No.341036

外史異聞譚~幕ノ三十四~

拙作の作風が知りたい方は
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また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

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2011-11-29 05:56:42 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3096   閲覧ユーザー数:1499

≪漢中鎮守府/諸葛孔明視点≫

 

鎮守府前で元直ちゃんと別れた私達は、役人の方に案内されながらまずは天の御使いさんにご挨拶することになりました

 

虎牢関や洛陽では判りませんでしたが、天の御使いさんはあまり身体が丈夫ではなく、滅多に鎮守府から出る事がないのだそうです

 

役人の方々は一見文官に見えるのですが、少なくない数の方が武官としても訓練を受けているようだ、というのが愛紗さんや鈴々ちゃん、星さんの見立てです

 

「あの歩き方はある程度以上鍛錬を積んでいないとできないものですな」

 

そう星さんが皮肉げに呟くのに愛紗さんも鈴々ちゃんも頷いています

 

「漢中では警護も帯剣していない点から見て、皆武闘家なのだろう

 正面からなら負けるとは思わんが…」

 

「不意を討たれると厳しそうなのだ」

 

言われてみれば、という感じで伯珪さんも頷いています

 

「非武装であるからこそ備えは万全、という事か

 本当に食えない連中だよな」

 

その言葉に苦笑する桃香さまを横目で見ながら、私は考えています

 

外側から見ても思ったのですが、漢中…この場合は天譴軍と称するべきでしょう

彼らの基本は無駄な装飾を排する、というのが前提にあるようです

鎮守府そのものにしても、今歩いている廊下にしても、権威を飾り立てるようなものは何一つなく、清潔で威圧感や不快感を他人に与えないように配慮されています

 

庭も役人の休憩所を兼ねるようになっているようで、装飾品も高価ではないのでしょうが落ち着いた感じのものや生花などが各所に飾られています

 

「なんだか本当に異国に来たみたいだよね~」

 

思わず、なのでしょう、そう呟いた桃香さまの言葉に、役人の方が笑いながら答えてくれます

 

「確かにそうかも知れません

 過度の贅沢とは無縁といえるのが今の我々ですから

 芸事や芸術はきちんと保護して予算も組んでいるんですけどね

 洛陽にもない施設もありますので、機会があれば立ち寄ってみてください」

 

「洛陽にもない施設、ですか?」

 

その疑問を口にしたのは奉孝さんです

 

「ええ

 最近できたばかりなんですが“歌劇場”というものがありましてね

 歌や演劇、芸事などを披露するための建物なんですよ

 漢中人民の今一番の娯楽でもありますね」

 

「それは是非行ってみたいですね」

 

仲徳さんと視線を交わしながら、奉孝さんがそう応えます

 

本当に見るべき部分は多そうです

 

そうこうしているうちに目的の部屋についたようで、役人の方が扉の外に立っている、多分護衛兵に合図を送っています

護衛の方が中に向かい声をあげました

 

「只今、公孫北平太守と劉平原相ご一行がお付きになりました!」

 

その声に間断なく、女性の声が応えます

 

「ご苦労さまです

 皆様をお通ししてください」

 

護衛兵の方達はそのまま無言で扉を開き、礼をとって私達を促します

案内役の方もその場で礼をとっていて、中に入る事はないみたいです

 

私達もそれに礼を返してから、ゆっくりと室内に入ります

 

そこには、先の会談と異なり丁寧に作られた席と、その上座に座る天の御使いさん、そして司馬仲達さんが待っていました

 

「ようこそ漢中へ

 堅苦しいかも知れないけど席を設けさせてもらったよ

 多分挨拶よりも話したいことや聞きたい事があるだろうからね」

 

扱いの差に内心びっくりしたんですが、それはみんなも同じだったようです

 

私達の態度に司馬仲達さんは微笑みながら答えてくれます

 

「私的ともいえる急な訪問と、正式に礼儀に則ってこられたお客様とでは、当然扱いは異なります

 私達は非礼を旨とする蛮族ではありませんので」

 

みんなで思わず赤面しながら、私達は礼をとって作られた席に座りました

 

「まあ、そう硬くならないでくれていいよ

 見ての通り兵士も下げているし、危害を加えるつもりは当然ない

 約束通り視察などにも便宜を図るように段取りはつけてあるから、まずは肩の力を抜いてくれればいい」

 

御使いさんに

「食事は?」

と聞かれて鈴々ちゃんが

「できれば食べたいのだ!」

と、元気よく間髪入れずに言っちゃったのにはみんなで思わず、更に顔を赤くしたんですけれど、御使いさんも司馬仲達さんもそれを不快に感じた様子はなく、外に向かって食事の準備をと言ってくれました

 

「粗餐ですが、ここにいる間は遠慮なく申し付けてください」

 

その言葉から時を置かず運ばれてきた食事は、やっぱりというかなんというか、とても豪華です

出てくる速さから考えても、予めこうなることを予測していたのだと思います

そういえば、先の反乱で鈴々ちゃんがものすごく食べるのを、この人達は聞いていたのかも知れません

 

「まあ、ゆっくり旅の疲れを癒してくれればいいよ

 ここの風呂は他と少し違うけれど、それもまた旅の楽しみだと思ってくれればいいかな」

 

はわわ~…

お風呂の準備までしてくれてるんですか…

 

「ところで、そこのお二人を紹介してもらっても構わないかな?

 俺は北郷一刀、今は天譴軍の代表を務めさせてもらってる

 お見知りおきを」

 

食事を促しながらの御使いさんの言葉に、郭奉孝さんと程仲徳さんがそれぞれ礼をとります

 

「これは失礼を致しました

 私は郭奉孝、遊侠の身ですが今は劉玄徳殿の食客としてお世話になっているものです」

 

「私は程仲徳と申します~

 これを機会に仲良くしてくれたら嬉しいですね~」

 

おふたりが自己紹介をした瞬間、天の御使いさんの瞳がぎらりと光りました

ほんの一瞬ですが、笑顔もなくなった気がします

 

「なるほど、郭奉孝殿に程仲徳殿ですか

 漢中にお二人が見るべきものがあればいいんですが

 精一杯おもてなしさせていただきますよ」

 

………やっぱり気のせいじゃないです

このおふたりの名前を聞いてから、瞳の奥が深く暗くなっています

 

この目には見覚えがあるんです

 

先の洛陽で苦笑しながらも涼州に計る便宜はない、と言い切った時のあの光に

 

どうしてこのおふたりが、初対面でしかも食客の身であるにも関わらず、このような目で見つめられているのでしょうか

 

これに気付いていないのはその視線を向けられる事無く食事に熱中している鈴々ちゃんくらいのものです

あの時の悪意というのとは違う、ただただ何か奥底を見つめるようなこの眼差しに、知らず身体が強ばってきます

 

「えっと…

 じゃあ早速なんですがお聞きしたいことがあるんですが、構いませんか?」

 

桃香さまが場の空気を振り払うかのような間で声を発します

 

先の諸侯連合による“袁家動乱”から、桃香さまは本当に場の空気を読むことが上手になったと思います

今も張り詰めかけた空気を、その一言で和らげてしまいました

天の御使いさんも、瞳に宿っていた光を和らげて普通に微笑んでいます

 

「答えられる事なら、でよければですが、遠慮なくどうぞ」

 

桃香さまはその言葉にほっと溜息をついています

 

「では、お聞きしたいんですけど、天の御使いさんはどうして漢中でこのような政事を行なっているんですか?」

 

昔の桃香さまだったら、同じ質問をしたとしてもその言葉の中にある“重み”が違ったと思います

黄巾の乱の頃とは違う、自分が欲しいものを得るために先人に教えを請うための問い

 

天の御使いさんにそれが伝わったのかは判りませんが、彼は傍らにいる仲達さんに頷くと、ゆっくりと私達に問いかけてきました

 

「質問の意味は“みんなの笑顔”のため、という事でいいのかな?」

 

……………どうして?

まだ桃香さまはそれを隠しはしていないけれど、諸侯に知れ渡る程に公言している訳でもない

今はまだ、私達だけが共有しているだけの理想のはず

 

どうしてそれを知っているんですか!?

 

驚愕に血の気が引く私を他所に、桃香さまは頷きます

 

「はい

 私はそれを是非聞いてみたいんです」

 

御使いさんはその言葉を笑うこともなく、居住いを正します

 

「じゃあ、今日はそれについてみなさんと論議する、という事にしましょうか

 他の方も遠慮なく聞いてきてください」

 

そう言ってお茶を口に含む天の御使いさんの瞳は、先程よりもずっとずーっと、暗くて深いものになっていました

 

私の勘が告げます

 

この論議で折れてしまったら、多分私達は二度と立ち上がれない

 

 

私達はいきなり正念場を迎えてしまったのだ、と………

≪漢中鎮守府/北郷一刀視点≫

 

真剣な表情で俺を見つめる劉玄徳の視線を正面から受け止めながら、俺は彼女に対する評価を改める事にした

 

元々、正史であれ演義であれ、そして俺が通ってきた“外史”であれ、劉備という人物は評価に値しないというのが俺の感想だった

 

正史や演義では仁徳に溢れ義に篤い仁君と言われながらも感情に振り回される事が多く、結果として漢王朝の悪習をそのままに引き継いだ凡愚というのが俺が断じる劉備の姿である

 

外史にあってはそういった悪習は持ち合わせていなかったが、非常に近い部分での視野しか持たず、理想を現実とする為の行動力に欠けていた“神輿”でしかない、というのが俺が彼女の評価を底辺に置いていた理由でもあった

 

俺はその評価を素直に訂正しよう

 

目の前にいる少女は、少なくともただ神輿でいる事をよしとはしないだけの意思と、自らの理想を実現するために“自分の足で歩く”事を選んだ、三国志の英雄たる資格を有した人物である、と

 

そして素直に認めよう

 

真に英傑たりうる劉玄徳は、俺などが及びもつかない格の違う存在である、と

 

ならば、俺の全力で相手をするのが礼儀である

 

俺は懿にだけ判るように再び頷くと、徐に言葉を吐き出す

 

「どうして、か……

 その前に俺から質問しても構わないかな?」

 

「はい、お願いします」

 

なるほど、完全に受けて立つつもりか

やはり遠慮はいらないな

 

「玄徳殿は“みんなの笑顔”と言っているけど、その“笑顔”とはどういう意味なのか、聞いても構わないかな?」

 

彼女はこの問いに目を瞑ってゆっくりと息を吸うと、はっきりとこう告げた

 

「戦乱も貧困もなく、みんなが安心して暮らせる世界です」

 

「なるほど」

 

俺は素直に頷く

確かにそれは笑顔でいる為には大事な事だろうな

 

「では尋ねるが、貧しくて食うに困っても笑顔が絶えない家族、というものが存在するのは珍しくない

 これはどう思う?」

 

この問いにも彼女は迷いなく答える

 

「今日にも飢えて死ぬ、という貧困ではないからだと思います

 明日も頑張ろう、一緒に生きていこう、そう言える状態だから笑える

 私はそう思います」

 

「では逆に、裕福だが笑顔のない家庭というのはどうなんだろう?」

 

我ながら回りくどく意地の悪い質問だと思うが、彼女達の真意を知るにはこうするしかない

そしてそれが、劉備だけのものなのか、それとも全員が考えている事なのか、それを知らなければならないからだ

 

「それは……」

 

「あわわ…

 えっと、それはでしゅね、徳を忘れ欲に溺れる事からおこる事でしゅので、そうならないよう自他を律する事が大事だと思いましゅっ!!」

 

魔女っこ帽子の子がかみかみしながら答える

あれが龐士元か

軍師とは代弁者でもあるべきだし、周囲の瞳が揺らいでない事から問題もないだろう

 

「争いのない世の中、というものを君達はどう考えているのか聞いても構わないかな?」

 

これに答えたのは小柄でボーイッシュな少女だ

 

「んー……

 みんなが戦争や悪いやつに襲われたり苦しめられたりすることなく、毎日きちんとごはんが食べられる世界だと思うのだ」

 

確かに平和とはそういうものだよな

この言葉に思わず笑みが深くなる

 

「うん、ありがとう

 では先の問いにお答えしようか」

 

一気に緊張を増す劉備達に、俺は本音で答える事にする

 

「そういう意味でいうなら、君達が望む“笑顔”は漢中には存在しないよ」

 

『え……?』

 

全員の唖然とした顔と声に、流石に堪えきれなくなったのか懿がくすりと笑うのが判った

いや、笑うのは理解できるけどさ

ないものはないんだからしょうがないだろ?

 

「あの……

 それはどういう…」

 

呆然と聞き返してくる劉備に俺は答える

 

「そうだな……

 例えばなんだが、君達は会ったことも話したこともない人の為に怒ったり泣いたりできるかい?」

 

「それは……」

 

戸惑う劉備の反応は当然だ

そんな事ができる人間などいやしない

もしいたとしたら、そいつは本物の聖者か、さもなくば狂人だ

 

「天の御使いさんは無茶をいいますね~

 そんな事が人にできる訳ないじゃないですか~」

 

程仲徳……

多分まだ程立なのかな?

彼女の眠そうにしていた目からそれが消え去り、かなり厳しいものとなっている

 

「そう、できるはずがない

 だから言っている。そんなものはここにはない、と」

 

「ふむ~……

 だったら天の御使いさんにできる事は一体なんなんですか~?」

 

口調は緩いが声は硬い

多分内心では俺に対する罵声でも飛んでいるのだろうな

 

内心で苦笑しながら、俺はその言葉に返事を返す

 

「各々が“笑顔でいられる努力ができる場所”を創る手伝いをする事だよ」

 

全員が一様に息を呑む

 

「他人が“笑顔でいられる場所”を創るなんて不可能だ

 せいぜい近所の顔見知りやその家族までが、例えどれだけの権力があろうが能力があろうが限界なんだよ

 しかし……」

 

息を呑んだままの劉備達に、俺は言葉を続ける

 

「ある程度の豊かさ

 ある程度の教育

 ある程度のゆとり

 俺はそれを皆が掴み取る“きっかけ”なら創る手伝いをする事はできる

 一定の水準までなら、今のように上から与えることもできる

 でも、そこから先は?」

 

『……………』

 

押し黙る一同に俺は言葉を叩きつけるように、でも穏やかに告げる

 

「そう、結局は皆が“自分の足で立つ”必要がある、という事だ

 笑顔なんてものは他人から与えられるものじゃない、自分の内側から湧き出すものだ

 だから俺はそんなものはここにはない、そう言ったんだ」

 

俺のこの台詞に最初に問いかけてきたのは郭奉孝だ

 

「ふむ…

 天の御使い殿は、人民が自分で立ち上がらなければ平和など訪れない、そう言いたい訳ですね」

 

「物語の過渡期にあっては強力な指導者や英雄英傑に頼るのも仕方がない

 しかしその後はどうなる?

 だから俺はこう思っている

 人民はいつか必ず、ひとりひとりが物語の主人公でなければならない時が来る、その事を知らなければならないとね」

 

郭奉孝がゆっくりと頷いて眼鏡の位置を直しながら呟く

 

「なるほど…

 これは聞きしに勝る恐ろしさですね

 正気とはとても思えない」

 

その声には口にしたような恐怖はないが、別種のそれは存在していた

 

確かにその通り

俺はこの外史に足を踏み入れた時点で、君達が考えるような正気など最初から手放している

 

だってそうだろ?

 

普通に考えれば、漢室なり後の英雄達の元なり、黄巾党だって構わない、彼ら彼女らの下へと赴いて“天の御使い”を普通にやればいいのだから

 

郭奉孝の呟きが呼んだ重い沈黙を破ったのは、それまで沈黙を続けていたベレー帽の少女

伏竜・諸葛孔明だった

彼女は確かめるように、呟くように俺に問いかける

 

「私達の理想はありえない、と、そうおっしゃるんですか……」

 

思いつめたようなその眼差しを受け止めながら、俺は頷く

 

 

さて、ここからが正念場だな

≪漢中鎮守府/劉玄徳視点≫

 

私達の理想を完全に否定した形の天の御使いさんに、みんなが徐々に怒りを覚え始めている中で、私は叩きつけられた言葉の内容そのものについて考えていた

 

普段は飄々として感情を素直に出すことがない星さんまでもが、その瞳に怒りを現している

 

奉孝さんや仲徳さんは私達とは理由が違うだろうけど、それでも嫌悪感というか理不尽さというか、そういうものを感じているみたいだ

 

御使いさんが言った事を私なりに飲み込むと、こういう感じになる

 

みんなに笑顔のきっかけはあげられるけど、私達が笑顔にできるのは“自分の目で見える範囲の人達”だけだ、という事

 

私はこれについて考えなくちゃならない

 

私と御使いさんの何が違うのか

 

多分御使いさんは、本来なら言う必要のない事まで私達に告げてくれているはずなんだ

それは、御使いさんの隣に立っている仲達さんの表情が物語っている

 

彼女はこう告げている

「これで駄目なら私達と話す事は既にありはしない」

そう、微笑みの下で語っている

 

私と御使いさんの違いは何?

 

治めている土地の豊かさ?

 

集まってくれたみんなとの能力の差?

 

政略や軍略といった先見の差?

 

多分どれも違う

 

じゃあ何が違うのかな?

 

必死で冷静さを保とうとする愛紗ちゃんや朱里ちゃん達を見て、私はふと思ったことを口にする

 

「あの……

 ひとついいですか?」

 

「なにかな?

 折角の論議の場だ、遠慮はいらないよ?」

 

深い井戸の底みたいな目に優しい笑みを浮かべて、御使いさんは先を促してくれる

 

「あの、なんていうか、上手く言えないんですけど、その……」

 

慌ててしまっている私を急かすでもなく、御使いさんは待ってくれている

 

「……別に王様なんていらないですよね?」

 

これは昔から思っていたことだ

私は正直、誰かの上で威張ってるとか柄じゃないし、子供達と遊んだり本を読んであげたり、お年寄りさん達とお茶を飲んでお話ししたり、本当はそういう方が大好きだ

誰もやらなかったし言い出さなかったから、この乱れた世をどうにかしなくちゃ、と思っていたけど、別に私が王様である必要はないと思うんだ

一度はじめた以上、責任から逃げるつもりはないけど、それは絶対に私が王様じゃなくちゃいけないとか、そういう事はないと思う

 

御使いさんの言うことが正しいのなら、誰もがみんな王様で、みんなで一緒に頑張って頑張って、そうして笑顔を造り上げていく

 

そんな世の中だってあってもおかしくない

 

そりゃあ、たくさんの人が集まるんだから、色々なことが起こる

そのために例えば警備とか、治水灌漑とか、そういう事を取り纏めて指揮指導したりする人は必要だけど、御使いさんが言うのはそういうのもみんなで決めようって事だよね?

 

そう思ってするっと口から出た言葉だったんだけど、私の言葉を聞いて御使いさんは徐々に、そして堪えきれなくなったのか大声で笑い出した

 

その態度にみんなは更に怒っちゃって声を荒らげたりしてるんだけど、私にはそれが悪い笑いには見えなかった

 

だって、あの深くて暗い瞳が普通に戻ってるし、仲達さんからも試すような空気がなくなっていたから

 

「いや、すまない

 これは本当に悪かった…

 悪気はないんだ、許して欲しい」

 

笑いすぎて涙でも出てきたのか、目元を擦りながら謝る御使いさんに、私は首を振る

 

「はい、多分解ってますから大丈夫です」

 

そうか、と言いながら御使いさんは居住いを正して再び謝罪すると、ゆっくりと息を吐いた

 

「理解してもらえたようで何より

 君がそういうつもりなら、俺達はその滞在中、本当の意味で君達を歓迎できると思う

 だから改めて言おう」

 

そして、足が悪くて歩けないはずの御使いさんは、すくっと立ち上がって私の前にやってきた

 

え?

これ、どういうこと?

 

びっくりしたままの私に、御使いさんは手を差し出してくる

 

「ようこそ漢中へ

 劉玄徳殿、俺達天譴軍は、貴女の来訪を心より歓迎する」

 

あっけにとられたまま、惰性で握手をする私に、御使いさんはものすごい笑顔で応えてくれた

 

ふ、ふわあ~……………

この人、こんな素敵な笑顔で笑える人だったんだ~……

 

思わず赤面しちゃったんだけど、ふと視線を外すと仲達さんの雰囲気がちょっと変わった気がする

 

どうしてだろう?

 

なんだか面白くないみたい

 

でも、この論議の結果がというのとはちょ~っと違うような?

 

一体なんだろ…

 

御使いさんは、急に態度が変わった事になんともいえない顔をしているみんなに向かって機嫌良く告げる

 

「まあ、滞在中にこの論議の意味について考えてくれればいいよ

 必要なら俺はいつでも論議は歓迎するし、他の誰に訪ねても構わない

 ここを旅立つまでに理解してもらえるよう、俺達も尽力するんで、いつでも気楽に声をかけてくれ」

 

すると、納得がいったのか朱里ちゃんがぽつりと呟く

 

「私達、また試されていたんですね」

 

「うん、第一試験は合格、みたいだよ?」

 

そう答えると雛里ちゃんと一緒に苦笑いを浮かべてる

 

「はわわ…

 まだまだ未熟です…」

 

「感情の制御が足りないと痛感しました…」

 

私はそれに首を振る

 

「私も少し前までなら同じだったと思う

 人間一生勉強、だよね?」

 

『そうですね!』

 

そういって笑える私達は、やっぱり恵まれてるなあ、と思う

 

そして少し御使いさんの言っていた事が理解できた

 

知らない人とはこうやって笑う事はできない

 

多分そういう事なんだよね

 

「いやはや、我らが主には本当に驚かされる事ばかりですな…」

 

「なんと言いますか、我が身の不甲斐なさが情けなくなります…」

 

「お姉ちゃん、なんだかよくわからないけどすごいのだ」

 

なんか、なんとなくだけど愛紗ちゃん達には呆れられてるような気がするなあ…

 

「くふふっ、私も頭を冷やしてみる事にするのです~

 これは思った以上に難題ですが、とてもやりがいがありそうなのです」

「おう、これがどこまで本気なのか、確かめてやらねえとな」

 

「どこまでが正気でどこまでが狂気なのか、知りたくもありそうでなくもあり

 ですが、それすらも理で従えてみせてこそ、というべきですからね」

 

奉孝さんや仲徳さんも頭の回転は早過ぎるくらいな人達だから、納得できるかを別としてまずは知識欲を満たそうと切り替えたみたいです

 

そうやって和やかになってきた雰囲気の中で冷めた食事をみんなで再開したんだけれど、私は少しだけ気になっていました

 

 

それは、伯珪ちゃんが難しい顔でずーっと黙っていたこと

 

それが悪い感じはしないんだけど、やっぱり少し心配です

 

 

こうして、私達の漢中での生活は幕を開けることになりました


 
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