≪???/世界視点≫
そこには何もなかった
光もなく闇もなく、音もなく、なにもない
そこには全てがあった
光あり闇あり、音があり、すべてがある
この場所は一般には“狭”と呼ばれている
いつの頃からあるのかは判然としてはいないが、ここを識る者達はこう言う
『ここは人類が物語を紡ぐようになってから常に在る』
別の者達は“狭”と呼ばれるこの場所を表現する
『ここは“外史”の種であり苗床であり、墓場である』
この場合の“外史”とは“朝廷の命などによらずに個人・民間の資格で書いた歴史書”という意味ではない
ひとつの“物語”より産まれ産声をあげる“別の可能性”の全てを指した言葉だ
ひとつの例をあげよう
Aという少年がとある歴史小説を読んだ
少年は考える
(僕が主人公だったらなあ…)
この瞬間、ひとつの“外史”が誕生するのだ
ただ、これら“外史”の大半は非常に儚く脆い
その存在故にそれを維持することが非常に困難なのである
まして、それら“外史”に選ばれたものとなると、果たしてどれだけいることであろうか
“外史が生き残る確率”
“外史に選ばれたものが現れる確率”
“その両者が出会う確率”
それは計算するのも馬鹿馬鹿しい程の、天文学的な確率であろう
ひとはそれを奇跡と呼ぶ
そして、そんな奇跡を体現した男がひとり、この“狭”に佇んでいた
「ねえご主人樣ぁん、本当に征くの?」
姿こそ見えないが、妙に艶のある喋り方であるにも関わらず、男らしい苦みばしった張りのある声が谺する
「うむ、儂が言うのもなんだが、ご主人様が選ぼうとしている“外史”はお勧めできんぞ」
それに続いたのは、寂のある熟成された、渋く張りのある男の声だ
佇んでいた男は怖気を払うように身震いしながら肩を抱いて声をあげる
「ええい!
そうは言っても仕方ないだろうが!!
確かにみんなと楽しく色々しながら生きていくのはいいことだ
でも俺がそれに納得できないんだから仕方がないだろ!!」
声の主達は押し黙る
なぜなら、そこに佇む男が“あまりにも優しいが故”に、修羅の道を選んだ事を知っていたからだ
「でもねご主人樣、アナタがその道を選ぶということは…」
「言うな!!」
言葉を遮る頑なな怒声に、声の主達は溜息をつく
「まこと、漢女の道は険しきものなれど、ご主人様が選ぶ道もそれに匹敵するものぞ…」
「いや、待って!
そっちの方が絶対に厳しいというか、俺はイヤだから!」
「あらん、そんな事いって、実はそんな外史もちょっと興味あるでしょ?」
「ふむ…
ご主人様とだぁりんとの漢女道……
なにやらこう、滾るものがあるな…」
「拒否! そんな外史は断固拒否だっ!!」
「具体的にはそこに佇むご主人様のお尻まで届くような道だと嬉しいわねん」
「儂のがだぁりんのお尻まで……いかん!
漢女たる儂にそんな妄想など…!!」
「いや、いいからもうお前ら黙れ………」
佇んでいた男は、その場にがっくりと膝をつく
なぜかお尻は突き出ないように気を使いながら
なんともいえない沈黙の時が過ぎ去り、男は再び立ち上がる
「まあ、漢女道は置いておくとして、俺はやっぱりこの道をいくよ
多分俺が思うようにはならないだろうけど、それでも一度は通らなきゃならない道だからね」
「………ご主人様、本気なのね……?」
「儂らは漢女としてはご主人様を応援してやりたいが…」
再び聞こえてきた声に男は首を振って笑顔で応える
「ここまで協力してもらっただけでも十分さ
むしろかなり無理してんだろ?」
無言であることがその答えだろう
男は満足したように頷くと、拳を握りしめる
「さあ、やってくれ!
俺が俺であるための“外史”を掴むために!!」
その言葉と共に、男の体は輝いてゆき、やがて光と共にその姿を消す
「ご主人様、どうしてあれじゃあいけないのかしらね…」
「わからん
が、男が決めた道を見守るのが漢女の道というものであろう」
“狭”に響くその声は、ただ哀しみに満ち溢れていた
≪大陸/世界視点≫
「日出る処より白き光舞い降りん、其は遥か彼方より来りて天下を太平へと導くもの也」
今上帝・劉宏
後に孝霊皇帝と諡号される、後漢王朝にあって宦官政治を決定づけたといわれる皇帝の治世がはじまってからおよそ10年の歳月が経過している
官位の売買による豪族や官吏の暴政にはじまり、羌や鮮卑といった異民族の侵攻や地方での反乱が頻発する中にあっても酒色に溺れ朝政を省みず、後漢王朝の屋台骨に致命的な打撃を与えたともいえる暗君である
必然、そのような政治であるから、民草が省みられる事などありはしない
治安は日ごと下がり、糧食は尽き果て、病理は蔓延る
まさに力なき民衆にとっては地獄といえる世情である
そのような中にあって、民衆にふたつの希望が現れる
ひとつは“太平道”
太平清領書なるものを歌い、符を与えることで民衆に希望を与えつつあるもの
もうひとつが先に述べられた“占術”である
管輅なる占師が表したとされるこの占いは、明日さえ見えぬ苦しみに悶える民衆にとって一縷の希望となっていた
そんな戦乱の兆しが見え始めた後漢王朝に今
天の御使いが舞い降りる
≪漢中/司馬仲達視点≫
「この辺りだったと思うのですが…」
毛並みの良い黒駒を駆り、脇に長槍を掻い込んだ女性がいた
名を司馬仲達
世に“司馬八達”と尊称される、名門司馬家八人姉妹の次女である
長い黒髪を優美に結い上げ、その眼差しは鋭くも物憂げ
すっと通った鼻梁に紅を刷いたような唇と相俟って、怜悧とも受け取れる壮絶な艶を醸し出している
その肢体はすらっとして手足が長く、女性らしいものである
残念ながらお胸は少々ささやからしい
実のところ、司馬仲達は色々な事に倦んでいた
退屈だったと言い換えてもいい
なにしろその人為が、とにかく面倒ごとは嫌いときている
非常に厳格な家風で育ったがための反動といえるかも知れない
尚悪かったのは、彼女が厳格な家風と名門であるが故の英才教育に耐え切った事であろう
否、その才覚は耐え切るどころか、それですら物足りないと言わしめる程に飛びぬけていたのである
そのせいであろうか、彼女は人に頭を垂れるのが形式上でも大嫌いになっていた
彼女に言わせれば
「自分より劣る人間に下げる頭などない」
といったところか
しかも、自身が激情家である事を熟知していたため、人前では穏やかに微笑み柔らかく接する…猫を被るともいうが、とにかくそれが習い性となったがために、逆に世評はあがっていく
その結果、自身が認めるに足りない人物から士官を請う声が後を立たず
面倒事が嫌いな上に他人に頭を下げるのが大嫌いな彼女としてはたまったものではない
結果、自身を病理と偽り田舎の庵に引っ込んでしまったのである
もっとも、彼女にも言い分はある
曰く「頭を垂れて仕えるに値する人物の元であれば、犬馬の労を尽くすに吝かではない」と
この司馬仲達が仕えるに値する人物は、広い大陸にすら一人もいないのか
彼女がそう嘆き、結果として人生に倦んでいる事は誰に知られる事もなかった
そのような折、彼女の耳にひとつの風聞が入り込む
「日出る処より白き光舞い降りん、其は遥か彼方より来りて天下を太平へと導くもの也」
益体もない風聞である
しかも、管輅なる占師を自称するペテン師(と仲達は疑っていない)が発したとされる、取るに足らないものである
常ならば彼女も気にすることもなく、ものの数日もすれば忘れていた事だろう
ただ、この時は違った
彼女の前に白く輝く男が舞い降りる夢を見たのである
常であれば占いなど切って捨てる性分ではあったが、繰り返し言おう
司馬仲達は倦んでいたのだ、このまま時が過ぎるなら死んでも構うまい、と思うほどに
そのような時に太陽が中天に差し掛かった頃、東から一条の光が落ちていくのが見えたのだ
さすがに彼女ならずとも気になるところである
彼女としては気まぐれと少々の憂さ晴らしの遠乗りのつもりで、光が落ちた方向に行ってみようと考えたのも仕方がない
使用人には自分は病で伏せているように、と堅く言い含め、久方ぶりの遠乗りと相成った、という訳である
そしておよそ四半刻の後
仲達は自身の運命と邂逅する
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当作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双~萌将伝」
の二次創作物となります
拙作は“敢えていうなら”一刀ルートです
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