No.379610

4bitの苺プロット

kaki_yuさん

先日風邪をひきまして。ああ、こういう時に押し掛けて来てお世話してくれる委員長タイプの子がいたらいいのになぁ。真面目ちゃんにはヤンキーっぽいキツめの美少女とかが一緒だとなおおいしいなぁと妄想していたらこんなことになりました。続きを書く予定は今の所ありませんが、まだまだ彼女たちには物語がありそうです。気が向いたら直したり続き書いきたいです。気が向いたら。

2012-02-18 02:18:28 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:539   閲覧ユーザー数:537

ガラス越しに見える空はやけに広く、低い雲の白さや明るさが

こちら側の暗雲立ち込める思いとのギャップをまざまざと見せ付けて来る。

 

室内に響くエアコンの稼働音と、耳に残る四ビットの電子音のメロディの間に

時折外を駆け回る子どもの楽しそうな声が混ざって、東堂皐月は乾いたため息を吐いた。

 

視界に入る金に近い茶色の髪の毛先は、脱色のしすぎと今日の体調不良のせいで

いつもより痛んでいるように見えて、

それが更に皐月の気持ちを追い込んでいた。

 

昨夜、午後八時にバイトから帰った時、既に症状は出ていた。

ここ数日喉に感じていた違和感は、いつの間にか咳を引き寄せ、

鼻の違和感に気づいた時には手足が痺れるようにうまく動かせなくなっていた。

 

バイト先のカラオケ店の店長に「今日の皐月ちゃんは顔色が悪い」と言われた時点で

店を早退していれば良かった。

 

しかし、後悔はいつだってあとから来るものである。

疲労とだるさの初期症状を抱え、なんとか自宅のアパートまで帰ってきたのはいいものの、

玄関先で倒れるように爆睡。

 

午前五時の自分のくしゃみで目が覚めた時には、体中の震えが止まらないという所まで

体は変わってしまっていた。

 

なんとか這うように立ち上がると、置いておいた薬を一包水で流し込んだ。

フラフラとした足取りでベッドに向かい、先ほど携帯にかかってきた担任の電話で起こされるまで

ぐっすりと眠っていた。

 

高校生のひとり暮らしというとやたらと羨ましがられるが、

そんなのは恵まれた環境で自由に遊んでいられる人たちの感覚だ。

 

実際には困ったことや、しんどいことばかりで、こんな風に熱が出てしまった時はそれを強く自覚する。

孤独は、いつだって皐月の心を揺さぶる。

 

こんな時、彼氏のひとりでもいれば甘えることができたのだろうか。

 

見るからに薄い天井の木目を見つめながら、皐月は想像してみる。

実際、女子高の校門前で待ち合わせをしてデートに出かける生徒は多い。

自分もあんな風に、誰かに甘えて暮らすことができたら、幸せだったのだろうか。

皐月は賢明にそんな自分を想像しようとしたが、しかしどう足掻いても、それは無理な妄想だった。

 

学費こそ今の両親に出してもらっているが、家賃以外の生活費は全て自分のバイトで稼いでいる。

火曜日から日曜日まではカラオケ、時々土日の昼間に日雇いの仕事を入れ、

ギリギリ自分の食べたいものを食べられる生活だ。

母から渡された銀行口座には、毎月学費用のお金とは別に

生活費の入金があることに皐月は気づいていたが、

その金に手をつけたことは一度もなかった。

つまらない子どもの意地だと言われればそれまでだが、皐月にはどうしても彼らに頼れない理由があった。

 

「だっる……」

 

手元に置いておいたミネラルウォーターのペットボトルに手を伸ばしたが、

既に空になっていた容器は指先に当たってコトリと倒れてしまった。

最低の気分だった。もう冷蔵庫に行く気力も、台所へ向かう気力もなくなっている。

薬が効いていたのか、若干軽くなった体を起こし枕元に置きっぱなしにしていた

古いゲームボーイに手を伸ばし電源を入れた所で力尽きてしまった。

 

なぜあの一瞬で水がなくなっていることに気づけなかったのだろう。

自分を全力で責めながら、皐月は部屋の中に響く四ビットとノイズに頭の奥がクラクラして来る。

体温を測れば現実が見えて余計に心が弱くなりそうで、皐月は今自分の熱が何度あるのか

正確な数値を把握していなかった。

しかし、体を駆け巡る違和感に、どう考えても先ほどより熱が上がっているのがわかってしまった。

 

咳は止まらないし、鼻もぐずぐずする。

何より指先がじーんと痺れて、関節がそこかしこで悲鳴を上げている。

いわゆる、最悪の状況というやつだ。

もはや食事をしようという気力も体を起こそうという気もなくなって、皐月は布団を頭まで被った。

 

籠もった空気が熱のある体にまとわりついて不快だ。それなのに背中から寒いという感覚が抜けない。

そういえばゲームの電源を落としていない。遠くから小さくノイズが響いて来る。頭が痛い。

しかし、体を起こすくらいならこのままゲームの電池が勝手に切れるのを待った方がいいかもしれない。

既に皐月の体はそこまで限界を迎えていた。

もうどうにでもなれ。自分がこのままここでのたれ死のうが、誰も悲しむ人間などいないのだ。

半ば投げやりな気持ちになりながら、不快で手放せない意識の中を彷徨っていた、その時だった。

 

玄関の方から、何かが動く気配がした。

続いて、ノブが回り、ゆっくりとドアが開かれる音。

ワンルームのアパートに、人の気配がふたつに増えたことは、布団から出なくてもわかった。

しかし、一体誰が、どうやって。

帰った時にドアに鍵をかけなかったことに気づき、今更ながらに皐月は後悔をした。

空き巣や犯罪者の類を想像し、布団の中で身を固くする。

どうせ物騒な存在なら、抵抗はしないので好きにして帰って欲しい。

殺されるのは勘弁だが、それ以外のことならば何を抵抗する気にもならない。

ただ、自分は静かに眠りたいだけなのだ。

 

じっと息を潜める皐月に、一歩また一歩と気配が近づいて来る。

自分のすぐ真横に、人の存在を感じる。

それは一秒にも、一時間にも思える、不思議な間だった。

やがて、皐月の頭上で鳴り響いていた電子音がプツリと止んだ。

誰かがそれの電源を落としたことに気づき、皐月の体がより一層緊張感に包まれた、その時だった。

 

「東堂さん? 寝てる?」

 

名前を呼ばれ、皐月は勢いよく体を起こした。

 

「ひゃあっ!?」

 

なんともマヌケな声を上げ、誰かがその場にしりもちをついた。

両手に皐月の赤いゲームボーイを持ったまま、ひとりの少女が目を見開いている。

白いラインが二本通ったセーラー服。

スカートには裾に黒いラインが入っており、それが皐月と同じ学校の制服であることはすぐに理解できた。

ただ、皐月がいつも着ているスカートより、裾が倍は長い。

膝まで隠れる長さなどという校則の基準を守っている生徒は、あの学校では稀だ。

 

「あんた……」

 

皐月は少女の顔をまじまじと見つめる。

少女は髪を後ろでひとつに束ねており、細いフレームの眼鏡をかけている。

化粧の気も一切ない、いわゆる地味の一言につきる、校則をそのまま抜き出したような生徒に、

皐月は見覚えがあった。

 

「さなぎナントカ?」

「神薙鈴香です」

 

カンナギスズカ。

言われてようやく目の前にいるのがクラスメイトで、

学級委員長だか代表委員長だかという面倒そうなクラス委員を務める少女であることに気づいた。

 

「よかった。生きてたんですね」

 

なんだかとても失礼なことを言いながら、少女はほっと微笑んでいる。

 

「どういう意味?」

「あ、いえ……原田先生が、死んでるかもしれないから様子を見て来いと言っていたので……」

 

ノリのいい男性担任の言葉を、そのまま信じた素直な委員長の姿がそこにはあった。

 

「生きてるよ」

「そうみたいですね。よかったです」

 

鈴香は赤いゲームボーイを抱いたまま、次に起こすべき行動を考えているようだった。

やがて何かを思い出したのかテーブルの上にゲーム機を置くと、

口を「あ」の字に開き自分の鞄の中をあさり始める。

取り出されたのは、ピンク色のノートだった。

 

「これ、今日の授業のノートとプリントです」

 

差し出されたノートを、熱の籠った布団から手を出して受け取った。

肌に触れる新鮮な空気が、やけに冷たく感じる。

心なしかノートもブレて見えるため、また熱が上がったのかと危惧したがそうではなかった。

 

ノートを掴む手の主が、小刻みに震えていた。

鈴香と名乗る少女は、積極的なのか消極的なのかよくわからない。

一瞬触れた紙の感触に、今度は少女の指先が大きく反応を示した。

まごつくふたりの間にノートが落下していく。

 

「ごめんなさい!」

 

その日一番大きな声で叫んだ鈴香の声が、キンと高く耳に響く。

熱でうだる頭の隅で、なぜか皐月はもっと彼女の声を聞いていたいと思った。

 

「その辺に置いておいて」

 

さすがに、体の方が悲鳴を上げている。

喉も乾いたし、頭も痛い。眠ることさえ困難な状況に皐月はぼんやりと目の前の少女の瞳を見つめた。

 

眼鏡越しに見えるくっきりと大きな黒い瞳は、きっと眼鏡を外した方が際立つだろう。

まつげも長いからマスカラをのせたらきっともっと美しくなれると思う。

そんなことをぼんやりと、自然に考えていた。

 

「何か、飲みますか?」

 

空になったペットボトルを見ながら、鈴香はふいに先ほどよりも絞ったボリュームで語りかけた。

 

「気にしなくていいよ。どうせ、何もないし。早く帰りな。でないと、カンナギさんにもうつるよ」

「大丈夫です! 私、先週風邪ひいたばかりなので免疫あると思います!」

 

そういう問題か? と、突っ込む気力も、今の皐月には残っていない。

 

「そ、そうだ。あの、私ヨーグルトとスポーツドリンクを買って来たんです。よか、よかったら、どうぞ」

 

鈴香は足下に置かれたスーパーの袋をガサガサ言わせると、中からボトルを一本取り出した。

青いラベルの貼られたボトルは、表面に水滴を浮かべている。

 

「ありがとう……」

 

正直、助かった。既に水道まで這って行くのも面倒だと思っていた。

皐月は体を起こしてペットボトルを受け取った。蓋に指をかけ力を込める。

しかし、白いキャップはうまく回ってくれない。何度か試してみたが、指先に力が入らない。

焦れば焦るほどまごついて、喉の乾きばかりが募っていく。

 

「あの、あ、開けましょうか?」

「……ごめん。お願い」

 

少女はベッドの傍らに跪くとボトルを受け取り、力を込めた。一度、そしてもう一度。

華奢な指先の中でプシュッと空気の抜ける音が上がって、鈴香は安堵したようにため息をついた。

 

「ど、どうぞ!」

 

一回で開けられなかったことに動揺しているのか、

鈴香は熱がある皐月から見てもはっきりとわかるほど頬を赤く染めている。

 

「ありがとう」

 

今日はなんだかやたらとお礼を言う日である。

皐月はペットボトルを傾けると、それを勢いよく飲み下した。

ゴクゴクとやけに響く音を、すぐ隣で鈴香は聞いている。

それがなんだか気恥ずかしくて、皐月は目を閉じた。

 

喉を滑る爽やかな人工甘味に、体に溜まった不快感が抜けて行くような気がした。

一気にボトルの三分の一を空にした皐月は、改めて鈴香の顔を確認した。

睨まれた、とでも思ったのだろうか。即座に鈴香の体が強ばるのがわかって、皐月は少し胸が痛んだ。

 

「あの、さ」

「はひっ!」

 

正座したまま、鈴香の体が数センチ浮いたような気がした。

声をかけただけでそこまで驚かれると、こちらが悪いことをしているような気持ちになってくる。

しかし、無理もないかもしれない。

皐月が学校でどのように噂されているか、彼女自身がよく理解していた。

 

「別に、警戒しなくてもとって食ったりしないって」

「は、はい。ごめんなさい……」

 

同級生に敬語を使われるのは苦手だ。

容姿とある種の噂のせいでそうされることには慣れていたが、

広い教室ではいざ知らず、プライベートな空間でふたりきりのこの状況。

意識しない方がおかしいというものである。

皐月は布団から体を起こしたまま、なるべく優しく見えるように顔の力を抜いた。

 

「えっと、今日は本当にありがとう。水を取りに行くのもおっくうで、困ってたんだ」

「ほ、本当ですか!?」

「うん」

 

鈴香は強ばった表情とは一転して、パッと目を輝かせた。こっちの顔の方が好ましいと、皐月は思った。

 

「あの、東堂さんてゲームをする方なんですね」

「え? ああ、あれ?」

 

テーブルの上に乗せられた赤いゲームボーイを見ながら、皐月は気まずそうに口にした。

 

「本当は、最新作とか買いたいんだけどあんまりお金なくて。

休みの日も、外で遊ぶことあんまりないから。昔のゲームって安いじゃん? だから……」

 

いつも単語だけで話してしまい、それが怖いと教室で言われていることは知っていた。

なるべく多く語ろうと言葉を発してみるが、なぜかそれが言い訳のように響いてどうも居心地が悪い。

おまけに話しているのは古いゲームと、どう考えても同年代の女子高生に話す内容ではない。

そんなことを考えていると、鈴香が胸の前で両手を組み合わせた。

 

「わ、私! 興味があるんです!」

 

まるで神に祈るようなポーズで、鈴香が身を乗り出した。

 

「ゲーム、好きなの?」

「は、はい。でも母がこういうの好きじゃなくて……子どもの頃、ずっと憧れてたんです。

やってみたいなって。こ、これってどこで買えるんですか?」

「私は中古屋で……秋葉原とか池袋にあるよ。専門のお店」

「ひ、ひとりでも、行けますか?」

 

一体、どんな所を想像しているのだろう。鈴香の目はやけに真剣で、皐月は思わず吹き出してしまった。

 

「え? な、なんですか? 私、変なこと言いましたか?」

「ううん。ごめん、そこまで真剣に言われると思ってなかったから」

 

笑い声の間に小さな咳を交えながら、皐月は久しぶりに自分が声を上げて笑ったことに気がついた。

 

「あんた、もしかして箱入り?」

「そういうわけではないと思いますけど……よく言われます」

「やっぱりね」

 

鈴香の姿は、見るからに世間の厳しさや苦労といったものを知らなそうな、

勉強のできそうなタイプに見える。

世の中にはそういう鈴香を好ましく思わない人間も多いだろう。

 

しかし、皐月にとって裕福なことは憧れであると同時に安心でもあった。

自分が持っていないからこそ、余計にそう思うだけかもしれない。

落ち着いた家庭で育った人間は、むやみに人を攻撃しないというのが皐月の持論だった。

 

「悪いことじゃないよ。あたし、あんたみたいなタイプ……嫌いじゃない」

 

はっきりと好きと口にするのも躊躇われて、皐月は言いよどんだ。

微かな動揺に気づいていないのか、鈴香は嬉しそうに視線を落としている。

 

「あ、あの。よかったらご飯、何か作りましょうか?」

「え? いや、でもそこまでしてもらうわけには……」

「だ、大丈夫です! おかゆなら食べられますか? 何か、食べたいものがあったらなんでも作ります!」

 

既にやる気満々といった顔で、鈴香は腕まくりをして見せた。

本当に、消極的なのか積極的なのかわからない少女である。

ただ、こうして誰かの力を借りる機会などそうそうない。

特に今は体調も芳しくなく、体の不調に呼応して心がいつもより頼りないせいか、

いつもなら突っぱねる人の優しさというものに対して抵抗がなくなっていた。

 

「ありがとう。冷蔵庫にあるもの、勝手に使っていいから。お願いできる?」

 

皐月の声に、鈴香の瞳がパッと明るく輝いた。くるくるとよく表情の変わる少女である。

見ていて飽きない人間というものを久しぶりに見た気がして、

そういうことに気づけないほど普段の自分は余裕がなかったのかと皐月は反省していた。

 

「はい! 台所、お借りしますね! 東堂さんは寝てて下さい!」

「うん。ごめん。よろしくお願いします」

「はい!」

 

小学生が出すような誠実な声で、鈴香は返事をすると台所へ向かった。

自分の部屋の中に他人の気配があることが、こんな風に安らぎをくれるなんて

皐月は想像もしていなかった。

 

これはきっと風邪をひいているせいである。熱があるせいである。

ぐずぐずと言い訳を並べながら、皐月は布団の中に再び潜り込んだ。

鼻の奥で熱の塊が溜まっている。喉の奥にまとわりつく不快な気配を感じながら、

足下から這い上がってくる水の音や冷蔵庫の開閉音に目を閉じた。

それはやけに幸福な音であると、皐月は静かに耳をすませた。

 

(了)


 
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