月があの日のように輝いている。
ぼんやりとそれを眺める。悪い気分ではない。
「しかしまあ、毎度賑やかなもんじゃな」
後ろを振り返れば酒宴の名残が広がっていた。
あちらこちらに酒瓶や皿が散乱し、その間間に見慣れた顔たちが疲れ果てて寝ているのが見えたが、それを眺める月詠にはその経緯が分からない。
「はて、何があったやら」
やれ祭りだ、やれ酒宴だと周囲のものが騒いでいたのは覚えている。それなら楽しむ方が良かろうと思って杯を取った際、誰かが飲むなと言っていたような気はするが、その後を覚えてはいない。
月詠としては自分がその元凶などとは露ほども思っていない。
「ったく、てめえが酒飲むとロクなモンじゃねえ」
背後から声がし、そちらへ振り返ると不景気な顔をした銀時が立っていた。
「銀時、起きたのか」
「一人、元気だな、コノヤロー」
恨みがましい口調かつぞんざいな物言いに月詠は棘を感じ取り、ムッとして問うた。
「何じゃ、その言い様は。まさかわっちがやったとでも言う気か?」
「こんな真似できるの、てめえ以外にいるかよ」
月詠が見回せば、月光に照らされたものたちの有り様がよく分かったものの、月詠の記憶には欠片も残ってはいない。
「はて、とんと記憶にないが」
「随分、便利な記憶だな」
「覚えてないものは覚えてないのだから仕方ありんせん?」
「それで全部、毎度毎度済まそうというてめえが凄えよ」
ほんの少し小首を傾げ、月詠はそう答える。
「事実覚えてないのじゃが?」
月詠としては当然ありのまま話しているのだが、被害に遭った方はそうはいかない。とはいえ、銀時も毎度のこと故慣れてはいる。なのでこれまた無駄とは思うが、いつもの言葉を吐くことにする。
「取り敢えずてめえは酒を飲むな、頼むから」
「飲もうと思って飲んだことはないぞ。だが、善処しよう。尤も吉原にいては難しいがの」
善処で済むならこの問題はとっくに片付いているだろうが、生憎何も変わらないのはこの場が示しているとおりだ。
「全力で頼むから止めろ」
それがお互いのためってもんである。何とかに刃物とは言うが、月詠に酒は下手な武器を与えるより始末が悪い、悪すぎてまさに質が悪い。
「まあ、まだ夜も長い。銀時、ぬしだけでも飲みなんし」
「あー、もういい、酒はいい。俺は水でいいぞ、水で」
「何もわっちに遠慮せんでも」
「してねえから、むしろ自分の身を守るためだから気にすんな」
「腹の立つ言い回しじゃな」
「事実を認めろってんだよ」
そこまで言われても覚えてないものは知らないとしか言えないが、まあ、銀時が言うのならそうなのかもしれないと思い直してみる。が、認めるのも癪なので話題を変えるとする。
「……月が綺麗じゃな」
銀時もそれ以上言うのもアホらしいと思ったのが、月詠が見たものへと視線を移す。確かに空に浮かぶ満月は美しいと言えるシロモノではあった。
「んー、まあ、確かに綺麗っちゃあ、綺麗だな」
素直に勝算は出来ぬ性分という奴だが、当然月詠にして見れば面白いはずもない。
「まったく、ぬしは風流というものがないやの」
「風流で腹は脹れねえんでね」
「そう言う問題か?」
「万屋さんはそーゆー問題なの」
あっさりと言い切る銀時に月詠も呆れ果てる。確かに余裕のない暮らしぶりを見ることはあるので銀時の物言いも分からないでもないのだが、こんなときくらいは忘れても良さげだと月詠は思う。
「どうにも世知辛い奴じゃな」
月詠はため息を付きながら、水に入れ替えたとっくりを銀時の杯へと注ぐ。その様を横目で見つめつつ、
「……まあ、月といやあ、お前の名前だな」
唐突な言葉に驚きながら、その真の意味を月詠は手繰ろうとするが、己に都合よい答えしか浮かんでは来なかった。
「わっちは残念じゃが、あれほど綺麗ではないな」
「そーでもないさ」
思わず月詠は銀時の方へと振り返ると、銀時が自分の方を見ていたことに気が付いた。それも随分月詠の傍に彼の顔はあった。
「照れるぞ」
「照れてりゃいいだろ」
「ぬし、嫌につっかかるな」
「あのな、人が褒めてるときくれえ、温和しく受け入れてろや」
「い、いや、まあ、それは有り難いのじゃが」
普段は褒めことばのほの字すら出てこない相手に言われれば戸惑うのは至極当然ではある。それでも相手には揶揄する口調は一切なく、少なくとも月詠を揶揄うために言ったのではないことだけは理解した。
「普段からそのくらい殊勝な態度なら可愛げあるんだが」
「ぬしに言われては世話ないわ。だいたい……」
「あー、少し黙ってろ」
もう何も言うなとばかりに銀時の手が月詠の肩を抱き、そのまま己の方に引き寄せた。
「な、な、な!」
酔い潰れている集団とは言え、部屋には他の連中がいる。それはつまりいつこの状態を見られるか分からないと言うことで有り、月詠は何とか言葉を紡ごうとするが、言葉は空になり、何ともならない。そんな月詠の必死な態度を見ながら、銀時は軽く頭を掻いてから更なる行動に出た。
「だーかーら、ちょっと黙ってろ」
そう言うと銀時はあっという間に月詠の唇を己のもので塞ぎ、そのまま強く腕の中に捕らえる。最初は触れるだけの優しい口づけを、だが、それは束の間で直ぐさま熱いものへと変化していく。
銀時は熱を帯びた己の舌を月詠の唇へと忍ばせ、彼女の舌へと絡ませた。月詠もそれに逆らうこともなく、むしろ積極的に求めるように銀時の着物の裾を握り締めて自分を支え、我を忘れて彼に身を任せた。
まるで互いの熱で溶けるかのような長い、長い口づけは月光の下で永遠に続くとさえ思える長い時間を費やしていく。
どれだけの時間を要したか、そんなことは野暮というものか。
果たして銀時が月詠を月光の口づけから解放してやると、月詠の躰は一気に崩れ落ちそうになっていた。
「おら、今日はこのくらいで許してやらあよ」
自分の力だけでは既に立てなくなっている月詠を自分の腕の中に閉じこめたまま、彼女を支えながら意地悪く笑う。相手がそうなるのを分かっていてやってるのだから当たり前なのだが、そんなことはおくびにも出さない。
「こ、こ、こ、これ以上何をするつもりだっっ……!」
別に彼に何をされるのが嫌というのはないが、この状態ではいつ誰が目を覚ますか分からないから困るだけだ。尤もそんなことを口に出して言えるものでは無いし、言えば余計に相手がどう出るかなど知っていた。
全身を朱に染めながら懸命に抗議してくる月詠を優しい目で見つめながら、
「さてな」
銀時は水の杯を飲み干す。中身は酒でもないというのにほどなく甘く感じるのは気のせいか。
「なあ」
月詠を自分の胸に抱き寄せ、彼女の耳に届くだけの低い声で呟いた。
「俺はよ、仲間を、お前を護れる腕は欲しいな、誰ももう失いたくねえからよ」
その言葉の重みを月詠は彼に寄りかかることで受け止める。誰しも失いたくないと思うだけで失ったものは沢山ある。銀時にしても月詠にしても苦い思い出は胸に突き刺さることはしばしばある。だからこれ以上は失いたくないという銀時の気持ちは月詠には痛いほど分かっていた。
「ぬしなら出来る」
同情も建前も入らない、ただの本当を告げ、月詠は銀時に寄り添うた。
「だといい」
銀時もただそれだけを答え、暫し無言の空間があたりを支配した。やがてどちらからともなく互いの顔を見合わせ、短く言葉を交わす。
「わっちは……そうじゃな、この先もずっとぬしとおるさ」
「ああ、そうしてくれ」
素っ気ない言葉の中にある温かみに何とも言いようのない心地よさがあった。
そうして、そのまま二人は吸い寄せられるようにして互いの唇を寄せ合い、何度も何度も行為を繰り返す。もっと互いの体温を感じるために指を絡ませ、その身を更に寄せていく。
月は眩しいほど輝き、二人だけの時間を照らしゆく。
今はただそれでいい。傍にいられる、この瞬間が愛おしい。
この先に何が待ち構えていようともこのときがあればきっと乗り越えてゆけると月詠は銀時の手にそっと口づける。
明日になればまたいつもどおりの日々になる、けれど同じ日はなく、何かが少しずつ変わっていく。その中で過ごしていく中、大切なものがあるのならそれを護っていきたい。
ただ、今はそう思う。
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銀魂 銀時×月詠 銀月SSでございます。
宴の後、満月照らす中、二人は……というお話で御座います。