No.315283

少女の航跡 第3章「ルナシメント」 10節「帰還」

カテリーナは《シレーナ・フォート》に連れ戻されることになりますが、奇妙な腕輪をつけられたままであり、以前までの超人的な力は封じられたままなのでした。

2011-10-09 13:42:05 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1014   閲覧ユーザー数:307

 

 私達は3日間をかけて『リキテインブルグ』は《シレーナ・フォート》に戻って行った。

 カテリーナを取り戻した事は、すぐさま、『リキテインブルグ』の女王である、ピュリアーナ女王に伝えなければならない事だ。彼女はカテリーナの帰還を心待ちにしていたし、何よりも頼りにしていた。

 だが、今のカテリーナを見て、ピュリアーナ女王は何と言うだろうか?

 私達は《シレーナ・フォート》に向かうため、数名の護衛の騎士を引き連れ、移動の真っ最中だった。もう《シレーナ・フォート》は目前と迫っている。この数年間の間に、私の第二の故郷ともなっていた街だ。

 そんな故郷とも言う事ができる街に戻ろうとするカテリーナは、何とも頼りなさげな様子を見せてしまっている。疲労の色を常に浮かべていたし、何年も牢獄に閉じ込められたように、体も痩せているようだった。

 どうやらその原因は、彼女が腕にはめられている腕輪のせいのようだった。

「ねえ、その腕輪。どうにか外れないの?」

 《シレーナ・フォート》に向かう道中。ルージェラが彼女へと尋ねた。だが、カテリーナは自分の右腕にはめられた腕輪を見て言った。

「いいや、どうにも外れようがない。また、腕を落とすしかないかもしれないが…」

 カテリーナはルージェラと同じ馬に乗せられていた。彼女は今では騎士のための簡素な服に着替えており、発見された時のドレス姿とは異なっている。

 見つけた時よりは幾分か、その姿は頼りある姿となっていたが、それでもまだ、私達の知っているカテリーナからはほど遠かった。

「ちょっと! 変な事を言わないでよ! 腕を落としたら、元通りになんてできないし! あなた、死んじゃうかもしれないのよ?」

 ルージェラがカテリーナに言い放った。

「それに、駄目だ。ハデスの奴は、腕輪からじゃあなくって、お前の体全てに封印の力をかけたんだ」

 と言ったのは、カイロスだった。彼はカテリーナを連れ去った張本人の一人として今だ、その身柄を拘束され、一緒に《シレーナ・フォート》に戻らされている真っ最中だった。同様にロベルトも、ルージェラの部下の騎士に拘束され、共に馬に乗せられていた。

「そもそも、あんたらでしょうが! カテリーナにこんな事をしたのは!」

 ルージェラが言い放った。ここ数日、一年ぶりにカテリーナが戻ってきたと言うのに、ルージェラは怒りを何度もぶちまけていた。

「カテリーナ。無理しないでよ。せっかく戻ってきたのに。また、どこかに行っちゃうなんてこと、しないでよ」

 ルージェラが心配な様子でカテリーナに言った。彼女はカテリーナが戻ってからというもの、決して彼女からは目を離さないような素振りを見せている。

 私も同じだった。カテリーナが目を離したすきにどこかに行ってしまうのではないかと思い、片時も目線を話す事ができないでしたのだ。

「ああ、少なくとも、私の意思では、もうどこにもいかないさ…」

 というカテリーナの言葉も、彼女の今の姿と相まって、妙に説得力が無いものになってしまっていた。

 そう言えば、あのナジェーニカはどこに行ってしまったんだろう。また彼女は姿をくらましていた。

 変わらずカテリーナの首を狙っていると言っていたナジェーニカだったが、こうして今も姿を消しつつ、カテリーナの事を狙っているのだろうか?

 そんな事を言っていながら、ナジェーニカは、包帯男達との戦いでは私達に協力をしてくれた。カテリーナを取り戻す事では目的が一致していた彼女だったけれども、今は違う。こうしている間もどこかでカテリーナを狙っているのかもしれなかった。

 警戒は緩めるわけにはいかない。私達は幾つもの勢力に狙われるようになってしまっているのだ。

「カテリーナ・フォルトゥーナよ。よくぞ戻ってきた。私はお前の顔をこうして再び見る事ができてうれしいぞ」

 ピュリアーナ女王との一年ぶりの再会。彼女はカテリーナの顔を見るなりそう言っていた。

「はっ。ピュリアーナ女王陛下にそのように言っていただき、感謝致します」

 私達は揃ってピュリアーナ女王の前にひざまずき、カテリーナが早速そのように応えていた。

 堂々とした口調。忠誠を誓った女王の前でも忘れない、彼女の騎士としての態度は忘れていないカテリーナだったが、どこかまだ物足りない所がある。

 1年前は持っていたはずのカテリーナの威厳が、どこかしら失われてしまっているのだ。

 一方のピュリアーナ女王は、1年以上前からその姿を少しも変えていなかった。

 鳥乙女、シレーナとしての美貌は変わらず保ったままで、綺麗な白い翼には全く汚れさえも見られない。人に近い体の部分も私達女でさえ見とれてしまうほどのものがあった。顔も、人のそれよりも青白くあったが、私たちよりもずっと美貌である。

 どうやってそんな美貌をいつまでも保っていられるのか分からない。声さえも透き通っており、私達が圧倒されてしまうような存在感さえ持っているのだ。

「カテリーナよ。お前は、力を封印されているそうだが…」

 と、ピュリアーナ女王は早速切りだしてきた。カテリーナの力が封じられているという事は、シレーナの伝令によって、あらかじめピュリアーナ女王へと伝わられていた事なのだ。

「はっ。この腕輪を付けられた時から、私の力がどうも発揮する事が出せず、今はただ人の娘ほどの力しか出す事ができませぬ。お恥ずかしい限りですが、今の私には、人の娘と同等、いや、それ以下の力しか出す事はできないでしょう」

 カテリーナはピュリアーナ女王に腕輪を見せ、そのように言った。腕輪は、ピュリアーナ女王のいる王座の間のステンドグラスの中で銀色の光を放つ。

 その腕輪はカテリーナのほっそりとした腕の中でも、異様に大きな存在感を放ち、重々しくさえある。

 とても簡素な腕輪でしかなかったが、良く見ると何かの文字が刻まれている事が分かる。

「その腕輪だが…」

 ピュリアーナ女王が、カテリーナが差し出した腕輪に指を向けて言ってくる。

 彼女の指は長いうえに、伸ばした爪は非常に長く、人間のそれの2倍くらいはあるように見える。これもシレーナ一族の大きな特徴だった。

「どうも、我が国に古くから伝わっている、古文書に似たような封印の記載があるようだ。すでに調べさせているが、そう簡単に解ける封印ではないようだな。術者に封印を解かせるのが一番だが…」

「残念ながら、術者は、また姿をくらましちゃったんでね…」

 と、カイロスが呟いた。彼もロベルトと共に、女王陛下の前なので跪いているが、あくまで形式的に跪いているつもりなのだろう。態度は、私が見ても酷いものだった。

「ちょっと、あんた失礼よ!女王陛下の御前で!」

 カテリーナのすぐ背後で跪いているルージェラに言い放たれた。

 だが、そんなカイロスの様子などピュリアーナ女王は、無視しているのか受け入れているのか、カテリーナに次の言葉を言った。

「今、我が国と同盟国は、存続の危機に立たされている。国中を奇妙な生物が襲うようになり、次々と街がやられた。数日前には《ハルピュイア》も襲撃されている」

「何ですって?《ハルピュイア》が?」

 ルージェラが声を上げた。私も黙ってはいられず、思わず声を漏らす。

「そんな…」

《ハルピュイア》は私にもゆかりのある街だ。この『リキテインブルグ』にやってきて、初めて訪れた街が《ハルピュイア》だった。1年以上もそこで雇われ護衛を務めてもいたし、今、こうしてここにいるのも《ハルピュイア》のギルド護衛の任務中、ロベルトに出会ったからである。

《ハルピュイア》は、かなり大きな規模を持った街でもある。港町として栄えていたから、何かしらの侵略があったとしても、そう簡単には陥落などしない街だ。

その街が襲撃されたとなれば、それは『リキテインブルグ』にとっても最大級の打撃になるはずだった。

「安心しろ。《ハルピュイア》は街に被害は出たものの、陥落はしていない。自警団と、騎士団の応援が間にあったからな…。だが、次に襲撃を受けるような事があれば、もう持たないだろう」

 ピュリアーナ女王の言葉に、私達は黙りこくった。まるで、世界の終焉が始まっているかのような面持ちだし、実際にそれに近い事が起こり始めている。

「一年前の『ベスティア』《ミスティルテイン》の陥落を期に発したこの危機は、この《シレーナ・フォート》にもいずれはやってくるだろう。そうなった時、我々の力でどこまで太刀打ちができるだろうか?」

 ピュリアーナ女王は、カテリーナの顔を見て言った。女王の言いたい事は明らかだ。

「カテリーナ。その時にはお前の力が必要になってくるのだ。分かるか?」

 その通り。私達も、カテリーナの力は何よりも必要としている。彼女の力添えが無ければ、私達はただの軍隊と変わらない。

 ただ、カテリーナが持っている『力』さえあれば別だった。私達は彼女の『力』がどこからやってくるものかは知らなかったけれども、彼女の『力』さえあれば、どんなものに対しても太刀打ちすることができる。そうに違いない。

「はっ。分かっております。私も女王陛下のご期待に添えればと思っております」

 カテリーナは女王の期待に応えるかのようにそう答えた。

「ああ、そうだろうな。だがな。はっきりと言っておくが、今のお前の力では、何もできない。それが実際だろう。その封印を解かない限りは、お前は戦う事の出来ないただの女でしかない。それは分かっているな?」

 ピュリアーナ女王ははっきりとした口調でカテリーナに向かって言ってくる。確かに彼女の言う通りだ。

 しかしそれはどうしようもない事だ。カテリーナは今、力を封じられ、本来の『力』を失ってしまい、その対処法さえも見当たらない。

 だが、ピュリアーナ女王は続けて言って来た。

「エルフ達ならば、お前の『力』の封印を解く事もできるかもしれぬ。あの者達は、森の賢者とも通じているし、お前にとって何かしらの手助けにはなってくれるだろう」

 エルフ達、と聞いて私は今は亡き、クラリスの姿を想像してしまった。

 エルフとは、森に住む種族で、人間との関わり合いは少ないが、決して交流が無いわけではない。

 特にシレーナ達とは交流も深いと言う。

「エルフは数多くの呪術に通じているというからな…。もしかしたら、お前に賭けられてしまっているその呪術をも解く事ができるかもしれぬな…」

 ピュリアーナ女王の言葉は、確証のあるものではなかった。だが、決して見過ごすことができるものでもない。

「私に、エルフ達に会いに行けと? そうおっしゃるのですか?」

 カテリーナが答える。

「その通りだ。封印が解けるにしろ、解けないにしろ、行く意味はあるだろう? 特にお前はな、カテリーナ」

 その言葉が何を意味しているのかは、私には分からなかったが、カテリーナは確かにうなづいた。

「一度、エルフの森に行って来いカテリーナ。それからでも遅くはない。クラリスの事もあるだろうしな」

 クラリスと言う、ピュリアーナ女王の言葉を聞いて、私は何故、カテリーナ達がエルフの森に行かなければならないのか、心なしか分かった気がした。

 クラリスはエルフの森の出身だと聞いていた。つまり、今は亡きクラリスの故郷でもある場所なのだ。

 カテリーナ達はそこへと向かおうとしている。カテリーナの封じられてしまった力の封印を解く以外にも、そこに大きな意味を持っていると言う事は、私にとってはまだ知る由も無い事だった。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択