≪河北平原/劉玄徳視点≫
私はものすご~っく、悩んでいた
理由は袁本初さんの檄文
これには董卓って人が洛陽で皇帝陛下を蔑ろにして悪政を敷いているので、みんなで陛下を助けましょう、というような内容が書いてある
これが本当なら迷わず参加するんだけど、私にはひとつ疑問がある
それは、反乱平定のときに会った人達が“天譴軍”と名乗って“天の御使い”と共に董卓と陛下を支持し擁護する、と宣言したっていう事だ
私は董卓ってひとがどんな人かも知らないし、噂の天の御使いがどういう人かも知らない
でも、あの時に会った人達が暴政なんかに与するだろうか?
私にはとてもそうは思えない
なので、私はこの檄文をみんなに見せて意見を聞くことにした
考えるの苦手だし、ひとりで考えてもいいことないもんね
「………という事なんだけど、みんなどう思う?」
今この場にいるのは、愛紗ちゃんに鈴々ちゃん、朱里ちゃん雛里ちゃん、それと伯珪ちゃんのところでお世話になったときに知り合った趙子龍さん
子龍さんにはなぜかものすごく気に入られて、真名も預けてもらってたりする
これってすごいことなんだよ?
そんな訳で、今は私達と一緒に戦ってくれている趙子龍さん改め星ちゃんの合計6人で相談している
「確かに、この檄文が真実であれば我々も疾く参じるべき、と言いたいところなのですが…」
愛紗ちゃんが難しい顔をして檄文を見つめている
私達の中では唯一愛紗ちゃんが、もうひとり魯子敬っていう多分今は天譴軍のひとと会っていて、その印象もあって、この檄文の内容に納得がいってないみたい
もっとも、その魯子敬って人のことを愛紗ちゃんに聞いてみたら
「確かに非常に有能で油断ならぬ人物ではありました
しかし!
私はあのような不愉快な輩は気に入りません!」
とか怒ってたので、多分すごかったんだと思う
でも愛紗ちゃん怒りっぽいとこあるしなぁ…
ただ、愛紗ちゃんはこの通り嘘がつけないまっすぐな子なので、先に会ったあの二人の事を含めて考えたんだと思う
それが証拠に
「確かに非常に不愉快ではありましたが、その芯は高潔な人物であったと思います」
そんな風に言ってたもんね
そんな愛紗ちゃんの言葉に答えたのは鈴々ちゃんだ
「鈴々は、困っている人がいるなら助けたいのだ」
鈴々ちゃんのこういう正直な部分に、私達は結構救われていると思う
鈴々ちゃんの言葉に難しい顔をしているのは朱里ちゃんだ
「確かに、本当に檄文の内容の通りであれば、私達は大義のためにも参加するべきなんです
事実、それを裏付けるように洛陽から官吏の人達が逃げてきています
宦官を含めて大粛清と称した虐殺が行われ、民衆暴動にも発展したようです
今は落ち着いているようですが…」
帽子の鍔で目元を隠しながら雛里ちゃんが朱里ちゃんの説明を引き継ぐ
「あわわ…
ここで問題となるのは、果たして“あの人達”が、本当にそんな虐殺を行なった人達に加担するかどうかなんです」
「そうなんだよねぇ…」
朱里ちゃん雛里ちゃんがいうには、私達は今までとにかく、平原の統治に精一杯だったので外部に目を向けられる程の余裕がなかったのだそうだ
それがここにきて“情報不足”という、私達にとって非常に厳しい問題となっていた
いくら朱里ちゃん雛里ちゃんが神算鬼謀の持ち主でも、その“土台”となる情報がなければなにもできない
だから、私達がこの檄文を判断するには風評くらいしかなく、どうにも困ってしまっている、という事なんだよね
「ふむ…
何をそんなに悩んでおいでなのだ?」
みんなで難しい顔をしていると、星ちゃんがぽつんと呟く
星ちゃんは、常にお酒を手放さなかったりみんなをからかうのが好きだったり、なんというか独特な個性の持ち主なんだけど、ひょいっと気軽に放つ一言が正鵠を射てたりする、奥の深いところがある
「悩みもする
我らはこの檄文が真実かどうかも判らぬのだ」
愛紗ちゃんの言葉に私も頷く
それに星ちゃんはニヤリとしながら答えてくれる
「私にはどのみち、選択肢などないように思えますがな」
「え?
どういうこと?」
思わず口に出ちゃった私の言葉に星ちゃんは表情を改めると、朱里ちゃん雛里ちゃんに向き直ります
「軍師殿達には、それはもうお解りだと思うのだが」
「はわわ~…」
「あわわ~…」
困ったように俯くふたりに、鈴々ちゃんが首を傾げて尋ねます
「?
ふたりともどうしたのだ?」
「えっと…
確かに星さんのおっしゃるように、今の私達に選択肢なんてないんです…」
「相手は名門袁家
しかも私達の北東に位置する南皮を擁する大領主です
だとすれば、この檄文にはどのみち乗らざるを得ないんです…」
ふたりの言葉に愛紗ちゃんが声を荒らげます
「しかしそれでは…!!」
「落ち着け愛紗
我々は確かにこの檄文には乗るしかない
しかし、気構えというものがある」
愛紗ちゃんの声にびくっと肩を震わせるふたりを庇うかのように、星ちゃんが間に入りました
「我らはまだまだ弱小だ
いかにその志が高かろうとも、今は力に従うしかない身だ
しかし…」
私はそんな星ちゃんに頷きます
「そうだね…
今は私達は弱くて、とてもじゃないけどみんなを笑顔にするなんてまだまだできない
でも、大きな流れに翻弄されているとしても、気持ちだけはしっかりとしてないといけないもんね」
みんなが大きく頷きます
「鈴々は難しい事はよくわからないけど、洛陽の人達が困っているなら助ける、この話が嘘ならそのときはきちんと謝る、それでいいと思うのだ」
そんな鈴々ちゃんの言葉にみんなが微笑みます
愛紗ちゃんは呆れたように溜息をついてます
「鈴々は相変わらず単純でよいな…
しかし、今はそれを見習わねばならぬか…」
「なに、愛紗殿のよいところは、そうして無駄に悩んで暴走するところにあり申す
そうでなければいぢり甲斐がない」
「星!
おぬし言うに事欠いて…!!」
いつもの調子で愛紗ちゃんをからかいはじめた星ちゃん
「あわわ…
愛紗さん真面目すぎていつも自爆するから…」
「雛里ちゃん、それなにげに酷いよね…」
「おぬしらまで!!」
朱里ちゃん雛里ちゃんも、割というときは言うんだよね
愛紗ちゃんには悪いけど、私もちょっとからかっちゃおう
「愛紗ちゃんはその真面目なところが可愛いんだよね~?
ねーみんな?」
「桃香さま!!」
鈴々ちゃんも愛紗ちゃんに鋭く突っ込みをいれてます
「愛紗顔が真っ赤なのだ」
「鈴々!!」
こうして、愛紗ちゃんの献身(?)のおかげで私達にいつもの笑顔が戻ってきました
うん
私はないものねだりはもうしない
そして、この素敵な仲間達とこれからも頑張っていく
今はまだ小さいけれど、こうして笑顔が増えていくこと
それが私の望みなんだから
≪兗州陳留/曹孟徳視点≫
さて、どうしたものかしら…
私は人払いをして、麗羽から送られてきた檄文を前に考えていた
ちなみに、私は麗羽と真名を交わしたのは同門の私塾時代のことで、まあ色々とあったんだけど一生の不覚だと自分では思っている
まあ、そこのところは置いておきましょう
とりあえず、この檄文なんだけど、私は乗る事に実は決めている
当然、洛陽に駆け込んで臣下の礼をとり、董卓の下でやっていくっていう選択肢がない訳じゃないんだけど、それはどうにも私らしくない
好機はより不利な側にいればこそ大きい、今の私はそういう立場だからだ
つまり、私はこの檄文がほぼ嘘の内容であると確信している
多分、宦官の大粛清があったのも本当だし民衆暴動があったのも本当だろう
しかし、董卓が皇帝を篭絡し宮中で専横をして洛陽を支配している、という内容は恐らく違っている
多分今の洛陽は平穏で落ち着いていて、官匪が幅を利かせる事もない状態だろう
まあ、官吏や宦官がここまで粛清されたのだから、宮中は空洞状態でしょうけどね
ここまでこの檄文の粗が判っていて、尚私が乗ってみせるのにはきちんとした理由がある
ひとつには、さっきも言ったけどこれが“好機”でもあるということ
正直にいえば、私の持っている力はまだまだ小さい
不本意ではあるけれど、現時点で麗羽や袁公路とぶつかれば、私はひとたまりもない
確かに春蘭や秋蘭、凪に真桜に沙和、季衣に桂花といった優秀な人材が私の下に集い、その部分でなら負ける事などありはしない
しかし、私や彼女達の才をもってしても、今の袁家に勝つ事は無理なのだ
もちろん、将来的には当然私が勝つつもりだけどね
ここで私が何を言いたいかというと、一言でいえば“名前を売る”好機だということ
これは恐らく、董卓の下では望めない
ふたつめには、董卓という人物に膝を折る気が私には全くない
どのような経緯があったかは推し量るしかないけれど、あの宮中を掌握し宦官官匪を一掃したという手腕は確かに凡庸ではありえない
劉弁陛下を廃立せずにいるというのもまた、ある程度の政治的感覚を持ち合わせているともいえる
陛下を廃立していれば、更に諸侯の風当たりは強かったはずだから
だが、だからこそ董卓の下では私に一定以上の出世はありえない
大陸に覇を成そうと考える私にしてみれば、これは敗北宣言に等しい
みっつめには、この檄文の結果がどう転ぶとしても、私はほぼ無傷でいられる自信がある
董卓が弱者であるならそれでよし
もしこちらが負けたとしても、そこには“負け方”というものがある
麗羽には悪いけれど、そういう意味でもせいぜい踊ってもらわなくてはならないでしょう
いかに無傷で名望を得て終えるか
これが命題だと言えるでしょうね
そして、相手に天譴軍を名乗った漢中がついたこと
これは私の感でしかないが、あれは私の“敵”だ
恐らくは私の覇道の最後に立ち塞がる、最大の敵なのだ
これはもう理屈ではない
この私の魂がそう叫ぶのだから
そうであるなら、反董卓に集う諸侯の力量を見定めると同時に、彼らの本当の力量が見極められるはず
そうでなくては凌ぎきれないだけの規模を、この檄文による諸侯連合は有するはず
ならば、私は無傷で彼らを見極めなければならない
ふふふ…
面白いわよね
この曹孟徳の覇道を彩る英雄英傑が一同に会する、こんな機会がやってくるなんて
当然、私はこんなところでは終われない
だからこそ、慎重に、そして大胆に事を進めるとしましょう
私は表に居る守衛に声をかける
「誰かある!
至急皆を呼び集めなさい!
軍議を開くわよ!!」
≪荊州南陽/孫伯符視点≫
好機がやってきた
ついさっき袁術ちゃんと張勲から
「妾達はこの檄文に乗る事にしたのじゃ!!」
「本初様の激っていうのは気に入りませんけど、乗らない訳にもいきませんからね~」
なーんて、いきなり言われたのよね
こっちは来たばかりで何も判らない、と言いたいところだけど、そこは冥琳から
「各地に河北の袁本初から檄文が飛び回っている
これは好機かも知れん」
と言われてなかったらさすがに困ったろうけどね
ま、割と機嫌がよかったんでそこは知らない振りをして
「ちょっと待ってよ
一体なんのこと?」
とかやってみたんだけど
そこであいつらが偉そうに言うには、洛陽が田舎者に占拠されて宮廷を専横してるので泣かしちゃおう、という事みたい
泣かすってあんた、それって殺すって意味でしょうが…
そんなツッコミはどうでもいいんだけどさ
私にとって大事なのはここから
とりあえず、私達孫家にも出張れってことで、全員じゃないけど再び召集をかけて同行しろっていう部分
これ大事よねー
せいぜい嫌々従います、って振りはしたけど、こんなにありがたい事はないわ
こういっちゃ悪いけど、私にとって大事なのは洛陽がどうとか、董卓がどうとかじゃない
孫伯符ここに在り、と天下に喧伝する好機ってこと
しかも全員ではなくても呼んでいいなんて気前のいいこと言われちゃったら、機嫌もよくなろうってもんよね
そんな訳で私が機嫌よく祭と冥琳のところに戻ってきてそれを伝えたんだけど、はしゃぐ祭を尻目に冥琳はなんだか浮かない表情
どしたんだろ?
「ちょっと冥琳~、どうかしたの~?」
「いや、少々気に係る事があってな…」
その言葉に私の中の何かが冷える
「やっぱ、危ないかな、この連合」
冥琳は難しそうに頷く
「幼平と興覇が居てくれればよかったのだが、どうにも情報が少なくてな」
それに反応したのは祭
「先の反乱討伐からお主がずっと気にしておった漢中の事かの?
今は天譴軍と名乗って董卓と一緒におるようじゃが…」
冥琳が難しい顔をしたまま押し黙っている
元々冥琳は心配性で考えすぎるところもあるけど、こうまで考え込むのは珍しい
「でもまあ、今回は大丈夫だと思うわよ?」
「ほ!
それは策殿の勘かの?」
祭は母様の代から孫家に仕えてくれている武将で、特別に私達姉妹を諱で呼ぶ事が許されている
母様が決めた事だから文句を言ってもはじまらないし、襁褓まで替えてもらった身としては今更ってのもあるわよね
「そうよ、勘
この連合、私達にとっては絶対に不利にならないわ」
説明はできないんだけど、私はこの“勘”に関しては絶対の自信を持ってる
もっとも、冥琳あたりにいわせると、それで全てが終わるのなら自分の仕事などなくなる、といっつもぼやいてるんだけどね
あ…
また冥琳が溜息ついてる
「我らが英雄殿には困ったものだな…
その勘がまた外れないときては、我ら軍師の立つ瀬がない」
「あ~ん、拗ねないでよぉ…
冥琳がいないと私とっても困っちゃうんだから」
私がそういって冥琳になつくのを、祭が笑いながら見ている
「我らが主殿の勘は神がかっておいでだからな、仕方あるまい」
「英雄の勘に頼っていては、私のような凡愚には納得できぬ事も多いのです」
外れないのがまた腹立たしい、とか呟いてる
冥琳ったら、可愛いんだから
そうしてひとしきりじゃれあってから、私達は表情を改める
「で?
今回呼ぶのは誰にするのかの?」
祭の言葉に冥琳が答える
「3人しか呼べぬとなると、幼平と興覇は外せませんな。となると…」
「穏には申し訳ないけど、なんとか袁術ちゃんを言いくるめてシャオのお守りをしてもらいましょ」
「妥当ですな
あのお方は少々活発すぎるきらいがありますので、本来なら儂が教育係としてみっちり仕込みたいところです」
私が末妹の名前を出すと、祭は腕組みをしてそんなことを言う
本当は可愛くて仕方がないくせに、こういうところが祭だなあ
「それもいいかもだけど、今回は祭には絶対来てもらうわよ」
「当然ですな
むしろ前線から外されるなどとなれば納得がいきませぬ」
胸を張る祭に冥琳がまた溜息をつく
「そろそろ後進に道を譲っても罰は当たりますまいに…」
「だって儂も戦いたいんじゃもん…」
「まったく…」
拗ねる祭に呆れたようにまた溜息をつく冥琳だけど、祭を宿将として絶大な信頼を置いている事はみんなが知っている
さて、そろそろまとめないとね
「それじゃ、もう一人は蓮華を呼びましょう
あの子もそろそろ、孫家の一員として戦場を知る頃だしね」
「……さすがに今回は危険ではないか?
袁術の目もある」
冥琳の心配を私は笑い飛ばす
「大丈夫だいじょうぶ
今回は危険はないってば
私の勘を信じなさい」
呆れたように溜息をつきまくる二人に私は笑ってみせる
そして私は胸の内で呟いた
そうしておかないとあの子に致命的な何かが起こる
そう私の“勘”が言ってるのよ
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