17 決戦〈双葉〉
鏡が光を溢れ出してからの高彦、咲耶、知流の動きは素早かった。
発光弾のように怨の目をふさいでいる間に、高彦達三人は茉莉絵達の元へと走っていた。
そんなこととは知らず、一葉は怨と同じように目を閉じていることしかできない。
そして、光が弱まり一葉が瞳を開いた時には、状況が一変していた。捕らわれていた茉莉絵達を引っ張るようにして、咲耶と知流が一葉の元へ戻ってくる真っ最中だったのだ。
その後ろには、盾になるように高彦と瑞葉が立ちふさがっている。
「なにぃ! 貴様、やはり騙したな」
「騙して等いない。月神神社と繋がっているのは本当だ。ただ、〈月の守人〉を呼ぶための一方通行だがな」
その扉を通って、瑞葉がこの世界へやってきたのだ。そして、瑞葉は八咫鏡を高彦に向けると瞳を輝かせる。
「そして、神器を取り出せる扉は、この八咫鏡のみ」
高彦が、八咫鏡に手をかざすと鏡面がまるで水のように揺れ始めた。
硬度をなくした鏡面が波紋を広げながら高彦の手を飲み込んでいく。そして、ゆっくりと引き抜いた手には天叢雲剣が握られているのだった。
「邪鬼、貴様の作り出した世界が仇となる。この空間から逃がしはしない。姉上、あの者達を外の世界へ」
そう瑞葉に告げると高彦は地を蹴り、怨に斬りかかる。そして、瑞葉は一葉達の元へ走った。
「良くやりました。咲耶、知流。さあこの子達を月神神社へ送ります」
「でも姉上、宮上さん達は邪鬼の毒気に……」
「大丈夫ですよ。向こうには父様がいらっしゃるのです。それに、ここで邪鬼を倒してしまえば毒気は消えるでしょう」
「はい」
咲耶と知流が安心したように返事をすると茉莉絵達を一カ所へ寝かせた。
瑞葉が瞳を閉じ八咫鏡をかざすと鏡面から光が溢れ出し茉莉絵達を照らす。光が完全に三人の体を包み込むと一瞬にして光が八咫鏡に吸い込まれ三人の姿は消えてしまった。
「さぁ、双葉さん。今度はあなたの番です。八尺瓊勾玉を取って下さい」
あまりの出来事に一葉はただ呆然と見ていることしかできず、瑞葉の声でやっと我に返った。
「瑞葉さん……ボク……あっ、茉莉絵達は」
「もう大丈夫ですよ。今、月神神社へ送りました。あちらには父様がいらっしゃいますから安心して下さい」
全てを見ていたはずなのに、瞳が捕らえた映像を処理できなかったらしく、瑞葉の言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろした。
「よかった……」
「それより早く、八尺瓊勾玉を取って下さい。神器の力を発動しなければ、いくら高彦でも、いたずらに体力を消耗してしまうだけです」
瑞葉の背後では、高彦と怨が死闘を繰り広げていた。
スピードは高彦、パワーは怨の方が有利らしく。スピードを生かした攻撃で、何度も切っ先が怨の体を捕らえるのだが、硬い皮膚は僅かに傷を付けるだけで直ぐに塞がっていた。
「その程度では、俺様に傷を残すこともできぬぞ」
「ふん、その程度では、私を捕らえることはできん」
互いに負けていない。自分の強さに絶対の自信を持っているのだ。
「だが、いつまで避けていられるかな」
身長を生かし、手足を大きく振って怨が攻撃を続ける。それを紙一重で避けながら、高彦は剣を振るった。
「さぁ、早く。八尺瓊勾玉を」
高彦の華麗な戦いに見とれている場合ではない。華麗に見えるが傷を負わすことができないのであれば、体力で大きく勝る怨の方が有利だ。
〈双葉、替わって〉
《は、はい》
双葉は、直ぐに一葉とパーソンチェンジをすると八咫鏡の中へ手を差し入れた。
なにもない冷たい空間の中、指先になにかが当たる。それは暖かな光を放っており、それが八尺瓊勾玉であることは双葉にもわかった。そして、双葉は八尺瓊勾玉を掴むと八咫鏡から手を引き抜き、片膝を付くと両手で勾玉を一つずつ握って銀糸で吊されたもう一つの勾玉に集中する。
双葉の瞳がグリーンに輝き出すと同時に、八尺瓊勾玉の力が発動された。
八尺瓊勾玉の発動に連動し、八咫鏡、天叢雲剣も輝き出す。
「ふふふっ、これで力の均衡が崩れた。邪鬼、覚悟するのだな」
土蜘蛛と戦った時ほどの力は感じないが、これで、怨の体に傷を作ることができる。一撃では無理だとしても、高彦のスピードを持ってすれば怨を倒すことはたやすい。
しかし、怨は不敵に唇を歪めると高らかに笑い声を上げた。
「ふはははははっ、やっと三つ揃ったか、待ちかねたぞ」
力の均衡が崩れたことがわかっているはずなのに、怨は天叢雲剣を怖れず、むしろ三種の神器が揃ったことを喜んだ。
「なにをたわけたことを言っている。これで貴様の勝ちはなくなったのだ」
怨の言葉に、高彦は警戒を強めた。この自信、なにか裏がある。
「貴様達が、神器の力を百パーセント引き出せないのは知っているわ! 〈月の繋人〉があれではな。醜!」
怨の声が竹林に響くと醜が怨の肩の上に現れた。その姿を見て、高彦は嘲る。
「血迷ったか、餓鬼一匹でなにができよう」
「キキキキッ、我等餓鬼が一匹で行動するとでも思っているのか、回りを見てみろ、貴様達は囲まれているんだよ。キキキキッ、久しぶりに、生きた人間の肉を喰えるぜぇ」
びっしりと詰まっていた竹林の隙間から何十、何百もの餓鬼がわき出てきた。
「チッ、姉上、気を付けろ!」
高彦の声が飛ぶ。餓鬼の気を感じ取った瑞葉も、直ぐに指示を与える。
「咲耶、知流。双葉さんの回りに結界を」
「はい」
二人は、スカートのポケットから符呪を取り出すと土蜘蛛の時と同じように「不動王生霊返し」の結界を双葉の回りに作り、印を組むと詠唱を始めた。
「もえん不動明王 火炎不動王 波切不動王 大山不動王 吟伽羅不動王 吉祥妙不動王 天竺不動 天竺坂山不動 逆しに行ふぞ……」
〈咲耶、知流。ヤメロそれじゃ、お前達がやられる〉
咲耶達に声が届かないのを知りながら一葉は思いっきり叫ぶ。
わき出だした餓鬼が咲耶達に襲いかかるが、咲耶と知流は詠唱を止めない。双葉の回りに作った結界ほどではないが、詠唱者自らも僅かに結界で守られている様子で餓鬼をはじき飛ばしている。しかし、この数では破られるのは時間の問題だ。
「一葉ちゃん。どうしよう……」
〈双葉は、勾玉に集中して。瑞葉さん。咲耶達が危ない。どうしたら……〉
しかし、餓鬼が襲い来る恐怖に双葉の集中力は削がれていく。これでは三種の神器の力を繋ぐことはできない。そして、双葉の瞳を通した一葉の視線の先には、八咫鏡を盾代わりにして短刀を振りかざして戦う瑞葉の姿があった。その動きは餓鬼など寄せ付けず、とても目の見えぬ人間の動きとは思えない。
しかし、いかんせん数が多すぎる。瑞葉も徐々に押されてしまう。それをフォローするように、高彦が瑞葉に取り憑こうとする餓鬼を切り落としていった。
こちらを構っていられないのは一葉にもわかるが、このままでは、咲耶と知流が餓鬼の餌食になってしまう。
「まらべや 天竺七段国へ行なへば 七ツの石を集めて 七ツの墓を付き……ぐっ……七ツの石の外羽を建て 七ツの石の じょう鍵下して みぢん すいぞん あびらうん──」
咲耶の結界が破れかけている。結界の亀裂から餓鬼は太ももに牙を立て肉を食いちぎった。咲耶の綺麗な太ももから血が溢れ出す。それでも、咲耶は咒言の詠唱を止めようとしない。
〈もうヤメロ、自分の身を守るんだよ。双葉はボクが守る。大丈夫だから! 高彦ぉぉ! 咲耶が……咲耶が食べられちゃう。助けに来てぇぇ〉
一葉の悲痛な叫び声を聞けずとも高彦は状況を把握していた。しかし、切っても、切っても餓鬼の数は一向に減らず、助けに向かうことができない。
──ボクはなにもできないのか……これじゃあ本当に役立たずじゃないか……そんなの嫌だ。こんなんじゃ咲耶が……知流が、みんなやられちゃう……
スポットの中では双葉が、八尺瓊勾玉の力を引き出そうと頑張っているのに、一葉は後ろで見ていることしかできない。不甲斐ない自分に一葉は涙を流して悔しがった。
「計反国と 七ツの ぢごくへ 打ちおとす うんあびらうんけん……きゃぁぁ……」
結界を破った餓鬼が、咲耶の首筋を噛みついた。そして、咲耶の詠唱が止むとその場に崩れ落ちてしまったのだった。
〈咲耶ぁぁぁぁ!〉
一葉が内なる世界で、瞳をブルーに輝かせスポットに入った。もういても立ってもいられない、無我夢中でスポットに飛び込んだのだ。
その無茶な行為が、八尺瓊勾玉に新たな変化をもたらす。一葉がスポットに駆け込んだというのに双葉ははじき飛ばされず、二人の体が一瞬重なった。その瞬間、八尺瓊勾玉が真っ白な強い光を放ったのだ。
その光は、餓鬼を倒す光ではなかったが、その輝きに驚いた餓鬼は、一斉に竹林の中へ逃げ込んだ。
そして次の瞬間、一葉はスポットからはじき出されていた。双葉には、いったいなにが起こったのかわからなかったが、首筋から血を流す咲耶の姿が目に飛び込んできた。
「咲耶ちゃん!」
咲耶が倒れたせいで「不動王生霊返し」の結界は解かれてしまっている。双葉は大急ぎで咲耶に近づこうとしたが、それよりも早く高彦が咲耶を抱きかかえた。
「咲耶! しっかりしろ。咲耶!」
「兄様……ごめんなさい。また……私……兄様達の足を……」
「なにを言っている。お前は良くやった。姉上、早く!」
意外なほど取り乱している高彦の姿が痛々しかった。いつもの厳しい瞳ではなく、優しい兄の瞳で咲耶を抱き寄せる。
瑞葉も咲耶に駈け寄ると胸の上に手をかざし治療にあたる。しかし、そんな悠長なことをしている暇などなかった。
「ぐはっ……」
「きゃああぁぁ! 兄様ぁ」
知流の悲鳴が上がり、双葉は慌てて高彦を見た。その高彦の背中には、邪鬼の伸びた舌が突き刺さり腹を突き抜いていた。
「おのれぇ……ぐぁ……」
伸びた舌が、邪鬼の口の中へ戻っていく。舌の抜けた腹からは、血が噴水のように吹き出すが、それでも高彦は気丈にも立ち上がると天叢雲剣を構えた。
見据えた先には、怨の他に逃げ出した餓鬼が円を作るようにして高彦達を囲んでいる。もう逃げ場はない。
「クックックックッ、貴様さえ倒してしまえば、後はか弱い女だけ」
「兄様! その体では無理です。私が」
「ぐっ……やめろ……知流」
知流は高彦の言葉を聞かず、前に出ると咒言を唱え始めた。
「奇一奇一たちまち雲霞を結ぶ 宇内八方ごほうちょうなん たちまちきゅうせんを貫き 玄都に達し
咒言を唱え終わると知流は怨向かって走り出した。知流は天地の根源を司る神仙「
太一真君の力を得た知流は、通常の何倍もの速さで怨に襲いかかるのだが、怨はその動きを完全に見切っており、舌をムチのように振るうと知流をはじき飛ばすのだった。
「きゃあぁぁ……」
吹き飛ばされた知流はしたたかに地面に叩き付けられると動かなくなってしまう。
「知流……ぐっ……まだまだ……ぐはっ……」
高彦も膝から崩れ落ちる。高彦ももう戦える状態ではない。
〈双葉、替わって〉
一葉の言葉に双葉は直ぐにスポットから離れホストを譲る。
一葉は高彦の元へ駈け寄ると持っていた八尺瓊勾玉を左手に巻き、天叢雲剣を高彦の手から奪い取った。
「なにをする……返せ……お前には無理だ」
「嫌だ。ボクがみんなを守るんだ!」
一葉の瞳がブルーに燃えていた。それに反応するかのように天叢雲剣も僅かに輝き出す。
「いやああぁぁぁぁ」
気合いと共に、地を蹴り邪鬼に向かっていくが、その間を遮るように餓鬼が襲いかかってきた。だが、それよりも早く餓鬼を叩き切っていく。
それは、日本武尊が草薙剣と名付けたように、まるで草を薙ぐように次から次へと餓鬼を切り捨てていた。しかし、餓鬼の数は多く邪鬼に近づくどころか、徐々に後退をよぎなくされてしまう。
「クックックックッ、なかなかの強さだが、剣はうまく使えないようだな〈月の繋人〉よ。そもそもお前はなんの役に立つというのだ。勾玉もろくに使えんただの小娘が」
そんな言葉を言われても、言い返している暇がない。目の前に襲いかかってくる餓鬼を高彦達に近づけないようにするだけで精一杯だ。それでも、今は一葉が頑張って少しでも時間を稼がなくてはいけない。瑞葉が必死になって皆を治療しているのだから。
「クソッ! 数が多すぎる」
《頑張って、一葉ちゃん。一葉ちゃんしかみんなを守れないの》
「わかってる。ぐっ……でも、このままじゃ……」
餓鬼の数に完全に押されている。もう既に、天叢雲剣を持つ手も重くなり、先程のように動いてくれない。
「ちくしょう……ボクは本当に役立たずだ。でも、嫌だ! ボクが頑張らなくっちゃ……ボクがみんなを守らなくちゃいけないんだぁぁぁ」
一葉が悲痛な叫びを上げた時、内なる世界に光が差し込んできた。スポットに立つ場所以外、光のなかった世界に、突然光が降り注いだ。
そして、時が止まる──そう、秀明が分娩室で茜と出会った時のように……
〈なに〉
《一葉ちゃん。あれ。あれって、まさか……》
光の中に現れたのは誰あろう。一葉と双葉の母、16年前に双葉を産み落としてこの世を去った茜であった。何故、茜がここにいるのか……そんなことは二人にわかるはずもない。しかし、現実に目の前で母・茜が微笑んでいる。
〈《お母さん……》〉
茜はなにも身に付けていない透き通った体で二人の前に降り立った。
『一葉、双葉。良く聞きなさい。今こそ〈月の繋人〉の力を解放するのです。二人の力を一つに、三つの神器の力を一つにするのです」
〈神器を一つに……どうすればいいの?〉
『力を一つに、力を重ねるのです』
そう告げると茜の体は宙に浮かんでいった。
〈《待って、お母さん》〉
しかし、茜は二人に優しく微笑むと輪郭を薄れさせ、光と共に消えてしまうのだった。
〈待って、お母さん。力を一つにするってどうすれば……お母さん。お母さん〉
いくら呼びかけても、もう茜は答えてくれなかった。
《一葉ちゃん危ない》
「はっ……」
間一髪のところで、餓鬼をたたき落とした。今のはいったいなんだったのだろう。長い時間だったのか、一瞬だったのかさえわからない。幻だったのだろうか……
〈双葉。今の見たよね。幻じゃないよね〉
《うん。お母さん……笑ってた》
幻ではないのなら、今は茜の言葉に従うしかない。それにすがることしか一葉達には残されていなかった。
──でもどうやって……そうか、さっきみたいにすれば。でも……ううん。考えてる暇なんてない。みんなを守るんだ。
一葉は決心したように、天叢雲剣を振るい餓鬼を払いのけ、大きく後方へ飛ぶと瑞葉の横に着地する。
「もう少し頑張って下さい。後は高彦を──」
「瑞葉さん。鏡、八咫鏡を貸して下さい」
「えっ……」
「お願い。ボクを信じて!」
力強い眼差しに、瑞葉はなにもわからぬまま一葉に鏡を渡した。そして、一葉は一歩前に出ると片膝をつき、右側に天叢雲剣を……そして、左側に八咫鏡を置いた。
「どうした。三種の神器を差し出して命乞いでもしようと言うのか」
完全に勝ちを確信した怨は、ゆっくりと餓鬼を引き連れて近づいてくる。もう時間がない。
〈双葉。替わって〉
《えっ……でも、私じゃなにもできない》
〈いいから替わって。それで、さっきみたく構えて〉
一葉がスポットを出たので、慌てて双葉が入る。双葉には一葉がなにを考えているのかわからなかったが、一葉にはなにをすべきかわかっていた。茜の最後の言葉「力を重ねる」その意味を一葉は理解していたのだ。
──これしかないんだよね……
双葉が集中すると瞳がグリーンに輝き始める。
〈もっと集中して、私もついてるから怖がらないで〉
《うん。わかった……》
その言葉に、双葉の集中力は上がり、瞳が強く輝きだす。
しかし、邪鬼の進行は止まらない。いったい一葉はなにをしようというのだろうか……
双葉の姿を見て、一葉自身も「皆を助けたい」と意識を集中する。自らの力を解放するにはこれしかない。この切実な思い。必死さが一葉の力を解放すると瞳が美しいブルーに輝きだした。
〈行くよ。双葉……さようなら!〉
《えっ……》
一葉は、勢いよく双葉の背中に飛び込んでいく。先程、餓鬼を退けたように「二人の力を合わせなさい」と茜に言われたような気がした。自らが消えることになろうとも皆が助かる術はもうこれしか残されていないような気がしたのだ。
──ぐっ、このまま双葉の中に……
しかし、一葉が考えているほどことは簡単に進まない。二人でスポットに入ることも大変な作業だったというのに、この上双葉の中に入っていくなど……瑞葉と高彦はどのようにして一つになったのか、この大変な時に一葉はボンヤリとそんなことを考えていた。消え去ったもう一つの瑞葉達もこのような苦しい思いをしていたのだろうか。
「一葉ちゃん、ヤメテェ!」
一葉がなにをしようとしているのかわかった双葉が悲痛な叫び声を上げる。しかし、画像がダブっているように重なってしまっている今となっては突き飛ばすこともできない。
はじき出されそうになる体を必死になって繋ぎ止めようとしていた時、再び母・茜を感じた。
『大丈夫。もう少し頑張るのです』
一葉の頭にだけ茜の声が響いた。そして、一葉を助けるように茜が現れると背中から二人をしっかりと抱きしめてくれるのだった。
〈ありがとう。お母さん……〉
茜の力を借り二人の体が重なった。
「きゃあああぁぁぁぁぁぁ」
重なった衝撃で、双葉は悲鳴を上げながら銀糸で繋がれた八尺瓊勾玉を引きちぎっていた。
しかし、それが合図となり三つの勾玉が別々の色に光り出したではないか。右手に握られた勾玉はブルーに、左手に握られた勾玉はグリーンに、そして、まん中にある勾玉は、重力に逆らい空中に浮かぶと真っ赤に輝いた。
その三色の光が、怨達を襲う。
「ぐあああぁぁぁ! なんだ。なにが起こっている」
勾玉の光は、光の三原色となり、双葉の体で混ざり合うと真っ白な光を放ち始めた。そして、双葉が瞼を開くと瞳は空中に浮いている勾玉と同じ、真っ赤に輝いていたのだった。
変化は更に続く。握っていたはずの勾玉が掌を突き抜け甲から浮かび上がると天叢雲剣と八咫鏡を引き寄せた。天叢雲剣は握られると剣先をブルーに輝かせ、八咫鏡は手の甲に張り付くとグリーンの光を鏡面から発し、美しい光の盾へを作り出した。そして、空中に浮いていた赤い勾玉は、双葉の額に埋まると全身を赤い光の鎧で包んでいくのだった。
──まさか。二人が一つに……
双葉の変貌ぶりに、瑞葉も驚きを隠せなかった。〈月の繋人〉が覚醒したと言うことなのだろうか、歴史上一度も覚醒しなかった〈月の繋人〉が。
驚いていたのは怨も同じだった。〈月の繋人〉がこんな姿になるとは思ってもいなかった。神器一つ一つの力も把握していないのに、それらを一つにした〈月の繋人〉の力など想像もつかない。
「きっ、貴様……いったい」
『邪鬼、もう許さない。
声がだぶっている。一葉と双葉の声がダブって聞こえてくる。今この体を動かしているのは双葉なのだろうか、一葉なのだろうか……それともその両方。
〈双葉〉が両手で天叢雲剣を持つと剣を横に一薙した。距離など気にせずに振られた剣からは、ブルーに輝く光の剣が飛び出し、容赦なく餓鬼を襲うと一瞬にして光の粒に変えてしまった。
「なにぃ!」
まさに一瞬の出来事だった。怨にはなにが起こったのかも理解できない。
だた醜だけがこの状況を危機だと感じ取ったらしく、怨の肩の上で震えていた。
「な、なんなんだよぉ……なんて力を使いやがるんだ……怨、ダメだ。彼奴にゃ勝てねぇ。あんな化け物に勝てるわけがねぇ……逃げようぜ、こんなところにいたら死んじまう。俺は、こんなところで死ぬなんて嫌だぜ」
この絶対的な力、今までと状況が逆転してしまった。
「諦めろ醜、ここからは逃げられん。背を見せたら終わりだ」
「お、俺は知らねぇ。俺は、お前にそそのかされただけだ。俺にゃ関係ねぇんだ。お前、一人でやられちまえよ」
醜は、怨の忠告も気にせず背を向けて逃げ出そうとした。それが自分の運命を決めてしまうことも知らずに……
だが、襲ってきたのは光の剣ではなかった。醜の動きを止めたのは、怨の大きな手だったのだ。
「な、なにすんだ! 離せ、俺は関係ねぇって言ってるじゃねぇか」
「醜よ。俺が、なんでお前を連れてきたか教えてやる。鬼は、鬼の肉を食うと力が倍増されるんだ。それは、どんな醜い弱い鬼でも同じだと聞く……わかるか醜。お前は、俺の力になるんだ」
「な、なに言ってんだ! それじゃあ、始めから俺を喰うために……」
これ程力の差がある怨が、何故、餓鬼の醜に力を貸せと求めた理由を今やっと理解した。しかし、気が付いた時が最後の時になろうとは……
「ぎゃあああぁぁぁぁ!」
醜を生きたまま口に放り込むと断末魔に続き、骨を砕く音が聞こえてきた。弱肉強食……これこそまさに鬼の本性。それ程、怨は追いつめられていた。本性をむき出しにしなければ、この状況を抜け出すことはできないと考えたのだ。
怨のどう猛な姿を〈双葉〉は、冷ややかな視線で見つめている。
そんな冷たい視線を受けながらも、醜の肉を喰らった怨の体は変化を開始した。筋肉が膨張し体が一回り大きくなり、醜悪な顔が更におぞましくなっていく。
「ケッケッケッケッ。力がみなぎってくる。やっぱり鬼の肉は違う。これでどうだ。俺は負けんぞ」
『鬼とは、本当に哀れだな。そんなことで、
地を蹴り、〈双葉〉は表情も変えずに突っ込んでいく。それを予想していたように怨は〈双葉〉を叩き潰そうと更に太くなった腕を振り下ろした。
大地を打つ大音響が響き渡る。だが、〈双葉〉は怨の豪腕を片腕で受け止めていた。
光の盾は先程よりも大きくなり、怨の拳を完全に止めている。その涼しげな〈双葉〉の表情は、全く衝撃など受けていないようだ。
『これで終わりだ。邪鬼』
腕を払い除け、ジャンプするとそのまま真っ直ぐに天叢雲剣を振り下ろす。
ビシッ!
ブルーに輝く光の剣は、怨の体を突き抜け、大地までも切り裂いていた。
「……な、なんだ……」
その鋭い剣筋に、怨は痛みすら感じていない。しかし、体に刻まれた傷は間違いなく怨をこの世から消滅させる一太刀であった。
額が割れ中心を突き抜けた傷口が突然輝きだしたかと思うと、光の粒となって天に昇っていく。その傷口は美しい輝きを放ちながら広がっていった。
「なんだ! どうしたんだ」
痛みも感じず、中心から怨の体が消えていく。しかし、いくら騒ごうとも、光の進行を止めることなどできない。
「な、なんだこれは……やめろ! どうなっちまってるんだ。嫌だ。消えたくねぇ……たっ、助けてくれぇぇぇ……ぎゃああぁぁぁ!」
断末魔を残し、怨の巨体は跡形もなく消えていった。その姿を、空中に浮いたままの〈双葉〉が冷たい視線で見下ろしていた。
「あれが、本当の月の力なのですか……」
瑞葉は、赤い光の鎧に身を包み、圧倒的な力で邪鬼を殲滅した〈双葉〉を見上げていた。その背後には、いつの間にか漆黒の闇に浮かぶ丸い月が浮かんでいる。その美しい月に照らされた〈双葉〉の姿は、月の力を持つ神、月詠の姿に見間違うほどだった。
そして、〈双葉〉が両手を月にかざすと再び三種の神器が輝き出し、怨の作り出した世界を消滅させる。
現実に戻った〈双葉〉達は、静まりかえった校庭の中心に姿を現していた。しかし、授業の始まった校舎から、〈双葉〉達の姿を見る者は一人もいないようであった。
* * *
あの後〈双葉〉達は、瑞葉が操る八咫鏡の力で月神神社に戻ることができた。
知流は気絶していただけだったので月神神社に戻ると直ぐに気が付いたが、咲耶と高彦の傷は深く瑞葉の懸命な治癒のおかげで一命は取り止めることができ、皆をホッとさせた。
〈月の狩人〉の高彦の体力回復はすさまじく。治療後一時間で動くことができるようになったが、咲耶は首筋の頸動脈を噛み切られており、傷は塞がったものの体力の回復が遅く、丸三日寝込むこととなってしまった。
その間、高彦が咲耶の側を離れることはなかったと聞いた。あれほど厳しい言葉を言っていたのは、力を持たぬ咲耶達を戦いの場に連れていきたくないという高彦の愛情だったのだ。不器用な愛情表現だが、咲耶達は高彦の愛情をわかっていたからこそ辛い修行にも耐えてこられたのだろう。
茉莉絵達はと言うと、外傷もなく眠っていただけなので、数時間後には目を覚ました。そして、瑞葉の力を使い鬼の記憶を消し去ったことで、何故月神神社で寝ていたのか、悩む日々を過ごしている。
〈月の繋人〉として覚醒を果たしたはずの〈双葉〉は、八咫鏡の力で月神神社へ戻ってきた途端、〈双心子〉の一葉と双葉に戻っていた。
一葉は融合することを覚悟して双葉に飛び込んでいった。茜が言った「力を重ねる」と言う言葉を一つになることだと思い、双葉に黙って自分の力を渡そうとしたのだ。
二人に戻った途端、双葉は泣きながら一葉のことを怒鳴りつけた。一葉の胸を力なく叩きいつまでも泣き続けた。こんなに怒った双葉を見たことがない。しかし、真剣に叱りつけてくれたことで、双葉の愛情を深く感じることができた。そして二人はしばらくの間、心の中で抱きしめあったのだった。
しかし、何故このような結果になったのだろう。二人は持てる力を解放して、双葉はともかく一葉は融合することを望んでいたというのに、結果は元の〈双心子〉に戻ってしまった。だが二人にはなんとなくその理由がわかっていた。二人が重なっている間、ずっと母・茜を感じていたのだ。
二人を包み込むようにずっと抱きしめてくれていたような、そんな暖かさを感じていた。そして、元に戻った時、二人は茜の「よく頑張りましたね」と言う言葉と優しい笑顔を見たような気がした。きっと茜が二人の手助けをしてくれていたに違いない。二人はそう確信していた。
茜の助けがあったおかげで信じられない力を発揮することができ、皆を助けることができたのだ。一葉と双葉は茜の深い愛情を感じずにはいられなかった。
その日、家に帰ってからも大変だった。
京滋から連絡が入っていたのだろう。秀明は、一葉と双葉のことを心配して色々なことを聞いてきたので、一つになったこと以外は全て話した。理解できない話だとわかっていても、そうすることが秀明を安心させることなのだと思ったから。
そして、茜が助けてくれたことを告げると秀明は涙を流して双葉を抱きしめてくれた。茜が双葉達を見守っていてくれたことが嬉しかった。一人だけではない。死して尚、茜も双葉達を守ってくれる。それが心強かったに違いない。
あれだけの壮絶な戦いだったというのに、町の人達に気付かれなかったのは幸いであった。普通の人間に鬼の結界が見えるはずもないのだが、もし高彦達が傷ついているところを見られていたら、月神神社の伝説を知る人達を不安にさせたに違いない。
鬼と戦っていることは誰にも悟られてはならない。これからいっそうの注意が必要になってくるだろう。鬼は再び三種の神器を狙って現れたのだから。
町には、平穏が戻っていた。しかし、月詠の力が弱まった今、平穏が、いつまで続くかわかる者はいない。
そして、高台にある月神神社の鳥居から町を見下ろす一葉と双葉は、鬼と戦う決意を新たにする。
「これからだね」
〈うん。これからだ〉
爽やかな風を受けながら佇む双葉の背後には、夕闇の近づいた空に丸くなった美しい月が双葉を包み込むように輝いているのだった。
Two in One ハンターズムーン 終
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ハンターズムーはこれで完結です。大体普通のライトノベル一冊分のボリュームでしたがいかがでしたでしょうか(^◇^;)
まだまだ色々な物を書いていますので、時間があったらアップしていきます。
その時はまたよろしくお願いしますm(__)m
17/17