「世話になったな、真也、凪」
「こっちも同じだから気にするな。また近くに来たら顔を出せよ」
「お気をつけて」
「ああ。またな」
獅子が旅を再開する為に街を出た。元々滞在する間の宿として俺の店を使ってた訳だが、
居なくなると中々に淋しくなる。それほど長い期間居たわけじゃないんだがな。
けど一番付き合いが多かったのは実は店主なんじゃないかと思う。
会ってから毎日、店主の店で昼飯食ってたしな。しかも毎回牛丼。
獅子が見送りは要らないって言うから俺と凪しか別れの挨拶はしなかったが。
いずれにしろ、少し静かになってしまうな。
と、思ってたんだが。
獅子が街を出て次の日、上半身が虎柄の水着ででかいゴーグルを首から下げた女と
臍出しの服に眼鏡をかけた女の二人組が店を訪ねて来た。
「真桜!?沙和!?」
「凪ちゃん見つけたのぉ~!」
どうやら凪の知り合いだったらしい。これはいい。ここまではいい。だが
「ならあんたが凪を手篭めにした男やな!!!」
「「……は?」」
そう言ってきやがったのだ。
凪共々呆気にとられた。
「凪ちゃん、その男からさっさと離れるのぉ~!」
「いや待て沙和、さっきから何を『うちの螺旋は悪を衝く螺旋や~~!!!』真桜!!?」
水着の女がドリル?を俺に向けてそのまま駆けて来た。
俺はそれを身体ごと横にずれる事で躱し、拳骨を女の頭に落とした。
女はその痛みに耐えきれず、ドリル?を床に落とし、自身も床を転げ回る。
「今度は沙和が相手なのぉ~!!!」
今度は眼鏡の女が両手に双剣を持って向かってきた。
間合いに入った瞬間、女は剣を振りかぶったが、俺はそこから一歩近づき、
女の両手首を掴み、そのまま握り締めた。
「痛い痛い痛いのぉ~!?」
女が痛みから双剣を手放したので俺も手首を離す。そしてさっきの水着の女の様に
頭に拳骨を落とした。そしてこれまた水着の女と同様、床を転げ回る。
「……凪、何だこいつら」
「……すいません」
いや、謝罪じゃなくて説明が欲しかったんだが……。
この二人、李典と于禁は凪の友人らしいのだが、その凪がいつになっても
帰ってこないから「羽丸印」を扱ってる商人に訊いてみたらしい。
そしたら
「その子なら鍛冶屋の店主と暮らしてる」
と言われたそうだ。で、
あの凪が男と暮らしてる→何か弱みを握られた→手篭めにされた
という結論になったらしい。……どんだけ短絡思考なんだ。
第一鍛冶屋の店主が男とも限らんだろう。俺は男だけど。
それだけ凪が心配だったとも取れるが。
「……文は送らなかったのか?凪」
「いえ、一度送りましたけど…」
「『まだ戻らない。けど心配するな』じゃ全然安心できないのぉ~」
「…………凪」
「……すいません」
確かに安心できないな。
なら、凪が俺の店に居候してる理由をこの二人に
話すとするか。
「以上が、凪が居候する事になった理由だ。納得したか?」
「なんというか…」
「凪ちゃんらしいのぉ~」
「うう…」
友人から見ても凪の行動は納得されるんだな…。
「で?目的は済んだか?」
「うちはまだや」
「ん?」
「兄ちゃん。兄ちゃんが『羽丸印』の鍛冶師でいいんやな?」
「……そうだ」
「真桜?」
なんだ。すごく嫌な予感がするぞ…。
「兄ちゃん!うちにあんたの鍛冶見せてや!!」
「だが断る」
こいつ鍛冶関係者だったか。
「そんな事言わずに見せて~な。減るもんじゃないやろ?」
「減ろうが減るまいが関係ない。誰にも見せる気はない」
お前が董卓軍以外に仕官しないとは限らないからな。
「話はそれだけか?ならさっさと帰れ」
「え~~。一晩位泊めてほしいのぉ~」
「そやそや。それに見せてくれたらいろいろ作るで?」
「何か作れるのか?」
「大人のおもちゃとかいろいろ『今すぐ帰れ』殺生な~。泊めてえな~」
「知らん。宿でも何でも探せ」
俺は凪の友人二人を店の外に閉め出した。
「まったく……」
「あの…真也さん」
「ん?」
「あの…勝手なお願いなんですが……」
「…予想は付くが言ってみろ」
「二人を……この店に置いてくれませんか?」
やっぱり。お前ならそう言うよな。けどな
「俺があの二人を店に置くと思うのか?」
「二人の無礼は私が代わりに謝ります。それにあの二人が来る事になったのは
私が原因ですから」
「二人が何か問題起こしても責任を取る……か?」
「はい」
きっぱり言うな。お前がそこまでする必要ないだろうに。
「………」
「駄目……ですか?」
……その顔は反則だぞ。おまけに頭に垂れた犬耳まで見える。
「……一晩だけだぞ」
「ありがとうございます」
外にいるだろう二人を店に入れる為、扉を開けたら
「「あ」」
「……」
李典がドリル?を店に向けていた。
「……」
「「……」」
「…何をしようとしていた?」
「「……」」
「よもやその槍で店の扉を壊そうとか考えてたんじゃないだろうな?」
「「…………てへ♪」」
即座に二人の頭に拳骨を落とした。ついでにこの時自力で気が使える様になったらしい。
拳に気が込められて二人の意識を刈り取っていた。
こんな状況じゃなければ嬉しかったのにな。
「こいつらこの街に居る間店に置くぞ。他の所だと何するか分からん」
「…すいません」
この二人来てから謝りっぱなしだな、凪。
気が自力で使える様になったので本格的な気の鍛錬ができるようになった。
その結果分かったのは、俺は身体の全体強化より拳や足などの限定強化が得意で、
かつ凪の様に身体の外に気を出す事ができるらしい。その為にはまた鍛錬が
必要だそうだが。
で、李典と于禁の二人だが
「さあ、大将の兄ちゃん!さっさとうちにあんたの鍛冶を見せるんや!!!」
「断るって言ってるだろうが!ていうかそれが人にものを頼む態度か!!?」
「さあ、凪ちゃん!この服を着て大将さんを悩殺するのぉ~!」
「だから私と真也さんはそういうのじゃない…ってそんなの着れる訳ないだろう!!?」
いつもこんな感じだ。おかげでものすごく店が騒がしくなった。
それが何日か続いたのだが
「二人を連れて帰ります」
凪がそう告げて来た。
「押し付ける上にお前も追い出す形になってしまうが…そうしてくれるか?」
「さすがにこれ以上ご迷惑をかける訳には…」
あの二人の相手は本気できついからな。凪も俺が居ると弄られてるし。
「ならその前に……これを着けてみてくれ」
俺は凪にある物を渡した。それは
「これ……手甲。…どうして」
「質問する前に着けてみろ」
「あ、はい」
凪が渡された手甲に腕を通す。
「どうだ?」
「私には合います。けどこれは…」
「お前用の手甲。何度も手合わせしてるから規格は分かってたんだが、実際に着けないと
何とも言えないからな。合うなら問題ない」
「けど私……お代は」
「獅子にも言ったんだが、恩を受けた相手には初回はおまけしてる。次回も身内料金で
安くしとく」
「私は真也さんに恩を売った覚えは…」
「気の鍛錬はお前が居たからできたんだ。俺からしたら立派な恩だ」
「でも」
「気になるならあの二人を連れ帰る代価って事にしてくれ。言っとくが、返品は
受け付けない」
「……分かりました。ありがとうございます、真也さん」
「ああ」
次の日の朝、凪は李典と于禁を連れて自分の街に帰って行った。その時李典が
駄々をこねていたが、凪が手甲を着けた状態の拳骨で大人しくさせて
引き摺るように連れて行った。
ついでだが、凪は手甲の銘を「閻王」と名付けた。由来は教えてくれなかったが。
にしても
「獅子に続いて、凪まで居なくなるとはな……」
静かになった上に店が広く感じる…。
「ま、今生の別れって訳でもない『楽進は行ったのか?』華雄?」
ちょっと感傷に浸ってたら華雄が訪ねてきた。
「どうした?こんな朝早く」
「いや、今日楽進が自分の街に帰ると聞いたのでな」
「見送りは要らないって言ってた筈だが」
獅子といい、凪といい、気を使う事無いだろうに。
「それはわかっている。ただ、今日から店にお前一人だけになってしまうからな」
「なんだ。心配で見に来てくれたのか?」
「お前が泣いていないか見に来ただけだ」
子供か、俺は。
「だが、無駄足だったようだな」
「当たり前だ。用が済んだらさっさと帰れ」
「そうしよう」
「…華雄」
「何だ?」
「……ありがとな」
「……ふん」
そして華雄は店を出て行った。その顔に微笑を浮かべながら…。
「さて、と。次にあいつらに会った時笑われない様に、頑張りますかね」
今日は一段と気合を入れるとするか!!!
おまけ
「あれ?華雄は?」
「華雄さんなら真也さんのお店に行ったよ」
「そっか。今日は凪が帰る日だから、店には真也一人になるんだっけ」
「ん……」
「凪が居なくなるのは淋しいですぞ」
「様付けしてくれる貴重な存在だったからね」
「うるさいですぞ!」
「……ねえ、詠ちゃん」
「何?月」
「華雄さん、やっぱり真也さんの事……」
「ん~~~、まだそこまでじゃないと思うわ」
「けどそう遠くないやろな」
「二人ならとってもお似合いだよね?」
「まあ、真也次第だけどね」
「(凪もそれに加わるかもしれへんけどな)」
~後書き~
居候が誰も居なくなりました。
自分、真桜と沙和には今回の話みたいなイメージがあるんですけど
違和感ないでしょうか?
ちなみに沙和が凪に着せようとしたのはミケ・トラ・シャムが着てるアレです。
当然獣耳・尻尾等の付属品込み。
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第十話です。
いまだ黄巾の「こ」の字も出ないとは
これいかに。
ではどうぞ。