No.385866

北郷一刀の奮闘記 第三話

y-skさん

のんびり更新の第三話です。
今回はちょっと短め。
顔見せと、次へと繋げるお話です。

2012-03-03 02:35:54 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:5269   閲覧ユーザー数:4515

小鳥の囀る声に目を覚ます。

右手で瞼を擦るも、まだ辺りは薄暗い。

固い寝台から身を起こし、大きく伸びをする。

ぎしり、と寝台が軋んだ。

取り敢えず、と宛てがわられた保健室で朝を迎えること早十日。

 

まだまだ、この寝台に慣れそうには無い。

痛む体の節々がそう告げていた。

 

朝、早朝と言っていい時間だ。

薄暗く、朝靄と静けさに包まれている。

時折聞こえる、風が木々を揺らす音と、目覚まし代わりの歌声もその静寂を破るまでには至らず、しっとりと大地に沁み込んでいく。

暖かいのが救いだ。

季節は初夏。

まだ明けの明星も姿を隠していないこの時間でも、肌寒さを感じることはない。

少し、体をずらすだけで寝台は軋み声を上げた。

早く降りろ。

そう訴えかけているようだ。

その声に急かされるように、まだ温もりを保ったままの寝台と別れを告げる。

人を、その身で支えるのが仕事だろう。

物言わぬ寝台に軽く不満を零してみるも、当然のように答えはない。

風が時折布団を小さく揺らすばかりである。

誘うような布団の動きに、後ろ髪を引かれる思いをしながら、寝巻きを脱ぎ捨てて行く。

 

誰に見られるか分かりませんから。

 

そう、先生に渡されたのはやはり女性物である。

使われている生地は上質のものらしく、すべすべと肌ざわりが良い。それに加え、ふんわりとした柔らかさを備えている。

彼女の言う通り、寝心地、着心地は中々のものであった。

最もそれに気付けたのは、ここ二三日のこと。

袖を通した当初は心が落ち着かず、寝るどころではなかった。

 

すっかり慣れてしまったな。

 

いつものように彼女の服に身を包む。

その手つきにもはや惑いはない。

長い髪、エクステの編み込まれた、を邪魔にならないように簪で留めれば徐元直の出来上がりだ。

 

 

「おはようございます。」

 

自室で朝餉の支度をする先生に声をかける。

完成が近いのか、既に室内には食欲を誘う香りが漂っていた。

 

「あぁ、北郷さん。おはようございます。」

 

先生は手を止め、こちらに向き直り挨拶を返す。

彼女は二人きりの時だと俺を、北郷さん、と本当の名前で呼ぶ。

そこにちょっと甘い理由を想像したのだが、先生は、昔の名前を呼ぶのは気が進まないので、とばつの悪そうに言うのだった。

彼女から盥を預かり、庭にある井戸へと向かう。

水汲みは現在の俺の日課である。

家、というか校舎に置いてもらっているので、出来る限りの手伝いをと、俺は先生の雑用を引き受けた。

とは言え、専ら力仕事以外にこなせることがなく、余り役に立っていないのではないか、と思い悩んでいるところである。

掃除くらいなら出来るけど、流石に料理とか洗濯はなぁ……。

料理に関しては火も起こせない有様であり、まだまだ食事を作る所までいけそうにない。

洗濯は……、推して知るべしである。洗うものは自分の服ではないのだ。

女性物の洗濯は、ちょっと腰が引けるのである。

水を盥に汲み、先生の部屋にある水瓶へと移す。それを数度繰り返し、腕がだるくなる頃には甕の中は十分に水で満たされていた。

 

二人で歓談、主に俺がいた国のこと、をしながら食事をとる。

これもいつもの日課だ。

先生は特に学校の話へと興味を示す。やはり、運営をする者としてこの話は見過ごせないらしい。

一番に驚かれたことは、日本国民が皆、教育を受けているということだった。

先生からすれば信じられないような話である。

この時代では、文字が書け、計算ができれば十分に大きな商家で雇って貰える。

それだけ学を持つものは少ない。

俺が持つイメージとは真逆であった。

俺が持っていたこの時代のイメージとは、裕福な暮らしを送るために学業を積み仕官を求める者が多かった、というものだ。

それも間違っている訳ではありません。

そう、先生は言う。

ただ、実際には本格的な学業に至る前、読み書きで挫折してしまう人が数えきれない程にいるのです。

しみじみとした彼女の言葉に、自身の環境が恵まれていたということに改めて気付かされるのだった。

 

食事を終えると一番の難所に差し掛かる。

椅子に座らされたまま、先生の動向を窺う。

鼻歌を奏でながら、いつもの様に戸棚から化粧道具を取り出していた。

一度、自分でやるから、と訴えてはみたのだが、私の楽しみを奪わないで下さい、と笑いながら凄む先生になす術もなく、されるがままになっている。

これだけはやっぱり慣れない。

至近距離にある彼女の顔に鼓動を速くする。

髪を編み込まれる時はまだ良かった……。

あのときもまた、色々と難儀したのだが、顔が見えないだけまだマシであった。

だが化粧となるとそうはいかない。

正面に回り込まれ、手が、指先が、吐息が、顔の様々な所へと触れる。

その度に熱を増す頬が、自身の動揺をそのまま先生へと伝えているのではないかと感じられた。

口元に笑みを湛えたまま、その手を止めることなく動かしている彼女はやっぱり美人さんだった。

茶色味がかった瞳は覗きこめば覗きこむ程に吸い込まれていきそうで。

薄く、形の良い唇には、今、俺に塗られているものと同じ紅が引かれ、妖艶な雰囲気を醸し出している。

そして、何より、甘い香りがする。

ふわりと宙に浮いた様な、綿雲の中に飛び込んだような、そんな何ともいい得ぬ心地の良さに、そのまま陶酔してしまいたい、と心の底から思う。

美人は三日で飽きる。誰かがそんな事を言っていた。

そんなのは全くの、出鱈目だ。

酔えば酔う程に抜け出せなく魅力が、あるいは魔力が、彼女にはある。

これでは聖職者ではなく小悪魔ではないか……。

口元から僅かに覗く、彼女の八重歯にそんな事を思う。

 

 

水鏡女学院。

その名を聞いた時に凡その想像は付いたのだが、やはり、その時の衝撃は計り知れないものであった。

 

「何か、失礼なことを考えませんでしたか?」

 

そう、可愛らしく頬を膨らませた少女。

白い着物を薄い黄色の帯で留めており、見る人に楚々とした印象を与えていた。

その色合いが、彼女の綺麗な金色の髪をよく栄えさせる。

ただその背丈は、小学生の女の子程でしかなく、品のある装いと相成って、ショーケースに飾られたお人形さんを思わせる。

そんな彼女が、あの諸葛亮 孔明だと聞かされた時は、耳と、目を、最後にちょっとだけ自分の頭とを疑った。

長机を共にする彼女に、そんなことはないよ、と答える。

未だ、訝しんだままの彼女に、先生の話を聞こう、と言えば、渋々といった様子で手元へと視線を落とした。

 

ちなみに水鏡女学園では決められた座席というものはない。

各自で好き勝手な所に座っていくシステムになっている。

しかしながら、同じ所に座りたがるのが人間というものらしく、結局は定位置が各々に出来ていた。

 

出来ていたはずだったのだが、転校生という存在が現れると、連日のように俺の隣を巡っての争いが巻き起こっていた。

やめて、私の為に争わないで。

そんな『一生に一度は言ってみたい言葉ランキング 女性編』第三位のセリフを胸に、一人悦に入っていたのは俺だけの秘密だ。

余談ではあるが、男性編には、「こんなこともあろうかと」や、「ここは俺に任せて先にゆけ」など錚々たる顔ぶれがランクインしている。

流石にこの騒動はちょっと問題じゃないかと先生に申し出ては見たのだが、

「相手より勝る所で戦いを挑む。

 如何にして勝つか、如何に得意な勝負に持ち込むかを考えることも大事なことですよ。」

好し好しと取り合ってはくれない。

それどころか、

「二日続けて元直さんの隣を狙うのは遠慮しましょうね。」

と、ルール制定までやってのける始末である。司馬徽さんは放任主義らしい。

 

そんな紆余曲折を経て、今日の俺の隣は諸葛亮さんなのである。

小学生にしか見えないような体躯でありながら、その才は俺では遠く及ばない。

正しく臥竜と称された人物である。彼女もきっと近いうちに雲を得るのだろう。

そんな彼女と並び評される鳳統ちゃんもその体は小さい。

藍色に染め上げられた服を纏い、周囲に落ち着いた印象を与えているが、彼女には人見知りの嫌いがあった。今では、多少の言葉を交わせるまでに関係を持つことが出来るようになっていたが、それでも、俺と話す彼女は何処か怯えたような素振りを見せるのだ。

男だと知られたら、本格的に泣かせてしまうのではないか……。

彼女の涙は見たくない。

そんな徐元直は今日も必死なのである。

しかし、どうにも分からないものだ。一見すると、まだ親の後をついて歩くような歳に見える彼女たちが、あの天下の臥龍と鳳雛なのである。その小さな背丈にどれほどの才が宿っているのだろうか。

 

それにしても……、と、隣で筆を走らせる孔明ちゃんを見る。

小さな体を丸めて、机にしがみ付いている姿は、小動物のように愛らしい。

知に長ける人とはどうも幼児体型に成り易いのだろうか。

先生もある一部が……、と物凄く失礼なことを思ったりする。

しかし、何事にも例外はあるようで、ただ一人だけ、グラマラスかつダイナマイトなボディを持つ少女がいた。

はちきれんばかりに膨らんだその胸は、熟れたメロンを思わせる。

空色の髪をおさげにして、同じ色の瞳は澄んだ海の様に清らかで、物腰も柔らかく、お嬢様・オブ・ザ・お嬢様といった風情である。

その胸と、不釣り合いな上背のなさが背徳感を呼び起こす。

名前を向朗、字を巨達。

俺をお姉様と慕ってくれるのも彼女だ。

ただ、スキンシップが好きらしく、ことあるごとに抱きつかれて、その柔らかな感触に参りそうになっているのが目下の悩みだったりしている。

なんとも贅沢な悩みである。

 

 

講義が終わった所で先生から声をかけられた。

隣に座る孔明ちゃん、その陰にひっそりと隠れるようにしている士元ちゃん、そして俺に、何時ものようにべったりの巨達ちゃんの四人でお喋りをしていた所である。

 

「元直さん、私の部屋に来て下さいませんか?」

 

「今からですか?」

 

「ええ。できればで構いませんが。」

 

基本、居候であるこの身は先生の言葉を拒むことはない。

それに美人のお姉さんからの頼みは断らないと心に決めているのだ。

俺と先生との会話に、孔明ちゃんと士元ちゃんはその場を離れようとしているのだが。

空気を読めない子が一人。

 

「私も、お姉……、いえ、元直さんとご一緒してよろしいですか?」

 

組んだ両手を胸に当て、ちょこんと小首を傾げる。

ぎゅう、と豊満な胸部が、潰されて形を変える。何とも柔らかそうな動きだ。

そんな巨達ちゃんの言葉に、先生はしばし考え込むように顎に手をやる。

やがて、きらきらとした期待の眼差しを向ける向朗さんに根負けしたのか、先生は一つ溜息をつき、いいでしょう、と答えた。

 

「貴方達も気になるなら着いてきていいですよ。」

 

そう、此方を窺うようにしていた、臥竜・鳳雛の二人にも声を掛けた。

いいんですか、と共に目を輝かせる二人に、俺は思わず笑みを零す。

こうした気遣いも、先生が先生である所以であろう。

 

ぞろぞろと俺たち四人は先生の後に続く。

先頭にはすらりと背の高い水鏡先生が、その後ろには、ちびっ子の孔明ちゃんと士元ちゃんが、ひょこひょこと追い縋る。

まるでカルガモの親子のようだ。

一番後ろの俺はそんなことを思う。

隣には向朗ちゃんが、俺と腕を組む、と言うよりは、しがみ付くといった方が正しい恰好で歩いている。

「歩きにくいのだけど……。」

そう、彼女に声を掛けるが、私は歩きやすいですよ、と全く取り合ってはくれない。

咎めるような視線も、にっこりと笑顔で打ち返された。

 

 

「制服を作ろうと思うのです。」

 

部屋へと着いた俺達に、先生が発したのはそんな言葉であった。

制服、という言葉を知らないちびっ子三人はきょとんとしたままである。

 

「えっと、あの、制服と言うとここのですか?」

 

呆けている三人をちらり、と目をやってから俺は先生へと問いかけた。

 

「はい。そうですよ。」

 

柔らかく微笑みながら彼女は言う。

 

「すみません、制服とは何でしょうか?」

 

消え入りそうなほど、小さな声で尋ねたのは鳳統ちゃんである。

言葉を発した後、照れくさいのか何時ものように、大きな、魔女のような帽子を、深く被り直そうとするも上手くいかない。

顔を真っ赤にしながら、あわわ、と小さく呟く。

その視線の先には、室内に入ると同時に脱いだ、とんがり帽子が置かれている。

 

「えぇと、制服って言うのは……。」

 

士元ちゃんの言葉に、制服の説明をしようと思うも言葉に詰まる。

 

制服って、どう説明すればいいんだ?

ユニフォームって言っても分からないだろうし……。

 

答えに窮した俺の様子に気付いたのか、代わりに先生が口を開いた。

 

「制服というのは、仕事着のようなものですよ。

 兵士が鎧を纏うように、料理人が前掛けをするように、その人の所属や職業を一目で分かりやすく示す服のことです。」

 

その言葉に三人はようやく合点がいったようである。

制服という、俺が最もこの中では知り得ている物を、こうも簡単に分かりやすく説明する先生に、頭の回転の違いというものを

まざまざと思い知らされた俺は若干へこみ気味だ。

 

「それをまたどうして急に?」

 

顎に、その小さな手を当てながら、孔明ちゃんは不思議そうに問いかけた。

これは俺も気になったことである。

尋ねるような俺達四人の視線に、先生は好し好しと頷いた。

 

「簡単に言ってしまえば、娯楽のようなものですよ。」

 

彼女はあっけらかんと言い放つ。その言葉に四人は一様に動作を止めた。

そんな反応も気にも留めずに、彼女は言葉を続ける。

 

「女の子はいつでも綺麗に。制服という名目で可愛い服を作ってしまいましょう。」

 

気持ちの良い笑顔で言い切った。

この顔はあれだ、趣味と実益を兼ねる素晴らしい提案だと自分で思っているに違いない。

俺の化粧をする時の、楽しそうな彼女の様子が脳裏へと浮かんだ。

 

「それは、皆さん全員が着るのでしょうか?」

 

何故か、やや興奮気味に巨達ちゃんが先生へと言い募る。

余りの勢いに、大きな胸が、ぶるん、と震えた。

瞬間的に、先生の視線がそこへ釘付けとなったことは、言葉にしないというのが優しさであろう。

 

「……そうですね。一応、全員分作るつもりではいますが、着る着ないは各自に任せようと思っています。」

 

分かりました、と答えた彼女は此方へと体の向きを変えた。

 

「お姉様は勿論、着て下さいますよね!?」

 

可愛い子に、爛々とした瞳で見つめられると、嫌と言えないのが男の悲しい所である。

曖昧に言葉を濁したものの、彼女には諾と聞こえたようで、お姉様とお揃い、と一人悦に入っているようだ。

そんな巨達ちゃんの様子に、諸葛亮と鳳統の両名は困ったような笑みを浮かべていた。

ただ、先生だけが、面白いものを見た、というように大きく口角を釣り上げていた。

 

先生の顔に、嫌な予感を感じた俺は、無理やり話題を変える。

 

「それで、何故、制服の話をおr、じゃなかった、私たちに話を?」

 

「その意匠を、徐元直さん、貴方にお願いしたいのですよ。」

 

見惚れる程の笑顔で、先生はこちらへと優雅に小首を傾げる。

 

やっぱり、女性の頼みは断れないよなぁ……。

 

涙と、笑顔が、女の武器だ。

そう、改めて実感したのである。

 

 

 

  北郷一刀の奮闘記 第三話 制服の仕立て人  了

 

 

 

 

〈あとがき〉

 

なるべく人様の出してないキャラクターを、とは思ってはいるのですが、どうしても向朗さんにご登場願うことになりました。

司馬徽さんの門下生はどうにも他には見つからないようで。

彼女にはそれなりのお仕事をして貰うのに真名が必要となるのですが、まぁ、中々浮かびません。

こんなのがいいよ、なんて思ってらっしゃる方がいらっしゃればコメントにでも書いて頂ければありがたいです。

 

では、また次回に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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