No.320242

外史異聞譚~黄巾の乱・幕ノ八~

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2011-10-18 13:07:19 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2611   閲覧ユーザー数:1677

≪冀州・黄巾党陣内/世界視点≫

 

城内は酷い有様であった

 

日々流れ込む各地の反乱軍残党とそれに便乗した野盗強盗達

 

その数およそ20万

 

その大半が官吏諸侯に降るを潔しとしなかった者か、降っても明日がない立場の者達である

 

糧食は既に尽き、城内各所では暴行略奪が横行している

 

彼らが諸侯の軍勢から逃げるときに連れ去ってきたであろう女達も、もうそのほとんどが絶命している

骨だけの姿となって打ち捨てられている彼女達に哀れを感じるものもここにはいない

 

餓死者こそまだ出ていないものの、このままではそれも時間の問題であろう

 

既にこの城の内部は、これまでの世の中の有様を煮詰めて固めたと表現するに相応しい、この世の地獄と化していた

 

そのような中、今は反乱勢力と呼ばれる彼らの指針となっていた者を護るため、城内最深部の一角はいまだ秩序を保っていた

 

そこに座するのは天公・地公・人公を冠する三人の将軍

 

このような状態にあっても、彼女らは十分とは言えないまでも飢えないだけの糧食を得て、日々士気高揚に務めている

 

城内最深部はいまだ規律を維持している100名程の屈強な男達が固めており、暴徒と化した連中では容易に近づくこともできないよう、細心の注意が払われていた

 

彼ら守衛兵に“御座所”と呼ばれている城内最深部で、いまその三人は肩を寄せ合って震えていた

 

「どうしてこうなっちゃったんだろうね…」

 

疲れた顔でそうぽつりと呟く少女は天公将軍・張角

常であればその明るく穏やかな笑顔は多くの人々に癒しを与えることができるだろう

しかし、今の彼女の表情は疲労と絶望に染まっている

 

「お姉ちゃん達、こんな事になるような悪いこと、なにかしたかなぁ…」

 

彼女の目尻に涙が浮かぶ

そんな彼女の額に自分の額を押し付けて元気づける少女は地公将軍・張宝

三人の中では一番幼い肢体をしている

 

「なーに言ってるの天和姉さん!

 どっちかっていうと私達は巻き込まれた方じゃない」

 

そう気遣う彼女の声にも力はない

精神的重圧から来るのであろう、その疲労は隠しきれずにいるようだ

そんなふたりに、唯一瞳と声に張りを持ち続けている少女が声をかける

少女は人公将軍・張梁

眼鏡に隠れたその表情に疲労は見えるものの、いまだ絶望に染まってはいない

 

「巻き込まれたのは確かだけど、まだ逃げる機会は残ってると思う」

 

「逃げる………?」

 

天和と呼ばれた年長の少女が、ゆっくりと顔をあげる

それに頷いて眼鏡の少女が答える

 

「そう、逃げるの

 天和姉さんも地和姉さんも、そして私も、ここを出てもう一度やり直そう」

 

「やりなおす………」

 

そう呟いて視線をさまよわせる年長の少女に、もうひとりの少女がもう一度コツンと額を合わせて視線を合わせ、しっかりと告げる

 

「正直ちーも参ってるけど、人和ちゃんのいう通り

 こんな事に巻き込まれて私達はこのまま終わっちゃっていいの?

 天和姉さん?」

 

その言葉に、少し笑顔を取り戻し、年長の少女はしきりに頷く

 

「そうだね…

 私達は大陸一の歌姫になって、世界中を旅してまわるんだよね…」

 

その瞳に気力が戻ってきたのに安堵の溜息を漏らしながら、眼鏡の少女が頷く

 

「そういうこと

 元々姉さんが言い出した事なんだから、私達にはこんなところで絶望している暇なんてないのよ」

 

「最初からやり直しになっちゃうけど、ちーの魅力があれば全然問題ないしね」

 

そう言って無理に笑う少女達に、年長の少女も笑顔を見せる

 

「よし、そういう事ならお姉ちゃんも頑張らないと、地和ちゃんにも人和ちゃんにも示しがつかないよね」

 

「都合のいいときだけ姉さんは年上ぶるんだから、そういうのは期待してない」

 

「なんだかんだで、いっちばん頼りないの姉さんだし」

 

「あ、ひどーい!」

 

三人にとっては久方振りの笑顔であり、それまでは毎日のように繰り返されていた“いつもの会話”が戻てくる

 

ひとしきり笑ったあと、年長の少女がぽつりと疑問を口にする

 

「でも、どうやって逃げるの?

 まさかこの城の中を突っ切って、その上で外にいる軍隊を突破してなんて、さすがに無理だよね?」

 

あまりにあまりな言葉に、眼鏡の少女は額に手を当てて溜息をつく

 

「天和姉さん…

 いくらなんでもそれは無謀すぎ…

 まあ、そこは実はなんとかなるから、姉さん達はいつでも逃げ出せる準備をしておいて」

 

要領を得ないその言葉に、幼めな少女が不満を告げる

 

「そりゃ、逃げる準備はするけど、一体どうやって逃げるのよ?」

 

少女は自分達がいる部屋の外に続く扉を見て、ぽつりと呟いた

 

「そうね…

 やっぱり持つべきものは熱狂的な信者、ってことかしら」

≪冀州・諸侯連合軍/世界視点≫

 

『敵城に火の手があがったぞー!!』

 

どこの誰の陣から、という訳ではない

なぜならそれは、誰の目にも明らかなものだったからだ

 

間を置かずして、諸侯の陣から一斉に斎の声と共に太鼓と銅鑼が鳴り響く

 

諸侯にしてみれば当然ともいえる事であった

 

彼ら反乱軍は、この古城を選んで籠城を選択した時点で、既に未来などありはしないのだ

 

古来、籠城とは相手の補給に不安があり、援軍を期待できる場合に行われる“持久戦術”である

兵法に準えるのであれば、この両方が揃わない状況での籠城など下策というにも烏滸がましい

諸侯にしてみれば、このまま囲んで待っているだけで、一月と経たず反乱軍は飢えと恐怖で自滅するのは明白なのだ

 

もっとも、諸侯にも都合があり、相手が飢えと恐怖に耐えられなくなって出てくるまで待機している訳にもいかず、誰が先陣を切るかの頃合をお互いに見計らっていただけではあった

 

そこに予想より遥かに早い、内部崩壊としか思えない火事の発生である

 

遅れをとっては最大の功名を見逃す事にもなりかねない

 

諸侯が慌てて先を争うように進軍を合図したのは、むしろ当然といえる

 

そのような状況であるから、本来予想されていたような抵抗が相手にあるはずもない

諸侯にしてみれば、それなりの秩序を保っていた獣の集団が、飢えと炎に追い立てられる無秩序な獣の集団となっただけの事であり、それはむしろ歓迎すべき事柄でもある

 

先を争うように城門に殺到し、城壁に梯がかけられ、津波の如く将兵が雪崩込んでいく

 

彼ら諸侯や将兵の意識は違うのであろうが、そうして殺到し彼らが獣と断ずる反乱兵達を屠殺していく様は、まさに獣のそれと同じである

 

「探せさがせーっ!

 反乱の首魁たる天公・地公・人公を僭称する不埒者を確保したものには第一功として恩賞は望みのままぞ!!」

 

『おおー!!』

 

既に血と汚物に塗れている古城の各所で、そのような激が飛び交う

 

そのような中で、古城の奥にあった本陣と思われる城に盛大に火の手があがった

 

「誰だ!

 城に火をかけやがったのは!!」

 

「賞金首はあそこにいるはずだってのに、なんてことしやがる!!」

 

念入りに油を撒かれ、炭や藁を積み上げていたようで、火のまわりは異常とも言える速さである

幾人もの将兵が突入を試みるが、その業火に阻まれ突入する事は適わないでいる

 

「後ろは崖で逃げ場はなし…

 自決しおったか…」

 

そう呟いたのは誰であったのか

もしくは全員が胸の内で同時に呟いたのを誰かの声と錯覚したのか

 

 

誰知らず、徐々に各所で斎の声があがりはじめる

 

それは、後の世に“黄巾の乱”と呼ばれる、大陸最大の農民反乱の事実上の終焉を意味していた

≪冀州某所/楽文謙視点≫

 

私は今、反乱軍の討伐隊から離れて、古城の崖の奥にある森を目指しています

 

どうして私がこのような事を命じられたかというと

「念のためそっちの方向に放った斥候が一人も帰ってこないのよ」

と荀軍師が非常に気にしておられたので、私が斥候の任を買って出た、という訳です

 

正直な気持ちを言えば、私も反乱軍の殲滅に加わりたく思っていましたが、ひとりの将としては孟徳様や荀軍師の懸念を排除する方向でお役にたつべきだと考えたからです

 

ありがたくも妙才将軍(このおふたりは姉妹であられますので、敢えて字で皆が呼ぶのを公然化しておられるという、非常に度量の広い方々です)には

「無用な懸念がなければ我らも目の前の事に集中できる。頼んだぞ」

との有難くも勿体ないお言葉をいただき、こうして100名程の手勢をお借りして威力偵察を行なっているのです

 

「楽将軍、古城で火の手があがったようです」

 

「そうか…

 とはいえ我らが威力偵察を行う事には変わりはない

 名誉は得られないかも知れないが、自軍の危機はない、という事を明確にするための大事なお役目だ

 皆心してついてきてくれ」

 

『応!』

 

皆にそう応えながら古城の方向を確認すると、確かに煙が立ち登っています

 

僅かながらに残る無念さを振り払い馬足を早めていると、先行していた兵のひとりが慌てて戻ってきました

 

「ご報告です!!」

 

「どうした!」

 

「我らの他に、劉玄徳殿の手勢と思われる部隊がひとつ、それと袁公路殿の陣からと思われる部隊がひとつ、威力偵察に出ているようです

 いかが取り計らいましょうか?」

 

私はそれに考えることなく叫び返しました

 

「構うな!

 彼らは今は友軍だ!

 無用な諍いは避け、まずは我らの安全が絶対のものであると確認するのだ!

 もし接触したならこちらの情報はくれてやれ!!

 くれぐれも無用の諍いは起こさぬように!」

 

『御意!!』

 

そうして私もより馬足を早め、森の中へと突入していきます

 

これは伏兵がいれば非常に危険なことではありますが、他にも友軍の威力偵察が来ているのだとすれば、死にさえしなければお互いにとって利があると判断したからです

 

遠目に見えてきた砂塵も私と同じ判断を下したのでしょう

馬足を押さえることなく続々と森に突入していきます

 

そして、しばし突き進んだところで、私は他の偵察部隊の方々と遭遇しました

 

ひとりは浅黒い肌に眼鏡の、非常に理知的な雰囲気をもつ麗人

 

ひとりは反乱軍鎮圧時に劉玄徳殿と同行していた関雲長殿です

 

私は雲長殿に目礼し、馬首をもう一方に向けて返します

 

「馬上にて失礼仕る

 私は曹孟徳麾下の楽文謙と申す

 失礼ながら御名を伺いたい」

 

その麗人も馬首を翻してそれに応える

 

「私は袁公路の客将である孫伯符の臣、周公謹と申す

 そちらの御人は?」

 

「私は関雲長

 劉玄徳様にお仕えするただの武人だ

 丁寧な挨拶、痛み入る」

 

荀軍師達が懸念していたことを、これだけの陣営が気にしていたということは、これが単なる懸念ではなかったという事になります

 

私は皆の先見の明に内心で感嘆しつつ、ここでひとつの提案を持ちかけることにしました

 

「おふた方、差支えなければだが、この偵察は共に行わないだろうか」

 

私の提案にふたりは即時に返答します

 

「ありがたい!

 正直この手勢では森が広くて十分な偵察はできぬと思っていたところだ」

 

「こちらもその提案に乗ろう

 意地を張るような場面ではないし、なにより時間が惜しいからな」

 

「では、我ら3名はこのまま直進し、各々の手勢を展開させるという事でよろしいか?」

 

「ああ、構わない

 威力偵察に小細工は必要ないからな」

 

「それでよかろう

 では早速はじめるとしようか」

 

こうして奇妙ともいえる共同作戦がはじまり、程なくしてのこと

 

我らは怪しい一団と遭遇することになります


 
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