しているとは思わなかった。塀と同様に、その敷地も恐ろしく大きい様だった。

 

「…………で、門まで来たのはいいけど、肝心の住宅が見えないわね」

 

「門から結構歩くよー。私がこの前来た時は車だったから、そのまま5分くらい車で走ったよぅ」

 

「車で5分…………」

 

 なんだそれは。何処のサファリパークだ? などと思いつつ、どうするべきか悩んだ。そもそも、この門はどうしたら開くのだろうか。ガチャガチャと両手で押してみるが、ビクともしない。

 

錆び一つ付いていない、奇跡的に美しい鉄の色から、腐食による門破りも期待できそうに無い。

 

…………友人の家の門を破るなど、きっと一生無いだろうと考えながら、ヤカの方へ顔を向ける。

 

リコの視線に気付いたヤカは、肩を竦めた。

 

仕方が無い、エリーに電話して門を開けてもらおう…………としたその時。

 

 

『え、えーあー』

 

 

門の上側から何か聞こえてきた。若い女性の声だ。

 

「…………え?」

 

 リコが声のした方を見る。良く見ると、門扉の上の方に小さな穴が開いている。注視しないと気が付かないほどのレベルだ。きっとあそこから声が聞こえてきたのだろう。インターホンみたいなものだろうか。もしかしたら、カメラも何処かに有って、こちらの様子は筒抜けなのかもしれない。インターホンの場合、ボタンを押したら家主が応答する。だが、リコはインターホンに干渉していない。なので、カメラは有るのだろう。

 

ヤカも同様にインターホンを見て、

 

「あ、久遠さんの声だぁ」

 

 くおん? と、リコはヤカに視線を向ける。

 

 

『あーあー、マイクの…………あ、痛っ! 申し訳ございませんお嬢様、真面目にやります。でも、お嬢様がもっと早く準備出来ていればぁうあぃ痛いですすいませんほんと真面目にやりますから。……えー、ただ今、迎えの車を寄越しますので、そちらにてもう少々お待ちください』

 

 

 全く…………、というエリーの声が小さく聴こえてくる。どうやら、近くにエリーも居るらしい。

 

「あ、すいません…………えーと、久遠さん? ですか」

 

 ヤカが首を縦にするのを確認して、リコはさらに続ける。

 

「私達、別に歩いても行けますので、門を開けていただければ大丈夫ですよ?」

 

 

『えーと、でも…………あ、お嬢様』

『気遣いならば無用ですよ、リコさん』

 

 

 久遠の声が横に押しのけられていくのが分かった。代わりに聞こえてきたのはエリーの声だ。

 

『門前まで来ていただいたお客様に、迎えすら出さないのは花刻家の名折れ。ここはどうか受けて入れてくださいませんか?』

 

 

 エリーの笑顔が脳裏に容易く浮かんだ。感情豊かな声が説得となってこちらへ届く。

 

リコは一拍置いて、

 

「オッケー。分かった。じゃあ、是非お願いするわ」

 

名折れ、とまで言われては正直断りづらい。迎えを断る事に固執しているわけでも無し、ここはお世話になろう。エリー宅への道のりは十分に確認出来た事だし。

 

数分立った後、黒塗りの車がやってきた。映画でしか見たことの無い様なリムジン…………車に詳しくないリコでも、高級車で有る事が分かる。この敷地内を走っている限り、高級車で無いはずが無いのだが。

 

運転席側のドアが開いて、中から黒いスーツを着用した男が出てきた。切れ長の眼に刈り込んだ髪型が、何処と無く威圧感を感じさせる。

 

男は恭しく一礼した。よほどお辞儀をしなれているのだろうか? それとも、花刻家の教育の賜物か、あるいは男の資質によるものなのか、そのお辞儀は30度でピタリと止まり、最敬礼には及ばずとも十分な敬意が払われているように見えた。

 

「どうぞ」

 

 男は低音のボイスで車後方のドアを開け、リコとヤカに乗車を促した。流れるような動作だった。この様な事には慣れているのだろう。とはいえ、彼は学校へエリーを送迎する運転手とは異なっていた。まさか、花刻家の玄関と門を繋ぐ道筋のためだけに雇われているわけでは無いだろうけども。お抱え運転手という奴かもしれない。だとしたら、花刻家は筋金入りの名家という事になる。

 

リコとヤカが乗り込むと、運転手よりヤの付く職業の方が似合っていそうな容貌の彼は、車を速やかに発進させた。

 リコはその乗り心地に驚いた。発進時に、その動きをまったく感じさなかった。それに、走行中の現在も、濡れた和紙の上を進むが如く、静の空間を保ち続けている。それが車の性能に因るものなのか、運転手の腕に因るものなのかは分からなかったが。両方かもしれない。

 1~2分はたっただろうか。車内を沈黙が包んでいた。別に話すことも無いし、敢えてヤカと話題を作る意味も無いのだが、リコはやや息苦しかった。何か、空気が重いのだった。

 運転手の男が居るからだ。タクシーのそれならばもう少し気軽に言葉を紡げるだろうが、この無駄に高価な車を運転している人間は違う。無言で居られると妙に緊張してしまうのだ。

 ヤカは気楽に外を眺めて、鼻歌を小さく垂れ流していた。その鼻歌が車内の沈黙具合を一層引き立たせる。

 外。

 そう、外だ。

 車外には花刻家の庭が広がっている。

 リコは祖母の家、その田舎の風景と、この前行った運動公園を思い浮かべた。

 田舎では、舗装されたアスファルトの横一面が田園風景で有る事も珍しくない。花刻家の庭は、その田園風景が全て芝生に…………それも全て綺麗に整備された芝生に変化した様なものだった。

 かなり遠くには群生した木々が見えるせいで、遠くに見える山との区別が付かない。もしかしたら、あの山も敷地なのかもしれないが。

 芝生が広がっていると言っても、それだけであるという事は無い。池らしきものや、レンガ造りの建物が見えたり、かなり大きなドーム状の建物すら存在している

 本当にここは個人の所有地なのかと疑いたくなる。

 なんとも、現実感に乏しい空間だ、とリコは思った。リコの常識では、こんなに広大な空間は市や県や国や大企業が運営するようなテーマパークでしかない。夢の国だ。

 そうこう考えているうちに、5分ほどたっただろうか。屋敷が見えてきた。芝生の領域は終りを告げ、木々の広がった庭が両面に広がる道を進むうちに。

 屋敷。そう、屋敷と形容するのが最も相応しい洋式の建築物だった。城や美術館の様にゴテゴテした柱や飾り物は付いていなかったが、これは屋敷の人間の趣味かもしれなかった。スッキリとした表面は、それだけに屋敷の大きさを実感させる。右を見ても、左を見てもその屋敷が何処までも続いているような錯覚に陥る。実際、屋敷の周りは木々に覆われているので、端を確認する事が出来なかった。

 強面の運転手は車の速度を緩やかにした。

 その時、その運転手がポツリと呟くようにして言った。

 

「御2人のご来訪、心より歓迎しております。私個人の歓迎で申し訳無いのですが。…………お嬢様が御友人を招かれるなど、私には覚えが無いもので」

 

 リコは控えめに、いえ、と返事して、思った。

 

少なくとも、この運転手さんは悪い人では無い様だな、と。

 


 
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