No.358657

真・恋姫†無双 ~天下争乱、久遠胡蝶の章~ 第四章 蒼麗再臨   第一話

茶々さん

第四章、で御座います。
前作『美麗縦横、新説演義』の続編的EXTRA的作品としての体をとりつつ、新作として皆様に楽しんで頂ければ幸いです。

更新は大分不定期になりますが、月に二、三回のペースを維持できればと思っております。

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2012-01-05 15:11:01 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:4063   閲覧ユーザー数:3545

 

    

 

―――その血潮は、悲しみに沸いていた。

 

 

枯れ果てた涙を求めず、消え果てた信念を求めず。

幾千の戦場を超え、幾万の命を奪い尽くしても尚、満たされぬ渇望を抱いて。

 

 

親愛を裏切り。

敬服を裏切り。

 

 

報われぬ祈りを抱いて、絶望の水底に潰えようと。

 

 

只一度の理解を依り代に。

只一度の救済を依り代に。

 

 

鮮血の大地に、その嘲笑が響き渡る。

愛しさを超え、憎しみを超えて尚、叶わぬ願いがあるとすれば。

 

 

―――その血潮は、救われぬ悲しみに沸いていた。

 

 

上下左右の感覚が曖昧な世界を漂っていた。

 

 

光に満ち満ちた時、或いは再び外史の輪廻に囚われたのか……そんな、僅かばかりの懸念と、幾ばくかの期待を裏切る様に、その世界はただただ暗く、黒く―――果てしない闇が、水底の様に冷たい世界が広がっていた。

 

 

(ちゅ、ぅ…………た、つ……)

 

 

靄の中に囚われた様に霞む意識の中、思う。

 

その問いかけへの答えは、嘲笑を伴って帰って来た。

 

 

「温いですねぇ……流石は、愚想の根幹、と言うべきでしょうか?」

「ッ!?」

 

 

聞いた事のない―――違う、『聞ける筈のない』声が鼓膜を揺らした。

この世界に在る筈のない、あって良い筈のないその声の主は、やがて闇の中にぼんやりと浮かぶ様にその姿を露わにした。

 

 

「于吉……」

「ほぉ?『貴方』とは初対面の筈ですが……嗚呼、『彼』の所為ですか。流石は私の特注品だけあって、中々どうして聡い」

 

 

ギリ、と歯を噛み締める音が内側に響いた。頭にかぁっと血が昇り、目の前の殺してやりたい程に憎たらしい酷薄な冷笑が、何処までも鬱陶しかった。

 

俺は普段は温厚だし、ある程度の罵詈雑言は聞き流せると自負している。

だが、しかし。

 

 

「仲達はもうお前なんかの『駒』じゃない。アイツは、アイツは自分の意志で!お前の束縛を打ち破ったんだ!!」

 

 

それでも、大切な親友を侮辱されて黙っていられる程、俺は大人じゃない。

そんな子供っぽい俺を嘲笑うかの様な蔑笑が、やたら大きく俺の耳に響く。

 

 

「フッ、クハハハハ!!」

「何が可笑しい!?」

「これが嗤わずにいられますか!?たかが一度、私の制御を振り解いた程度で!あたかも最早自分が自由の身であるかの様に錯覚する蒙眛な愚者!!これ程愉快な道化師も、そうそういないでしょう!!」

 

 

この世の全てを同等に無価値と決めつける様な瞳と、その嗤い声の全てが気に入らない。目の前の男を構成する何もかもが、途方もなく腹立たしかった。

 

 

繰り返すが、俺は温厚な性情だ。

そして、友の侮辱を甘んじて受け入れられる程、精神は完成していない。

 

そんな俺のありったけの殺意の籠った眼光を、しかし于吉は一笑にふした。

 

 

「吐き違えるな、北郷一刀」

 

 

そして、鼓膜を揺らしたその声音に、俺は僅かな違和感を覚えた。

目の前の“于吉の形をした”男の姿が、俄かにぶれる。

 

やがてそのぶれが霧を剥ぐ風の様に強くなると、その冷酷な嘲笑は残酷な蔑笑と化して俺と相対した。

 

 

その顔を見た瞬間―――俺の脳裏を、知る筈もない光が侵し始めた。

希望を欠片も与えない、只絶望に溢れた輝き。

 

 

何もかもを奪い去り、何もかもを―――絶望さえも、与えない光。

抱くことさえ許さず、無慈悲に、無情に奪い往く光。

 

 

その主は……その、男の、名は。

 

 

「左慈……ッ!!」

「フン、下らんな」

 

 

心の底からの侮蔑を込めた口調が言の葉を紡ぐ。途端、俺の身体が後ろに……否、“下”に引き摺りこまれる。

 

 

「なっ!?」

「奴が余計な真似をした所為で、俺がこんな面倒な手間をしなければならないか。が、絶望に打ちひしがれ、希望を失う貴様を見られる事を思えば。フン、それなりの駄賃にはなる、か」

「何をしたっ!?一体何を言っている!?」

「貴様が理解する必要などない。ただ受け入れろ、あるがままの姿を、その世界を。そして知れ―――貴様の理想が、如何に下らぬ、無意味な妄想であるかという事を」

 

 

やがて、視界が光に染まっていった。

 

 

 

『司馬懿、仲達』

 

 

嘗て、男には主と敬い慕う少女が居た。

その身に壮大なる天命と偉大なる宿命を背負い、天道と人道を邁進する気高き王の背に、男は誰よりも憧れを抱いた。

 

混迷なる天下を統べるに足る王を、男はその少女に見た。

志を同じくする同士もまた、少女のその偉大なる姿に惹かれ、その覇道を支えんと集い、戦った。

 

 

道半ばにして倒れる者。

志半ばにして潰える者。

 

 

数多くの同朋が散り……それでも尚、男は戦い続けた。

少女の理想を、自分が焦れた夢を叶える、その日の為に。その為だけに、戦い続けた。

 

 

夢を同じくする友を得た。

志を理解する恋人も居た。

 

 

だが―――だが、過酷なる乱世はやがて、それらをも奪い去る。

無情に、無慈悲に。何一つ残らず、躊躇せず、ただ同等に奪い去った。

 

男が理想の為にと、奪い去って来た命と等しく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢が、崩れ始めたのは何時の事だったか。

男はもう、憶えていない。

 

 

少女はやがて王となり、男は遍く天下の采を一手にとる王の傍らに居た。

幾多の同朋が倒れ、最早其処に在るに足るは彼を置いて他になし。その囁きを体現するかの様に、男は誰よりも王に近き者として、その才を存分に揮った。

 

 

王が病に倒れた時、男はその仮面さえも捨て去り、涙した。

夢を同じくした友を失い、志を理解した恋人を亡くした時でさえ流れ出なかった涙が、誰よりも人からかけ離れた気高き王の最期になって、遂に溢れ出た。

 

 

王は人の心を知らぬ。

 

 

誰かが言ったそれは、やがて天下に蔓延った。

 

 

ならば―――ならば今、目の前でこれ程に弱弱しく、容易く手折れてしまいそうな程に儚いこの王は、真に人の心を知らぬというのか?

 

 

 

男は問うた。

 

『王よ。君が倒れれば、誰がこの天下を統べられようか』

 

 

 

王は、ただか細く嗚咽を洩らした。

人の心を知らぬと揶揄された王の頬に、幾筋もの涙が伝う。

 

 

居合わせた臣の中からどよめきが起こった。

 

 

それは、志半ばにして覇道を降りる事を余儀なくされたが故の涙か。

 

 

王は小さく、首を横に振った。

 

 

ならば、この道のあぜに倒れた者たちへの懺悔の涙か。

 

 

再び、首は横に振られた。

 

 

 

そうして、王は只少女として告げた。

 

『私が去りし後、誰が其方の志を理解し得よう?■■■よ。私は、此れから始まる其方の孤独を思えば、涙が止まらぬ』

 

 

 

王の志を知り、それを純なるままに継げる者は、最早男を置いて他にはいなかった。

故に、誰一人としてその志を理解する事は―――彼の心を理解出来る者は、いなくなる。

 

 

王は孤独ではなかった。

幾多の命が散ろうと、傍らには常に“誰か”が居た。

 

 

故に、人の心はその者が理解していれば事足りた。

 

 

 

 

で、あれば。

 

その者を失った時、彼の傍には誰がいるのか?

 

 

 

王は人の心を知らぬ。

 

知りえる者が、理解出来る者が、居ないが故に。

 

 

 

 

王亡き後、天下は再び乱れ始めた。

己が私欲に奔り、天下に害を為す輩が跋扈し、人心は大いに乱れた。

 

 

男は嘆いた。

 

これが、自分の全てを賭けてでも守りたかった、望んだ世界なのか、と。

 

 

―――認めない。

―――例え、どんな事をしようとも。

 

 

――――――私が、この手で守り抜いてみせる。

 

 

王は人の心を知らぬ。

 

天下に蔓延る者が、最早人の姿を借りた畜生でしかないが故に。

 

 

血塗られた覇道を、男は進んだ。

全てをかなぐり捨てて、あらゆる感情を押し殺して。

 

 

ただ只管に、たった一つの願いの為に。

 

 

 

―――そして、その血潮は悲しみに沸きかえった。

 

 

弾き飛ばされる様にして、意識が舞い戻る。

視界を埋め尽くす様に広がる、不気味なまでに真っ白な世界の中に、俺と左慈が浮かんでいる。

 

 

「……何だ、今のは」

「何という程でもない。只の『過去』さ」

 

 

過去?

問い返すより早く、俺の脳髄は理解に至った。

 

 

まさか、今のが仲達の?

 

 

顔に出ていたのだろうか。左慈は獰猛な笑みを湛えつつ此方を見やった。

 

 

「ああそうさ。あれがあの男の根幹、最も根深き『歪み』の深奥さ。無限に広がり続けるこの下らぬ世界の、最も原初たる外史に生まれた、たった一つの歪み」

「…………」

「その歪みこそが、あの男を形作った。『こんな筈ではなかった』世界を求めて、奴の歪な願いを、しかし寛容な事にこの世界は叶えた。幾つもの歪みを孕み続けたまま、な」

 

 

続けられるまでもなく、俺の中に幾多の言葉が蘇る。

 

 

幾つもの外史を巡って来た漂流者。

管理者達の“駒”として弄ばれ続けた存在。

 

 

「が、所詮は外史の役者の一人に過ぎない男には荷が勝ちすぎた。幾つもの外史を食い潰しても尚、奴の願いが果たされる事はなかった。―――そんな時さ、貴様がこの世界に侵食し始めたのは」

 

 

絶望に白く染まる世界。

此岸と彼岸を別つ大鏡。

理想と現実の狭間の夢。

 

 

「貴様が願った『世界』と奴の望んだ『世界』とが交わった事で、この最も歪んだ外史は誕生した。本来ならあり得る筈のない『二人』の異物を含んで」

「…………まさか」

「そのまさかさ。まさか今の今まで気づかなかったのか?」

 

 

止めろ。

その先を告げるな。

 

 

脳がその処理を拒否する。

魂魄がその拒絶を叫ぶ。

 

 

それでも、左慈の口は開かれた。

 

 

「―――奴もまた、貴様と同じ存在という事だよ。北郷一刀」

 

 

外史を創る者。

世界を渡る者。

 

在り得てはならない、二人目の主人公。

 

 

「アイツの本当の名は『司馬達也』。貴様同様、外史に招かれた異端の存在」

 

 

そして、

 

 

「―――混迷なる天下を救うべく、天より遣わされし者。輝ける衣を纏い、天の知を以て乱を治めん…………そんな下らぬ使命に囚われ、何の意味もない理想に取り残された愚か者さ」

 

 

左慈の口元が、歪に弧を描いた。

 

 

「北郷一刀。以前、貴様は言ったな。どんな事があろうと、奴を救ってみせると。その願いが結果として幾つもの外史を派生し―――そして、それが無駄な足掻きであると心の何処かで知りながら、それでも自己満足の為に足掻き続けた」

「…………」

「その姿勢にこそ反吐が出る。ハッキリ言ってやるさ、北郷一刀」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                       “貴様に、あの男は救えない”

 

 

 

 

 

 

 


 
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