世界の終末を防ぐためにサムと袂を分かれたが、5年後の未来を現実にしない為にも、やはり一緒に居るべきだと思い直した。
そんなある日。弟とモーテルで悪霊退治の話し合いをしている最中に、予告無しにキャスが現れた。そこまでは最近のよくある光景。
ところがキャスは、俺とサムを凝視した後に首を傾げた。
「元カレだが、弟ならディーンに触っても良いのか?」
思考が止まったかのように目を丸くさせたのはサム。
「元……彼?」
あちゃー、と片手で顔を覆ったのは俺。温度差のあるリアクションを物ともせず、キャスが畳み掛ける。
「ディーンの元彼なのだろう?」
「はあ?」
ああ、もうホントこいつ馬鹿だ。起こり得た5年後のキャスを目の当たりにした俺は、ベストタイミングで助けられたせいもあり、つい今のキャスを好意的に見てしまったが、前言撤回だ。
やばい、何も説明してねえのに、サムが俺を睨みつけている。原因はお前だと言わんばかり、いや心当たりはあるがな。
「ディーン……キャスに、また何を吹き込んだ」
「また、ってお前」
「まただろ。で、何を言ったんだ」
そこまで眉間に皺を寄せなくても良いだろうに。俺はため息を付きながら答えてやった。
「大した事じゃねえよ、お前が居ない理由を聞かれたから「100年の恋も冷めたんだ。別れたから、もう俺にとっちゃ、ただの元カレだ」ってな」
サムにとっては見慣れたであろう笑顔―大体は悪戯が成功した時仕様―を向けると、眉間の皺が益々増えた。
「僕が好きで別れたと思っているのか」
「ディーン、どういう事だ」
ちょっと待て、何で俺は二人に責められているんだ。キャスも無表情のくせに、何か機嫌悪そうだし。
どうもよくは分からないが、軌道修正はしておくか。
俺は、今度はキャスに向かって説明した。
「よりを戻したんだ」
「より?」
「元鞘に…あー…つまり、元、が無くなったんだ」
何かがおかしい気もしたが、大まかには間違ってないだろ。
「戻れるのか」
素直に聞き返すキャスに、俺は肩をすくめた。
「まあ、普通は戻れない事の方が多いけど。無くはないな」
大体の女は、一度切った男は引きづらない。無かった事にさえ出来る奴もいる。逆に男はいつまでも未練たらしく思い出してしまう。まあ同じ相手と別れては元鞘を延々続ける奴もいるし、全部が全部ではない。
どこまで天使が人間の複雑な恋愛関係を理解しているかは分からないが、とりあえず目の前の奴は「そうか」と頷いた。
「だとすればディーンの相手は今後、私とサムになるという事か」
「は?」
「なんだって?!」
間抜けな声を発した俺の隣で、サムが近所迷惑な声を上げた。
「おい、お前、俺の鼓膜を破く気か」
片方の耳を塞ぎながら抗議すると、サムは謝るどころか俺の両肩をガッシリ掴んできた。いや、お前の握力だと痛いってっ。
「ディーン、まさかアレが、僕の後釜だったって訳じゃないよな?!」
何で天使で、しかも男?!
と俺の肩を一層強く掴みながら、今度は天井に向かって叫ぶ。近所迷惑も甚だしいぞお前。しかもキャスと一緒に仕事をしていたのが、そんなに不満だとは意外だ。
仲間外れにした訳じゃないのは知ってるだろう。
「後釜って何だ。お前が戻ってきたなら、今度は3人でやりゃあ良いだけだろ」
「3Pありなんだっ、双子の女性だけじゃないなんて、どれだけ節操無いんだよ兄貴はっ」
「おいおい、いくら俺がお前よりモテるからって、古い事を持ち出すなよ」
そして、いい加減肩から手を離せ。サムから開放する気が見えなかったから、俺からこいつの手首を掴んで引きはがした。
やれやれと肩を揉んだ俺の傍に来たキャスは、また新たな謎に直面してしまったらしい。
「ディーン、3Pとは何だ」
およそこいつには似つかわしくない台詞に、うっかり、あの5年後のカリスマセックス野郎を思い出してしまう。ここから5年で、どうやったらあれに?
せっかく俺が童貞を捨てる手伝いをしてやるべく、相性の良い商売女を見繕うとした時も失敗したっていうのに。まあ、知っていても損はないから教えるのは簡単だが、知らなくて良い事だってある。
「あー…また今度な」
弟のバカ力とは違い、くだけた態度でキャスの肩を叩いてやった。それこそ友人のように。
今度、と子供相手に逃げる母親のように言ってみたが、キャスにはまだ、人間の曖昧さが理解仕切れなかったみたいだ。
「では今度とはいつだ。明日か?」
「どんだけ好奇心旺盛なんだよ」
すっかり人間界に被れてんな、お前。俺は楽しいやら何やら複雑だ。一方でサムは終始叫びまくり。
「有り得ないっ、ディーンはいつだって僕が1番だったじゃないかっ。もうそうじゃ無くなったって言うの?」
怒ったと思ったら、喋る分だけ声が弱々しくなり、最後の方は涙目で訴えてこられた。よく分からないが、素直に愛情を求めてくるサムはあまり見られないから、つい嬉しくて目尻が下がる。
「そんな簡単な事を確かめる必要があるのか?いつだってお前が、俺の1番に決まっているだろう」
手なんて、無意識にサムの頭撫でてるし俺。うーん、久しぶりの感触。
「じゃあ、キャスはもう過去の男て事で良いんだよね。そりゃ、1度だって嫌だけど、過ぎた事はしょうがないし」
ん?何で仕事上、便利な奴を切るんだ。コンビはサムだが、キャスだって必要だろ。
「いや……過去って、現在進行系で良いじゃねえか」
「とんだ小悪魔!」
「お前、久々に戻った普通の世界で何してたんだ」
俺が真面目にハンター稼業をしていたっていうのに、充実してやがったな羨ましい。
「ディーン」
「ん?ああ」
キャスがまた俺を呼んだので、ティッシュとテレビリモコンを渡してやった。
「小悪魔知りたきゃ、そこのAVチャンネル回せ。勃ったら自己責任な」
運がよければそんなシチュエーションのが出てくるだろう。こいつもなんだかんだと男だな。じゃあ、あのカリスマは探究心の成れの果てか。
こっそりうつろな眼で笑ってしまう俺の溜め息と、サムの歯ぎしりが重なった。
「そんな熟年夫婦みたいなツーカー、僕は見たくないっ」
良いか、とサムは鼻息を荒くして、キャスを睨みつけた。
「絶対、キャスをディーンの元彼にしてやるっていうか、記憶からお前を消し去ってやるっ」
「ほう、記憶を消せるとは、君がそんな力を持っているとは知らなかった。一体いつ、どこでどのようにして得たのか教えてくれ」
「そっちこそ、天使の力で兄貴をどうやって騙したか吐いてもらうからな」
何だか俺の知らない間に、すっかり意気投合してやがるな、こいつら。サムは情報オタクだし、天使はいわずもがなの知識量。案外こいつらって気が合うのかも。
んー、それにしても眠い。今夜は久しぶりに、深酒をしなくても眠れそうだ。
なんて良い夜だ。俺はあくびをしながらベッドに入り、寝心地の良い場所を探しながらもぞもぞと動く。枕を二度ほど動かしていると、背後からサムの恨めしい声が届いた。
「ちょっと、元々はディーンの浮気から始まってるのに、何してるのさ」
「ん?俺の浮気ぃ?そんなの、今に始まったこっちゃねえだろ」
俺の下半身のだらしなさは、こいつが一番良く知っている。最近は色々あったから、ナンパするのも前より減ったものの、俺の本質は変わらない。
それより今は安眠第一。食い気よりも色気よりも、眠気っ。
「俺はもう寝る。後はお前らで勝手に語り合っとけよ」
「それじゃ、意味ないんだよ。どっちが元彼か雌雄を決する気でいるのに」
俺がいなきゃ無理な語らいってなんだよ、面倒くさい。知識の応酬がクイズ形式だとしても、俺にジャッジは無理。
「どっちも元カレで良いだろ」
そもそも俺には関係の無い問題だ。
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season5の2014へ飛ばされて帰ってきてからの、後のネタ。深く考えてはいけません。深く考える話でも無いです。全員マジボケと思って下さい。あと矢印表記なので、誰ともくっついてないです。修羅場と修羅場の間に書いた逃避SSの割に、書きすぎました。取り愛って楽しい。