――だって、しょうがないじゃないか
――色々考えたけどさ
――『そういう事』なんだよ これは
――だから、もう、いいんだ
―――――――――――☆☆―――――――――――☆☆―――――――――――☆☆―――――――
「こんちゅーさいしゅーに行くのだ!」
「「「は?」」」
昼真っ盛り。鈴々がやってきた。
俺がこの世界に来てからおよそ数ヶ月。
反董卓連合が終わり三週間ほど経ち、月と詠も俺達の仲間となり、今ではすっかり馴染んでくれている。
俺も最近では事務仕事も結構こなせるようになり、今は桃香と愛紗と一緒に政務をしているところである。
「こんつーさいしゅーなのだ!」
「え?何だって?」
「こんつーさいすーなのだ!」
「は?」
「だーかーらー!こんつーさいすーなのだ!!」
「ん?」
ぶんっ!ばさっ!
「うわ。危ないぞ。」
「むむむー!お兄ちゃん!ふざけないでほしいのだ!」
手に持った虫取り網を振り回しながら鈴々が怒ったように頬をふくらませる。
「昆虫採集だと?なにをしに来たかと思えばそんなことか。」
ふぅ、と溜息をつきながら愛紗が答えた。ちなみに全く書簡から目を離していない。
「むぅ~、ふんだ。愛紗なんかには分からないのだ。」
「その通りだ。全く分からん。」
「むむむむむむむむむむむむむぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!」
仲良く姉妹喧嘩をする二人を見ていると、
「ね、ね、ね、ご主人様。」
「ん?」
桃香が俺の袖を引っ張ってきた。
「なんで鈴々ちゃん、昆虫採集したいなんて言ってるの?」
「あれ?桃香は知らないのか?」
ちょっと意外だ。鈴々ならきっと言ってるだろうと思ったんだが。
「この前さ、鈴々と一緒に町に行ったんだよ。」
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塗りつぶされていく
心が
黒い『染み』が広がっていく
どこから来た?
この『染み』は
どこまで広がる?
―――――――――――☆☆―――――――――――☆☆―――――――――――☆☆―――――――
『もふもふ。もふもふもふ。』
『ゆっくり食べなよ。口を火傷するかもしれないんだから。』
『ふぁいふぉーふふぁふぉふぁ!』
栗まんじゅうを食べながら満面の笑みで返事をしてくる鈴々。
大丈夫なのだ、ね。
『口に物を入れたまま喋らない。行儀が悪いぞ。』
『んむぐむぐ…。』
しゅん、として口を閉じる。素直なのが鈴々のいいところだ。
『お、とんぼだ。』
『…ごっくん。んにゃ?』
数匹の とんぼが中空を飛んでいる。俺は落ちている木の枝を取り、垂直に上げた。
『???』
鈴々が俺のやっている事を見て疑問詞を浮かべている。
ぶーん ぶーん ぶーん ぶーん
ぴた
『おっ』
『おおおおっ!』
とんぼと内の一匹が木の枝に止まった。
『すごいのだ!』
目をキラキラさせながら鈴々がはしゃぎだした。
『意外とできるもんなんだな~。』
『ふぇ?』
『俺がいた国じゃ とんぼなんて滅多にいないからさ。実は初めてなんだよ。』
このやり方も本で見ただけだし。と続けようとしたら、
『すごいのだー!お兄ちゃんはすごいのだー!』
大はしゃぎし始めた。
『別にそんなに凄い事じゃ…。』
『り、鈴々にも!鈴々にも貸して!』
手をバタバタさせながら、俺の手から木の枝を取ろうとする。
『わ、こら。そんなにしたら…。』
ぶ~ん
『『あ』』
勢いよく振られた手に驚いて とんぼは飛んでいってしまった。
『あ~あ。』
『うぐぐぐぐぐぐぐ・・・!』
鈴々は悔しそうにしながら とんぼの行った先を見ていた。
「とまあ、こんな事があったんだよ。」
はい、回想終了。短かった?
「はぁ~。だから鈴々ちゃん、昆虫採集に行きたいだなんて言ってるんだ。」
「たぶん…いや、絶対そうだろうな。」
なおも続いている姉妹喧嘩を見ながら呟く。
「鈴々もとんぼが欲しいのだー!」
「一人で行ってこい。第一、仕事はどうした?」
「終わったのだ!」
「嘘をつくな。」
「嘘じゃないのだー!本当なのだー!」
何度も言う鈴々を軽くあしらい続ける愛紗。それをじっと見ていると、おもむろに桃香が言った。
「いいんじゃない?」
予想通り。俺も同じことを考えていたところだったからね。
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『俺じゃないもの』が大きくなっていく
取り返しがつかないところまで
水に広がる墨汁のように
ゆっくりと
確かに
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結局、昆虫採集(主に とんぼ)は許可された。行くのは俺と鈴々だけ。町に行った時の事を愛紗に話したら『ご主人様が行けばすぐに終わるでしょう』と言われた。
桃香も行きたい、と言ったが、そうすれば確実に遅くなる(帰るのが)ので遠慮してもらった。
「とんぼ狩りなのだぁぁぁぁぁぁ!!!」
「狩っちゃだめだよ。」
とんでもない事を言う鈴々をたしなめる。
「♪~♪~♪~」
鼻歌を歌いながら、とんぼを求めて森の中を元気よく歩く鈴々。
ちなみに鈴々は麦わら帽子をかぶっている。なんでも、『昆虫採集には欠かせないのだ!』とのことで。
「で。」
「んにゃ?」
「とんぼを何匹捕まえるつもりなんだ?」
早めに切り上げて政務に戻る必要があるから、今のうちに目安を聞いておこう。
「ん~っと…たくさん!!」
「…いやいや、アバウトすぎるってば。」
「あばうと?」
…いかん、思わずカタカナが出てしまった。流石にまだ
「ねーお兄ちゃん。『あばうと』って何なのだ?」
「あー『抽象的』って意味だよ。」
「天の世界の言葉なのか?」
・・・・・・・・・・。鈴々、もっと勉強しなさい。
「うん、まあ、そんなとこだよ。」
違うけど。
「ふーん…。天の世界の言葉なのか…。」
?
何だろう?
そのまま歩くこと数分。
急に元気が無くなり、口数が減った鈴々と とんぼを探して森を歩いていた。
「いないなぁ、とんぼ。」
「……。」
紅葉が綺麗な季節だ。とんぼくらい普通にいる筈なのになぁ…。
「鈴々、そっちにいる?」
無言。
鈴々から返事は返ってこない。不審に思い、もう一度声をかけてみた。
「鈴々?」
「………は。」
小さい声で鈴々が何かを言った。・
「?何か言った?」
「お兄ちゃんは」
ぽつりと鈴々が呟き
「お兄ちゃんは、寂しくないのか?」
鈴々は背を向けたままそんなことを言った。
「…寂しいって、何が?」
分かっていながら白々しく言う俺。
「…天の世界のこと。お兄ちゃんは寂しくないのか?」
背を向けたまま言葉を紡ぐ鈴々。
「鈴々、知ってるのだ。お兄ちゃんが鈴々達のことが嫌いなこと。」
「…嫌いなんかじゃないさ。」
「嘘なのだ。」
「嘘じゃない。本当だ。」
嘘なんかじゃない。
これは俺の嘘偽りない本当の気持ちだ。皆のことをちゃんと愛している。嫌いだなんて・・・。
「だって…。」
少しの間黙っていた鈴々が再び口を開いた。
「お兄ちゃんは、嫌々鈴々達の所に来たんでしょ?」
「え…。」
「最初にお兄ちゃんと会った時、お兄ちゃん言ってたのだ。『気付いたらここにいた』って。」
「それは、まぁ。」
確かに、そんな事を言った気もするけど…。
「お兄ちゃんは自分で来たわけじゃないのだ。なら、こんな所にいたいなんて思うはず、ないのだ……。」
「なのにお兄ちゃんが鈴々達と一緒にいてくれるのは、鈴々達がワガママ言うからでしょ?」
肩を震わせながら、震えた声で言う。
「お兄ちゃんは優しいのだ。だから…。」
「…だから俺は皆のことが嫌いだ、って思うの?」
「……。」
コクリ、と背を向けたまま無言で頷く。
―――――――――――☆☆―――――――――――☆☆―――――――――――☆☆―――――――
黒く染まる
染まる
深く、広く、真っ黒に
染まる
染まって
…どうなる?
染まりきったなら
『俺』はどうなる
『俺』は一体、どこに行く……?
―――――――――――☆☆―――――――――――☆☆―――――――――――☆☆―――――――
「…そうかもしれない。」
「…!!」
ビクッと鈴々の体が震え、ゆっくりと鈴々が振り向いた。
その目には大粒の涙。
それを見て、俺の胸がズキリと痛む。
「俺はもう、たぶん元の世界に帰ることはできない。…だから心のどこかでそう思ってたのかもしれない。」
俺がそう喋ると、鈴々の目に溜まっていた涙がポロポロとこぼれ始める。
それを見て俺の胸が痛む。
――だから
「でも」
「これはきっと、『そういう事』なんだよ。」
そう、言った。
「え…。」
涙を流し続けていた鈴々の目が大きく開かれる。
「色々考えたよ。俺も。この世界に来てから今まで。」
――傷付けたくないから
「それで思ったんだ。」
――俺は嘘をつく
「俺はこの世界に来る為に生まれてきたんだ…ってね。」
――ずっと
「それに」
――誰にも本心を言わずに
「女の子達を残して帰ってきたってバレたら、家族に怒られるからね。」
――たぶん、死ぬまで
「本当?」
震える声で鈴々が言う。
「うん。」
「本当、なのだ?」
ゆっくりと鈴々に歩み寄る。
「本当だよ。…だから、泣くな。」
指で鈴々の涙を拭った。
「捕まえたー!」
さっきとは一転、ニコニコと笑いながら次々と とんぼを捕まえている。
「にゃははははー!楽しいのだー!」
どうやらコツを掴んだようで、大量に とんぼを捕まえている。最早とんぼの世界では大魔王と呼ばれるレベルである。
…にしても。
カンのいい子だと思っていたけど、まさかここまでとはね…。
なるべく表に出さないようにしてはいたけど…。こうも俺の心を見抜かれたのは初めてだ。
…いや、いたなぁ…。
俺の考えてる事が分かる子が。
あいつの前じゃ、どんなに取り繕ってもすぐにバレる。
「詩織…。」
もう会えない妹の名を呼ぶ。
一緒にいてあげる、と約束した妹の名前を呼ぶ。
「泣かせちゃったかな…。」
「にゃ?」
俺の呟きに反応して鈴々がこっちを向いた。
「…何でもないよ。あ、鈴々、上!」
「にゃ?あ!とんぼ!」
手に持っていた とんぼを4つ目の虫籠にいれ、頭上の とんぼに向かって虫取り網を振り始めた。
「そっち!お兄ちゃん!捕まえるのだ!」
「おう!任せろ!」
――この子達を最後まで騙しぬく
笑顔を向ける鈴々を見て、一刀は決心を固めた。
――しょうがないじゃないか
――元の世界にはもう戻れない
――なら、みっともなくあがくのはやめだ
――受け入れてしまえばいい
――全部
――そして騙す
――俺がここにいる事を望んでいる、と思ってくれているこの子達を
――帰りたいと思っている自分自身を
――詩織を
騙し続ける
【これは関係ないな。】
【男】は引っ張り出していた記憶を見るのを中断した。
さっきから頭痛がやまない。
もしかしたら頭に何か異常があるのでは、と思ったが、結局原因は分からなかった。
北郷詩織が司馬のいるこの部屋に入ってから数分。時間の長さにイライラし、全く頭痛がおさまらない頭をおさえながら扉の前で立っていた。
すると
ズガァァァン!!
銃声。
【……。交渉決裂。】
ようやく結果が出たか、とも呟き
【かつて一刀であった男】は外していたフードを再びかぶりなおした。
首から提げているお守りの色は黒。
かつての透き通るような藍色の輝きは失せていた。
一刀の心と共に。
〈続く〉
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世の中にはね、ついていい嘘と、ついちゃいけない嘘があるんだよ…
って誰かに言われた気がする。
今回の一刀の嘘は『ついていい嘘』なのか『ついちゃいけない嘘』なのか。
どっちなんだろうね…?