「う~~~ん……」
身体がダルい。
もう日は昇り、そろそろ起き出さなくてはいけないのだが、昨日のことを思うと億劫になり目を閉じたまま
床に潜っている。
昨日、呉に戻って来ると交州に遠征に行っていた亞莎たちも戻っていた。
皆の様子がおかしかったので訊ねてみると、交州は呉に降るということになったが、かわりに太守の娘士徽を人質という形で押し付けられたという。
その士徽は父親の命令で俺と結婚することを望んでいる。
それに噛み付いたのは思春と烈火だった。
昨日の夜も俺と一緒に寝ようとする士徽を2人で防いでいた。アレは正直助かった……
こういう時、雪蓮が手を貸してくれたら良いのだが、おもしからと笑いながら高みの見物を決め込んでいる。
別に士徽は悪い娘だとは思わない。
しかし、彼女の言動で周りがかき乱されるのは問題である。
今後の事を考えると身体が重くなる様に感じる。
……いや、というより動かない。
身体を動かそうとすると何かに抑えつけられる様な感じがして…
「……なにしてるの?」
目を開けると目の前には士徽の顔があった。
「朝、旦那様を起こすのは妻の仕事ですので」
俺の上に乗っかった姿勢のまま、士徽は答えた。
「あの、起きられないから退いてもらえるかな」
「おや、失礼な人ですね。れでぃに向かって重いとは」
「ご、ごめん…」
怒っているのかどうか分からない無表情な顔で言われたので本気なのかどうかも分からないが、一応謝っておくことにした。
「まあいいでしょう。妻がこうして甲斐甲斐しく起こしたことで旦那様は興奮したようですし」
「いや、これは朝の生理現象だから!」
俺のあそこを触ろうとする士徽の手をどうにか制しながら、彼女を上から退けようとした。
「一刀様、おはようございます。もう起きていま…す…か…」
寝台の上で士徽との攻防を繰り広げていると、俺を起こしに来た思春が部屋に入ってきた。
「いや、し、思春!これは違うんだ!」
「あら、甘寧さん。旦那様は妻であるこの私が起こしたので、もう結構ですよ」
見ると思春はピクピクを小刻みに震えているように見える。
「お、お前…昨日あれほど言ったのにまだ分からないのか…」
「思春落ち着け!」
「私は落ち着いております…少しお待ちください、一刀様…今からねずみ退治をするので…」
いや全然落ち着いて無いですよ!目が血走ってるし!
思春は鈴音を構えると、士徽目掛けて振りかぶった。
「死ねーー!!」
「待てーー!」
その後、興奮している思春をどうにかなだめ事無きを得た。
原因となった士徽はというと混乱の隙をついていつの間にか逃げ出していたのだった。
士徽が来て数日経ったある日、――その間もいろいろあったのだが――彼女が俺の政務室にやって来た。
「街を案内して欲しい?」
「はい。こちらに来てだいぶ経ちますが、私は人質という立場上、あまり自由に出歩くことができません。
なので、もしよかったら案内していただけないでしょうか?」
いや、士徽さん。貴方結構自由に出歩いているのを良く見ますよ?
それに俺達も彼女に行動の制限をかけているわけでは無い。だから別に問題ないのだが。
「別に孫権様とお出かけをして、私に夢中になってもらおうという作戦とかそういうのではありませんので」
「そういうことなのね……」
だが、街に慣れてもらうには良いかもしれない。
「そういう事なら分かったよ」
こうして士徽と2人で街へと出ることとなった。
「交州も暑かったですが、ここも暑いですね」
交州は大陸で一番南に位置する。呉よりも暑いであろうと思う。
今俺達は街の市を見てまわっている。
「交州とは品揃えが違うかい?」
「はい、交州は南の国との交易の拠点なので、いろいろと珍しいものがありますね」
「へえー、例えば?」
「そうですねー…真珠や翡翠、珍しいもので言えばサイの角や象牙、あと
故郷の事を思い出しているのか、その顔はいつもの無表情と少し違うように感じる。
「父は南の言葉も通じないような人相手に交渉を行っています。
相手の話していることが分からなくても、父はいつの間にか相手と仲良くなっています。そんな父の事を、私は凄いと思います」
士燮のことを話す士徽の口元は、かすかだがうれしそうに笑っているように見える。
彼女の中で父親はとても偉大な存在なのだろう。
だから父親の言うことは絶対。父親の命令は聞かなくてはいけない。
それが彼女を縛っているのか。
そんなことを考えていると、後ろから叫び声が聞こえた。
「おい!待てー!」
振り返ると3人組が店から商品を盗ってこちらに走ってくる。
しかし運悪く近くを巡回していた兵がその後を追いかけてきた。
「くそっ!これじゃあ逃げ切れねぇ!…おい、そこの女!こっちに来い!」
すると先頭を走っていた男が捕まってしまうと考え、士徽の腕を取り人質にとってしまった。
「あ、士徽!」
「あ~れ~、助けてくださいー」
士徽は緊張感の無い声で助けを求めてきた。
「うるせえ!黙ってろ!…おい、この女がどうなってもいいのか!」
士徽を捕まえた男は腰から短剣を抜くと、士徽の首筋に当てて兵達を牽制する。
「この女の命が惜しかったら、道を開けな!」
人質をとられ兵士たちは渋々賊たちに道を開けた。
「旦那様、助けてください。死んでしまいます」
「死ぬなんて簡単に言うな!」
士徽のその緊張感のない言葉に思わず大声をあげてしまった。
士徽と賊達は俺の声にびくっと身体を強ばらせた。
「う、うっせぇ!お前、死にたいのか!!」
逆上した男は士徽の首筋に当てていた短剣をこちらに向けてきた。
その隙を士徽は逃さなかった。男の足先をかかとで思い切り踏むと、男はひるんで力を一瞬緩めた。
「イテーー!!なにしや…っがぁ!?」
力が緩んだ瞬間、俺は男の顔目掛けて拳を打ち出した。
俺の殴打によって吹き飛ばされた男を見て、後の2人は呆然としていた。
「…こ、拘束しろ!」
その後、見回りの兵達によって賊達は捕らえられる事となった。
「士徽!大丈夫か?」
捕まっていた士徽の方を見ると、やはり怖かったのか震えていた。
「大丈夫です。行きましょう……」
しかし、すぐにいつもの無表情に戻るとすたすたと先に行ってしまった。
「何故あのようなことを言ったのですか?」
街を案内し終え、街中を一望できる高台に来ると士徽がポツリと聞いてきた。
「え?」
「あの時…私が賊に捕まったとき、死ぬなんて言うな、と」
「それは……死ぬって言葉を簡単に言って欲しくないからだよ。
俺は君に命を粗末にして欲しくない」
「しかし孫権様は戦争を行います。それはどうなのですか?」
士徽はかすかに眉を寄せ怒った様子でこちらを見つめる。
「ああ、俺は戦を否定しない。だけど、それはこの国の事を考えてだ」
「戦をこの国のために?矛盾しているのでは?」
「それは早くこの戦乱の世を終わらせるためだ。
このままこの戦乱が続いたら多くの命が亡くなるだろう。だから、俺達は天下を取りに打って出た。戦で散った兵達の犠牲を無駄にしないためにも早く太平の世を築く。それが俺の夢だ」
すると士徽は…命、・・・太平、…夢とつぶやき繰り返す。
「そうですか……今日は案内ありがとうございました」
すると士徽はペコリとお辞儀をした後、踵を返した。
「……それから、助けてくださってありがとうございました。かっこ良かったですよ…」
そう言い振り向いた顔は、今まで見たこと無い笑顔だった。
「…何だきちんと笑えるじゃないか……」
その笑みは夕日のせいか、とても眩しく見えた。
翌朝、また身体が動かなくなった。
目を開けるとやはり士徽が俺の上に覆いかぶさっていた。
「……なにしてるの?」
「起こしに来たのですよ」
士徽はなに当たり前の事を聞いているんだといった様子で首をかしげながら答えた。
「昨日は本当に有難うございました」
「いや、あれは士徽が機転を利かして隙をつくってくれたからだよ」
すると士徽は少し考えた様子の後、
「…貴方は私が父に命令されたからここに居ると考えているようですが、それは違います。
確かに初めは一族のためと考えていましたが、今はそれだけではありません」
その時、前回と同じように思春が部屋の中へと入ってきた。
「おはようございます。朝です…よ…」
「私は本気ですよ、孫権様」
すると士徽は顔をぐいっと近づけてきて、
チュッ
「「え?」」
唇に柔らかいものが触れる感触がした。
「本気で貴方を手に入れて見せます」
そう言うと、昨日見せたあの笑顔を再び見せた。
士徽は身体を起こすと、固まる俺と思春をよそに逃げるように部屋から出ていった。
部屋を出ようとしたとき、
「
頬を少し赤くしながらそう言い去っていった。
……その後、我に帰った思春がひと暴れしたのは言うまでも無い。
まえがきにも書きましたが、前回のあとがきで士徽はこんご出る予定はありませんって感じの文を聞きましたが、今後出る予定が無いのは父親の士燮の方です。
紛らわしい書き方をしてすみませんでした。
折角真名まで考えて出したキャラなので簡単になくしたりしませんよ。良々ちゃんは今後も(きっと)活躍してくるはずです。
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前回士徽はもう出番ない!って書きましたが、出番がないのは父親の士燮の方です。紛らわしくてすみません。
今回も士徽は出てきますよ。
ではどうぞ!