No.320727

外史異聞譚~反董卓連合篇・幕ノ五/汜水関編~

拙作の作風が知りたい方は
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2011-10-19 14:54:55 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2457   閲覧ユーザー数:1562

≪数日前・洛陽宮中/董仲穎視点≫

 

私が詠ちゃんに叩き起されたのは、その日の真夜中の事でした

 

詠ちゃんは寝巻き姿のままで、なんというか色々とはだけたりしてとってもはしたなかったです

 

「………詠ちゃん、どうしたの……?」

 

寝惚け眼を擦って起き上がる私に、詠ちゃんは自分の格好を気にもせずにいます

詠ちゃんも可愛い年頃の女の子なんだから、そんなところを男の人に見られたら困ると思うんだけどな

もう子供じゃないんだから、そういう所にも気を使わないといけないのに

 

私がそう思って詠ちゃんを叱ろうとすると、詠ちゃんは息をする暇も惜しいという風情で私に怒りました

 

「寝ぼけてないで起きて!

 真弓が、あの猪が飛び出して行ったって霞から連絡があったのよ!!」

 

へぅ……

真弓さんが飛び出したって、どこに?

それよりも今は詠ちゃんの格好の方が……

 

「ああ~っ!!

 もう、さっさと目を覚まして!

 真弓がたったひとりで軍も連れずに汜水関に向かって飛び出していっちゃったのよ!!」

 

んー………

真弓さんがひとりで汜水関にって、なにか用事でもあったかな……

 

「それよりも詠ちゃん……

 その格好はちょっとはしたないと思うんだけど………」

 

多分寝惚けたままで言葉が頭に入ってこない私に業を煮やしたのか、詠ちゃんは私の布団を強引に引き剥がしました

 

「今はボクの格好なんかどうでもいいのよ!!

 それよりも早く起きて!

 真弓が一人で汜水関に戦いにいっちゃったのよ!!」

 

へぅぅ……

真弓さんが一人で、たたか…い……に………?

 

ようやく詠ちゃんが慌てている理由が判り、私は顔を真っ赤にして謝ります

 

「ご、ごめん詠ちゃん

 私ったら寝ぼけてて…」

 

「それはいいから早く支度して!

 今漢中のやつらにも報告に行かせたからすぐに軍議になると思う

 とりあえずこの事を報告して…」

 

焦る詠ちゃんに、目が覚めた私は即座に頷きます

 

「早く真弓さんを止めないといけないよね

 すぐに準備するね!」

 

さすがに寝巻きのままで軍議に駆け込む訳にもいきませんから、私は急いで緊急時に備えて用意してあった衣服を掴みます

詠ちゃんが手伝ってくれたので、服はすぐに整いました

 

置いてあった水桶と手拭で手早く顔を拭き、身支度を整えます

 

「よし、私はこれで大丈夫

 すぐにもいけるよ詠ちゃん!」

 

私の言葉に頷いて駆け出そうとする詠ちゃんでしたが、私はその裾を掴んで引き止めます

 

「ちょっと月!

 他に何があるっていうの!?

 今はそんな場合じゃないんだってば!!」

 

私は焦って言い募る詠ちゃんの胸元や膝上に視線を送りながら伝えます

 

「えっと…

 あのね詠ちゃん……

 私、その格好はちょっといけないと思うんだけれど……」

 

「あっ!?」

 

私の指摘に自分の格好に気づいたのか、詠ちゃんの顔が真っ赤になりました

実はそれを指摘した私も結構恥ずかしいです

 

「いや、その、えっと、あの、これは…!?」

 

狼狽えてわたわたしている詠ちゃんも可愛いな、と思いながら、私は詠ちゃんを落ち着かせる事にします

 

「うん、大丈夫だよ?

 詠ちゃんが真弓さんの為にって焦ってるのは判るから、まずは着替えよう?」

 

「ちょ…っ!?

 別にそんな訳じゃ……」

 

再び狼狽える詠ちゃんの手を引きながら、私は足早に詠ちゃんの部屋に向かいます

 

確かに詠ちゃんの言う通り、余裕がある話ではないのです

 

自分の失態を思い返しているのか、更に顔を赤くする詠ちゃんの手を引きながら私は考えます

 

 

この事態は私達の不明といえますが、あの人は一体どういう判断を降すのだろうか、と

≪数日前・洛陽宮中/北郷一刀視点≫

 

俺はやはり現代人だと、今痛烈に思い知らされている

 

これは戦場を知らないとか、そういう意味じゃない

 

この時代に生きる人間の“気質”というものを理解しきれていなかった、ということだ

 

そう、考えれば思い当たる部分は多々あった

 

俺のような現代人には

“罵られて怒りの余り憤死した”

だの

“不名誉に耐えられず病に臥して死んだ”

だのという事は所詮物語の中の事であり、理解には遠く及ばないという事を失念していたのだ

 

この事を思い知ったのはその日の真夜中の事だった

 

 

「我が君!

 大変な事が起こりました

 至急評定の間にお越しください!!」

 

珍しく懿が血相を変えて駆け込んできた

それに遅れず令明も駆け込んでくる

 

「一刀様!

 華将軍が単騎にて出撃致しました!!」

 

その言葉に寝惚けていた俺の意識が一気に切り替わる

 

「すぐに着替えるから待っていてくれ

 ………他のみんなは?」

 

「すぐに集まるかと思います」

 

「急ごう

 他の状況は把握している?」

 

俺の質問にふたりは首を横に振る

 

「そうか………」

 

そう俺は頷き、急ぎ評定の間へと向かった

 

真夜中だというのに既にみんな揃っており、空気がピリピリと張り詰めている

 

「で、これなんやけど…」

 

礼儀や挨拶にかける時間も惜しいのだろう、張文遠が竹簡を机上に放り出した

 

「どうにもイヤな予感がしてな

 一緒に酒でも飲んで慰めたろ思て行ってみたら、これがあったちゅう訳や」

 

あのドアホウが、と悲しそうに呟いている

 

竹簡の中身は簡潔で

『どうしても諸侯連合が自分には許せないが、軍を動かしては皆に迷惑がかかる

 故に自分はひとり我らの心意気を示す』

という内容のものだった

 

ここでまず俺が見誤っていたのは、周囲の空気が彼女を非難するより同情する雰囲気が強かったという事だ

 

つまりこれは、感情を無理やり捩じ伏せていた人間が大半だったという事を示している

天譴軍にしてからが、策を台無しにされるという危険があってなお、その心情を汲んでいるようで、こういう部分では冷めていると思っていた子敬ちゃんや懿にしてもその気持ちが強いようだ

 

ここで俺がもうひとつ驚いたのは、彼女の部下達のうち500騎程の騎兵がそれを追って飛び出したという事だ

 

確かに物語の中では、部下に慕われる将というのは数多く、その場合将と部下はその心情を共有している場合が多い、という知識はあった

しかし、それを目の当たりにするというのはやはり違う

その報告をしてきたのは華猛達の部下で、しかも彼らはしっかりと華将軍の周囲に気を配っており、もし飛び出した場合に備えて“親族が存在しない40歳以上”という条件で追従する事を計画していたというのだから、ある意味立派である

 

彼女が良将と言われる所以は、こういう部分にあったのかも知れないな

 

「ともかく、早く追って猛達を止めな…」

 

張文遠がそう言い募り、皆が騎兵の選抜をしようとしたところで、俺は思考を止めて皆に告げる

 

「追う必要はないよ

 好きにやらせよう」

 

俺の言葉に空気が凝固する

そして、張文遠がなんとも表現し難い表情で俺の方を振り向いた

 

「なんやて…?」

 

「だから、追う必要はないよ

 好きにさせてやろう」

 

「なんやそれ…

 どない意味や」

 

彼女の疑問は全員の疑問だろう

 

だから俺ははっきりと告げる

 

「なら引き戻してどうするというんだ?

 将軍だからと甘い顔はできないのは判ってると思うが?」

 

「そやかて…

 そないな事いうたかて……」

 

泣きそうな顔になる張文遠と、視線で俺を非難する周囲

 

俺は両隣に位置する懿と令明に小声で「何があっても黙ってみていること」と告げると、はっきりと告げる

 

 

「このまま華将軍には死んでもらう

 これでこの策は完全に成った」

 

 

再び空気が凍りつく

そして、張文遠の顔から表情が消えた

 

「おい…

 自分今、なに言うた……?」

 

「聞こえなかったか?

 華将軍には彼女の望み通り、死んでもらうと言ったんだが」

 

俺の言葉に彼女の殺気が一気に膨れ上がる

 

「ウチはたまーに耳がごっつう悪うなるんでな…

 もう一度だけ聞いたる

 自分、なに言うた?」

 

「なら俺ももう一度言おう

 華将軍には死んでもらうと言ったんだ」

 

次の瞬間、張文遠は机を乗り越えて俺に飛びかかろうとする

それを押しとどめたのは呂奉先

だが、彼女の瞳も俺に殺気を向けている

 

「…………だめ」

 

「止めるな奉先!

 ウチはコイツを…!!」

 

「………だめ!」

 

ふたりの壮絶な殺気を浴びながら、俺は説明を促す周囲の視線に応える

説明というよりは8割以上は非難の視線ではあるが

 

「ここで止めたとしても、この調子ではすぐにまた同じ事になる

 それに…」

 

「なんや! 殺す前に聞いたるから早う言い!」

 

「俺は正直、君達武将の尊厳というものを甘く見ていたよ

 まさかこうなるとはね…」

 

「………殺す

 マジで殺す」

 

もがく彼女を押さえつけている呂奉先にしてからが、視線で同じことを訴えている

俺は呂奉先の方がこういう場合には暴走すると思っていたんだが、どうも違ったようだ

 

「勘違いするな

 俺は尊厳の為にこうも簡単に飛び出せるとは思っていなかった、と言っているんだ

 しかも、それを押し通すために兵馬を連れようともしないでね」

 

「そんなん当たり前やろが!

 猛達はああ見えてなぁ!!」

 

噛み付いてくるのを止めない彼女に、俺は溜息で応える

 

「だから、そうであればこそ、ここで生かす道などないと俺には思えるんだが、違うのか?」

 

びくん、としてもがくのを止めた彼女に、俺は告げる

 

「武に生き誇りに死す武人の気持ちなど俺には解らない

 それに追従する部下の気持ちもね

 しかし、そうしてまで我を押し通そうとする人間が理解できない訳でもない

 ならば、望み通りここで死んでもらうのが一番じゃないのか?」

 

押し黙る皆に俺はむしろ淡々と話す

 

「そして、華将軍の死に様は、諸侯連合の心の拠を打ち壊す最高の一撃となる

 なぜならその死に様は、彼ら諸侯が言うような暴君に従う者の姿とはあまりに乖離しているからだ」

 

どんどん力をなくしていく張文遠と、瞳の殺気をなくしていく呂奉先

 

「泣きたければ泣け

 怒りたければ俺にぶつけるがいい

 助けたければ止めはしない、今からその足で追うといい

 しかし俺は軍を動かす事だけは許さない

 友誼や誇りを理由にするなら他人を巻き込むな

 誇りがなくては戦えない、それは確かかも知れないが…」

 

俯いて目を逸らす皆に、俺は断言する

 

「それは明日を生きる為のものであって、死ににいくためのものじゃない

 それを忘れるな」

 

静まりかえる座に俺の言葉だけが響く

 

「そして俺は、俺の目的のためになら………

 鬼にも悪魔にもなろう

 悔い嘆くのは全てが終わってからだ」

 

色々な感情に押しつぶされたような、重い空気と静寂が満ちる

 

と、するりと呂奉先が立ち上がり、張文遠の袖を引く

 

「………………いこう」

 

張文遠は俯いたまま袖を引かれてついていく

その後を追うのは陳公台

 

俺はそれには視線を向けず、残った者に問う

 

「他は動かないのか?」

 

皆がそれに弱々しく首を振るのを見て、俺はゆっくりと評定の間を後にする

 

誰の声か

 

「そこまで言われて止められる訳…」

 

というのが聞こえたが、あえてそれには答えなかった

 

 

そして、評定の間を出て俺が大きく溜息をついたところで、そっと俺に近づいてきた影がある

 

「幻滅したかい?

 俺はこうやって人の気持ちや死も利用するひどいやつなんだよ」

 

影はそっと首を横に振る

 

「……お優しすぎます

 そうまでしてお一人で背負わなくてもよろしいでしょうに」

 

その言葉に俺は苦笑する

 

「そうか…

 俺は優しいか…」

 

はい、と頷く影に、俺は精一杯笑いかける

影はゆっくりと車椅子を押し始めた

 

「私だけはその優しさをいつまでも覚えておきますわ

 ねえ我が君…」

≪汜水関/華猛達視点≫

 

私は愚か者だ

 

今程自分に幻滅したことはない

 

皆の迷惑になると承知していながら、それでも噴き出すこの感情を抑えきれなかったのだから

 

ただひととき耐えてみせる、それだけの事ができなかったのだから

 

 

だがしかし、私にはどうしても許せない

 

これが私個人に対する誹謗中傷なら、まだ耐えられたかも知れない

面と向かって戦場で言われたのなら少々自信はないが、それでも私個人に対するものならまだ飲み込めたかも知れない

 

しかし、これは違う

 

明らかに月を、詠を、霞を、恋を、ねねを、そして畏れ多くも陛下までをも愚弄し侮辱しているのだ

 

口だけの名族が、自身の欲得にのみ血道をあげる諸侯が、我らや陛下が舐め耐え忍んできた苦渋の何が解るというのか

 

それらを知りもせず自身に都合の良い部分だけを見てあげ諂う

 

これが許されていいことなのか!

 

 

確かに北郷とかいう男が言う事はもっともだ

 

あの男とその仲間が提示した策は確かに有効で、もっとも損害が少ないものだろう

 

しかし、しかしだ!

 

それは道理でしかない

 

私のこの想いが我侭で狭量なものだという事も判っている

 

どうしようもなく愚かな事だということもだ

 

それでも私はこの想いを止められぬ

 

なぜならそれは、私の“誇り”を瑕つけられたからだ

 

 

私の“武”が貶められたのであれば、それは腹立たしくはあっても私の責任でもある

生きてさえいればそれを回復する機会もあるだろうし、それは戦場で取り戻すべきものだ

 

しかし、これは違う

 

私が誇るべき主であり盟友であり、仲間が瑕つけられたのだ

 

私の仲間は皆優しい

 

優しいが故にこのような愚劣な行いも、最後には笑って許すだろう

 

それが理解できるだけに、私にはどうしても許せない

 

 

月はその優しさで、これからも皆を癒し支えていくだろう

 

詠は月を支え、その智謀で皆を救ってくれるだろう

 

恋は最強の武だ、その力はどんな困難も跳ね除けてくれるに違いない

 

ねねはああ見えて努力家だ、いずれ皆を支えるだけの人物になるだろう

 

そして霞の優しさと強さはこれからも絶対に必要なものだ

 

陛下も皆を得たことで、これからはより善き治世を目指してくれるに違いない

 

 

ならば、愚物である私は何ができる?

 

私にできる事などたかが知れている

 

そう、私にできることは所詮戦うことだけだ

 

ならば、とことんまで戦い抜こうではないか!

 

皆の仲間の誇りを示すために戦おうではないか!

 

 

 

このような戦いに誰かを巻き込む事など考える事もできぬ

 

胸にあるのはただ私だけが知る誇りのみ

 

そこには名誉もなく退路もない

 

還る場所すらありはしないのだ

 

 

汜水関に辿り着いた私は、手早く身を清め城門へと向かう

 

城門にはなぜか、見知った顔がいた

 

思わず私は怒鳴りつける

 

「このバカ者共が!

 さっさと洛陽に帰らぬか!!」

 

それは私の部下達の中でも、長年戦場で苦楽を共にしてきた古兵達だった

腹の立つことに、私が怒鳴りつけたというのに皆笑顔だ

 

「将軍、抜け駆けはなしにしましょうぜ

 俺達も腸煮えくり返ってるんですよ、あの檄文には」

 

「巫山戯た事を抜かすな!!

 貴様ら解っているのか、この戦には…」

 

「承知してます

 やっちまったらどの道明日はないってことくらい」

 

このバカ共が、それは笑顔でいうことか

 

「だったらさっさと戻らんか!

 貴様らとて…」

 

「それは言いっこなしですぜ、将軍

 ここにいるのは身内もなにもない、しかも年寄りばかりです

 本当はもっと来たがってたんですが、ようやく納得させてここまで絞ったんですから」

 

「なに…!?」

 

よく見れば、確かに若い者はひとりもいない

道理で顔を覚えている者ばかりのはずだ

 

「貴様ら…」

 

「将軍が許せないのと同じくらい、俺達だってあいつらが許せないんですよ」

 

本当に、このバカ共が…

 

私は込み上げてくる色々な何かを押しつぶすために、胸を張って天を仰ぐ

 

「このバカ共!

 もう一度言うがこの戦には名誉も還る場所もありはせんぞ!

 それでも構わんのだな!!」

 

『応!!』

 

「ならば勝手にしろ!

 私は勝手にやる!!」

 

『俺達も勝手にします!!』

 

 

私は本当に愚か者だ

 

こんなやつらまで自分の意地に巻き込むとはな

 

しかし今は世界一の果報者だ

 

私の誇りにこれだけの者がついてきてくれるのだからな

 

………ならば!!

 

 

「開門!

 あの愚劣愚昧な卑劣漢共に、我らの誇りを叩きつけるぞ!!」

 

『応!!』

 

 

思い知れ、諸侯連合の愚物共!

 

皆の誇りに瑕をつけたこと、我らの命と貴様らの命で贖わせてくれるわ!!


 
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