≪成都/司馬仲達視点≫
途方に暮れるというのは、こういう事を指すのでしょうか…
私は今、なんというか、非常に言葉に困っています
我が君の
「俺の世界での人物評なんで、多分この世界では色々と違ってるとは思うんだ
基本的にダメな方向で、なんだけど…」
という言葉に深く納得をせざるを得ない私がここにいます
我が君は仕官を求めたい人物について、ひとりひとり丁寧に説明してくださいました
「色々と違っているだろうから、すぐに見つからないようなら無理に探さないで欲しい」
と言われてもおりました
なんでも
「天の知識とは出生や性別が異なっている可能性が高いから」
との事です
それで、まずは漢中に近い成都からと相成った訳です
ここで我が君が求めたのは、羅令則という人です
人品善く学に秀で武勇に優れる、との評でした
私が成都に入り司馬家に縁のある官吏の家に宿を求めその人為を伺ったところ、確かに羅令則なる人物は存在しました
ただ、期待に胸を弾ませる私にその官吏が言った一言がとても気にかかったのです
「ああ、あの“貧乏”令則さんね
確かに非難されるような人じゃないし、町でも人気はある人なんだけど、とにかく貧乏なんだよなぁ…」
貧乏?
行けば判るとの言に早々に床をお借りし、翌日使用人をお借りして先触れと酒肴を求め、頃合を見計らってお伺いすることにしました
そして現在、私は途方に暮れています
(これって、よく言っても“掘っ立て小屋”というのではないでしょうか…)
今の時代、門構えとは即ち、その人物の家格と身分・見識を如実にあらわします
隠遁生活を送るにしても、そういう部分は全く変わらない訳です
しかしながら羅令則の家は、門や壁は柵で作られており、中にある広場には椅子があるのみ
我が君の思考に慣れてきたとはいえ、これが得るべき人材であるのか疑問に思うのも無理のないことでありましょう
先触れはあるので訪問するに問題はないのですが…
しかしながら、この程度の事で躊躇していては我が君に向ける顔がありません
私は深く息を吸い、気合を入れなおして声をかけることとしました
≪成都/羅令則視点≫
(これが世に名高い司馬仲達ですか~…)
会ってみての第一印象は“世評に違わぬ人物”だな、という事でした
どうも私はお金に縁がないらしく、どれだけ稼いでも結局そこらの貧農と変わらない生活になってしまいます
友誼を結んでくれている方々が言うには
「令則は余りに欲がなさすぎる
せめて自分の身代を整える程度には私財を得て、困窮している人々に回すのはその後にすべきだ」
ということなのですが
私としては、たま~に
「今日はお肉が食べたかったな~」
とか
「今日は寒いからお酒が飲めればな~」
とかは思いますが、衣食に困っている訳でもありませんし、まあいいかな、と思っています
何度か仕官も考えたのですが、官匪が横行しているような場所にいったら多分暴れちゃうので、今のところは中央から離れて子供に学問でも教えながらのんびりしようかな、と思ってました
近所の子供達相手なら、別にお外で十分ですし
でもまあ、一応私も女の子ですし、髪の一筋まできちんと手入れされた仲達さんみたいな美少女を前にすると、さすがに少し気恥ずかしくなってきます
私はといえば、髪はそれなりに整えていますが手入れも雑ですし、服もきちんと繕ってはいますが身形のいいものとはとてもいえないです
もっとも、私は自分の身形に恥じる部分は全くないので、これは女の子の羨望というか、そういうものなのです
ないものねだり、というやつですね
まあ、文士や学士の方がその地方の文士や学士を尋ねて論議を交わすのはよくあることですし、私もそういうのをしたこともありますので、今日もそのあたりなのかな、と思います
酒肴を調えてこられたということは、夜通し語り合いたい、という意味だと思いますしね
仲達さんは礼儀に適った挨拶をしてくれまして、家人が全くいないだろうと予想されていたのでしょう、手をかけることなくいただける形で持ち込んだ酒肴を供してくれました
これも本当は、私が用意するのが道理なんですよね…
ううう、ごめんなさい仲達さん
でもお肉がおいしいの…
そうして時事の挨拶から、そろそろ論議になるのかな、という段になったとき、急に仲達さんが居住まいを正しました
(あれ?
なんか雰囲気が違うんだけど、どうしたんでしょう?)
お肉を咥えてきょとんとする私に、仲達さんはいきなり告げました
「羅令則殿、漢中においでになり我が君の下に仕える気はございませんか?」
と…
≪司馬仲達視点≫
私の羅令則殿に対する第一印象は
(うわ…貧相…)
という失礼極まりないものでした
きちんと髪を整えて身形も普通にすればそんなことはないのでしょうが、とにかく貧相なのです
この掘っ立て小屋も、無駄を排した結果といえば聞こえはいいのでしょうが、必要なものまで削ぎ落としたようにしか見えませんし、事実必要なものも足りていないようです
衣服にしても、大事に長く使っているといえば聞こえはいいのですが、何もそこまで継ぎ接ぎだらけのものを着なくても、と思う私が間違っているのでしょうか…
ごく普通に身支度を整えるだけで、十分に可愛らしく見えるお顔立ちをしておりますのに、もったいないことです
次に印象的だったのが、酒肴を差し出したときの顔です
なんと申しましょうか、その…
食べさせていない子供にお菓子を見せた時のような、というのでしょうか
ご本人は顔に出ていないつもりのようでしたが、あのように喜悦に輝いた瞳は滅多に見ることができないでしょう
会話の間も箸が止まらないのに少々呆れてはしまいましたが、喜んでいただけているようなのでよしとします
些細なやりとりで感じたのは、羅令則という人物、我が君がおっしゃるような将帥としてはともかく、学士としては非常に深い見識を有している、ということです
“その学識、子貢の如し”
との評に恐らく間違いはないでしょう
となれば、政治や経済に対しての見識の方が上のはずで、そこで将帥として、との我が君の言葉にはかなりの疑問が残ります
残りますが、それは今は些細な事柄に過ぎないでしょう
どのみち、人材などというものはどの分野であれ“我が君と私が御せる範囲であれば”何人いたとて足りるなどという事はありません
であれば、見るべき部分がある、という一点において十分声をかけるに足りるのです
この羅令則殿、一見酒肴に舌鼓を打って夢中になっているようにみえて、芯にある思考は全くぶれていないように見受けられます
清貧というにも酷すぎるこの状況も恥じる必要がない、と毅然としている点からも、滅多にいない人物である、と判断できるからです
(我が君はご自分を
「天の知識があるだけで実際の才など皆に遠く及ばないよ」
とおっしゃったりもしていますが、こういう“人物”を選りだせるという一事においても非凡であるのだと自覚していただきたいものです)
私は内心の溜息を全力で殺しつつ、頃合を見計らって本題に入る事にしました
優秀な学士との語らいもまた楽しいものですが、私は一刻も早く我が君の元に帰りたいのです
これは誰がなんと言おうと譲れません
お肉を咥えて可愛らしくきょとんとする羅令則殿に私はここに来た目的を告げます
「羅令則殿
漢中においでになり我が君の下に仕える気はございませんか?」
そして、ゆっくりと懐に入れていた竹簡を差し出しました
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