No.311126

真・恋姫無双~君を忘れない~ 五十六話

マスターさん

第五十六話の投稿です。
自分の死を覚悟して、霞へと向かう麗羽。そこにはかつての袁紹の面影は一切なく、全てを懸けて敵へと向かう。それを迎え撃つ霞は、何を思いながら、彼女と戦うのか。
霞の関西弁が相変わらず難しいorz 拙い地の文は勘弁して下さい。それではどうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

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2011-10-02 00:59:19 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:8347   閲覧ユーザー数:6060

麗羽視点

 

 囲いを突破して張遼さんの部隊に向かって馬を疾駆させましたわ。相手もこちらの存在に気付いたようで、部隊を三分してこちらを包囲するように展開しましたわ。

 

 わたくしの腕で、どれくらい張遼さんの足止めすることが出来るかどうかは分かりませんが、相手がわたくしだということで油断でもしてくれれば、それだけ長く足止めすることが出来ますわね。

 

「守りは捨てますわっ! 敵の一隊を破ります!」

 

 もしも、相手が油断しているのならば、わたくしに残された勝機は初撃のときのみですわ。

 

 三隊に分かれた部隊の内、張遼さん自らが指揮する部隊のみを狙えば、兵力差は逆転しますわ。全ての力を結集させれば、わたくしでも張遼さんに一矢報いることは可能です。

 

 しかし、攻めるべき部隊を間違えてしまえば――仮にその部隊を殲滅させることが出来たとしても、わたくしは勝機を失ってしまうでしょう。

 

 部隊から守るという選択肢をなくすということは、一度攻め寄せてしまえば最後、次にこちらに向けられる敵の猛攻を凌ぐ手段はありませんものね。

 

 張遼さんさえ、そこで破ってしまえば、部隊の象徴たる将を失うことになるので、敵も乱れてしまうでしょう。そうなれば、わたくしでも力の差を覆すことも出来るでしょうね。

 

 つまり、肝要なのは、わたくしが張遼さんの部隊を正確に攻めることが出来るかどうかということですわ。

 

 騎馬隊における駆け引きは一瞬の間に決まりますわ。

 

 少しでも思考が遅れてしまえば――いいえ、思考を働かせてしまった時点で既に遅いと言っても良いでしょうね。

 

 自らの本能――相手から放たれる闘志をどれだけ嗅ぎ取ることが出来るのか、それは生来持っている将としての才能に依るものでしょう。

 

 勿論、わたくしには将としての才能なんて一欠片もありませんわ。

 

 わたくしは他の皆さん――張遼さんや孫策さんなどとは違って、生粋の武人ではありませんものね。何の才能も、何の取り柄もない単なる凡愚な女ですわ。

 

 武の才能も、況してや将としての才能もない、そんなわたくしが戦の匂いに過敏に反応なんか出来るはずもありませんわ――と脳裏に不安が過りましたの。

 

 ――だから、麗羽さんはもっと自信を持って下さい。俺たちは麗羽さんのことを信頼していますから。もっと俺たちを、兵士たちを信頼して下さい

 

 ですが、以前、一刀さんから言われた台詞を思い出しましたわ。

 

 そうですわね。わたくしが兵士を信じないで、どうして彼らがわたくしを信じてくれるのでしょう。わたくしが自分の勝利を信じない限り、本当に勝利することなんて出来ませんわ。

 

 いつまでも、自分の無力さを嘆いている暇なんてありませんわ。わたくしはこの戦いに負けることは許されませんものね。弱いままの麗羽でいることは出来ませんわ。

 

「参りますわっ! 目標、右方の部隊!」

 

 敵が接近した刹那、迷うことなく、どの部隊を攻撃すべきかを決めましたわ。

 

 部隊を三分した以上、彼我の兵力差は逆転しているのですから、攻めると決めたら、一切の躊躇はしてはなりませんわ。一瞬でも判断が遅れようものなら、相手は神速の名を冠する相手ですもの、すぐに包囲されてしまうでしょうね。

 

 腰に佩いた剣を抜き去り、兵を鼓舞するために声を上げながら、敵の部隊に向けて突撃を開始しましたわ。

 

 残りの二隊は捨て置いたまま、守りを捨てるという行為は、敵からすれば思いもよらない行動になるはずですので、敵が動揺している内に一気に勝負を決めさせて頂きますわ。

 

 麾下の五千騎が一つの火の玉になったように、右方の部隊に向かいましたわ。

 

 ぶつかり合う瞬間、わたくしは部隊の中央に一人の女性がいるのを見ましたわ。

 

 紫色の髪に、さらしに羽織だけという独特の服装をした女性――戦場を眺めるその瞳は爛々と輝き、目が合うだけで背筋に寒いものが走る程の気を放っておりましたわ。

 

 かつて反董卓連合において、わたくしたちは董卓軍のおよそ十倍という兵力で虎牢関に迫ったことがありました。わたくしと美羽さんの軍が、そのときの先鋒を預かったのですが、美羽さんの部隊は張遼さんの部隊に散々に打ち破られたそうですわ。

 

 それが騎馬隊を率いさせたら大陸でも屈指の腕前を持つ、神速の張遼と呼ばれる人物の力ですわ。

 

 ――参りますわよっ!

 

 自らを必死に励ましながら、張遼さんに向かって駆けましたわ。ここで彼女さえ討ち取ってしまえば、わたくしたちは勝利にぐっと近づくことが出来ますものね。

 

 部隊と部隊がぶつかり合う刹那、わたくしははっきりと見てしまいましたわ。

 

 張遼さんは凄惨な笑みを浮かべていましたわ。まるでこのように展開することを待っていたかのように。獰猛な獣を思わせるその眼差しに、わたくしは確信しましたわ。

 

 ――この人は全く油断なんかしていませんわ。

 

 わたくしが――袁紹が相手であるというのに、この人にとってはそんな名前など全く関係なく、敵対する者には容赦なく全力を以って迎え撃つ――それがこの人の戦いであることを、その瞳が語っていました。

 

 仮に相手に油断がなかったとしても、わたくしがすることは一つですわ。

 

 張遼さんを全力で叩き潰して、この戦の流れを再び私たちが掴めるようにするだけです。そのためならば、わたくしの命がここで散り果てようとも――二度と斗詩や猪々子たちに会えなくなっても、構いませんわ。

 

「全軍、わたくしの後に続きなさいっ! 必ずやわたくしたちが勝利を掴み取りますわよっ!」

 

 

 霞視点

 

 本来、うちは華琳から孫呉に備えるために合肥に駐屯せいって言われていたんや。馬騰軍との戦で疲弊したところを他国に狙われたらあかんからな。

 

 合肥には他にも凪と真桜と沙和もおってんけど、そんときに風から救援要請が来たんや。孫呉は荊州に侵攻しとるから、おそらくこっちへ来うへんらしい。

 

 せやけど、事態は火急の事態やっちゅうことで、凪と二人で麾下の騎馬隊の一万騎のみを率いてそっちへ向かうことにしたんや。

 

 風からは敵は袁紹と孫策やって聞いてたんやけど、実際に戦場に到着してみると、一刀に紫苑、焔耶までおるやないか。顔見知りと戦うのは、やっぱり微妙にやり難い部分はあるんやけど、そうも言ってられへんわ。

 

 戦は戦や。そこにうちの感情なんて関係あらへんし、うちは誰が相手やろうが全力で殲滅するだけや。一刀や焔耶の悲しい顔なんて見とうないから、せめて苦しまへんでええように、一瞬で決めてやらなあかんな。

 

 ――敵総大将、孫策及び北郷一刀の首級を上げよ。

 

 それが今回本陣から受けたうちの命令やった。だから、それがせめてもの情けっちゅうもんやろ。

 

 戦は風の戦略通りに進んでいるみたいで、うちが本陣へ向かっていることも、どうやら相手には気付かれてないみたいやな。

 

 すぐに全部隊を本陣に向けて突撃させたんやけど、さすがに紫苑がおるだけあって、弓兵の動きは段違いやったから、単純な直線的な攻めじゃあ無理みたいやな。

 

 凪に合図を送って、部隊を何隊にも分けて攻めかかると、すぐに本陣へ突入――さすがに部隊の力を全部向けられたわけやないから、潰走させるところまでは出来へんかったけど、一旦下がった後にもう一度攻めたら、それで終いやろうな。

 

 そんな折に、先鋒から囲みを突破してうちに向かってくる部隊が見えた。

 

 部隊には袁旗が掲げられておったから、すぐに誰が率いているのかは分かった。

 

「霞様、敵は袁紹ですから、一蹴してすぐに本陣に突入しましょう」

 

「…………」

 

「霞様?」

 

 凪の言うことはもっともや。

 

 うちはかつて袁術の軍と戦ったことがあるんやけど、正直なところ、袁家の戦い方には呆れ果てとったわ。

 

 ただ闇雲に兵力を揃えるだけで、兵士自体の錬度は問題外――雑兵もええところやったわ。うちやったら、倍数以上の敵であっても殲滅することは可能や。

 

 せやけど、今回だけは何か引っ掛かるものがあったのも事実や。

 

 華琳が袁紹を見逃したっちゅう噂はうちも耳にしたことがあった。それが事実かどうかなんてうちは知らん。結果的に河北っちゅう肥沃な地を得られたんやから問題ないわ。

 

 問題なんはどうして華琳が袁紹を見逃したかっちゅうことや。

 

 華琳は他人に対してとことん厳しい人間やから、仮に命乞いでもしようものなら、情けなんてかけるはずがない。そんな誇りも何もない連中を生かす程、華琳はお人好しやない。

 

 せやけど、もし華琳が袁紹を見逃したっちゅうことが事実やとしたら、それは華琳が袁紹のことを認めたっちゅうことやないんか? そうやなかったとしても、何かしら見逃すだけの理由があったんとちゃうの?

 

 そうやとしたら、袁紹は前にうちらが戦ったときとは別人な可能性があるわけや。

 

 そして、何よりも、うちらは一万騎を率いているっちゅうに、その半分の五千しか率いてへんことが、あいつがこれまでの袁家の戦いとは別なものを持っているっちゅう証拠や。

 

「気ぃ抜いたらあかんで」

 

「え?」

 

「いつも通り、全力で迎え撃つ。三隊に分けて包囲や」

 

「は、はいっ」

 

 うちの様子が普段とちゃうことに気付いたんやろうな、凪も表情を引き締めて兵士に指示を出していた。

 

 素早く部隊を展開させて、袁紹を迎え撃つ準備をさせたんやけど、そのとき相手から射抜くような視線を感じたんや。

 

 まるでうちを射殺さんばかりの禍々しい気が、ひしひしとうちに向けられ、うちの闘争本能を駆り立てるわ。全身の毛が逆立つようにゾクゾクと身体が粟立った。

 

 ええわ。やっぱ、戦はこうでないとあかん。

 

 相手の部隊は、分けた他の二隊を全く顧みることなく、うちに向かって突っ込んできた。

 

 なるほどなぁ。最初からそれが狙いやったわけや。

 

 どう考えても、今の兵力差ではうちに勝てへんって分かっておるから、敢えてうちだけに照準を合わせて特攻を仕掛ける気やな。

 

 おもろいやないか。

 

 そないな真似して、自分が無事で済むと思っておるわけやないやろうな。しかも、うちを相手にする以上は、尋常やない覚悟を決めへんとあかんで。それも分かっとるんやろうな。

 

 うちが相手に直接訊かんでも、袁紹の部隊が放つ気を見れば一目瞭然やな。自身を犠牲にしても、この戦に勝利したいんやろう。

 

 そやったら、ええわ。その覚悟に免じて、うちらの本気を見せてやろうやないの。

 

 神速の名を冠するうちに喧嘩を売って、ただで済むなんて思わんことやな。

 

 うちはやっと戦が楽しゅうなってきたことに、少なくない快感を覚えつつも、向かってきよる袁紹の部隊――うちだけの首を狙ってくるなんて真似を平然とする相手を迎撃すべく待ち構えた。

 

「さぁ、来ぃや。この張文遠が相手になったるわっ」

 

 麗羽視点

 

 わたくしは部隊を小さく纏めながら張遼さんの部隊に向かって突撃しましたわ。

 

 相手は油断ならざる将ですものね。おそらく勝負は一瞬で決着するでしょう。わたくしの身命を懸けた一撃を――わたくしの持てる全ての力を、貴女にぶつけてみせますわ。

 

「全軍、突撃態勢っ!」

 

 部隊の先端部分だけを鋭く布陣させ、勢いを一切殺すことなく、敵の中央に向かって突撃を開始しましたわ。

 

 部隊同士の衝突の際に凄まじい衝撃が起こりましたが、そんな些細なことなど気にすることなく、部隊の中心にいるであろう張遼さんに向かって兵を進めましたわ。

 

 ですが、さすがに張遼さんの用兵術はさすがと唸らざるを得ない程巧みなもので、部隊を横にずらすことによって、攻撃の軸を歪め、わたくしとの正面との戦いは避けるつもりのようですわ。

 

 張遼さんといえども、やはりこの兵力差では厳しいと判断したのでしょう。

 

 わたくしもおそらく同じ判断をしたでしょうが、ここまで部隊を損耗させずに兵を動かすのは至難の業でしょうね。部隊を完璧に掌握した上で、わたくしの攻めを見抜かなければなりませんもの。

 

 騎馬隊の動きでもっとも難しい動きが素早い横への移動ですわ。直線的な動きが基本となる騎馬隊を、こんなにも上手く動かせるという事実が、わたくしと張遼さんの力量の差を表していますわ。

 

 しかし、わたくしだって益州で長い間、斗詩と猪々子と共に騎馬隊の調練に励んでいたわけではありませんわ。

 

 例えわたくしに将としての才能が全くなかったとしても、わたくしがこれまで行ってきた努力まで水泡に帰すことはありませんもの。これまでのことを全て活かすのです。

 

 ――こちらも追撃の手を緩めませんわっ。

 

 さらに部隊に進撃を命じて、敵部隊の中央まで深く攻め込み、相手の喉元まで一気に迫りました。ここまで部隊の腹中まで敵に侵攻を許せば、容易に守りきることは出来ないでしょう。

 

 当初の予定では、初撃の勢いを以って張遼さん自身を狙うつもりでしたが、ここまで攻められたのなら、陣形を斬り刻んで部隊ごと殲滅させてみせましょう。

 

 部隊を広く展開させることで、先ほどまでの鋭い攻撃から爆発的な攻撃へと転じさせて、相手の布陣に猛攻をしかけるべく行動を開始しましたわ。

 

 ここで敵の布陣を貫いて、徹底的に乱してしまえば、張遼さんが率いる精兵揃いの軍勢といえど、無事でいることなんて不可能――これで勝負を決めますわ。

 

 部隊に更なる進撃を命じ、陣形を切り裂いたと思ったそのときでしたわ。それまであった圧力が嘘のようになくなったのですわ。まるで空を割いたかのように、何の抵抗もなく敵部隊を貫きましたの。

 

 こちらの攻めが敵に大打撃を与えたとしても、ここまで何の感触がないはずがありませんわ。それではまるで、目の前の敵がいきなり消失してしまったようではありませんか。

 

 ――敵が消失……? まさかっ!

 

 気付いたときには遅かったですわ。

 

 陣を貫いたその先に待ち受けていたのは、別の敵部隊でしたの。

 

 張遼さんは故意に自分が正面からの戦いを避けているとわたくしに思い込ませて、陣内深くに誘い込んだところで、軍を一瞬にして二つに分け隔てのですわ。まるでわたくしが陣を切り裂いたかのように。

 

 そして、その先に予め別の部隊を向かわせ、こちらを挟撃するのが狙いだったのですわね。

 

 そこまで深い戦術を繰り出されたことにも驚きましたが、何よりも自軍の部隊をそこまで巧みに動かした用兵術に驚嘆を覚えますわ。

 

 どこまで調練を積めば、その境地まで達することが出来るのでしょうか。それは単に将の才能だけで辿りつけるものではありませんわ。きっと常日頃から血の滲むような壮絶な調練を課しているのでしょうね。

 

 目の前の部隊、更には後方には二つに分けられた張遼さんの部隊――わたくしたちは三方から完全に包囲された形になりましたわ。

 

 そして、わたくしの初撃は無に帰してしまいましたわね。渾身の力を込めて放った、最初で最後の攻撃が空振りに終わってしまった以上、次に来るであろう敵の猛襲に耐えることは不可能でしょう。

 

 そう思った瞬間には、三方から一斉に敵が攻め寄せて参りましたわ。

 

 ――ダメですわ……。

 

 何とか敵の猛攻を逸らすべく部隊を動かそうとしましたが、張遼さんは甘くなく、既に行く先にも兵を配しておりました――いいえ、孫子に『囲む師は必ず闕く』とありますわ。

 

 張遼さんが孫子に通じているかどうかは定かではありません。もしかしたら、百戦錬磨の張遼さんだからこそ、それが自然と出てしまったのかもしれませんが、最初からこのつもりで三方から囲んだのかもしれませんね。

 

 ごめんなさい、猪々子、斗詩、美羽さん。わたくしはここでお終いですわ。

 

 ごめんなさい、一刀さん、貴方との約束も守れそうにありませんわ。

もうわたくしには張遼さんに対抗する術を持っていませんもの。この場を脱することは出来ませんわ。

 

 わたくしの中の闘争心が静かに消えていくのを感じましたわ。まるでわたくしの命の灯も一緒に消えていくかのように、わたくしから戦意がなくなりましたわ。

 

 ――さようなら、皆さん。

 

 自らに死の覚悟を定め、わたくしはゆっくりと瞠目しましたわ。

 

「…………ぁ!」

 

「え?」

 

 敵軍の向こう側に見えた人影――深紅の髪に深紅の瞳、普段は茫洋な表情を浮かべながらも、戦場に一度立つと、誰よりも輝かしい武を放つ飛将軍――恋さん。

 

 そして――

 

「麗羽ぁぁっ!」

 

「どうして……?」

 

 かつてわたくしが袁家の老人どもを駆逐するために、自らの領土を広げようと諸将を次々と併呑したことがありましたわ。彼女もまたその中の一人――そしてわたくしの友でもあった人――

 

「白蓮さん!」

 

霞視点

 

 袁紹は予想通り反董卓連合のときとは別人のようやったわ。

 

 こちらの動きを正確に読んでから、確実にうちの首を狙いに来よった。うちかて油断していたら、おそらくやられてたやろうな。

 

 その力量はうちには届かへんやろうけど、凪あたりやったら意外とええ勝負するんやないか。本来、騎馬隊の数が少ない益州の兵にしては、確かに精兵と言えるやろうな。

 

 せやけど、甘いで。

 

 うちは馬騰の黒騎兵とも対峙したんや。あいつの兵士に比べると、そんな腕じゃあうちには勝てへんよ。まるで動きが違うし、何を狙っているのかはすぐに分かるわ。

 

 上手く敵を引き込んだところで、凪と共に袁紹の軍を包囲した。

 

 騎馬隊はどれだけ部隊を掌握できているかで勝敗が決まるんや。うちと凪が馬騰との戦いの後で、どれだけ苦しい調練を兵士たちに課したと思っているんや。並み以上程度の部隊では、相手にもならへんで。

 

 完全に敵を包囲して、一気に攻めかかろうと思ったときやった。

 

「麗羽ぁぁっ!」

 

 後方から声が上がった。

 

 ――ちぃッ! こんなときに敵の援軍かいな! 

 

 後ろを一瞬だけ振り返って、何とか敵の数だけは把握したところ、数はおそらく三千程度の小勢の部隊やった。それでも、背後から襲われたら囲いを破られてしまう可能性があったさかい、残りのもう一隊をそちらへ向けた。

 

 どこの部隊か知らへんけど、うちの部隊やったら同数程度でも充分打ち勝つことが出来るやろう。馬騰がいなくなった今――多少悔しい気持ちもあるんやけど、うちの部隊に勝てるやつなんておらんわ。

 

 そう思って、袁紹の部隊への攻撃を再開したんやけど、何故か一度は消えかかった袁紹の抵抗が一層強くなったんや。

 

 ――この状態で何が出来るって言うんやっ!

 

 凪と合流して攻撃の厚みを増してから、袁紹に止めを刺すべく敵へ迫ったんやけど、それでも攻め切ることが出来へんかった。敵兵は確実に減らすことが出来てるはずやったが、袁紹自身は激しい抵抗を見せておる。

 

「し、霞様っ!」

 

「何やっ!」

 

「後方の部隊が……っ!」

 

 凪の声に反応して後ろを見ると、後方の部隊が突如現れた正体不明の援軍により壊滅されかけていた。簡単に敵に分断されて各個撃破されておるやないか。

 

 ――あかん、勝負を焦ってしもうた。

 

 麾下の部隊を三隊に分けたとき、うちと凪で一隊ずつ率いて、残りの部隊は将校に任せていたんや。それでも、うちが直々に選んだ人材やから、そんな簡単に敗れるわけやない。

 

 つまり、あの部隊を率いている人間はそれなりの実力を持っているっちゅうわけやな。

 

「一旦、部隊を纏めるでっ!」

 

「はっ!」

 

 そうや。既に袁紹の部隊には相当な被害を与えておるはずや。新たな援軍の兵力を合わせても、おそらく五千から六千程度っちゅうところや。

 

 せやったら、ここで一度袁紹を逃したとしても、この形勢を逆転することは難しいはずや。ここは慎重に動いて、確実に両方とも殲滅させてしもうた方がええやろうな。

 

「敵は結構やりおるで。油断は禁物やっ!」

 

「はいっ!」

 

 一度、袁紹の部隊から離れ、壊滅しかけていた部隊を収容して再び一つに纏まると、敵の援軍によって一千近くの損害を被っていることが分かったわ。あれだけの短時間でここまで犠牲が出てるっちゅうことは、やっぱり相手は相当出来るようやな。

 

 袁紹は素早く部隊を動かして、援軍と合流すると改めてこちらに向けて進軍を開始しよった。往生際の悪い相手やで。すぐにでも殲滅させてやるわ。

 

 そして、気になる援軍を率いてきた将を確認すると、純白の旗に公孫の文字が掲げられておった。

 

 ――公孫旗?

 

 見慣れぬ旗にうちは首を傾げた――いや、どこかで見たことがあったような気がしたんやけど、残念ながらそれを思い出すことは出来へんかった。

 

 ――誰が相手やろうと構わへんわっ!

 

 うち自らが相手にする以上、誰が相手であろうと容易に抜かせへんで――と、敵へ注目したそのとき、うちの目には思わぬ相手が飛び込んできた。

 

 ――あれは……恋!?

 

 先頭を駆ける集団の中に、うちが見間違えるはずのない相手がおった。

 

 そうか。そないなとこにおったんか。

 

「凪ぃっ! 作戦変更やっ! 部隊の指揮は任せたでっ!」

 

「はっ! ……はっ? 霞様、一体何を仰って――」

 

「呂布やっ! あいつがおる以上、無暗に突っ込むんは愚策やで! うちがあいつの相手しとるから、騎馬隊の相手は凪がしいやっ!」

 

「わ、分かりましたっ!」

 

 うちは凪に部隊を任せ、単騎で別方向へと駆け出すと、恋もそれに応じてこちらに向かって来よった。そのまま部隊からある程度離れて、改めて恋と対峙した。

 

「久しぶりやなぁ、恋」

 

「…………元気だった?」

 

「あっはっは! こんなときでもうちの心配してくれるんか? 相変わらず何考えてるか分からんやっちゃなぁ」

 

「…………月も詠も元気。一刀が助けてくれた」

 

「あぁ。そうらしいなぁ。一刀には感謝せんとあかんな」

 

「…………じゃあ、お礼言いに来る?」

 

「そうしたいとこやけど、今は華琳に世話になっとるからなぁ。そういうわけにもいかんわ。」

 

「…………そう。残念」

 

「さぁ、おしゃべりはここまでや。そろそろ始めるとしようやないの」

 

「…………ん」

 

 恋はコクンと頷くと、方天画戟を肩に背負っていつも通りの構えを取った。

 

 恋の強さは誰よりも知っているつもりや。せやけど、うちは負けられへんのよ。最強の武人になるって誓ったんや。

 

「行くでっ! 恋!」

 

白蓮視点

 

「麗羽ぁぁっ!」

 

 どうにか間に合うことが出来たみたいだな。

 

 全く、ここに来る道中に恋と会わなければ、一体どうなっていたか分かったものではない。

 

 張遼も私たちが来たことに気付いたようで、すぐに部隊をこちらに向けたが、私も舐められたものだな。張遼自らが来ないのであれば、私だってそう簡単にやられはしないぞ。

 

 麾下の三千の部隊を五隊に分けて、こちらに向かってきた部隊を素早く分断すると、各個撃破すべく部隊を展開させる。

 

 ――私も伊達に白馬長史と呼ばれていたわけではないぞっ!

 

 それで敵もようやく私の存在を認めたようで、麗羽から部隊を離したところを、私は素早く麗羽の部隊と合流した。

 

「どうして貴女がここにいますの?」

 

 麗羽は張遼の相手をしたことで、さすがに心身ともに疲弊しきっているようだったが、それでも瞳から闘志は消えることはなかった。

 

「お前が孫策との無謀な戦に向かったって聞いて、急いでここまで駆け付けたんだ」

 

 まぁ、騎馬隊の選別のために、軍議を途中で抜け出してしまった私も悪いのだが、それは黙っておくか。せっかく強行軍でここまで来たのだから、そんな格好悪い話を聞かせるわけにもいかないもんな。

 

「…………無事?」

 

「恋さんも……。二人とも私を助けに来てくださったのですね」

 

「感動は後回しだ。すぐに来るぞ」

 

「…………霞は任せる」

 

 恋はそう言うと、単騎でどこかへと向かった――いや、先に動いたのは張遼のようだ。さすがに恋がこちらにいる以上、その圧倒的な武力に頼った戦いをされるのが嫌だったんだろうな。

 

 だが、これで張遼を部隊から引き剥がすことが出来たのはこちらも同じだ。これで敵の騎馬隊を率いている者が変わったのだから、敵も今までのような戦いは出来ない。

 

 私も騎馬隊の用兵術には自信がないわけではないのだが、現在率いている兵士たちはまだ調練が終わっているわけではない。

 

 桔梗たちが中心になって苛烈な調練を課してくれていたおかげで、それなりの錬度はあるものの、騎馬隊の動きはそれとは別のものが必要になっている。おそらくこれで敵と五分といったところだろう。

 

「白蓮さん、ありがとう。貴女のおかげで助かりましたわ」

 

「何だ、礼なんていらないぞ」

 

「ですけど、わたくしは……」

 

 きっと麗羽のことだから、かつて私の領土を侵して滅ぼしたことを気にしているのだろうな。昔のあいつならこんな風に思うことすらなかったんだろうけど、本当にこいつは変わったんだな。

 

 こいつが私の領土を侵してきたという報告が入ったとき、私は自ら兵を指揮して戦場に立った。思えば、あのときからこいつは変わっていたんだろうな。

 

 戦場での麗羽は、反董卓連合のときは違っていた。戦に対する意気込みというか、絶対に負けられないという気が私にも伝わってきた。それは斗詩や猪々子も一緒だった。

 

 私だって一国の主として、あのとき負けるわけにはいかなったのだから、全力であいつを迎え撃った。正直に言えば、麗羽はあまり戦上手とは言えなかったから、負ける気なんてほとんどなかった。

 

 だけど負けた。

 

 おそらく背負っているものが違っていたんだ。私も領民たちを背負っていたんだけど、きっと麗羽はもっと大きなものを背負っていたんだろう。

 

 それが何なのか、そして、何が麗羽をあそこまで戦に駆り立てたのかは私には分からない。麗羽もそれを誰にも語ろうとしていないみたいだ。

 

「麗羽」

 

「わたくしは……」

 

「私がそんなことを気にするわけないだろう」

 

「……どうしてですの?」

 

「そんな簡単なことを訊くな」

 

 こうして面と向かって言うのも結構恥ずかしいんだぞ。

 

「私と麗羽は友達じゃないか」

 

「…………ッ!」

 

「友達を助けるのに何の理由がいるんだ」

 

「白蓮さん……ッ!」

 

「お、おいおい、泣くなよ。私が泣かせたみたいじゃないか」

 

「ごめんなさいね」

 

「全く、泣いている暇なんてないぞ。ほら、敵が目の前に迫っているぞ」

 

「分かっておりますわ。ですけど、わたくしたちは決して負けませんわ」

 

「どこからそんな自信が湧いてくるんだか」

 

「あら? そんな簡単なこと訊かないでくださるかしら?」

 

「え?」

 

「どんな力も友情の前では無意味ですわよ」

 

 麗羽はいつものように妖艶な笑みを浮かべながらそう断言した。

 

 ようやくいつものお前らしくなってきたじゃないか。

 

 そうだよ。お前はそういう風にしているときが一番輝いているんだよ。

 

「さぁ、行くぞ。私たちの力を見せてやろうじゃないか」

 

「ええ」

 

 麗羽の部隊と合わせておよそ六千五百――相手はまだ九千以上は残っているのだが、それでも私たちは負けはしないぞ。さぁ、これからが私の腕の見せ所だ。

 

あとがき

 

 第五十六話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 さて、今回は霞へ向かった麗羽様のお話です。

 

 決死の覚悟で霞との戦いに臨んだ麗羽様ですが、さすがに歴戦の霞には勝てなかったようです。

 

 そもそも、彼女がこれまでの雪蓮たちとの戦に勝てたのは、彼女の練った策が功を奏したことも要因ですが、何よりも袁紹であるということで、相手に油断させたところが大きかったのです。

 

 しかし、霞は麗羽様がかつての彼女とは違うということにすぐに気付き、全く油断することなく、全力で彼女を叩き潰そうとしました。

 

 そうなると、残念ながら麗羽様には勝つ手段がなくなってしまうわけですね。

 

 さてさて、そんな大ピンチを救った者こそ、前回あれだけプッシュしていた恋……だけではなく、ここでまさかの白蓮さんの登場です。

 

 軍議で麗羽様が孫策軍へ戦いを挑むと宣言にしたとき、実は彼女だけ、自身が騎馬隊を率いるということが決定したことで浮かれてしまい、軍議の途中だというのに、兵士の選抜のために抜け出していたことを覚えていらっしゃるでしょうか?

 

 実はそれは今回のための伏線だったわけですね。

 

 麗羽様と白蓮は、かつて戦った間柄ではありますが、白蓮ならばそんなことを友達のためと簡単に水に流してしまうでしょう。今回も、まだ騎馬隊の調練が充分ではないというのに、援軍のために強行軍で駆けつけてくれました。

 

 原作にはない、なんというおいしいとこ取りでしょうね。

 

 さてさてさて、霞自身が恋との一騎打ちのために部隊から離脱したため、これで霞の騎馬隊は麗羽様と白蓮さんの騎馬隊が足止めすることに成功することになりました。

 

 次回は、春蘭の部隊へと向かった雪蓮と、自らの甘さに気付き、覚悟を定めた冥琳たちの戦いに焦点を当ててみましょう。

 

 果たして彼女らは無事に曹操軍を撃退することが出来るのでしょうか。

 

 どのような戦いが展開されるのか、妄想を膨らませて頂ければ作者冥利に尽きるというものです。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 


 
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