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『舞い踊る季節の中で』 第120話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 傷ついた体を引きずって本拠地へと戻る袁紹軍。
 膨れ上がった負傷兵を抱えては、迅速に動けなくなるばかりか弊害が多いと言う理由で後送される事になった事を喜ぶ兵士達。
 そんな中、不吉な噂が彼等の中で囁かれ始める。

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2011-12-10 15:32:35 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:11757   閲覧ユーザー数:7640

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√ 第百二十話

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割拠編-

   ~ 血霞の中に舞うは親友の涙と想い ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

   習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、太鼓、

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

        

  (今後順次公開)

 

最近の悩み:

 

 

一刀視点:

 

 

 大きな天幕の中を凛とした明命の声が響く。

 彼女の齎した益州の内情の報告は、桃香達の持っている以上に正確な情報。

 むろん幾ら優秀であろうとも、その持ち帰った情報が正しいとは限らなし、どんなに正確な情報を求めようともそこには誤解や嘘、そして一方的な私見が混ざってしまう。

 正しい情報を得ることの難しさは情報戦に長けた現代においてすらも変わらない。いや、情報戦に長けた現代だからこそ余計難しくなっているのかもしれない。

 情報の少ないこの時代においての情報と、過多と言っても良い程の情報は得られるものの、そこに高度に発達した嘘や罠が織り交ぜられた真実すらない事もある情報。

 だけど結局は同じ事だ。どこまでが信じられる情報で、何処までが信じられない情報かを決めるのは、それを聞く人間と、其処から決断する人間だと言う事は今も現代も変わらない。

 信じたいと思う情報と信じたくないと思う情報。それを絶えず心の中で葛藤し続けなければいけない。

 だから桃香は明命の言葉を黙って受け止める。

 

 噂にズレがあった事を。

 それは取るに足らない小さな差異。

 だけど桃香にとっては大きな差だと思う。

 桃香が朱里達から聞いていたのは、民を顧みない政治で益州の民が苦しんでいる事。

 そして劉璋に一族間を纏めるだけの力が無く、一族間の争いが絶えずにいるため民が不安がっていると言う事。

 実際孫呉が掴んでいた情報も、それに近いものだった。

 だけど明命自身が自らその地に運んだ事により齎した事実は…。

 

「……民想いの王。 その事実に間違いないんだね」

「はい」

 

 桃香の問いに、明命は掴んだ事実のみを答える。

 すでに言うべき情報を渡した以上。それ以上は私見が混ざり他国の王なれど、その判断を惑わしかねない事は一切言わない明命らしい心遣い。

 その在りようは一振りの日本刀の様に研ぎ澄まされ美しく、そして心の弱さを斬り捨ててゆく。

 明命の言葉を心深くに染み込んだのか、桃香は椅子に深く座り込み息を深く吐いた後。

 

「……朱里ちゃん、どう思う?」

「…間違いないと思います。 民に人気のある者や、劉璋さんに理解ある人達の大半が国境沿いの街で防衛の任についていたり。成都から遠い地にで追いやられたりしている事からも、周泰さんの言葉を証明しているでしょう。ですが・」

「うん、分かってる。

 でも劉璋さんはもう一人の私かも知れないって、そう考えちゃったの」

 

 朱里の言葉を最後まで聞く事無く、寂しげで悲しげな表情をした桃香はゆっくりと目を瞑り、その心の内にある考えを飲み込む。朱里の告げようとしていた言葉と想いも。

 やがてほんの数呼吸分の僅かな時が流れた頃、その内にある心を表すかのように勢いよく立ち上がり宣言する。

 

「私達は力無き王から民を救い。私達の新たな足場とするため、このまま益州へ向けて侵攻します」

 

 あり得たかもしれない自分を、自分達の理想のための糧にする事を選ぶ。

 自分達が踏みつけるものが何なのかを僅かなりとも理解し、踏みつけた者達の怨嗟の声を浴びる覚悟を、そのやわらかな笑顔の奥に隠して……。

 桃香は王としては甘く、優れた武も智もない。

 けれど決して王として無力ではない。

 民としての視線を持つ桃香しかできない力を持っている。

 どんな苦境でも耐える力を。

 針の先の様な僅かな機会を見逃さない眼を。

 人に馬鹿にされようとも、歩み続ける強さを。

 なにより皆の夢を一つに纏める力を彼女は持っている。

 本当の意味で罪を背負うと言う事を、それでも歩み続ける事を彼女は連合の時に学んだ。

 その上で彼女は笑顔でいるんだ。

 皆が安心していられるように。

 皆を笑顔にさせるために。

 

 それを口の悪い人間は腹黒いとか強かな人間とか言うけど、桃香のは強かと言うより、外見に反して抜け目がないと言うやつだろうな。そう言う意味では現代なら桃香は女の娘らしい女の娘と言える。

 だいたい『腹黒くない女の娘はいない』と言うのが及川の言葉だったし、クラスの女子達もそんな発言をした及川に文句や物を投げつけたりしてはいたけど、言葉そのものは否定はしなかった。

 ちなみに妹も…。

 

『女の娘は好きな男の子の為なら、幾らでも腹黒くなれるの。だからお兄ちゃんも気を付けてね』

 

 と言っていた妹自身もその例に漏れないのだろうか?と脳裏に疑問が浮かんだのだが、その質問自身が何か地雷を踏むような気がしたので分からずじまいだったけど、妹は元気でいるだろうか?

 きっと俺の事をそれなりに心配してはいるだろうけど。闊達で明るく優しい妹の事だから、今頃世話の掛かる兄に解放されて、彼氏の一人でも作って人生を謳歌しているのかもしれない。

 

ぞくっぞくっ!!

 

 ……何だろう。 凄まじい寒気が背中を襲ったけど、周りにそれらしい妖しい気配も視線もない。

 一瞬とは言え、あっちの世界の事を考えていた事と何か関係あるのだろうかと首を傾げていると、話題は桃香の改めての決断に、熱の入った臣下である愛紗や朱里達が、今まで練りに練って来たであろう益州攻略のための策を打ち出していっている。

 もっとも、兵数も少なく領民を引き連れた桃香達に余分な戦をしている余裕など初めからるはずもなく、答えは最短距離を一気に攻め込む意外ありはしないだろう。

 だけど益州は大国だけあって、その軍事力は例え中央がゴタゴタしていようと侮れるものではない。そしてだからこそ、それが桃香達にとって付け入る隙となる。

 桃香達の持つ兵数は五千あまり。とても益州を落とす所か一都市を落すのすら危ない兵数と言える。その上このまま進めばぶつかる最初の防衛拠点となっている街には、噂に名高い黄忠が治める街で、こと防衛に関しては中央からの信頼も厚い将。

 だからこそ相手は油断する。黄忠はともかくとして、少なくとも何重もの防壁に囲まれた主都成都にいる人間はね。

 たかだか五千の兵で何が出来るかと、ましてや難民を引き連れてなど、放っておけば自滅すると。わざわざ大金を掛けて大軍を動かす必要などないと考えるだろう。

 

「以前より桃香様が今迄やられて来た事を噂として広めるようにしてありましたが」

「先日其処に今此方に向かっている桃香様ならば、民を想う市政をしてくれるはずといった、桃香様を求めるような噂を上乗せするよう細作を出しました」

「なるほど。劉璋の統治に不満を持つ者達に希望を与える事で暴動一歩手前の空気を作り出し、籠城戦所ではさせないようにすると言う訳か。

 くっくっくっくっ、朱里よ。お主もかなり意地の悪い策を考え出したものだな。 いやなに、これは朱里達の成長を喜んでいるのであって、皮肉を言っている訳では無いぞ」

 

 そんな星の言葉に少し困ったような笑みを浮かべながらも、朱里は更にそのための考えを幾つか述べて行く

 朱里は強くなった。 星もああいう素直になりきれない性格故にあんな言い方はしているものの、その言葉どおりに朱里の成長を心から喜んでいるのは、彼女の優しげな笑みと力強い信頼を乗せた瞳からも分かる。

 以前の朱里は自分一人で背負い込む危うい空気を纏っていたけど今は違う。詠があの時に桃香達を糾弾した事により皆が一つに纏まろうとしている。本当の意味で支え合い始めている。

 暗闇の中を手探りで、共に罪を背負う覚悟を、皆が安心して暮らせる世界を作れるために、

 

「問題は初期段階において、劉璋さんが本気で少数である私達を討伐部隊を出す可能性ですが」

「それに関しては劉璋さんに、一時的な避難で領地を通るだけで害意は無いと使者を送る事にしました」

 

 え?

 朱里と雛里の二人の言葉に驚く俺を余所に、愛紗が二人の真意を確認するために。

 

「この乱世に、それくらいの虚実を見抜けないような領主や臣下に、民を導く資格は無いと言う訳か」

「はい、今の世の中自分達は攻め込まれる事は無いと言う考えは間違いです。 それに今回私達が攻め込まなくても近い将来決着をつけた曹操さんか袁紹さんが益州を攻め込みます」

 

 確認するかのような愛紗の言葉に答えながら、朱里は俯き気味に視線だけを此方に向け『孫呉も益州を狙っているはず』と暗黙に語る。

 別にそう思われるのは構わない。

 事実そのための工作を孫呉はしていたし。今回その工作を劉備達のために使っているだけに過ぎない。

 朱里の言葉通り同盟を組んでいるからと言って、攻められないと考え自体が間違いであり、同盟と言う言葉への甘えでしかない。

 例え互いに向こうから一方的に同盟を破棄してくる事は無いと分かっていてもね。

 問題はそんな事ではない。だから俺は今一度確認する様に。

 

「益州侵攻と言う意味では、今の朱里と雛里の考えているであろう戦略は間違っていないと思う。

 でも桃香。本当にそれでいいのか?」

「え?」

 

 国に攻め込むと言う物騒な会議の中、それでも柔らかな女性らしい雰囲気を纏っていた彼女は、朱里達の策がどういう意味を持つのか理解していなかったのだろう。突然の俺の言葉に目を瞬かせて軽く驚くが、それも無理もないと思う。

 今、朱里と雛里が考えているであろう戦略は何ら間違っていない。多くの状況を利用してからませているとはいえ、兵法としては基本的な物で桃香達の置かれている状況下ではもっとも最適な答えに近いものだと思う。

 だけどそれは戦略家としての考えでしかない。世の中最適な答えが正しいとは限らないんだ。

 例え馬鹿であろうと、間違っていると指摘され笑われようと、それが正しい事だって世の中にはある。

 特に桃香、劉備のような人間にはね。

 

「悪いけど、ボクは二人に考えに反対よ」

「「えっ」」

 

 だけど、桃香達の驚きの声の答えは彼女達にとって意外な所からやってきた。

 頭が痛いと言わんばかりに蟀谷に指を当てながらも、面倒くさそうに溜息を吐き。詠は覚悟を決めて自らぬかるんだ泥道へと足を踏み入れる。

 一度その道を踏み出せば、二度と抜け出せないと分かっていようとも。

 

「確かに二人の考える戦略そのものは間違いじゃないわ。でもそれは盟主として揚げるのか桃香じゃなければと言う条件付きよ」

「「あっ」」

 

 朱里と雛里の二人は詠の言葉に理解する。

 他の戦いではいざ知らず、今回の戦いだけはそれをやってはいけないと言う事を。

 国を失った王が国を得るための戦で、徳を売りにしてきた桃香だけはやってはいけない事を。

 大分マシになったとは言え、まだ二人が頭の中だけで全てを考え過ぎていた事に。

 決して見逃してはいけない事実を戦略に汲んでいなかった事に。

 そんな二人に詠は容赦なく言葉を叩きつける。

 二人の影となり、彼女達を支えるために。

 

「民を想う聖徳な王。 実際はともかくとして、そう噂される王が相手を騙して国を盗み取る。此れが何を意味するか分からない二人じゃないわよね」

 

 それは王としては決して間違いではない。

 むしろそんな王が殆どと言っても良いだろう。

 歴史の紐を解けば、元盗賊や山賊だった王と言うのは珍しくない。

 個人としてはともかくとして、王としてなら騙される方が悪い。

 その背に多くの民の生活と命を背負っているのなら、そんな力の共わない理想など民にとって害悪でしかないからだ。

 

 ……でも、それは強者の理論。

 その地に住まう民にとって、それでは今までの王と何ら変わりはない。

 いざとなれば自分達を犠牲にするだろうと。自分達を簡単に見捨てるだろうと。

 力が在ろうとも、清廉な聖人をいくら演じようとも盗人の言葉など信じられるかと。

 そんな小さな棘が民全員の喉に引っかかり続ける事になる。

 

 詠が言っているのはそう言う事。

 たとえ幾ら此方が理を解き正当性を唱えようとも、相手が其れを是としなければ理は刃となって、此方にその刃を向ける事になる。

 そんな詠の言葉に傍にいた月が、実物はともかくだなんて桃香さんに失礼だよと、言葉小さく嗜める姿を余所に朱里と雛里は詠の言葉に落ち込みながらも、彼女達とて必死に詠の言う事の無謀性を唱える。

 この状況下で他にどんな手があるのかと。まともに戦って戦える相手では無いと。差し違えでは何の意味もないのだと。

 三人が述べるのは共に正論。それ故に意見の衝突は避けられない。

 更にそこへ星と鈴々が詠の考えに賛同し、愛紗と白蓮が朱里達の考えに鎮痛の想いで賛同する。

 ここにきて益州攻略に当たって根幹的な事で二つの意見がぶつかり合ってしまう。

 そんな事をしている余裕も時間もないとしても、蔑にしてはいけない事。それを彼女達はきちんと理解している。

 

 そしてそんな険悪な空気を撃ち破ぶれるのは…。

 

「私は民の皆の支持を得られなければ何の意味もないと思うの。

 今まで皆でやって来た事。そんな私達を信じてこうしてついて来ている人達の想いを裏切っちゃいけない。

 だって今私がこうしていられるのは、皆が笑って暮らせる国を作りたいと言う考えに賛同してくれた皆がいるからだもん」

 

 皆の夢と希望を傷つける真似は出来ない。

 

 桃香は最後にそう告げる。

 王としては稚拙な言葉。

 夢物語と馬鹿にされない言葉。

 だけど、どこまでも真っ直ぐで純粋な言葉。

 なにより連合の時と違い夢や理想を追っていただけの彼女は、もう其処にはいない。

 その足元にどれだけの屍の山を築いて行くかを自覚した上で、王として毅然とした彼女が其処にいた。

 桃香は飲み込むつもりなのだ。

 

 民の悲しみと希望を。

 踏みつけて行く者達の理想と怨嗟を。

 その胸に優しく受け止めるつもりなのだ。

 皆が笑顔でいられる国を作るために。

 

 一陣の風が通り過ぎる。

 熱い何かが心の中を通り過ぎる。

 雪蓮とも蓮華とも違う何かが。

 むろん何時ぞやの天幕で見せた曹操の覇気とは違う何かが。

 この場にいる全員の中を通り過ぎてゆく。

 ……それぞれの胸に何かを残して。

 ……なるほど、これが本当の桃香。

 ……いや、劉備玄徳なんだ。

 そうか、だから詠はあの晩にあんな事を………なら行けるか…。

 

「朱里ちゃん雛里ちゃん。何時も無茶ばかり言って御免なさい。 でも、これだけは譲れないの。だから私は王として命じます。

 諸葛亮と鳳統は賈駆と共に益州攻略について現案を破棄し、新たに民の夢を壊さない策を早急に立案する事。

 他の皆はより困難になるであろう今度の戦を皆で支え合ってほしい。

 此れは私達将兵の戦じゃない。 この一戦は、皆の、民全員の夢となる国を作る戦だと言う事を忘れないでほしい」

 

「はわ、はっわいっ」

 

 舌を噛みながらも、それでも力強く頷く朱里は何処か眩しそうに己が主を見ていた。

 その余りある程の才能を活かすには、まだまだ経験不足な所があるけど、それも彼女ならすぐに克服するだろう。 彼女は自分の弱さを自覚した以上、きっと姉である翡翠のように弱さをすらも武器に出来るようになるはず。

 

「あわわ。わわかりましゅた」

 

 その瞳を帽子のツバを引っ張って隠すことなく、かみかみに言葉を噛みながらも桃香の言葉を嬉しげに頷く雛里。 人見知りで、引っ込み思案な彼女だが、きっとこの中で一番心の強い娘。人の弱さを誰よりも知っているからこそ強く成れる事を、歩み続ける事の本当の意味を知っている。

 その事は彼女が大事そうに持っている杖が証明してくれている。

 其処にある皆の想いを受け止めて彼女は大空へと羽ばたいて行く。

 

「はっ! 我が矛に賭けて、いいえ、この矛と共にある皆の想いに賭けて桃香様の言葉を、皆の夢を現実にして見せましょう」

 

 以前より体に馴染んだはずの己が愛槍を重たそうに持つ彼女は、それでも以前より力強く悠然とした雰囲気を持ち出した彼女は、まるでその言葉を待っていたかと言わんばかりに、嬉しげに己が主の命を拝命していた。 きっと彼女はその真っ直ぐな心根故に、これからも多くの失敗を繰り返すだろう。 それでも確実にその失敗から学びとり、ひたすら己が信じる正義を邁進していくだろう。

 

「鈴々は難しい事は分からないけど、わかったのだ」

 

 赤く短い髪を子供らしい態度で揺らしながらも、その年相応の姿のままの言葉で桃香の言葉を受け止める。

 彼女はそれで良いのかもしれない。

 何物にも縛られない心こそ彼女の本当の真価。

 唯その中心に何かあるのさえ忘れる事さえなければ、その小さな背に何を背負っているのかさえ自覚さえすれば、彼女はこの軍最強の将。

 その持ち前の明るさと共にこの軍のムードメーカーになるだろう。

 

「ふふっ、何とも頼もしい御言葉。 この子龍確かに承りました」

 

 桃香の言葉に必要以上家おう事を見せずに、何時ものようにおどけて見せながら自然と桃香の言葉を受け止めて見せる星。

 彼の自身、愛紗に負けず劣らずの激しい気性を持っていながらも、この軍に置いて自分の役目を誰よりも理解しているが故に、己が使命と自分を律して見せる。

 個でありながら全を見。全を思考しながら個であり続ける。

 難しいであろうそれを彼女は影ながら努力をし、人前では飄々としてみせるだろう。

 それもまた一興と。その在り方と仲間と共に歩む己の姿を酒の肴にして、彼女は小さく微笑み続けるに違いない。

 

「ま、桃香達には拾ってもらった恩もあるし、私なりにやれる事は全力で当たらせてもらうよ」

 

 誰よりも多彩な才能を持つ白蓮。

 本当に優れた才を持つ者に比べれば、その才の一つ一つは凡百と言われようとも、間違いなく彼女はこの軍の要となりうるであろう存在。

 彼女の性格を考えれば、きっと気苦労ばかり背負う事になるのだろうけど。彼女が劉備軍の潤滑剤となり皆の足りない所を満遍なく満たしてくれるはず。

 

「ふん、これくらい想定内よ。 桃香は精々皆の足を引っ張らないようにして頂戴よね」

 

 ……詠。

 君は君のあるままで在れば良い。

 其処が君の立ち位置だと、俺はそう思うから……。

 例えあの晩の事が無かったとしても、そう思えるから…。

 

「詠ちゃんったら、またそんな事を言って。 あっ、もちろん私に出来る事であれば、喜んで手伝わせていただきます」

 

 静かで、それでいて見る者の心休まる笑みを浮かべる彼女。

 その姿でさえ、まるで今が乱世である事を忘れてしまうほどに気品に溢れ、そして儚く美しかった。

 桃香が皆の希望を照らす太陽だとしたら、彼女は皆が心休まるように、皆を優しく包み込む月光。

 君は詠の指示す道を望んでいないかもしれない。

 だけどそれでも君はその道を歩むだろう。

 その心優しさゆえに、彼女は彼女へと戻る事になるだろう。

 

 馬良、馬謖と続いて他の臣下達もこの戦に己が全てを掛ける事を誓い合う。

 桃香の命に、それぞれが沸き立つ。

 まだ戦がそのものが始まる訳でもないのに、将達が己が使命に熱気を放つ。

 大きい天幕とは言え、熱く感じるのは初夏が近いせいではないのは確かだ。

 劉備軍が、今こそ本当に一つに成ったのだから。

 それを見届けた俺と明命は、そっと天幕から出て行く。

 もう俺は此処には必要ない。

 あとはほんの少しだけ手助けしてやれば良いだけの事。

 此処で必要な事は詠がやってくれる。

 あの晩に約束したように。

 ……俺が命じたように。

 

ズキリッ

 

『此れは盟約。

 今のはその証であり契約。

 此れでボクの全てはアンタの物。

 この躰も、心も、魂も、血の一滴さえ、アンタの好きにする事が出来るわ』

 

 脳裏に頭痛が走ると共にあの晩の詠の言葉と光景が浮かび上がってくる。

 気丈な表情で…。

 覚悟を噛みしめた口元で…。

 確かな信念を瞳での奥に灯して…。

 漏れこむ月光の中。それでも微笑えんでみせる彼女の顔は美しく、……そして悲しかった。

 

 新緑を思わせる彼女の綺麗な瞳から、彼女自身気が付かずに流れ出ている涙が、俺の心を掻き乱す。

 彼女を其処まで追い詰めたのは自分なのだと、

 俺が生み出してしまった罪なのだと…。

 

 

 

明命(周泰)視点:

 

 

くちゅ

 

「んっ……ぁっ」

 

ごくっ

こくっ

 

 朦朧とする意識の中、音と共に混ざり合ったそれを嚥下する音が頭の中を、小さな天幕の中に響き渡ります。 頭の中まで痺れるような感覚に、背に回された手で髪を優しく撫でつけながらも力強く抱きしめられる感触に、塞がれた口の感触と相まって息苦しさを感じるものの。それが逆に心地良く感じてしまい。私を更に夢心地にさせてくれます。

 

「んぐっ、……ふわぁ、……んっ」

 

 一刀さんの乱暴とさえ言える行いに、私はこの行為が誤魔化しだと分かっていても受け入れてしまう。

 初めて一刀さんから求めてきた行為。それが熱く情熱的であればあるほど、私の心を締め付ける。

 

「…ふはっ……一刀さん」

「明命……」

「んんっ…ぁ」

 

 息を整える暇もなく、互いの名前を呼び合った後すぐに再開される行為。

 互いの舌をまるで二匹の蛇が互いに喰らい合うかのように何度も何度も音を立てて絡ませる。

 絡み合った舌は、時には未練かのように糸を引かせながら離れたかと思うと、また再び熱く激しく絡み合って行く。

 口元から交じり合った唾液が零れ落ちるのも構わずに、互いの口の中で舌と吐息が融け合って行く。

 嘘と誤魔化しと共に……。

 欺瞞と一時の愛欲と共に……

 

「はぁはぁ。……一刀さんもっとください」

「ああ」

 

 それでも私は一刀さんを求めてしまう。

 求められるままに私は求めてしまう。

 一刀さんを信じられるから。

 そんな自分を信じられるから。

 今は必要の無い事だからと。

 何時か話してくれるからと。

 不安に舞う己が心を誤魔化します。

 

 

 配下の兵達と共に益州の各拠点や成都で、情報収集と幾つかの工作をして戻ってきた私に待っていたのは、私がいない間に在った出来事の簡単な報告。

 その報告の中で特に気になったのが一刀さんと賈駆と密談。

 朱然達とは別に、一刀さんに特別につけていた私の直属の穏行に長けた配下すら人払いしてまでの逢瀬。

 時間にして、四半刻在ったか無いかという時間故に、何か間違いが在ったとは思えません。

 ……でも、それ以外の何かをするには十分過ぎる時間です。

 そうでなくても、同盟を組んでいるとはいえ他国の人間と夜中に、そんな密会をしていただけでも問題なのに、男と女がそんな時間に二人っきりで会うなど変に勘ぐられても文句は言えません。

 幸いな事に彼女が来た事を知っているのは極僅かですし、その時見張りをしていた丁奉や報告をしてきた部下は気を利かせて一刀さんの天幕の外で見張りをしていた事にしてくれています。

 なにより一刀さんが噂程手の早い人間ではなく、噂にある様な女と見れば節操の無い人間ではないと知ってくれています。

 もっとも、そんな噂を助長しているのが一刀さん自身の無自覚な行いだとも知ってはいますが……。

 

 何にしろ理由はどうあれ。そう言う事は今は控えるべきです。

 その事を注意するのと、何が在ったのかを聞くために、一通りの報告の後に一刀さんを問い詰めて行くと、一刀さんは困ったように視線を泳がせた後、突然覚悟を決めたかのようにいきなり私の唇を奪いました。

 その突然の行為に、私は一刀さんの行為を受け入れると共に、胸に痛みが走ります。

 

 いったい賈駆との間に何が?

 

 一刀さんの激しい求めを涙目に受け入れながらも、その考えに確信を持ちます。

 私に言えない何かが在ったのだと心を絞めつけます

 それでも熱くなる躰と朦朧とする意識の片隅で、冷静な私が私に囁きます。

 賈駆との密会は短い時間だったと。

 あの一刀さんが本当の意味で一度始まったら、そんな時間で済む訳ないと。

 此処で疑いを言葉に出しても得る物は少ないと。

 ……なら、私は一刀さんを信じます。

 一刀さんが私や翡翠様を求める行為の意味を。

 一刀さんが私達を大切で、好きだと言う心を。

 

 なにより一刀さんが大好きですから。

 

 そうして、体中の力が抜け落ちるまで続いた行為。

 結局それだけに留まってしまいましたけど、それでも一刀さんが私をどんなに大切に思い、信じてくれているかを私の心に刻み直してくれるのに十分な行為でした。

 酸欠と行為の心地良さに夢心地に意識が朦朧とする中、

 

 ごめんね

 

 言葉には出さず唇が僅かにそう動くのを感じた私は、その言葉を受け止めるように一刀さんに身体を預け、頭をその力強い胸に凭れかからせます。

 

 とくんっ、とくんっ

 

 心地よい一刀さん御鼓動が耳を通して、私の心の奥にまで聞こえます。

 安心できる温もりが一刀さんの服と私の長い髪を経てなお伝わってきます。

 ちょっとだけ汗臭いですけど、それでも私達とは違う男の人を感じさせる臭いが、私が帰ってくるのは此処なんだと心を蕩かせます。

 

 いいですよ。一刀さん

 

 そう心の中で一刀さんを赦してしまう。

 今は語れない一刀さんを…。

 あんな風に誤魔化そうする一刀さんを…。

 

 くすっ。一刀さん可愛いです。

 

 心の中で一刀さんを赦す言葉と共に、笑みが浮かび上がってしまいます。

 だって、あんな行為で密偵である私を誤魔化そうだなんて。

 女を誤魔化そうだなんて、あまりにも可愛いすぎます。

 馬鹿正直者で…、素直で…、何より情熱的です。

 だから誤魔化されてあげます。

 

 あんな事では本当は誤魔化されないって。

 一刀さんが気が付くその時まで、その手で誤魔化されてあげます。

 誤魔化されている振りをしていてあげます。

 

 

 

 それにしても賈駆……ですか。

 ぶっきらぼうで、一刀さんに対して乱暴な言動を取る方ですが、その言動は何処か私達家族を彷彿させるもの。………いったい彼女との間に何が?

 

 

 

通常視点:

 

 

 巨大な軍勢による強行軍。

 そう言えば言い表しても良いのだろうか?。

 そう言うには、その巨大な軍は傷つきすぎていた。

 そう言うには、その軍が向かう先は己が本陣。

 だがその進軍速度は、まさにそう言うに相応しい。

 例え、それが敗軍による敗走としか見えない程の負傷兵を抱えたとしても、その言葉は正しいのかもしれない。

 

 その数優に五万を超す大軍。

 その殆どを負傷兵が占めようとも、その事実に何ら変わりはない。

 その有様を憎々しげに街を覆い囲む城壁の上から見下ろした老人達は、先触れの使者の報と、自らの子飼いが齎した報せで知ってはいても、自らの目で見ねば気が収まらなかった。

 此れではまるで敗残兵ではないかっ!

 そう心の中の吐露を、老人達はその傲慢さ故に隠そうともしなかった。

 

「この袁家の面汚し共がっ! それでも貴様等は栄えある袁家の先兵か!

 後送される元気が在るのならば、敵の喉笛を噛み切ってその命を袁家のためについやす度胸もないのかっ! この極潰し共っ!」

 

 負傷兵だらけの軍を率いる張コウと高覧と兵達に、老人達は城壁の上から一方的な言葉を叩きつける。

 また戦に負けた訳でもなく、むしろ戦況を見る限りは優勢どころか、勝利は時間の問題だと言うのにも拘らず。老人達の言葉は命を賭して戦い戻って来た者達に冷たく辛辣だった。

 

 だが老人達にしてみれば、それは当然の言い分だった。

 大軍を抱えている強国と言えば聞こえはいいが、大軍を抱えると言うのは、非生産的な人間が多いと言う事。 富を齎すところか、広大な土地と領民から得る富を費やす穀潰しとさえも言える。

 むろん実際はそれだけではなく、その事により多くの力と新たな富を生んでいる事は老人達も重々に承知しているし、領民に重税を掛け国内外問わずに敵の多い自分達の身を守るのに必要な存在と言う事は理解していた。

 だが兵数と同様に金は単純明快にして不変の強さと信じている老人達にとって、軍備のための出費も決して安いものではなく、一年で小国なら十数年分の国費とさえ言えるほどの金を費やしているも事実。

 その上、自らの主と祭り上げている袁紹の趣味で金の掛かる装備を全兵士に与えているのだ。

 これで結果を出して貰わねば困る所の問題ではない。

 それ故に老人達の心境も事の是非は置けば、決して的外れな言葉ではないと言える。……それを言葉にしてぶつける相手を間違っていなければの話だが。

 

 老人達は、それで取りあえずは気が済んだのか、兵達に言葉だけの労いと休息の言葉をかけ、本来言葉と苛立ちをぶつけるべき相手である張コウと高覧に視線で、詳しい報告は城で聞くとだけ述べ、その場に居るのも忌々しいと言わんばかりに、その場を立ち去って行く。

 最後まで死に物狂いで戦ってきた兵士達に、まるで自らが自分達の王だと言わんばかりに城壁の上から見下ろしたままに…。

 

 そんな袁家の真の支配者たる老人達の言葉を、固く握りしめた拳と共に冷たい笑顔を張り付けたまま黙って受けていた張コウと高覧は、直属の配下に幾つかの簡単な指示をだし。自分達は身を清めてから城へ参内する事を述べて兵士達の大半を場外に残したまま、何人かの配下と共に街の中へと入って行く。

 その様子を老人達の眼は街の入口である家の窓からそっと見張っていた。 彼女達の出したお決まりの他愛無い支持の幾つかに、手印をさり気無く織り交ぜている事に気が付かないままに。 眼の見た彼女達の言動を簡潔に紙面へと示し、裏戸の外に立つ人間へとそっと手渡す。

 幾ばくかの金を代わりに受け取って…。

 

 

 

 開け放たれた窓から初夏の熱さを和らげる涼しげな風が、小鳥の鳴き声と共に吹き込んでくる。

 部屋に入りこんでくるそよ風に、少年は短い赤髪を僅かに揺らさしながらその感触を楽しんでみせる。

 

「今日は身体の調子が良い」

 

 思わず零れ出た言葉の後に僅かに小さく咳込む少年の頬は痩せこけており、御世辞にも健康そうには見えなかった。

 だとしても少年にとっては、それは嘘偽りの無い真実。

 外を大好きな姉と駆けたのは、どれだけ何年も昔の事だろうか。

 年月の流れが感じられなくなるほど病床生活の長い少年にとっては、ここ一年ほんの僅かだけど少しづつ容態が良くなってきている事は僅かな希望だった。

 その希望は少年だけのものではなく…。

 

「こらっ小狼(しゃおらん)、寝てないとだめじゃない」

「あっ(ゆい)姉さん…ん」

 

 部屋に入って来た姉の本気ではない然り声に、小狼と呼ばれた少年は顔をそちら向けながらも、咳込みそうになるのを無理やり飲み込み、何でもないような素振りで姉に対応して見せる。

 こんな僕を一生懸命見てくれる結姉さんに少しでも心配を掛けないように…。

 病気の僕を治すために、無理をしている結姉さんに元気な姿を見せれるように…。

 

「ん~、昨日より顔色は良いようね。

 でも無理は禁物ってお医者様に言われたでしょ」

「調子の良い時は家の中を散歩した方が良いとも言われたよ」

「はあ~。まったく口の減らないわね。

 また熱を出して寝込んでもお姉ちゃん看てあげないわよ」

 

 そんな事を言いながらも、いつも一生懸命看病してくれるのに、結姉さんは両手を腰に当てて軽く怒って見せる姿に、ボクは大丈夫だよと言いながらも結姉さんの言うとおり窓辺から離れ、寝台の上へと結姉さんの近くにに行く。

 ボクが元気な頃は、まだ子供を出たばかりの結姉さんの姿も今では背も手足も伸びて、綺麗な大人の女性となっていた。

 艶のある燃え上がるような赤い髪を左右に黒の髪飾りで分けて結び、最低限の薄化粧しかしていないものの、姉さんは間違いなく美人と自信を持って言える。

 本当ならば恋人か伴侶を迎えていてもおかしく無い程の器量持ちだと思う。

 ……だけど僕の病気のせいで、結姉さんはそんな人並みの幸せを捨ててしまった。

 何時からだろうか、結姉さんは本当の意味で笑わなくなってしまった。

 あんなに素敵な笑顔だったのに、ここ何年も見ていない。

 

「さっき城から呼び出しが在ったから今日は遅くなると思うけど。桂おばあちゃんに後の事は頼んでおいたからの言う事をきちんと聞きなさいね」

「うん、わかった。 それよりも無理しないでね」

「人の心配より自分の身体の心配をしなさい。 お姉ちゃん此れでも我が軍最強なのよ」

 

 そう言って結姉さんは、今日も笑う事無く金色の鎧を少しも音を鳴らす事無く小走りに駆けて行く。

 玄関の戸が閉まる音を確認するなり、今まで必死に我慢していた分を取り戻すかのように咳込んでしまう。

 その苦しみは幾ら慣れようとも、涙が溢れ視界が歪んでしまう事を防ぐ事は出来ない。

 苦しみから逃れるかのように布団を握りしめるものの、体力と力を無くした僕の掌は掴もうとした布団すらもすり抜けてしまう。

 

「……はぁ……ぜぇ……ぅ……」

 

 呼吸すら苦しげにする少年は、それでも力を振り絞って寝台の上に倒れ込むように力無く横たわる。

 日に何度も襲う発作で、今のはその中でも軽い方と言える。

 それでも今日は気分が良いと少年が言ったのは本当の事。

 実際発作は短くなってきているのは確かだった。

 それが亀の歩みより遅いものだとしても、間違いのない事実。

 

「ぜぇ……絶対に……元気に……なるんだ…」

 

 己に言い聞かす様に己が想いを口に出す。

 それはとこに伏せる者にとって当たり前の願望。

 だけど少年にとって、口にしたその願望そのものは付属物でしかなかった。

 

 大好きな結姉さんの心を解放する。

 

 それだけが少年の生き甲斐であり願いだった。

 袁家最強の弓兵でありながら最強の将キク義。それが少年の姉の表向きの顔だった。

 でも、その実態は袁家を牛耳る老人達の私兵であり護衛役でしかなかった。

 袁家の番犬…。

 尻尾を振る雌犬…。

 非情なる殺戮者…。

 それがこの地に住まう多くの民を苦しめる袁家の老人と言われる人達を護衛し、時には手となり足となり働く姉に対する影口だと言う事を少年は知っていた。

 その噂を聞いた時より、少年は今まで以上に必死になって病と闘い続けてきたのだ。

 

「…そうだ……薬を飲まなきゃ…ごほっ……」

 

 僕の高価な治療薬を得るために、あの心優しい結姉がそんな影口を言われながらも僕のために必死に働いている。

 その報いに応えるためにも、僕は一刻でも早く病気を治さなければいけない。

 結姉さんの本当の笑顔を取り戻すために……。

 

「……何時嗅いでも呑む気無くす匂いだよな、此れ」

 

 そう言いながらも目を瞑りながら、我慢して薬を飲み込む少年。

 彼女の姉が弟のためにと必死に心を殺しながら得た薬を。

 街一番名医と評判の医者から受け取った薬を。

 何の疑いもなく今日も飲み続ける。

 

 

 袁家の本拠地である街で一番の名医であり。

 袁家の老人達お抱えのでもある医者の薬を…。

 

 

 

ぱしゃっ

 

 城に一角に備え付けられた将兵用の広い風呂場にて。何十日かぶりの暖かい湯を頭から被り、濡れた長い髪が体に纏わりつくも砂埃に塗れてやや荒れていようとも、水を弾く若々しい肌は彼女達が頭を軽く振るうだけで、又は髪をその細い指で掻き上げるだけであっさりと肌から離れて、腰のある髪は自然と彼女達を若い女性特有の艶を醸し出す。

 

「はぁ……憂鬱」

 

 湯けむりが舞う中で漏れ出るのは溜息。

 あの老人達の嫌味を黙って聞かねばならないのは、どうしたって気が滅入る。こればかりは、あの老人達の腰巾着であり、厚顔な麹義ですら気が重いと感じるだろう。

 もっとも、あっちはそれを回避するため自らの側近すら平気で生贄にする厚顔さとズル賢さを持っている。 そんな老人達に近い人種だからこそ、彼等に目を掛けられていると言える。

 対外的には、こっちは当主である袁紹直属の将。相手はたかだか文官でしかない。

 だが、ただの文官では無く袁家の老人と言われる袁家の真の支配者である事は、この街に住む者なら子供ですら知っている事。

 当主である袁紹は老人達の圧政の隠れ蓑であり、生贄の羊であり、老人達に更なる富を齎す扱いやすく都合の良い道具でしかないのだ。

 それが、三公を配した名門と言われる袁家の真実。

 いやそう言うには語弊がある。袁家もかつては誠実な一族であり、漢王朝と民のためにと力を尽くした一族。

 三公を配したのはその結果にすぎず。

 その結果で得たに過ぎない力を持つには、あまりにも純粋過ぎた一族。

 そんな純粋さを言葉巧みに近づいてきた者達に突かれ、腐敗させられたにすぎない一族。

 其処に袁家の罪があると言うには、あまりと言えばあまりの言葉。

 だが其処に巻き込まれた領民達にとっては、間違いなく袁家の罪業と言えよう。

 老人達が巧いのだと。良いように利用される袁家の当主にこそ罪があるのだと。

 

 此処に戻るまでに見た麗羽様自らが統治する街意外の惨状を見ると、二人はそう自覚せざる得ない。

 その統治する街ですら、対外的に老人達が許しているにすぎないのだ。 いずれ他の街もそうなって行くと領民達を信じ込ませるために。

 自分達はそんな老人達に加担しているのだと。

 そんな憂鬱な気持ちも、湯の心地良さはそんな彼女達の心を少しだけ和らげてくれるは女の性と斬り捨てるには彼女達の目にはあまりにも違う物が浮かんでいた。

 その紫水晶のような眼に浮かぶのは覚悟。

 ……此れまでに自らが背負った罪を。

 ……此れから自らが背負うであろう罪を。

 そして、其れすらも上回る希望と使命感があった。

 だけどそんな重苦しい空気も。

 

「ぷはぁぁ。 あぁ気持ち良い♪」

 

 美しい艶やかな黒髪を手で梳きながら零れ出た相方のそんな呑気な声と、

 

 ぷるんっ

 

 彼女のさり気無い動作の度に揺れ動く二つの巨大な質量をもつ物体によって吹き飛ばされる。

 張コウは高覧の黒髪とは全く逆のしなやかな銀髪を、手で首から前へと流しながら、そんな高覧の底抜けに呑気な明るさに苦笑を浮かべ。必要以上に神経を研ぎらせていた事を自覚し、必要な分だけ力を抜く。

 難しい事ではない。 少なくとも彼女にとっては、もはや馴れ浸しんだ事。

 それを悲しい事ととるか。必要な事だったととるかは人それぞれだろうが、常人には難しい事すら、空気のように身につけねば生きて行けなかったのも事実。

 そんな切っ掛けをくれた高覧に張コウは、心の中で感謝するも素直に感謝の意を表せないのは、彼女が気難し性格と言う訳でも、捻くれ者と言う訳でもなく。

 

 ぶるんっ

 

 再び目の前で揺れる二つの巨大な物体。

 

「ああ、やっぱり汗疹になってるぅ。

 汗や汚れが溜まりやすいから行軍中は仕方ないとは言え、やんなちゃうなぁ」

 

 嘆きながらも、高覧はその巨大な物体を片手で持ち上げながら、確かめるように丁寧に手と布巾で洗って行く。 同じ任務に就く事の多い張コウは、そんな心配などした覚えは無かった。 むろん汗や砂ぼこり所か、血や油に塗れ肌が荒れる心配は年中しているが、今のところ張コウも高覧もそんな心配は杞憂でしかないのだが、高覧がそれ以上荒れないように優しく洗っているその箇所は、張コウにはそんな所にそんな心配がある事さえ考えた事が無かった箇所。

 同じものを食べ、同じような生活をしているのにも拘らず、この差は一体なんなのだろうかと張コウは暗い気持ちに陥りながらも考えてしまう。

 自分には高覧のように胸を手で掻き上げなければ洗えない程の物は無く。そのくせして腰回りは高覧の方が僅かに細く括れている。

 まるで互いの白と黒の髪の色を表すかのような正反対の体型に…。

 

 不公平だっ!

 

 彼女はそう天に叫びたかった。

 別に張コウ自体は彼女が思っているほど慎ましい胸では無く、平均的女性よりやや小ぶりと言うだけの話。袁家の当主である袁紹や高覧が規格外なだけに過ぎない。

 人は人、自分は自分と気にしなければ良いだけの事だが、そう思うには張コウはまだ若すぎたし、周りが両極端な人間が集まりすぎていた。

 いや、むしろ張コウの周りでは少数派と、世間一般からしたら偏っていたのも、彼女を苛立たせる原因の一つだったのかもしれない。

 そして更にその少数派が文醜や荀諶と言った大草原に限りなく近い人間ばかりという事実が、いやがおうにも自分は其方側だと言われているように感じてしまっていた。

 世の中不公平なのは当たり前の事……。

 あは、あははははははは……、はぁ~~~……。

 張コウは乾いた笑いを上げながら、心の中であの中身は筋肉が詰まっているだけと呟きながら、現実と折り合いを付け終わる頃には、一通り身体も洗い終わり、そのきめ細やかな肌から水気を拭き取った二人は、清潔な服に袖を通し、目的に必要な化粧をする。

 袁家の真の支配者たる老人達の前に出るに相応しい程度の化粧を。

 彼等に手向ける化粧を、心を込めて仮面と言う名の化粧を。

 

 

 

 

 老人達は王のいない玉座の間で苛立っていた。

 戦況は袁紹や荀諶達が寄越す報告など聞くまでもなく、己が手足となり眼となる者達が齎した情報により報告以上の事を知っていた。

 戦況が有利である事も。老人達が望む通り袁紹が曹操を追い詰め交易拠点を落として行っている事も。

 だがそれは老人達からして当然の事。そのための袁紹であり、全軍の三分の二を与えたのだ。

 所詮袁家の当主など、老人達にとって富を得るための道具でしかなく、幾らでも替えの効く存在。

 血の濃さなど如何様にでも誤魔化せる。必要なのは袁家の血を引いていると言う事実のみ。

 そして自分達に従順であり、何よりも富をもたらせてくれるだけの才覚さえあれば誰でも良いだけの事。

 そう言う意味では袁紹は我儘な所はあっても、馬鹿で操りやすい上に運と才覚だけはある最高の存在と言える。

 老人達はそんな袁紹の事を、まるで飼い犬のように可愛がっていた。

 そう、己が主としてではなく。己が仕える王としてでもなく。

 生かすも殺すも自由な飼い犬として。

 刃向う事も、噛みつく事すらもある飼い犬。

 だがそれすらも、老人達にとっては小憎らしくと思いつつも、心の奥で細笑んでいた。

 大概の娯楽は大方やりつくした老人達にとって、飼い犬の粗相すら娯楽としてしかなく。

 自分達が飼ってやらねば生きていけない哀れで滑稽な犬だと。

 

「袁紹様の命により張コウと高覧。ただ今戻りました」

 

 そんな老人達の前に二人の年若い女性が、恭しく頭を下げながら部屋に入ってきた。

 袁紹の配下の将である二人である張コウと高覧の下げる頭の向こうから、一人の守兵が此方の目を見て軽く頷くのが見える。

 それは二人とも武器となる物を持っていないと言う合図。

 事実、張コウと高覧は武装こそしていないものの。一介の将として恥ずかしくない服装で入ってきた。その手に己が愛槍すら持たず、規定通り門の所で預けてきたのだろう。

 唯いつもと違うのは、何時もは我等に女を感じさせない為なのか、朱を引く程度にしか施していない化粧を、今日に限って言えばまるで自分達を魅せるとばかりに施してきている。

 見目綺麗な女は散々傍にはべらし、喰いものにしてきた老人達だったか、普段見せない姿を見せる二人の美しさには老人達も心が僅かに揺らぐのを感じたが、それも今回の失態を隠すための手だろうと納得する。

 

 むろんそれで油断する老人達ではない。

 部屋の周りには何十人もの兵士を潜ませている上、我等のすぐ後ろには袁家最強の将であるキク義将軍が老人達を護衛するために控えており。幾ら張コウと高覧であろうとも、獲物もなしに彼女に敵うものではない。

 そんな安堵感があるからこそ老人達はこういう生意気な女を権力でもって言う事を訊かせるのも悪くないと。また別の老人はこういう女は閨でどんな声で鳴くのか楽しみだと下卑た考えを頭の片隅に浮かべらせられていた。

 とにかくそのためには、まずはやる事をやらねばと二人に今回の増援要請の良い訳を聞く事にする。

 

「つまり、勝つだけならば今でも勝てるが、この戦を大陸制覇の足掛かりとするために兵を寄越せと、我等が王は言っているのだな」

「中原の覇者たる曹孟徳すらも、我等の物量の前には虚しく散るしかなかったと大陸中に知らしめるためと言う訳か」

「確かに曹操さえ下し、西涼さえ落とせば大陸の半分を勢力下に治めたも同然」

「その西涼の田舎連合も、盟主たる馬騰は死の病に憑りつかれて伏せているらしいと言う報告がある」

「ほほう、それは西涼の民でなくても聞き捨てならない事態ですな、西涼の馬騰と言えば大陸中に名高い漢の英傑。それが病床の身だなどと在ってはならぬ事」

 

 彼等はある意味本気で馬騰の身を案じていた。

 英傑は英傑であるからこそ意味があるのだと。ましてや馬騰ほどの英傑ならば、その死にすら利用価値があるものと。

 中原の覇者たる曹操ばかりか、大陸中が漢の英傑と認めるほどの人物を袁家の力でもって打倒したとあれば、大陸を彼等の手中に収めたも同然と言えるほどの力が集まってくる。

 少なくても弱小勢力でしかない幾つかの諸侯達は大人しく我等の言いなりになる事は間違いない。

 よしんば逆らった所で良い見せしめになるし、それに何かを言えるだけの勢力は大陸の南を陣取っている孫呉と劉璋ぐらいだが、其れは其れで攻めいる良い口実になるだけの話。

 

 欲に塗れた瞳で…。

 我に満ちた心で…。

 堕落しきった魂で…。

 それを隠そうともしない表情で……。

 老人達は汚れた笑みで語り合う。

 袁紹に我等あっての袁家の力と思い知らせるべきか…。

 それとも、袁紹に口車に乗ってみせるべきか…。

 ふっ、決まっている。大陸制覇が掛かっている今こそ慎重に行くべき時だが、我等に天の風が吹いている刻を逃すべきではない。

 

「よかろう。此処に残る兵力の半分を連れて行くがよい。

 この地を守る将と兵はそもそも王の所有物。その王が王の責務を果たさんがために必要なと言うならば、我等に断る理由は無い」

 

 老人の一人は言葉を選びながら、張コウと高覧の二人に述べる。

 言葉の裏に"我等に確実に富を齎すのならば力を持たせてやろう"と、底無し沼の様な欲望を載せて。

 二人は老人達の言葉の意図を違えずに受け止める。貸しは貸しだと、恩義をしっかり感じた上で利子を付けて返せと。

 その事に二人は黙って頷く。

 老人達を睨む事もなく。袁家を巣食う寄生虫が何を言うなどと激高する事もなく。

 当然の事だと言う様に、穏やかな笑みを浮かべたまま。

 

 今は黙って頷くしかない袁紹の犬の媚を売る微笑みに、老人達は面倒だと言わんばかりに傍に控える文官にい軍の編成の手配を至急に済ませるように言うと、二人に袁紹に軍を維持するために如何にお金がいるかを遠まわしな嫌味交じりに伝言をさんざん命じた後に脇に控えていた男達を呼ぶ。

 男達の先頭となって歩んでくるのは、老人達と同類の男と言ってもその格は低く、どちらかと言うと飼っていると言っても良い男で、今は亡き袁紹の両親の弟で袁紹からすれば袁家の血を引いていない叔父であった。

 元々袁家に武具を収める商いをしていたのだが、その商売も老人達に殆ど奪われ。今は武具を見る目を活かして、権力者御用達の華美な武具を専門に取り扱わせていた。

 袁紹にとって袁術以外の唯一の血族。それが袁家の老人として彼ら側についているのだ。

 たった一つの武具や鎧が、雑兵用の武具の数十~数百人、相手によっては数千人分の利益を得る事が出来る美味い商売。老人達は袁紹にとって体の良い人質を飼っていたのだ。

 

 そんな男の後ろにいる体格の良い屈強な五人の男は、歯を食い縛りながら一つの大きな木の箱を運んでいた。やがて、静かに置いたにもかかわらずに床が鳴ってしまう程の重さを持ったそれは、袁紹の叔父の合図でその箱を開けられると、金色に輝く金属の塊が其処に鎮座していた。

 いや、正確にはそう見えただけに過ぎない。金属の塊は滑らかな流線を持った幾つもの部品の集合体だったのだ。そしてそれこそが……。

 

「高覧将軍、それが新たな鎧だ。受け取るが良い」

 

 老人の傲慢な言葉の中にも、呆れかえる響きを隠せない声色が示すように、それは考えられないくらいの重量感のある鎧。普通の人間なら着る等と思わない程の重さが見た目からも分かりすぎるほどある。事実今も五人の男が必死になって運んで来たほどだ。こんなものを着ては戦う所か動く事すらままならない様な代物。

 最初は。

 

『おーほほほほほほっ、袁家の将たるもの、どのような脅威も撃ち破るような鎧を着てこそ、三公を配した名家たる袁家の将に相応しいですわ』

 

 と言う高笑いから、袁紹の言うとおりに叔父が職人に作らせたものだったが、あの派手好きな袁紹が求めるような威厳があって頑丈な物を形にすれば、当然の事ながらその重量は天井知らずに増し。

 結果、高覧以外着れる者はいないような代物となったのだが、高覧がその鎧を壊される度にその重さは更に増して行き。その結果、これで四代目となる今回の鎧は目の前の様なとんでもない代物となったのだろう。

 こんなものを幾ら高覧でも着れるのかと言う老人達の心配もあっさりと裏切り、高覧は淀みなく身に着けてゆく。そんな高覧の鎧を身に着ける作業に老人や周りの将兵の思いは一つだった。

 

 ………あの細腕の何処にあんな力が?

 

 周りがドン引きしている様子も気にせずに、張コウの手を借りながら鎧の装着を終えた高覧が老人達の前に出てみせる。袁紹が袁家の将の忠義の証として作らせた鎧を持って。

 金色に輝く煌びやかな鎧。彼方此方に装飾を施されているものの、それは王ではなく将として抑えられた装飾。顔を僅かに覗かせるだけの全身を覆ったその姿はまさに袁家の力の象徴。

 鎧の各箇所が肉厚な鋼覆われているだけではなく。袁家の力を示すかのように、腕そのものを覆うような肩当は楯を兼ねているのか必要以上に大きくまるで大きな翼のようにも見える。

 さらに背中にも巨大な楯を背負っており、その手に袁家の敵を打倒すべき槍も敵の首を刎ねるべき剣を腰に佩いていなくても、十二分に袁家の将としての威厳が其処に感じられた。

 ただし、高覧が不安げに両手をモジモジとさせていなければ、間違いなくそう見えただろうと言わざる得ないが…。

 華も恥じらう乙女の高覧だが、その姿はもはや歩く鎧以外の何者でもなく。そんな歩く鎧が乙女チックにモジモジとする姿は珍妙な光景としか言わざる負えなく、老人達もその高覧の姿に力が抜けてしまう。

  高覧本人は新たな鎧に我等の期待に応えてみせる。と言う表明のつもりなのかもしれないと頭痛を覚えながらも老人は面倒くさそうに。

 

「戦は時が勝負。準備が出来次第出立するがよい。此処に顔を出す必要もない」

「……」

「……」

 

 だが、老人達の言葉に返事をする事もなく、二人は静かに下を俯いていた。

 はて、何かまだ言いたい事があるのか、それとも流石に鎧が重すぎて動けなくなっているのかと訝っていると、遠くから鐘の音が鳴り響く。

 何の事は無い。早朝、昼、夕方と鳴らされるそれは街に住む者達にとって一息を入れるための知らせ。

 都で流行っていたそれを取り入れただけのもの。

 ただ気になったのは、何時も昼は二つのはずの鐘の音が三つ、その日の終わりを示す数だった事。

 その事に老人は不機嫌そうに眉を顰める。 大方、慣れない者が勢いが付きすぎてもう一度鳴らせてしまったのあろうが、鐘の音は我等袁家の指示の下で鳴らしているも。それが間違いが在ったでは済ませられない大切な定例行事である事に違いはない。

 民の鬱憤を晴らすために、後で公開鞭打ちにでも晒すか。

 老人達はそう考えていた。この時代罪人の処刑と言うのは民の娯楽を兼ねていた側面もあり、また権力者の力を示す示威行為でもあった。

 袁家のと言うか袁家の老人に恥を掻かせた者達のはどうなるかを、民に思い知らせる日常的な光景。

 

 そんなのだから気が付かない。

 風が運んでくるほんの僅かな音と声に。

 一つ二つではなく、数多く人間が駆ける音に。

 たえず戦場に身を置いき、心と身を砥ぎすませてきた彼女達だからこそ気が付く様な僅かな喧騒に。

 麗羽の目論見は成ったと言える。

 一大決戦と言えるこの時期を見間違えることなく、今まで見えるように伏せてきた札の下に隠していた札を切って来たのだ。

 誰もがまさかと思う絶好の機会を見逃がす事無く。

 

 しゃらんっ!

 

 甲高い金属がすれ合う音を出しながら高覧の鎧が鳴り響く。

 正確には、張コウが高覧の金色色の肩当の内側に手を入れるなり引っ張り出した二対の剣によって。

 突然の事態に老人達が目を見開く暇もなく、張コウは鎧を身に着けていない身軽さを活かして老人達の中心たる人物に一息に駆け寄りその剣を振るう。

 

ぎゃりっ!

 

 だがその剣の軌跡は同じく金色の鎧によって阻まれてしまう。

 かつて共に技を競い合った親友に…。

 真名を呼び合わなくなってしまったかつての親友に…。

 

「乱心したか張コウ、高覧っ!」

 

 とっさに老人と張コウの間に躰を滑り込ましたのは、袁家最強の弓の使い手であり最強の守り手たるキク義将軍。左右に分けた赤い髪を舞わせたまま二人に向かって声高に威嚇する。

 だが張コウはそんなキク義に薄い笑みを持って返す。

 攻撃を止められたからでも、強敵を得たからでもなく、目的を果たせた確信から。

 

「うぐっ!」

 

 キク義の背後から聞こえる呻き声。

 守るべきはずの老人のその声に、キク義はとっさに張コウの攻撃を止めた腕を大きく振るいながら僅かに後ろに飛び下がる。 視界の端に呻き声の主である老人が、痛みの余りに床に転がっているものの、左肩を大きく切り裂かれている者の出血量からして傷そのものは大した傷ではない様子。

 だが同時に張コウの剣を完全に振り払った事と僅かに下がった事で、キク義は老人の呻き声の正体を知る事が出来た。

 先程まで変わった形の剣でしかなかったそれは、幾つもの金属の塊となり。それを二条の鋼線が互いを繋ぎ止めていた。【罪人の剣】後にそう呼ばれる事になるその剣は、幾つもの小さな刃を鋼線で結ぶ事により鞭としての性質を持つだけではなく、複数の小さな刃と化したその剣によってつけられた傷は縫合する事が出来ずに、傷口が腐りやがて死に至らしめる非情の剣。

 だが、それゆえの弱点も持っている。

 

どんっ!

 

ぎぃーーんっ!

 

 空気を震わす轟音と共に、金属の破片が空を舞う。

 キク義の左肩当と一体となった籠手に内蔵された彼女の弓が張コウの右手に持つ異形の剣の先をあっさりと撃ち砕いたのだ。

 如何に弓とは言え鉄の塊である剣を砕く事は出来ない。だが実際には砕けた。

 それは彼女の弓が普通の弓ではなく。圧縮した"氣"の爆発によって鉄杭を撃ちだす弓【猿落シ】だから出来た事。その名の通り一撃の前には樹齢千年を超える大木に登った猿であろうと、一撃で大木事地面へと落す事が出来る。貫通力だけならば魏の三羽鴉の一人である楽進の"氣"弾以上の破壊力を持つ。

 近距離、遠距離関係なしにどのような状態でも最強の一撃を放つ事が出来るからこそ、彼女は袁家最強の名を名乗っていられる。

 

「ちぃっ」

 

 打ち砕かれたのは先端部分だけで、右手に持つ剣は今だ【剣】としての形は保っていられているものの【罪人の剣】としては、最早鉄屑でしかない。剣としても今のキク義の一撃によって、鋼線が何時まで持つか分からない以上最早頼るのは危険と判断したのか。

 張コウは小さく舌打ちしながらその右手に持った剣を力いっぱいに投げ捨てる。

 残骸と化した【罪人の剣】は、何かを細工されたのか鋼線による結合が完全に外れ。小さな刃片となってキク義に襲い掛かる。

 

「小賢しいっ!」

 

 そう言い捨てながらキク義は刃片を弾き落として行く。

 だが振るわれた刃片は無数はそれ以上に多く。

 

「ぐっ」

「ぎぃ」

「ひぃっ」

 

 キク義が落しきれなかった分はそのまま背後に飛んで行き。

 否。最初から其方を狙っていたのだろう。老人達とキク義と共に部屋に流れ込んできた兵士達に襲い掛かった。

 運の悪い何人かの老人や兵士は、顔や首に刃片を喰らい在る者は絶叫を上げ、在る者は幸運にも何が起きたか分かる暇もなく絶命している。

 そしてその中に、袁紹の叔父である人物も含まれていたが、彼だけは他の老人達と違い穏やかな顔で地面へと倒れ伏していた。

 張コウと高覧の謀反を手助けしたであろう彼だけは、此処で死ぬ事を望んでいたのかもしれない。

 姪である袁紹の父であり、己が兄を毒殺し己を腐らせた相手に一矢迎えた事に安堵したのかもしれないが、本当の事を語るべき口は、もう二度と開かれる事は無かった。

 

 狙いは袁家の老人達であるにもかかわらずに、張コウは執拗にもう一本の剣でキク義に迫ってくる。鎧や楯所かその身を覆っているのは薄っぺらな絹の服と言うにも拘らずに。

 そんな張コウにキク義は、確かに私を倒せば一気に守りは崩せるかもしれない。でも、ろくに武装もしていない張コウでは私を倒しきれるわけもない。相手の剣を籠手や右手に持つ剣で受けながら冷静に状況を分析する。

 高覧は背中の楯に偽装していた槍で張コウにに兵達を近づけないように、その人並み外れた膂力でもって叩き潰し、薙ぎ払っている。……いや、この部屋から老人達を逃がさないように威嚇している。

 ……なるほど、外からの増援を待っていると言う事か。ならば此処を脱出して体制を整い直しさえできれば此方の勝ちは揺らがない。ならば。

 

どんっ!

 

「張コウっ! お前は其処で遊んでなっ!」

 

 至近距離での一撃を身体を捻る事で何とか避わす張コウに言い捨てるなり、キク義は背中を敵に晒してでも駆ける。十数人の護衛兵を相手に大立ち回りしている高覧の下へ。

 高覧こそがこの謀反の要。そう見切った張コウが重い鎧を着て素早く動けない彼女に一気に詰め寄る。

 

「喰らいなっ!」

「しまっ・」

 

どんっ!

 

 超至近距離での一撃。

 高覧の常識外れにまで分厚い鎧を貫くための一撃。

 もうもうと上がる煙が彼女がこの一撃に込めた"氣"の膨大さを示す。

 調子が良ければ巨岩すらも貫く一撃だが、彼女は小さく舌打ちをする。

 見たのだ。とっさに高覧が己が一撃を左の肩当で受けたのが。

 二対の翼のような巨大な肩当は見た目相応に分厚い部分。おそらく彼女の鎧の中で最大の防御力を有する箇所。

 そして彼女の読み通り、煙の向こうに巨大な楯を先に付けた巫山戯た質量をもつ槍を構えて立つ高覧の姿が表れ始める。

……ただし、キク義の一撃を受けた左肩の鎧周辺が、無残にも無数のヒビが走っているばかりか左腕が痙攣し、苦痛に顔を僅かに歪める高覧の姿が。

 おそらく次は受け止める事は出来ない。受ければ高覧の鎧はあっさり砕け散り、今度こそ彼女の身体を撃ち貫き絶命させるだろう。

 ならばもう一撃。そう構えようとしたキク義に、一条の白刃が背中から襲い掛かってくる。

 

「させないっ!」

「ちぃ」

 

 張コウの一撃を先程とは逆に、今度はキク義が身体を捻って避わす。…が、鎧を付けていない身軽さを活かした張コウの蹴撃がキク義を襲う。

 躰に襲い掛かる衝撃。だけど張コウとは違い鎧を身に着けたキク義は、その一撃のダメージは胸当てが殆ど受け止めてくれる。 ただ、将である張コウの一撃は身体の軽いキク義の身体をあっさりと後ろへと吹き飛ばす。

 いや、そもそもそれを狙った一撃。だからこそ踏ん張る事が出来ずに高覧から遠ざけられてしまう。

 顔を起こせば、広い部屋の向こうで高覧が、受けた傷を補う様にその鎧の中に隠した武器で護衛の兵と老人達を抑えているのが分かる。

 流石は復讐心をひた隠し、長年かけてごく普通の重くて頑丈なだけの鎧でもって老人達を安心させてきた男の最後の仕事ぶりだろうと感心しながら。

 

「ふりだしか……。

 まぁいいわ、貴女を倒せば良いだけの事。

 でも張コウ、貴女もよくやるわね。鎧一つ身に着けずに私の相手をしようだなんて」

「あの威力の前に、そんなもの着ていようが着ていまいが一緒でしょ」

 

 いっそ清々しい程の張コウの覚悟にキク義は不敵な笑みを浮かべる。

 将として、武人として、張コウの覚悟に応えるために剣を構え、弓に"氣"を溜める。

 此処までやった以上、袁紹はともかく張コウと高覧の死罪は免れない。

 

「そう、なら私の手で殺してあげる。三代」

「…っ」

 

 目の前の相手から数年ぶりに呼ばれた己が真名に、彼女はキク義の、結の想いを知る。

 今迄、手を抜いてきた訳ではないのでしょうけど、今度は本気の本気で結は私を殺しに来る。

 死んでしまったのなら仕方ない程度なのが、確実に息の根を止めるための攻撃に移った事が彼女から感じる気配の質で感じる事が出来る。

 ………でも、その想いは私も同じ。

 だけど、それでもその前に聞いておきたい事がある。

 

「結、此方側に来る気はないの?」

 

 どれだけの想いを込めた言葉だろうか。

 親友の取り囲む状況を考えれば、答えなど聞かなくても分かっている問い掛け。

 それでも、かつての親友への想いを言葉に乗せる事を止める事は出来なかった。

 

ぎぃぃ~~んっ!

 

 返答は言葉ではなく重い一撃。

 怒りに、悲しみに、心を襲うの苦痛に歪ませた形相で。

 三代の言葉に載って見せる事などせず。

 まっすぐに、三代の想いを受け止めた上での返答。

 

 三代の想いは分かる。

 その気持ちは正直嬉しい。

 出来る事ならそっち側に行きたい。

 でも出来ないっ!

 

「冗談じゃないわよ! 何であんな馬鹿姫に尽くさなければいけない訳っ」

 

 でも口を突いて出るのは、そんなどうしようもない言葉。

 私の弓を警戒して、なにも身体を防護する物も無いと言うのにもかかわらずに、更に危険な距離で挑んでくる三代の剣を籠手で打ち払いながら剣を振るう。

 それを手の甲で剣の腹を叩き落とすと言う離れ技で、その危機を何度となく避わす。

 三代の技量でそんな真似をするのに、どれだけの集中力と精神力が要るのだろう。そんな真似が私相手に何時までも持つわけがないでしょうっ。

 

「腐って行っても良いと言うの。

 そんな結の姿を見たら弟が泣くわよ」

 

 知っている。

 結が此方に付けない理由も、そう言わざる得ない訳も。

 でも、だからこそ私も結の逆鱗に触れる。

 目を背けてはいけない事だから。

 袁家の老人達に剣を向けた今しか、言葉に出来ないから。

 

「小狼の病気はね・」

「言うなっ!」

 

 ……やっぱり知ってたんだ。

 鬼のような形相で振り下ろされる結の剣の腹を"氣"の込めた拳で払いのける。

 結のように圧縮して撃ちだす事も、高覧のように膂力に変える事も出来ないけど、馬鹿の一つ覚えで覚えた数少ない技。

 それが紙一重ギリギリのところで私の命を繋ぎ止めてくれる。

 格上である結の攻撃を逸らし続けるなんていう、まるで薄氷の上を歩くような綱渡りを何とか維持できているのは、かつて無い程の集中力。

 でも、その分体力がもの凄い勢いで目減りして行くのが身体に重く圧し掛かる負担から分かる。

 長くは保たない。早くケリを付けないと…。

 

「何で今頃なのよっ!

 もう、何もかも遅いのよっ!」

「ぐぅっ!」

 

 弟の…、小狼の病気の原因が、私が守っている奴の差し金だなんて分かっているわよ!

 でも分かった時はもう全部遅かったっ!

 弟は、弟は、……もうあの薬無しでは生きられない身体にされてしまったのよっ!

 全ての元凶はあいつ等だって分かってるっ。

 でもね。袁紹だって悪いっ!

 何でもっと早く行動してくれなかったのよっ!

 弟の身体がアソコまで作り変えられてしまう前に、何であいつ等を殺してくれなかったのよっ!

 憎悪も…。

 悲しみも…。

 親友への想いも…。

 不条理過ぎる仕打ちに対する怒りも…。

 自分の中に在る全ての想いを込めて剣を横に払う。

 何手も前からこの為に仕掛けておいた一撃。

 避わす事も逸らす事も出来ない一撃を三代は剣で受けざる得ない。

 私の一撃の重さを逃させる事なく斜め下へと打ち下ろし気味の一撃は、三代の持つ剣に剣でもって防がれるものの、入念に仕向けられた体制と込められた一撃の重さとに、今度こそ彼女の動きを止める。

 

「さよなら。……三代」

 

どんっ!!

 

 三代の動きを止めた剣を捨てるなり、左腕の弓…"氣"砲を目の前の三代に放つ。

 零距離での全力の一撃は、確かに三代の額を撃ち抜いた。

 もうもうと左腕から上がる煙の中でも、間違いようのない確かな手応えに、私はそっと涙する。

 ……謝らないわよ。

 何時か私もそっちに行くから、先に地獄で待っててね。

 その時、幾らでもなじってくれて……いいから。

 

 煙を払うように、老人達に涙を見られないよう涙を拭く結は、消えゆく煙の中で驚愕のあまり目を見開く。

 巨岩を粉砕するほどの一撃を、確かに三代の額に撃ち込んだはず。

 だと言うのにも拘らず。其処には頭から血を流しているものの、かつての親友の顔が在った。

 しかも……。

 

 ずっ。

「……ぁっ…!」

 

 鈍い音と共に、何かが体の中に入り込み背中から突き出る感触。

 冷たい金属の塊のはずのそれは、熱さを感じさせながらも確かに私の腹深くに刺さっていた。

 剣を捻る事で腹の中に空気を入れられ、苦痛の悲鳴を上げる事も出来ずに、体中から力が抜けて行くのが分かる。

 そんな私の身体をを、三代は私の腹に刺さる剣を持ったまま支えてくれる。

 

「……不死身の張コウ。……それが三代の二つ名の正体って訳ね」

「ええ、溜め込んだ"氣"を一点に集中する事で、どんな攻撃にも耐えてみせる技」

 

 律儀に私の言葉に応えてくれるかつての親友の優しさに、私は嬉しくなる。

 ドジしちゃったなぁ……二つ名は知っていたのに、三代の策に嵌っちゃった。

 

「……でも、万能って訳では……なさそうね」

「ええ、致命傷は避けれるのは三度が限界。でも、今のをもう一度やれと言っても無理ね。

 正直、今すぐに倒れそうだもの」

 

 そうね。私の全力での"氣"砲を受けてその程度で済むだなんて真似を二度もやられたら、さすがに自信を無くすわ。

 

「……駄目よ。

 三代にはやらなきゃ駄目な事が……あるでしょ。…けほっ……はぁ…」

「…ええ」

 

 死ぬのは怖くない。

 今までやって来た事を考えれば、かつての親友の手に掛かって死ぬだなんて、贅沢すぎる最後だもの。

 でも……、このままじゃ死ねない。

 

「安心して弟の事は…、小狼の事は私が面倒見るわ」

 

 ……本当に罰当たりだ。

 老人達の言い成りになって、女子供どころか生まれたての赤子にさえも手を掛けた私が、そんな優しい言葉とかつての親友の涙を浮かべた目で見送られるだなんて。

 

「……ありが…と……」

 

 目の前と意識が真っ暗になって行く中。

 最後まで言えたかどうか分からなかった。

 届けたい言葉が届いたかどうかすらも。

 ただ、それでも三代の腕に抱かれたまま、私は親友の言葉に、想いと身体を預ける。

 

 ………小狼。

 貴方は生きなさい。

 そして願う事が許されるなら、悪いお姉ちゃんを赦して……。

 

 

 

 

 急速に冷たくなってゆく親友の身体を、静かに床に横たわらせる。

 敵味方へと別れた以上、いつかはこうなる覚悟はしていた。

 それでも遣る瀬無い想いと怒りが、全身を襲う。

 だけどそんな事は許されない。

 怒りと復讐心に身を任せるには、目の前の老人達は罪を犯し過ぎている。

 耳を澄ませば、聞き覚えのある声が喧騒と共に近づいてくるのが分かる。

 

「先に地獄で待っててちょうだい。直ぐに騒がしくしてあげるから」

 

 親友の振り乱れた髪を、日焼けした白い指で軽く整えながら張コウは優しく囁く。

 それがせめてもの親友への供養であり、親友を手掛けた張コウがしなければならない責任。

 張コウは感情を凍らせた瞳で、屠殺場の豚と化した老人達へと視線を向ける。

 周りには既に決着がついたと判断したのか、老人達を守ろうとする兵は誰一人おらず。剣を床に捨て敵意が無い事を示していた。

 全ては高覧……いや、その身と心を腐らせてでも復讐を果たした麗羽様の叔父様の最後の仕事である鎧の功績と言える。

 たとえ此処に居るのが袁家の老人と呼ばれる者達の一部だとしても、中心たる人物達であるのは間違いのない事実。影武者で無い事も私達の協力する数少ない細作の手によって確認済み。

 あとは曹操との戦が終われば麗羽様が粛清を掛けてくれる。

 たとえ何処に逃げようともね。

 

「長年に渡り袁家を乗っ取り、我等が王を蔑にした罪により貴方がたを断罪します。

 此れは袁家の意志であり、我が王である袁紹様の決断でもあります。

 最後に袁紹様からの御言葉を貴方がたに伝えます」

 

『貴方がたも袁家に属する者ならば、くれぐれも見苦しい真似等をせず、大人しく罪に服しなさい。

 お~~~~~~ほっほっほっほっほっ』

 

 罪を糾弾される事など考えた事も無い者達が、裁判をする事も無く断罪すると言われて大人しくするはずも無く。やがて何代にも渡って袁家の支配し続けた穢れた血は、怨嗟の声と豚の様な悲鳴と共に床を満たして行く。

 民を家畜以下としか見ず。罪を罪とも思わず。それが天から与えられた特権と欠片も疑う事もしなかった老人達の最後は、己の身体から吹き出す血霞の中で己が臓物の匂いと血に塗れながら、塵のように床へと打ち捨てられる姿だった。

 奇しくも、王のいない玉座に頭を垂れるようにして…。

 

 それでも彼等は幸せの方だろう。

 何代にも渡り虐げられてきた民の苦しみからしたら一瞬の出来事。

 犯した罪業の数々からしたら…。

 潰してきた想いの数からしたら…。

 これ以上の幸せな死に方は無いと言える。

 そうしなければ、この老人達の事。どんな手を使っても形勢を逆転させてくる。

 自分達の狡猾さと下劣さが、自分に幸せな死に方を与えたと知ったら、彼等はどんな顔をするだろうか。

 きっと、それでも醜く抗い続けるのだろう。

 彼等はある意味、人間らしく生きているだけに過ぎないのだから。

 それもまた、人間の一つの在り方なのだから。

 

 

 

~あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、うたまるです。

 『 舞い踊る季節の中で 』第百二十話

 ~ 血霞の中に舞うは親友の涙と想い ~ を此処にお送りしました。

 

 皆様お久しぶりです。

 いろいろあって久しぶりの更新となりましたが、何とかこうして帰ってくる事が出来ました。

 と、前回と同じような台詞ですが御勘弁ください。

 今回の主役はなんといっても、金髪のグゥレイトゥ! 様のオリキャラである張コウ将軍とキク義将軍です。

 二人の決意と想いはいかがでしたでしょうか? 心に残る物であったのならばと思い描きました。

 さて此れにて、袁家を支配していた老人達は歴史の表舞台から消えたように思えますが、文中にあるようにまだ残っております。この後麗羽と老人達の戦いはどうなるのか。そして官渡の戦いはどのようになって行くのか。色々と同時並行盛りだくさんの展開です。

 

 金髪のグゥレイトゥ! 様、以前に許可を頂いたとは言え、今回もキャラを貸していただき本当にありがとうございます。

 ……でも張コウ VS キク義 きっと氏も、こんな展開になるとは夢にも思わなかったでしょうね(汗

 

 さて最後に、此処で皆様にお詫びと謝罪を申し上げます。

 執筆中である『 想いの果てに掴むもの 』ですが、しばらく休載させていただきます。

 それと言うのも一身上の都合により忙しくなってきているのもありますが、『舞い踊る季節の中で』の構想が当初より大幅に膨れ上がった事もあり、世界観がごちゃ混ぜになって来たと感じたからです。

 残りのプロット的にはあちらの方が早く終わりそうなのですが、自分でも納得いく作品に仕上げたいため、『舞い踊る季節の中で』が完結するまで、連載を休載させていただく事に致しました。待って頂いている読者の皆様には本当に申し訳ありませんが、連載再開まで暫しお待ちください。

 

 頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程をお願いいたします。


 
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