≪漢中・司馬家別邸/司馬仲達視点≫
「そうじゃないのか司馬仲達!!」
その言葉と共に、私の視界が一気に開けていくのが解りました
面倒事を疎い、怠惰に身を任せていた私
退屈に倦み、日々を流していた私
世事との関わりを厭い、半ば世を捨てていた私
才を惜しめ名を惜しめ、その能力と見識に相応しい身であれ
常にそう言われてきた私にとっては、世事など倦むものでしかなく、そのような事でしか私を見る事がない者達に垂れる頭などない、と世を拗ねていたのは事実です
しかし、この方はそれを正面から弾劾してきました
私の平安、私の太平、私の望む世界
それらは流され潜み待つことではなく、自ら動き手に入れ全力で支えるべきものなのだ、と
私が欲しかったのはこの一言なのだ
学でもない
武でもない
家柄でもない
ただ“私”を認めてくれること
甘えるな、とただそれだけの言葉
知らず涙が溢れてくるのを自覚しながらも、それを止める事ができません
この方はそのようなつもりで言ったのではないのかも知れません
その心根は私を利用するつもりなのかも知れません
でも、そんな事はどうでもいいのです
才でも知でも武でも家柄でもない、ただの“仲達”にだけ向けられて放たれたその言葉
私が欲しかったのは他でもない、ただそれだけだったのだ、と
急に泣き出した私を見て、あたふたとし始めるあの方がおられます
私はそんなあの方の傍らに跪き、その手を押し戴いて、そっと額に当てました
「ようやく逢えました、我が君、天の御使い様…
この司馬懿、身命を賭して貴方様にお仕えすることを誓います」
そして胸のうちではこう呟いていました
(我が君、願わくば最後までずっとお傍に…)
≪漢中・司馬家別邸/北郷一刀視点≫
俺は今とても困っている
正直に言おう
仲達さんが曹孟徳をはじめとする諸侯官吏からの仕官要請を嫌って隠遁に近い状態にあったのは予想がついていた
なので多分、この外史でもそんな感じなのだろう、と思って発破をかけるつもりで言ってみたんだが…
いきなり泣き出して、しかも忠誠を誓われるとか、予想の斜め上もいいところだ!
なんというか、そこで感銘とか受けてもらって「一緒にやっていきましょうね」程度は期待した
うん、そこは期待した、インディアン嘘つかない
だけど、でも、なんだって泣くの?
俺なんか悪いことした?
ていうか、美少女泣かすってそれだけで地獄逝きじゃね?
そんな訳で事態の急展開についていけず、ワタクシ北郷一刀は絶賛テンパリ中です
誰か助けて…
とはいえ、誰か助けてくれる訳もなく、静かに跪いて泣く仲達さんを引き剥がしたりなんて外道な真似をすることなんか当然できるはずもなく
やれる事といえば、艶やかな髪に包まれた小振りな頭をそっと撫で続ける事くらいのものだ
ちょっと役得だとか思ったのは俺だけの秘密だ
多分時間にすればいいところ10分くらいなんだろうが、俺にしてみれば拷問にも等しい体感時間6時間くらいが過ぎた頃、ようやく仲達さんが泣き止んでくれました
そっと袖で目元を覆って
「お見苦しいところをお見せしました。少々席を外しても宜しいでしょうか?」
とか言われたので生返事を返したんだが、そそくさと行ってしまわれまして…
いや、多分顔を洗いにいったりしたんだろうからそれはいいんだけどね?
なんというか、あまりの急展開というか超展開についていけず途方に暮れているとです
帰ってきた仲達さん、なんかまた俺の前に跪くんですよ…
おねがいやめてー、これ以上俺を追い詰めないでー!
「えっと、あの、仲達さん?
どしたの?」
するとなんでしょう、ちょこっと頬を膨らませて、上目遣いで咎めるような視線を向けてくるではありませんか
(か、可愛い…
いやそうじゃない!
自重しろ北郷一刀!)
「仲達ではございません、これからは“懿”とお呼びください、我が君」
「え?
あ?
うあ、あう?」
思わず失語症になってしまった俺を誰も責められないだろうと思う
「ですから、これからは“懿”とお呼びください、我が君」
頬の膨らみがちょっと増えて、目尻にちょっと涙が浮いてる
(なんだこれ、破壊的に可愛い…
いや、そうじゃくて!)
と、このような(本人達は至って真剣そのものだが)アホなやりとりを繰り返すこと十数度にして、ようやく事態が飲み込めた一刀である
尚、司馬懿の上目遣いの破壊力があまりにも高く色々と暴走しそうになりそうだったため、現在彼女は元の席にいる
ちなみに、さっきまでの司馬懿は実は幻影だったのではないか、と一刀が疑うくらい、今目の前にいる彼女は優美に微笑んでいるのは言うまでもない
さて、状況を整理しよう
と思ったのだが、さすがに外史に飛ばされた直後に数時間歩き、そのあと食事をしてから酒を飲みつつ、緊張感に満ちた会話の後に色々と追い詰められたからだろうか
蛇足だとは思うが、客間に通される前に(盥にではあるが)きちんと湯は使わせてもらっている
(御使い補正なのか、なぜか服や下着は汚れずそのままのようだ
というか、裸で寝てれば翌日には綺麗になってるとかビキニなマッチョが…
まて、そこは思い出すと色々とやばそうだから封印しよう!)
そんな訳で急激に襲ってきた睡魔に耐えられず、俺は一気に意識を手放した
優美に微笑む司馬懿のちょっとだけ驚いたような顔を瞼に残して
ああ、今日はいい夢が見られそうだ…
≪漢中・司馬家別邸/司馬仲達視点≫
我が君は眠ってしまわれたようです
恐らくは疲労が祟った上で緊張が一気に解れたからなのでしょう
私は使用人を呼ぶと褥を整えるように指示をし、しばしの人払いを命じました
我が君は満足そうに眠っておられます
武の心得は全くないようですが、一騎討ちでの立ち合いにも似た気迫が我が君からは感じられました
私に向けた言葉に、私が想像もできないような意思を篭めていたに違いありません
なまなかな気迫では私の殺気に抗しきれるはずがないのですから
私は我が君の顔にかかる前髪をそっと除けて、その寝顔を見つめます
(こうしていると本当に子供みたいな寝顔ですね…)
知らず頬が熱くなるのを感じますが、今は不思議と不快ではありません
このように感情を顔に出すなど恥としか思ってはいなかったのに…
多分、司馬家に生まれついて物心ついてから、はじめてといってもいいでしょう
私は満ち足りた穏やかな時を楽しんでいます
今はまだ、我が君が言葉にしたことの万分の一とても私には理解できないでいます
ですが、私はその寝顔を見つめながらそっと誓いました
これより先はいつでも、いつまでも私がこの方を支え護り、そして一番の理解者であろうと
今の私はきっと子供に戻っているのでしょう
我が君の頬をつついては喜び、些細な仕草に喜び、身動きしたり寝言を呟く度に驚き喜ぶ
知らず、いつもの習い性とは違う笑みが浮かび、口元から微笑う声が漏れてきます
人はこれを初恋というのかも知れません
でも、私にとってはそのような言葉で括れるような、そんな軽い想いではないのです
枯れかけていた私に恵みの雨を与えてくださった、我が君
この方のために私が惜しむべき何があるでしょう
せめて私だけでも、この方の寝顔を守りたい
そう思って私は再び微笑みます
そんな私を不思議に思ったのでしょう
使用人が遠慮がちに部屋の外から声をかけてきました
「仲達樣、随分と機嫌が宜しいようですが、なにかございましたか?」
私はそれに機嫌良く応えます
「ええ、とてもいい事がありました
私の人生が変わるほどの、とても素敵な出会いが」
私の無聊を承知していた使用人は、この言葉に喜びの声で答えてくれました
「それは本当にようございました!
仲達樣のお気持ちが沈んでおりますと、私共も気持ちが沈んでしまいますから」
「ええ、本当にごめんなさいね
でももう大丈夫。多分色々と煩わしい事や腹立たしい事も増えるでしょうけれど、これからの私は灰色に満ちた人生を送ることは決してないと思うわ」
私の言葉を部屋の外で聞いていた使用人は、それに一礼すると褥の準備が整ったことを告げて去っていきます
私はしばらくの間、その寝顔を愉しみ、晴れやかな気持ちで席を立ちます
使用人を呼び、我が君を起こさないように褥に運ぶようお願いして、私も客間を後にします
「我が君、今宵はよい夢を…黒き夢は全て私が祓って差し上げますから」
遠くなる我が君を見送りながら、私はそう呟いて目を瞑ります
私も今宵は善い夢が見られそうです
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当作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双~萌将伝」
の二次創作物となります
拙作は“敢えていうなら”一刀ルートです
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