No.340157

真・恋姫無双~君を忘れない~ 六十八話

マスターさん

第六十八話の投稿です。
南蛮での戦を終えた益州の面々。一刀は翠に遠乗りに誘われたのだが、約束の時間になっても翠は現れなかった。同じく誘われた蒲公英と向日葵と共に翠を迎えに行くのだが……。
今回は翠の拠点です。駄作なのはいつも通り、注意事項を読んだ上でお進みください。それではどうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

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2011-11-27 14:17:39 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:7443   閲覧ユーザー数:5483

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*注意*

 この物語は翠の拠点回となっています。

 紫苑さん以外と一刀くんがいちゃつくのが嫌という方、また本編をさっさと進めろと思っている方にとっては不快な思いをするかもしれませんので、そういう方は進まずに「戻る」を押して下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀視点

 

「翠さん、来ないなぁ」

 

「きっと、まだ寝てるんだよ。全く、自分から遠乗りに誘っておいて、寝坊するなんて、本当に蒲公英は信じられないよ」

 

「仕方ないですよ。翠様は基本的に三歩歩いたら言ったことを忘れてしまう人ですからね。私たちを誘ったことなどすっかり忘れているのですよ」

 

「それ、どこの鶏だよ」

 

 俺たちは現在、翠さんの部屋に向かって永安の城の廊下を歩いている。俺の背中には蒲公英と向日葵のコンビが、お互いに主導権を握ろうと、牽制し合うように俺の背中に乗っている。

 

 二人とも相当身軽な娘だから、俺としては全く苦じゃないのだけれど、さすがに暴れられるとしんどい。だけど、時折、蒲公英の目下絶賛成長中と自賛する、慎ましやかな胸が俺の背中に当たり、それに反応すると、向日葵が俺の首筋に噛みついてくるのが、一番辛かったりする。

 

 俺も一人の雄である以上、仮にサイズ的には小さいとはいえ、蒲公英のような美少女の胸が背中にぶつかることに反応を示さざるを得ないのだけれど、ツルペタ幼女代表を自称する向日葵にとっては、見過ごせないことらしい。

 

 どうやら、桜との話し合いで、俺を幼女好きに洗脳するという計画が浮かびあがっているらしい。現在のところ、桜と向日葵のほかに朱里と雛里も参加しているそうだ。伏竜と鳳雛を相手にして、果たして俺は無事でいられるのだろうか。

 

 背中では相変わらず、蒲公英が向日葵よりも大きい胸を自慢し、それに対して、蒲公英の胸を中途半端であるとばっさり切って捨てている向日葵。両者は一歩も譲る姿勢を見せないまま、俺の背中でぎゃあぎゃあ騒いでいる。

 

「ほら、二人とも、翠さんの部屋に着いたぞ」

 

「仕方ないな。向日葵、この勝負は一時預けたからね」

 

「望むところです。私はお兄様の背中の上でなら、いつでもその勝負をお受けしましょう」

 

 待て待て、いつから俺の背中はお前たちの戦場になったんだ。

 

「翠さん? いますか?」

 

 念のため、ドアをノックして翠さんがいるかどうかを尋ねるが、やはり蒲公英の言った通り、まだ寝ているのだろうか、何の返事もなかった。

 

「んー、どうしようか?」

 

「入って起こそうよ」

 

 言うや否や、蒲公英は俺の背中から素早く飛び降りて部屋を開けてしまう。いくら従姉妹とは言え――この二人はもう姉妹も同然なのだが、勝手に部屋に侵入するのはまずいと思ったのだけれど、止める間もなく蒲公英は部屋の中に入ってしまった。

 

「はい、お兄様も行きますよ」

 

「え? ちょっ! 俺はダメだろ?」

 

「いいんですよ。翠様の可愛い寝顔を見る好機ですよ」

 

「そういう問題じゃ――」

 

 問答無用といった感じで、向日葵は俺の手を強引に引っ張って翠さんの部屋に入れようとする。見た目は可愛い少女の向日葵なのだが、正体は西涼が誇る猛将の一人である鳳徳なのだから――最近、そのことをすっかり忘れていたが、俺が抵抗出来るはずもなかった。

 

 部屋に入ってみると、寝台の上ですやすやと寝ている翠さんの姿が見えた。

 

「うわぁ、本当に寝てるよ、翠姉さま」

 

「こんなに気持ち良さそうに寝ていると、何故か腹が立ちますね。いっそこのまま永遠に眠りについてもらいましょうか?」

 

「だから、お前はそういう発言を自重しろ」

 

 というか、向日葵の不穏な発言に突っ込んでいる場合じゃなかった。寝台に横たわる翠さんの着ている衣服が大きくはだけて胸元が露わになっている。しかも、寝相が悪いのか、掛け布団も足元に蹴り飛ばされているので、完全に無防備だ。

 

「ほら、お兄様起こして下さい」

 

「え? 俺がするの!? さすがにまずいだろう!?」

 

「何言ってんの? 当然でしょ?」

 

 どうして俺が起こすのが当然なのかは分からないけれど、とりあえず、翠さんの方を見ないようにしながら、声をかけてみるが、全く起きる様子がない。

 

「ちゃんと揺すらないと翠姉さまは起きないよ。本当に一回寝たら、戦が起きたってなかなか起きないんだから」

 

「いや、だけど――」

 

「お兄様、早くしないと私の殺戮衝動が臨界点を突破しますよ?」

 

 何を笑顔で怖いことを言ってんの、この娘は? 殺戮衝動って何? お前、そんなものを心に抱えてんの? 間違いが起こる前に、お父さんに相談しなさい。

 

 とりあえず、寝台に近づいて翠さんの顔を覗き込む。

 

 どんな楽しい夢を見ているのか、むにゃむにゃと緩めている口元から少しだけ涎が垂れている。普段は後ろで纏めている栗色の髪も、今は解かれて背中に広がっている。こうしてまじまじと眺めていると、やっぱり翠さんも綺麗だよな。

 

「それっ」

 

「えいっ」

 

「翠さん、起きて――って、なっ!?」

 

 俺が翠さんを起こそうとした瞬間、狙い澄ましたように後ろの二人が俺の背中を強く押した。その結果、俺は翠さんを上から覆いかぶさるようになってしまった。

 

「……ん……ふにゅ……んあ?」

 

 その衝撃で起きてしまったのだろうか、翠さんは眠そうな瞳を瞬きさせると、俺の顔が目の前にあることに気付いて、唖然とした表情を浮かべた。

 

 あ、翠さんって睫毛が意外と長いんだな。

 

「★■※@▼●∀っ!?」

 

 勿論、驚いた翠さんの強烈な右アッパーが俺の顎にクリティカルヒットして、寝台の横で車に轢かれた蛙のように不様に倒れることになったのは言うまでもないだろう。

 

 

「痛ぅ……」

 

 俺は翠さんの部屋の外で、未だに痛む顎を摩りながら、腫れていないか確かめていた。そうなっていた場合、何があったのか紫苑さんに心配されるのだろうが、まさか寝起きの翠さんに、襲われると勘違いされて殴られました――なんて言えるはずもない。

 

 翠さんに怒鳴られて部屋から追い出された俺は、現在正座で翠さんが身支度を整えるのを待っている。いや、あれは不可抗力ではあったのだけれど、確かにどちらが悪いと言われると俺になるのだから、仕方がないことだ。

 

「御主人様、終わったよ。中に入ってきて」

 

 部屋の中から翠さんの声がしたので――どうして、これから遠乗りに出かけるのにもう一度部屋に入るのかは疑問に思ったが、中に入れと言われた以上、今の俺にはそれに従わなければならないだろう。

 

「入りますよ」

 

「ま、待てっ! まだ――」

 

 部屋に再び足を踏み入れた俺の目に映ったのは、身支度の終わった翠さんではなく、ほとんど全裸状態に等しい彼女のあられもない姿だった。見事に引き締まった身体――しかし、女性らしい細いラインのくびれに加えて、大きな胸。それが俺の目を釘つけにした。

 

 そして、彼女が必死でそれを隠そうとしているのを、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら止めている、蒲公英と向日葵が横にいた。

 

「★■※@▼●∀っ!?」

 

「ごめんなさいっ!!」

 

 俺はすぐに扉を閉めて部屋の外に逃げた。

 

 俺は頭を抱えて蹲ってしまった。脳裏には翠さんの裸体が浮かんでおり、ついうっかり俺の記憶のハードディスクに焼き付けてしまった。当分の間は消去されることはないだろう。

 

「うわぁ……思いっきり見ちゃった。これは……さすがに殺されるか?」

 

 そして、しばらくしてから扉が開いて中から人が出てきた。

 

「申し訳ありませんっ!!」

 

 すぐにその人に向かって土下座で謝罪する俺。さっき一発殴られているが、骨が一本以上折れることは覚悟しているつもりだ。

 

「許さない」

 

「そこを何とかっ!」

 

「じゃあ、あたしの足を舐めろ」

 

「え?」

 

「聞こえなかったのか? この寝起きの足を犬のようにべろべろと舐めろと言ったんだ」

 

「分かった――って、何度も騙されるかっ!」

 

「あ痛っ」

 

 俺はその翠さんの声をした持ち主――正確には翠さんの声を真似た向日葵の足をつねってやった。さらにそれだけでは俺の怒りが収まらなかったので、立ち上がって向日葵の頭を上から押し潰す。

 

「あうあう……、お兄様、痛いですよ。それ以上、向日葵が小さくなって幼女属性が強くなってしまったら、さすがのお兄様でも我慢できなくなってしまいますよ? だから、いいです。もっとやってください。痛いのは好きです」

 

「お前は……本当に……」

 

 こんな状況でも馬鹿な発言をする向日葵に、俺は怒りを通り越して呆れてしまった。ぽんぽんと軽く頭を叩いて、溜息を吐く。

 

「ふふふ……、誰も二週連続で同じボケをするとは露にも思っていないでしょうね。知っていますよ、これを天の国では天丼って言うんですよね?」

 

「俺はそんなことを教えたつもりはないけどな。だが、これ以上追及はしないぞ。何故かそれを訊いたらとんでもない目に遭いそうな気がする」

 

 どんだけフリーダム幼女なんだよ、お前は。さすがに好き放題ばっかりやっていると、その内手痛い目に遭うぞ。

 

「はぁ……。お前のせいで翠さんに嫌われたかもしれないだろ?」

 

「それは大丈夫ですよ」

 

「どうして?」

 

「だって、翠様はお兄様に生まれたままの姿を見られてしまった羞恥で、怒りなんて湧き上がる暇もないですから」

 

「それは結果論だろうが。これから物凄く気不味い雰囲気になるのは変わらないぞ」

 

「まぁまぁ、お兄様、翠様の美しいお姿を見られたのですから、寧ろ、私を誉めてもいいんですよ?」

 

「誰が誉めるかっ」

 

「じゃあ、口汚く罵って下さい」

 

「…………」

 

 向日葵とそんな馬鹿な会話をしていると、部屋から身支度の終えた翠さんが現れた。俺をじと目で睨むと、ふんっとそっぽを向いて一人ですたすた歩いて行ってしまった。

 

「ほら見ろ」

 

「えへへっ」

 

「笑って誤魔化すなっ!」

 

 俺はとりあえず翠さんに謝るために、足早に彼女に向かったが、俺が追いついてきたことに気付いた翠さんは、更に歩みを速めた。俺もスピードを上げて彼女を追うが、翠さんは更にその上を行く。厩まで俺たちはいつの間にかほとんど全力疾走することになってしまったのだ。

 

翠視点

 

 あーっ! もうっ! 一体何なんだよっ! 

 

 確かにあたしが皆を遠乗りに誘ったことをすっかり忘れていたとはいえ、あいつまで連れて起こしに来ることないじゃないか。しかも、目覚めてみればあいつの顔が間近に迫って、もう少しで唇が……。★■※@▼●∀っ!?

 

 そして、何よりも許せないのは向日葵だ。あたしが着替えようと服を脱いだ途端に、あたしの声を真似てあいつを部屋に入れやがって。おかげで、あああ、あたしの裸が……。★■※@▼●∀っ!?

 

 もうーっ! どうしてこうなったんだよっ! 今日はせっかく久しぶりに遠乗りに出かけられるから楽しみにしていたのにっ!

 

「あ、あの……翠さん?」

 

「何だよっ!」

 

「い、いや……怒ってます?」

 

「別にっ!」

 

 北郷――御主人様に顔を見られたくなくて、厩まで走ることになったんだけど、結局その後に来る蒲公英と向日葵を待たなくてはいけないから、御主人様と二人きりになってしまった。恥ずかしくてまともに顔も見れないよぅ。

 

「さっきは本当にごめんなさい。俺も別に悪気があったわけじゃ……」

 

「分かってるよ。向日葵の馬鹿はああやってあたしをからかうのが好きだから、別に御主人様に怒ってるわけじゃないよ」

 

「あぁ、皆さん、お待たせしました」

 

 そんなことを言っていると、渦中の向日葵が蒲公英とともに現れた。相変わらずにやにやと嫌らしい笑みを顔に浮かべている。

 

「遅いぞっ! 全くっ!」

 

「寝坊したのは翠姉さまじゃん」

 

「う、うるさいなっ! ほらっ、早く行くぞっ!」

 

「そのことなんですけど、翠様、お兄様、申し訳ありません。今日の遠乗りは私と蒲公英は遠慮させて頂きます」

 

「え? どうして?」

 

「いやー、蒲公英としたことが、今日は星姉様と街へ行くって約束していたのをすっかり忘れてたんだよねー」

 

「私も、今日はお兄様幼女独占法案を成立させるために、朱里たちと会議があるのでした」

 

「そんなこと聞いてない――」

 

「というわけで、蒲公英の分まで楽しんでねーっ!」

 

「お兄様、翠様をよろしくお願いしますっ!」

 

 向日葵と蒲公英はあたしの話を無視しながら、厩に素早く入り込んで、繋いであったあたしの愛馬――麒麟と黄鵬にそれぞれ飛び乗って、外へ駆けさせてしまった。

 

「ちょっと待てっ! その二頭を使われたら、あたしたちはどうすればいいんだよっ!」

 

「紫燕に二人で仲良く乗りなよーっ!」

 

 蒲公英が振り返りながら、満面の笑顔でそう答え、見る見るうちに二人はどこかへと駆け去ってしまった。勿論、取り残されたあたしと御主人様は唖然としたまま二人の後姿を見送ることしか出来なかった。

 

「えーと、どうしましょうか?」

 

 御主人様が恐る恐るといった感じで私に訊いた。私の頭にはからかわれた怒りを向ける矛先である向日葵が逃げてしまい、ここで何もせずに帰ろうものなら、何故かあいつに負けてしまう気がした。

 

「くそーっ! もういいよっ! あんな薄情なやつらっ! あたしたち二人だけで楽しんでやろうぜっ!」

 

「だけど、馬が……。あぁ、俺も自分の馬を取って――」

 

「もういいよ。そんなことしていたら、日が暮れちゃうから、紫燕に二人で乗ろう」

 

「……分かりました」

 

 御主人様は繋がれた紫燕を引き出すと、どうどうと宥めながら素早く乗った。そして、私のところまで来ると手をあたしに向けて伸ばした。

 

「はい、どうぞ」

 

「え?」

 

 その伸ばされた手の意味をあたしはよく分からずに、ただきょとんと見つめることしか出来なかった。

 

「どうしたんですか? 乗って下さい」

 

 それでやっと意味が分かった。御主人様の手を取って馬に乗れってことだろう。だけど、御主人様の手を握るのはやっぱり少し恥ずかしいな。だけど、このままこうしているわけにもいかないし、あたしは思い切って御主人様の手を掴んだ。

 

「よいしょっ」

 

 ぐっとあたしの身体を馬上に乗せた。御主人様の後ろではなく、前に、だ。

 

「ちょ、ちょっと、あたしが前なのかよ?」

 

「え? だって、さすがに俺では紫燕を完璧には御しきれませんからね。もしものときに振り落とされでもしたら、大変ですよ」

 

 紫燕は、あたしの持つ愛馬――残りの黄鵬と麒麟に比べても気性が荒く、西涼に住む者以外はほとんど乗せることを許さなかった。だけど、御主人様だけは何度もこいつと触れ合うことで、心を通わせることが出来たのだが、それでも少しでも粗い手綱さばきをしようものなら、すぐに臍を曲げてしまう。まぁ、こいつと心を通わせることの出来た御主人様もすごいんだけどな。

 

 だから、仕方なくあたしは御主人様の前に乗ることを承諾して、遠乗りへと向かうのだった。

 

一刀視点

 

 何故かは分からないけれど、向日葵と蒲公英が、急用が出来たということで、急遽遠乗りは翠さんと二人で行くことになった。あんなことをした後だから、かなり不味い雰囲気になるのかと思ったが、いざ馬を駆けさせると、翠さんはすぐに機嫌を直してくれた。こういう性格――言い方は悪いが単純な性根は、逆に翠さんの魅力的なところであると言えるだろう。

 

 二人が黄鵬と麒麟に乗って行ってしまったから、俺たちは残った紫燕に乗ることになったのだが、紫燕は扱いが難しく、少しでも気を抜いてしまえば、すぐに暴れてしまう。だけど、今は翠さんを乗せているのだから――もしものときにはきっと翠さんが助けてくれるだろうけれど、無様な醜態を見せたくはない。

 

 まぁ紫燕の扱いに苦労するのは、今の俺にとっては逆に助かっているのも事実だ。何故かというと、俺の目の前には翠さんの後姿があって、しかも手綱を操る関係で、翠さんを抱くみたいに腕を伸ばさないといけなかった。かなり密着しているので、俺の心臓の鼓動が彼女に伝わっていないか非常に心配だ。

 

 二人で紫燕をしばらくの間草原を駆けさせた。今日は遠乗りにはぴったりの天候だった。曇り空の多い益州では珍しいくらいに晴れ渡った空から、ぎらぎらと太陽が照りつけ、少し暑いくらいの気温だから、馬上で感じる風が非常に心地良い。

 

 翠さんもきっと同じことを考えているのだろう。手で日差しを遮りながらも、目を細めて肌に吹きつける風に気持ちよさそうにしている。

 

 そうした後に、俺たちは近くの小川で休憩をすることにした。丁度昼時だったから、翠さんの提案で、川で魚でも捕まえて食べようということになったのだ。

 

「そりゃっ! うりゃっ!」

 

 翠さんは愛槍である銀閃で器用に魚を何尾も捕まえていた。俺はというと、彼女みたいに魚を捕らえることが出来ないから、薪を拾って、焚き火をする準備をした。

 

「んー、良い匂い」

 

 翠さんが捕まえた魚を串刺しにして焼くと、すぐに香ばしい匂いがしてきた。馬に乗るのは非常に体力も使うものだから、俺もいつの間にか結構空腹になっていたようで、今にも腹の虫が鳴きそうだった。

 

「よし、食べましょう」

 

「あぁっ」

 

 二人で焼き魚に食い付く。やっぱり焼き魚は焼きたてに限る。たっぷり肉のついた身を皮ごと噛みつくと、中からほんのりと油が滴って口に広がる。いくら食べても食べ飽きることがなく、結構な数を捕まえたというのに、どんどん数が減っていった。

 

「ん……?」

 

 そのときであった。近くの茂みがガサガサと音を立てた。翠さんがそれに素早く反応して、銀閃を手繰り寄せると、音がする茂みを警戒するようにじっと凝視した。

 

 そして、茂みから黒い影が飛び出て来た。

 

「北郷、下がれっ!」

 

 翠さんが俺を庇うように前に立つと、その影と対峙したのだけれど、俺はその翠さんを手で制した。

 

「ぐるるるるっ!」

 

 俺たちの前に現れたのは野犬だった。少し薄汚れた毛並みをした大型犬で、その口からは鋭い犬歯が覗いて見え、唾液を垂らしながら喉を鳴らしている。今すぐにも俺たちを襲おうといった構えだった。

 

「危ないだろっ!」

 

「大丈夫ですよ」

 

 翠さんが俺の身を案じてくれているのは非常に嬉しいが、ここは俺に任せて欲しかった。俺は火の側に突き刺さっている魚を一尾取ると、それを犬の前に差し出した。

 

「がうっ!」

 

「ぐっ」

 

「……あっ」

 

 犬は魚ではなく、それを持つ俺の腕に噛みついた。激しい痛みが腕に走るが、俺は魚を落とすことなく、ゆっくりと犬の頭を撫でた。後ろでは心配そうな瞳で、翠さんが俺たちを見守っている。

 

「大丈夫。もう怖くないぞ」

 

 何度も犬の頭を撫でてやる。すると、あれだけこちらに敵意を向けていた犬は、少しずつ顎の力を抜いて、俺の腕から口を離すと、今度はそこを舐め始めた。

 

「よしよし」

 

「くぅーん」

 

「ほら、腹減っているだろう? これ食べろよ」

 

「わんわんっ!」

 

 犬はしっぽをぱたぱた振りながら、俺の差し出した魚を貪った。あっという間に食べ終えてしまい、俺の周りを吠えながら回り出す。

 

 まぁおそらくは焼き魚の匂いにつられたのだろうが、こういう野犬は俺たちのことを逆に怖がっているんだ。だからこそ、敵意を剥き出しにする。ならば、俺たちが敵ではなく味方であると思わせてしまえば良いだけの話だ。

 

 動物好きの俺としては、仮に自分の身を守るためとはいえ、このような動物をすぐに殺すことはしたくない。俺はその犬を従えて、翠さんの許に戻った。ふぅ、噛まれたのは少し痛かったけど、翠さんも犬も傷つかずに済んで良か――。

 

「馬鹿野郎っ!」

 

「……っ!」

 

 翠さんからまた怒鳴られた。しかも、今度は結構な怒り具合のようだ。果たして俺は何か悪い事でもしたのだろうか? まさか、翠さんが最初からこの犬を食べる目的だったとは思わないけれど、俺は翠さんの怒りの理由が分からなかった。

 

翠視点

 

 御主人様と一緒に魚を食べているときに、茂みに何かの気配を感じて、いつでも対応出来るように身構えた。すると、茂みから現れたのは野犬だった。獰猛そうな牙があり、犬とはいえ、御主人様を守るために前に立ったけど、何故か御主人様は魚を手に、その野犬に近づいた。

 

「危ないだろっ!」

 

「大丈夫ですよ」

 

 あたしの制止の声も聞かずに、御主人様は犬に魚を差し出した。

 

「がうっ!」

 

「ぐっ」

 

「……あっ」

 

 無理矢理止める暇もなく、野犬が御主人様の腕に噛みつき、御主人様は痛そうに顔を歪めた。あたしも思わず声を漏らしてしまったが、御主人様はそれでも犬から離れず、それどころか、その頭を優しく撫で始めた。

 

「よしよし」

 

 御主人様だって思い切り噛みつかれたのだから、痛くて堪らないはずだ。しかも、あいつは元から精神的な苦痛に強くても、肉体的な苦痛には慣れていないのだから、今だって無理しているはずなのに。

 

 何度も何度も犬の頭を撫でる御主人様は微笑んでいた。本当に優しそうな、温かい微笑みを湛えている。それはいつもあたしたちに向けられるものとは、少しだけ違っていた。やっぱり動物相手からなのかな。

 

 その微笑みを見た瞬間、心臓が一際大きな音を奏でた。まるであたしの意志に反するように――いや、それはあたしの思い込みかもしれないけど、まるで何かを急き立てるようにドックンドックンと大きな音を鳴らした。

 

 ――何? このもやもやした感覚……?

 

 どこか体調でも悪いのか、風邪でも引いたのか? 顔が何故か熱くなっていた。それなのに、御主人様の微笑みからは目を離すことが出来なかった。

 

「くぅーん」

 

「ほら、腹減っているだろう? これ食べろよ」

 

「わんわんっ!」

 

 そして、犬も御主人様に懐いたようで、尻尾を振りながら御主人様から受け取った左官をぺろりと平らげると、その周りを嬉しそうに回っていた。

 

「馬鹿野郎っ!」

 

「……っ!」

 

 戻ってきた御主人様に向かって怒鳴っていた。

 

「どうして、あんな無茶なことしたんだよっ! もしかしたら、その犬に襲われて大怪我してたかもしれないだろっ! なのに……なのに……」

 

 御主人様が酷い怪我をしなくて済んだ安心感と、その御主人様を守れなかった自分の不甲斐なさと、そんな馬鹿な真似をした御主人様への怒りが、胸の中で渦を巻いて、あたしを締め付けていた。

 

 だから、別に悲しくも、悔しくも、苦しくもないのに、目から涙が溢れていた。

 

「馬鹿っ! 馬鹿っ!」

 

 御主人様の胸を叩きながら、その鬱憤を晴らしていると、御主人様がさっきみたいに微笑んで、懐から出した布で、あたしの涙を拭ってくれた。きっと酷い顔をしているから、そんなに凝視してもらいたくないのに、何故か抵抗出来なくて、御主人様の為すがままにしていた。

 

「ごめんなさい」

 

「もういいよ。それよりも、ほら腕見せろよ……。あぁ、もう血が出てるじゃないか」

 

「大丈夫ですよ、このくらい」

 

「大丈夫なわけないだろう。ほら、川で洗おう」

 

 問題ないと言い募る御主人様を力づくで川まで引っ張り、傷口を洗ってやった。どうやら本当に大したことないみたいだけど、念のため布でそこをきつく縛ってあげた。

 

「あたしの方こそ……ごめん」

 

「何がです?」

 

「怒鳴ったことと、それから咄嗟に北郷って言って」

 

「あぁ、そんなこと気にしませんよ。確かに俺が無茶でしたし、それに今みたいに二人きりのときなら、前みたいに呼んでもいいですよ?」

 

「そ、そんなこと……。だったら、北郷の方こそ、あたしのことをいい加減に呼び捨てで呼んでくれよ。家臣であるあたしにさん付けはおかしいだろ?」

 

「そうですか? 紫苑さんとか桔梗さんとかはそうですけど……」

 

「あの二人は別だろう。それに、丁寧な言葉遣いも無用だ。あたしはもうお前よりも偉くないんだからな」

 

「そっか。分かったよ、翠」

 

「……うん」

 

 自分から呼び捨てで呼べって言ったのに、いざ実際に呼ばれてみると、何だかとても恥ずかしかった。考えてみれば、幼い頃に亡くした父親以外の男性に呼び捨てで真名を呼ばれるのは初めてで――それに気付いた瞬間、また顔が熱くなってしまった。

 

「あ、でも、さっき俺を心配して泣いてくれた翠の顔、可愛かったよ」

 

「★■※@▼●∀っ!?」

 

 もうっ! なんで、こいつはこういうときに、そんなことを言うんだよっ!

 

 

 その後、その犬については恋に預けることにするということで、紫燕に乗って永安まで戻った。そこで紫燕を従者に預けると、そのまま恋が他の動物たちを養っている屋敷まで向かった。

 

 恋は現在江陵にいるから、動物たちの世話は女官がしていた。御主人様が一匹くらい増えても恋は気にしないし、逆に喜んでくれるだろうということで、屋敷の中に犬を放してやった。

 

 すると、屋敷の奥から犬やら猫やら続々と集まって、最初は警戒し合うようにしていたが、すぐに仲間と認めたのか、馴染んだようであった。

 

「おお、赤兎、久しぶりだな。元気だったか? お前の主はもう少しで戻ってくるからな」

 

 御主人様は恋が最初から連れていた愛犬に話しかけると、赤兎も嬉しそうに御主人様の頬を舐めた。御主人様も本当に動物が好きなようで、舐められるままにしていると、他の動物たちも御主人様の周りに群がってきた。

 

「おいおい、くすぐったいよ」

 

 なんて文句を言っているが、御主人様の顔は蕩けきっていた。一匹一匹優しく撫で上げたり、抱き上げたりしながら可愛がって上げている。あたしも近づいてきた猫の喉を優しく撫でる。

 

「ふふ……、可愛いな」

 

「翠も動物が好きなのか?」

 

「好きだよ。一番はやっぱり馬だけど、こういうちっこいのも悪くない」

 

「そうか……」

 

 御主人様は何かを思いついたように、立ち上がると、そのまま恋の屋敷の中へと入っていった。

 

「すいません、恋さん、お邪魔しますよ」

 

 今はいない主に一言わびると、そのまま広い部屋に入っていった。

 

 そこは動物たち専用の部屋なのだろうか、中にはもっとたくさんの動物たちがいた。皆、御主人様が入ってくるのに気付くと、嬉しそうに近づいてきた。

 

「よしよし、今日もお願いしていいか?」

 

 御主人様の言葉を理解しているのか、みんながそれぞれ鳴き声を発した。そういえば、あれだけ気性の荒い紫燕とも心を通わせられたのだから、きっと御主人様は動物に好かれる性質なんだろう。

 

「ふわぁ……」

 

 御主人様は眠そうに欠伸をすると、部屋の中でそのまま横になろうとした。すると、毛ダルマみたいなむくむくっとした一匹の大きな犬が、まるで御主人様の枕代わりになるかのように、頭の下に身を沈ませた。

 

 その一匹を筆頭に、次々と気持ちよさそうな毛を持つ動物たちが御主人様の身体を囲んでいく。御主人様は少しだけそれがこそばゆいのか、身をよじらせていたが、すぐに身体を落ち着かせた。

 

「ほら、翠も来いよ。少し今日は疲れて眠いんだ。そういうときはこうして、こいつらと一緒に寝るんだけど、寝心地は最高だよ?」

 

「え? だけど――」

 

 来いって言われても、それだけ動物たちに囲まれているのに、どこに行けと言うんだよ――と、思っていると、一匹の犬があたしの服に軽く噛みついて、こっちに来いと言わんばかりに引っ張った。

 

「あ、こら、そんなに引っ張るな。破れちゃうだろっ」

 

 そいつについていくと、御主人様の前まで連れて来られ、動物たちに囲まれているが、一カ所だけ空いている――御主人様の胸のところに向かって吠えた。

 

「え、そこで寝ろって? い、いやそんなの無理だよっ!」

 

 御主人様の胸の上で寝るなんて、逆に恥ずかし過ぎて眠れないよ。だけど、そいつは意地でもそこで寝て欲しいのか、何度もあたしの服に噛みついてくる。

 

「す、少しだけ……。本当にちょっとだからな……」

 

 そう言うと、嬉しそうに吠えた。

 

「じゃあ、御主人様、し、失礼……します」

 

 断わりを入れてから御主人様の胸板の上に身を横たえた。すると、他の犬があたしの周りにも群がってきて、少しの間だけそうしていようと思っていたのに、いつの間にか脱出不能な状態に追い込まれていた。

 

 御主人様は相当疲れていたのか、それともこの犬たちの感触が気持ちいいのか、既に安らかな寝息を立てている。

 

「あ、寝顔、ちょっとだけ可愛いかも」

 

 普段から表情をころころ変えて、自分の感情を表に出しやすい御主人様ではあったけど、寝顔をこうしてじっくり見るのは初めてだった。まだ少年のように、あどけなく、無防備なその表情に、あたしも思わず微笑んでしまった。

 

「意外と筋肉質なんだな。それに……」

 

 くんくんと鼻を鳴らすと、御主人様の匂いがした。今日は紫燕に乗って遠乗りに行ったから、体力も使ったようで、少しだけ汗のにおいもした。

 

「くんくん……、でもちょっと良い匂い……」

 

「……んん……、翠」

 

「ひゃっ!? いや、別にお前の匂いなんて――」

 

「それは肉じゃなくて蒲公英と向日葵の頭だぞ?」

 

「…………」

 

 何だ、寝言かよ? それにどんな夢を見たら、あたしが肉と、蒲公英と向日葵の頭を間違えるんだよ。少しだけむっとしたから、御主人様の鼻をつねってやると、痛そうに顔を歪めるが、一向に起きる気配はない。

 

「あはは……。あ、なんだかあたしも眠くなってきたな」

 

 そんな悪戯をしていると、自然と眠気が襲ってきて、瞼が重くなってきた。

 

「あたしも寝よう。今日は付き合ってくれてありがとう。おやすみ、御主人様」

 

 あたしは御主人様にお礼を言って、眠りに落ちたのだ。

 

あとがき

 

 第六十八話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 さて、今回は翠の拠点です。

 

 この話を作る前に、久しぶりに原作をプレイし、翠の拠点を見ていたのですが、やっぱり翠は可愛いですね。深夜に翠の可愛さに一人で悶えていました。はい、気持ち悪いですね。

 

 今回の話は、まずは序盤で向日葵と蒲公英の揺らぐことのない悪戯から始まります。本当はそのパートをぱっぱと終えて、翠との絡みに繋げようと思ったのですが、やっぱり向日葵が勝手に動いてしまいました。

 

 おかげで前半パートが少し伸びてしまい、気付いたら結構な文量に。普段は一万弱くらいの文量で、拠点はもっと少ないのですが、今回は普通に一万字を超えていました。

 

 この幼女にも困ったものです。

 

 さてさて、続きまして、翠との絡みに。少し前に女友達から動物と戯れる男にきゅんとしたという話を聞いて、この話を作りました。所謂ナウシカパターンですね。王道、だがそれ故に書きやすいです。

 

 翠は以前、母親である翡翠さんから北郷の嫁にでもなれと言われていますので、彼を少しだけ意識していたのですが、今回の件でそれが急接近。まだ自分の気持ちに気付いていませんが、違和感があることには気付くこと出来ました。

 

 さてさてさて、次回からも拠点は続きます。

 

 今のところは、次は麗羽様を書こうと思っていますが、彼女は彼女でいろいろと大変そうです。その後は、キャラの日常を描くか、また、拠点で書いて欲しいキャラがいれば、それを採用しようと思います。ご希望のキャラがいれば、コメント欄にて残して下さい。

 

 全ては無理だと思います。作者が書けるかなって思ったキャラを勝手に判断しますので、採用されなくても不平不満は控えるようにして頂けると幸いです。

 

 それでは今回はここら辺で筆を置かせて頂きます。

相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 


 
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