No.343643

真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~ 第十七話 怒りの獣神

YTAさん

 どうも皆様、YTAでございます。
 今回は、久々に連休が取れまして、「よし、この機会に宛城編を完結させるぞ!」と気合いを入れて徹夜で書き上げた結果、かなりの大容量になってしまいました。
 当然、夜中テンションで書いた事もあり、読みづらい箇所もあるかも知れません……。そんな時は、コメント欄にてご質問頂ければ、注釈するなり致しますので、お気軽にお願いします。
 因みに今回は、残酷描写は少なめですw

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2011-12-05 13:30:00 投稿 / 全18ページ    総閲覧数:2914   閲覧ユーザー数:2450

                                真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~

 

                                    第十七話 怒りの獣神

 

 

 

 

 

 

 

「静か過ぎるわね……」

 曹操こと華琳は、援軍を引き連れ、宛城から二里(約一キロ)ほど離れた平原で隊列を整えながら、そう呟いた。既に中天を過ぎた月の下に座す宛城は、先程、自分達が逃げる時には燃え盛っていた炎が殆ど熾火(おきび)程度になっている事を差し引いても、余りにも静か過ぎた。

「確かに……。もしや、北郷―――は兎も角、流琉が、粗方の敵を倒してしまった後なのではないのですか?」

 

 隊列の再編を妹に任せて、華琳の傍に控えていた夏侯惇こと春蘭がそう言うと、華琳は握った拳に形のいい顎を乗せて逡巡した後、ゆっくりと首を振った。

「もしそうだとしたら、私の感じているこの“感覚”の説明がつかない……春蘭、あなたも感じているのではなくて?“此処がまだ戦場だ”と―――」

 

「はっ。それは……まぁ……」

 春蘭は、彼女にしては珍しく言葉尻を濁して、曖昧に頷いた。正しく、主の言葉は彼女の心中を的確に言い当てていたからである。例えば、『刑事の勘』などと言う言葉に代表される玄人が持つ職業的直感とは、行き当たりばったりの当て推量ではない。

 

 長年に渡って蓄積され、身体に覚えこませてきた情報と経験が、無意識下で自分の周りの異常を感じ取り、違和感として発露する事を言うのである。生粋の職業軍人である春蘭の直感は、頭の中で、よく訓練された犬の唸り声にも似た音を立て、彼女のうなじの辺りをチクチクと刺激していた。

 春蘭が、主との間に落ちた沈黙を嫌って何やら口走ろうとした瞬間、馬蹄の音と共に、夏侯淵こと秋蘭が、楽進こと凪と周泰こと明命を従えて、華琳の元へとやって来た。

 

 

「華琳様。隊列、整いましてございます。親衛隊の指揮は、季衣と張郃殿に執らせるように致しました」

「そう、ご苦労様。ねぇ、秋蘭、凪……あなたたちは、この静けさをどう感じるかしら?」

 華琳がそう尋ねると、秋蘭が考えながら答えた。

「はい……何やら、妙な心持ちでございますね。策略が待ち構えているのとも違う―――何と申し上げたら良いのか……上手い言葉が見つかりませんが、兎も角、奇妙であるとしか……」

 

「―――凪、あなたは?」

 華琳は、秋蘭のすぼんでしまった言葉に小さく頷いてから、後ろに控えている凪を見遣った。

「申し訳ありません、華琳様。私も、落ち着かない気持ちではあるのですが、何とも……明命殿は、どう思われますか?」

 

「は、はい……。でもその、呉の将の私が、魏の皆さんの軍議で意見を申し上げるなど、失礼ではありませんか?」

「そんな事はないわ」

 凪に水を向けられた明命の、少しおどおどとした言葉に、華琳は微笑んで言った。

「これは軍議などと言う程のものではないし、轡(くつわ)を並べている以上は味方ですもの。思った事を、素直に聞かせて頂戴」

 

「は、はい!では、僭越ですが……その、華琳さんは、虎狩りをなさった事はありますか?」

「うん?いいえ、無いわ……やってみたいと思った事はあったけれど、周りが許してくれなくてね。結局それきりよ―――それが?」

「はい。私は一度だけ、蓮華様の虎狩りに護衛としてご同行させて頂いた事があるのですが、何だか、その時と似ている気がして……」

「何だ、要領を得ん奴だな!もっと分かり易く言え!」

 

「は、はい!?すみません!」

 業を煮やした春蘭の怒鳴り声に驚いた明命が身を竦めると、それを見た華琳は、冷たい眼で春蘭を一瞥した。

「春蘭……明命に意見を求めているのは“私”よ?」

「は、はっ!!すみません華琳様!つい、その、イライラしてしまいまして……」

「謝るのなら、明命にでしょう……全く。悪戯に話の腰を折らないでくれるかしら?―――悪かったわね、明命。続けて頂戴」

 

 華琳に優しく促された明命は、未だ春蘭の方をチラチラと気にしながらも「はい!」と歯切れの良い返事をして、再び話し始めた。

「えぇと……虎の縄張りに足を踏み込むと、“森が黙る”んです」

「森が―――黙る?」

 

 

 明命は、思わずオウム返しにそう言った秋蘭に向かって頷いた。

「はい。鳥は囀るのを止めて羽撃くのを恐れ、小さな動物たちの気配も、極端に薄くなります。みんな、怯えているんです。お腹を空かせている虎に、目を付けられたりしないかと―――だから、葉擦れの音だけがやけに大きく聴こえて……その時の森の感じに、凄く似てます。まるで、世界が怯えているみたいで……」

 

「成程ね……」

 明命の話を黙って聞いていた華琳は、得心した様子で頷いた。この静けさは、確かに明命の言う通り、周囲に自然の音が全く聞こえない事から来ていると理解したのである。既に虫の声が聴こえる時期ではないが、草原に住む動物たちの冬籠りには、まだ早い。

 

 本来、行軍の時の馬蹄の響きを聴いた動物たちは、泡を食って逃げ出すのが常である。しかし今は、その気配すらない。そう、まるで、“何か”に見つかる事に怯えてでもいるように……。華琳は、暫くの間、顎に手を当てて考え込んだ。奇妙な静けさの正体こそ分かったものの、肝心の“そうなった理由”については、いまだ不明である事に変わりはない。

 

「明命」

 華琳は顔を上げると、再び明命を見て言った。

「あなたに、斥候を頼みたいのだけど―――引き受けてくれるかしら?」

「はぅあ!?そ、それはもう……蓮華様や冥琳様からは、一刀様と魏の方々にお力添えするように申し遣っておりますので、是非もございませんが……魏の重臣の皆さんを差し置いて、私で宜しいのでしょうか?」

 

「無論よ……残念ながら、今の私達の中には、あなた以上に隠密に長けた者は居ないもの。明命、宛城に侵入して、現状を探って頂戴。そして、蓮華や冥琳にするように、私に忌憚のない意見を聞かせて欲しいの。私達は此処で、あなたの帰還を待つ―――頼むわね?」

「はい!では、行って参ります!」

 

 明命は、そう言うが早いかするりと馬から降り、小さな旋風(つむじかぜ)のように、夜の闇に紛れて宛城に向かって駆け出した。それを見送った華琳は、「さて、と」と、気持ちを切り替えて呟いた。

「秋蘭。あなたは季衣の傍に居て、張郃と一緒にあの子を宥めてあげて頂戴。大方、何を愚図々々しているのかと、大騒ぎするでしょうから。春蘭は引き続き、ここで本隊の指揮を。凪、あなたには、秋蘭が季衣の相手をしてくれている間、秋蘭の変わりに春蘭の補佐をお願いするわ」

 

 

 三人は、華琳の指示に同時に返事をして、それぞれの持ち場に向かい、進軍の準備を始めた。華琳はその様子を見届けてから、自嘲の溜め息を漏らして宛城を見遣った。

 あそこでは、今にも愛する男と可愛い腹心の部下が、死の危険に瀕しているかも知れない。だというのに、自分のこの冷静さはどうだ?何時もの様に部下たちの意見を聞き、何時もの様に策を決め、何時もの様に粛々と指示を出す―――それこそ、まだ“おしめ”も取れていない頃からの付き合いである春蘭や秋蘭でさえ、違和感を感じぬほど当たり前に。

 

 それが、曹孟徳たる自分を今の地位にまで押し上げ、生き長らえさせて来た大きな要因たる素養であったとしても。

「業の深い女ね。私も……でも……」

 ならばこそ、その業を全うしなければならなかった。嘗(かつ)て、同じく覇王を名乗った英傑と同様、彼女自身もまた『王道』ではなく、敢えて『覇道』を歩む事を、自分の意思で決めたのだから。

 

 

 

 

 

 

 明命が帰還したのは、四半刻ほどの時間が経つか経たぬかといった頃の事であった。華琳は、自分の周りに将達が集まって来くるのを月明かりで確認してから、息一つを切らせた様子もなく跪いていた明命に向かって、口を開いた。

「それで―――どうだったのかしら、明命?」

 

「はい……その……有り体に言うと、殆ど“終わって”いました。流琉さんも、お怪我はしていらっしゃる見たいですが、ご無事です。ただ……」

「“一刀”に何かあったのか!!?」

 明命の何とも何とも言いようのない態度から語られた言葉に、春蘭が隻眼を見開いて大声を出した。その腕には、月明かりしかないこの場所でもはっきりと分る程、大きな粟が立っている。

 

「い、いえ!ご無事です、多分……」

「ふむ、周幼平ともあろう程の隠密が、はっきりと把握できない程、おかしな状況なのか?」

 秋蘭が不思議そうにそう言うと、明命はおずおずと頷いた。

「状況から見て、“あれ”が一刀様に間違いないとは思うんです。でも……兎に角、急いで向かった方が宜しいかと。ただ……」

「ただ―――何かしら?」

 

 

 明命は、華琳の問いかけに深く俯きながら答えた。

「あの……これは私の一存なんですが、一般の兵の皆さんは、お連れにならない方が良いと思います……」

「馬鹿な!我々は兎も角、敵陣の中に華琳様を……!!」

 華琳は、大声でそう言いかけた春蘭を片手で制すると、絶影の上から跪いたまま頭を上げようとしない明命をじっと見つめた。

 

「兵達には見せられない程、厄介な状況なのね?」

「―――出来れば、私ももう一度見たくありませんし、皆さんにも見て頂きたくありません。何より、信じたくないです……」

「そう……なら、張郃に兵を見ていてもらいましょう。季衣もあなたたちも、どうせ付いて来ると言って聞かないでしょうし」

 華琳はそう言って、不安げな様子を隠せないでいる三人の部下の顔を見渡すと、凪に、季衣と張郃を呼んで来るように命じてから、僅かな間、目を閉じた―――。

 

 

 

 

 

 

 華琳たち一行が開け放たれた城門かり宛城内に入ってすぐ目にしたのは、血塗れになって横たわる流琉と、それを守るように身体を横にして立ちはだかる、巨大な白馬だった。

それが、一刀の乗っていた馬だということはすぐに分かった。角や鱗が出現する事は以前報告書で目にしていたし、何より、紅蓮の鬣とその純白の巨体は、見間違えようがない。

 

「流琉っ!!」

 季衣が悲壮な叫び声を上げるのと同時に駆け出し、親友の身体を抱え上げると、後を追って駆け付けた秋蘭が、すぐさま流琉の首筋に人差し指と中指を当て、脈を取る。

「……心配ないぞ、季衣。弱いが、脈はある」

 

 秋蘭が、自身もホッとした様子でそう言うと、季衣は大きな瞳を潤ませて、親友の身体を抱き締めた。

「良かった……良かったよぉ……流琉ぅ……」

 秋蘭が脈を取るのを固唾を飲んで見守っていた華琳たちも、一様に胸を撫で下ろして溜め息を吐く。

「当然だ!曹魏が誇る悪来典韋が、そう簡単に死んでたまるか!」

 

 華琳は、安心からか、やたらと大声でそう言った春蘭の言葉に頷くと、僅かに瞳に涙を溜めている凪に向かって言った。

「凪、あなたの気功で、流琉を癒せて?」

「は?はい!」

 

 

 

 華琳の問いに答えて、すぐさま季衣から流琉の身体を預かった凪は、一刀が先ほど貼り付けた札の上から掌を当て、一瞬目を閉じると、すぐに華琳を見返して言った。

「応急処置くらいなら、何とかなりそうです。ただ、私は内気功は得手ではありませんし、血を多く失っておられるようなので、出来るだけ早く正式な治療を受けないと……」

 

「今のところ、流琉の命を長らえさせる事が出来るなら、それだけで御の字だわ。それで、一刀は―――」

 華琳が、流琉の心配はいらなくなった事で、漸く周囲に注意を向けるのと同時に、女の絞り出すような短い悲鳴が宛城に木霊した。

 一同が驚いて悲鳴の聴こえて来た方向を見ると、そこには、巨大な白馬の姿があった。悲鳴は、白馬の巨大な身体で塞がれている先から聴こえていたのである。

 

 華琳が明命の顔を見遣ると、明命は、不安と悲愴が綯交ぜになった様な表情で華琳を見返し、小さく頷いた。それを確認した華琳が、白馬の横をすり抜けようと一歩を踏み出した瞬間、華琳は、白馬がその深く黒い瞳を自分に向け、じっと見つめている事に気がついた。

 数分か、数秒か。華琳は、何故か目を外らす訳にはいかないと言う思いから見つめ返していた白馬の瞳に、なんとも言えない感情が浮かんだように感じた、と、白馬は、まるで人間が溜め息を吐くのとそっくりな仕草で鼻から大きく息を吐き、諦めた様にゆっくりと動き出した。

 

 そうして現れた光景に、その場に居た者は言葉を失って凍りついた。歴戦の勇士たちですら、今までどんな戦場でも見た事がないような、凄惨な殺戮現場が広がっていたからである。

 そこはまるで、獣が“殺す事そのもの”を目的として殺し尽くした様な、とでも言うべき異様さに満ちていた。無論、獣はそんな事はしないからこそ、異様なのであるが。

 華琳たちは、流琉の夥しい出血によって放たれていた血の臭いで、辺りに充満する死臭に、全く気付かなかったのである。

 

 華琳が、凄まじい自制心でその惨状から意識を引き離して周囲を見渡すと、血で彩られた地獄絵図の奥に、僅かに白いモノが動くのが見えた。更に目を凝らそうとすると、薄く月に掛かっていた雲がちょうど途切れ、不意に、視界が鮮明になる。

「たい……ちょう……?」

 

 

 月明かりに照らし出された白い魔獣のその禍々しい威容に、ただ魅入る事しか出来なかった華琳達は、凪の、奇妙に平坦な声で我に返った。

「馬鹿な……凪、貴様、あのバケモノが一刀だと言うのか!!?」

 春蘭が、呆然と魔獣を見つめ続けている凪にそう言って食ってかかろうとすると、秋蘭が肩に手を置いて、それを押し止めた。

 

「止せ、姉者……。凪は、我らの中で一番“氣”を読む事に長けている……その凪が、一刀の氣を間違える筈がない……」

「秋蘭!貴様まで!!あいつは……一刀は……馬鹿みたいにお人好しで!馬鹿みたいに優しくて!!こんな……こんな事が出来る奴じゃ―――」

 

 春蘭は、妹の手を振りほどこうとして初めて、自分の手に握られたその靱(しなやか)な腕が、震えている事に気が付いた。

「分かっているさ、姉者……私だって、分かっているとも……!」

「秋蘭……」

 双子は、それきり押し黙ると、僅かに残された張繍の兵の最後の抵抗を事も無げになぎ払う魔獣を、ただ見つめる事しか出来なかった。

 

「一刀……あなたは……」

 『私達の為に、“何に成って”しまったの?』華琳は、思わず自分そう呟きそうになって言葉を飲み込み、無意識に両手で、自分の身体を抱きしめていた。

 

 

 

 

 

 

 意識が、ぼんやりと覚醒するのを感じた。調度、宿酔いの日の朝の様な。最も、彼女は普段、余り酒は呑まないが。

 すっかり冷たくなってしまっていた自分の身体が、誰かの温もりによって暖められたからかも知れない。身体がやけに痛むので、思わず小さな呻き声を上げると、すぐ近くで、聴きなれた声が彼女の名を呼んだ。

 

「る……さ……ま……る……るさま……流琉様!」

「ん……あ……え……?な……ぎ、さん?」

 流琉が目を開けると、霞む視界に、銀髪の髪の少女が、心配そうに自分の顔を覗き込んでいる顔が映った。

 

 

 

「良かった……」

 凪がそう呟くと、頭の上の方から、親友の声が聞こえた。

「凪ちゃん、流琉が目を覚ましたの!?」

「えぇ、流石は流琉様です!本来は、こんなに僅かな時間の内気功で、こんな大怪我から意識を回復するなんて、ありえないのに……」

 

「良かったわ、流琉―――ありがとう、良くやってくれたわね……」

 流琉が、抱きついてきた季衣の頭を半ば条件反射で撫でていると、季衣とは反対側から跪いた華琳が、そう言って優しく肩に手を置いた。

「うむ、私からも礼を言わせてくれ、流琉。よくぞ……よくぞ我らの代わりに、華琳様を守ってくれたな……」

 

「おう、秋蘭の言う通りだ!流石、華琳様から悪来の名を賜っただけはあるな、流琉!」

「はい!ご無事で、本当に良かったですね!!」

華琳と季衣の外側から覗き込むようにして流琉に言った春蘭と秋蘭の言葉に、明命も瞳を潤ませながら頷いている。

 

「あ……じゃあ、兄様の言ってた事は本当だったんですね……華琳様……兄様……は?」

 流琉が、痛む身体を叱咤して身を起こして華琳にそう問うと、華琳と一同は、当惑した様に視線を交わし合い、不意に押し黙った。

「どうしたんですか、皆さん……まさか!?」

 

「いいえ流琉、違うわ。一刀は無事よ……ただ……」

 華琳が、どう説明したものかと言葉を濁した刹那、背筋が凍る様な獣の雄叫びが、宛城に轟いた。一同が目を遣ると、そこには、四人の兵士に同時に組み付かれ、苛立たしげに身体を捩らせる魔獣の姿があった。

 既に、張繍の兵士たちは、彼らを残して全て、魔獣の巻き起こす死の暴風の餌食となっていた。魔獣の足止めを命じられた兵士たちは、最後の抵抗として、傷も付けられぬ武器での攻撃を諦め、魔獣の四肢に同時に組み付いて、その歩みを僅かに止めさせる事に漸く成功したのである。

 

 

 だが、それは文字通りの“足止め”に過ぎない。実際、魔獣の豪腕に振り回されている二人の兵士は、凄まじい遠心力によって、魔獣の腕を掴んだ両手を、鋭利な金属の爪のある手の先へ、じりじりと追いやられていた。

「にい……さ……ま……?」

 

 

 流琉は、何故か直感的に、その魔獣が北郷一刀であると理解した。彼女自身は預かり知らぬ事ではあったが、死の危機に瀕していた事で感覚が鋭敏になっていたのと、彼女の身体に貼られた華佗の“血止めの札”に一刀が氣を込めていた為に、一刀の氣を感じ取り易くなっていた事とが、重なった結果であった。

「兄様……どうして……」

 

 流琉は、唯々呆然と、縄を掛けられた獣の如く荒れ狂う魔獣を見つめた。相い容れぬ者と干戈を交える事を許容しながら、その命を奪う痛みを決して手放そうとはしない人だった。

 傷付けるよりも、自分が傷付いて事が収まるのなら、迷わず後者を選ぶ人だった。そんな人が―――どうして、こんな事をしているのか?

 

 例え、剛力無双を誇る三国の猛将たちや、戦狂いと呼ばれる程の勇将たちでも、膂力(りょりょく)に任せて敵を“引き千切って”やろうなどとは、一度として考えた事はないであろうに―――。 魔獣は、流琉が逡巡している間にも、激しく腕を振り回し、とうとう、左腕を掴んでいた兵士を石壁に叩き付けた。

 全身の骨が砕ける不気味な音と石壁の崩れ落ちる音とが重なって聞こえるのと同時に、魔獣は、自由になった左腕で、右腕にしがみついていた兵士の背中を無造作に掴み、重い風切り音と共に、前方にある階段に叩きつける。

 

 次の瞬間には、左右から腰に組み付いていた二人は魔獣の双爪を背中に突き立てられ、鮮血に彩られた魔獣の両椀が身体から引き抜かれるのと同時に、自分達の血で濡れた地面に、ゆっくりと頽(くずお)れていた。魔獣は二・三度、肩で大きく息をすると、天に向かって、一際大きく遠吠えた。

「……あ……」

 

 流琉は、その遠吠えに戦慄して小刻みに震える凪の腕の中で、不意に魔獣の、いや、一刀の行動を理解した。流琉の瞳に映る魔獣は、間違いなく―――哭いていた。

 流琉の脳裏に、微睡みの中で聴いていた一刀と張繍の会話が再生された瞬間、彼女は、周囲の誰もが反応出来ない程の速さで凪の腕をすり抜けると、ゆっくりと最後の“獲物”目指して歩を進める魔獣の背中目指して、無事な方の足で跳躍するように駆け出していた。健の切れた足を、棒きれの様に大地に突き立てる度に激痛が走るが、気にしてなどいられない。

 その耳には最早、後ろから響く仲間達の、驚きと恐怖を含んだ叫び声も聴こえていなかった。今はただ、優しく強かった愛しい人の背中を、強く抱き留めねばならなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!―――ひィ!!―――」

 張繍は、最早殆ど役に立たなくなった肺から僅かばかりの空気を締め出しながら、同じく役に立たない両足の代わりに両手を使って、紅く燃える双眸を爛々と光らせて迫り来る魔獣から後ずさった。 最後の兵士たちを失った時から、額の宝玉の力を魔獣に向けて幾度も放っているのに、魔獣は、見えない誰かに軽く身体を押された程度の反応しか示さず、そんなものなど意に介さぬ様子で、悠々と張繍に向かって来る。

 

「(こんな……こんな筈は……!!)」

 張繍は、関即動物の様に忙しなく両手を動かしながら、恐怖の余り、自分でも気付かぬ内に流していた涙で滲む視界に映る獣神を見つめながら、そう思った。絶対に届かぬと思っていた覇王すら意のままに出来た力は、つい昨日、窮奇(キュウキ)が彼女の背中に投げ掛けた通りの蟷螂の斧でしかなかった。

 

 汗と涙で崩れた化粧によって作られた幾つもの黒い筋は、反逆者に与えられた醜い刻印の様だ。背中に伝わる僅かな衝撃と冷たく硬い石壁の感触が、張繍の心中に更なる絶望を穿った。

 この絶望に、底と言うものはないのだろうか?張繍は、何処か遠くにある様な思考の片隅でそんな事を考えながら、尚も両手を動かし、行ける筈のない後方へと後ずさろうとした。

 

 その様子はまるで、そうしていれば、意思の力で壁が後ろへ下がるとでも思っているかのようである。魔獣が立ち止まり、憤怒を象った金属の顔を張繍に向けて鋭い爪を振り上げた瞬間、張繍の下半身に出来た染みは更に広がり、瞳は、倍ほどにも見開かれた。無残な死は、すぐそこにあった。魔獣の振り上げられた腕が一際、隆起し、ゴキン、と関節が鳴る音が張繍の耳に聴こえた瞬間、魔獣の身体が僅かに揺れ、その動きを停めた―――。

 

 

 

 

 

 

 

「だめ……兄様……!!」

 怒り狂う獣神の背中に抱きついた流琉は、深く傷付いた身体の何処にそんな力があったのかと自分でも訝しみながら、その腰の回した両手に更に力を込めた。『片手に持った曹魏の牙門旗、一度たりとも土を付かせず』と謳われた流琉の剛力でなければ、獣神は意に介すことなく、その腕を振り下ろしていただろう。

「もう―――もう良いんです、兄様。分かってますから……兄様が、どうしようもなく悲しくて悔しいのは、私が分かってますから……!!」

 

 誰よりも、優しい人だった。誰よりも、人を傷付けるのが嫌いな人だった。だから、北郷一刀と言う男は―――誰よりも“怒るのが下手な男”だった―――。

「これ以上怒りに任せて人を殺したら、兄様は兄様じゃなくなっちゃう……兄様……もう怒りを収めて―――私達の大好きな、優しい兄様に戻って……!!」

 

「ヴ……ヴゥゥ……ル……ル……?」

 流琉は、自分の頭上から聞こえた声に、獣神の硬い背中に埋めていた顔を離して、上を見上げた。そう、それは、獣神が咆哮以外に初めて発した“声”だった。

 流琉の記憶に残る、少し幼さの残る少年の声とも、先刻抱き締めてくれた涼やかな青年の声とも違った、痰の絡まった様な、獣の唸り地味た声ではあった。だが、確かに獣神は、彼女の名前を“呼んだ”のである。

 

「はい……はい、兄様!私です、流琉です!!」

 流琉が、一縷の糸にすがる様な思いで、自分に向けられた獣神の燃える紅玉(ルビー)の瞳を見返すのと、獣神が何かに駆られた様に再び前方を向いて、掲げたままだった腕を振り下ろしたのは、ほぼ同時だった。

 

 瞬間、驚く流琉の身体に不快な波動が駆け抜けた。流琉が獣神の脇の下から前方を見ると、獣神の腕は、中空で見えない何かとせめぎ合ってでもいる様に、僅かに震えながら静止している。その鋭い爪の先には、血走った目を剥いて獣神を睨み付ける張繍の顔があった。

 

 

 張繍が、獣神の注意が逸れたのを見て、最後の悪足掻きとばかりに衝撃波を放ったのである。

「ウゥ―――グォォォ!!」

「やめて!兄様!!」

 獣神が、身体に渾身の力を込めた事を感じた流琉がそう叫んだ刹那、中空で起こっていた力の均衡はいとも容易く破れた。獣神の爪先が張繍の額の黒い宝玉に届くと、宝玉から“黒い光”が奔流となって溢れ出し、流琉は、堪らず瞼を閉じた―――。

 

 

 

 

 

 

 流琉は、獣神の身体を抱き締めたまま、目を開ける事が出来ずにいた。目を開けた時、そこに頭を切り裂かれた張繍の骸があったら、もう二度と、優しい北郷一刀には会えないと確信していたからだ。

 数瞬か数刻かも感じる事が出来ない沈黙の後、震える腕で尚も両腕に力を込め続けていた流琉の耳に、再び頭上から声が聴こえた。

 

「もう……大丈夫だ。流琉……」

「え……?」

 流琉が、その涼やかな声に驚いて顔を離して目を開けると、白と黒に染まっていた獣神の身体は、彼女が気を失う前に僅かに見た、淡く白み掛かった黄金に戻っていた。上を見上げれば、爛々と輝く紅玉(ルビー)の瞳を持った猛虎の仮面は、明るい緑色の龍王千里鏡の黄龍を象った物となり、その奥の龍王之瞳は、静かに前方を見据えていた。

 

 流琉が、先程と同じく、皇龍王の脇の下から前方を見ると、皇龍王の手に握られた美しい剣の鋒(きっさき)の先に、僅かに額から血を流した張繍が、焦点の合わぬ眼を皇龍王に向けたまま放心して佇んでいた。

 皇龍王は、静かに鋒を張繍の額から離して小さく血振りをし、剣を鞘に収めた。と同時に、黄金の鎧は金色の粒子となって霧散し、流琉の腕に中の硬い感触が、暖かく柔らかいものに変わる。

 

「流琉……俺が助ける筈だったのに、逆にお前に助けられちまった……ありがとう。―――ほんと、情けない兄貴分だな、俺は……」

 一刀は、流琉の腕の中で身体を返すと、そのまま流琉の背中と両膝の裏に腕を回して、彼女を抱き上げた。一刀は、近くなった流琉の顔に僅かに微笑みを向けてから、獣神となった自分が進んで来た道を見渡した。

 

 

 白み始めた空と沈もうとしている月明かりに照らされた其処は、血と、無残に引き裂かれた無数の骸によって舗装された、おぞましい道路の様だった。

「……そうだ……これは……俺が……全部……」

「兄様……」

 

 一刀は、流琉の顔を見る事をせず、血の道の先で様々な感情が入り乱れている為に、返って無表情にすら見える華琳達へと向かって歩き出した。目は、逸らせない。

 例え、元に戻る事が叶わなかったとしても、こんな風に奪われていい命など、あって良い筈がない。この光景が将来、今現在そうである様に、どれほど良心を責め苛んだとしても、これから未来永劫、徐々に近づいてくる女性達の瞳の奥に、恐怖と侮蔑の感情を感じ取る事になろうとも、その全ては、自分自身の弱さが、内なる怒りの獣の声に屈した結果に他ならないのだから。

 

「一刀……」

「隊長……」

「兄ちゃん……」

「一刀様……」

 

「華琳、みんな……」

 一刀が、感情の読めない目で自分の名を呼んだ人々を見返すと、その瞬間、腰に佩いた七星餓狼の柄に手を掛けた春蘭が、凄まじい速度で一刀目掛けて疾駆した―――。

 

 

 

 

 

 

 不意に、ギィン、と言う金属音が周囲に木霊した。その場にいた全員が―――俊敏さと動体視力を武器とする凪と明命すらをも含めて―――中空にむかって七星餓狼を振り抜き、一刀に背中を合わせた春蘭の行動の意味を理解し、その挙動に反応するには、一瞬の間を要した。

―――唯一人を除いて。

「秋蘭!!」

 

「あぁ、見えているさ―――!!」

 春蘭の叫びと同時に、いつの間にか餓狼爪に矢を番えていた秋蘭が弓弦を引き絞り、虚空に向かって、嘶(いなな)き猛る矢を解き放った。

 

 

「手間を掛けたな―――春蘭、秋蘭」

 一刀が、振り向きもせずにそう言うと、春蘭は、自分が斬って落とした巨大な鷹の羽を見つめながら、面白くもなさそうに鼻から息を吐いた。

「ふん!貴様がどうなろうと知った事ではないがな―――流石に、目の前で両手が塞がったまま死なれたのでは、私も流琉も寝覚めが悪い……それだけだ!」

 

「そうだな……。何より、お前が倒れた拍子に、大怪我をしている流琉の上に伸し掛かられでもした日には、目も当てられん」

 自分が放った矢が向かった方角から目を逸らさずに、秋蘭が僅かに口の端を吊り上げてそう言うと、一刀は大して面白くもなさそうに微笑んだ。

 

「そうだな……凪、流琉を頼む。季衣、明命。華琳を守ってくれ」

「一刀……」

 華琳が、凪に流琉を預けた一刀に思わず話しかけると、一刀は少し笑った。

「今日はお互い、酷い一日みたいだな。華琳」

 

「……一緒にしないでくれるかしら?ここ数日、私はずっと酷い一日続きだったわよ」

 数秒の間、一刀の目を見つめていた華琳は事も無げにそう言って、左右から寄り添ってきた明命と季衣の背後に、するりと下がった。

「あぁ、すまない。確かにそうだった……だが……疲れているところを申し訳ないが、もう暫くは続きそうだ」

 

 一刀は、華琳の言葉にそう答えて、後ろを振り向いた。

「さっさと出て来い……今日はもう、血を見るのは沢山なんだ。用があるなら、さっさと済ませてくれ」

「アンだよォ、ツレねぇな―――北郷一刀」

 一刀の視線が向けられた先―――秋蘭が先程から見つめていた先でもある―――の虚空に、突如として声が響き、空間が蜃気楼の様に歪んで、その異形は現れた。

 

 一刀以外の全員が、殆ど同時に息を飲んだ。秋蘭が放った矢を猛禽の爪で弄びながら空中に静止しているその異形の姿は、つい先程まで一刀が姿を変えていた獣神と、余りに良く似たシルエットを持っていたからだ。瞬間的に、あの破壊の化身を思い浮かべて思考か停止してしまったとしても、無理からぬ事であろう。

 だが、その異形は、獣神と良く似ているのと同時に、大きく異なってもいた。

 

 その身体は、正しく猛虎の暗い黄色と黒で、所々に白いラインがあり、その背には折りたたまれた巨大な鳥の翼が生え、その手足は、鳥の皮膚と猛禽類の鋭い爪で鎧われている。

「ったく、シケた面ァしやがって。お前が殺した兵隊どもは、どの道、元にゃ戻せなかったんだからよォ、やる事は大して変わんねぇじゃねェか?」

 

 

「それをやった張本人が、よくもまぁ、いけしゃあしゃあとそんな事が言えたもんだな」

 一刀が、歯を剥いて嗤う異形に向かって憎々しげにそう言うと、異形は、さも可笑しそうに笑い声を上げた。

「ハッハッハ!そりゃそうだ!だがよォ、北郷。そいつはちょいとばかり、一方的に過ぎやしねぇか?」

「何?」

 

「だってよォ、俺様は最初、あそこで惚けてる張繍の姉ちゃんに、宝玉を渡すだけのつもりだったんだぜ?ところが、あの姉ちゃん『この計画の為にはもっと手駒がいります』なんて言いやがる。だから俺様は、“傀儡の法”の話を持ち掛けてやった……あくまでも、持ち掛けてやった“だけ”なんだぜ?」

「つまり、兵士達を“ああ言う風に”する事を選択したのは、あくまでも張繍自身だと言いたいの?」

 

 異形の言葉に、華琳がそう言い返すと、異形は嬉しそうに喉を鳴らした。

「そう!その通り!いやぁ、流石は天下の覇王・曹操様だ。その物分りの良さ、好きだぜ?張繍の姉ちゃんがメロメロになっちまうのも納得だァな」

 

「貴様ッ!!」

「春蘭!!」

 一刀は、空中でケタケタと嗤う異形に向かって今にも飛びそうとする春蘭の身体を、右腕全体を使ってどうにか押し留めると、横目で秋蘭を見遣った。秋蘭は、一件冷めているように見えて、姉同様、華琳の事となると頭に血が上ってしまうのを知っていたからだ。

 だが、流石にそこは秋蘭で、餓狼爪に油断なく矢を番えながらも、じっと異形から目を逸らさず、その動きを注視し続けていた。

 

「おォ、おっかねェ……。ま、兎も角、俺様が言いたいのは、曹操の姉ちゃんの言う通りだって事よ。そもそも、あの術を使って人形にしちまった外史の人間は、俺様たちの創造主……所謂、“剪定者”に近い存在になっちまうんだわ。つまり、俺様たちが“喰えなくなる”って事なのよ。そんなアホ臭ぇ事、俺様が進んでやると思うか?考えても見ろって。わざわざ自分の飯を肥溜めに突っ込む馬鹿が何処に居るよ?」

 

「だから、自分に罪は無いって言うんですか!?」

 異形の饒舌な口上を黙って聞いていた明命が、懇願にも似た悲痛な声でそう叫ぶと、異形は、驚いた様に目を見開いて言った。

「オイオイ、何言ってんだァお嬢ちゃん!俺様は罵苦―――何処からどう見たって、天下無敵のバケモノ様だぜ?おたく等の罪だの何だのの概念なんて、端(はな)から持ち合わせちゃいねぇの!俺様はただ単に、飯をドブに捨てるようなマネを、自分から進んでやる様な馬鹿な野郎だと思われるのは心外だって事さ。あくまでも、“やってくれ”って頼まれたからやっただけよ」

 

 

「ならば何故、何時もの様に“下級種”共を使わなかった?もったいないと思うなら、そうした方が手っ取り早い筈だろう?」

 一刀が、感情を殺した声でそう尋ねると、異形は「あァ」と呟いて溜め息を漏らし、ヒラヒラと手を振って言った。

 

「ソイツはな、この件が蚩尤様から俺様に、正式に任されたモンじゃねェからさ。北郷、お前は前に会ったろ?檮杌(トウコツ)って、鼻っ柱の強そうな女―――アイツの手伝いなんだわ。だから、下級種の使用許可取るの面倒だったんよ。あぁ、一応言っとくと、面倒ってのは“面倒臭い”ってのと、“厄介な”ってのと、両方の意味でな。だからまぁ、今回はぶっちゃけ、お前と遣り合う気も無ェのよ。こうして出てきたのは、帰る前にちょっくらお前に挨拶でもと思っただけの事さ」

 

「巫山戯るな!背中から不意討ちを仕掛けて置いて、白々しいにも程があるぞ!この卑怯者め!!」

「あァん……?」

 春蘭が激昂して異形を罵倒した瞬間、周囲の空気が、不意に冷たく張り詰めた。

「片目の姉ちゃんよ……お前、俺様の事、ちっとばかし舐め過ぎじゃねぇのか……?」

 

 異形は、今迄の剽軽(ひょうきん)な態度を引っ込めて猛虎の瞳をスッと細めると、不意に巨大な翼をふわりとはためかせた。すると、異形の周囲に無数の羽が舞散らばり、風に流されるでも地面に落ちるでもなく空中に浮き続ける。

 異形が片腕を緩々(ゆるゆる)と振ると、羽は一斉にその鋭い根元を一刀たち一行に向けて、ピタリと静止した。それは、優に弓兵一個小隊の一斉射にも匹敵しようかと言う程の数である。

 

「不意討ちするつもりならよォ、最低でもこん位の事はしてるぜ……?俺様が本気で殺ろうと思ってりゃなァ」

「くっ……!!」

 春蘭が悔しそうに呻くと、異形はそれを聞いて満足したのか、また剽軽な嗤いを浮かべて腕を振った。すると、無数の羽は、今度は風に逆らう様子もなく、空に舞い上がって何処かへと飛んで行った。

 

「分かってもらえたみたいで嬉しいぜ、片目の姉ちゃん……んじゃ、ま、当初の目的を果たすとするかい。北郷一刀、俺様の名前は窮奇(キュウキ)―――四凶が一にして、鳥魔兵団の頭ァ張ってるモンだ……今度会う時ゃ、もうちっと楽しもうや」

 窮奇は、アンコールに応える道化(ピエロ)の様におどけた仕草で、空中から一刀に頭を垂れて見せると、翼を羽ばたかせて更に高度を上げた。

 

 

「あぁ、それとよォ!」

 窮奇は、遥か上空まで舞い上がってから、眼下の一刀達に向かって大声を出した。

「北郷一刀。さっきのお前の殺り方ァ、中々イカしてたから、特別にイイコト教えてやるよ。関羽のトコに向かってるのは、俺様と同じ四凶の一人―――饕餮(トウテツ)って奴だ。前にお前んとこの呂布がぶっ倒した、黒狼(こくろう)の親分さ。あいつも今回はバイトだけどよォ、剣の冴えは俺ら四凶の中でも随一で、“吸収”の力もインドア派な檮杌辺りの比じゃねェぜ。関羽があんまり手こずらせるようなら、業を煮やして喰われちまうかもしんねぇぞ!!」

 

「そいつはどうも、心配してくれてありがとうよ……」

 一刀は、窮奇の飛び去った空に向かってそう呟くと、龍風に向かって早足で歩き出した。

「一刀……このまま行くの?」

 華琳がそう問いかけると、一刀は龍風の背に跨ってから静かに頷いた。

 

「あぁ……窮奇の話が本当なら、余計に急がないと……華琳」

「何?」

「流琉の事―――頼む」

「あなたに言われる迄もないわ。流琉は、私の可愛い部下ですもの。それに、“あの女”の事もね」

 

 華琳はそう言って、未だに惚けたまま空を見つめている張繍を顎でしゃくって指した。

「元はと言えば、此処は我が魏の領土。そしてあの女は、私の臣下―――これ以上、都の手を煩わせる様な事はせず、こちらで処理させてもらうわ。この……兵士達もね……」

「そうだな……いや……」

 一刀は、何かしら言いかけて口を閉じると、馬首を巡らせた。

 

「じゃあ、華琳、みんな―――後で、都で会おう。流琉……」

「は、はい!」

「さっきは……ありがとう。怪我、大事にして早く治してくれよ?」

「はい!兄様も……あの……ご武運を」

 

 一刀が流琉の言葉に頷くと、二人の遣り取りを聞いていた華琳が、流琉の肩に優しく手を置いた。

「一刀、流琉の事は心配ないと今言ったでしょう。それよりあなたこそ、饕餮とやらに“私の”可愛い愛紗や天和たちに傷を付けさせたら、許さないわよ?」

「おいおい……天和たちは兎も角、何時から愛紗が華琳のものになったんだ?」

「決まっているじゃない。私がそうしたいと思った時から、よ」

 華琳は、少し呆れたような一刀の言葉にそう答えて、悠然と微笑んだ―――。

 

 

                           あとがき

 

 さて、今回のお話、如何でしたか?久々に、二十ページ近くの大ボリュームでお送りしました。十ページを超えた辺りで二回に別ける事も考えたのですが、もう兎に角、バシッと終わらせないと、また細かく書きたい事が増えてしまってズルズル続いてしまいそうだったので、一回に纏める事にしました。

 まぁ、前書きで書いた通り、久しぶりの連休があり、徹夜で一気に書き上げられたと言うのもあるんですがwそれにしても、前回は残酷描写が多かったせいか、支援がここ最近での最低数しか頂けませんでした……。

 

 誤解なきように一応明記しますが、勿論、支援して下さった方にも支援を見送ることにした方にも、読んで頂けるだけで感謝しております!ただ、読んで下さる方みんなに納得してもらう物を書くのって、本当に難しいなぁ、と痛感していると言う話です、はい。

 

 ともあれ、これでも、中弛みしそうな箇所をニページ近くカットしたんですよ。まぁ、「それでも十分中弛みしとるわ!」と言われてしまえば、何も言い返せないんですが……orz

 因みに、戦いの後の一刀や恋姫達の心理描写があっさりし過ぎてないか!?とお思いの皆さん、今回は、長く続いてしまった宛城編をきっちり終わらせる為に展開上控えさせて頂きましたが、その点については今後きちんと書いていきますのでご容赦下さい。

さて、今回のサブタイ元ネタは、獣神ライガー前期OPテーマ 

 

怒りの獣神/弘妃由美

 

 でした。新日本プロレスの覆面レスラー、サンダーライガー選手の全盛期に青春時代を送った身としては、後期OPよりも断然この前期の方が思い出深いんですよねぇ。勿論、後期も後期で好きなんですけどwww

 

 蛇足ですが、プロレスラーのサンダーライガー選手も獣神ライガーとしてデビューして、リング上でファイアーライガーになったりしてたんですよ~!最も、私が朧げにリング上で二重に被ったマスクを脱いで変身してた試合を覚えているだけなので、お約束だったのか一度きりのサプライズだったのかは定かではないんですが……。私が自分で意識してプロレスを見出したの時には、既にサンダーライガーになった後だったので……。

 

 アニメのフィギアとかも持ってたなぁ……頭が回転して、髪の毛型のパーツを前後に付け替える事で変身させられた(髪の毛がキャップ状になっていて、付けた方の顔を隠せる)のを、凄く良く覚えてますよ……何せ、直ぐに外で無くしちゃったからね!!(´Д⊂

 

 いやはや、すっかり蛇足が長くなってしまいました。次回からはいよいよ愛紗&しすたーず編!心機一転頑張ります!(でも、そろそろ日常コメディも書きたいなぁ…)

 

 では、また次回、お会いしましょう!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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