No.335497

そらのおとしもの 微笑みの天使

tkさん

『そらのおとしもの』の二次創作になります。
 今回のテーマ:苦手なシリアス展開に挑戦。その中で物悲しさとそれを噛みしめて生きる希望を伝える事を目標にする。

2011-11-16 23:20:14 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:941   閲覧ユーザー数:921

 狭い密室にけたたましく鳴り響く警報音。

 無秩序に並べられた情報機器はどれも寄せ集めの古物だが、ニンフに改造しつくされたそれらは最新鋭機器を上回る。

 備え付けのレッドランプは絶えまなく明滅しニンフの顔を照らしていた。

「もういいわ! 逃げなさいデルタ!」

 必死の形相で叫ぶニンフに対し、スピーカーから返って来た返事は落ち着いたものだった。

『…駄目ですよ。私がここで食い止めないと間に合わないじゃないですか』

 アストレアの言っている事は事実だ。だからこそ彼女は一人で『敵』と対峙しているのだから。

 だが、彼女の挑戦はあまりに無謀すぎた。ニンフのハッキングによる援護が功をそうする前に決着がつこうとしている。

『………ニンフ先輩、後の事はお願いします』

「っ! 待ちなさいデル―」

 ニンフの言葉は最後まで続かなかった。大きな雑音と共に通信が途切れてしまったからだ。

 それの意味する所をニンフは理解している。嫌なくらいに理解してしまっている。

「………アンタ、最後まで本当にバカよ。そんな事して、喜ぶ奴なんていやしないのよ」

 静かに席を立ったニンフは、その室から出て空を仰いだ。

 そこにアストレアはいない。彼女はここから遠い空で最期を遂げた。ニンフはそれだけを胸に刻んだ。

「…スガタ。デルタの替わりに私が出るわ。ソハラの方は?」

『もう少し時間が必要だ。だが…』

 耳に手を当て、別の場所と連絡を取る。

 さっきまでの部屋はもともとハッキングでアストレアを援護する為に用意した電子の要塞である。

 アストレアがいない今、『敵』はまっすぐにこちらに向かってくるだろう。ハッキングなど悠長な手段は無意味だ。

 

 否。元からこの『敵』にハッキングなど無意味だったのだ。

 ニンフはそれを数分前のハッキングを通して悟っていた。

 

「それでも戦えるのは私しかいないわ。私が倒れたら後の事はお願い」

 守形からの返事を待たずに通信を打ち切る。ニンフの心はすでにこれから交戦するであろう『敵』にあった。

 ふわりと空へ飛び立つニンフの視界に『敵』が映った。彼女の予想通り、『敵』は迷わずにニンフを倒すべく向かっていたのだ。

「ある意味羨ましいわ。アンタが」

 ニンフは諦観と嫉妬を込めて『敵』に呟く。

 

 

「さあ始めましょう、アルファー。無駄かもしれないけど、精一杯足掻かせてもらうわ」

 ニンフが睨みつける『敵』。

 エンジェロイドタイプα、イカロスは無言のまま顔に微笑みを貼り付けていた。

 

 

 

 

 微笑みの天使

 

 

 

 

 

 

 

 発端は数年前にある少年が病魔に倒れた事だった。

 

 誰にも気づかれぬまま少年の体を侵し、ある日牙をむいた病魔は、現代医学はもとよりシナプスの超科学ですら嘲笑するかのように少年を蝕んだ。

 日に日に、歳を追うごとに衰えて行く少年。彼は気丈にも病魔と自分の運命を受け入れていった。受け入れざるを得なかった。

 ただ、そんな少年にも一つだけ心をうずかせる事があった。

 彼を慕ってくれた少女達の事である。

 

 少年は決して朴念仁ではなかった。

 年相応の感受性と共に、少女達が自分へ寄せる恋慕に気付いていた。

 彼は気付かないフリをしていた。彼女達の中の誰かを選べば、それは選ばなかった他の少女を傷つける事になる。

 そう考えた彼は朴念仁を装う事で少女達の非難を自分のみに向けさせようとしていた。

 一人の少女と深い愛を育むには、少年はまだ幼かったのだろう。

 

 だが病魔に侵され余命いくばくもない今となっては、少年に選択肢など無い。未来なき彼に少女達を幸せに出来るハズもない。

 それと同時に、少女達の時間も無くなった。

 今までは少年が自分を選んでくれる事を信じて邁進してきた。だがその時間はもう雀の涙ほども無い。

 少年の病魔を癒す術が尽きた少女達は、自分の想いを少年に伝えた。せめて最期に彼との時間を恋人として掛け替えの無い時間にしたかった。

 だが、少年はそれを全て断った。

 少女達の告白が嫌だったわけではない。その想いに涙しそうになるほど嬉しかった。

 だからこそ、少年は彼女達と深い仲になれなかった。近いうちに世を去る自分とそうなれば、別れが耐えがたいものになると考えたのだ。

 おそらくそれは事実だったのだろう。

 想いをはねのけられた少女達は最初こそ少年を恨んだが、後にその優しさに気付き涙した。そして彼と深い仲にならなかった事に無意識下で安堵した。

 

 少年は晩年を病室で過ごし、その傍らには唯一少年に告白しなかった少女が座っていた。

 その少女は何も語らず、ただ少年の側にいた。それが自分の望みであるという様に。

 少年はそれが嬉しかった。それと当時に無念でもあった。

 少女を最期まで幸せに、笑わせる事ができなかった自分を恥じた。

 それがあまりに無念だったのだろう。少年は最期に少女に頼みごとをした。

 

 

 お前には、笑顔でいて欲しい。

 

 

 彼はそう呟いた。

 少女はそれに応える為、必死に笑おうとした。そして三日三晩をかけてようやく微笑を作り上げた。

 結論からいえば、それは決して笑顔ではなかった。その本質である喜びの感情がともなっていなかった。

 そこにあったのは少年を想う彼女の感情だけ。他に何もなかった。

 少年はその微笑みを目にして―

 

 

 ―ああ、良かった。

 

 

 その言葉を最後に息を引き取った。少女はそれを微笑みのまま見送った。

 彼は果たして少女の微笑みの真相を悟っていたのか、それはだれにも分からない。

 かくして少年は世を去った。

 彼を看取った一人の少女に呪いをかけて。

 

 

 

 その少年の名は桜井智樹。少女の名をイカロスといった。

 

 

 

 

「あぐっ…!」

 イカロスからの攻勢をしのぐニンフだったが、刻一刻と追い詰められていた。

 元より戦闘能力に差があり過ぎるのだから当然である。

 イカロスは背後にウラヌス・システムを展開し、容赦なくニンフを攻め立てる。

 

 

 

 イカロスが暴走を始めたのは桜井智樹の葬儀の翌日だった。

 彼女は突如シナプスへ侵攻し、一夜にしてシナプスは崩壊。世界から姿を消した。

 無敵といわれる迎撃システム『ゼウス』も、新世代エンジェロイド『カオス』も無意味だった。

 慢心の極地にいたシナプスのマスターはゼウスの起動すらしなかった。彼はイカロスのマスターである桜井智樹の死によって、彼女がシナプスに帰ってきたのだろう程度の認識しかしていなかった。

 カオスはマスターの窮地に駆けつけたものの、戦力の半分も出せぬままイカロスに破壊された。それは性能に頼った稚拙な戦術を繰り返すカオスと、一切の手加減を捨てたイカロスの戦闘経験の差だった。もしかしたらカオスも桜井智樹の死によって情緒が乱れ、戦力が低下していたかもしれない。だがそれを論じる時間は失われて久しい。イカロスはそのように考える間をニンフ達に与えなかった。

 

 

「こんのぉっ!」

 ニンフがパラダイス・ソングで応戦しても、イカロスは顔色一つ変えない。

 否。そもそもイカロスには表情が無い。

 能面のように貼りついた微笑は、実質の無表情に等しかった。

 

 

 

 シナプスを落とした後もイカロスの暴走は止まらない。

 空見町を皮切りに全世界で散発的に破壊を繰り返していく。

 その表情は変わらず微笑のまま。かつて笑わない珍獣と呼ばれた彼女は、笑う悪魔と恐れられる様になった。

 

 

 

「はぁ、はぁ… ごめんヒヨリ、約束、果たせそうもないわ…」

 完全に追い詰められたニンフを前にしてもイカロスの表情は変わらない。

 かつての彼女ならば、片翼を失い全身傷だらけのニンフを見れば表情を曇らせただろう。

「…約束」

 微笑のままぼつりと呟いたイカロスの反応にニンフは好機とみる。

「ええそうよ。アンタを止めて欲しいってね。ヒヨリもアンタの事を気にかけてたって事」

 風音日和はもうこの世にいない。空見町が破壊し尽くされた際に兄弟を守ってイカロスの凶弾に倒れた。

 それでも最後の言葉をニンフに残していた。自分を撃ったイカロスに彼女はシンパシーを感じていたのかもしれない。もしもいくつかのボタンをかけ間違えていたなら。自分がイカロスの立場にいたのなら、同じようになっていたのだろうか、と。

「…そう」

 イカロスの表情は微笑のまま変わらず、その言葉にも感情の発露は見られない。

 しかし先ほどまでの烈火のごとき攻勢は止んだ。ニンフはこれが最後の機会だと悟った。

 イカロスを説得する最後の機会だと。

「アルファー、こんな事もう止めなさい。今のアンタをトモキが見たら悲しむわよ」

 イカロスにとって、もっとも心を動かすであろう少年の名を口にした。

 それはニンフにとっても特別な名前だった。恋慕と哀切、後悔を呼び起こす名前。

「トモキはこんな事を望まないし、今のアンタを見たら黙ってなんかいられない! あいつと最後まで一緒にいたアンタがなんで分からないのよ!」

 九分九厘の確率で失敗すると分かっていても、最後の奇跡を祈る。

 そのニンフの祈りは。

 

「………何を言っているの、ニンフ」

 

 イカロスには届かない。

 その微笑を崩さず、イカロスはニンフを見つめ返した。

「アルファー…!」

「マスターは、私に笑って欲しいって言ったわ」

 ニンフにとって、この失敗は分かっていた事だった。

 先ほどまでのイカロスへのハッキングでそれを知ってしまったのだから。

「私は、笑っている」

「…そうね。分かってる」

 イカロスを止める為に彼女の感情機能へハッキングをしたニンフは知ってしまった。

「だからマスターが悲しむ事はない。あるはず無い。分かる、ニンフ?」

「ええ、分かってたわ。アンタはもう壊れてるって事ぐらい、分かってる…!」

 

 イカロスの感情は完全に損壊していた事に。

 

「フン、トモキってば最期にアルファーを連れて行ったって訳ね。ホント、ムカつくわ」

 智樹との別離による悲しみはイカロスの乏しい感情制御を破壊しつくしていた。彼女の感情は壊れたまま、二度と戻る事はないだろう。もっと早く気がつくべきだったと、ニンフは自分の不甲斐なさを呪う。

「…違うわね。ただ気付きたくなかっただけか」

 それほどまでに深かった二人の絆に嫉妬しないように、その結論を無意識に避けていただけの事。

「もういいわ。止めでもなんでも刺しなさいよ」

「………そう。さよなら、ニンフ」

 ニンフへ超々高熱体圧縮対艦砲(ヘパイストス)の砲身を向けるイカロスに戸惑いの色は無い。

(…ごめんヒヨリ、デルタ。あんた達の頑張りを無駄にしちゃったみたい…)

 心の中で彼女達に詫び、ニンフは自分の最期を受け入れる。

 イカロスの砲身から破壊の光がニンフへと放たれる―

 

 

「駄目よニンフさんっ!」

 

 

 ―それを許さないと、二人の間に割り込む影が叫んだ。

 

 

 

 

 ニンフを庇い、イカロスの前に立ちふさがる少女。

 それは見月そはらだった。

「…ソハラ」

 …間に合ってしまった。彼女を目にしてニンフの最初の感想はそれだった。

 できれば、こんな事だけはしたくなかった。その為に自分たちがイカロスに挑んだというのに。

「…そはら、さん。それは、なんですか」

 対するイカロスも言葉に詰まる。

 その光景を見てニンフは思う。イカロスの感情は壊れてしまったが、無くなった訳ではないと。

 彼女の心は、そはらの在り方を目にして動揺しているのだと。

「イカロスさんなら分かるハズだよ。これが何なのか」

 見月そはら。彼女は以前の面影を残したまま、別のものとなっていた。

「…可変ウイング」

 ぽつりと、確認するように呟くイカロス。

「そうだよ。イカロスさんを止める為に私が選んだ力だよ」

 

 見月そはらの背にはイカロスと酷似した一対の黒い翼がある。

 それは彼女が『人』を捨てた証だった。

 

「ダイダロスさんが最期に残した物。散々迷ったけど、私は受け入れたよ。イカロスさんを止める為に」

「…そう、ですか」

 シナプスの科学者ダイダロス。イカロス達エンジェロイドの創造主である人物。

 彼女もまたシナプスの崩壊に巻き込まれ致命傷を負っていたが、最期にイカロスを止める切り札を残した。

 イカロスの持つ最大の武器である可変ウイングの核。それに対抗する為の擬似可変ウイングを守形達は託された。

 だが、それを誰に移植するかが問題だった。

 元から翼のあるエンジェロイドにそれは移植できない。拒絶反応の末に自壊するのが明白だった。

 よって移植するのは人間。笑う悪魔を止める為に『人』である事を止める事が必要だった。

「…もっと早く決めていればよかった。そうすればアストレアさんは助かったのに…!」

 そはらの顔が苦痛に歪む。そこには自分の意気地の無さに対する後悔が透けていた。

「でも、ニンフさんは! 会長達は助けてみせる!」

 そはらが漆黒の翼を広げ飛翔する。イカロスもそれに続いて大空へ舞った。

 ウラヌス・システムを展開し攻勢にでるイカロスと、同型の兵装で固めた擬似システムで対抗するそはら。

 両者の兵器の光が、陽の傾き始めた空を激しく照らしていく。

 

『ごめんね、ニンフさん』

「…謝るのはこっち。ごめん、ソハラ」

 僅かに拾える通信で二人は互いに謝罪した。

 そはらはイカロスの豹変に苦悩し、妹同然のアストレアを失ったニンフに対して。

 ニンフは遂に『人』であることを捨てさせてしまったそはらに対して。

『でも、きっとこれで良かったんだよ』

「良くないわよ! ソハラが無理して傷つく必要なんてどこにもないじゃない!」

 大粒の涙を流して叫ぶニンフ。

 せめて想い人の幼馴染だけでも守りたかった。その願いさえも守れなかった自分に嫌悪する。

『ううん、必要なんだよ。だって、トモちゃんがバカな事をした時のフォローは私の役目だもん』

「ソハラ…! アンタ知ってたの…!?」

 イカロスの感情が破綻していた事。元から説得の余地なんて無かった事。

 ニンフがついさっき悟った冷たい現実。

『うん、なんとなく。だって、あの優しいイカロスさんがこんな事続けるなんておかしいもの。きっとトモちゃんがおかしな事を吹き込んだんだろうなって』

「ええ、きっとそうよ…! あのバカトモキ…!」

『そうだね。ホント、トモちゃんってばお馬鹿なんだから』

 ニンフには通信の先でそはらが苦笑している様に感じた。桜井智樹が世を去ってから一度も笑わなかった彼女が。

「ソハラ…!」

『大丈夫、イカロスさんはちゃんと連れて行く…!』

 連戦で疲弊していたのか、それとも予想外の相手に対応できないのか、イカロスの動きが鈍った所にそはらが組み付く。彼女の背後に展開した擬似システムはアラートとカウントを始めていた。

「そはら、さん…!」

「ごめん、イカロスさん。私、不器用だから、こんな事でしか貴女を止められない…!」

 発熱し崩壊を始めるそはらの擬似システムはイカロスを破壊するのに十分なエネルギーを貯め込んでいた。

 その破滅を目の前ににして。

「…そう、ですか」

 イカロスは抵抗せず、穏やかに終わりを受け入れた。

 

 

 

「ソハラーーーーーーーーーーー!!」

 ニンフの哀切と絶望が込められた叫びと共に、イカロスとそはらが光に包まれる。

 そはらの擬似システムを暴走させた事による自爆は、空を赤く染め上げた。

 

 

 

 

 

 陽が落ちる。夕日が世界を赤く染めていく。

 人里から離れた孤島で行われた死闘は大きな傷跡を大地に残した。

 紅に染められた世界で存在するのは唯一の生き残りであるニンフと。

 

「………」

 無言のままニンフが見下ろす破壊された『モノ』。

 

「………マ、スター」

 翼と下半身を失い、今まさに機能を停止しようとしている『モノ』。

 

「あんたって、本当にしぶといわね」

 かつて笑わない珍獣と親しまれた『モノ』。

 そして笑う悪魔と世界に恐れられた『モノ』。

 

「…マス、ター。どこに、いるの、ですか…?」

 かつてイカロスと呼ばれた『モノ』。

 

「いないわ。トモキはもういない。どこにも」

「…マス、ター。どこに…」

 一人の少年を確かに愛した『モノ』。

 それは微笑みを絶やさぬまま。涙を流していた。

 

「…マ、スター。マス、ター…」

 涙ながらに、壊れた機械の様に、訴え続ける『モノ』。

「………オーケー分かった。私の負けよ、完敗だわ」

 ここにきてニンフはようやく負けを認めた。

 桜井智樹という少年を最も愛していた。誰よりも気にかけていたという自負は敗れ去った。

 イカロスという少女は自分よりもずっと少年を愛し、愛されていたのだと。

 想いを寄せた少年が世を去って約半年。ニンフはようやく失恋する事ができたのだ。

「だから、これは餞別よアルファー」

 ニンフはハッキングで朽ちていく『モノ』に幻を見せる。

 彼女が望んだ事。求めていた事。もう取り戻せない事。

 過ぎ去った日々の幻を感じたであろうそれは―

 

「―ああ、マス、ター」

 

 最期まで微笑んだまま機能を停止した。

 その微笑みが最期だけは真実のものであったと、ニンフは信じる事にした。

 

 

 

 

「ニンフ、そろそろ休んでおけ」

「…あ、ごめん。ボーっとしてた」

 守形の声に現実へ呼び戻されたニンフは曖昧な返事で返した。

「そろそろ休めと言ったんだ。お前はここのところ働き詰めだっただろう」

 薄暗いランプの明かりを頼りに地図を見ている守形の表情は険しい。ニンフに問答無用で休めと言っている事は明らかだった。

「私よりスガタとミカコの方が休んでないんじゃないの?」

「俺は昨日休んだ」

「半日でしょ?」

「お前は3時間だっただろう」

 僅かな沈黙。

「…そっか。じゃあ少し寝るわ」

 守形が自分を心配していると悟ったニンフは、素直に寝袋の中に入る事にした。

 五十歩百歩だとしか思えないが、彼の心遣いを無駄にするとさらに困らせると考えた。

「………ねえ」

「なんだ?」

 守形はニンフに返事をしながらも地図とにらめっこを続けている。そこはかつて空見町と呼ばれた町があった場所だ。

「復興、どれくらいかかるんだろ」

「さあな。俺や美香子の代では終わらないかもな」

 イカロスの暴走の起点となった空見町の被害は甚大だった。

 かつての穏やかなにぎわいを取り戻すのにどれほどの月日を必要とするのか、守形ですら検討もつかなかった。

「そっか。じゃあ私が頑張らないとね」

 ニンフは空見町の復興を手伝うと決めた。

 仮設の住宅に住み、元々この土地で名士だった守形と五月田根の両家が中心となって始めた復興事業に参加して日は浅い。

 果たして桜井智樹がいないこの町を自分は愛せるのだろうかと、ニンフは不安だった。

 だから自然とそんな言葉が出た事に、彼女自身が一番驚いていた。

 自分の知らない人の為に頑張れる。それほどに自分はこの町を愛していた事に気付いたからだった。

「そうだな。お前なら俺達よりもずっと長生きだろう。その時はよろしく頼む」

「ええ。そうするわ」

 道は長く険しいだろう。それでも自分はやり遂げられるかもしれない。

 いや、やり遂げて見せる。ニンフは改めて決意を固めた。

 

 

「…ところで、スガタやミカコの次の代って事は二人の子供って事よね?」

「…なぜそうなる」

 少しむっとしたように地図に記しを付けていく守形を見て、ニンフは照れているのかなと思った。

「あー。じゃあ私がここに住むのは拙いわねー。ミカコになんて思われてるのかしら」

「…いい加減に休め」

「はいはい。お休み」

 目を閉じて休止モードに移る。

 エンジェロイドは夢を見ない。ただ演算回路をデフラグし身体機能を回復させるだけだ。

 それでも、できれば夢を見たいとニンフは思う。

 いつかの騒がしくも輝く日々を感じられたなら、自分はまだまだ頑張れるだろうと信じながら。

 

 

 

 

 柔らかい陽が差す縁側で昼寝する少年と、彼に寄り添うようにして眠る少女が見えた気がした―

 

 

 

 ~了~


 
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