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≪漢中鎮守府/世界視点≫
太陽が中天に差し掛かったそのとき、鎮守府に大きく銅鑼の音が鳴り響いた
この時を待ちわびていた民衆は一斉に城門の上に顔を向け、警備の者も役人達も背筋を伸ばして表情を引き締める
「これより、天の御使いより全ての者に向けて、重大な発表がある
心して聞くように!」
常にない程に飾り立てた首脳陣の装いに民衆が感嘆の吐息を漏らす
そして次には訝しげな空気が湧き上がってきた
なぜなら、木曜局長にして青龍将軍の羅令則、玄武将軍の文仲業、そして黄龍将軍にして近衛の長である龐令明
この三名が天の御使い達とは違う場所に座していたからである
「我らが天譴軍を支える英雄諸君
今日は忙しい中、時間を割いて集ってくれた事に心から感謝する!」
天の御使いの言葉に、民衆は再びその視線を彼に集中させる
「今日の俺は、皆にお願いがあって、こうして場を設けさせてもらった
そのお願いとは、実はあまりいい話とは言えないかも知れない」
再び訝しげな空気が民衆を支配しはじめる
天の御使いは、その空気が十分に皆に定着したのを見計らってから、再び告げた
「俺が皆にお願いしたい事とは、現場の判断とはいえ結果として天律に背く行動をしてしまった、羅令則、文仲業、龐令明の三名の罪科を皆に伝えると共に、その処遇をどうするべきか、皆に問いたいと思ったからだ!」
一刀の言葉が皆に浸透していくに連れ、そのざわめきは徐々に大きくなっていく
将軍さま達が天律違反…?
一体何をしたんだ、将軍さま達は!?
あの将軍さま達が、信じられない……
大きくなっていくざわめきは、再び鳴らされた銅鑼によって鎮められた
それに間髪を入れることなく、天の御使いは皆に語りかける
「それがどのようなものであるかは、実際にその場を見ていない俺の口から詳しくは語らない
ただ、皆も知る通り、天律において官や軍に属する者は、命令違反にはそれなりの罰が課せられる事は知っていると思う」
頷く民衆達に頷き返しつつ、一刀は語り続ける
「なので俺はこう考えた
俺達は皆を導く立場として、このような事を自分達だけで処理してはならない
俺達を支持し支えてくれる皆の判断を仰がねばならないのではないか、と」
さすがに理解が及ばないのだろう、戸惑いと共に沈黙する民衆に、一刀は続ける
「もう噂になっているとは思うが、遠く洛陽より驃騎将軍・張文遠殿が事の仔細を語るためにわざわざ赴いてくださっている
俺達はそれを真摯に聞き、天律に反した将軍達に罪科があるかを考え、それぞれの判断を尊重した上で、彼女達の今後を定めたく思う」
これを機に民衆の中に配している宣撫官達が、それに付随する形で民衆選挙の概要を語って聞かせる
そして民衆は理解した
これから英雄として名高い驃騎将軍・張文遠の言葉を聞いた上で、俺達が俺達の英雄である五行将軍達をどうするか、それを決めるのだ、と
民衆の間に一気に不安と疑念が渦巻いていく
それは確かに、天の御使いは俺達私達を“英雄”と言ってくれ、認めてくれた
だがしかし、本当にお偉いさんの罪科の公表のみならず、その刑罰やらをどうするかの判断まで俺達にやらせるって、そう言うのか?
「諸君には色々と不安や疑念もあることだろう
しかし安心して欲しい
これらの手法は天の国にきちんと方法があり、皆は後日役所に赴いて定められた手法に従ってくれれば大丈夫なようになっている
なので今は将軍達の言葉を聞き、それをどう感じたかをただ考えて欲しい」
誰かが
「なるほど」
と呟く
「お前、解ったのか?」
と言う声には
「要は親族会議みたいなもんを俺達全員でやろうって事なんじゃないか?」
と誰かが答える
「ああ、それで札で内容を決めるっていう事なのか
この人数じゃ細かくはやれないもんな」
そうやって相互に意見を述べては納得する姿が各所で起こり、やがてそれは自然に収まっていく
これは実は北郷一刀が予め用意し民衆に紛れ込ませておいた細作の行なった事で、そうすることで皆の理解を早め混乱をなくさせようという一手であった
こうして、今度は将軍達の言葉をひとつも聞き漏らすまいと居住いを正す民衆に向かい、流石に常とは違う雰囲気に緊張しながらも張文遠が立ち上がる
惨劇はまさにその時起こった
≪漢中鎮守府/世界視点≫
まずは簡潔とは言えないかも知れないが、その時起こった外面的な事実だけを説明しよう
合図の銅鑼の音と共に賓客席にいた張文遠が立ち上がり、万座の前に進み出て演説をはじめようとしたそのときの事である
「どおぉぉぉぉぉぉお、りゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
そのような掛け声というか怒号のようなものが、およそ20丈程先の民家の方から聞こえ、それと同時に100斤には達するかと思われる鉄塊が貴賓席に向かい飛び込んできた
その鉄塊は大きさといい勢いといい、そのままであれば天の御使いをはじめ、複数の人間を押しつぶし吹き飛ばした事であろう
事実、足が不自由な天の御使いは動く事すら適わず、無駄と知りつつも司馬仲達が咄嗟に彼に覆い被さった事ができたのみで、他の面々も立ち上がるのが精一杯であった
しかしながら、その鉄塊は貴賓席には当たらなかった
なぜなら、別の方向から飛び出してきた気塊が鉄塊を弾き、その軌道を変えたからである
結果として、この事が惨劇と呼ぶに相応しい事象を招く結果となるのだが
逸れた鉄塊と気塊はそれぞれに城壁に直撃し、何の巡り合わせか相乗効果ともいえる形で城壁を粉砕し、その瓦礫が集まっていた民衆に襲いかかる事となったのである
「……な、なんやの一体!?」
「我が君、我が君!!」
「みんな無事かーっ!!」
「みんなは、民衆は…」
「うぎゃあああああああ!」
「おい、大丈夫か、しっかりしろ!!」
「急いで道場に連絡を! 怪我をしている人間は無理に動かすな!!」
「ちくしょうっ!! 誰がこんな事しやがったんだ!」
このような混乱の中で最初に立ち直ったのは羅令則である
彼女は慌てる警備の人間を一喝すると、適切な指示を出して一気に現場の混乱を収集したのである
「慌てるな!
このような時に本領を発揮できずに何が司法隊か!!
恥を知れ!!
救急兵は急ぎ手当の準備と怪我の優先度の判断を!
他の兵はその補佐と怪我人の救出だ!
訓練通りにやればできる!
慌てず迅速に行動に移れ!!」
この自分達に対する激ともいえる兵への一喝を受けて、すぐに自身の浅慮と態度を恥じて持ち直せたというのは、流石歴史に名前を残した人物達と言えるだろう
「この場は私と令則殿が引き受けます
公祺殿は道場に戻り医者の取り纏めを
仲業殿は民衆の誘導を
儁乂殿、忠英殿は賊を追ってください
令明は急ぎ近衛を引き連れて城門と関所の封鎖を
元直ちゃんは犬の準備をお願いします
他の方々はこれによる風評と混乱に対処をお願いします」
弾丸の如く指示を出す司馬仲達に一斉に頷き、全員が散っていく
「ここは任せてええか?
ウチは申し訳ないけど…」
「構いません、すぐ陛下の御元へお急ぎください
発覚しているとは思えませんが、もしもがあります」
「すまん!!」
即時に簡単な言葉を交わしてから血相を変えて走り去る張文遠もまた、非凡に過ぎる人物といえる
こうして漢中の人民を巻き込んだ天の御使い襲撃事件は
“選挙の日の刺客事件”
として、長く漢中人民に伝えられていくこととなる
≪漢中鎮守府/北郷一刀視点≫
この滅茶苦茶になった会場で車椅子ごと横転したまま、俺はぼーっとそれを見ていた
なんというか、思考が全く追いついていない
いきなり懿が「我が君!」と覆いかぶさってきて車椅子ごと横転したんだけど、ぼんやりと判るのはどうも俺達は襲撃を受けた、って事くらいだ
「何時まで寝てんですかね、この天の御使い樣は…」
ああ、なんか子敬ちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込んでる
俺はゆっくりと身体を起こして、思考が追いつかないまま尋ねる事にする
「………えっと、被害は?」
子敬ちゃんは溜息をつきながらも答えてくれる
「今のところ、幸運というべきでしょうが私達首脳陣には一切被害がありません
ですが、城壁が見事に粉砕しちまいまして、その瓦礫の落下に巻き込まれた民衆に尋常じゃない被害が出ています
密集してたのに加えて逃げようとして横転したのに押しつぶされたりという、かなり洒落にならない状況でして……」
「死人が出たのか…」
「まあ、こういうとアレなんですが、恐らく10やそこらじゃきかないでしょう
瓦礫そのものよりも、転んだりして押しつぶされたり踏みつけられた人間の方がよほど重症だそうです」
そう説明しながらも子敬ちゃんが1~2歩後退している
だという事は、俺は相当に酷い顔を、今しているんだろうな
「我が君…」
「ご苦労さま。二人共状況の報告をお願い」
心配そうにやってきた懿の方を向きもせず、俺は報告を促す
「襲撃者はまだ不明ですが、この会場から南西の方角からというのは判明しております
それと別途、我々を狙ったと思われる気塊ですが、やはり角度は違いますが南西からのようです」
「今のところ、仲業さんに民衆の誘導と警備の総指揮を、令則さんに救助の指揮を、公祺さんには道場に戻ってもらって医者の纏めをお願いしてます
華陀も急ぎこちらに向かわせるとの事でした」
「皓ちゃん明ちゃん、伯達ちゃんに巨達ちゃんには、この事に関する風評その他の処置と、選挙にどの程度の影響が出るかを対処してもらっています
元直ちゃんには犬を用意してもらい、搜索に当たってもらう予定です」
「令明さんと近衛で出入口の封鎖もしましたし、忠英さんと儁乂さんも搜索に出ましたんで、そう時間はかからないかと思いますよ」
二人の説明に頷いて、俺は溜息をつく
「命を狙われる理由なんかいくらでもあるし、言い訳なんかする気もないが、それでもこれは許せないな…」
眼下の惨状に、俺は何をどうすることもできない
ただ見ている事しかできないのだ
それだけに、この状況を呼び込んだ自分と刺客が俺には許せない
無力感に苛まれながら座ったままで地面を睨みつけていると、子敬ちゃんが声をかけてくる
「それで、私の気のせいかも知れないんですがね
曹孟徳のところに楽文謙ってのがいたんですが、どうもそれを見かけたような気はするんです
武将にしても珍しく、顔から腕から傷だらけで目立ってたんで、多分本人だと思うんですけどね」
楽文謙……?
あの楽進が漢中にいただと…!?
思わず顔をあげた俺に、子敬ちゃんは困ったように頬を掻いている
「見間違いかな、とも思ったんですが、こうなるとわざわざ襲撃しに来たんですかね?
曹孟徳はそういう人間じゃないと思ってたんで、見かけたのもさっきだったんで後で報告しようかとは思ってたんですが…」
失敗しましたかね、と肩を落とす子敬ちゃんだが、俺でも多分“こんな事態でなければ”同じように考えただろう
わけても外史の曹操は潔癖の度合いが強く、特に暗殺によって権力を手に入れる事を極度に嫌っていたという記憶があったからだ
(これも外史の“歪み”なのかも知れないな…)
一応確認の意味で俺はふたりに尋ねる事にする
「その事は捜索や封鎖に出た面々には伝えてくれた?
それと、漢中にいるお客人にも伝えてくれたかい?」
これには懿が即答する
「既に陛下の下には張文遠が向かっております
他の方々にも元直ちゃん指揮下の細作が報告に
孫家の面々にも非常時という事で協力を要請致しました」
そうか、じゃあ後、徹底して欲しいことはひとつかな
「改めて全員に通達して
犯人共は手足を首を引きちぎっても決して殺すな、必ず生かして俺と民衆の前に引き摺ってこい
ってね…」
ごくり、と唾を飲む二人を見もせずに俺はそう告げた
さて、俺は果たして、どこまで冷静でいられるのだろうか…
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拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935 』
より視読をお願い致します
また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します
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