≪幽州・北平/公孫伯珪視点≫
張公祺とのやりとりがあってから、あたしはすぐに漢中を離れて北平に戻ってきた訳なんだけど…
とりあえず玄徳とは喧嘩にはならなかったんだけど、ものすごく悲しそうな顔をされて、それに顔向けできないまま、後味の悪い思いをしての帰還となった
玄徳があたしに何も言わなかったのは、あたしの立場を理解はしてくれていたからだと思う
ただ、ここが子龍のやつがあたしではなく玄徳を選んだ理由なんだろうな、と悲しいながらも納得はできたのが、救いと言えば救いかも知れない
幸運な事に北平は烏桓族の襲撃を受ける事もなく、鮮卑も幽州を襲ってこなかったようで、あたしとしては一安心といえる状況だ
こんな状況の中、あたしについてきてくれた奴が二人もいる
ひとりは程仲徳
なんというか掴み所のない奴なんだけど、なんていうのかな
あたしがはじめて得られた“軍師”というやつで、道中でも色々と助けられてる
見た目と違いかなり剛毅で頑固者みたいだ
あたしのところに来たのは
「ふふふ~、それはですね~、私も他の日輪を支えながらお陽さまになりたいからなんですよ~」
という、あたしにはさっぱりな理由だったりする
もうひとりは典奉然
この子は最初は李曼成と一緒に交州に行くつもりだったらしいんだけど、仲徳と話しているうちにあたしのところに来ると決めたみたいだ
料理が非常に上手で気配りのきく、しっかりものって感じだ
かと思えばものすごい力持ちで、あたしが苦労して持ち上げるような荷物を軽々と持ち上げたりもする
昔のあたしだったら、もっといい仕官先があるだろうって送り出した気もするけど、今は純粋に二人が一緒に来てくれる事が有難い
せめてこの二人に愛想をつかされないようにしたいな、と思ってる
そんな感じで戻ってきた訳なんだけど、早速仲徳が軍議を開きたいと言ってきた
あたしはまだ二人の扱いを決めてもいなかったので面食らったんだけど、それも軍議の場で決めればいいか、と思って仲徳の言に従う事にした
まあ、軍議とは言っても極端な話、あたしと仲徳と奉然しかいないんだけどな…
ちょっと、いや、かなり切ないなあ、とか思ったのは内緒だ
「さてさて~
それでは軍議となる訳ですが、まずは涼州についての対策を決めましょう~」
「……は?」
「えっと……
切り捨てたんじゃ、なかったんですか?」
仲徳の言葉にあたしと奉然が呆れたのも仕方がないよな?
そんなあたし達に「くふふっ」と笑いながら、仲徳はさらりと答える
「それはまあ、あの場ではああしないと、本当に危険だった訳ですし~」
「そ、そりゃあそうだけど…」
納得がいかない顔でいるあたし達に、仲徳はこう答える
「涼州は確かに切り捨てました
けど、それを支援する姿勢を見せてる玄徳さん達を支援する事までは禁じられてはいませんよね?」
にまにまとしながらそう告げる仲徳は、人の悪いとしか言えない笑みを浮かべている
「は、はあ……
確かにそれはそうですけど…」
「それって詭弁っていうんじゃないのか…?」
「確かに詭弁ですが、直接涼州を支援する事は明確に拒否した訳ですし、玄徳さん達を支援するのまでは確認してはいませんからね~」
いや、まあ、そりゃあ確かにそうだけどさ
だったらそれを漢中にいるうちにあいつに伝えてやりたかったよ
あたしがそう言おうとしたところで、仲徳が再び言葉を発する
「あの場で言ったら、玄徳さん達の事ですから顔に出ちゃいますからね~
それを悟られて機先を制されちゃうと、本当にお手伝いできなくなっちゃいますし」
のんびりと告げる仲徳に疑問をぶつけたのは奉然だった
「まあ、それは理解しましたけど、具体的にはどうやって支援するんですか?」
この質問に、我が意を得たり、と頷いて仲徳は説明をはじめた
「まず、どうやっても玄徳さんはこの先苦しくなります
一番大きなところでは経済面ですね~
なので私達は…………ぐう」
『そこで寝るなっ!!』
「………おおっ!
ついウトウトと」
思わずツッコミを入れたあたし達が、その反応にがっくりと肩を落としたのは仕方がないと思う
なんていうか、負けた気になったんだ…
理解してくれるよな?
「まあ、話を続けますと
玄徳さんのところはこれから地盤を築いていかなければならない立場です
なので、経済的な支援を基本として、貰えるものは貰いつつ、お互い繁栄しましょう、という事なんですね~」
まあ、それは理解はするけどさ
はっきり言ってしまうと、うちだってそんなに余裕がある訳じゃないんだぞ
そりゃまあ、玄徳のところよりは“今は”余裕もあるけどさ
「それで、ある程度短期間でそれなりの効果があがる方策なんですが、実は漢中でいいものを見つけちゃいまして~」
「いいもの、ですか?」
相変わらず要領を得ない言葉に、奉然が首を傾げている
もちろんあたしもそうだ
そんなあたし達に、仲徳は一幅の書簡を取り出す
「こんなこともあろうかと~
私がせっせと書き溜めておいた、漢中の“地書”の抜粋がここにありまして~」
あっけにとられるあたし達に、仲徳はそれを開いて見せる
「漢中で模索されている経済効果をあげる手法のひとつに、身分が低い商人の優遇政策というのがありまして~
これがなかなかよさそうなんですよ」
「商人の優遇?
いやまあ、それはいいとは思うんだが、こんな田舎で効果があるのか?」
あたしの疑問に、仲徳は頷く
「漢中の場合、身分の“上下”がない、というのが特徴なのですが、私達はそれをせずに、商人の身分と地位を保証しちゃいましょう~
具体的には、北平に居を構える商人の免税や減税、関税の優遇や身分の保証等ですね~」
いやまあ、それは北平だけの扱いなら、あたしは太守な訳だし、難しい事はないんだが…
そんなんで本当に効果があるのか?
あたしの疑問は顔に出ていたんだろう
仲徳は確信をもって断言する
「確実にあります
伯珪さんも奉然ちゃんも知っての通り、商人というのは平民の中でも決して身分が高いとは言えません
そこで上を引き下げたのが漢中なのですが、私達は下を引き上げる事で格差を計ろう、という訳です
それに、漢中は確かに安定していますが、その租税は決して安いものではありません
商人という人種は、基本的にお金を払いたがらないものです
だったら、北平に来てもらって租税を安く払い、ここを基準に交易を行うようにすればよいのです
商人の持つ情報網は私達が考えるより遥かに広くて早いものです
その効果は絶対にあると断言できます」
「ここを商業都市にしようって事ですかー…」
奉然が感心したように頷いてるけど、これって実はすごい事を言ってるんだぞ
そこであたしは、仲徳や曼成、奉然と話していた事に思い当たる
「ああっ!!
だから交州の曹孟徳と同盟なんて言い出したのかっ!」
「はい~
ご明察です~
その為にも、奉然ちゃんにはこちらに来ていただきたかったのですよ~
なにしろ親友の仲康ちゃんとやらは、孟徳さまの親衛隊らしいですからね~」
他にも理由はあるんですけどね~、と笑う仲徳だけど、そう考えればなるほど納得だ
交州の曹孟徳は、あの気性だ
遠からず南蛮平定に着手し、そこから得られる珍品奇品を交易の主軸にもってくるに違いない
しかし、交州という土地柄もあり、天譴軍の下ともいえる立場にある孫家とは交易はしたくないだろう
だったら、その隙間を縫える位置にいるあたしがそれを担えたら…
そう考えれば、北と南の端にいる事は、逆に有利な要素になる
双方の交易品を扱いながら、商売の主軸は中原に置く事ができるからだ
「そういう訳で~
私としては時間のかかる農工業の推進は当然するとして、比較的早く効果が出る、この方向で行きたい訳です
いうなれば幽州の商工業都市化の第一歩、というところでしょうか」
「ふわ~……
よくこんな事思いつきますね~…」
感心したように呟く奉然だけど、あたしも全く同感だ
「な、なんていうか、すごいな…」
そんなあたし達に向かって、仲徳はのんびりと告げる
「それでは他の案件もちゃちゃっといっちゃいましょ~」
あたしにとってはじめてとも言える経験だけど、なんていうかこう、コロコロと転がされてる感じがするっていうのに、それが少しも不快じゃない
むしろワクワクするっていうか…
うん!
あたしはこれからもなんとかやっていけそうな気がする
あの男の忠告だか苛めだかわかんないような言葉の通りになったっていうのは、ちょっと癪だけどさ
≪幽州・北平/典奉然視点≫
私は今、季衣にお手紙を書いています
多分季衣の事だから、私が交州にいかないって決めたことをすごく残念がってるだろうし、私も一緒に働けないのはやっぱり淋しいから、せめて文通でもしようと思ったんです
仲徳さんが言うには、他の太守さまなんかのところにお仕えしていても、友誼がある場合は学者さん同士は手紙のやりとりをするのは普通の事なんだそうで、これは政治的な意味合いも持つ、非常にいいことなんだそうです
私としては、あの季衣が読み書きができるようになるまでお勉強してた事の方がびっくりしました
……私もあんまり季衣の事は言えないけれど
それで、私が伯珪さまのところにいこうと思ったのは、仲徳さんに説得されたからなんだけど、その内容がとってもすごいことだったからなんです
私は難しい事はよくわからないのでわかる部分だけでいいますが、伯珪さまや仲徳さんと一緒にお話したところ、伯珪さんは玄徳さまとは違う形で漢室や諸侯の橋渡しができるようになりたい、と言ってました
「玄徳さんの方針は確かに尊く素晴らしいものですが、それは誰もが求める道でありながら決して手が届かない、まさにお陽さまのようなものです
暖かくて眩しくて、誰もがそれを必要としながらも触れることはできず直視することもできない
そして時にはその熱さでみんなを苦しめる事もある
だったら伯珪さんは雨になってはみませんか?」
仲徳さんはこんな表現からはじめて、奉考さんと考えたという策を説明してくれました
この混乱の中、漢室が力を少しずつ取り戻しつつあり、董相国さまと天譴軍という強力な樹木が育ちつつある今、各地に樹を植えそれを育て、枝が重なりそうになったらそれを剪定する
この場合の枝とはお互いの利害から重なりあって軋轢を産む部分という意味らしいんですけど、それを調整できるような立場になれれば、という事なんです
奉考さんがいうには
「孟徳様は“治世の能臣、乱世の奸雄”と評される程に有能で覇気に富んだお方です
故に、その方向が正しいと感じられたのでしたら、恐らくはご自分で覇を成す事にこだわりはあるでしょうが拘泥なさる方でもありません
なので私は、孟徳樣に、この大陸の“大樹”のひとつとなっていただこうと考えています」
ということなんだそうです
それじゃあ昔みたいに色々な国があってやっぱり喧嘩になりそうだな、と私も思ったんだけど、そこで私が重要になるって言われて、ものすごくびっくりしました
「私が奉然ちゃんにどうしても来て欲しかったのはですね~
その武才はもちろんありますが、なによりもその料理の腕が欲しかったからなのです~」
ここからは伯珪さまも一緒に説明してくれたんだけど、なんでも“食医”と呼ばれる薬石を料理に用いた料理人は身分が高いんだそうですが、料理人そのものは身分がすごく低くて、雑役夫と同程度の扱いなんだそうです
でも、食事というのは毎日誰もが接するもので、実際は相手に何を食べさせるか、どういう味のものを出すか、そういった部分で相手に対する気持ちも表現できるし、場の空気を一変させる事もできる、非常に大事なものだっていいます
それで、私の料理の腕を見込んで、各地に立つ人達を伯珪さまの人柄(おひとよしって言いたいのを仲徳さんは我慢してたみたいです)と私の料理で仲介し折衝し、いずれはこれをひとつの役職として漢室に認めさせたい
これが伯珪さまと仲徳さん、そして奉考さんが考えた策の目標のひとつなんだそうです
孟徳さまは美食家としても高名なので、こういった事にも最初に理解を示してくださるだろう、と考えているみたいです
色々なひとのために料理を作って、それが平和のためになるなら、私はそれをやってみたい
これが私が伯珪さまと一緒に行こうと思った一番の理由です
ものすごく難しい事だけど、季衣が私の料理を食べて笑顔になってくれるように、みんながそうなってくれたらなあって…
そう思うんだけど、料理と同じくらいにお勉強も大事だって言われちゃった…
ううう……
料理の本や調味料とかなら判るから、それじゃダメなのかなあ……
と、とにかく!
私は伯珪さんや仲徳さんが言うような事を実現できるよう、一緒に頑張っていきたいと思います
≪幽州/世界視点≫
幽州に戻った公孫伯珪は、このようにして商人の優遇を公布し商工業を庇護推進することで、一気に乱世に名乗りをあげる
一見無謀ともいえる大規模な投資を行い、塩田と商業港の建設に着手、生産量の少ない海塩を特産品とし、当時としては画期的ともいえる一大商業都市としての道を歩み出す事となる
これは新たに登用され、軍師の任についた程仲徳の手腕が大きい
彼女はこの劇的な状況の改善に則した律を即時組み上げ、漢中で行われている行商人の優遇政策を更に推し進め、北平に籍を置く商人に対する関税を撤廃、その収益による課税を行うという手法で各地の商人達を集めていく
この政策により、個人商や行商人は漢中に、中規模以上の商人は北平に、という図式が出来上がる事となり、特に水運に力を入れた事から、江東商人と北平商人の競争という図式が産まれ、これは後々の大陸経済にとって大きな意味を持つ事となる
これは程仲徳本人が認めている事だが、当時の漢中の手法や技術を基盤にしたものであり、一見独創性に溢れているように見えるがそうではない、と当時の一役人の覚書に記されている
同時に特筆すべき事柄に料理人の優遇という政策がある
大陸各地の郷土料理の調理法を持ち帰ったものやそれらに創意工夫を凝らすような者を特に厚遇し、後の外史に“美味を求めるなら北平に行け”と言われる程に食文化を追求したのである
この旗手となったのは、公孫伯珪の右腕とも言われ、後に“美肴将軍”と呼ばれる典奉然である
この当時の美食家にして料理人と言えばまず筆頭にあがるのは曹孟徳であるが、彼女が高級嗜好であり非常に味にこだわりを見せていたのに対し、典奉然はむしろ家常菜と呼ばれる日常の食事に重きを置いた
この事から民衆の間では“竈女神”とも呼ばれ、その烈火の如き武勇と相まって広く民衆に親しまれる事となる
この二名の助力を背景とし、公孫伯珪は北方に対する防備をより強固なものとする一方で、平原の劉玄徳との協調を志操する
過酷な状況にある劉玄徳を陰ながら支援し、その歩みを支える事で後背の憂いをなくそうと勤め、同地に陰りが見えるとはいえ、いまだ大きな権勢を誇る袁家との融和を推進し、河北の安定を模索していたのである
この事は一定以上の成功を納め、河北南部は他の有力諸侯に一歩遅れながらも発展と安定の道を歩む事ができる大きな一助となる
ただし、これらが全てよい方向に向いた訳ではない
この急激な北平の発展と公孫伯珪の台頭に強い危機感を抱いた者も当然ながら存在する
それは実質上の幽州の支配者にして薊の太守でもある大司馬・劉伯安である
元々、烏桓族(烏丸)や鮮卑族に対する方針で度々公孫伯珪と衝突していた劉伯安は、北平の台頭を危惧して鮮卑族に贈物を約することで融和し、烏桓族の条件を呑む事で彼らを帰順させることで国境線の不安を一掃した
そして、これらを背景として急速に軍備を固めはじめたのである
劉伯安は同姓であることから、劉玄徳に対しては幽州での事象に対し傍観を要請し、大司馬としての官位を利用し公孫伯珪の越権行為を非難し漢室に上奏する
漢室はこの上奏に対し、幽州の問題にはそれが漢室の威信を損なうものでない限り、双方の判断に委ねると伝える事で関与する事を事実上拒否
この事により、両者の対立は一気に深まる事となる
こうして、幽州もまた、戦乱の渦に巻き込まれていく事となる
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