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真・恋姫†無双、孫呉短編 「貴方がいてくれたから」

テスさん

テスには珍しく、孫呉短編です。

とある孫呉の一日って感じの作品です。お付き合い頂ければ幸いです。

2012-02-23 22:45:00 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:14303   閲覧ユーザー数:11083

 

真・恋姫†無双、短編 「貴方がいてくれたから」

 

 

 

「はぁぁっ! やっ! ――せいやっ!」

 

 朝、手入れの行き届いた中庭で、勇ましくも可愛らしい女の子の声が聞こえてくる。

 艶のある長い桃色の髪を、耳より少し高い位置で左右輪を描くように結んだ少女が、両手に上半身程の大きさになる金色の輪を持ちながら己の技を磨いていた。

 踏み込んで力強く腕を突き出す。そして周囲を薙ぎ払うかように向きを変えると輪の内側に腕を通し、くるくると回転させて天高く放り投げた。

 朝日を受けて輝く輪が、ぐんぐんと天高く昇っていく。

 それを追いかけるように見上げながら、北郷一刀は驚きの声を漏らした。

 

「おぉぉ……」

 

 大好きな人の声にドキリとした少女は、その無防備な姿を見て思う。今日の鍛練は終了。

 足音を立てないように、その無防備な姿目掛けて駆けだした。

 少女の名は孫尚香。真名を小蓮。親しみやすい呼び名でシャオと、自らも名乗る天真爛漫な孫呉のお姫様だ。

 

 * * *

 

 一刀がその気配に気付いたのは、シャオが地面を蹴って全力で跳んだときだった。

 

 肩を掴まれ少女が勢い良く這い上ってくる。勢い余って剥き出しすべすべのお腹が後頭部まで達し、色んな意味で危ないと思った一刀は、全力でシャオの脹脛と太股を抱きしめた。

 

「~~か~ずと♪」

 

 その甘い呼び掛けに一刀はほっと胸を撫で下ろした。シャオは孫呉の姫。怪我をさせては大問題だ。

 彼女の太股にこうして顔を埋めていることも大問題なのだが、彼の名誉のために先に言わねばなるまい。不可抗力であると。

 自らの重みで滑べり落ちていく少女。その蓮の花のような淡い薄桃のスカートの中に、一刀の頭が少しずつ潜り込んでいく。

 

「――!? ちょっと、かず――ひゃっ! だめぇぇぇっ!」

 

 羞恥に頬を赤くして、必死にスカートを抑えつける。

 

「シャオ、じっとして! 危ない!」

 

 両足をばたつかせてシャオが暴れるために、それを必死に押さえ付けようとする一刀。堂々巡りに自然と二人は抜け出せなくなる。

 傍から見ればそれはもう、明日の瓦版の一面を飾ってもおかしくない状況だ。

 

『呉の次期都督候補、ご乱心。嫌がる幼女の大事な所に、顔を埋めてお楽しみ』

 

 全力でもみ消さねばならない。呉を揺るがしかねない大問題だ。しかし、偶然前を通りかかった宿将はそうは思わなかったようだ。

 

「なんじゃ、朝っぱらから騒々しい……」

 

 黄蓋こと祭である。彼女の足下に突如ガシャーンっと音を立てて落ちてきた物は、シャオの武器である月下美人の一つだった。練習用ではあるが持ち主は現在、一刀と戯れている最中だ。

 

「ほおぅ、鍛練をさぼるとは小蓮様も困ったものじゃ。どれ、ちと灸を据えてやらねばなるまい」

 

 祭は月下美人を拾い上げ輪投げのように狙いを定めると、しなやかに腕を伸ばして手放した。ふわりと舞い上がったそれは重なる二人にすっぽりと落っこちた。

 

 * * *

 

「――きゃぅ、あ、あれぇ?」

 

 祭の投げた月下美人に一刀とシャオが填まっていた。

 一刀はシャオを下ろそうとするも、背中に引っ掛かりを覚えて青褪める。

 

「……あ、あれ? シャオ、俺達何かに挟まってないか?」

 

 擽ったそうに身を捩らせつつ、シャオは戸惑いながら答える。

 

「う、うん。何故か月下美人にシャオと一刀が挟まちゃってる。あ、祭! 助けてー!」

「小蓮様、鍛練をさぼった罰と思いなされ!」

「えぇ~!! さぼったって、ほんのちょっとだけじゃない。一刀が来る前はちゃんとやってたもん!」

 

 小蓮はぷっくりと頬を膨らませるも、祭は首を横に降る。

 シャオの落胆に、一刀は祭の声がしたほうへ叫んだ。

 

「えっ、祭さん!? 俺関係ないよね? なんで俺が巻き添えに――!?」

「あぅっ、息吹き掛けちゃダメ。くすぐったいよ……もう」

「ご、ごめん!」

「小蓮様の鍛練を邪魔した北郷も悪い――が、ふむ。役得じゃろうて? はっはっは!」

「祭さん、このままだと色々問題あるから!」

 

 祭は大きく背伸びをしたあと、去っていった。

 

「一刀? 祭、本気で行っちゃったよ?」

「えっ!? ほんとにまずいって!」

「何で?」

「何でって……」

 

 ○雪蓮とバッタリ出会った場合

『何それっ! あはっ、あははははっ! 冥琳、お酒ーッ!! お酒持ってきてーッ!!』

 助けてくれるどころか、もっと酷い状況になりそうだし!

 

 ○蓮華とバッタリ出会った場合

『軍議までに何とかしないさい! じゃないと、もう一刀とは口を利きませんから! ぷぃ!』

 拗ねる。絶対に拗ねる! 可愛いけど洒落にならないぞ!

 

 ○シャオに誰かと出会った時のことを話したら……

『何よ、お姉様達のことばかり気にしちゃって! 今はシャオのことだけ考えてれば良いのっ――!! ぽかっ!』

 

 頭を叩かれるだけならまだマシだが……

 

『こうなったら、シャオのことしか考えられなくしてやるんだからっ――!! えいっ!』

 

 何が『えいっ!』だか分からないけど、それが一番不味い気がする!

 

「えっと、朝からシャオの魅力に溺れちゃうとね……いろいろと問題が」

「……ふ~ん」

 

 耐えるんだ、俺。ここで我慢できず、シャオちゃんペロペロなんてことになったら、どんなことになるかっ!

 

 自制心でこの場を乗り切ろうとする一刀。対するは、大好きな人の自我崩壊を目論むシャオ。

 

「一刀がその気になってくれるなら、シャオ何だってするよ?」

「待ってシャオさん! 嬉しいけどっ、嬉しいけど、今の会話と全然関係ないよねっ!? 俺の世間体の問題だから!」

「やっぱり、一刀。シャオのことが嫌いなんだ……」

「違う、違う!」

 

 誤解を解こうと全力で首を振ると、吐息を漏らして身を捩らせるシャオ。ペロペロまでもう……んっ、んっ!! 北郷一刀にとって色んな意味で裏目裏目に事態は流れていく。

 

「ちょっ、考えて! 孫呉のお姫様を朝っぱらから中庭で貪ってたら、色々と問題あると思わない!?」

「う~ん、それもそっかぁ……。じゃぁ皆のいない所で、ねっ?」

「いや、えっと、うん。っじゃなかった!」

「シャオのこと、ペロペロしたいんでしょ?」

「衛生兵っ! 衛生兵~っ! シャオが俺の心を鷲掴みしてきます!!」

「一刀だってシャオのお尻、鷲掴みしてるくせにーッ!」

 

 さらに言えば皆を虜にしてるくせにと、シャオは頬を膨らませる。何故こんなに迫っても相手にされないのか。

 シャオが不安げに問う。

 

「シャオ、そんなに魅力ない?」

 

 一刀が首を横に振る。

 

「――そうじゃないんだ。シャオはとても可愛いし、魅力的だよ。だからこそ我慢しなきゃいけないっていうか」

「シャオが皆と比べて子供ぽいから? いろいろ勘違いされたりするから? だから我慢するの?」

「皆の目が気になってとか、そういうのじゃないんだ。それは全然違うよ。シャオ」

「――じゃぁ!」

 

 感情を高ぶらせたシャオが一刀に説明を求める。

 

「シャオは俺のことを大事に思ってくれてる。俺だけじゃない。皆のことだって大切に考えてる。シャオはとても優しい女の子から、だから俺もシャオに対して優しくありたいし、真摯でいたいんだよ」

 

 顔を赤くして、シャオは気恥しそうに答える。

 

「そっか、一刀はシャオのこと、大事にしてくれてるんだね。――シャオかなり嬉しいかも♪ だから、うん。シャオは一刀のこと、とってもとっても大好きだよ」

 

 とても甘くて、とろけてしまいそうな、そんなシャオの大好きだった。

 

 

 孫伯符こと雪蓮は中庭を見て目を疑った。

 

「……変態がいるわ」

 

 一刀がシャオのスカートの中に顔を埋めて立っている。しかしシャオはその変態の頭を愛おしそうに撫でている。

 

「どう転んだってありえないんだけど、でも……」

 

 雪蓮は優しい笑みを浮かべながら、愚痴った。

 

「あんなシャオの顔見せられるとね。……ずるい。一刀ずるいなぁ~」

 

 孫呉の姫は一人じゃないのよ?

 

「私にもあんな顔させてみなさいよ。……な~んてね」

 

 押さえ込む。押さえ込まなければならない。じゃないと私は彼を独占してしまう。

 

「一刀の馬鹿! 変態! イ~~ッ、だっ!」

 

 邪魔してやろうかしらっと雪蓮は思う。しかしそれでは余りにも大人気ないし、面白くない。

 

 さて、どうしてやろうかしら――?

 

 * * *

 

「でもこのままじゃ不味いよねー どうしよう一刀」

「誰かに頼んで、月下美人を切ってもらうしか……」

「シャオ、それは反則だと思うの。だから却下!」

 

「あっれぇ~? 小蓮に……もしかして一刀っ!? どうしたの!?」

 

「その声は雪蓮!?」

「あっ、雪蓮姉様! おっはー♪」

「おはぁ~♪ あらぁ? 一刀は私に朝の挨拶は無しかしら?」

「お、おはよう」

「おはよう、一刀! ふふーん♪」

 

 これは危険だ。声のトーンがすでにはっちゃけている。

 何か企んでいるのではないかと一刀は危惧するも、雪蓮は別に気にしていないといった感じでシャオと普通に会話を始めた。

 

「シャオは朝からご機嫌ね。どうしたの?」

「えへへっ、一刀がね、シャオをギューってしてくれるの♪ 心も身体もシャオは一刀一色なんだから♪ 今日は良い一日になりそう!」

 

 シャオの惚気話に内心呆れつつ、シャオのスカートから自力で抜けだした一刀の表情を窺う。

 鼻の下を伸ばして、全く以てだらしのない顔だと雪蓮は思った。そんな一刀がシャオに視線を向けると、シャオは絡ませるように見詰め返して恥しげに微笑む。そんな妹の姿に、彼女は内心冷や汗をかく。

 

 ……しょ、小覇王も舐められたものね。

 

 貴方って人はと呆れつつも、慈愛に満ちた優しい口調で、

 

「全く、朝からシャオをメロメロにしちゃって……」

「あははっ……」

 

 口元を引き釣らせながら笑う一刀に、雪蓮は愛しそうに目を細めながらシャオの背後に回り込む。

 当然、二人は彼女を追い掛ける。

 

「シャオ、じっとしてなさい?」

「えっ、う、うん……」

 

 一刀は思った。あぁ、これで何とか落ち着くことができると……

 シャオも思った。残念だけど、でも十分だよねっ。これ以上一刀を独占するのは皆に悪いし、と。

 しかしシャオは奇妙な違和感を感じていた。何故シャオは、両腕を後ろで縛られているのだろうかと。

 

「――よし、完了♪」

「えっと……、あ、あのね、雪蓮姉様?」

「シャオは一刀の心を鷲掴み。なら私は一刀の心臓鷲掴みってところね」

「へっ、雪蓮さん? 仰ってる意味がよく分からないんですけど……?」

 

 もう堪え切れないっといった具合に彼女の口元からくくっと笑いが漏れると、雪蓮は一刀の後ろに回り込み、右側の肩と腕にぽんっと両手を置いて彼の瞳を覗き込んだ。まるで悪戯が成功した子供のような、そんな笑みを浮かべて、その間抜けっ面の頬を人差し指で連打する。

 

「ばっかねー! こんな面白いこと、私が放っておく訳ないじゃな~い!」

 

 ついに本性を露わした雪蓮に戦々恐々となる一刀。雪蓮はうふふ♪ と笑いながら、シャオのスカートを一刀に被せた。当然、シャオから驚きの声が上がる。

 

「しぇっ、雪蓮姉様!?」

 

 ――腕、動かせない!? こ、これじゃスカートが戻せないっ!?

 

 これは堪らないと、羞恥に耐えきれずに悲鳴を上げた。

 

「こ、こんなの恥しいよぉぉぉ――!」

 

 そして雪蓮は屋敷に向かって、刮目せよっ。これぞ小覇王っと言わしめんばかりに雄叫びをあげた!

 

「蓮華、蓮華ぁぁぁ~~!!」

 

 屋敷からガタガタと窓を持ち上げて顔を出したのは当然……

 

「何ですか、姉様。大声で……」

 

 ダァァァーン!

 

 物凄い音が響いた。

 

 * * *

 

 閉めたはずの窓が反動で全開になり、蓮華の部屋のカーテンが風で靡いている。

 絶対に叱られる! シャオは青褪めていた。

 

「よ、よりにもよって、蓮華姉様だなんて……」

「しぇ、雪蓮……」

「あっ、それじゃぁ私、南海覇王取ってくるわね~♪」

 

 バイバ~イっと手を振って逃げようとするのを、そうはさせじと一刀が動いた。

 

「逃がすかっ!」

 

 ――むにゅ

 

「……むにゅ?」

「こ、こらこらこらーっ! どさくさに紛れて、どこ触ってるのよ一刀!」

 

 こ、この柔らかさはっ!

 

「ちょっ、お腹は駄目! 脇腹はもっと駄目なんだからっ!」

「シャオのお尻も捏ねちゃだめーっ! あわわわわ、あぁぁ暴れちゃだめーっ!!」

 

 脇腹を攻められ身を捩らせる雪蓮に一刀は必死でしがみつく。シャオがバランスを崩しそうになったために、支えようと雪蓮が動きを止めたところに、一刀がしっかりと腕を回してしまった。

 

 ――しまった! 逃げ遅れた!?

 

「こうなったら、雪蓮も一緒に蓮華の誤解を解いてもらうからな!」

「い、嫌よ! そもそも誤解を受けるようなことをしてる貴方達が悪いんじゃない!」

 

 ――ここにいては危険だ。蓮華が来る前に何としてでも抜け出さないと!

 

「きゃっ! 一刀も雪蓮姉様も、危ないから暴れないで! シャオが一番危ないんだから!」

 

 一刀が体勢を崩して倒れでもしたら、両腕の使えないシャオが危ない。これじゃ力任せに振り払えない!?

 

 ――くっ、シャオの腕を縛ったのが裏目にでてしまうなんてっ!

 

「くっ、放しなさい! 早くしないと蓮華が! ――はっ!」

 

 蓮華が向こう側から、ずんずんと早歩きで近付いてくる。一刀絡みで走ってこないことに、成長したわねっと雪蓮は内心褒めるのだが、その表情は苦渋に満ちていた。

 

 息を切らした蓮華が、眉を釣り上げて雪蓮に言った。

 

「私が来ると、何か不都合がおありですか……雪蓮姉様」

 

 ――聞こえてた!?

 

 雪蓮の背筋が凍りついた瞬間だった。

 

 * * *

 

「え~っと、おっは~♪」

 

「おはようございます。で、三人で仲良く何をやっているのですか?」

 

 その碧眼に三人の姿を冷たく映し出し、蓮華は物静かに問う。

 

「えっとね……その。そう! シャオと一刀が変態ごっこして遊んでたから、注意してやろうと!」

「違うんだ、蓮華!」

「一刀は黙ってて!」

「はい――!」

 

 蓮華に瞬殺されて一刀は思う。こうなったら蓮華の良心にかけるしかない!

 

「本当よ! 中庭を見たら、一刀がシャオのスカートの中に頭突っ込んでたのよ――!?」

「……一刀、それは本当なの?」

「違うんだ、蓮華! それには――」

 

 深い理由があるんだ。そう言い終わる前に雪蓮が口を挟む。

 

「――言い逃れする心算!? じゃぁ、この状況は何!?」

 

 見なさいっとシャオのスカートを指差す。それはまさに雪蓮の言った通り。

 当然、蓮華の眼に鋭さが増す。

 

「どう見ても雪蓮姉様の言う通りなんだけど? シャオ、これは一体どういうことかしら?」

「……ぐすん。雪蓮姉様が、シャオの両腕縛って恥しい恰好させたの……」

「雪蓮姉様――っ!!」

「ちょ、ちょっとからかってやろうと思っただけじゃない! でも一刀がシャオに頭突っ込んでたのは本当よ――!?」

 

 蓮華はシャオのスカートの中から一刀の顔を出し、シャオの両腕を縛る紐を解いてやると、シャオは一刀の頭に片手を置いて、乱れたスカートを必死に直し始めた。

 

 雪蓮が隙を見て脱出を試みるも、そこは未来の都督と称される一刀。雪蓮の行動はお見通しと、足を絡ませ徹底抗戦する。シャオは器用に体勢を保ちながら一刀を応援する。

 

「――逃がすか!」

「くっ――猪口才な!」

 

 蓮華はそんな二人の姿に呆れつつ、胸の下で腕を組みながら再度質問した。

 

「全く……。それで? 一刀とシャオは何をやっていたの?」

「それが、月下美人が抜けなくなっちゃって……」

「……はぃ?」

 

 隙間に指を入れて確かめながら、信じられないわと叫ぶ。

 

「どうしたらこんなうらっ、状況になるのよ……!?」

「シャオが鍛練放り投げてまで、俺に会いに来てくれたんだよ。それを抱き止めたんだけど……」

「だって、一刀に会えて嬉しかっただも―ん! そのあと祭がね、鍛練をサボった罰だって。こんな感じになったの。まっ、一刀はご褒美だけど。ね~?」

 

 ――そこで話を降らないで、シャオさん!

 

 悋気を纏いながら妹の横顔を睨みつける蓮華に、震えあがる雪蓮と一刀。劫火渦巻く瞳の中に、未だ二人を離さない月下美人を写し出し、雪蓮へと飛び火させた。

 蓮華は二人の間に割って入り、一刀の腕に抱かれる雪蓮を引き離した。

 

「姉様、そこをどいて! ……私がやります」

 

 雪蓮が慌てて距離を取ると、蓮華が月下美人を無理やり引っ張り出した。中庭では二人の悲鳴がこれでもかと言わんばかりに響き渡った。

 

 * * *

 

 変化はあった。ただ……

 

「……くっ、さらに酷くなったわね」

「そんなことないよね? ねっ、一刀♪」

「いや、その……」

 

 二人は向かい合う状態で輪に挟まっていた。シャオは一刀の背中に腕を回してピッタリとくっついている。

 ご機嫌なシャオとは正反対に、蓮華の表情が見る見る険しくなっていく。

 

「……すぐにでも二人を解放してあげないと。一刀が困っているわ」

「そんなことないよねーっ? ……んふふ、でもちょっぴり恥しいかも♪」

「――くっ!」

 

 妹の艶めいた仕草が挑発に思えてくる蓮華。

 

「でも耐えるのよ蓮華! 私は何? 次期孫呉の王! これぐらい耐えられないで、王が務まるものですか! でも羨ましい。実に羨ま――」

「――姉様ッ!!」

 

 キッっと睨みつけるも、その反応に活き活きと瞳を輝かせる雪蓮。

 

「何かしら~?」

「適当なことを言わないでください――!」

 

 雪蓮を相手にしていては駄目だと悟った蓮華が、誰かを呼ぼうと大きく息を吸い込んだ時だった。

 

「ふ~ん♪ へぇ~♪ ほぉ~♪」

 

 雪蓮の含みを持たせた言い方が癪に障った。

 

「な、何ですか? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言ってください!」

「そっかー。蓮華は羨ましくないんだー」

「羨ましくありません!」

「そうなの。でも私はとっても羨ましいわ。えいっ!」

 

 雪蓮が一刀の背中に飛びついた。

 

「一刀♪ えへへ~♪ ~~か~ずと♪ ん~~ふふふっ♪」

 

 身体を密着させて、頭を擦りつけ猫のようにゴロゴロと喉を鳴らす。

 

「なっ、ズルい――!」

 

 ――ハッ! っと気付いた蓮華が口元を押さえる。

 

 雪蓮とシャオが、今の聞いた!? っと互いに顔を見合わせて、

 

「ずるくなぁ~い。ずるくないわよね、シャ~オ?」

「うん、ずるくな~い! だって一刀は皆のモノだも~ん!」

 

 ”ず”と”な”を強めたイントネーションで蓮華の言葉を否定したあと、顔を合わして、ねー! っと、それはもう息ぴったりだ!

 

 二人揃えば怖い物知らずと、ワナワナと震えだした蓮華をからかっていた。

 

「思春――!! 思春はいる――!?」

 

 * * *

 

 物影に隠れてこの一部始終を見守っていた周泰は、木の裏側で凭れたまま全く動こうとしない甘寧の下へと、軽やかに移動して問い掛けた。

 

「し、思春様、呼ばれてますけど……?」

「……(フルフルフル)」

 

 思春は首元に巻いている布で、そっと口元を隠して目を閉じた。

 

 * * *

 

 辺りを見渡すも反応がない。

 

「くっ、こんな時にいないなんて…… 明命! 明命はいる――!!」

 

 * * *

 

 思春は片方の目を開いて、蹲った明命の様子を窺う。

 

「……明命」

「……きゅ、急にお腹がっ!」

 

 * * *

 

「み、明命もいないなんて!? 一体どうしたのかしら。――あっ、雪蓮姉様! いい加減一刀から離れてください!」

 

「なぁ~に~? 蓮華は別に羨ましくないんでしょ?」

 

「そ、それは……! くっ!!」

 

 * * *

 

 追い詰められる蓮華を見て、明命が不安そうに呟く。

 

「あ、あのぉ~ そろそろお止した方が良ろしいのでは……?」

「いや、あの馬鹿がいる。が、ここで蓮華様を泣かせるようなことがあれば……」

 

 鞘から鈴音をほんの少し抜いて――、落とした。明命の耳に微かな鈴の音を響かせて、隠した口元に優しい笑みを浮かべる。

 

「などと同じ台詞を幾度吐きつつも、未だ叶わん。安心しろ――」

「……本当に大丈夫でしょうか」

 

 * * *

 

「そ、それは……! か、一刀が迷惑がってるでしょ! ……って、一刀?」

 

 右手でシャオを抱き上げ、背中にくっつく雪蓮を引き摺りながら、何やらぶつぶつと呟きながら無言で近付いてくる一刀。

 

「思春も……」

「……えっ?」

「明命も……」

「……一刀? 本当にどうしちゃったの?」

「――いない!」

 

 その意味に、いち早く気付いた雪蓮が爆笑した。

 

「か、一刀ってば、もう、本当に最高ねっ! そうよねっ、こんな機会滅多にないわ!」

「えっ、えっ? 雪蓮姉様、どういうこと――?」

 

 シャオはまだ事態が把握できないでいるが、一刀は今、とんでもないことを仕出かそうとしている。

 

 一刀が左手を伸ばして蓮華を求めたとき、彼女も違う意味で悟った。あぁ、一刀はやっぱり私の味方なのだと。

 

「あら? 蓮華、逃げないの?」

「へっ――!? えっ、いや、その! か、一刀、駄目よ? 止まりなさい!」

 

 って言う割には、全然嫌がってないし! 命令しても止まらないのを喜んでるどころか、期待に満ちた表情で全力で誘ってるし!

 

「蓮華姉様、自重ッ!」

 

 言葉では拒みつつも私はここよと誘う蓮華に、全く以て気に入らないとシャオがキレた!

 

「――くくくっ、何これ! あはっ、あはっ、お腹痛い! お腹痛いわ!」

「こんな中庭でなんて♪ 駄目よっ、駄目なんだからぁぁぁ――っ♪」

 

 一刀が圧し掛かるように蓮華を押し倒すと、中庭に孫呉の姫君達の楽しげな悲鳴が響き渡った。

 

 

「コロス、コロス、コロス――!!」

「思春様、我慢です! 我慢です!」

 

 

 重なるように、四人が芝生の上に転がっていた。

 

「蓮華も、シャオも、雪蓮も、もう放さないぞ――!!」

「やっ、くすぐったいっ♪」

「シャオ、お姉様達と一気に大人の階段昇っちゃうんだね……♪」

「あははっ、楽しい! 姉妹揃ってこんな楽しい時間を過ごせるなんて――、ほんと……夢にも思わなかった」

 

 突然声を震わせた雪蓮が指で涙を拭うと、心配になって動かなくなった一刀とその両側にいる妹達を優しく、包み込むように抱きしめた。

 

「この子達に、姉らしいことずっとしてあげられなかったし、遊んであげるなんて以ての外だった。母様と戦に明け暮れて、道半ば母様が倒れられて。私達家族は一瞬でバラバラ。――孫呉復興。その悲願を成し遂げるために、自分を捨てて皆がむしゃらに突き進んできた。成し遂げて王になった今も、妹達には皇族として孫呉の名に恥じぬようにって、そんな振る舞いを強要して――だからこんな風に、姉妹揃って、馬鹿みたいにふざけ合うことなんて、もう絶対にできないって思ってた」

 

 ――そう。

 

「貴方がいてくれたから。私達の傍にいてくれたから。一刀、ありがとう――! 愛しているわっ、この世の誰にも負けないくらいに!」

 

 妹達を押しのけるようにして一刀の唇を奪う雪蓮に、先を越されたと騒ぎ立つ妹達。

 

「あっ! 一刀にキスするなんて雪蓮姉様ズルイ――! シャオだって負けないんだから!」

「雪蓮姉様には申し訳ありませんが、一刀は私が一番ですからっ! とにかく離れてくださいッ!」

 

 シャオと蓮華が雪蓮を引き剥がすと、雪蓮は瞳で一刀を誘う。

 

 ――さぁ、妹達と遊びましょう! 付き合ってね一刀♪

 

 その標的を蓮華に定め、愛する人の真名を呼ぶ!

 

「一刀!」

 

 その呼び掛けに呼応するように、一刀は蓮華を羽交い絞めにして二人仰向けに寝転がると、雪蓮は指を卑猥に動かしながら、妹の脇腹を掴んだ。

 

「ま、待って! お願いだから待って!」

「蓮華、覚悟なさい! 愛する人の前で、緩みきってだらしのない、とっても恥しい恰好を曝すといいわ!」

「いやっ、やめて! お願い! いやっ、許して――! 一刀見ないでぇぇぇ――ッ!」

 

 弱い場所を攻められ、激しく、何度も身を捩らせる蓮華。その反応が無くなるまで擽り拷問地獄は続けられた。解放された蓮華は最後の力を振り絞り、そのか細い腕で真っ赤な顔を隠しながら、見ないで見ないでぇ~♪ と懇願し、ハァハァと艶めかしい息使いで倒れている。

 

「シャ~オ?」

「あははは……、えーと、一刀!? シャオの腕上げちゃダメッ、ダメぇぇぇーーッ!」

 

 そして未だ月下美人に挟まれ、逃げ場のないシャオ。その剥き出しの脇腹に雪蓮は指を伸ばすと、シャオは一刀の胸の中で可愛らしくのた打ち回る。これが功を奏し、シャオと一刀が月下美人から抜けだす事に成功する。

 

 一刀の腕にしがみついて、必死に顔を隠すシャオ。蓮華姉様のような変態にはなりたくない。

 

「一刀……」

「雪蓮……」

 

 邪魔者はいなくなった。互いを瞳に映しだし、火花を散らせて睨みあう。恋人のような甘い雰囲気は消し飛んでいた。

 

「一刀が私に勝てる訳ないじゃない。大人しく、私の思うが儘になりなさい!」

「やってみなきゃ、分かんないだろ?」

 

 膝立ちした二人が両手を広げるように構える。

 

「ふーん、楽しませてくれるんだ? って蓮華!?」

 

 復活した蓮華が雪蓮の右腕を掴んだ。

 

「ふふふふふふふふふふっ……ズルイです。ズルイです姉様。一人だけなんて……」

「邪魔するっていうの!? は、放しなさい――って、シャオまで!?」

 

 左腕までシャオに拘束される。

 

「逃がさないんだから……一刀!」

 

 一刀が雪蓮の太股を持ち上げて転がすと、透かさずその上に馬乗りになって押さえ付ける。

 

「あら、孫呉の王の私に馬乗りとか――ひっ!?」

 

 雪蓮の脇腹を撫でて……

 

「何か言った?」

「か、一刀~~ッ! 覚えて――ッ!?」

 

 一刀が雪蓮の唇を塞ぐ。見事なまでの不意打ち。

 

 ――完璧にやられた。妹達が見ている前で、醜態を晒すことになるなんて!

 

「ヒィッ、ダメダメダメ! ほんとダメって、一刀やめっ、ぃやぁぁ――っ、お願いだからァァァ――ッ!」

 

 

「天の御使いについて、一言お願いします!」

「孫策様も天の御使いの攻略対象なんでしょうか!?」

 

 周瑜、陸遜、呂蒙という呉の三軍師が、兵士達に守られながら大勢の取材陣を引き連れて回廊を進んでいた。

 

「官渡の戦いについて一言お願いします!」

「袁紹は機を逃した。ただそれだけの話だ」

 

 周瑜の的を射た一言に、陸遜こと穏は冥琳様らしいなぁと思った。案の定、記者の面々は意味が分からず追及してくる。

 

「き、機を逃したとは、どういった理由で!?」

 

 が、冥琳の冷たい視線に記者達は凍りつく。その質問には穏が答えた。

 

「袁紹さんは曹操さんが体勢を立て直す前に、河南へと攻め込むべきだったんですよ。圧倒的資金力に胡坐をかいて暢気に構えた結果、曹操さんに五分と五分の戦いに持ち込まれてしまった。袁紹さんの自業自得と言った所でしょうかねぇ」

 

 ちなみに、穏は呉の記者達に大人気だ。周公瑾と比べれば、そのほわほわと柔らかな声色は春の日差しのように癒される。勿論彼等の視線が、彼女の豊かな胸に釘付けなのは言うまでも無い。

 

「蜀と正式に同盟を組むそうですが、蜀が裏切るという可能性は!?」

「現在では考えられませんね~。魏の曹操さんが官渡の戦いで勝利したことで、呉と蜀を足しても十二分に上回る国力を得たことになりますから」

 

 穏に続いて、呂蒙こと亜莎がその可能性の無さを説明する。

 

「そもそも王の考え方が全くの正反対なのですから、有り得ないでしょう」

 

 睨まれたと勘違いした記者達の足並みが乱れる。また勘違いされてしまったと、彼女は紫の長い袖を手前に合わせ顔を隠した。こうなったら記者達の質問を一切受け付けない。

 代わりに答えるのは、やはり穏である。

 

「それに孫策様は反董卓連合で蜀王である劉備さんと会談し、そこで密な関係を築いてますし。まず裏切ることはないでしょう。目前の敵は魏の曹操さんで間違いありませんね」

 

 その時、中庭から女性の声が聞こえてきた。

 

「ダメッ、一刀もうダメっ! お願い、許して~~っ!!」

 

 * * *

 

 取材陣に衝撃が走る。

 

 一刀といえば、都督候補の北郷一刀で間違いない。朝から女性をひいひい言わしているのか!? この特ダネ、絶対モノにせねば!

 

「い、一体中庭で、何をされて……」

「ななな、何のことでしょう、か、ねぇ、冥琳様?」

「う、うむ。申し訳無いが、取材陣の方々にはこの辺りで――」

 

 必死に誤魔化そうとする穏と冥琳。だがそれも虚しく、中庭から一刀の嬉々とした大声が聞こえてくるのであった。

 

「雪蓮、まいったか! まいったと言え―ッ!!」

 

 * * *

 

 取材陣に、激震走る。

 

 雪蓮と言えば、我等が王、孫策様の真名ではないか! 間違いない。待て待て待て、朝から二人で何をしているんだ!?

 

「先ほどの声は、孫策様では!?」

「もしや中庭で北郷様に襲われている!?」

 まずいと思った冥琳はすぐさま彼等の行動を制限する。同時に、穏を中庭へと走らせる。

 

「取材陣はここから一歩も動くな! 穏、行け!」

「――何か隠そうとしているぞ!?」

 

 それでも真実を求め、命知らずの記者数人が中庭へと駆け出した。

 

「――くっ、そ奴等を取り押さえろ!」

 

 追いかけて行った数人の兵士達が記者を取り押さえる。

 

「大人しくしろ!」

 

 だが、一人の記者が必死に身を捩らせて、問題の中庭へと辿りつく。

 

「こ、これは!? ――孫権様や孫尚香様までいらっしゃるぞ! ぐわっ、やめろぉぉっ!」

「何だと!? まさか天の御使いと孫呉の皇室は朝から晩まで肉欲で爛れた生活を送っているというのか――!?」

「ぶ、無礼な! どのような証拠を持ってそのような口を! 皇族を侮辱するとは言語道断! 亜莎、その男を黙らせろ!」

 

 穏の長い袖が記者の顔面に舞うように当たった瞬間、鈍器のような物で殴られた鈍い音が聞こえ、一人の記者が崩れ落ちるように倒れた。命令を無視し取り押さえられた数人の記者達が兵士達に運ばれていく。

 

 記者達の間に疑念が渦巻いていた。

 

 * * *

 

 穏が息をぜーぜーはーはー言わせながら、雪蓮達四人の前にやってくると、涙目で大変だと現状を伝えた。

 

「な、何をやっているんですかっ! さっきの雪蓮様の『もうダメェ~~ッ! 許してぇぇぇ~~ッ!』って悲鳴と、一刀さんの『ここかっ、ここがええんか~!』って声が丸聞こえで、瓦版の記者達が朝から何をやってるんだって騒いでるんですよぉ!」

 

『――ぶっ!』

 

 青褪める一刀と、雪蓮。

 

「しかもその場に小蓮様や蓮華様もご一緒となると、記者の人達の頭の中は肉林ですよ! もうどう説明したらいいんですか!」

 

 シャオが問う。

 

「でもそれって強ち間違いじゃないよね?」

「そうですけど~! このままじゃ淫靡な関係が生々しく瓦版で広められちゃいますよぉ? 街の中歩けなくなっちゃいますよぉ? それでも良いんですかぁ?」

 

 一刀が立ち上がって、シャオの月下美人を拾う。

 

「――分かった。自分達で撒いた種だ。何とかするよ」

「一刀さん、何か策が!?」

 

 一刀が頷くと、張り詰めた緊張が解けたのか、穏が芝生の上に崩れ落ちた。

 

「一刀、大丈夫なの?」

「うん、孫呉の姫が勢ぞろいだぞ? これって庶民からすれば本当に凄いんだから。それで三人にお願いがあるんだけど……」

 

 

 中庭から一刀を連れて穏が戻ってくる。冥琳は穏の表情を見て確かな手応えを感じる。

 

「皆さん、お疲れ様です」

 

 一刀が挨拶した途端、記者達が前のめりになって質問を投げかける。

 

「北郷様! 中庭にいらっしゃるのは、皇族の孫策様、孫権様、孫尚香様で間違いありませんね!」

「間違いありませんよ?」

「先ほどの孫策様と思われる悲鳴と、北郷様の声に関して。――朝から何をされていたんですか!?」

「説得をしていました」

 

 ……さわざわざわ

 

「い、一体どのような?」

「俺は考えていました。記者の皆さんに、彼女達の私生活を少しだけでも見て貰いたいと」

 

 その一言に、冥琳は眼鏡を指で持ち上げ合図を送る。大丈夫なのだろうなと。

 それに気付いた一刀が冥琳にウインクする。そんな二人のやり取りを、亜莎は憧れの眼差しで見ていた。

 

「忙しい彼女達です。三人一緒にいられる時間は本当に少ないんです。でも今日ならと思いまして、雪蓮に承諾を貰いました。ですがいざ目の前になると恥しいと逃げだそうとしたので。確かに、普段見せない姿を見られるのは、ちょっと恥しいかもしれませんね」

 

 記者達から確かにと同意を得る一刀。

 

「彼女達は皇族で立場もあります。それゆえに家族として過ごす時間は特別なんです。それを皆さんにも知って貰いたい。今日だけ、特別に――」

 

 記者達を中庭に案内すると、彼等から感嘆の声が上がった。

 

「おぉ……これはっ!」

 

 中庭ではシャオが月下美人を手に持って、寄り添うように座る二人の姉の前で舞を踊っている最中だった。

 

「おぉ、尚香様が日ごろの成果を披露されているぞ」

「それを見守る孫策様と孫権様の笑顔が何とお優しいことか!」

 

 舞が上手くできたのか二人の姉から拍手され、シャオは嬉しそうに二人目掛けて飛び込んでいった。彼女達がこちらに気付き、笑顔を向けて穏やかに一礼した。

 

 * * *

 

 記者の後ろでは、冥琳が口元を押さえ必死に笑いを堪えていた。

 

「くくくくくっ……」

「め、冥琳様~! 今、笑っちゃ駄目ですよぉ~!」

 

 酸欠に陥りそうなのか、全力で首を振っていた。

 

 無事取材陣をやり過ごした一刀達だったが、当然、二人は冥琳に呼び出され叱責を受けた。

 

 その日の夜、美味い酒が手に入ったと冥琳が一刀の部屋にやってきた。当然、大歓迎と部屋の中に招き入れる一刀。

 冥琳が酒の入った甕を食台に置いて座ると、一刀が二人分の酒器を持って歩いてくる。

 

「冥琳が部屋まで訪ねてくれるなんて……嬉しいよ」

「たまにはこうして、二人で飲むのも悪くない。あぁ、すまない――」

「そうだね。それじゃぁ、冥琳。お仕事、お疲れ様」

「あぁ、お疲れ」

 

 互いに注ぎ、労い、乾杯した。

 冥琳が酒を一口含むと、突如霧のように噴き出した。口元を拭いながら扉を睨みつける。

 

「――雪蓮、何をしている!」

 

 扉の隙間から恨めしそうに雪蓮が覗いていた。どうやら冥琳の後をこっそりつけてきたようだ。

 

「ふーん、私だけ除者なんだー。そうなんだー。別に良いですよー」

「そうか」

 

 容赦なく扉を閉める冥琳。ガチャリと鍵まで掛ける徹底ぶりである。

 

「ちょっ、酷っ! 冥琳、ここを開けなさい! 私にこんな酷い仕打ちをして、ただで済むと思ってるの?」

「ほぉ? ではどう済まないのか聞かせて貰おうか」

「……祭を呼ぶわ!」

 

 冥琳が舌打ちして雪蓮を招き入れると、彼女は勝ち誇るように、満面の笑顔で一刀に手を振った。

 

 * * *

 

 良い具合に酔いが回り始めた頃、朝方の話が持ち上がった。

 

「しかし一時はどうなるかと思ったが、全く以て茶番だったな」

「ちょっと。茶番は酷くない!?」

 

 微笑む冥琳に、頬を膨らませる雪蓮。

 

「耐えた自分を褒めてやりたいぐらいだ」

「何よそれ~」

「小蓮様や蓮華様は分かる。だが雪蓮が無駄にお淑やかなのはな。流石にありえんよ」

「でもお姫様っぽかっただろ?」

「ちょっと待ちなさい。それじゃぁ、普段お姫様じゃないみたいじゃない」

「仕事サボって木の上で、お酒飲んでるお姫様とかどこにいるんだよ?」

「はいはいはーい! ここにいるわ!」

 

 大物が釣れてしまったと一刀は思った。雪蓮は釣られたことにすら気付いていないようだ。

 一刀は冥琳と顔を見合せる。やれやれと溜息を吐いた冥琳に安堵する一刀。

 

「冥琳、雪蓮に手振ったげて」

「うん? 一体何――アハハハハハハッ!」

 

 バンバンと机を叩いて、大笑いする冥琳。

 

「ちょっと、失礼ね! 折角二人の理想のお姫様を実戦してあげたのに!」

「いや……何と言うか、さすが江東の虎の娘と言ったところだな」

「ちょっと、冥琳!」

「どういうこと?」

「あぁ、北郷は知らんか。先代の孫堅様の話だ」

「まぁ良いわ。あの人、お父様の前だけは猫かぶってたのよ。戦場では牙剥き出しで笑うくせに、夫の前では怖かったの慰めてっとか言っちゃてさ。皆の前で、堂々と!」

「皆の前で?」

「うん、皆の前で。恥しいったらありゃしないわよ。皆ドン引き。屋敷に戻ってもそんな調子でさ。小さい時は私も怖かったんだけどね、母様に恨まれるほうがもっと怖かったから、私は怖くありませんでしたって我慢してたのを覚えてるわ。お父様、偉いって褒めてくれたっけ……」

 

 雪蓮が嬉しそうに目を細めたあと、今度は釣り上げる。

 

「そしたらあの人、どうすると思う? そろそろ空気読もうぜって視線送ってくるのよ? 娘によ? 酷いと思わない? で、良くできた娘は、気を利かせて自分の部屋で待機」

「は?」

「で、できちゃったのが蓮華。あ、これ本人には内緒ね?」

 

 唇に人差し指を当てる雪蓮。

 

「凄いのは、雪蓮のお父様が亡くなられるまで、その本性を隠し続けたことだな」

「全くだわ。あんな女性を押しつけられたお父様が可哀想」

「いや。俺が思うに、孫呉一のバカップルと見た」

「……バカップル?」

「人目を気にせずイチャイチャする恋人同士のことかな」

 

 二人が妙に納得していた。

 

「でも雪蓮のお父さんは孫堅さんのこと、誰よりも分かってたんじゃないかな。それにほら、好きな人にずっと本心隠して付き合うなんて辛いだけだろ?」

「一刀、飲みなさい。私の奢りよ!」

「私の酒だっ!」

 

 雪蓮は一刀にお酒を注ぐと頬杖をつき、愛しそうに目を細めてじっと見詰める。

 

「な、何? 急に人の顔をじっと見て……」

「ん? 見てるだけ♪」

「雪蓮、自重してくれ」

「――あら、これでも自重してるんだけど?」

 

 釘を刺す冥琳に、雪蓮は本音を吐露する。

 

「雪蓮も孫堅さんみたいに何か隠してるの?」

「どうかなぁ~」

 

 二人のやりとりに、呆れたっと言わんばかりの冥琳。特に、考える素振りでのらりくらりと交わしてしまう雪蓮に。

 だから冥琳は復讐という名のお節介をやく。

 

「隠していると言うよりも、抑え込んでいる。なぁ雪蓮?」

「冥琳~!」

 

 ――バンッ!

 

 両手を食台に叩きつけて立ち上がる雪蓮に、おやっといった表情でその反応を面白がる冥琳。

 

「そうなの? 我慢は良くないよ、雪蓮」

「冥琳~! 酷いの! 一刀が酷いのっ!」

「こればっかりはなぁ……。諦めろ」

「うえぇぇぇ~ん!」

 

 よしよしと抱きしめて雪蓮を慰める冥琳。そんな二人の姿に、え、俺悪い事した? っと、罪作りな一刀であった。

 

 ――終。

あとがき

 

 長編が一区切りしたので、短編を書いてみました。

 と、言いつつ見ての通り、最初はシャオの掌編小説でした。

 でもこのまま終わって良いものだろうか。そう思ったらこの結果ですよ。雪蓮が全部持ってったし。

 おかげで題名が決まらず適当に。シャオ関係ねぇ。正直すまんかった。

 

 一応、初めての孫呉作品を書きましたが、どんなもんでしょう?

 全員登場させてみましたが、脇役の方々の出番の少なさと言ったらもう(涙

 

 思春、明命のスピード感のあるシーンが上手く書けなかったのが心残りですが、まぁ、こういうのは小説でするものではありませんかね?

 

 内容的にはいろいろとツッコミ所を用意したつもりですが、さてさて。皆さんのツッコミ待ちと言ういうか、コメント待ちというか、wktkと同時にガクブルですよ。

 

 最後に、ここまで読んで下さった皆様に感謝を。少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです! それでは!

 


 
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