No.376893

天馬†行空 十話目 そして少年は旅立つ

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説です。
 処女作です。のんびり投稿していきたいと思います。

※主人公は一刀ですが、オリキャラが多めに出ます。
 また、ストーリー展開も独自のものとなっております。

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2012-02-12 19:11:45 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:6478   閲覧ユーザー数:4986

 

 

「オウ、やっと着いたか」

 

「ふむ、振り返るとここを出てから半年は経ったように感じますな」

 

「帰りはあっという間だったな~」

 

 雲南を出発して八日、行きと違って三人での旅だったが特に何事も起こらず交趾に着いた。

 星はああ言っているが、交趾に住んでいる俺からすると何年も経ったように感じてしまう。

 やはり今までの旅とは違い離れていた時間だけじゃなく、色々な事があったからだろう。なにせ、それまでの旅は日帰りが殆どだったし。

 戦に参加して小規模とは言え隊を率いたり、星と互角にやり合える様な人に危うく殺されそうになったり、またいつか戦に参加する約束をしたりと本当に色々あった。

 雲南の皆との別れは美以ちゃん達の時とほぼ同じで、湿っぽくは無く、ごく普通に「じゃあまた明日」と言った感じの雰囲気だったのを良く覚えている。

 皆と真名を交換し合った次の日、交趾に帰る旨を隊の皆に伝えると、その三日後に戦に参加した全員(!)でお別れ会(俺、星、おやっさん、夕、美以ちゃん達の)が開かれて……。

 

 ……うん、まあ色々とあったけれど楽しく過ごせた。

 獅炎さんが美以ちゃん達に絡まれてエライことになってたり、竜胆さんが南蛮の子達に紛れて終始垂れっぱなしだったり、蓬命さんが無言で食べ続けてたり、輝森さんが酔っ払って…………止めよう。

 

「…………むう」

 

「どうしたの、星?」

 

「いや、何か大事なことを忘れている気がしてな……ううむ、何だったか」

 

 なにやら星が唸り始めた横でおやっさんが城郭の上の方を見て手を振る。

 そちらを見ると城郭の方でも誰かが手を振っているのが見えた。……う~ん、流石にここからじゃ誰が見張りをやっているのか判らないな。

 

「ヨシ、街に着いたら飯にするか」

 

「あ、良いですね。どこにします?」

 

(よう)婆さんのトコだな」

 

 揚婆さんは交趾で一番古い料理屋『南安(なんあん)』をやっていて、ラーメンとチャーシュー丼が美味い。

 後、週替わり(こっちでは曜日が無いから正確には七日替わり)で具が変わるラーメンと丼のセットメニューがあって、こっちも人気がある。

 週替わりメニューは数量限定で、一日に五十食分しか出ない。今日は何だったかな……?

 交趾を出てから……一……五……、七週か。ということは……。

 

「今日の具はメンマ――」

 

「それだっ!!!!!」

 

「――うわあああああっ!!?」

 

 耳元で爆音!?

 

「って、星! 行き成――」

 

「メンマだ一刀!!!」

 

 いや何が!?

 

「大麻竹が! 南蛮大麻竹(なんばんだいまちく)が! …………趙子龍、一生の不覚ッ!!」

 

 何!? メンマ? 竹? 助けて、おやっさ――

 

「おーいお前等! グズグズしてると食いっぱぐれるぞー!」

 

 ――既に門くぐってるし!

 

「一刀、私は急用が出来た。ふっ、すまぬがここでお別れだ」

 

 いや無駄に格好つけて何言ってんの!? そしてどこ行くつもりなの星!? 

 

 

 

 

 

「なんと……! まさかここでお目に掛かろうとは!」

 

「ああ、このメンマのことだったのか……」

 

 ラーメンとメンマ丼(南蛮大麻竹のメンマ)を前にわなわなと震える星。

 ……雲南へ戻ろうとしている星に、

 

「メンマか竹か分からないけどメンマ丼なら急げば食べられるから!」

 

 と口にすると、途端に(きびす)を返して店まで案内させられた(道すがら限定メニューについて話すと半ば引き摺られながら走ることになった)。

 南蛮大麻竹は俺も見たことがあったけれど、あれからメンマも作れるのは初耳だった。

 大麻竹の長さはざっと三十メートルくらいかそれ以上はあり、幹は二十センチから上はありそうなくらい太い。

 普通の竹よりも丈夫なので、城郭補修や家屋建設の際の足場として使われる。

 主にそういった用途や日用品などに加工されているのでメンマどころか(たけのこ)の状態すら見たことが無かった、と星に話すと嘆かれた。

 そのまま説教に突入しそうになったので「ご飯冷めるよ」と一言。

 効果は覿面(てきめん)、しゅぱっ、と凄まじい速さで丼に向き直った。今は弾ける様ないい笑顔でメンマ丼を食べている。

 

「オウ、婆さん、替え玉頼むぜ!」

 

「はいよ! 藩の坊主は食い終わったら嫁さんトコに顔見せに帰りな!」

 

「オ、オウ。わあってるよ……」

 

 流石は揚婆さん。おやっさんを坊主なんて呼べるのは交趾ではこの人くらいだ。

 年齢もそうだけど揚さん曰く、「歴史が違う」のだとか。

 

「北の坊やも城に帰ってやりな、徳嬢ちゃんが四日前に帰って来たけどあんたがまだ帰ってないから心配してたよ」

 

 ありゃ、そうなのか。俺のほうは時間が掛かったから徳枢はもっと早く帰ってたかと思ったんだけど。

 

「あ、はい。分かりまし――」

 

「揚さん、炒飯と焼売を……おや?」

 

 唐突に、平坦で端的で……そして懐かしい声が聞こえ、

 

「徳枢?」

 

 空の色を映した瞳の中に俺の姿があった。

 

「はい、今回は随分と長かったですね。お帰りなさい」

 

「あ、た、ただいま」

 

 眼鏡をくい、と上げるいつもの仕草で――ああ、これを見るのも久し振りだ――徳枢はうっすらと笑みを浮かべ…………笑み?

 竜胆さん並みにポーカーフェイスな徳枢が? ――まさか!? 

 

「まあ、一先ず話は後にしましょうか。……ええ、後程ゆっくりと。そう…………たっぷり時間を掛けて」

 

 ひいいいいいいいいやっぱりーー!? 徳枢さん怒ってらっしゃるーーー!!?

 

「と言う冗談は兎も角」

 

「……。徳枢が言うと冗談に聞こえないんだけど……」

 

 浮かべていた笑みを引っ込めてポーカーフェイスに戻った徳枢、真顔のままだから判別できん。

 声もフラットな調子に……いや、元からか。  

 

「何か失礼なことを考えていましたね、あなたは。……まあいいです、それより威彦殿もあなたのことを気に掛けておられましたよ。休む前に顔を出しておきなさい」

 

「あ、うん。分かった」

 

 そう言えば雲南行きは威彦さんに斡旋された仕事だった。これはちゃんと報告しておかないと。

 

「はいよ徳嬢ちゃん。お待たせ」

 

「有り難う御座います。では、頂きます」

 

 卓に並べられた料理に両手を合わせる徳枢(俺がいつもそうしていたのがうつった)は、レンゲを手にするとふと、

 

「これは失礼。藩臨殿、お久し振りです。そちらの方は初めまして、ですね。程秉、字を徳枢と言います」

 

 こちらの様子を窺っていたおやっさんと星(自分の分は食べ終わったらしく、まだ手を付けていない俺のメンマ丼をちらちらと見ている)に向き直り、挨拶した。

 

「オウ、徳枢の嬢ちゃん。すまねえな、北坊を長いこと借りちまってよ」

 

「ふむ、一刀や墨水殿が度々口にしていた御仁か。私は趙雲、字を子龍と言う」

 

 おやっさんは頭を掻きながら少し申し訳なさそうにしている。

 星はいつも通りのどこか不敵な笑みを口元に微かに浮かべ、名乗った。

 

「!」

 

 あれ? なんか徳枢、ちょっと驚いてるような?

 

「……いえ、藩臨殿。そんな、頭を下げられなくとも結構です。遅くなったのは何か理由がおありでしょうし」

 

 ? 気のせいかな、おやっさんに手を振りながら話す徳枢はいつもの調子だけど。

 

「……子龍殿、で宜しいですか?」

 

「うむ、こちらも徳枢殿と呼んでも?」

 

「はい、それで結構です。では、これからは子龍殿と呼ばせて頂きます」

 

「こちらこそ、よろしく頼む徳枢殿」

 

 おや? 普段通りの徳枢だ。

    

 徳枢と星が話し始めたが、野郎共(俺とおやっさん)は会話に加わりづらい雰囲気。

 う~ん、早めに威彦さんのところに行っておこうかな。よし、じゃあ残りのご飯を…………はぁ、

 

「星、良かったら俺のメンマ丼」「良いのか!?」

 

 誰とは言わないけど、かなり前からちらちらと俺の手元に突き刺さるような視線を送っていた(ぬし)にメンマ丼を勧めると電光石火の勢いで反応が返ってきた。

 よっぽど好きなのだろう、丼を差し出すと猫を前にした竜胆さんみたいな目で受け取る星。

 

(……まあ良いか。星があんなに嬉しそうな顔をしてるのなんて初めて見たし) 

 

 僅かに残っていたラーメンを食べきり、威彦さんに挨拶に行くことを徳枢に告げて南安を出た。

 

 

 

 

 

 途中で(久し振りの)自室に寄り、荷物を置いて威彦さんの執務室へ向かう。

 いつもの侍女さんに挨拶するとすぐに部屋に通された。

 

「お帰りなさい北郷君。思わぬ長旅となったようですね……無事で何よりです」  

 

 一礼して部屋に入ると威彦さんは柔らかな笑顔を浮かべて席を勧めてくれる。

 

「只今帰りました。向こうで色々とありまして……」

 

「一足先に戻られた商隊の皆さんに少しだけ話は伺いました。それと、雍闓殿と孟獲殿の使者の方からも概要は聞かせて頂きましたよ」

 

 お、そう言えば陳さん達は先に帰ってたっけ……戦に参加する前におやっさんが話をしてたからそれで威彦さんに伝わったのか。

 あと夕が言ってた通り、同盟の使者は来てたみたいだな。 

 

「じゃあ」

 

「ええ、交趾は南中を支援することにしました。当面は疲弊した雲南への物資等の援助と引き続き孟獲殿達へ薬の輸送を行うことになりそうですね」

 

「そうですか……ふぅ」

 

 

 

 

 

 雲南の皆の顔が浮かび、思わず安堵の吐息が漏れた。

 これで南中(雲南、建寧、永昌)は劉焉に対して一丸となって防衛体制が取れるだろう。

 威彦さんの言葉から推測すると交趾は有事の際には軍事支援ではなく、後方からの支援に当たるみたいだな。

 元々劉焉の領地と接していないし、少し距離があるとは言え東に山越(さんえつ)がいる所為で兵はあまり動かせないだろうし。 

 

 あ、山越と言うのは元々呉の南、会稽(かいけい)のあたりにあった越という国に関係がある民をこう呼ぶ。

 この人達は交趾の北、荊州にも部族単位で暮らしているがこちらはやや穏やかで、東の揚州(ようしゅう)にいる集まりは度々揚州の各郡で叛乱を起こす。

 しかもばらばらに点在している部族は一つの統制の元に纏っている訳ではないので揚州どころか交州の東の方まで荒らしに来たりもする。

 襲撃して来る時の人数も百人以下のときもあれば、五百近いときもあるらしく、揚州の群や県では常時警戒態勢をとっていると聞く。

 以上、威彦さんとおやっさんから以前に聞いた情報でした。

 

「では北郷君。早速で悪いのですが、向こうでの詳しい話を聞かせて貰えますか」

 

 そう言うと威彦さんは机の上で組んでいた手を組み替え、俺の目を正面から見据えた。    

 雲南に着いてから街で見た避難民の事や、その人達の様子を見て戦に参加する決意をした事、獅炎さん達との出会いについて。

 

 ――そして、初めて戦場に立った時の事。

 初戦で自分が果たした役割、続く戦で張任さんにこっぴどくやられた事。

 美以ちゃん達の救援で戦に勝利した事。劉焉領で反乱が起きた為、張任さんが兵を退いた事。

 夕にその後の顛末を聞いた事と、皆で真名を交換し合い、再開を約束した事。 

 俺が話をしている間、威彦さんは口を挟むことなく静かに耳を傾けていた。

 

「……成る程」

 

 途中、休憩を入れながら三刻(四十五分)は喋っただろうか。俺が話し終えると威彦さんは口元に指先を当てて一言、そう呟いた。

 

「北郷君、今の話に出て来た趙子龍と言う方は貴方と一緒に交趾へ帰って来ておられるのですか?」

 

「え、あ、はい。今は多分、街の方にいると思いますけど」

 

「そうですか……では、明日で結構ですのでその方と一緒にまたお話をしませんか? 貴方を救って頂いた御礼もしなければなりませんし」

 

「はい、分かりました」

 

「あ、ですが先方がお忙しいようなら無理にとは言いません。都合が宜しければと伝えて貰えれば……」

 

 大丈夫、かな? 星のことだから嫌とは言わないだろうし。

 

 

 

 

 

「ふう……って、なんで徳枢と星が俺の部屋に!?」

 

 その後、威彦さんと少しだけ話をして執務室から退室し、部屋に帰ると何故か徳枢と星が卓を挟んで話をしていた。

 どうやら徳枢の部屋から持ってきたらしい茶器からは麦の香ばしい匂いが漂っている。

 

「おお、一刀。お邪魔しているぞ」

 

「お帰りなさい、失礼しています」

 

 ん? そう言えば何で星が城の中にいるんだろう? 

 

「門番には私が話を通しました。後程、威彦殿にもお伝えしますよ」

 

 徳枢、流石の読心術。

 

「あれ? 確かに星は俺の知り合いだけど、勝手に城に連れて来ちゃっても大丈夫なの?」

 

「大丈夫ですよ。あなただけではなく藩臨殿と私の知己でもありますし、なにより子龍殿は威彦殿に面会を望んでおられますので」

 

「む、殿、や敬語は必要ないぞ、徳枢」

 

「いえ子龍殿。これはもう身に付いた癖のようなものですので……」

 

 ……俺がいない間になにがあったんだろう。凄く打ち解けてるみたいなんだけど……。

 んー……でもまあ丁度良かったかな、呼びに行く手間が省けたし、星も乗り気みたいだ。  

 

「星」

 

「なんだ一刀?」

 

「威彦さんからもし良ければ明日の朝俺と一緒に来てくれ、って頼まれたんだけど」

 

「ほう、これは好都合」

 

「じゃあ、明日の朝に……あ、ひょっとして今日は城に泊まるの?」

 

「うむ、徳枢に泊めて貰うことになった」

 

 成る程納得。

 徳枢のほうを見るとこくり、と頷いた。

 

「雲南での事は子龍殿に聞かせて貰いました……かなり無茶をしたようですね、まったく」

 

 と言うわりに視線はいつもの突っ込みを入れるときの冷めたものではなく、どこか微笑ましいものを見るような目だ。

 

「さて子龍殿、そろそろ部屋に移りましょうか」

 

「おや、もう良いのか? なんなら私は席を外すが……」

 

「徳枢、話があるなら俺はまだ大丈夫だけど?」

 

「いえ、明日に予定ができたのなら早く休んだほうが良いでしょう。子龍殿もあなたも、少し疲れた顔をしていますよ?」

 

(かたじけな)い、ではそうさせて貰おう」

 

「……分かった、じゃあ徳枢、星、お休み」

 

「はい、ではまた明日」

 

 一礼して部屋を出て行く二人を見送り寝台に横になると、自分の部屋に帰ってきた安心感と久し振りの柔らかい寝床の感触の所為かすぐに睡魔が襲ってきた。

 

 

 

 

 

「お? ……やあ! 北郷じゃないか!? 久し振り!」

 

「あ、お久し振――うぷっ!?」

 

 翌朝、星と一緒に威彦さんの執務室に入ると先客――やや緑がかった黒髪のショートカット、同じ色の瞳、日に良く焼けた小麦色の肌の女性――が振り返って、軽い衝撃と共に目の前が暗くなる。

 

 と、同時に顔一杯に伝わる柔らかい感触……って、

 

「うわあああっ!? し、士壱(しいつ)さん! いきなりそれは止めて下さい!」

 

 慌てて胸の間から飛び退いた。

 顔を上げると士壱さん――威彦さんの妹さんだ――は自分でも驚きの速度でバックステップを披露した俺を見て目を白黒させていたが、

 

「抱き足りない」

 

 と言うとおおおおおぉぉぉぉっ!? うわぷっ!?

 

「半年振りなんだからちょっとは……お! 北郷、背が伸びたんじゃないか?」

 

 再び抱きしめられる。さっきと違って両手を体に回してがっちりと固定されている為、抜け出すことは出来……うわわ、なんかいい匂いがして……じゃない!? いやこれはマズイって!

 必死に体を動かし、僅かに動いた顔を横に向け星に助けを、

 

「いやはや、私はお邪魔ですかな?」

 

 にやにやしながらこっちを見てるー!? くっ、星は(悪い意味で)平常運転中だ! 頼りにはならない!

 

「こら、(しょう)。北郷君が困っていますし、それくらいで止めておきなさい?」

 

 威彦さんナイスです!!

 

「分かったよ、姉上。……改めて、久し振り北郷。元気そうでなによりだよ」

 

「士壱さんこそ、お元気そうで」

 

「そっちの人は初めてだね。姓を士、名を壱だ」

 

「初めまして。姓を士、名を燮。字を威彦と申します」

 

「姓を趙、名を雲、字は子龍と申す。こちらこそ初めまして、士壱殿、威彦殿」

 

 士壱さんはその大きな胸を張って朗らかな笑顔で、威彦さんは士壱さんよりも大きい胸に左手を当てていつもの柔らかな笑顔で星に名乗る。

 ……いや、そこに目が行くのは仕方ないよな? うん、仕方ない。だってさっきの感触がまだ残ってるし……。

 

「と、私と姉上の胸を注視しながら思う北郷であった」

 

 士壱さん口に出しちゃ駄目ー!! てかばれてるーー!?

 

「ほう? 一刀は私の胸には興味がないと?」

 

 にやにやと笑いながら組んだ腕で胸を押し上げるように見せ付ける星――って、ちょっ!? 

 

「あ、じゃあ私も」

 

 いや、士壱さんまで同じポーズは刺激が強すぎ!?

 

 ――多分真っ赤になっているだろう俺は威彦さんが止めてくれるまでの間、星と士壱さんに弄られるのだった。

 

 

 

 

 

「へえ、じゃあ北郷は旅に出るんだ?」

 

「はい、友人の力になる為にも、見聞を広める必要があると思いまして。先ずは都を見てみようかなと」

 

「なるほどねー。でも洛陽か……あまりお勧め出来ないかなあ」

 

「どうしてですか?」

 

「噂くらいは聞いてるかもしれないけど、今の洛陽は宦官(かんがん)の息がかかった役人が幅を利かせて居てね。ちょっとしたことでも難癖付けられたりするから」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で士壱さんは腕を組む。

 あー……そうか。確か十常侍(じゅうじょうじ)って連中だな。

 

「まあそう言う訳だから、見て回るなら少し気を付けた方が良いよ」

 

 そう言いながら士壱さんはよいしょ、と足元に置いてあった風呂敷包みを持ち上げ襷掛(たすきが)けに結んだ。

 

「あれ? どこかに出られるんですか?」

 

「うん、これから南海までね。ちょっとだけ休憩のつもりで寄ったけど、北郷に会えて良かったよ。子龍さん、あまり話が出来なくて御免ね?」

 

「なんの、私のことはお気になさらず。道中、お気を付けて」

 

「士壱さん、お話ありがとうございました! お気を付けて!」

 

「宵、よろしく頼みましたよ? ……行ってらっしゃい」

 

「了解、姉上。じゃあ、また! 北郷! またどっかで会おうね!」

 

 風呂敷包みをぽん、と叩いて手を振りながら出掛けて行く士壱さん。

 

 

「さて、遅くなりましたが」

 

 士壱さんが退出してやや静かになった空気の中、威彦さんは椅子から立ち上がると星へと顔を向けて、

 

「子龍殿、此度は当方の客人を救って頂き感謝の言葉もありません」

 

 すっ、と頭を下げた。

 

「いけませぬ威彦殿! 頭を上げて下され!」

 

「しかし」

 

「一刀を救ったのは私がやりたくてやった事。それに、礼は既に当人から受けました。これ以上は受け取れませぬ」

 

 確かに意識がはっきりしてから星にお礼は言ったけど……。

 そっか…………ありがとう、星。

 

「ふふ、私も下げたくて頭を下げているのですよ。子龍殿」

 

「ははは、これは……いや、参りました」

 

 にっこりと笑って片目を瞑る威彦さんに星もまた晴れやかな笑顔で応えた。いいなあ、こういうの。

 

 

 

 

 

「では子龍殿も中原の方へ?」

 

「はい、南の風土を見聞出来た上に軍同士の大規模な戦も経験出来ました故に」

 

 そこで星はちらりと俺の方を見て、

 

「それに益州の友人の言では、向こうの状況を動かすには一年や二年では効かぬとのこと……されば交趾の友人の道行きに同行するも一興かと」

 

 いつもの不敵な笑みを浮かべた。

 

「そうですか……ふふ、北郷君、良い方達と友誼を結ばれたようですね。では……」

 

 台に積まれていた竹簡の一つを広げ、威彦さんは一つ頷くと机の上に地図を広げる。

 

「私から一つ、近隣の情報を。東の方ですが、先月から会稽と南海の東の地域で山越賊の動きが活発になっているようです」

 

 机に広げられた地図、交州の東――三国志では『呉』の領土に当たる部分だと思う――を威彦さんは指差す。

 

「ですので、中原を目指すのであれば南海から北の桂陽(けいよう)を通るのが良いでしょう」

 

 荊州を通って北上するルートか。

 

「ふむ、妥当ですな……一刀はそれで良いか?」

 

「北の方は殆ど判らないし、星に任せるよ」

 

「そうか……よし、任された」

 

 旅の順路とかについては慣れてる星に任せよう。

 おやっさんには旅に出るかも、とは言ってあるけどもう一度ちゃんと話をした方が良いな。

 まだ話をして無い徳枢にも言わないといけないし。後、仕事場の人達に市場のおばちゃん達、他には……。

 

「ふふ、北郷君は忙しくなりますね。では、この辺りでお開きにしましょうか?」

 

「あ、はい。……子供達には少し言い難い話ですけど」

 

 泣かれたりするんだろうか……うう、そういうのは苦手なんだよなあ。

 

「急かしはせんよ一刀。心行くまで話をしてくれば良い、私はその間街の観光でもしているさ」

 

「……うん、そうだね星。威彦さん、失礼しました」

 

「威彦殿、失礼致した」

 

「ええ、北郷君、行ってらっしゃい。子龍殿もまたいらっしゃって下さいね」

 

「その前に…………威彦さん、この一年本当にお世話になりました。威彦さんに会えなかったら、今こうして毎日を暮らせていませんでした。ありがとうございました!!」

 

「ふふ、こちらも貴方がいたからこそ、生き甲斐を見つけた方が何人もいるのですよ? 私も、ですが」

 

「へっ?」

 

「ふふ、何でも無いです。城の他の皆には私から伝えておきますよ。北郷君、これからの貴方の道行きの無事を祈ります。……たまにはお手紙、下さいね?」

 

「はい!」

 

 一礼し、退室する。お昼まではまだ大分時間も有るし、さてどこから回ろうか。

 

 

 

 

 

 先ずはおやっさんと仕事場の皆の所へ。

 いつもの仕事場(今は城郭の東門の辺りに足場が組んであった)に向かうと、俺の顔を見るなりおやっさんが声を掛けてくる。

 

「オウ、北坊か。今日は遅……じゃなかったな。もう出るのか?」

 

「いえ、まだです。出る前に皆に挨拶して回ろうと思いまして」

 

「相変わらず律儀な奴だな、お前は」

 

「あ、そう言えばおかみさんは?」

 

「今日は休みだ……心配はいらねえ、連れて来るぜ。お前が出発するまでにはな」

 

 おやっさんと俺の会話が耳に入ったのか側で作業をしていた皆が寄って来た。

 

「? なんでえ北郷、おめえ昨日だかに帰ってきたばっかじゃなかったか?」

 

「オッス! 北郷さんまた出張ッスか! 大変ッスね」

 

「やあ北郷君、お疲れ様。親方から話は聞いたけど大変な旅だったらしいね?」

 

「キイエエエエエエエエエエエアアアアアアアアッ!! 補修補修補修ッーー!! ――って北郷? いつ帰って来てたん? 今日は仕事して行かないん?」

 

「あ、皆。実は……」

 

 (夕の本名とかの話せない部分は省いて)かくかくしかじか。

 

「おいおい、随分と急な話じゃねえか。何だ? ここの仕事が嫌になったのか?」

 

「都の方に向かうんスか……オイラ向こうから来たんスけど、中原は物騒ッスよ? やめた方がいいと思うんスけど……」

 

「私としては君が戦に参加したと聞いただけでも肝が冷えたのだが……本当に行くのかい? ここには君を必要としている人は結構いると思うのだけどね……」

 

「はぁ~。成る程ねー、全国補修作業の旅かー。私もいつか行きたいな~」

 

 ……若干一名を除いて……いや違うな、とても皆らしい返事が返ってくる。

 

「皆、心配してくれて有り難う。でも、俺はここが嫌になった訳じゃないんだ。雲南で出来た大切な友達の為と、俺自身もっと精進する為に、旅に出ようと思う」

 

 ――だから俺も本心を伝えないと。

 

 

 

 次に市場のおばちゃん達と子供達の所へ。

 そろそろお昼時が近く近隣の飯店へと人が流れる所為か、おばちゃん達は一息ついている。今の内に話をしておこう。

 

「それはまた(せわ)しないねえ。体には気を付けるんだよ、元気が一番だからね!」

 

「うちの子達が寂しがるねえ……北ちゃん、いつでも帰って来なね?」

 

「出掛ける前には寄って行きなよ。日持ちのする物を見繕っておくからね」

 

「洪ん所の人には私から言っておくよ。まだ顔は出し辛いだろ?」

 

「はい……。すいません、お願いします」

 

 洪さんは、以前兵役に就いていた旦那さんを亡くした人だ。今はまだ小さな子と二人で暮らしている……。

 俺はまだあの時の事が忘れられなくてあまり顔を出せていない。

 

「皆さん、今までありがとうございました! ……また帰ってきますので皆さんもそれまでどうかお元気で!」

 

 ……これから行く先を考えれば、交趾にまた戻れるかは分からない。

 ――けれど、決して忘れない。

 

 

 

「兄ちゃん、どっか行っちゃうのか?」

 

「お兄ちゃん一人で出掛けるの? また帰ってくるよね? ね?」  

 

「やだ! もう、えーと、えーと……昨日とかその前とか、たくさん遊んでないよ!」 

 

「遠くに出掛けても疲れるだけだってとーちゃんが言ってた!」

 

「行かないでよう。……おにいちゃんもわたしのおとーさんみたいに帰ってこられなくなるよう!」

 

 子供達に話をする、皆黙って聞いていたが俺が話し終わると一斉にしがみ付いて来た。

 女の子の何人か、男の子も少しだけど泣きながら引き止められる。

 小さい身体全体で俺の脚に抱きつくようにして……背中に飛びついて……。

 

「ごめんよ。だけど、お兄ちゃんは必ず帰ってくるから、また皆の所に戻ってくるから……な! 約束だ!」 

 

 交趾にまた戻れるかは分からない、ではない。

 必ず、帰るんだ。

 

「ほら、今日は久し振りに一杯遊ぶぞ! お兄ちゃんが鬼になるから、皆、隠れて隠れて!」

 

 ――この世界で出来たもう一つの故郷へ。

 

 

 

 夕日が街を茜色に染める頃まで俺は子供の頃に戻って皆と目一杯(めいっぱい)街を駆け回って遊び倒した。

 皆と笑顔で別れ、城へと足を向ける。

 ……彼女の所へ、この世界で初めて会った人の元へ。

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、その様子では子供達にはなかなか離して貰えなかったようですね」

 

 城の東、少し広めの空き部屋だったそこには書棚が綺麗に並び、持ち込まれた卓の上には竹簡や紙の書物が所狭しと置かれていた。

 部屋に入るとすぐに探し人は見つかったが、俺が声を掛けようとした直前、彼女はくるりとこちらに振り返りながら口を開く。

 

「私も今日は終わりにします、少し待っていて貰えますか」

 

 彼女はそう言うと、手にしていた一抱えの竹簡を棚に積んでいく。

 ……き、切り出し辛い、うぅ、さっきタイミングを外されたから余計に言い難くなった……。

 

「……一つ、話をしましょうか」

 

 どうしようかと思っていると、ふと彼女はぽつりと口にした。

 

汝南(じょなん)に居た頃は今のように毎日様々な本を読み、学ぶ生活など望むべくもありませんでした。ただ惰性のまま土を耕す日々を送り、夢は夢に過ぎないと諦めていた」

 

 かたり、と彼女が竹簡を置いた音がする。

 

「家には一巻きだけ書物が有りました。早くに亡くなった母の持ち物だったと、父には聞かされていました」

 

 かたり。

 

「物心が付いた頃、父はそれを毎晩のように読み聞かせてくれました」

 

 かたり。

 

「土の匂いと、変わらず続く毎日の中で書物の中の世界は不思議で……心が震えて……輝いて見えました」

 

 かたり。

 

「何度も、何度も繰り返し聞いても飽きると言うことはありませんでした」

 

 かたり。

 

「それから三年、父や村長様、村を訪れる外の人などから少しずつ読み書きを学んでいきました」

 

 かたり。

 

「初めて自分であの書物を読めた時は眠ることも忘れ、朝日が昇る頃まで起きていて父に叱られました」

 

 かたり。

 

「五年経ちました…………父が亡くなりました」

 

 かた、り。

 

 

 

「流行り病でした。いつも元気で、村の皆と毎日、畑を耕して…………病に倒れて、あっという間、でした……」

 

 かた。

 

「村長様にも皆にも良くして頂きました……読み書きが出来た私は村長様のところでお手伝いを良くしていました」

 

 かたり。

 

「三年経ちました……あの晩、眠っていると大きな音が聞こえて、目が覚めると外が明るくなっていました」

 

 かたり。

 

「村が、燃えていました。私は村長様に荷物を渡されて、裏山から逃げるようにと言われました。逃げた後に、荷物の中の手紙を見るようにとも言われました」

 

 か、た。

 

「汝南の街に行き、そこで村長様の兄にあたる方と会いました。酒家の主でもあったその方に事情を話すと、交趾へ避難するのが良いと勧められました」

 

 かたり。

 

「汝南の役人は村へ行ってくれませんでした。出発する前、それだけ聞くと私は荷物とあの書物を持って交州に向かう商隊に同行させて貰いました」

 

 かたり。

 

「商隊の方達と別れ、交趾に着く直前に、空が光るのを見ました」

 

 ……え?

 

「光が降った場所で、あなたに会いました」

 

 いつの間にか、彼女は近くにいて俺の目を見つめていた。

 

「見たことの無い服装、持ち物。……しかし、それ以上に聞いたことの無い世界の話はあの書物を開く力すら失いかけていた私に『熱』を与えてくれた」

 

 綺麗な、とても綺麗な空色の中に俺の姿が映っている。

 

「夢を思い出しました。あの頃の楽しかった毎日を、いつか私もこの書物に負けない書を記してみたいと思った。そんな小さな夢を」

 

 何か喋りたい、けれどまるで自分が石像になってしまったかの様に唇も指も動かない。

 

「あなたはいつも元気で、お節介焼きで、慎重に見えてどこか無鉄砲で……」

 

 動けない。今、俺の顔は…………真っ赤になっているんだろうな、絶対。

 

「……優しい人です。あの頃の村の皆や村長様や父さんみたいに。まるで(うら)らかな春の日差しのように」

 

 う、あ。顔が、顔が凄く熱くなって。 

 

「この書庫は私が取り戻した夢の一歩目になります。……ありがとう、これもあなたのお陰です」

 

 不意に背中を向けると彼女は室内をぐるりと見渡しながら再び俺の正面に戻ってくる。

 

「だから、あなたもあなたの行く道を行って下さい。私は、いつでもここにいますから」

 

 ――!!?

 

「徳す――」

 

「――真名で、呼んで下さい。私も、そうしたいですから」

 

「そ、そそそそ!?」

 

 お、おおおお落ち着け俺! 

 

(そう)()?」

 

「はい、初対面の時以来ですね。一刀」

 

「どうして……?」

 

 俺が旅に出ようと決めた事を? まだ、話してもいないのに?

 

「昨日、子龍殿から聞いた話から自然とそう思えました。あ、子龍殿が直接、そう口にされたわけではありませんよ?」

 

「どうして?」

 

「先程から質問の内容を口に出せていませんよ? 日頃のあなたを見ていればこのくらいは分かります、何年付き合っていると思っているんですか?」

 

「一年しか経ってないよ!?」

 

 思わず突っ込んで…………え!? 想夏がボケた!?

 驚いて想夏を見ると口元に手を当ててくすくすと笑っている。

 

 ――二度、驚いた。

 

「ええ、一年です。私にとっては十年にも値する月日でしたが」

 

 それは、俺もだよ。

 

「……さて、冷えて来ましたね。そろそろ部屋に戻りましょうか」

 

 え、いや、ちょっと!? 俺まだ殆ど喋って無いんだけど!? 

 

「想夏、俺、必ず帰って来るから! また交趾に帰って来るから!」

 

 踵を返して先に歩いていく想夏の背に、やっとまともになった口を開き、声を張り上げる。

 

「はい。先程も言いましたが、私はいつでもここにいますから」

 

 振り向いた想夏は短くそれだけを口にして……。

 

 

 

 

 

「随分と早いな、これでは誰も見送りには来れんのではないか?」

 

 皆への挨拶を終え、旅の準備と今まで使っていた部屋の片付けに更に一日掛かった。

 部屋にある自分の物なんて『制服』や『携帯電話』くらいだったので、荷造りはすぐに終えて掃除をしていた訳だが。

 翌日の早朝。城の一室を借りていた星と合流し、まだ薄暗く静かな空気の中、城門の前へと向かう。

 

「いや、その、早く起き過ぎたのもあるけど……今、皆と顔会わせたらみっともない姿を見せちゃいそうだから」

 

 これでも大分我慢している。門へと向かう道すがら目に入る街並みがこの一年にあった様々なことを思い出させて、視界が勝手にぼやけそうになるんだ。

 視線を下に向け、足元を見るようにしながら歩く俺の横で不意に星の足が止まり、

 

「ふっ、これは……どうも思惑通りには行かぬようだぞ? 一刀」

 

 おどける様な、だけど真っ直ぐな声音でそう言った。

 

 

 

 

 

 星が向ける視線につられて視線を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 門の前に、皆が、いた。

 

 

 

 おやっさんが腕を組んで、仏頂面を浮かべている。

 

 おやっさんの周りに仕事場の皆がいる、使い古した仕事道具を掲げ、めいめいにポーズを取って笑顔を浮かべている。

 

 おかみさんがおやっさんと同じ様に腕を組んで、にっこり笑っている。

 

 おかみさんの横で揚婆さんが片手を挙げて(しわ)だらけの顔に笑顔を浮かべている。

 

 おばちゃん達が、商売道具の野菜や竹籠を両手に持って高々と挙げている。

 

 子供達が竹とんぼを掲げる。支え合って竹馬に乗っている子達や、恥ずかしいのかお面を被っている子もいる。

 

 城の兵隊さん達がいる。俺の視線に気付くと、片手を、両手を、手に持った棒(警邏用)を挙げる。拱手している人もいる。

 

 よくお話に加わらせて貰った文官さん達がいる。目が合うと一斉に袖を合わせ、綺麗な姿勢で頭を下げられる。

 

 

 

 洪さんの奥さんが赤ちゃんを抱えて立っている。……笑顔を、浮かべて、手を……振っている。

 

 視界が(にじ)む。

 あの感情が消えた表情はもう思い出せない。洪さんが生きていた頃の笑顔が、そこにあった。 

 

 

 

 威彦さんが穏やかな笑みを浮かべたまま門の側にいる。

 見るだけで安堵感を覚えるいつもの笑顔だ。

 

 

 

 そして、門の正面に想夏がいた。

 なにか、黒い布を手に持っている。

 ここからじゃ、顔が見えない。

 想夏がどんな顔をしているか、見えない。

 

 

 

「一刀」

 

 ぽん、と星に背中を押された。

 

 

 

 

 

 ――そこからは、皆に揉みくちゃにされながら、ただただ自分でも訳が分からない言葉を叫んで泣いた。それだけしか覚えていない。

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 交州、交趾郡から東に伸びる街道に二つの人影があった。

 

 一つは白地に見事な金の蝶をあしらった着物姿、深紅の槍を携え凛として風に吹かれながら、しっかりとした足取りで歩む少女。

 もう一つは対照的に黒地の羽織を風に(なび)かせる少年。籐で編んだ笠を荷と共に背に負い真っ直ぐに街道を進んでいく。

 

 

 秋を感じさせるやや冷たい風が吹き抜けた。

 舞い上がる砂に目を閉じ、二人は空を見上げる。

 

 

 

 

 

 少年と少女の瞳に、終わり行く夏の(あお)が鮮やかに映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 お待たせしました。天馬†行空 十話目です。

 今回の話は難産でした。

 交趾のメンバーはどちらかと言えば真面目な人が多いので台詞を一言喋らせるのにも気を遣います。

 一刀にとっても第二の故郷といえる場所なので描写に手を抜かないように頑張ったつもりなのですが、どうだったでしょうか?

 

 さて、真・恋姫†無双の本編の流れまでの部分、言わばプロローグは今回でほぼ終わりました。

 次からは原作キャラクターが登場していく流れになるかと思います。

 

 では、十一話目でまたお会いしましょう。 

 

 ※補足

  洪さんとその家族について→四話目の五ページ目、一刀の回想に出てくる亡くなった兵士のエピソードがそれに当たります。

  竹とんぼ、竹馬→一刀が作ったものです。

 

 

 

 

 

 


 
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