≪水鏡女学園/司馬仲達視点≫
私が今回の旅について一切の不満を述べずに承諾した理由は、まさにこれにあったと言っても過言ではありません
此処は“水鏡女学園”
世に名高き“乙女の園”なのです
幸か不幸か、我が君は“水鏡塾”なるものが“女子校”だとはご存知ないようでした
天啓、とでもいうのでしょうか
この旅の目的を聞かされた瞬間“ろりこん”という謎の言葉が脳裏にはっきりと浮かびました
そして思ったのです
私の智謀と武力の限りを尽くし、万難を排してでも我が君をここに近づけてはいけない、と…
もし間違ってこんなところに我が君を連れてこようものなら、一月後には漢中に水鏡女学園が引っ越してきかねません
確かにそうすれば、内政における人材面には一切の不安はなくなるのかも知れません
しかし、私には全く意味が理解できない言葉ですが、天啓にあった“ろりこん”なるものに我が君がなったとしたら…
あまりの恐怖に私は思わず顔を覆います
嘘です嫌です駄目です耐えられません!
言葉の意味は判りませんが、それが絶対に耐えられないものであることは、私の本能が告げています
水鏡女学園、なんと恐ろしい処なのでしょうか
………少し落ち着きなさい、司馬仲達
ともかくも、そういう理由から私は水鏡女学園の門を叩いています
学園長(と言うらしいです)の水鏡老師に挨拶をし、寄進をして学内での遊説の許可をいただきます
水鏡老師は妙齢の女性で、その知性が年齢に応じての色気を醸し出す、なんというか非常に羨ましい方です
私の倍以上はありそうなお胸には一瞬殺意を覚えました
まあ、それはとりあえず個人的な殺意ですので、水鏡老師に非があるものでもありません
非常に腹立たしいですが我慢することにします
学内に足を踏み入れたところで、私は我が君との会話を思い出します
「多分、今の水鏡塾には懿に匹敵…もしかしたらそれを超える逸材が揃っていると思う
俺が知るだけでも諸葛孔明・龐士元・徐元直と、簡単に3名もの軍師や政治家の名前があがるくらいだ
でも、俺が欲しいのはこの中にはいない
多分かなり目立たないと思うけど、向巨達という人物がいるはずだ
できれば最優先に声をかけて欲しい
他の人材については懿の判断に任せるよ
多分君も必要ないと言うと思うけどね」
「我が君がその方々をいらないと言われる理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「答えは簡単
優秀すぎるんだよ
俺と懿と、あとは公祺さんかな?
このあたりで御しきれればいいけど、そうでなかった場合、その才は組織の中では害悪にしかならない」
その瞬間、我が君とは思えない程のぎらりとした殺気に、思わず背筋が凍ったのを覚えています
「だから判断は君に任せる、ということなんだ
懿が持て余すような才能は俺にとっても必要ないから
とはいっても、懿をはじめとして公祺さんやら集めようとしてる人材は、全部俺の手には余るんだけどね」
そう言って苦笑する我が君でしたが、言外に「気負うことも無理することもない」とおっしゃっているのがよく判りました
そんな事を思い出しながら、遊説を含めて観察すること数日、私は機会を見つけて目的の少女を東屋に誘いました
他が学問を修める中で、ただひとり政経を学んでいた向巨達という名の少女を
≪水鏡女学園/向巨達視点≫
あうあうあう…
びっくりしたのです…
それは急なお誘いでした
水鏡老師からは
「しばらくの間、客員として司馬仲達殿が当学園に滞在される事になりました
司馬仲達殿は学識にも政治にも造詣の深い方です
皆もこの機会によく論議を交わし、見識を深めるよう心掛けてください」
との訓示がありました
それと同時に紹介されたのですが、そのあまりに綺麗なお姿に、即日“お姉さま”という呼称がついたのは言うまでもありません
他のみんなは競うように“お姉さま”に話しかけ、学識を競っては歓喜の溜息をついていましたが、私は政治家としての仕官を考えていたので、積極的に話しかけようとはしませんでした
私と仲のいい士元ちゃんは照れ屋で人見知りも激しいのでやっぱり声をかけていないみたいです
元直ちゃんは興味はあるみたいですが、まずはみんながどう論議を交わすのかを見極めようとしてるみたいでした
そうして私が論議を横目に見つつ数日が経った頃、仲達さんから声をかけられたのです
これは仲達さんが学園にきてからはじめての事なので、私も含めてみんながびっくりしていました
あうあう…
なんで私なんだろ…
私はドジでよく何もないところで転ぶので、いつもみんなに笑われます
今も東屋に着くまでに、緊張しちゃって何度も転んでいます
だけど仲達さんはそれを笑いもせずにいてくれました
東屋についてからも、私は緊張しちゃって「あうあう」としか言えないでいます
そんな私を見ても、仲達さんは馬鹿にするでもなく微笑んだままです
みんなが“お姉さま”と呼ぶのがなんだか判った気がします
黙ったままでいると私がもっと緊張すると思ったのでしょう、仲達さんは当たり障りのないお話からはじめてくれました
友達のこと、お菓子のこと、毎日の生活のこと、興味があること
士元ちゃんや元直ちゃん以外とこんなにお話したのははじめてかも知れません
そして、ひとしきり政経のお話をすると、唐突に仲達さんはこんなことを言いました
「巨達さん、もしよろしかったらですが、漢中に来てみませんか?」
びっくりです
再び「あうあう…」としか言えなくなった私に、仲達さんはゆっくりと説明してくれます
今の自分は漢中の太守に仕えていること
漢中の太守様は新しい政策の実施を模索中で政治に理解のある人物を求めていること
水鏡塾の噂を聞き、それに即した人材を求めて自分を遣わしたこと
太守様の求める知識と才幹を持っているのが私であると感じたということ
そして、今日話してみて、感じたことが確信に変わったということ
私はいきなり降って沸いた仕官のお話に、びっくりしてお断りをしようかと思いました
でも、そんな私の心情も仲達さんは判ってくれたみたいです
「慌てなくてもいいので、ゆっくり考えてくださいね
私と太守様はいつでも、いつまでも貴女を待っていますから」
ここまで言われて嬉しくないはずがありません
私は嬉しすぎて「あうあう…」としか言えなくなりましたが、必死で首を縦に振りました
思わず泣きそうになってしまって、必死でお礼を言うと、そのまま走って東屋を後にします
孔明ちゃんでも士元ちゃんでも元直ちゃんでもなく、一番最初に私を認めてくれた
その事が嬉しくて、そして誇らしくて、溢れる涙を止める事ができませんでした
≪水鏡女学園/向巨達視点≫
あう~…
思わず逃げるように走ってきちゃいました
勘違いされてないといいな
後できちんとお礼とかしにいかないと…
私は部屋に寄って手拭を取ってくると、水打ち場で顔を洗います
詳しくはまだ聞いてはいませんでしたが、仲達さんがお仕えしている漢中の太守樣は、かなり独創的な内政を考えているというのは漠然と理解できました
私は学問は大好きですが、学問で世に出るのではなく政治の分野で世に出たいと思っています
なぜかというと、私には軍師に求められるような冷酷さは全くなくて、思考の裏を考えるというような事が好きになれないからです
これが政治であれば、そういうのとは無縁とはいいませんが、良い部分を探したり見つけたり考えたりしてもやっていける、そう思ったのです
それに私自身、新しいことや独創的な事を考えるよりも、そうやって提示されたものに修正を加えたり昇華したりする事を考えるのが好きなのもあります
同じ学問でも、大要を定めてそこから先を独創的に考えていくのではなく、それらに自分なりの解釈を加えて堅実に発展させていくような学び方の方が好みです
仲達さんがどこで私の事を知ったのか、太守様がどうして私を選んだのかはまだ判らないのですが、私のこういう部分が政治に向いていて必要なのだ、と思われたのだとしたら嬉しいな、と思います
そんな事を考えながら顔をすっきりさせて水打ち場を出ると、同門の子達に囲まれてしまいました
そういえば、仲達さんが自分から話しかけたのは私がはじめてだったんでした
あう~…
みんなものすごい勢いです
えっと、あの、ちょっと待って…
あうあう~…
私は思わず仲のよい人達を探して周囲を見回します
士元ちゃんは…無理だよね…
遠くで助けようとはしてくれてるんだけど、この勢いには逆らえないよね
孔明ちゃんも…無理だよね…
助けようとしてくれてるんだけど、やっぱりみんなの後ろで小さくなっちゃってるし
論戦とかになるとふたりともきりっとしててすごいのに、今は私と同じではわわあわわってなっちゃってるもんね
私もこんなだからふたりの事は言えないけど…
元直ちゃんは…
そういえば東屋から出てくる時に見たような声をかけられたような気がしたけど、今ここにはいないみたい
あ……
勘違いして仲達さんのところに怒鳴り込んだりしてないといいんだけど、大丈夫かな…
元直ちゃん、あれで結構早とちり多いんだよね、まっすぐすぎるからなんだけど
私は元直ちゃんの事を考えてちょっとだけ冷静さを取り戻したのですが、興奮して質問を重ねてくるみんなに押されて、すぐに余裕を失っていまいました
だから、あの、ちょっと待ってってば…
あうあう~……
私は当分、この質問責めから開放されそうにありません
本当の事をいったら、多分もっと長引くんだろうな…
あう………
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