No.381610

うそつきはどろぼうのはじまり 51

うそつきはどろぼうのはじまり 51

2012-02-22 05:36:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:640   閲覧ユーザー数:640

だから自分は、ここに在るのだと思いたい。そう締め括られたドロッセル・K・シャールの言葉は、以降の対エレンピオス外交に大きな影響を及ぼしたとされている。

堂々たる足取りで謁見の間を後にした反骨の貴婦人は、オルダ宮を出る前に知り合いと出くわしていた。

「お嬢様」

少し物思いに耽っていた彼女は、元執事から声を掛けられるまで、その存在に気づいていなかった。

「ローエン」

「もうご出立ですか」

「ええ。挨拶は済ませてきたから」

多分だけど、と彼女は付け足す。流石に顔見知りとはいえ、宰相に対し国王と喧嘩別れしてきましたとは言えない。

「そうですか。私もご不在の間、カラハ・シャールにそれとなく目を向けておくようにします。どうか安心して――おや陛下、どうされました?」

陛下、という単語にドロッセルの肩がびくりと震えた。恐る恐る振り返ると、相変わらずの鉄面皮が無感情に彼女を見下ろしていた。

「あ・・・」

「忘れ物だ」

言うなり差し出されたのは、例の証書である。そういえば提出したきり、回収するのを忘れていた。

軽く頭を下げつつ受け取ったドロッセルは、何だかおかしくなった。上品に噴き出した彼女を、国王が怪訝そうに見やる。

「何だ?」

「いえ・・・。破棄なさらなかったのが意外だったものですから」

「全く、お前はどこまで俺を見くびれば気が済むのだ」

自分は無駄なことはしない主義だ、とばかりに国王は胸の前で腕を組む。

「どうせもう一通、同じ物が存在するのだろう? 精霊界に」

ドロッセルは肯定する代わりに、微笑を返した。

二人の遣り取りを傍らで眺めていたローエンは、首を傾げつつ双方に尋ねる。

「ドロッセル様の拝謁時に、何かございましたかな?」

国王は、このとぼけたような己の片腕を忌々しげに睨んだ。

「何か、ではないぞローエン。というか今までどこをほっつき歩いていた? お前があの場にいれば、俺が彼女からあんなにも罵倒されずに済んだものを」

「罵倒・・・?」

納得しかけている老軍師に、今度はドロッセルが否定する。

「ち、違う。違うのよローエン。陛下も根も葉もないことを部下に吹き込まないでください」

「根も葉もあるだろうが」

「違います。あれは罵倒ではありません。れっきとした脅は・・・じゃない、抗議です!」

「似たようなものだろうが!」

ローエンは素早く周囲に目を走らせる。ここは一国の王の住まう宮殿だ。上流階級の静謐さが重んじられる場において、むやみやたらと大声を出して良いわけがない。

加えてもっと不味いのは、口論をしている二人というのが、オルダ宮の主人と旧六家当主ということだった。覇王ガイアスにかみつく貴婦人の図は、どう好意的に見ても異常である。

「お二方とも。そのくらいになさらないと、外聞に支障が出ます。ご様子から伺いますと、謁見の間で相当やりあったようですね」

この指摘に二人は黙り込んだ。

「・・・彼女は拝謁に乗じて、俺を臣下の信に足らずと叱責し、その上、行政に無断でカラハ・シャールを他人に譲渡していたのだ。王の威信を失墜させた罪は重いぞ、シャール卿」

「侮辱罪については甘んじて受け入れましょう。爵位を返上することも覚悟の上でしたし。ですが、事の発端は陛下の方にありますわ。始めに政略結婚の話をしてくださった時に、返還取引の件も一緒に打ち明けてくださっていたら、何もこんな強硬手段に訴える必要はなかったんですから」

結局、二人の意見はここに至っても平行線のままだった。だが互いに、相手の反論に理を認めつつある。だから、どこか愚痴めいた言い訳のようにローエンには聞こえた。

普段の冷静さを取り戻した国王は宰相に顔を向ける。今日の午後、男を見舞う予定であったことを思い出したのだ。

「それでローエン。行き倒れの奴から、何を聞き出したのだ?」

宰相は顔を引き締めた。

「先方はクルスニクの槍を再び用いようとしています」

「もう殻はないのにか? 今度は何の破壊が目的だ」

「こちらと精霊界とを繋ぎ、純度の高いマナを得ようとしています。槍の動力に使われる源黒匣制作にエリーゼさんが使用され、その副作用で記憶の大半を失いました」

流石の国王もこの事態には唸るしかない。

「大事だな」

「エリー、エレンピオスで生まれ育ったって思い込んでいるんですって。だから・・・私のことも、忘れてしまっている、ということなのよね」

それまで誰も口にしなかったことだが、リーゼ・マクシアでの出来事全てを忘却してしまっているということは、即ち出会った人々との交流も、少女の中ではなかったことにされているということである。思い出を共有できない哀しみは、誰の胸にも暗い影を落としていた。

ローエンは痛ましい目を、かつての主人に向ける。

「お嬢様。お辛いようでしたら、婚礼を欠席なさっては?」

だがドロッセルは首を横に振った。

「いいえ、行くわ。これは私が取らなきゃいけない責任だから。あの日、シャール家からエリーを送り出したのは私なんだもの」

「その理屈からいくと、俺も責任を負わねばならない、ということになるな」

ふむ、とやけに思案顔で頷いている国王から、思ってもない言葉を聞いて、ドロッセルは生返事になる。

「別にそこまでは言ってないですけど・・・」

だがローエンの反応は違った。国王の物言いに嫌な予感がしたらしく、頬を引き攣らせている。

「陛下」


 
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