江陵の城内にて、一刀らの作戦による袁術・劉琮の救出が成功を収めていたその時。城外では袁紹率いる晋・燕・荊州北部軍の連合軍(以降、
「なかなかどうして、蜀の軍も良い練度をしていますね」
「そうですね。指揮の方も鮮やかな手並み。劉玄徳どのがこれほど用兵に長けていたのは、少々意外でしたが」
「……おそらく、軍全体を統括して指示を出しているのは、劉玄徳さんではなく、その軍師である龐士元さんでしょう。輝里さんからも龐士元と言う人物は、戦場での指揮に優れた人物だと聞いていますし」
蜀の二大軍師である諸葛亮と龐統。その才の違いを一言で言い表すならば、戦略家と戦術家、という表現をするのが適当であろう。物事の全体像を常に把握し、大局的な物の見方を得意とする、戦略眼に優れているのが諸葛亮。それとは対照的に、局地的に物を見る戦術面の方に優れているのが、龐統である、と。その双方の先輩であり、友人でもある徐庶は、二人のことをそう評していた。
「なるほど。現場指揮官としてはこの上ない人物だと言うことなのね、瑠里?」
「はい。ですが、やはりまだ経験が足りないのでしょう。攻め手がまだまだ甘いです。美咲さま、両翼の部隊に少しだけ、ゆっくり下がるように伝令をしてください」
「……なるほど。向こうの翼を、胴体から切り離すのね?」
「……です」
司馬懿のその一言を聞いて、彼女が考えている事をすぐさま理解した劉琦は、すぐに北軍の両翼を務めている丁原と袁紹、それぞれの部隊へと伝令を走らせる。その伝令を受け取った丁原と袁紹は、すぐさまその指示の通り、部隊を少しづつ後退させ始めた。
「よおーっし!敵は我等に恐れをなして退がり始めたぞ!皆の者!そのまま押し出せ!」
「鈴々たちもこのまま前に出るのだ!突撃、粉砕、勝利なのだー!」
蜀軍にとって不幸だったのは、その両翼を務める将が張飛と魏延という、蜀の将の中でも特に突撃タイプとして突出している二人だったこと。そんな彼女らのその目には、正面でゆっくりと後退を始めた北軍のその姿が、自分達の勢いに負けて後退を始めたように見えてしまったのである。
「両翼とも、上手く乗ってくれましたね。では美咲さま。今度は燕王様に伝令を」
「了解。……貴女が味方で、本当に良かったわ、司馬仲達」
「……ども/////」
両翼が相手の後退に釣られるようにして前進を始めたのを、後方の本隊で劉備の補佐をしていた龐統が気付いたときには、すでに時遅かった。
「あわわ!?鈴々ちゃんも焔耶さんも前に出しゅぎちゃってましゅ!」
「え?え?」
「このままじゃ、こちらの部隊が分断されてしまいましゅ!桃香さま!すぐに愛紗さんに伝令を出してくだひゃい!相手の先鋒部隊を、けっして“分かれさせないで”くだしゃいと!」
台詞を思いっきり噛みながらも、北軍の行動の意味を察した龐統が、慌てて劉備に対しそう進言し、劉備もそれに応えてすぐさま自軍の先鋒を務める、関羽の部隊に伝令を走らせる。だが、結局それは徒労に終わった。
「よし、今だ!公孫越隊は左翼へ!我が隊は右翼へ!趙雲隊はこのままの位置で、前面の関羽隊を足止め!
『応ーっ!!』
先鋒である自分達の部隊の真横を、蜀軍の両翼が通過したその瞬間、公孫賛は部隊を三つに分散し、それぞれに行動を起こした。蜀軍の先鋒隊である関羽の部隊を趙雲隊が押さえ込み、その間に公孫姉妹の部隊それぞれが、蜀の両翼部隊の後方へと突撃。
蜀軍は、本隊、左翼、右翼、そして先鋒と、ものの見事に、四つに分断されてしまったのである。
ちょうどその頃、江陵の城内から袁術と劉琮の二人を上手く連れ出すことに成功していた一刀たちは、現在江陵の城下町にある、とある一軒の空き家にその身を潜めていた。
「とりあえず、一息はつけたかな?……えっと、あの……袁術さん?どうかしたの?さっきから俺の方をじっと見てるけど」
「……おぬし、本当に、あの北郷なのか?……何時から女子になったのだ?」
「……今も昔も男だって。一応言っておくけど、別に好きでこういう格好してるんじゃないから」
「そういうわりには北郷さん、今回の作戦、自分から言い出したって聞いてますけど?」
「……一番穏便に済ませられそうな策を、選んだって言うだけです。……出来ることなら二度としたく無かったですよ、
今回の救出作戦を考えるにあたり、なるべく人的被害を出さないようにして、成功を収めることの出来る手段を採りたいと。一刀は一番初めに、そう絶対条件をつけたのである。
今回の戦いが全て終れば、二度と、とまでは行かないにしても、ほとんど血で血を洗うような戦は起きなくなるはずである。なので、赤壁における戦いにしても、江陵での囮戦にしても、出来うる限り犠牲が出ないようにする方向で、全ての策を練って欲しいと、徐庶、姜維、司馬懿の軍師三人に頼んだのである。そしてもちろんそれは、この救出劇にしても同じことだった。
そしてその事を踏まえた上で、今回の「踊り子作戦」が軍師達から提示された時、自分でああ言った手前、一刀には否と言える選択肢は残されていなかった。そこで、その策にさらなる万全を期す為という理由を付けて、大陸でも屈指の実力を持つ舞踏の名人と噂される、孫権に協力を要請することをその条件として、渋々今回の役を引き受けた一刀であった。
「でも、北郷さんの女装姿……女形、でしたっけ?なんでも匈奴の伝統芸だそうですけど、すっごく似合ってますよ。女の私から見ても羨ましいくらいお綺麗ですよ。ですよねえ、お嬢様?」
「うむうむ。七乃の言うとおり、ほんとに良く似合っておるぞえ?」
「……それはどうも」
「……ところで北郷?私たちは一体何時まで、この格好で居ないといけないのかしら?……いい加減、この恥ずかしい衣装、脱ぎたいんだけど」
孫権が顔を赤らめて言うとおり、一刀たちは未だに、例の踊り子服姿のままなのである。ちなみに、両者のそれぞれの衣装であるが。
一刀のほうは体のラインが割りとはっきり出はするものの、足首までしっかり隠すことの出来る中華風ドレス。孫権の方はセパレーツになったアラブ風の衣装に、少々長めの薄いヴェールを着けている。
といった感じである。
「気持ちは分かるけど、元の衣装は城の中に置きっ放しにしちゃってるしね。今、甘寧さんが偵察がてらそれを取りに行ってくれているから、着替えは彼女が戻って来てからね。……とりあえず、その事も込みで甘寧さんが戻ってくるのを今は待つしかないよ。……息を潜めてじっと、ね?」
「……しょうがない、か」
そして再び、場面は外の戦場に戻る。
司馬懿の策によって部隊を四つに分断された蜀軍三万は、その後十万の兵を擁する北軍によって完全に包囲された。もはや戦の趨勢は完全に決したといって良い状態ではあるが、未だ江陵の城の動きに変化が無い以上、このまま戦闘を終えるわけには行かなかった北軍側は、蜀勢に対してとある提案を持ちかけていた。
両陣営から三人づつ、将を出し合ってのバトルロイヤルを、である。
蜀側からは、関羽、張飛、魏延の三人が名乗りを上げ、バトルロイヤルのため、両軍の間に開けられたその空間に歩を進める。対して北軍から名乗りを上げたのは、趙雲、張郃、顔良の三名である。
ちなみに、どうやってその面子を決めたかと言うと。相手に弓使いがいないという事で、曹仁と高覧はその対象から外し、そして残った面子の中からくじ引きによって選ばれたのが、先の三名である。
「おうりゃあーっ!」
「ふ。ぬるいな」
その戦いは既に開始されており、時間にして三十分ほどが経過していた。現在は魏延対趙雲、張飛対顔良、関羽対張郃といった組み合わせにより、それぞれが別々に戦っていた。
「うりゃうりゃうりゃーっ!」
「こんな攻撃、沙耶さんに比べたら全然遅いです!はあーっ!」
「うにゃっ!?」
張飛の繰り出す、丈八蛇矛による雨のような連撃を、顔良はいともたやすく見切ってかわし、逆にその手に持った金光鉄槌によって彼女を大きく吹き飛ばす。
「ッ?!鈴々!!」
「
「くっ!?」
顔良に吹き飛ばされた張飛へと、一瞬その視線を送った関羽のその意識の間隙を突き、張郃が突き出したその神速の槍を関羽は間一髪でかわし、改めて張郃との間合いを取る。
そうして激しい戦いを行っている彼女らを、劉備ら蜀勢と袁紹ら北軍勢は、ただ静かに、息を呑んで見守っていた。
それからさらに三十分ほども経った頃だろうか。肩で大きく息をし始めた両軍の将たちが、ぴたりと動きを止めて相手を見据え、次の挙動に入るその機を伺っていたその時。
「……あ」
「どうしましたの、仲達さん?」
「動き、あったみたいです」
「本当か?……あれは……」
「……騎馬が三騎ほど、こちらに向かって駆けて来ます。……女の人ばっかりです」
『へ?女性だけ?』
江陵の城の門がゆっくりと解き放たれ、そこから両軍が集っているその場へと、一目散に駆けて来る、その三騎の騎馬。その馬上に跨っているのは、姿はいずれも女性のみ。
そして、さらにその場へと近づいてきたその騎馬たちの、真ん中を走っている馬の上に乗っている人物のその姿が、しっかりはっきりと北軍と蜀軍双方の者達の視界に捉えられた時、天をも震わすそれが巻き起こった。
『……え゛え゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?』
金髪のその少女を前に乗せ、中央のその馬に二人乗りをしていたのが、何故か、女装した姿のままの、北郷一刀その人だったからである。
「いやー、皆さん驚いてますねー」
「……そりゃそうでしょうよ」
「不運じゃったのう、北郷?何故だかおぬしの衣装だけ、どこかへ行ってしまっていたとはのぅ」
要するに。あの後の状況調べがてら、甘寧が一人で城へと戻って、一刀と孫権の衣服を持ち帰って来る……筈だったのだが。甘寧いわく、なぜか一刀の服だけが発見できず、仕方なく孫権の衣服のみを持ち帰ってきた。……と言うことだった。
「……ねえ、甘寧さん?ほんと~~~に、俺のだけ、見つからなかったの?」
「ああ。残念だったな」
「……目が泳いでるわよ、思春?」
「それは気のせいです、蓮華さま」
一刀から疑いのまなざしを向けられ、視線だけが泳いでいる甘寧に、孫権がその背にしがみついたままツッコミを入れるも、あっさりそれを否定する甘寧であった。
そうして、一刀達が無事(?)袁術らを連れて、襄陽組との合流を果たしていた頃。
「はーっはっはっは!燃えよ燃えよ!朕に従わぬ愚か者共など、一兵たりとも残さず、全て燃えつくしてしまえ!」
長江に浮かぶ一隻の船上にて、その視界に映る紅蓮の炎を嬉々とした表情で見つめ、狂気の笑い声を上げている劉協の姿があった。
「さあ呉公よ!この勢いに乗って、逃げた者共を追撃するのだ!そしてそのまま蜀の者たちと合流し、一気に逆賊どもの首を挙げて見せよ!良いな!?」
「はっ!」
上機嫌なまま、自身の背後に控える孫策にそう命を下した後、劉協は再び真紅に彩られている烏林の地へと、その視線を戻す。そうしてその視線を前に戻したその瞬間、孫策がその顔に笑みを浮かべていた事など、彼女は全く気付かなかった。
それから後、漢・呉の連合軍はそのまま烏林の地へと上陸をし、【背走】していく晋軍の追撃へと入った。
この時、劉協は一切気がついていなかった。いや、戦場を知らない彼女に、その事を気付けと言うのが酷だったのかもしれない。もしその場に、本物の戦場という物を知っている董承が居たとしたら、その事に気付けていたであろう。
炎に焼かれ、その場に漂って来るその匂いの中に、木や石の焼け焦げるその匂いと供に、その場にしていなければならないはずの、“とある匂い”が一切嗅ぎ取れて居ないことに……。
~続く~
ここで注意書きを一つ。
今回のお話の中にて、蓮華が大陸でも指折りの踊り手、なんて書きましたが、あれは完全に作者の捏造ですので、間違っても公式ではありませんw
え?そんな事は言われなくても分かってるって?
デスヨネー♪
でも、蓮華のあの至宝でもって、前回のように踊りなんか披露されたら、本当にそうなるかも(おw
ではそゆことで、また次回にてお会いしましょう。
再見~( ゜∀゜)o彡゜
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北朝伝、終章の八幕目にございます。
ども、駄文似非物書きの狭乃狼ですww
さて、今回の講釈は江陵の地を、その主な舞台とします。
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