No.316726

外史異聞譚~外幕・仲達旅情篇・番外編~

拙作の作風が知りたい方は
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2011-10-11 20:15:54 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2823   閲覧ユーザー数:1918

≪???/司馬仲達視点≫

 

私の旅も、予定のおよそ六割を超えました

 

人目のない場所では日々溜息をついて過ごしています

 

その理由、ですか?

 

何を今更、と思われるかも知れませんが、私はとても我が君に餓えています

 

具体的には、毎日我が君とお話したり白湯を飲んだりたまにはお茶とお菓子を嗜んだり朝餉や昼餉や夕餉をご一緒したり共に酒肴を楽しんだりお散歩をしたり………

 

 

※ただいま司馬懿は妄想中です

 しばらくお待ちください

 

 

と、とにかく!

 

我が君と長期間触れ合えない事がこんなにも厳しいとは予想しては……おりましたが、ここまで辛いものだとは、甘く見ていたようです

 

旅もようやく半分を過ぎ、後は河北と洛陽を残すのみ

 

こうなれば一日も早く旅を終えるのが先決です

 

とはいえ、我が君より託された大事なお役目でもありますから、私情を挟んで手を抜く訳にもいきません

 

本当に、心から、この上なく!

無念ではありますが旅を続ける事に致します

 

 

そういえば、非常に不思議な事ではありますが、我が君からお預かりした天の衣類は一向に傷む気配がありません

 

我が君がおっしゃるには

「うん、まあ、多分色々気を使ってくれたんだろうね、あいつらが…」

と、何故かげんなりとしながら言っておられました

 

多分、天の国に関わる我が君にとっては恩人ではあっても好んで接したくはない方々が、なにか助力をしてくれた結果、という事なのでしょう

 

我が君にそこまでなんともいえない表情をさせる方々に会ってみたくは思うのですが、なぜでしょうか

本能のどこかが

「それはやめておけ!」

と叫んでいる気がします

 

こういうものに逆らうのはいい事ではありませんので、恐らくは出会わない方がいいのでしょう

 

出会う事もないでしょうし、忘れてしまう事とします

 

 

ともかくも、私は今日も我が君からお預りした衣類と腕時計を抱きしめ、その笑顔を思い出しながら日々を耐え忍んでいます

 

我が君と一日でも早く会えるのなら、どのような恐怖にも拷問にも耐えて見せますのに…

 

 

私はそんな温い事を考えた自分と、その原因となった我が君を、後程盛大に呪う事になります

≪青州境界付近/司馬仲達視点≫

 

そんな毎日を過ごしながら、子敬ちゃんと伯達と別れて、私は一路青州へと向かっています

 

旅の本来の目的から言えば、青州へは向かわずに鄴へと足を向けるべきなのですが我が君に内密にひとつの頼まれ事をしていたのです

 

それは、太平道の様子を伺ってきて欲しいという奇妙なものでした

 

 

確かに太平道は、最近巷に流行しだした宗教で、五斗米道とは違い、書と符で癒しを与えるものだと聞いております

民心掌握に長け、夜毎祭事を開いてるとも噂されています

 

その旨を我が君に問いただしたところ、何故か苦笑していらっしゃいます

 

「う~ん……

 俺が知る太平道の指導者はね、旅の芸人なんだよ」

 

「はい………?」

 

思わずぽかんとして聞き返してしまいました

不覚にも我が君の前では表情を保つことができなくなってきています

他人の耳目があればまだ堪えられるのですが…

 

そんな私の内心の葛藤に頓着することもなく、我が君は頭を掻きながら説明を続けます

 

「天の知識で知っている事象のひとつなんだけどね

 この世界での太平道は、元々あまり売れてなかった3人姉妹の旅芸人が、太平要術書の知識を基に、歌と踊りで大陸を制覇しよう、って考えたのがはじまりなんだよ」

 

「歌と踊りで大陸を制覇…?

 そのような絵空事が可能なのですか?」

 

望外の事に、呆れるのをさすがに隠せずに聞き返します

我が君は、ふっと遠い目をして、言葉を選ぶように話します

 

「そうだなあ…

 大陸制覇というよりは、大陸一番の歌姫集団になりたい、という感じかな?

 俺の国でもそういう催しが色々とあってね、毎年国一番の歌手を決めたりしてたんだよ

 つまり、彼女達が望んでいるのは政治的なものや思想的なものでの制覇ではなく、名声としてのそれなんだよね」

 

なるほど、それなら納得がいきます

漢室に一番と認められるために活動してる、という訳ですか

 

その旨を我が君に確認すると、なぜか少し悩んでいます

 

「んー…

 もしそうだとしたらいいんだけど、多分そういう方向にはいかないんだよね

 太平要術書っていうのは、政治や経済や軍事に関した書物でもあるんだろうけど、俺の世界の基準では、仙術書というよりは妖術書なんだよ」

 

なるほど、だとすれば悪用すれば、相当な事になります

 

「だから、確認してきて欲しいんだよ

 もし俺がしる知識の範疇にある人物であれば、俺の予想の範疇は超えないからいくらでも対処ができる。けれど…」

 

「我が君の天の知識に沿わない人物や立場であれば、別の対処が必要になる、ということですね」

 

「うん

 最悪は動乱を起こす前に消えてもらうしかなくなるかも知れない…」

 

 

このような経緯から、私は太平道がどのようなものであるかの確認をしなければならなかったのです

 

私自身、いかに陣容が充実しようとも、我が君の右腕であり一番の耳目となりうるのは己のみ、との自負もあります

そうであればこそ、まずは私の目で確認をして欲しいと申された我が君の期待に応えるべく、青州へと足を運んだのです

 

そうしてその足跡を辿る事数日

 

私はようやく、太平道の祭事が行われるという邑へと辿り着く事ができました

 

 

異教の祭事がどのように醜悪なものであるか、内心の恐怖を押し殺しながら…

≪青州某所・祭事場/司馬仲達視点≫

 

『ほわぁあっ!!

 ほぉおあっ!!

 ほわぁぁぁぁああああああああああああああぁっ!!』

 

そして私は今、恐怖と絶望の只中にいます

 

いったいこれはなんなんですか?

 

もう、なんと言いますか、我が君の襟首を掴んで振り回して問い質したい気分です

 

 

祭事への進入はすんなりといきました

 

雑な木簡に下手な字で歌詞が刻まれています

見たことのない記号が歌詞の横に記されていますが、これは恐らく韻をあらわすものでしょう

 

さすがにこのような空間の只中に入る蛮勇はなく、私は祭場の端の林に程近い場所に待機します

ただ、目的の人物の容姿を確認できない場所でも困るため、ぎりぎりまで前方に向かいます

 

祭場に入るためには寄付が必要なようで、寄付の多寡で場所を選べるようでした

なので私はかなりの金額を寄付し、望みの場所を確保したのです

 

周囲には近隣の邑や、元いた邑から着いてきた信者達でごったがえしています

その大半は10~30代の男で、なんというか噎せ返るような暑苦しさに眩暈がします

 

私にとっては既に拷問です

 

必死に耐えるために算術を口ずさみながら耐えていると、恐らく教主が講演を行うであろう舞台にひとりの男があがってきます

 

男はしっかりと一礼をすると、唐突に叫んだのです

 

「ほわぁぁぁあああああああああっ!!」

 

『ほわぁぁぁあああああああああっ!!』

 

するとどうでしょう、その掛け声にあわせて、舞台の下にいた男達が一斉に叫んだではありませんか

 

私は硬直しています

幸運なことに、その暑苦しい吠え声を強要されることなく、むしろ

 

「あんた教導ははじめてかい?

 だったら仕方ねえやな」

 

などと気を使われる始末

 

………屈辱です

 

でも、だからといって一緒に叫ぶのはもっと嫌です

私の中の大事ななにかがごっそりと抜け落ちる気がします

 

いっそ死なせて、という気分です

 

そうして屈辱に耐えていると、舞台に明かりが点ります

 

舞台の奥から出てきたのは3人の女性です

 

「みんな~、今日も元気かな~?」

 

『げんきー!』

 

「んー?

 聞こえないぞ~?

 もう一度ー!」

 

『げーんきーっ!』

 

「よーし、今日もみんな元気だね?

 じゃあ、天公ちゃん達の歌は聞きたいかな~?」

 

『きーきたーいっ!』

 

「よ~し!

 じゃあ最初の一曲め、いってみよう!」

 

『ほわぁぁぁあああああああああっ!!』

 

不覚にも、野太い声で大合唱される歌を聞きながら、私は意識を失いました…

 

 

気がついたときには、舞台裏で額に布を当てられていました

どうも熱気に当てられて気を失ったと思われたようで、彼女達が指示して私を運んでくれたようです

 

目の前には眼鏡をかけて凛とした感じの少女がいます

 

「ごめんなさい、でも熱気に当てられて倒れるひとはたまにいるから…」

 

「介抱してくださってありがとうございます

 噂を聞いて駆けつけたのですが、予想以上の熱気にあてられてしまったようです

 お手数をおかけしました」

 

「ううん、大丈夫

 あの熱気はすごいから、たまに来る女性は倒れる人も多いの」

 

そのような感じで話していると、ほわんとした感じのお胸の大きい女性と、なんとなく気の強そうなぺたんこの少女もやってきます

 

周囲を見たところ、他にも数人倒れたようです

 

いくつかの会話を交わしながら、彼女達が張角・張宝・張梁という、太平道の指導者であることが判りました

私は彼女達に対して当たり障りなく教導の熱気の素晴らしさを称え、お詫びにと彼女達から送られた符をいただいて祭場を後にします

 

 

とりあえず、気絶したという不覚を心の闇に重石をつけてしっかりと沈め、天を仰いで誓います

 

 

 

 

漢中に戻ったそのときには、必ず我が君にこの恐怖の幾分かでも思い知らせる、と


 
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