No.317528

C.H.A.R.I.O.T&W.O.R.L.D Ⅰ

皆さんおはようございます。
といってもこちら実は全然寝てないのですがw
さて今回お送りする作品はさとりとこいしの過去話から地霊異変を経て、そしてその後どう二人が向き合っていくかをまた人形の~シリーズの時のように書いていこうと思っております。
まぁまた長期間にわたっての連載になると思いますが、生暖かい眼で見ていってください。
地霊異変を経て断絶する地霊一家の未来はいかな運命を生むのか

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2011-10-13 05:31:03 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:689   閲覧ユーザー数:676

 

 

 汝は何を祈り、その為に何を捧げ、何を誓う?

 

 遥か昔、私はそんな問いかけを受けたような気がした。

 いや、それとも私が人に問いかけたのだろうか?

 それすらも今は忘れてしまうほどの、とんでもないほどの昔に……

 

 

 

「お久しぶりです」

 

 ここは地霊殿のロビーだ。足元のステンドグラスから差し込んでくる灼熱地獄の光に照らされた外に住む者にとってはこのロビーはとても居心地が悪いようだ。

 それはどうやら外の世界に住む者にも同じらしく、先ほど私を倒していった人間達もこの光景に不快感を示した。

 私からしてみればこれほど効率的に家に光源をもたらす方法は無くて重宝しているのだけれども、彼女達はそういった利便性にはついに理解を示してくれなかった。

 ただ、趣味が悪いといわれた事には少しだけ腹が立った。ただそれだけだった。

 そして今現在、私の目の前にはその地上の人間に趣味が悪いといわれたものよりもっと趣味の悪い物体が現れていた。

 白い手だ。手だけが中空に浮いてこちらに手を振っている。

 手が喋るわけが無い、そういった先入観はもしかしたら危険なのかもしれないけれども、不気味だと思わざるを得なかった。

 

「どちら様でしょうか?」

 

 少なくとも私に白い手だけの知り合いなんて存在しない。多分存在していたら真っ先に自身の精神状況を疑うだろう。

 喩え旧地獄なんていう辺鄙な所に住んでいたとしても自身の美意識だけは正常さを保っておきたい。

 

「あら、ちょっと待っていてくださいな」

 

 よっこいしょ、とおばさん臭い声でその中空から体をまるで空間からはみ出してくるように出てくる。

 

「きゃ!」

 

 そのくせ今度は子供のような声を出してそのまま地面に転がっていく、誰か――

 金色の長い髪を床に撒き散らしながら地面を睨みつけている。

 思わず呆気に取られた。けれども自身の能力を使う事は、忘れはしなかった。

 第三の瞳から流れ込んでくるその“誰か”の心の声、

 

(いたたた、藍ったら戦闘中だからってこっちの制御を中途半端にするなんて、帰ったらおしおきよ!)

 

 その語気の割にはそこまで気にしていないようにも見える。恐らくこういったことは日常茶飯事なのだろう。

 彼女はまた空間から裂け目を作り出し、扇子を取り出して広げた。

 あんなおとぼけた醜態を晒していたくせに今更また格好をつけようとしてくる。

 

 胡散臭い……

 

 そのフレーズを心に強く感じ、そして先ほど戦った人間の心に描いた弾幕を思い出し、そして目の前の妖怪の正体を見極めた。

 私の表情に反応して、彼女の心が僅かに嬉しそうに動く、

 

「思い出していただけましたか? 古明地さとり、その名前は気に入って頂けたかしら?」

「ええ、お久しぶりです。八雲紫、ええ、その特徴的過ぎる雰囲気は忘れたくても忘れられないわ」

「あら、最初は怪訝な顔をしていたのに今更取り繕う気でしょうか?」

「空中に手だけ浮いていたら誰だってそんな表情はするでしょう?」

「ええ、確かに……けれども私、実はとても寂しがりやでして、一度仲良くなった人に忘れられてしまうと幼子の如く号泣してしまう性格なのですよ」

「それは自慢出来る事ですか?」

「あら、羨ましくないと?」

「寧ろ羨ましいと思った存在がこれまで居たかを聞いておきたいですね」

 

 

 私の最後の言葉を受け、彼女は一旦黙る。そして、心で別の話題を探し始めているのが良く視える。

 

 多分一人も居なかったのだろう。

 

 彼女はロビーの下を覗きこみ、そして不思議そうにそのステンドグラスを眺める。

 

「悪趣味ねぇ」

「どう言われても、この地底で光源を求める事は重要な事なんですよ。灼熱地獄が真下にあるのならその光源を取り入れるのは間違ってはいないのですよ。地上で空の太陽を利用する事と同じでこの地霊殿は真下の灼熱地獄の光を利用しているのです」

 

 尤も、個室まで一日中照らされていたらたまった物じゃあないからガスランプも用意しているのだけれど、それは言わないでおいた。

 

「でも、ほら、真下から覗けばパンツ丸見えですわ」

「――! あなたって人は、どこまで俗物なんですか?」

「聖人君子は地上には住んだりしませんわ。さて、さとり、今日は私地上の者の代表としてこちらにお邪魔しに来ました」

「ええ、そうでしょうね」

 

 体面上は過失とはいえ私の部下が地上へ続く道の封印を解いてしまった。それだけではなく、もう一人の部下が今度は故意的に地上へ旧地獄に蔓延る怨霊を撒き散らした。

 それはかつて地上の妖怪達と取り決めた掟を一方的に反故にする行為と同じだった。

 そしてもう一つの危惧、それはその解決に現れたのがこの目の前の妖怪、八雲紫だという事だった。

 

 彼女とはこの地獄に堕ちる以前にただ一度だけ会った事がある。

 それは懐かしくもあり、本当だったら酒の席でも設けておきたい事だけれども、立場としては複雑なものだ。

 けれども彼女の言葉は私の予想外のものだった。

 

「ようこそ、私の幻想へ、遂に私達の幻想は交わってしまったのね?」

 

 その彼女のフレーズにはどこか自身の涙腺を脆くさせるものがあった。

 

「……その言葉を聞く前に、まだこの異変は解決してはいないわ」

「ええ、確かにそうね、でも時期に決着はつくでしょう。何故なら今異変を解決に向かったのは私の大切な――」

 

 と、その時、唐突に彼女のスカートの中から何やら機械音が鳴った。

 彼女は話の腰を折られたのが心底気に障ったらしく、そのポケットから小さな機械を取り出してそれを耳に当てる。

 運命なのか、それともそれすらも振りなのか、彼女は締めるべき所がどこか締まりが悪い。

 

「……分かったわ。あなたももう少し上手くやりなさいよ。ええ、そうね、霊夢のパートナーなんて務まるのは私位ですもの、決して嫌味を言っているわけではありませんわ」

 

 明らかに不機嫌な感情でその機械のスイッチを切って、再びこちらを向いてくる。

 

「残念ながらあなたの部下は想像以上に力を持っていたらしくて、霊夢一人じゃあ身に余るそうですわ。私がこれから直接サポートに行ってきます。細かな話はまた後ほど」

「あの!」

 

 颯爽と立ち去ろうとする紫に私はそれでも一つだけ確かにしておきたい事があった。

 

「あの、私の部下は……」

 

 上手く言葉が出ない、それは私自身が恐れていた言葉だったからだ。

 

 処分、排除、そして討伐、そのいずれかを言い渡されれば、私は彼女達を守ら無ければならない。

 けれどもそれと同じくらいこの目の前の彼女と敵対するのだって嫌だった。

 その私の表情を読んでか、彼女は宣言した。

 

「あなたの部下はあなた自身で所在を決めなさい。それが責任者の仕事ってものでしょう?」

 

 そう言いながら、彼女はまた空間の裂け目へと出て行こうとした。

 ただ、消える前に、またもう一言だけ言い残していった。

 

「いい部下をお持ちのようね。珍しくも霊夢が苦戦している。そう、猫ちゃんの方ね。私の式もあれぐらいは見習って欲しいものだわ」

 

 消えていくかつての友人を見て、私はただ、今は安堵するばかりだった。

 ステンドグラスからもたらされる光が一際強く輝くように見えた。

 それは私への憤怒なのか? それとも贖罪なのか? 眼の届かない場所に居る者の心だけは私は読めない。

 

 

 

 

 

 

 いつの事かは定かではない。どことも知れないとある小高い丘に一つの奇岩があった。

 

 その奇岩は旅の道しるべとして、多くの人々の目に留まった。

 

 初めて見た人々にとってそれは奇異の対象であり、けれども幾度も見る者にとってそれは好奇の対象であった。

 

 特に夕日に照らされたその奇岩は美しく輝き、それは人々の心に小さくない感動を与えた。

 

 ある時、その岩に向かって祈りを捧げた少女が居た。

 

 その行為に一体どれだけの意味があったのかは恐らくその少女にすら分からなかったのかもしれない。

 

 ほんの僅かな願掛け、例えばこれからの旅路が実り多きものでありますように、そういった些細な物だったのかもしれない。

 

 けれども、そんな行為であってもその後の奇岩にとっての運命を大きく変える行為であった。

 

 彼女の行為はやがて多くの人々の習慣となった。

 

 数多の人々の祈りはその奇岩に捧げられていった。長い、長い年月をかけて……

 

 習慣はやがて信仰へと変質していき、ある一人の人間の指導の下、その奇岩に祭壇が作られた。

 

 そしていつしか奇岩を奉る行為は風習となり、その人々にとってあるのが当たり前の物になった。

 

 奇岩に祈りを捧げる人々は次第に数を増した。

 

 多くの人々が往来していく、肌の色が違うもの、使う言語の違うもの、老若男女、多種多様な人々がその奇岩を見て特別な想いを抱いていった。

 

 奇岩へと捧げられる祈りは強く、そして深いものへとなっていった。

 

 多くを望む人々、多くを願う人々、しかし奇岩にとってそれはただの言葉であり、それ以上のものではなかった。

 

 しかし、その奇岩への信仰は唐突に終わりを告げた。

 

 人々の闘争、その奇岩への祈りを行う者達を嫌った者達によって人々は悉く蹂躙されてしまった。

 

 多くの者の血が流された。多くの物が略奪された。

 

 人々は呪いを謳った。その奇岩へ祈りを捧げていた人々は奇岩に向かって叫んだ。何故我々の祈りに応えてくれなかったのか、と人々は口々に叫んだ。

 

 

 答えよ! 答えよ! 何故我々を見捨てたのか!

 

 

 しかし人々の呪いすらもその奇岩には届かずに、最後は呆気なく、その奇岩は人の手によって真っ二つに砕かれてしまった。

 

 

 

 

 

 それから長い年月が過ぎ去った。

 かつて多くの人間たちが踏み入れたその地はかつての栄華を忘れたかのように何もなくなっていた。

 既にその土地に踏み入れる人の姿なんて有りはしなかった。

 ただ変わり行く世界の中、その場所だけ年月が過ぎ去るのを忘れたかのように、砕かれた奇岩はその場所に取り残されていた。

 奇岩の中では数多の声が響いていた。

 それは気が遠くなるほどの長い年月をかけて人々から受けた言葉だった。

 

 その砕かれた岩の中で幾度と無く反響する言葉、祈り、呪い、親しみ、憎しみ、それらの言葉はその奇岩の欠片の中で確かに反響し、残っていた。

 

 それはその奇岩の中に堆積し、増大し、そしてただ一つの言葉によって、その奇岩の欠片に堆積された歴史は一気に呼び起こされた。

 

 

 答えよ! 答えよ! と

 

 

 答えられない。何故ならどんなに強い願いを込められても、

 どんなに強い恨みを込められても、

 

 それに答えられるだけの“自分”というものなんて持っていないのだから……

 

 

 ねぇ? 私って何者?

 

 

 人々にこんなにも多くの言葉を向けられるほどの存在なの?

 

 

 

 ねぇ、あなたなら答えられる?

 

 

 

 私には分からない、だから答えを求めた。

 

 

 私ではない、もう一人の私に、

 

 

 

 今では人なんて一人も通らないその不毛な大地に、

 

 

 

 気がつけば二人の少女が横たわっていた。

 

 

 

 

 

 

 ステンドグラス越しに遥か下方の灼熱地獄が最後にまた強く輝くのを確認できた。

 私はその光によって漸くこの異変が終結したのだという事を理解した。

 

 まるで断末魔のような、そんな叫びのような“声”がここまで視えたからだ。

 

 膨大なエネルギーが見せる感情の放出、それは目を覆いたくなるほどの強い“輝き”を見せるもので、けれども決して目をそらせる事なんて、出来はしなかった。

 お燐はどうなっただろう? お空は? 私を殺しにかかってこなかった人間達だからそんなに酷い仕打ちはしないだろうが、彼女達の姿をこの眼で確認するまでは安心できない。

 けれども私がここを離れる事はできない。

 私が慌てれば地霊殿の他のペット達は私を見放すだろう。

 それにどうせ下に降りた人間達はここを通らなければ地上へ帰れないのだから、彼女達に聞くのが早い。

 

 「……なんであれ、お客様にお茶くらいは出しておくのが礼儀かしらね」

 

 どうせ灼熱地獄の最深部に降りたのならこちらまでの復路には時間がかかるだろう。

 お湯を沸かして、お茶を入れるくらいの時間はあるだろう。

 

 ……

 

 こういうところをお燐には地獄の主らしくない、ナンセンスだ、と偶に呆れられていたりはするが、これは性分なのだから仕方が無い。

 いつもの花柄のティーセットに地上に偶に行く時に買ってくる茶葉を入れる。

 十分に暖めたお湯を注いで、ポットにティーコゼーを被せて来客用の部屋のテーブルに置く、カップは4つ、多分もっと必要になるとは思うけれども、それでも今は差しあたってそれだけでいいだろう。

 数分待っていると中庭の方から声が聞こえてきた。

 先ほど灼熱地獄に入っていった人間が二人、名前は博麗霊夢と霧雨魔理沙といったか、紅白の方がもう一人を担いで出てきている。

 

「全く、全力でぶっ放すのはいいんだけどさ、熱中症で倒れるのは止めてよね!」

「うぅ、わりぃ……」

 

 黒白の方がぐったりとうな垂れている。

 まったく、人間の癖によく灼熱地獄に生身で入っていく気になったものだ。

 私は中庭を掃除する時に使うバケツに水を入れて二人を呼んだ。

 

「霊夢さん、魔理沙さん!」

 

 二人は怪訝な顔でこちらを見てくる。そしてそれが驚愕の表情に変わった。

 私がぶちまけた水を彼女達は思いっきり被ってしまった。

 私の知る限り彼女達の始めての被弾だった。

 

「……なにすんのよ?」

 

 紅白の方が聞いてくる。どうやらわりと怒ったらしい。

 

「いえ、熱中症と聞いたので、やっぱりまずは冷却が必要だと思いまして」

「他に方法は無かったの?」

 

 黒白の少女を抱えながら呆れたように呟いてくる。よく見ると彼女の方も大分体力を使ったらしい。

 疲労困憊の表情に更に呆れたような顔を隠そうともしない。

 

「応急処置ですよ。こういった病気は早いうちに対処しないと危険ですからね。向こうに紅茶を用意しておきましたが……」

「こんな格好で紅茶なんてゆっくり飲めるかっていうの!」

 

 遂に彼女は怒りを顕にしたが、どうやら怒り狂う気力すらも無いらしい。その場に倒れこみ、どうやら動けないらしい。

 私は台所からコップを二つ取ってきて、少しだけ塩を入れた水を彼女達に渡した。

 

「しょっぱい」

「しょっぱいぜ」

 

 揃って同じ答えを返してくるが、

 

「それが水分補給にはいいんですよ。生憎柑橘類などの生の植物は貴重なので、それで我慢して下さい。服の着替えを用意させますから今日はこちらで泊まって行ってください」

 

 私はペットを数匹呼ぶと、彼女達を運ばせた。

 去り際に彼女達はやっぱりロビーのステンドグラスを見て「気持ち悪い~」と言っているのが視えたが、それをいちいち突っ込む気にもならなかった。

 

 

 さて、困った事にこれでは折角淹れたお茶が無駄になってしまう。

 

「では、それは私と一緒に飲みませんか?」

 

 目の前に先ほどの隙間妖怪が現れる。

 今度は優雅に出る事ができて満足らしい。そのままこちらに遠慮もせずに客間の席に座り、勝手に紅茶を淹れ始めた。

 

「相変わらず図々しいんですね」

「あら、けれどもそういうのも嫌いではないのでしょう?」

 

 そういいながら彼女もこちらにカップを勧めてくる。

 いや、それ私が淹れたんですけどね……

 

「さて、今回この旧地獄と私の幻想郷に一つの道ができたわけですが……」

「……」

 

 その言葉に今一度息を呑む、彼女の心を読めばこの先何を言うかは大体理解は出来るが、どうしてもそれが出来ない。

 昔からの悪い癖だ。知りたくない他人の心を前にすると自身の瞳を両手で押さえてしまう。それが胸元で祈るように手を組むのも人によっては嫌な気持ちになるようだ。

 けれども紫はそこまで気にした様子は無く、言葉を続けた。

 

「私は歓迎いたしますわ。もちろんこれは妖怪である私の考えだから今寝ている人間達がどう言った結論を出すかは私には想像できませんが、私は少なくともあなた方旧地獄の住民を私の幻想郷の一員として迎え入れる事を歓迎いたしますわ」

「そんなに簡単に決めてしまっていいのでしょうか?」

「あら、この旧地獄を治める妖怪が弱気な事で、私の管理する幻想郷には割りと何だって居ますのよ。今更この旧地獄の亡者共がそれに加わったところでそれは一つの個性でしかない」

「けれども、旧地獄に住む妖怪だってあなた方にとっては危険な存在だって多いはずですよ?」

「ええ、例えば今目の前に居る覚り妖怪だってね、一度その能力を振るえば人々を猜疑の渦に放り込むことだって出来る」

「……!」

 

 思わず彼女に冷や水を浴びせかけられるような気持ちになった。

 右手で首元を押さえ、なんとかそれを抑える。

 

「……確かにそうなれば脅威ではある。けれども私はそれを恐れる気にもならない。何故ならあなたはこの世界と幻想郷が繋がったという事実を理解していながらも、そうしようとは思わなかった」

「けれどもお空は……霊烏路空はそれをしようと考えましたよ?」

「ええ、そして退治されてしまった。人間にね」

「それは結果論でしかないわ」

「世の中の大半は結果がすべてなのですよ。今外の世界には数多のそういった危険因子が存在している。運命を操る悪魔、死を操る亡霊、軍神、永遠に生きる月の咎人、そんな強力な個性を持った人外の中では、あなた方の能力ですら一つの個性に過ぎない。極端なお痛さえしなければこちらには迎える準備がありますわ」

「そんな簡単な物なのでしょうか?」

 

 そこで漸く私は両手で隠していた瞳を彼女に向けた。

 その第三の瞳で視た彼女の心は、遥か昔に視たときと同じだった。

 どこか柔らかで、それでいて芯の強いような、そんな人物だった。そんな彼女の感情からこぼれ出てきたのは、私の事をどこかで励ましてくれているような、なぜだかそんな感情を私に向けてきた。

 

「いつか言ったでしょう? いつの日かまた二人の幻想が交わった頃に出会いましょうって、その願いが今丁度叶った、ただそれだけの事よ。あなたが変わった様に外の世界も変わった。いつまでも地獄の存在を恐れる者たちは居なくなった。それは今日来た人間達を見ればわかるでしょう? まぁ細かな事は色々決めていかないといけないけれども、今はそれだけで十分では在りませんか」

 

 微笑みながら彼女は私の淹れた紅茶を下品にならない程度に傾け飲み干す、

 全く、どこまでも気取り屋なんだから……

 けれどもその彼女の気取り屋にどこかで救われる気持ちもある。

 

 ……

 …

 

 そして彼女はそのまま渋い顔をする。

 気になって心を覗いてみたら、その表情どおり、私の淹れた紅茶が渋すぎたようだ。

 そのギャップが面白くて思わず大笑いをしてしまった。

 

 その私の大笑いを彼女は一言返して来た。

 

「あなたのそういったところ、凄く人間臭いわ」

 

 それが彼女なりの皮肉めいた褒め言葉なのだけれども、それと同時に自分と外の世界の存在の違いを提示するようなものだった。

 私達は、友人であると同時に、今では立場の違う管理者同士なのだから、それは弁えろと忠告するような声も視えて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 ある時、そこまで人通りの多くない街道に二人の少女が倒れているのを一人の女性が見つけました。

 一人は薄紫の癖のある長い髪をした少女、もう一人はすらりと長い銀髪の少女でした。

 その美しい髪をした二人はそれとは対照的に、ぼろ布だけを身に纏ったような粗末な姿でした。

 行き倒れの二人を女性は哀れんで自分の家に連れて帰りました。

 

 銀髪の少女が目を醒ました時に見たものは、それは温かい空間でした。

 仲の良さそうな夫婦、子供の姿は見えませんが、それでも一目でその二人の仲の良さが分かるようなそんな温かな空間でした。

 

「おはよう」

 

 若い女性が彼女に声を掛けてきました。

 銀髪の少女は、胸にある瞳でその女性を布越しに見つめ、そして答えました。

 

「おはようございます。助けていただき有難うございます」

 

 その彼女の言葉を聞き、女性は若干驚きました。

 何故なら彼女の使った言葉はこの地方にある独特の訛りで喋ってきたのでそれが意外だったようでした。

 

「あんな所に倒れていて、あなた達はこの辺の子じゃあないね?」

「ええ、二人で旅をしている者です。助けていただき有り難いのですが、連れが起きたら出て行きます。ですので、もう暫くはここに置いてください」

 

 精一杯に頭を下げる銀髪の少女、その姿を憐れに思い、先ほどまでの疑問を打ち消すだけには十分なものでした。

 

「遠慮しなくても好きなだけここに居てもいいんだよ」

 

 それから薄紫の髪の少女が目を醒ますと、女性は二人に温かいスープの入ったカップを渡しました。

 銀髪の少女は礼をいい、それからもう一人の少女に手渡そうとしました。

 けれどももう一人の少女は意識がはっきりとすると、まるで何かに怯えたように震え始めました。

 その姿はまるで何か悪い病を持っているかのようでした。

 その美しい髪を揺らしながらまるで痙攣するように、奥歯が絶え間なくカチカチと鳴り、それが彼女達を助けた女性にとっては背筋が寒くなるような光景でした。

 しかし、銀髪の少女はその対応に手馴れているのか、彼女の両手を片手で押さえて、嫌がる彼女に無理矢理スープを飲ませました。

 その手際のよさに、この二人の少女の過去を想像させられ、尚更に彼女達の境遇に同情しました。

 

 

 二人の少女はその家で暫くその家族と一緒に暮らす事になりました。

 働き者の夫と子供は出来なかったけれども元気な奥さん、そしてその夫婦に養われ幸せそうなお爺さんとお婆さんは二人にとても優しくしてくれました。

 毎日の温かな暮らし、村の人たちも親切でした。

 彼女達の自慢の髪を整えてくれたり櫛で梳いてくれたりする女性を銀髪の少女はとても気に入りました。

 その人間の持つ温もりを、銀髪の少女は一身に受け、そして一つの決意をする事になりました。

 そんな毎日が続く中、女性が二人の少女にお揃いの服を作ってくれました。

 銀髪の少女は丁寧にお礼を言いましたが、もう一人の少女はやっぱりいつものように何も言わず、ただ部屋の隅で震えていました。

 その姿にはもう女性も慣れたのか、仕方が無いものだと思う事にしました。

 けれども、子供が出来ていたのならこのくらい可愛い娘だったら良かった。などと言う感慨に耽っているのを、銀髪の少女は視ていました。

 その晩、女性に縋りつく様に紫の髪の少女が抱きつきました。

 彼女は震えながらも女性に何かを訴えかけるように、

 けれども彼女には最早少女の言葉が届かないほどその心は遠くに行ってしまいました。

 翌朝、銀髪の少女はお世話になった人々に礼を言い、それから二足の木靴を貰い、村からもう一人の少女を連れて出て行きました。

 

 

 

 その後、村でまともな人間は一人として存在していませんでした。

 何時の頃か? どこで起こった事なのか? それすらも人々から忘れ去られるような、そんな小さな小さな昔話がありました。

 

 

 

 

 

 自らの邪悪さ、これに目を背けて生きる事は旧地獄に住む妖怪には出来ない事だ。

 疫病を操る者、嫉妬を操るもの、心を読む者、死体を持ち去る者、エトセトラ

 鬼達は人々に恐怖を与える為に存在していた。

 この私、古明地さとりだって同じだった。

 人の心を読み、そして人心を誑かす悪名高き妖怪、だからこそ旧地獄の管理者として存在している。

 体面上は、そんなものだ。

 けれども自分の出会った数多の人々の言葉と同じようにその在り様は変化していく、かつて多くの人々が恐怖した鬼を人間は恐れなくなった。

 多くの疫病に恐怖した人々は未だに多くの病に苦しんではいるが、それでもそのいくつもの病を克服していった。

 けれども、人間は嫉妬を忘れる事はできたのだろうか? 心を読まれることに恐怖を感じなくなったのだろうか?

 それだけは分からない、時折外の世界へ出向いた時に手に入れてくる書物には、様々な人々のイデオロギーの摩擦などにより多くの人間が命を落としていると書いてある物もあった。

 

 それを操る事が出来るのならそれは正しく恐怖すべき事だった。

 けれども八雲紫はそれを気にはしない、と言いのけた。

 

 八雲紫は兎も角としてあの人間の巫女はその私達を受け入れる事がどれだけのリスクを負うのかを理解した発言なのだろうか?

 八雲紫が私に言ったように彼女はやっぱりルールを守るなら、という前提で私達が幻想郷に存在する事を受け入れてしまった。

 博麗霊夢は曰く、

 

「だって、空いちゃったモンは仕方が無いでしょう? 今更厳重に塞ぐってのも生き埋めにするようで何だか嫌だし、それに私達は妖怪を退治するのが仕事であって、アフターサービスはやってないのよ。自分の所在くらい自分たちで探したら?」

 

 実に明快な答えだった。

 その心に嘘が無い事が恐ろしく不思議で、それがどこかで魅力的だった。

 と、そこで私は考えを正す、

 

「分を弁えて、ね、なるほどそういうことですか」

 

 私は長らく埋葬していた心の疼きを想い起した。

 もうあんな気持ちにはならないと誓った身だ。

 私は違う、人間とは、そして、数多の妖怪達とは……

 他人の心に土足で踏み寄る能力、第三の瞳、その瞳が開いている意味を忘れてはいけない。何故なら私は人間とも、他の動物とも違う存在なのだから……

 それからこの異変の首謀者の二人が灼熱地獄から上がってきた。

 人の姿を保てないのか、猫の姿で、それでも遠目で見ても分かるくらいにボロボロな火焔猫燐と、それほどまで重傷ではない霊烏路空、

 私はそのどちらにもこの一連の事件の処罰を言い渡さなければならない。

 けれども、そんな事よりも私には大切な事があった。

 

「……お空! あなたの体の方は大丈夫ですか?」

 

 力の無い瞳をこちらに向けてくるお空、どこか虚ろで、心にも動揺の色が強く滲み出ていた。動揺、そしてその根源に渦巻く後悔の念……

 

「お燐のその姿は? まさか、さっきの人間達が?」

 

 私の言葉にお空の心は漸く動いた。

 それは後悔から罪悪感に変わり、彼女の心をその翼よりも黒く染め上げた。

 

「落ち着きなさい! お空、私を無視して地上まで支配しようと考えていたあなたはどこに行ったの? あなたがそうやって棒立ちになっているだけでは何も出来ないわ。そう、今にも死にそうなお燐を助ける事もね!」

 

 私の最後の言葉に鋭く反応した。

 心にせめぐ闇は未だ彼女の心を完全には覆ったりはしなかった。

 私はその彼女の危うさに一旦溜息を吐いて自身を落ち着けた。

 ここで彼女の感情を逆撫でしては人間達がここまで来た意味が無い。

 何より彼女の腕に抱いているそのお燐が報われない。

 お空は黙って私に彼女の腹部を指差した。

 

「それは、あなたがやったの?」

 

「……」

 

 彼女は黙る。けれども心がそれを肯定してくる。

 否――私も、という言い回しがその心には含まれていた。

 

「そう、人間と闘った後に、お燐が降りてきて喧嘩を挑まれたのね。あなたは何度も断ったけれども、お燐はスペルカードを引っ込めなかったのね。だから応じてしまい、段々白熱してしまった。あなたらしい失敗で、彼女らしい失敗でもありますね」

 

 私は彼女の手からその喧嘩早い猫を両手に抱え、そしてお空に伝えた。

 

「お空、あなたはとりあえずその汚れた服を洗濯……いえ、それはもう着れないわね。だからゴミ箱へ、それと、着替えを持ってお風呂に入ってらっしゃい」

「でもお燐は?」

「お燐がここに来た時にあの致命傷から救ったのは私よ。今度も恐らく助かるでしょう」

 

 私のその言葉に、再びお空の心に黒い物が浮かんでくる。

 それはただ一つの衝動を彼女に呼び寄せていた。

 渡すな、渡すな、と、今彼女を渡してしまったら、二度とお燐とは会えないぞ、と彼女の心の黒い部分が彼女に囁く、

 

「あなたに、何が出来ると言うの?」

 

 私の言葉にお空はまた反応する。

 その黒い感情が表に出てきたかのように、鋭く私を睨み付ける。

 まるで鷹か鳶が得物を狙うかのようだった。

 けれども今は彼女の理性を引き出さなければならない。

 

「地獄中を騒がせて、地上にまで迷惑をかけても何も出来なかったあなたに何が出来るというの? 傷だらけの猫の手当てなんて、包帯をきちんと巻く事も出来ないあなたが治せるのでしょうか? 今は心の整理がつかない事は理解しましょう。けれども今は私の腕を信じてください。お燐は必ず治ります」

 

「……私はさとり様、あなたの腕は信じています。私も何度だって助けられたし、お燐がここに来た時に一番頑張っていたのはさとり様だったのも私は知っています。けれどもそうじゃあないんです。さとり様、今の私は制御不能な自分の能力と同じなんです。制御不能な心があなたをどうしても信じさせてくれないんです」

「ならば、あなたは死に逝く友を抱えて旧都でも駆け巡るのですか?」

「出来ない事を言わないで下さい! 分かっているんです! 私はさとり様を信じられない! けれどもさとり様にお燐を任せなければならない! それが胸の奥でぐるぐる巡って苦しいんです。教えてください! さとり様、私はそんな自分の心をどう鎮めれば良いのでしょうか?」

「お空、それはあなた自身が自分の能力とこれから向き合わなければならない事と同じくらい自分自身で向き合わなければならない自分が避けていた感情への追求よ。その答えはあなたの中にしかない。私はあなたの心を観測する事は出来てもあなたの心を作り変える事はできない。今は耐えなさい。お風呂に入って、自室で静かに休んでいなさい」

 

 私の応えに、彼女はまた想いを巡らせていた。

 彼女の心に渦巻く感情、

 

 それは紛れもなく私に対する強い“憎悪”という感情だった。

 

 その感情が強く作用して私に対する素直な気持ちを出す事ができない。

 本当ならば殴ってくれてもいい、その能力を振るって私を殺しにかかってきてもいい、

 けれども今の私は彼女にとってそんな対象ですらなく、ただ、自分よりも遥かに体格が小さい私に彼女は膝を突いて縋りつく様に泣きじゃくった。

 

 優しい言葉なんて、懸けられない。

 

 それは言い訳なのかもしれない。

 

 彼女が冷静さを失ったのなら私が冷静でなければならないという事実を盾に取って、彼女の向けてくる感情と手の中で眠っているお燐の事を考えただけでも半狂乱になりそうな自分自身を誰にも悟られないように振舞いたいのか、

 

(或いは、初めからそんな感情なんて存在しない。なんていう自分を発見するのが恐ろしいのかもしれないのかもしれない)

 

「行きなさい、お空、今のあなたでは何も成す事は出来ない。何かを為すためにはそんな感情であっても制御できていないといけない。そしてお燐に必要なのは手早い治療、喩え私を信じられなくてもいい、けれども私は立場によって動く事も出来ますので、今は地霊殿を管理する一人の妖怪に自身の友人を預けるという気持ちになっていてください」

 

 その言葉で漸く彼女は納得したのか、彼女は何とか立ち上がって、そして涙を拭い、私に向き合った。

 

「地霊殿に住む古明地さとり様、どうか私の友人、火焔猫燐を宜しくお願いします」

 

 彼女は丁寧にお辞儀をした。

 その他人行儀な姿が、彼女の言葉と内面の温度差を良く顕していて若干苦しい。

 

「ええ、後は私に任せてお風呂よ。この家に住まう物がいつまでも泥だらけなのは我慢できません。存分に疲れを癒していらっしゃい」

 

 私は振り返らず、治療室に続く廊下を歩み始めた。

 彼女の姿が見えなくなるまで歩みを止めず、そして彼女が見えなくなった頃合を見計らってこの腕で先ほどからけしからん夢を見ている猫の耳を触り、そして思いっきり息を吹きかけた。

 

「っ~~~~~!!」

 

 彼女は低い声で唸りながら飛び起き、そして私の姿を確認した。

 

「さとり様! お空は? もしかして処分とかしたりするんですか?」

「落ち着きなさい、物騒な、お燐、お空は先ほど泥だらけになっていたのでお風呂に向かわせたわ」

「……じゃああたいがここに運ばれてきて?」

「多分5分も経っていないわ。一応聞いておくわ。何時頃から寝ていたの?」

「さ、さぁ――ほら、あたい今回なんかグレートなほどガンバルガーしてたので、なんか人間の体維持するのが辛くなってきたなー、なんてお空の弾幕避けながら考えてた頃くらいは意識ありましたけど……」

「意識を朦朧とさせている中でよく弾幕決闘なんて挑めましたね」

「やっぱり喧嘩別れした友人との仲直りって大事じゃないですか?」

「知りません。兎に角、あなたの全身の傷を見ておきたいからまずは治療室よ」

「あのー痛いこととかはありませんよね?」

 

 ……この猫に対するイメージははっきり言ってしまえば良く分からない。心が読めても何故その感情に結びつくのかが時折理解不能な事がある。

 こうやってわりと明るい口調で喋っていてもそれが痩せ我慢だというのは心を見るまでも無く分かる。

 それでもこうやって私に対して明るい態度に出るのはそれは私に対する好意でも親しみでもなく、威嚇であった。

 彼女もお空同様私を心の底から信じていないのだ。

 私達の断裂、私達はこんなにも近くに居るのに、私達の心は物理的距離では測れないほど、遠く離れているのだ。

 私は彼女の体を入念に調べていき、そして治療を開始した。

 この地霊殿には数多くのペットと、この旧地獄に渦巻く瘴気によって妖怪と化した者で溢れかえっている。

 私は外の世界で数奥の病の治療方法を学び、そして鬼達の間に口伝で伝わっている病気の治療方法を聞きだし、そしてそれらを書物にしてこの旧地獄の医療技術を発展させた。

 その為私はそういった事によく通じるようになった。

 勿論旧地獄での地霊殿の立場があまり良くないという事も関連している。

 そういうものを提供する事によって旧地獄での独立と権威を保っておくという事も必要だし、旧都の妖怪達を頼れない為自分たちで処理しなければいけないという弱さもあった。

 自分一人の為ならばそうまで気にはしなかっただろう。

 けれどもこの地霊殿に自分が住み始めた当初に比べれば、この家には多くの妖怪が住み込んでいる。種族の違う妖怪達をひとりひとり管理するのは大変だけれども、そういった能力を副産物として磨けたのは少しだけ嬉しかったりもする。

 お燐の体中の傷の手当をし、彼女に一時的にこちらの治療室に寝泊りする事を言い渡すと、彼女は幾つかの不満を漏らした。

 

「さとり様、昔の映画じゃあないんですからこの顔をミイラ男みたいに包帯でぐるぐる巻きにするのはやめていただけますか?」

「患部を直接触って欲しくないし、実際強がりを言っていられるほどそれは生易しい症状でも無いのよ。当分は安静、能力を抑えたいなら人間の姿を止めて猫になってもらっても構わないけれどそうしたらこっちをつけてもらうわよ?」

 

 私は猫用の患部を触らない為の筒状の襟巻きを用意した。

 するとあからさまに嫌そうな反応を示して、彼女は結局包帯巻きを諦めた。

 

「何よりもその傷はあの子には見られたくは無いでしょう?」

「……そりゃ……まぁそうですけど……」

「あなたの懸念どおり今のあなたの姿を見たら彼女は間違いなくお空はあなたに対して罪悪感を持ってしまう。それじゃああなたの行ってきた努力も、彼女の立場も無くなります。どうせ私の目を盗んで彼女に会いに行くんでしょう?」

 

 私の最後の言葉に対してお燐は悪戯を見抜かれた子供の様な顔をしていたが、それは私にとっては些細な事だった。

 

「これからどうなるんですか?」

 

 不安げな表情で彼女は聞いてくる。

 

「当たり前ですけれども、あなた、それにお空にはそれぞれこの異変の責任を取って貰わなければならない。元々この旧地獄は外の世界との不可侵によって存在が許された世界です。それを一方的に反故にしたのはこちら、私はその事実を知らなかった為管理者としては失格、あなた達は処分の対象となる。旧地獄内部でその処理が行われるのか、それとも地上でさらし者にされるかはわからないけれども……」

 

 最後の言葉に彼女の心は鋭く反応した。私の処遇よりも自分の処遇よりも、お空の処遇に対して彼女の心が注目した。

  

「けれども地上の人間は気にしていないと言った。その為に旧都の鬼達とは話し合わなければならないけれども、あなた達の処遇に関しては基本的に私が決める事になった。不思議な事ですが」

 

 私の言葉に彼女の思考はまた鋭敏に何かを察知したようだった。

 

「ええ、不思議な事なんです。あなたが地上に怨霊を送らなければこの事件が明るみになる前にこの旧地獄は駄目になっていたかもしれなかった。」

「体面上はそういう事にしたんですね?」

 

 その言葉に多くの裏を含んでいる事は心を見ずとも容易に理解できた。

 

「……この件に関しては私も不明瞭なところが多すぎるんですよ。例えばお空のあの能力、あれはこの旧地獄になんて本来存在しない力です。太陽の化身が太陽の光も届かないこんな地獄の底の底に居るなんて本来ならば考えられない。いや、もし存在していたのならとっくに気付いているはずです」

「それが地上の人間達には理解できて何かしらのイザコザでもあったっていうんですかい?」

「いいえ、恐らく人間の方はそういった事には気付いていなかったでしょう。この地霊殿に辿り着き、私に問いを発せられるまでこの旧地獄にはまるでピクニックにでも来る様だった。動機が不明瞭な地上人の来訪、しかし彼女達には同伴者が居た。恐らくその一人は私の旧知の妖怪だったのですが、その事を差し引いてもお咎め無しというのはあまりにも管理者としては杜撰すぎる」

「同じ管理者として不可解だ、ってわけですね?」

 

 お燐の問いかけに私は一度頷く、

 

「どうやら、八雲紫も地上の管理に手を焼いているようね」

 

 彼女が口にしていた者達を想い起す、運命を操る悪魔、死を操る亡霊、軍神、永遠に生きる月の咎人、彼女はそれらをまるで友人のように語っていたが、或いは彼女もそういった存在に存外手を焼いているのかもしれない。

 

「今はあなたの傷の療養と、お空、霊烏路空の精神的安定を待つ時間が欲しいですね」

「さとり様!」

 

 彼女は私の最後の言葉に強い嫌悪感を憶えたようだった。強く私に反発する。

 

「あの子が自ら名乗った名前です。それならば彼女の意志を尊重してあげる事も大切です。そうではないでしょうか? けれどもあなたがそうやって私に苛立ちを覚える姿は悪くは無いと思います。ここに来た時からは考えられない感情の移り変わりですね?」

 

 彼女はその言葉を受けると、彼女の髪の毛みたいに顔を真っ赤にして伏せた。

 その彼女の頭を撫でながら、そして思い返す。

 もし私が彼女に対して何かをするという事に予測がつかないのだとしたら、それは彼女が人間のようにこの短期間で成長したのかもしれないなと、それは彼女自身の為には良いことなのだろう。

 

「あなた達の事は悪くするつもりはないわ。だから今は私に素直に従ってください」

「それで、あの、お空にはあの事を話したんですか?」

「……」

 

 あの事、私自身この話題には触れたくはなかった。けれども彼女とはもう背を向けて生きる事を止めたい。だから私はこういった事で意味も無く隠し事をするのも嫌だ。

 

「それも、お空が自分自身との戦いに決着をつけられればの話になりますね」

「一応気遣っているんですね?」

「え?」

「一応お空の事も気遣っているんですね。あれだけ辛らつな事をしていたのに」

 

 その言葉に彼女の心は僅かながら私に対する皮肉も込めていた。

 けれどもそれを悪く言うつもりにもなれなく、

 

「ええ、だからですよ」

「ならその気持ちを彼女にも分けてあげてくださいよ」

 

 私は再び彼女の言葉に心を揺り動かされた。

 

 

 

「他でもないあなたの妹の古明地こいしにも……」

 

 

 

 その言葉を吐いた時の彼女の言葉のニュアンスはまるで外敵に向けるそれだった。

 けれどもそれ以上に私の心に動揺を生んだのはその問いかけの内容そのものだった。

 私はあんなにも大切に思っていた自身の妹の存在を今の今まで記憶の奥底に仕舞いこんでいたのだ。

 何故だろうあんなにも大切にしていたのに……

 心に妹の姿を求める。

 しかしその姿をどんなに想起しようとしても見えない。

 虚像が実像の領域にまで届かない。

 

 

 まるで霞がかかったように、銀髪の妹の姿は遂に自身の中に捕らえる事はできなかった。

 

 

 

 ある一つの王国がありました。

 その国の領土は決して広いものではなかったけれども王様はとても賢く、人心を把握し、善政を敷く事で他のどの国よりも繁栄していました。

 けれどもどんなに繁栄している国でも、その国のあり方に対して反発を唱える人は絶えませんでした。

 そんな中でまことしやかに囁かれている噂がありました。

 誰よりも賢い王様は悪魔か何かと契約をして、その代償で無限ともいえる叡智を手に入れたのだ……と……

 それを裏付ける理由としてその国では毎月公開処刑が行われていました。

 王は民衆には誠実でしたけれども、自らの行いに異を唱える者に対しては容赦はしませんでした。

 王は自らに二心を持つ人間を的確に見出し、そして確実にその手で葬り去って行きました。

 何故そこまで正確に人々の人心を把握できるのか?

 どうやって反逆者を見つけ出したのか?

 それは誰も理解できませんでした。

 それにそれを深く追求しようという人々も多くいませんでした。

 何故なら公開処刑も彼らにとっては娯楽のうちだったからでした。

 

「ねだるな、あたえて、うばいとれってね」

 

 その国中を見渡せるお城の塔から街を見下ろす人物の姿がありました。

 豪華な装飾が施されたローブのフードを外し、長く美しい銀髪の髪を風になびかせる少女は単眼鏡を胸の第三の瞳に覗かせて薄ら笑いを浮かべていました。

 街では丁度公開処刑が行われている頃でした。

 多くの人だかりの中、犯罪者が三人運び込まれてきています。

 その姿を見て大きな声で銀髪の少女は歓声を上げました。

 

「ねぇ、あなたも視たらどう? 人々の心に沢山の感情が浮かんでは消えてるよ? こんなに沢山の人々の感情を一つに集める行事なんてこれしかないよ?」

 

 彼女は部屋の隅でローブのフードを目深に被ったもう一人に声を掛けました。

 けれども彼女は首を横に振るばかりで応えようとはしませんでした。

 銀髪の少女は呆れたように溜息を吐き、彼女の手を取り引っ張り出しました。

 

「人間共が一人や二人死んだところで何が変わるって言うの? 私達はあいつらとは違うんだよ。それだったらあいつらの持ってる感情って奴を集めて回る方が有意義じゃない?」

「感情を集めるって?」

「私達の使命じゃないの? だって私達は人々の感情に依ってこの世に生を受けた。それだったらこいつらの感情を集めて自身に蓄積し、そしてそれを自分の物にするのが宿命じゃないの? 私はその本能に従っているだけよ。それのどこがおかしいの?」

「おかしいよ! だってあんなに人を殺して回って、私達はその度に人々に呪われているんだよ?」

「呪い? 馬鹿馬鹿しい、あなたっていつもそうね。人が興奮してるところに冷や水をさしてくる。視なさいよ。現実を、あの三人は確かに自身の置かれている立場に絶望している。自分たちを見ている人間が憎らしい、自分たちの首を引っ張る執行人が恨めしい、そして、自らを待ち受ける運命が忌々しい、だから口々に有る事無い事好き勝手に喋り続けることが出来る。けれどもね、そんな事はあの場所では些細な事なの。だってさぁ! これから死を待ち受けるのはたったの三人だけ、それを見物している人々の数に比べたら遥かに少ないじゃない。見物している人の中にはお金って言うのを賭けている奴もいるわね!」

「もういいよ、そんな感情、見ていたくない」

「だからね~わんもあちゃーんす! 慈悲深いあなたの為に救いの手を、蜘蛛の糸を一本進呈しちゃうわ!」

「蜘蛛の糸?」

 

 銀髪の少女は袖から一枚の紙面を取り出しました。

 

「この中には一枚だけ人間を罪から赦す魔法がかかった紙がありま~す。これで、あなたが助けたいって思う人を助けてあげる事ができま~す! ほらほら! 選んでよ!」

 

 もう一人の目深にローブを被った少女はその紙面を良く視ました。

 

 赦免状

 

 それはこの国の王の筆跡で書かれたものでした。

 ただ一枚の羊皮紙、その一枚だけで、人が助かる。逆に言えばあの三人の中の二人はこの一枚の紙面よりも安い命なのだ、と彼女は考えてしまいました。

 

「駄目、私には選べない。私に人の価値なんて選ぶことなんてできないよ」

「これは、また! あなたの善人っぷりは正しく人の言う偽善という行為そのものなのね? 何故選ばないの? 何故救おうと思わないの? あなたの選択で一人だけでも人が救えるのよ? 今日まで1週間碌な食事も与えられずにただ死を待つだけの監獄の中に居た人間のうち唯一人だけだけれどもその絶望と言う檻の中から光の世界へ救い出すことが出来るのよ? その行為を自ら捨てようって言うの? それじゃあ誰も救えずに三人全員死ぬだけになるわ。彼らの感情はこの世を妬み、嫉み、怨み、憎み、そしてあなたの言う呪いになってしまう。あなたはその中から一人だけでも救えるのよ?」

 

 銀髪の少女は体面上憤慨したように見えました。

 けれどもその内面を見透かせるもう一人の少女には理解していました。

 彼女は自分が苦しんでいるのを心の底から楽しんでいるのを隠そうともしていませんでした。

 

「ならそんなあなたに一つだけ選びやすい事実を教えてあげるわ。あの中にはね、何を間違えたのか無罪の人間が一人混じっているの。何の手違いだったのかしら? でもどれだか私にも分からないの。でもさ、偶然っていうものもあるじゃない? もしさ、あなたがその唯一人の無罪の人間を助ければさ、それは救いなんじゃないかな? あなたが与えて上げられる。唯一つの救い、このチャンスを逃す手ってのは無いよね?」

 

 その言葉を聞き、そしてもう一人の少女は決断しました。

 彼女の持つ羊皮紙に書かれた名前の一つに丸を付けました。

 

「願わくば、運命の女神が憐れで善良な人に微笑みますように」

 

 もう一人の少女はその姿に確かに悪魔の姿を見たような気持ちになりました。

 その紙は人の手に渡り、そして処刑場に運ばれました。

 

「ほら、あなたも視なさい。自分の仕出かした事ならば責任として視るのが筋でしょう?」

 

 処刑場で多くの人が立ち見をしている中、一人の甲冑を着た人間が割って入っていきました。

 そして断頭台に並ぶ三人を宥めている牧師に一枚の羊皮紙を渡していくのを確認しました。

 

「ところであなたが選んだ人はね、違うみたいだったわ」

「え?」

「だから、あなたが選んだ人は元々盗賊で、街でセコいスリだとかをしていた所を検挙されたらしいわ」

「そ、そんな」

「別にあなたは責任を感じなくても良いわよ。ただ運命が無罪で憐れな人に微笑まなかっただけ、だってあなたには分からない事だったんだもの」

 

 フードを取り外し、もう一人の少女は短く纏めた紫色の髪を見せました。

 そして、もう一人の少女と同じように単眼鏡を胸の瞳に当て、処刑場の様子を見ました。

 その三人のうちただ一人が首の錠を外され、歓喜に打ち震えていました。

 その姿を見た残りの二人が、これまで様々な物に感じていた物よりも一層激しい感情をその男に向けました。

 畜生! 畜生! と激しく罵りながら赦免された人間に強い憎悪を向けました。

 

「人はこれを裏切りと呼ぶのかしら? では何に裏切られた? あの男はあなたの意志によって生かされた。その呪詛はあなたに本来向けられるべき、けれどもあなたが見えない彼らにとって本当にその憎悪を向けられるのは見える結果のみ、そしてその瑣末な争いこそを娯楽として楽しむ人々もまた素敵、どうやら今回は独り勝ちのようね」

 

 賭け、この国で公開処刑が行われるたびに毎回一人の人間のみに必ず特赦が認められる事は周知の事実でした。それを体面上は王の慈悲という言葉で済ませてきた彼らもそれが慣習化するにつれてそういった対象にもなりました。

 その中でも起こる人々の軽い感情でも銀髪の少女にとっては蒐集する対象でありました。

 

 口汚く罵る赦免された人物は、多くの人間に嫌悪の感情を抱かせましたが、それを責め立てる気持ちにまでは発展しませんでした。

 この国の王の言葉は絶対でした。

 代々長く続く世襲制の国家、大きくは無いけれども王の完全に近い統治によって揺るがない権威は王の発言力を強くさせました。

 ただし、当代における王の政治的采配を知るものは多くいましたが、その王自身の姿を見た者は誰一人としていませんでした。

 

 激しい断末魔の中、銀髪の少女が望む人々の感情は昂ぶっていきます。

 激しい断末魔の中、紫の少女が望まない人々の感情が高ぶっていきます。

 

 そして最高の(最低の)公開処刑は終わりを告げました。

 

 人々が散っていく姿にはまるで興味が無くなったかのように銀髪の少女は窓から離れ、そして「王に会って来る」と告げて部屋を出て行ってしまいました。

 

 紫色の髪の少女は一人部屋に取り残され、そして残された亡骸を処理していく姿をただ、両目を塞ぎ、第三の瞳で見つめ続けていました。

 

 多くの人々が散っていく、二人の人間の壮大な死を前にしても最早多くの人々にとっての興味の対象は仕事や夕飯の支度など、日常に帰る物でした。

 けれども、

 彼女はそんな中鋭敏に働く感情を確かに見つめ続けていました。

 殺された人間達の亡骸が執行人によって処理されていく姿を憎しみと悲しみと、そして復讐の感情で見つめているごく少数ではあるけれども、そんな人間が、少しずつ、少しずつ現れている事を……

 

 

「こんにちは、王様、今日の催し物も大盛況でしたよ」

 

 その言葉を受けても、玉座に座る人物は反応すら見せませんでした。

 

「毎回大盛況だったけれども、今日のは一際だったよ! 連れもね、とても満足していたわ! あんな素敵なプレゼントを有難うございます。心より感謝しております」

 

 どれだけ言われても王は答えません。

 

「ところで王様、私今日王様が赦して下さった方に些か不満がありますよ。だって赦された人って悪い事をしていたのは周知の事実でしょう? だったらあの場では赦したけれど牢獄で一生を過ごすなんてどうかしら?」

 

 豪奢な金細工と幾つもの宝石で飾られた玉座に座っているのは、茶ばんだ一人の人間の木乃伊でした。

 

「そうね、ただ殺すのは可哀想だから、水牢が一つだけ空いていましたから、そこに収容して牧師に延々この国で聖典って言われてる書物でも朗読してもらうって言うのはどうでしょうか? それでは牧師が可愛そうだって? それもそうですね。だったら牧師は交代で、でも聖典って人の心に安らぎを与えるんでしたよね? だったらその罪人も苦しまずに死ねるでしょう? あの二人よりも遥かに安楽な死に様だと思いますよ」

 

 そう言いながら、銀髪の少女は羊皮紙にペンを走らせました。

 

「ねぇ、王様、あなたが死に逝く時よりももっと素敵な感情を彼は私達に視せてくれるのかしら? 私はそれが楽しみで仕方が無いんです。最愛の私達のためでしたら、こんな我儘にも付き合ってくれますよね?」

 

 フードを目深に被り、その羊皮紙を携え、彼女は玉座の間を出て行きました。

 そしてその罪人の死刑執行の命令書を法務官に渡しました。

 

「あの子はそれを見てそんな反応を示すかしら? 今から考えただけでもゾクゾクしちゃう!」

 

 二人の少女には相違点がありました。

 一人の少女は人々の祈りや希望、そういった感情に強く影響を受けました。

 もう一人の少女は呪いや憎悪、そういった感情に強く影響を受けました。

 

 だからこそ一人の少女は喩えどんな人間の感情でもその人間の持つ感情は光の如き眩い存在でした。

 もう一人の少女にとって人の感情とは昏き深淵の奥底に潜む常闇の感情でした。

 

 紫色の少女が公開処刑を嫌った理由はそこにありました。

 彼女にとって人間を助ける理由は同情でも慈悲でも、当然ながら温情でも正義感からではなく、ただその人間が持つ感情の寿命について知っていたからです。

 人間の感情には寿命がある。

 人々は喜びや楽しみ、そういった感情に強い快楽を覚えるけれども、それは短命の感情だという事を知っていました。

 反して憎悪や憤怒と言った感情は人々には潜在的に強く残る物でした。

 それは永く生き、そして多くの人々に強く影響する物だと知っていました。

 だからこそ彼女がもう一人の少女のように人々を安易な気持ちで殺める事に対しては反発していたのでした。

 けれどもそれを強くいえないのは、本質的に彼女もまた人々の感情と言うものに少なからず興味を抱いていたからでした。

 何故なら彼女達の根源は、人間と言う存在に対する反響体だという事を理解していたからでした。

 自分たちは人間達の感情を模倣しているに過ぎない、それを知っているからこそ、彼女に強く反発できなかった。それは人間に対しての劣等感から来るものでした。

 人間は強い、人々の中には人々は神が土くれから人間を作ったと教義に取り入れている者もありました。

 人間の強さは、その権威がそんな事を言っていても鼻で笑える事でした。

 翻って自分たちはその言葉を笑えないほど真実味がある事でした。

 だからこそ少なくとも紫色の少女にとって人間とは恐怖の対象以外何者でもなかったのでした。

 

 

 

 彼女達の治める王国は未だ人々にとっては安寧な世界でした。

 反逆の因子が芽生え始めていたとしても……

 

 汝は何を祈り、その為に何を捧げ、何を誓う?

 

 その問いかけは二人にとって全く異なる問いかけと、そして答えがありました。

 


 
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