懺悔
雨降る日。気持ちが心なしか沈んでいる。この心情はなんだ?俺は窓の外に視線を投げ、瞑想をする。
しかしその瞑想は長くは続かなかった。その原因は、たった今開け放たれた扉の向こうにいる人物だ。
「何の用だ、真人?」
学ランに赤のハチマキといういつも通りの風貌の親友、井ノ原真人がいた。
「別に。ただ理樹がどっかいってて暇だからな。遊びに来たってところかな」
失礼するぜ、そう言って真人は入ってくる。特に断る理由も無いので、そのまま通した。真人は部屋に入ると、中心にどかりと腰を落ち着かせる。
「恭介もいないのか?」
「あぁ。朝から姿が見えねぇ」
「そうか」
それだけの会話をした後、再び視線を窓の外へ。真人も同じく窓へ視線を向けている。ガラス越しにその姿は確認できる。
「雨だな」
「そうだな」
雨・・・あの世界が終わった後でも、雨の日は酷く憂鬱になる時がある。こんな日は遊ぶに限るのだが、二人では遊びも限られるだろうしな。やはりここは恭介と理樹がいなくては話にならない。それに今日はもともと遊ぶ気分ではなかった。だから真人には悪いが、ここにいても暇にしてしまうだけだろう。
「そういやさ・・・」
不意に真人が口を開いた。
「今日は・・・あれじゃねぇか」
「あれ?あれとは何だ」
聞きかえすと、真人は幾分言いづらそうに顔を逸らした。
「言っていいのか?大体、なんでお前が忘れてるんだよ」
「忘れている?だから何なんだ」
「覚えてないのか?まぁ、俺も今しがた思い出した。事故やらなんやらその事も忘れてたけどさ・・・」
「何なんだ。早く言え」
「・・・分かったよ。言うぞ。今日は・・・」
次の真人の言葉で、俺が何故今こんな気持ちを抱えているのか、理解した。
「すまない。出かけるぞ」
そのまま立ち上がり、真人の横を抜け部屋を出る。真人はただ一言。行って来いとだけ呟いた。
今日は・・・古式の命日じゃなかったっけか?
正確には月命日だ。古式は俺たちが修学旅行へ行く直前に・・・屋上から飛び降りた。
そうだ。あの日も雨だった。そして。あの世界で、恭介が俺に古式を見せたのも、雨だった。
傘を差すことを忘れ、俺は霊園まで駆けた。胴衣がぬれるのも構わなかった。ただ一目散に駆けた。
古式家之墓、と刻まれた墓石の前に立つ。それは雨に濡れている。当然か。周りを見ると、ところどころに雑草が生えており、手入れが行き届いていないのは一目瞭然だった。
ここに、古式は眠っている。そう思うと、不思議なモノだった。
あの世界で、俺は彼女を救った。あれは俺自身の願望だった。彼女を救えなかった俺が夢見た。でもそれは所詮夢で、現実は目の前に佇んでいる。
墓石の傍に腰を下ろし、合掌をする。雨が降っている。そう。あの日も。
あの日も―――こんな陰鬱な雨の日だった。
彼女との最後の会話を思い出す。それはあの世界で何度も繰り返した会話ではなく、現実で、過去にたった一度だけした会話。
『宮沢さんは・・・もし竹刀を振れなくなったら、どうしますか?』
『何だ、藪から棒に』
『聞きたいんです』
『竹刀が振れなくなったら・・・か。そうだな。俺は、どうするだろうな』
『分かりませんか?』
『分からんな。でも、もしその時になったら、別の何かを探そう』
『何か・・・。何かとは?』
『竹刀に。剣道に代わる、生きがいだ。楽しいことを、だ』
『・・・宮沢さんは、凄いですね』
『俺は何も凄くない。ただそういう生き方をするだけだ』
『私には到底真似できません。ずっと弓道一筋で歩んできた道です。その道が絶たれた今・・・どうしたらいいのか、今でも分かりません』
『別の生きがいを見つけろ。趣味でもいい。弓道以外で、自分に出来ることを探せ』
『私はずっと弓道だけの人生でした。ただただ、安土に穿たれた的に向けて矢を射るだけの日々でした。それ以外のことなんて、考えられません。だから私は・・・もう』
『古式・・・』
『貴方が眩しく思うときもあり・・・どうしようもなく、羨ましく思う日もあった。貴方には棗先輩たちが・・・。楽しく過ごせる場所がある。大切な人たちがいる。だからそれが羨ましかった。片目の私には眩しすぎるほど、羨ましかった』
『・・・』
『ごめんなさい。突然変なこと言い出したりして』
『いや・・・大丈夫だ』
『別の生きがい・・・見つけられたら、いいです。でも・・・もうきっと・・・』
『見つけるんだ。人生は長い。執着し続ける人生は、失うモノだらけだぞ』
『失うものは、もう何もありません。だって・・・』
『古式?』
『私の道は・・・人生は、もう絶たれたんです。だから・・・』
―――だからもう私には―――
「後悔しているのか?」
突然の声。後ろを振り返ると、そこには傘を差し出した恭介の姿があった。手には百合の花束が握られている。
「後悔しているのか、謙吾?」
再度同じ質問を投げかけられる。俺はそれに答えることが出来ず、視線を墓石に投じた。
「後悔しているんだな。救えなかったことを。示せなかったことを」
「・・・っ」
こいつは、本当に人の内側を読むのが得意な奴だ。こんな時ぐらいは、そんな感覚鈍ればいいのに、と子供のように思ってしまう。
俺の横をぬけた恭介は、そっと百合の花を墓石に添える。花は雨に打たれ、その百合独特の香りを周囲にばらまいた。
「・・・俺は、救えなかった」
打たれていく百合の姿が、嫌にもの悲しかった。
「示せなかった。生きがいを探すことも。希望も。全部、示せなかった」
だからせめて。あの世界で、俺は彼女を救った。生きがいを示した。だけど。
「所詮あれは夢で、ここにあるのが現実で・・・。俺は、何をしてやれたんだろうか」
恭介は何も言わなかった。ただ静かに、無表情で墓石に刻まれた文字に視線を投げるだけだった。
「古式の人生は、本当にこれまでだったのか?続くべきものではなかったのか?意味は、あったのか?」
誰に対しての問いだ。神にでもか?自分で自分を嘲笑う。馬鹿か、と。ここがあの世界なら、隣にいる奴にでも聞けたが・・・生憎と現実だ。ここには神などいない。
だけども。それでも問いたかった。
彼女の人生に。幸せは、意味は、あったのかと。誰にでもなく、聞きたかった。
恭介は静かに空を見上げた。その頬に、額に、顔に、雨粒が当たる。傘はいつのまにか地面に落ちて、その内側に水溜りを作っていた。
「・・・意味なんてものは、結局は本人が決めるものだ」
恭介はいう。それは至極当然の言葉だった。
「もし本人が・・・古式自身が、自分の人生の意味を見出せなかったのなら、それは仕方のない結末だったんじゃないのか?」
「仕方が無い・・・そんな言葉で、片付けられるものなのか・・・」
「人生はそんなに軽くない。ただ彼女にとって、人生とは弓で生きる道だった。その道が絶たれた彼女にとって・・・刹那的な感情にしろ、確かにその瞬間に意味を見失ったんだろう」
ただ、死ぬという選択が正しいとはいえないがな、と恭介は言った。
その通りだろう。恭介の言うとおりなのだろう。古式にとって、人生とは弓で生きるに然る道であった。だからその道が絶たれたのなら・・・それは本当に、人生の意味そのものの喪失だ。
だが本当にそうなのか?なら・・・それなら・・・。
「誰かが・・・別の道を示すべきだったんだじゃないのか・・・」
誰か・・・それは紛れも無い、俺だ。俺自身だ。彼女に別の道を示せたのは、俺しかいなかった。堂々巡りな思考だな。そうだ。俺だったんだよ。なのに・・・。
恭介が俺に向き直る。俺は一瞬、その気迫に圧され、一歩下がってしまう。恭介の、その双眸が真っ直ぐに俺を見据えていた。
「・・・謙吾。俺はお前を責めるつもりはない。それはお前の罪ではない。でもな・・・これだけは言わせろ」
恭介は俺の胸倉を掴む。そのまま顔を奴の正面に向き合わせられる。
奴の・・・真剣な、真っ直ぐな双眸が俺を射抜いた。
「お前は示すと決めたんだろう?だったら最後までそれを貫き通せ。お前が最後まで示してみろ。宮沢謙吾という、一人の人間の生き方を。それが今のお前に出来る、精一杯だろう」
その言葉に、不覚にも俺は涙がでそうになった。
あぁ・・・そうだ。そのとおりだよ。何だ。簡単なことだったんだ。まさに、堂々巡りだ。
恭介は胸倉を放した。そして空を見て、俺を見て。
「難しく考えるなよ。一人で抱え込むな。相談しろよ。仲間に・・・。俺たちは・・・」
雨は止んでいた。曇天の隙間から差し込んだ太陽の光が、まるでオーロラか、カーテンのようだった。
「リトルバスターズだろ!」
そう言って、あいつは笑った。それはいつもの、下らないことを考えて、みんなを楽しませてくれるリーダーの笑みだった。
「・・・そうだな。あぁ、そうだ。俺たちはリトルバスターズだ」
もう一度、墓石に視線を向ける。
雨粒に光が当たり、眩しかった。墓も。添えられた、百合も。
誓おう、古式。俺は示し続ける。俺の生き方を。あの日お前に示せなかった、生き方を。示し続けよう。そして・・・。
彼女に別れを告げ、俺は背を向けた。
恭介も俺に続き、後ろを付いてきた。そのまま霊園を後にした。
「一つだけ聞かせろ」
「何だよ」
寮までの帰り道。俺は恭介に疑問を投げかけた。
「何故俺があそこにいることが分かった。今日が古式の月命日としっていたのか?」
「あぁ。お前は必ずくるだろうと踏んでたよ。出てくるタイミングはずっと隠れて図っていた」
「お前は・・・」
「ま、そのお陰で、憑き物がとれた感じじゃないか?」
「ふん」
素直に認めるのも癪なので、鼻で笑っておいた。
全く。相変わらずお前には敵わないな。恭介・・・。
END
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リトルバスターズ!二次創作。謙吾メインのお話。リトバスにこういう話は合わないな、と思いながら。稚拙で雑な文ですが、よろしくお願いします。