≪漢中鎮守府/北郷一刀視点≫
さて、こうして俺は満足とはいかないまでも十分といえる成果を持って帰ってきたわけだが…
只今現在進行系で布団の中にいる
理由は情けないことに“過労”だった
記憶がかなりあやふやなのだが、どうも俺は天水が見えた時点で倒れたらしい
華陀に言わせると
「もう少し気付くのが遅かったら死んでたぞ」
というくらい酷い状態だったそうだ
目が覚めた時には既に漢中の自室で、天水からここまで、半月は目を覚まさなかったらしい
目が覚めた瞬間、懿が泣き伏し令明が号泣し公祺さんと伯達ちゃんが駆け出していったのを、唖然として見送ったのは記憶に新しい
何故か頭がすっきりして体はだるいが重くもなかったので、周囲が泣いて喜んでるところで
「えっと…みんなどしたの?」
と聞いたらみんなが掴みかかってこようとするのを華陀が必死に止めてくれたという、なんというか命の危険があった訳で…
後で俺の状態を華陀に聞いて全員に平謝りすることになった
なんていうか、みんなマジでごめん…
蛇足ながら、即日会議で
“北郷一刀を今後ひとりで長期間旅に出さないこと”
というのが満場一致で可決されたらしい
何も言い訳できん…
俺が不在中の漢中はといえば、そういった意味では特に変わったことはなかったそうだ
むしろ、日に日に執務は回転があがり、予想を遥かに超えて進んでいたらしい
俺のアイディアで生成可能かを模索してもらっていた金属の経過報告に忠英さんが来たときに
「もしかして俺居ない方がよかったりする?」
と冗談で言ったら、重装甲白衣としか呼べないモノから何か色々と飛び出してきて…
ええ、殺されかけました…
「冗談でも二度というな、言ったらコロス」
ハイ、モウイイマセン
だって、目が血走ってるんだもの
忠英さんでこれなら、他の誰かに冗談でもいったら命がない、という程度の理解力は俺にだってあるわけです
これでも一応愛されてるんだなあ、となんか色々なものに感謝しつつ、ようやく動くのを許されたのが目が覚めてから半月程経ってからの事だった
そこで俺は、あるふたつの情報を聞くこととなる
≪漢中鎮守府・円卓の間/北郷一刀視点≫
久しぶりに戻ってきた円卓の間は、今までにない緊張感に包まれていた
理由はふたつ
ひとつは、洛陽の東側で最近農民の反乱が頻発しはじめており、現在は官軍が対処しているが、それが徐々に拡大する傾向を見せているという事
この事に関しては、董軍令より出陣要請が来ており、かなり長期間の対応を考慮しなければならないものらしい
同時に野盗化した賊も数多く、現在洛陽ではそれらの対応で手一杯で、各地で勃発している小規模反乱までは手が回らないからだそうだ
このままいけば各地の刺史や都督、太守の動員もありうる、との事から、かなり切羽詰った状況との事だ
もっとも、これは俺に言わせれば予想済みの事であり、皆もそうであるので慌てる必要はどこにもない
もうすぐ“黄巾の乱”が起こる、というだけの話である
俺が不在の間に、洛陽に不自然に見えないように“表向き”の兵力の増員も行なったため、現在外部に向けて動員できるのは3万が計上されている
実質戦力は最大で20万近くにまで膨れ上がってるらしい
なので初期と表向きの数字は変わらないのだが、その中身は段違いのものと言える
恐らくは大陸のどこに出しても恥ずかしくない3万の兵馬だ
もっとも、俺の指示で“現在使用する事を禁じている兵装”があるため、その練度程の実力はないとの事だ
それは仕方がないことなので、とりあえずはよしとしよう
涼州との戦争までは隠し通さなければ意味がないのだ
この外征に関しては、守将として仲業に1万、儁乂さん、忠英さん、令則さん、懿に各5千ずつという事で決まった
補給輜重の責任者は伯達ちゃんで、捕虜輸送や補給線の護衛は令則さんが担当する
皓ちゃん明ちゃん、巨達ちゃんは現地での官軍や諸侯との折衝のため儁乂さんと忠英さんに同行
元直ちゃんは洛陽で諜報と情報伝達を担当
子敬ちゃんは懿と共に中軍を務める
公祺さんは医療兵1千を引き連れて令則さんと同行
令明は今の時点で近衛を衆目に晒すことができないので俺と共に待機となる
ここまで実質戦力を隠した状態で、綿密ともいえる形での総力戦に出るのは、もうひとつの情報が大きい
どうも大将軍何進と董仲穎、それに宦官の関係が急速に悪化している、との報が入ったからだ
ことと次第によっては、俺達は現有戦力と洛陽に配置してある諜報部隊の全力をもって董仲穎を救出しなければならない
このまま黄巾の乱に発展した場合、それと前後して宮廷闘争が激化する可能性が非常に高い
俺としてはそれだけは避けねばならないのだ
大将軍には黄巾の乱の収束までは生きていてもらわねば困るのである
これは、今後の予想ができなくなるからではなく、諸侯に対して“天の御使い”という看板を知ら示す機会が失われる事に起因する
黄巾の乱の発生と共に打って出るのもひとつの手段だが、そうなると洛陽を押さえる根拠を失うことになりかねないのだ
故に、俺は暴発する弦をぎりぎりまで絞り、それを維持する必要性に迫られている
「みんな、出陣の前に聞いてくれ」
全員が席を立って直立する
「俺がこれからやろうとしている事は、綺麗でもなんでもない、官匪が顔を赤らめ裸足で逃げ出すような謀略だ」
誰からも返事はない
「100年先を見据えて後世から評価されるとしても、その醜さがなくなることは絶対にない」
静まり返った円卓の間に、ただ俺の声だけが響く
「だからここで皆に機会を与えるのが俺が今できる役目だと思う」
空気が重くなり、全員が息を呑む音が聞こえる
「もし僅かでもついて行けないと思うのであれば、ここから去ってくれ
俺はそれを咎めないし、今までの労苦に見合うだけの恩賞も約束しよう」
そして皆の顔をぐるりと見渡す
「一刻待つ
出ていきたいものは退席して欲しい」
そうして目を瞑った俺の耳に、壮絶な溜息が聞こえてくる
ひとつではない、複数のものだ
「何を今更格好つけようとしてんだか…」
目を開けると、公祺さんが呆れたように頭を掻いている
「確かに、基本的に腹黒くて性格も悪いですが、それでも仁政を敷いていますからねー
その謀略が民衆に向かないのであれば妥協します」
令則さんが「やれやれ」といった感じで首を横に振っている
「あうあう…
私は自分が今までやってきた政治の行く末をこの目で確かめたいです」
巨達ちゃんはそう言ってロシアンハットを目元まで引き下げた
「ボクはそうだな…
とりあえずここと洛陽にいる美少女達を見捨てるっていう選択肢がないね」
仲業は照れくさそうに頬を掻いている
「この“瘋子敬”に今更逃げろって?
面白い冗談です」
子敬ちゃんは笑いもせずに真直ぐに俺を見つめる
「私は、貴方が飢えや乾きに人々が苦しむことのない未来を見せてくれるまでご一緒します」
伯達ちゃんはそう言ってにっこりと笑う
「元ちゃんは助けてもらったよ」
「元ちゃんは救ってもらったよ」
『だからこれからは私達が助けてあげるよ』
皓ちゃん明ちゃんは泣きそうな表情でそれでも元気に親指を立てる
「拙者は武骨者ゆえ、己を認めてくれた主を簡単に変えられる程器用ではござらぬよ」
儁乂さんはそうして瞑目する
「ここを追い出されたら、私はどこで研究すりゃいいのさ
もう貧乏研究はゴメンだよ」
忠英さんはそう言ってニカっと笑った
「私は残りますよ
だってまだ勝っていませんから」
元直ちゃんはそう呟いて帽子に手をやる
「今更何を言うかと思えば、ばかばかしいですな
私が居ずして誰が貴方をお護りするのです?」
令明はそう呟いて不機嫌そうに顔を背ける
そして…
「あの日申し上げましたでしょう?
私は身命を賭して貴方様にお仕えする、と…」
そう微笑む懿の顔がそこにはあった
俺は今日、はじめて外史を司る何か…神とでもいうべきなんだろう
それに心から感謝する
「みんな、本当にありがとう………」
泣かないと決めたはずなのに、俺は溢れる涙を止めることができなかった
≪狭/???視点≫
「いよいよはじまるわね……」
「うむ
先がどうなるかはまさに神……
いや、外史のみぞ知る、と言ったところか…」
そこには相変わらず何もなく、ただ声だけが聞こえる
「ここから先は儂にも判らん
外史の担い手達がどうなるのか、それさえもな」
「アタシにも何かできればいいのだけれど…」
その言葉に苦渋に満ちた重い沈黙が降りる
しばらく続いた沈黙の後に紡がれた言葉は、やはりこれ以上ないと言える程の苦渋に満ちていた
「完全に定まった外史であるなら、儂らも物語に影響が出ぬ範囲でなら関われもしようが…」
苦渋に満ちた声は言葉を続ける
「あそこに愛しのだぁりんがいるというのに、ただこうして見ている事しかできぬとは!
これもまた漢女の道なのかっ!!」
「まあ、ご主人樣に今回は深く関わっちゃってるし、一緒に旅をするとかもできそうにないわね」
どうせ自分は関われないし、と言わんばかりの投げやり感に満ち溢れた台詞に、もうひとつの声が反応した
「ぬぐぐぐぐ……
どうせお主は余計な横槍が入らねば関われぬからと気楽に構えおってからに…
それでも漢女道亜細亜方面継承者かっ!!」
「あらん、それは失礼ね~
アタシも漢女ですもの
今もこうして胸を焦がす想いに満ち溢れてるわよん?」
嫉妬に狂った漢女はこれだから、と呟く声に再び別の声が激昂する
「嫉妬とは失敬な!
儂のこれは滾る漢女の熱い想いであって、そのような下劣な感情などではないわっ!!」
「あらん、そうなのん?
アタシはご主人様とああしてアナタのだぁりんが仲良くしてるのを見るのは、割とじぇらしぃなんだけどぉ」
「ううむ……
確かにそう言われてみれば、あの仲の良さには儂とてもいささか思うところがないでもないが…」
再び
「うぬぬぬぬ……」
と呻く声に、どこか悲しそうにもうひとつの声が告げる
「どのみちアタシ達は、この外史が定まるまでは見ていることしかできないのだし、せめてこの想いが天の国にいるご主人様に届くように祈ることしかできないわけよね」
「うむ
儂の想いもそこにいるだぁりんに届くよう祈ることしかできん
それが口惜しくもあるが…」
そうして再び、今度はなにかもやっとした、怖気が走る感じの沈黙が場を支配する
しばらくして、ふたつの声が同時に、同じ事を呟いた
『そしてそれもまた、外史たるが故の宿命なのかも知れない………』
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